H O M E T はじめに U終末期 Vガン患者さんの終末期
W 非ガン(高齢者)患者さんの終末期 X 終末期を取り巻く医療環境 Y 終りに 本 の紹介


U  終末期

終末期の定義

   終末期とは 一般的には 慢性疾患の患者さんが どのような治療手段によっても 治癒、改善が望めず病状の進行によって比較的早期に
  死を迎えるであろうと想定される病期といえます。

  ただ 病気の種類、病態あるいは患者さんの状態などによって治療の可否や生命的見通しが異なるため、終末期の定義は各々の
  学会などで、それぞれの立場からなされており、現在統一されたものはありません。

  例⦆ 平成21年、全日本病院協会が出した《終末期医療に関するガイドライン》の中の定義は下記のとおりです。

  終末期とは以下の3つの条件を満たす場合を いう

   @ 医師が客観的な情報をも とに、治療により病気の回復が期待できないと判断すること

   A 患者が意識や判断力を 失った場合を除き、患者・家族・医師・看護婦などの関係者が納得すること

   B 患者・家族・医師・看護 婦などの関係者が死を予測し対応を考えること


終末期医療をめぐる論議の背景
 
 以前より私達人間には死があり、当然ながら終末期がありました。 しかし 何故、近年終末期の在り方や終末期の医療が改めて取り上げられ、
 論議の対象となっているのでしょうか。その背景を考えてみたいと思います。

  《 以前(約 60年前まで)の終末期や死にかかわる 社会状況 》

      第2次世界大戦以前、戦中、戦後の国および 国民の社会および生活状況を一言でいえば貧困です。
      そして、国民は低栄養、不衛生な生活環境、低レベルの医療、少ない医療施設、高い医療費負担の中で生活をしていました。

      低栄養は免疫力や回復力の低下をもたらし、不衛生な生活環境は結核をはじめとする各種の感染症が多い原因となっていました。
      また 低レベルの医療は治癒率の低下と関連し、少ない医療施設や高い医療費負担によって患者は医療機関になかなか受診できず、
      また入院することができない状況にありました。

      そのため平均寿命は短く(戦後しばらくまでは50歳程度)、多くの人達は青壮年期で死を迎えざるを得ませんでした。
      青壮年期は将来の夢や目標を思い描き、その達成に向けて学び、働く時期であり、またその時代の社会や家族を、経済面を含め
      いろいろな面で支える重要な時期です。

      そのため、以上の状況の中で多くの人達は非 常な悲し みと苦しみとともに、諦めを持って家で死を迎えていました

       同様に 現在に比べ、死は身近な存在であったように思われます。それゆえに青壮年者であっても、死に対して何らかの覚悟を持って生き、
             老年者は「よくここまで生きて来れた」「順番だから当たり前」などと死を受け入れてきた、あるいは受け入れざるを得なかったように思 います。

      そして、否が応でも死を念頭に置いた何らかの死生観、死に対する心構え、死というものの受容を持たざるを得なかったと思います。

      また、そのような中で 短い病老死など苦しみに満ちた現世と対比して来世(後生)など死後の存在を強く意識し、現世と違った安穏な
      来世(後生)を提示し、保障する 旧来の宗教に救いを求め信仰していったと考えます。
      しかし、一方では「出来ればもう少し目標の達成のために長く生きたい」「長く生きれば、人は幸せになれる」との延命への願いや思いも
      同時に強く持っていたように思います。
  

  《 戦後の国の取り組みと社会状況の変化 》

      前述の状況の中で、国は戦後の国策として
       
                @ 戦後の荒廃と貧困からの脱却   
        A 国際的な地位の確立
      
              にむけた、先進国並みの国力の保持を掲げましたが、それには国内産業の振興と経済発展が必須であり その為には 青壮年労働者や
      熟練労働者を継続的に確保することが必要となります。
      ところが戦後の日本の実情は前述の通り先進国に比べて平均寿命が短く乳児死亡率や疾病率が高いなど国民衛生の指標が低く、
      また戦争の影響もあり青壮年労働者数が絶対的に不足している状況でした。
    
      そこで国は、前述の国民の延命への強い願望も後押しとなり、以下の取り組みを行いました。
@  衛生環境の改善による国民衛生の指標の引き上げ
A 疾病予防や治療技術の向上に対する強力な後押し
B 医療環境の改善
        です

その結果 医療 保険制度の整備と充実(昭36年に国民皆保険制度開始)や医療機関の整備と充実、および医療技術の長足の進歩が
得られました。
その過程で、新しい医療技術は、当初は高い技術力や高額な医療費が必要であったため、対象者は制限されていましたが、技術改良
によって、より簡便で、より安価に出来るようになると、対象者の制限が緩められ、更には 年齢を問わず行われるようになりました。

加えて 上記の医療保険制度や医療機関の整備、充実、医療技術の進歩が得られた背景には、経済の高度成長とそれによる税収の
増加、人口ボーナス(支える人口が多く支えられる人口が少ない)、政治分野での保守革新の勢力争いの中での政治の大衆迎合(人気
取り政策) 政策があり、これらが大きな要因となっています。

そして、以上の国の取り組みは我が国の医療環境を含めた社会状況に大きな変化をもたらしました。
科学技術の進歩を伴う産業の発展と高度の経済成長は、以前とは比べ物にならないほどの物質的豊かさを国民にもたらし、一方で医学
、医療技術の進歩、高度化や医療関連施設の増加、世界に類をみない国民皆保険制度、老人保険制度などの医療保険制度の充実は、
病気の治癒率の向上と平均寿命の飛躍的延長をもたらしました。

しかし一方では物質的豊かさは、従来の複数世代の家族が互いに支え合う大家族制を崩壊させ、核家族化をもたらし、同時に夫婦共働き
及びそれと関連した少子化の状況を生み出しました。
また、医療環境の整備、充実は、高齢者の増加とそれに伴う高齢者医療費を主とした国民総医療費および、社会保障費の右肩上がりの
増加をもたらし、国の財政を圧迫し続けるという状況を生み出しました。
  

《 医療環境を含めた社会状況の変化は、私たち日本人に何をもたらしたか 》
   
   上記のような社会状況の変化はどの様な影響をもたらしたかといえば下記の通りです。

@物質的豊かさを基に築き上げられた家族生 活、社会生活に対する執着(「この生活を出来るだけ長く続けたい、続けさせてほしい」と
  の思い)が強くなった

A病気の治癒率の向上によって、よほどの病気にならない限り、治らないということがないのではないかと思うようになった。

B健康や“生”へのこだわりや執着を増し、病気や死に対する恐怖や苦しみを増した

C重い病気に罹ったときには殆ど入院となり、治らなければそのまま医療・介護施設で死を迎えることが殆どになったため、日常の視野
  から病人は消え、末期の状況や死さえもが消えつつある状況となった

  以上のような状況が近年の日本人の「病老死」 に対する考え方や心構えに変化をもたらすのは当然の成り行きのように思います。


 そして 近年の日本人の「病老死」に対する考え方や心構えにどのような変化がもたらされたかを列挙すると、下記のようになるのではないかと
 思います。

@「病老死」を何らかの形で覚悟して生きるということがなくなる。 「病老死」については“縁起でもない”などとして、考えることをできるだけ
  避ける

A健康で肉体的にも精神的にも障害のない状態が当たり前で、それを前提にした生き方しか考えない、また考えようとしない

B「病老死」は必然のものでなく、病気に罹ることは交通事故のような災難、死は不幸 とのとらえ方が定着し、病気や死 に対する苦しみや
  恐怖が強くなっている

つまり 物質的豊かさと病気の治癒率の向上・ 平均寿命の延長は、ただ“死にたくない”との生そのものへの執着および人生の“量”(どれだけ
長く生きる か)への こだわりを増し、病気や老い、死 に対する恐怖の意識を増大させていると言うことです。

さらに 現代では病気や死につながる “老い” に対して敏感になっており、それに抵抗しようとする風潮が強まっているように思います。 そして
高齢者はといえば、人生は有限であることを出来るだけ考えまいとし、死はまだまだ先であろうとして、死 そのものや死後について考えをめぐらし
何らかの心構えや準備をしようとする意識が希薄となっているように思われます。

その1つの現れが、近年の旧来宗教離れです。このことは 後述するターミナルケアにおいて問題となる患者さん側の 死の受容、
死生観の欠如とも密接に関係していると思います。

一方、患者さん側の死の受容、死生観の欠如および近年の宗教離れの重要な要因の1つとして、科学技術の進歩があります。

と は、頼る同行者もなく、まさに1人で、愛着ある生活や人間関係から絶対的に別れなければならない精神的苦痛を伴って体験しなけれ
ばならないものです。 し かも何らかの第3者の体験などから裏付けされた情報や資料もない全く未知なるものでもあります。そのため、死後の
世界が 無の世界 であるか、従来の宗教 の分野(新興宗教ではなく)で呈示されている天国あるいは仏国土と呼ばれる来世が存在するのか等は
全く不明です。

それは“知”の世界の事ではなく“信”の世界の事になっています。 しかし、近年の科学技術を駆使した探求や解析は、人間が現存する過程を
具体的証拠(エビデンス)の積み重ねによって大筋で解明してしまい、人類の起源を、それ以前に信じられていたように、天地創造や無始無終 と
捉える考え方は、一般に受け容れられなくなってきています。  同時に現代に生きる私達の殆どは、すべてにおいて、具体的に目で確かめることが
でき、証拠があり、証明されなければ納得し得ないし、受け容れようとしなくなってきています。 
そのため、多くの人達は、死後については、旧来の宗教が呈示する世界を素直に、受け容れられなくなっており、日頃は 死  をただ“無”と捉える
しかない状況になっています。 そのように 死 という事象は、現代に生きる私達にとって最もとらえどころのない不気味なものであるため、日頃
それについて真剣に考えることや、心構えや準備をしようとすることを避けているというのが本当のところではないかと考えます。


医療者を中心とした終末期の取り組みとその問題点
 
 =何故終末期をめぐる問題が医療関係者を主として取り組まれるようになったのか


現代の医学研究・医療技術をもってしても、治ることや元の状態に戻ることが望めず、病状が徐々に確実に進行し死に
至る病気や病態が存在するし、死は昔も今 も変わらず厳然と存在しています。
 そ して、既述した社会状況の変化、「病老死」に対する意識の変化の中で生命的見通しが悪い病気に罹患し、死が現実的な
ものとなり、比較的早く訪れるであろう 状況になったとき、現代に生きる私達の多くは今まで考えることを避け、考えないようにして
きた分、悩み苦しむ状況が出てきました。
 そのような患者 さんの終末期のあり方や死を迎えるまでにどのような医療等を行うのかの問題が、患者さんの最も身近にいて
何らかの対応をせざるを得ない医療者側から新たに 提起されました。それが終末期医療、ターミナルケアと言われるものであり、
現在、医療関係者が中心となって行われています。
 さらに、現在は終末期医療を含めた、終末期を巡る様々な問題についても医療関係者を中心に取り組まれるようになっています。
その背景には以下の要因が関係しているように思います。

  @一般の人達が以前は仕方がないことと諦めていた終末期の状況を 「医療者ならが何とかしてくれるのではないか」 「何とか出来ないか」と
   思い始めたこと
 
  A殆どの人達が、以前と異なり、家族との関わりや交わりの少ない医療機関で人生の終末期を過ごし、そこで死を迎えるようになっている
   こと

  B終末期の患者さんを家族や肉親が精神的苦しみへの対応も含め、いろいろな面で最後まで支え切れない社会状況(核家族化、夫婦
   共働き、少子化) となっていること

  C現代は治ることが望めない重い病気を持った状態でも、なかなか死を迎えることがなく、病を持って長く生きなければならない状況に
   あること

しかしながら、ここに、終末期を巡る様々な問題を医療関係者を主とした取り組みで、あるいは医療者にお任せで果たして、本当に解決
できるのだろうか、という大きな問題があります。

これについては後述したいと思います。

終末期に関するアンケート
 
以前、患者さん達がどのように終末期を考え、望んでおられるかを調べるため、私が勤めていた病院(急性期対応型総合病院)で、
患者さんを対象にアンケート調査をしました。

その中で「あなたはどのように人生を終えていきたいと思いますか」 という問いに対して以下の回答がありました(多い順に列挙)

  @ 自分の人生に満足し、周りの人達に感謝して終っていきたい
  A 周りの人達に迷惑をかけないで終っていきたい
  B 家族や友人達と良い関係を保ち、精神的な支えとなってもらい終っていきたい
  C 最後まで人間的(尊厳ある状態)Wで終っていきたい
  D 現世以外の世界を信じて、心安らかに終っていきたい
  E 現世の未練は捨てきれず、仕方がないと諦めて終っていく
  F 命を終えるにあたっての精神的な苦痛などを周りの人達のささえの中で癒され終えていく
  G 他

上記のうち@およびAと答えられた方がいずれも半数以上で、とくに最も多い@からは多くの方々が人生を何らかの形で統括し出来れば
満足して死を受け容れて、終っていきたいと の思いが理解されると思います。
 しかし、実際の医療現場では患者さんが望む終末期を過ごしている方が多いかと言えば、残念ながらと言わざるを得ま せん。
それは 何故なのか?

医療現場における終末期患者さんの現状について具体的にお話しし、考えてみたいと思います

終 末期医療の対象となる疾患・病態 および終末期医療の内容

 終末期にある患者さんの治療といっても、既述の終末期の定義と同様に、病気の種類、病態あるいは、患者さんの状態によって、その内容や
経過には大きな違いや、特徴があり、一括して述べることが難しいため、今回は便宜上 病気の種類や病態等から、ガンのような悪性疾患の
患者さんの場合と、そうでない非悪性疾患の患者さんの場合に、大まかに 2つに分けて説明したいと思います。

@ 悪性疾患(癌などの悪性腫瘍)の末期状態

A 非悪性疾患(脳血管障害、認知症、神経筋疾患、整形外科疾患) によって死が近づいている状態

そして、上記の患者さんに対する治療内容は以下のようです。

T  延命治療; 生存期間を出来るだけ延ばす(死期を延ばす)治療

U 症状緩和治療; (Best  Supportive  Care)   主に肉体的苦痛をできるだけ軽減することを目的とした、対症療法を主体とする治療

本の紹介      @ がん患者から学ぶ終末期 (桂書房)          A 患者様がもたらす医療危機  (北日本新聞社)

               がん患者から学ぶ終末期HP