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W 非悪性疾患(脳血管障害・ 認知症・神経筋疾患・整形外科疾患等)患者さんの終末期

非ガン(高齢者)患者さんの終 末期の特徴と問題点
  
 
次に、脳血管障害や認知症・神経疾患等で寝たきり状態にあり、生命的に見通 しの悪い患者さん(殆んどが高齢者)について
 述べたいと思います。
 まず そのような患者さんの特徴と問題点をまとめると、以下の通りです。

   ○ 生存の期間は病状などによって個人差が大きく、統計学的予測ができない。
 
  ○ 終末期の医療等については認知障害や意識障害があって殆どの場合、患者さん自身の意向の確認が出来ない。

  ○ 原疾患そのものでは死に至らず、合併症、続発症(例えば肺炎などの感染症、呼吸不全等)で 死を迎える。

  ○ 疾患そのものあるいはその進行は改善できないが、合併症や続発症に対する治療手段はあり、一時的なものであっても改善は
    可能である

    以上の特徴から、非悪性疾患の場合、いつを以って終末期と呼ぶか定義することは難しく、統一された明確な定義はなく、それぞれの
   医療機関にその判断が委ねられているのが現状である。

    私の勤める病院は慢性期療養型の病院で、入院患者さんは高齢者が殆どである。そして病状の回復や治癒が望めず、徐々に悪化して、
   死を迎える患者さんが多い。 そのような患者さんにおいて 家族の方に早晩訪れるであろうを、受け容れてもらうために、当院では
   下記の様に終末期を定義している。


当院(慢性期療養型病院)にお ける終末期の定義

以下の状態にあ る患者において、数週間〜数か月のうちに 死を迎えるであろうと予測される時期

○原疾患(例えば悪性腫瘍、うっ血性心不全等)に悪化が認められる患者

○低酸素状態(SpO²値90%未満)を伴って、誤嚥性肺炎を1ケ月に1回以上頻回に繰り返している患者

○軌道内分泌物の喀出困難があり頻回に(日に8回以上)行わないと低酸素状態に陥る患者

○細菌などの病原性微生物の感染兆候を示し、治療による治癒が期待できない状態にある患者

○神経筋疾患などの進行性疾患によって身体機能が低下し回復が望めない患者

○心身が衰え栄養状態が悪化し、回復できない状態にある患者

○その他  上記に準じる患者

 上記の病状に陥っている患者さんにおいて、当院では家族の方に病状を理解してもらった上で早晩迎えるであろう死を受け容れてもらい、
更なる積極的な延命治療をしない旨の合意形成を行っています。




非悪性疾患患者さんの終末期医 療

 ただ、高齢者 の非悪性腫瘍疾患の患者さんにおいては 前記のような終末期に当てはまる状態ではないけれども、病状の回復・治癒が望めず、
徐々に悪化し、早晩 前記の終末期の状態になっていくことが予想される患者さんも 非常に多いのです。
そして このような患者さんにどのような医療を行うかが、現在 家族や医療者にとって最も悩ましい問題となっています。

 とくに問題となるのは 基礎疾患を問わず、寝たきりで食べられない、会話も困難な状態(寝たきり+嚥下障害(+構音障害))の
患者さんに対して、どの様な治療を行うのか、そしてその様な患者さんが死を迎えるまでの間どこで どの様に過ごすかということです。
そして、当院では上記の状態に 認知障害、意識障害を伴っているケースが殆んどなのです。


「寝たきり+嚥下障害(+構音 障害等)」患者さんの特徴

上記患者さんの特徴を列挙すると以下となります。

○誤嚥による呼吸器感染症(肺炎を含む)を起こしやすい
○経口の摂取量が少ないため低栄養状態になりやすい
○低栄養状態は寝たきり状態や加齢とともに、免疫力低下(細菌などに対する抵抗力低下)をもたらす
○褥創(床ずれ)を起こしやすい
○尿路感染症を起こしやすい

では 上記の特徴を持つ患者さんに対しては、現在どの様な治療が行われているのかを説明します。



「寝たきり+嚥下障害(+構音 障害等)」患者さんの治療

上 記の患者さんに対して、現在一般的に行われている治療を列挙すると以下の通りです。

○基礎疾患の改善が望めないため、廃用による四肢の筋力低下や関節の拘縮の予防・進行防止など日常生活動作の
  維持・改善を目指したリハビリ
○嚥下障害に対しては、経口での摂取が困難なら以下の非経口的栄養補給を行う
@ 経鼻的経管栄養(鼻孔より 胃チューブと言われる細い管を、その先端が胃内に達するまで入れ、留置し、
             液状の栄養剤を注入する)
A胃ろうよりの経管栄養(おもに 内視鏡的に腹壁より、胃内にチューブを入れ、留置し液状の栄養剤を注入する)
B中心静脈栄養(高カロリー輸液)(首などにある、太い静脈より カテーテルとよばれる細い管を、その先端が
                      心臓内あるいは心臓の近くまで入れ、留置し、点滴用栄養剤を注入する)

○唾液の気道内流入や呼吸器系の炎症による気道分泌物貯留による低酸素状態の改善および呼吸器感染症の予防の目的の
  ための頻回の吸痰
@ 経鼻および経口的吸引
A気管切開口よりの吸引

○褥創予防のための頻回の体位変換
○細菌感染症に対する抗生物質投与や輸液



非経口的栄養補給法

ここで 近年その是非について論議されている、経口摂取できない患者さんに対する栄養補給法について問題点を含めて
説明します

○ 経鼻的経管栄養
 ・ 定期的な胃チューブの入れ替えが必要
 ・ 胃腸管の蠕動運動が低下した場合使用不可
 ・ 胃チューブ留置による誤嚥の助長

○胃ろうよりの経管栄養
 ・ 内視鏡的胃ろう造設時の手技が多少患者さんに負担がある
 ・ 医師による定期的な胃ろうチューブの交換が必要
 ・ 胃腸管の蠕動運動が低下した場合使用不可

○中心静脈栄養
 ・ 医師による定期的な静脈カテーテルの差し替えが必要
 ・ 静脈カテーテルの留置手技が多少難しい
 ・ 免疫力低下状態ではカテーテル感染を起こしやすい


非悪性疾患の終末期患者(高齢 患者)における家族・肉親の対応の多様性

 では 非悪性 疾患で終末期にある高齢患者さんに対する家族・肉親の方々の対応はどうであろうか。通常このような患者さんは
発病時は急性期対応型の病院に入院し、人工呼吸器装着や気管切開等をふくめた各種の治療を受けるも、症状が改善せず、
元の状態に戻らず、慢性期対応型の病院や療養型の施設に転院してきた患者さんが多い。
 そのような患者さんにおける、転院後の治療などに関する家族・肉親の方々の対応は、様々であり、大別すると下記の通りです。

@ いのちを延ばす、あるいは延ばすと思われ る治療(胃ろう造設など)を拒否する家族・肉親
A 最後まで積極的な延命治療(人工呼吸器装着、昇圧剤投与、心肺蘇生など)を希望する家族
B 医療者に全てを委ね、受け容れていく家族・肉親 

何故 家族、肉親の方に、上記のような対応の違いがみられるのでしょうか。
その背景と要因を考えてみたいと思います。

  まず、@の治療を拒否する家族肉親の場合に言われる理由としては「患者が発病以前に常々『食べられない状態になったら
 人間はそれで おわりである。無駄な延命はして欲しくない』 と言っていた。 私たちは患者の意思を尊重したいし私たちの思いも
患者と同様である」 「このような患者に命を伸ばす治療をすることは人間の尊厳を傷つけるものだ」 と言うものです 。 

   ただ患者さんのリヴィングウィルあるいは患者家族の思いは充分に理解できるのですが、そこには大きな問題があります。
それは病院や療養型施設というものは、あくまで患者さんの状態の改善を目指す、また少なく とも悪化させないことを目指して、 
医療や介護を行う場所であるということです。 収容施設ではなく、また終の棲家でもないと言うことです。
 さらに胃ろうなどの非経口的栄養補給を含めた治療についても誤解があり、これらの治療は、「個人の尊厳」には 抵触する
可能性があるかもしれませんが「人間の尊厳」を  傷つけるものでは決してないと言うことです。

 以上の理由から 確固としたリヴィングウィルを持つ患者さんや上記のような考え方を持つ家族、肉親のケースで は、本来 病院
 や一般の療養型施設ではなく、在宅かあるいは受け入れ可能な特別養護老人ホーム(特養)での看取りが最も適当といえます。

 しかし介護力がない中での在宅での看取りは困難であり、また特別養護老人ホームの絶対的不足の中では、病院あ るいは
 療養施設で、患者さんあるいは家族・肉親の方の意にそぐわない何らかの治療を受けながら、終末期を迎えざるを得ないのが
 現状であることを理解すべきであると思います。

   一方Aの、患者さんの病状、状態に関係なく積極的な延命治療を希望される家族、肉親が言われる理由としては「私たちが悔い
 が残らないように できるだけのことをしたい」 「どんな形であれ、生きていてほしい」 と言うものです。

    このような家族、肉親の意向 の背景にはいくつかの要因があるように思います。

    まず「延命治療を希望しない」との意向を示すと、医療者は本当に何もしてくれないのではないかとの誤解です。

    また患者さんがそう遠くない時期に死を迎えると言う終末期の状態にあるとの理解や認識の不十分さや このような患者さんに 
 対する人工呼吸器装着 などの、所謂 “積極的”延命治療の効果に対する誤解や積極的治療を行う意味付けのあいまいさです。

    さらに家族、肉親の意向・事情思惑が何よりも優先されると言う、患者さんの立場になって考えてみる意識の低さがあるように思う。
 そこには、現在多くの救命・延命手段があり、しかも現行の高齢者優遇の医療保険制度のもと比較的安価な自己負担であらゆる
 医療を受けることが可能な状況の中で、あえてその手段(治療)を使わないことへの後ろめたさというものがあるとともに、出来るだけ
 のことをしたとの家族の自己満足とも言える思いがあると考えます。

  上記のうち、家族、肉親の誤解や理解不足、認識不足に対しては医療者側の充分な説明に よって対応可能と思わ れますが
 家族、肉親の方々の事情、思惑、意向 あるいは患者の立場から考える意識と言うものについては、現行の医療保険制度の
 あり方、家族、肉親の方々の死 の受容の意識や、死生観の有無等が大きく関与しているため、医療者側の介入等の余地は
 あまりなく、そのため医療現場では 医療者側が 患者さんの病状や、状態を念頭に置いたとき、家族、肉親の意向に沿った治療
 に疑問を持ちながら、医療を行わなければならないことも少なからずあるというのが現状です。

           

非悪性 疾患(脳血管障害・認知症・神経筋疾患・整形外科疾患など)患者
                              (高齢患者)の終末期の現状

非悪性疾患の高齢患者さんの現状をまとめると以下となります

○ 患者さん自身の終末期に関する明確なリヴィングウィルがほとんどない

○ 患者さんの延命治療拒否のリビングウィルがあっても、患者さんの意志を汲んで在宅で面倒 を見る家族がいるケースや 
   看取りに理解のある特養に入所するケース以外には、患者のリビングウィルはあまり反映されない。

○ 終末期の生き方や治療が 患者さんの「個人の尊厳」を多少傷つけるものであっても 家 族、肉親や医療者の事情や思惑の
  中で、決して短くはない終末期 を生きて行かなければならない。

以上が私たちが望んだ延命のための医療や医療技術の進歩がもたらした現在の状況です。      


本の紹介  ガン患者から学ぶ終末期  (桂書房)