VOL8.山岳回折による電波伝搬 受信ログにもある通り、富山県(高岡)の我が家でも関東地区のFM局が受信できる。 ノイズ混じりではあるが、聴取に耐えうるレベルだ。 良好にステレオ受信できるのは、bay-fm(78.0MHz)やNACK5(79.5MHz)など。 TFM(80.0MHz)やJ-WAVE(81.3MHz)は地元局の混信で受信不可能である。 さて、FM放送はテレビ放送と同様、VHF帯を使用している。(76〜90MHz) よって、通常の受信可能範囲は見通し距離内であり、東京タワー局の場合は半径約100km圏内。 当然、富山はサービスエリア外である。 では一体、関東局のFM波はどのようにして我が家まで届いているのだろうか? V/UHF帯の見通し距離外通信の方法として、ラジオダクトやトロッポ、Eスポ反射など色々とあるが、 関東〜富山の場合、恐らく北アルプス・立山連峰を利用した 「山岳回折波」による伝搬であろう。 回折とは、進行する波が障害物の陰となる場所にも回り込んで伝わる現象のこと。 塀の向う側の話し声が、こちら側でも微かに聞こえるのは回折現象の一例である。 話し声の場合は音波であるが、光や電磁波、海の波でも回折現象が発生する。 今回題材とする山岳回折波とは、山の先端部分で屈折した電波により山の向こう側でも受信できるというもの。 右図・モデル(1)の通り、本来障害物であるはずの山岳がレンズのような働きをしてくれる。 但し、受信点が山に近すぎる場合は、回折角度が高すぎてNGとなる。(不感地帯) なお、右図・モデル(2)のように複数の山を利用した多重パスでの伝搬も可能だ。 (但し、損失が大きくなるため電波は更に弱まる) また、地平では見通し外でも、山頂は見通し内である場合は「見通し距離外通信」が可能となる。 (標高高い=見通し距離長い、の理論) 「富山で関東FM局受信」は、正に山岳回折を利用した見通し距離外通信だ。 さて上記モデル図は理想的な場合であり、実際の伝搬状況はそんな簡単なものではないであろう。 果たして、どのように電波が届いているのだろうか? ここで、実際の山岳を当てはめて考えてみよう。 一番お気に入りのbay−fm(送信所=千葉県船橋市三山)をモデルとした。 富山〜関東の間は、山山山の連続である。日本アルプスがそびえ立ち、正に「日本の屋根」という感じだ。 東京まで直線距離で300km弱であるにも関わらず、車で6時間以上もかかるのはこの山のせいだ(^^; 1.山の標高 山が低いと山頂でも見通し外となりNG。逆に高過ぎると回折角度がキツくなりNG。 要には「高過ぎず・低過ぎず」が最適である。 我が家から関東方面を見ると、最初にそびえるのは北アルプス・立山連邦。 富山県を包み込むように立ちはだかっている。この山で回折しているのは間違いない。 最高峰の大汝山(おおなんじやま)は標高3015m。 地図上で直線を引くと、ちょうど山頂付近をかすめる。 bay-fmの送信タワーの詳細仕様は不明だが、高さ=約150mと仮定。 なお、富山〜関東には立山以外にも幾多の山々が存在するが、取り敢えず「立山1パスで山岳回折」と考え伝搬状況を考えてみる。 まずは見通し距離内であるかを確認してみよう。 千葉県船橋市(送信所)〜立山の見通し距離を計算。計算方法はVOL.2の通りである。 結果、見通し距離=約319km。地図上の直線距離は約239kmなので見通し距離内だ。 標高は充分であると確認できる。 なお、自宅から立山はそのまま見える。文字通り“見通し”だ。計算するまでもない(笑) 次に“回折角度”を確認。 船橋および自宅と立山山頂・山頂底部を結ぶ直角三角形を作り、三角関数により入射角度・受信仰角を計算する。 [入射角度]θ1=atan(a1/b1)=atan(2850/293000)≒0.012(rad)≒0.68度 [受信仰角]θ2=atan(a2/b2)=atan(2990/ 57800)≒0.052(rad)≒2.96度 という結果となった。 山頂に突入する電波と山かげへ進行する電波の関係は、屈折原理(入射・反射・透過) でいうところの入射・透過に近い状態と考えられる。 よって、入射角を0度とすれば透過角は180度+α(下方向)に進行する。 この“+α”が回折角度となるのだが、求めるためのデータが無い!(^^; 単純な壁であれば波長と入射角から求められるそうだが、山岳回折となると山頂の地形や反射係数などを考慮しないとダメらしい。 通常、山岳回折での入射角、つまり送信所からの電波は下方向から届く。 しかし「回り折れる波」と書くものの、そんな急角度で曲がるものではないので、入射角は0度(水平)に近い方が望ましい。 入射角+受信仰角=約3.7度。回折角度がこの角度以上であればOKということだ。 因みに富山市における入射角+受信仰角は約5度であるが、全く受信できない。回折角度は微妙な問題らしい。 2.山の状態 (写真は立山三山の主峰・大汝山。向こう側が関東方面である) 2−1.山の連なり 電波は点や線ではなく、面・空間として考えなければならない。 よって回折で利用する山岳は、独立峰(線)より連峰(面)であるほうが有利となる。 “立山連峰”、名前の通りバッチリであろう。 2−2.山頂の障害物 もし、山に木々が生えていれば電波伝搬上、悪影響を及ぼす。木は誘電体であり、減衰が大きいためだ。 立山は山頂付近に木々は生えていない。OK! 2−3.山頂の範囲 山岳回折は別名「ナイフエッジ現象」。先が鋭く尖っているほど好条件だ。 回折現象発生の決め手となるのが「障害物の縁」と「波長」。 電波は山の先端部分(山頂)で副次的に発生した波源により、山かげへ進行(伝搬)していくのだが、 山の縁が波長以上の大きさだと折角の回折波がそのまま山に吸収されてしまう。 FM放送の場合、波長は約3〜4m。山頂の範囲がこれ以下であれば最適だ。 立山連峰はどの山も急峻な岩山である。測ったわけではないが、波長以下だろう。 3.船橋〜立山間の伝搬状態 上記2では「立山1パスで山岳回折」と仮定したが、果たして船橋〜立山間の山々の影響は無いのだろうか? 地図で見る限り、船橋〜立山間には1500m級の山が多く、とても直接伝搬しているとは思えないのだが・・・。 もし、途中に直接伝搬を遮る山があれば多重回折となり、とてもステレオ受信できる状態じゃないだろう。 そこで、通過地点の距離と標高をプロットし、見通し直線を引いたのが下の図だ。 なお、見やすくするため、縦方向を30倍に引き延ばしてある。
約300kmもの長距離伝搬ではあるが、1パスだけで届いているようである。 なお、右表は計算上で求めた途中の山の標高と直接伝搬ルート高さの比較。 赤久縄山(群馬県)では、ちょうど山頂付近をかすめるように通過しているようだ。 ひょっとすると、赤久縄山〜立山で二重山岳回折となっている可能性もある。 とすれば、赤久縄山では入射角・回折角とも水平に近くなり、山岳利得を最大限に活かせる状態であろう。 あとがき 関東〜立山〜富山のルートは以外にも良い伝搬状況であることが判った。 新潟テレビ局のようなダクト特有の嫌なフェージングも発生していない。 東京のテレビ受信も挑戦してみる価値はありそうである。 そういえば、立山山頂にはアマ無線の中継局(広域計画レピーター)があったはずだ。 ここを使えば富山から東京の局とも交信できるのだろうか? |