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終末期
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X 終末期を取り巻く医療・介 護環境

前 記のように、悪性疾患・非悪性疾患ともに、終末期は患者さんや家族・肉親にとって、肉体的にも精神的にも厳しい状況ですが、その終末期を支える医療・介 護環境も現在後述の如く厳しい状況になっています。その最たるものが近年の国の医療費(介護費)抑制策による入院病床数や介護に関わる病床数の削減であ り、 このままでは将来多数の医療難民・介護難民を生み出す可能性が予測されます。

国民総医療費増大と医療費抑制 策

近年わが国の国民総医療費は右肩上がりに増え続けてお り、国の財政を圧迫し、膨大なそして増え続けている国の借金(赤字国債)の大きな原因となっています。

 わが国の医療保険制度では、国が関わる協会けんぽと 国民健康保険(国保)が 約65%を占めていますが、そのうち国民が支払う保険料でまかなえるのは総医療費の約30%にすぎず、患者の負担分及び事業主の負担分を除いた総医療費の 割 合は約40%で、それを国および自治体が税収から補填しています。つまり総医療費の約40%の膨大な赤字が税金で補填されているのです。

 そのため、近年の 国民総医療費の伸びは、医療費の公費負担総額の伸び、すなわち国の財政支出の増加に直結しています。高度成長期には、この医療費の公費負担総額の伸びを国 や 自治体の税収の伸びで当てることができたが、バブル崩壊とそれに続く景気後退、経済低成長期では、税収の落ち込みとは対照的に伸び続ける医療費を税金で補 填することが不可能となり、赤字財政の大きな原因の一つとなってきました。そこで国は、なんとしてでも国民総医療費を抑えようとしてきました。

  


国民総医療費増大に伴う医療費 公費負担額増大の要因及びその対応策

ここで国民総医療費増大に伴う医療費公費負担額増大の 要因を改めて挙げると以下となります。

(1)高齢者数の増加に伴う有病高齢者数及びそれに要 する医療費の増加

   これにはわが国の医療保険・介護保険制度の下で は高齢者の医療費・介護費の患者負担が低い

こと、さらには高額医療費制度があることが密接に関連 している

(2)医療単価の増大 *詳しくは論文「医療費抑制策と医療危機」にリンク

 

 上記の要因を踏まえた上で医療費の公費負担額の増大に 対する対応策を考えた場合、以下のものが考えられます。

@医療保険・介護保険制度の見直し

 (@)高齢者の医療費・介護費の患者負担率の大幅な (非高齢者並み)引き上げ

 (A)高額医療費制度の見直し・撤廃

A税収を増やす

 (@)直接税(法人税、所得税など)の引き上げ

 (A)間接税(消費税など)の引き上げ

B医療費・介護費の抑制

 (@)診療報酬・介護報酬の引き下げ

 (A)薬価の引き下げ

 上記の対応策のう ち、@は医療費の公費負担を減らす方策としてはきわめて有効ですが、現在のわが国の政治体制である議院内閣制の下では、大幅な見直しは難しいと言わざるを 得ません。
 議院内閣制では、政党は政権の獲得や維持のために国政選挙で国民の支持が必要です。そのため国民に直接的に負担増を強いる政策はなかなか行なえ ず、できるだけ国民に負担感を持たせないようせざる得ません。 
とくに高齢者に対しては、福祉元年といわれた1973 年に高齢者の医療費の無料化に踏み 切った際、「高齢者は社会的弱者」と位置付けた手前、弱者を守る立場をとらざるを得ず、さらに高齢者の人口比率の増加を背景にした高齢者の意向や要望が選 挙結果や政策に反映しやすい、所謂シルバー民主主義の状況では、政党は高齢者を敵にまわすあるいは反感を買う政策を行なうことは困難です。

 次に、Aの直接税 の引き上げも@で述べたと同様の理由でなかなか行なえない状況にあります。また現政権は、グローバル化の中での経済の再成長、消費や税収の伸びを最優先と する 政策を採っているため、それに水を差すとも考えられる直接税の引き上げはさらに難しくなっています。一方、間接税においても、本来、現在のわが国の医療保 険 制度を含めた社会保障制度を維持するためには、北欧など手厚い社会保障制度が整備されている諸国並みの消費税(最高25%)が必要といわれていますが、個 人 消費の落ち込みなど経済への悪影響を考慮し、消費税のわずかな引き上げさえも先送りにされているのが現状です。

医療機関・介護施設を対象とし た医療費・介護費抑制策

そして現在、国民総医療費増大に伴う国の負担増に対し て、国は、残るBの医療費・介護費の抑制を主たる方策とし、医療機関・介護施設を対象に医療・介護費抑制を推し進めています。

 しかし、今までに 述べたことから理解できると思われますが、医療機関(介護施設)は全くと言っていいほど国民総医療費増大の要因となっていません。 にも拘らず、なぜ医療 機関・介護施設を対象とした医療費・介護費の抑制策が主として採られ、推し進められているのでしょうか。

 それは、この方策が前に述べた@、Aの二つの方策に 比べ、簡単に実施することができ、医療費・介護費の抑制の効果が、短期間にある程度表れるからです。

 現在、わが国で は 医療行為や病院の経営に必要な許認可権の殆んどを国が握っています。例えば、保険診療時の医療行為の価格は政府が決定しています。これは、一つ 一つの医療行為ごとに「診療報酬」として点数化され、全国一律の統制価格となっています。政府はこの診療報酬を2年ごとに見直し、点数はその都度改定され ています。そして国は、2002年の健康保険法改正や2005年の医療制度改革を機に、以降10年以上ものあいだ、明確な理由もなく、病院に有無を言わさ ず、診療報酬 の引き下げを重ねてきました。医療機関を対象にすることで、国民の反感を買うことなく、国の医療費の歳出をコントロール(抑制)してきたのです。

*医療機関を対象とした医療費抑制策の問題点についての詳細は、論文「医療費抑制 策と医療機関」および「患者“様”がもたらす医療危機」にリンク

医療費・介護費 抑制策がもたらすもの

医療費・介護費の抑制策の中で、国がとくに力を入れて いるのが、入院費、施設入所費の削減です。なぜなら、入院費は総医療費の約40%を占めているからです。そのため、急性期・慢性期病院や施設を問わず、入 院病床数や介護病床数の削減が積極的に推し進められています。

急 性期対応型の病院では、入院基本料(1日あたりの入院費)を在院日数や看護師対患者比、看護必要度などで制限を加え、患者さんがある一定期間以上入院を続 けた場合、また、そのような患者さんの割合が増えた場合、入院基本料の引き下げなど、病院経営上困難となるような仕組みになっています。

一方、高齢者が入院・入所していることが殆どの慢性期 対応型病院や高齢者介護施設では、社会的入院の 排除や、各種アンケート結果で示された患者さんたちの「できるだけ家に居たい」などの在宅での治療・療養の願望が多いとの理由を挙げ、在宅治療・療養への 移行を病院や施設に働きかけています。 
 例えば、老人保健施設(老健)や介護療養型病棟、医療療養型病棟では、入所、入院の条件を厳格化し、患者さんが入院・入所するこ とが簡単にできないようにし、一方入院・入所してもある期間以上継続して入院・入所することが経営上困難になるようになっています。

このように、有病の介護度が高い高齢者であっても、病 院や施設外で、在宅あるいはサービス付き高齢者住宅(サ高住)などで治療・療養せざるを得ない状況に現在はなりつつあります。

しかし、病院や施設外で最低限必要な治療や療養が果た して可能でしょうか。

国 は、それらの不安を解消すべく、地域包括ケア構想なるものを打ちあげています。簡単に言えば、自治会単位の地域を医療機関あるいは介護施設に見立て、診療所 の医師(開業医)、訪問看護、介護サービスで在宅の患者に医療、看護、介護を提供し、必要な介護の足りない部分を高齢者(介護の必要のない高齢者)を含め た地域住民がいろいろな形で補い、支え合うという構想である。しかし、この構想の問題点は、 、この構想の中核である在宅の医療、看護、介護におけるサポート体制がどの程度整っているかです。医療機関の収入である診療報酬あるいは介護報 酬の相次ぐ引き下げの流れの中で、在宅患者さんの、充分とは言えなくともある程度の治療・療養が24時間保証されるのかです。

訪問診療においては報酬を引き上げ、診療所の医師の訪 問診療への取り組みの意欲を高めようとしていますが、診療所の医師の高齢化や24時間拘束が継続する身体的あるいは肉体的負担を覚悟しなければならないこと などで訪問診療に二の足を踏む医師が多いのが現状です。

ま た、医療費抑制策による診療報酬や介護報酬の引き下げは、看護職、介護職の給与の抑制となって反映しており、働きに見合う報酬が得られていないとの不満が 医療や介護現場で強く、その精神的・肉体的負担もあわせて、訪問看護や介護に携わる人員が充分に確保できておらず、そのことが逆に現場における精神的・肉 体的負担を増している現状があります。

こ のような状況の中では、国の進める在宅治療・療養の構想は、上記のように充分な医療、看護、介護におけるサポート体制は期待できず、所謂医療費抑制ありき の絵に画いた餅と言わざるを得ないものと言えます。そしてこのような状況の中でこのまま在宅での治療・療養の構想の実現を進めていけば、必要な医療や介護 が適切な場所で受けられない、いわゆる医療難民、介護難民が増えることは必至と思われます。

医療費・介護費抑制の医療・介護環境の中での終末期

今後私たちは、とく に高齢者は、何らかの障害を持ったとき、また何らかの他者の介助を受けなければならない状態に陥ったとき、死を迎えるまでに今まで述べた医療・介護環境の 中で過ごさなければならないことを覚悟すべきとだと思います。そして、現在の医療・介護環境を踏まえると、その中でどのように終末期を含めた残された期間を過ごすかを予め(健常時 から)考えておかなければならないように思います。

 ただその際、核家族化、夫婦共働き、老老介護などの 社会的状況の中では、今後の介護期間は、今まで以上に介護力が必要となることや、その介護力がなければ状態の程度に応じた金銭的負担が必要になることを、私達は充分に 理解し、覚悟をしなければならないと考えます。

 今までのように「国や自治体が何とかしてくれるだろ う」という甘い考え方は捨てなければならず、受ける介護の内容や質は金銭的負担次第であるという認識を持つことが必要でしょう。

 


本の紹介  “患者様”がもたらす医療危機  (北日本新聞社)