いつか帰るところ
光すらさしこむ隙間すらなく石化によって閉ざされたイーファー樹のなか、金属音だけがむなしく響いていた。硬く石化した樹には鋭い短剣もそれほど効果もなく、わずかに樹が削れる程度であった。
あの後、石化していくツルの中、なんとかツルを切りジタンとクジャは脱出したが、クジャは意識不明、そしてジタンのほうは足先が異様なほど痺れているのだ。さわってみると、足の指先が異様なほど硬くなっていた。
「石化…しかけているのか?」
けれど、ジタンが持ち合わせていたのは数本の金の針しかなく、あまり効果が期待できるとは思えなかった。試しに使ってみたが進行を遅らせる程度しか効果が現れなかった。
「クジャは…」
クジャも手先から石化が始まっていた。とりあえず、クジャにも金の針を使ってみたが同じだった。あいかわらずクジャの意識は戻っていない。
「クジャ……目…覚ましてくれよ」
ー―このままここで石化して終わりなのか…?
そのとき、ジタンは不意に後ろに気配を感じた。とっさに避けられたのはもちまえの素早さのおかげだろう。
そこにいたのはクリスタルワールドで見た、クラーケンの姿だった。
イーファ樹が暴走してから今まで、一切モンスターには会わなかったというのに…。まだ、少しはモンスターが残っているようだ。
ジタンはオリハルコンを抜いて、クジャを背にかばいながらモンスターと向かいあった。だが、この状態で戦うのはあまりにも不利だった。クジャの意識がないうえに、ジタンも石化しかけていつもより素早さがないのだから。
次の瞬間、クラーケンのいくつかの触覚がジタンの肩を貫いた。
遠のいていく意識の中で自分の名を呼ぶ声が聞こえた…気がした。
気がついたら、真っ白なベットの上だった。
どこか、素朴な木を主にした作りからみて、ここは黒魔導士の村ではないだろうか。
まだ頭がぼんやりする。手足の先の痺れがとれない。だが、右肩は痛くもなく、かすかに痕が残っている程度だった。
木の窓枠を通して外を見ると、淡く蒼い、綺麗という表現が一番に合う空と、大きな入道雲が浮かんでいた。
汗ばんだ髪をかきあげて、服のすそをパタパタとあおいで、背中に風を送ってみた。
――オレ……何していたんだろ。
とぎれとぎれの記憶の糸をたぐりよせていく。
でも、どこか霧がかかったように記憶は途切れ途切れだった。
ダガーと別れてから、あいつを探しに行って、それから……。
「クジャ、あいつはっ!」
勢いに任せてベットを飛び降りたが、ドガッという派手な音とともに、床に崩れてしまった。
「……いてぇ」
足に力を入れて立ちあがろうとするのに、鉛の塊のように動かない。
「無駄よ」
顔を上げると、ノブに手をかけてミコトが入ってきた。
自分と同じ、明るい金色の髪に、深く淡い蒼い瞳。だが、表情はあいかわらず無表情に近かかった。でも、前から比べると少し優しさ…とかそんな感情が現れているようなきがした。
「ミコト!…もしかして、あのときミコトが助けてくれたのか?」
「えぇ、イーファ樹でのことならね。元気そうで良かったわ。でも、足は使い物にならないでしょう?」
足は表面的にはなんともなさそうだが、さわってみると異様なほど硬かった。
「イーファ樹のせいで石化しかけているのよ。そのうち全身にまわってくるわ」
「……治らないのか?」
「なんともいえないわ。イーファ樹の石化は、魔の森のものとは比べ物にならない程強いの。白銀の針も効果がなかったみたい」
「そうだ、クジャは!?」
その言葉を聞いたとたん、ミコトは口篭ったようだが小さく言った。 「クジャは…クジャは亡くなったわ」
今まで感情らしい感情を見せていなかったミコトが、手を硬く握って、口を結んでいた。明らかに、悲しんでいたのだ。
「クジャのしたことは正しいこととは言えなかったわ……」
「…」
「でも、彼は動かなくなった黒魔導士達と一緒に土の中で眠っているの」
「みんなが許してくれたわ。……彼は私たちにたったひとつだけ望を与えてくれたの……たとえ、つくられた目的が過ちだったとしてもそれを克服した生命が生まれたってこと……私たちは信じたいの……私たちがこの世に生を受けたことは決して間違いじゃなかった……希望を与えてくれた彼を、みんなは許したの」
「それから、彼があなたに伝えてほしいと言っていたの……ありがとうって…」
その言葉が…なんだか胸に響いた。結局、オレはあいつになにができたんだろう。助けるとか言っておきながら中途半端で…最後まで助けられなかったのに。