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子ども虐待を考える

  筑波大学教授 宮本信也    

1.子ども虐待とは?

 平成12年5月17日に『児童虐待の防止等に関する法律』が成立し、そこでなされた定義によれば、
『@親、または、親に代わる保護者』がなす
『A子どもの人権を侵害する行為で、かつ、子どもが望まない行為』であって、それが
『B反復』されるものである。なお、この行為は
『C故意の有無には関わらない』ものである。
 『A子どもの人権を侵害する行為で、かつ、子どもが望まない行為』については、“いじめ”の考え方(当の本人がいじめられたと考えれば、それはいじめである)に通じるものがある。つまり、虐待についても、子どもの側に立って考えているわけであり、対応するものもそういう立場に立つ必要がある。  それから、もう1つ付け加えて置くと、『B反復』であるが、しつけで叱るということは多々あることであって、それが繰り返しなされるかが問題になるのである。なお、性的虐待については、1回でもあれば、それは“虐待”と見なすべきである。

2.子ども虐待の4タイプ

 虐待には4つのタイプがあって、それを1つずつ細かに整理しておく。

1)身体的虐待:子どもの身体に外傷を与える行為であって、直接的な身体暴力のみならず、火、水その他の道具を使った暴力をも含む。その他の道具には、薬物、毒物の使用も含まれる。そのため、乳幼児期においては、生命の危険が極めて大きい(死因の最多は、頭蓋内出 血である)。

【事例1】下痢が治らないということで、病院に連れてこられた小4の子どもがいたが、
いくら検査をしても原因が分からない。それで入院して様子を見ることになったのだが、
それでも下痢は治らない。そんなある日、母親が子どもに何かを飲ませている姿が看護
婦の目に止まった。それで、子どもの便をオマルで取って調べたところ、便の中から下
剤のかけらが発見された。確認したところ、その子は毎日市販の下剤を10〜20錠飲
ませられていたが、「飲まなきゃ死ぬ」と脅されていて、拒むことができないでいた。

2)心理的虐待:子どもの心理面に“外傷”を与える行為であって、言葉による暴力や拒絶という形でなされる。子どもが要求してきても「あとで、あとで」と応じず、後になっても全くしなかったり、「お前なんか産まなきゃ良かった」とその子の全存在を否定するようなものの言い方をする。この虐待は、『その他の全ての虐待に含まれる』ものであって、例えば、身体的虐待と同時に言葉での暴力が投げつけられることはよくあることである。
 身体的外傷は治るのだが、心理的外傷の根が深いだけに、アリス・ミラーが『魂の殺人』 と呼んだように、予後への影響は極めて大きいものとなる。

【事例2】メディアで虐待の話をすることがあって、ある女性から電話を受けることがあった。彼女は「何も自分で判断することができない」と思い悩んでいる人で、私の話を聞いて「自分が母親から、お前はダメだ、何もできないと言われ続けてきた」ことにハタと気づき、「自分が悪くないと分かっただけでもホッとできた」と話していた。

3)性的虐待:子どもを性的対象として扱う行為であって、それは直接的な性行為だけでなく、子どもを裸にした写真を撮るとか、性行為や性的なものを無理矢理見せることも含まれる。被害者は年長女児に多いが、父−娘相姦だけでなく、母−息子相姦もある。妊娠、性感染症に加え、心の傷を与えるだけに、精神障害や性的逸脱行為に結びつくことが多い。
 数的にはかなりの数があると思われるが、加害者による口封じが必ず行われることや、子どもからも、小さい内は性的虐待の意味が分からず、それが分かってくると今度は非道い罪 悪感にさいなまれるだけに、開示されることも少ない。

【調査1】成人女性を対象にした性被害(親、保護者以外から受けたもの)に関する調査において、9割の人が経験があるとしている。なお、その内の3割がレイプで、内7〜8割が「相手が知人である」と報告している。このことから、性的な虐待もかなりの数があるだろうと推察される。

4)ネグレクト:健全な心身の成長、発達に必要なケアをしない行為である。積極的ネグレクトだけでなく、消極的ネグレクトもある。消極的ネグレクトとは、例えば親の能力的問題から、親としてはきちんとやっているつもりではあるが、具体的にはうまくいかないという場合がある。能力が低いために不適切な育児がなされており、アドバイスしても言われたことが本当に伝わっていないということが、10人に1人くらいはいるのではないかと推察さ れる(知的障害は1%程度だろうが、能力的に劣るとなれば、10〜15%はいるだろう)。

【事例3】子どもの体重がなかなか増えないことから、母親にミルクをどれだけ与えているかを確認したところ、100ccを6回という話だったため、それを200ccにするように指示したが、それでも子どもの体重が増えない。それで保健婦に訪問して授乳の場面を確認して貰ったところ、保健婦がアングリする場面に遭遇した。それというのが、確かにお湯の量は200ccにしているのだが、粉ミルクの量が100ccの時のままだったのである。

 ネグレクトには、学校に行かせない教育的ネグレクト(義務教育というのは、親の義務であり、子どもにとっては権利なのであり、ここに明らかな権利侵害な起きている)や、病気 があっても治療を受けさせないメディカル(医療的)ネグレクトもある。

【事例4】(急性疾患の事例)子どもが風邪をひいても病院に連れて行かない母親がいて、子どもが病気になると鬱陶しいからと放置していた。風邪と侮っても、敗血症や髄膜炎になることもあり得るのだが、その治療を放置したのだった。彼女は私生児を産んだのだが、その子が生まれた瞬間に鬱陶しいと感じたと語っていた。
【事例5】(慢性疾患の事例)治療できても薬をやめられない病気に、ネフローゼというものがあるが、入院2ヶ月で退院したその子の母親は以後2回しか薬を取りに来ず、半年後に担ぎ込まれた時には、心停止してしまっており、身体はパンパンに膨れあがっていた。死因は病死であるが、悪くなることが分かっていてどんどん悪化させたのだから、これは明らかに虐待である。しかし、病死という形で今まで隠れていたのが現実である。
 喘息の子どもにしても「発作を起こしたが、薬を飲ませて様子を見ていたら、急に悪化した」と言われれば何も言えないのである。

 ネグレクトは、発達に与える影響が大きく、特に発達障害のある子の場合には、ネグレクトを受けることで重度になることもあり得る。一般にネグレクトは、母親に関して言われるものである。

3.背景要因

1)保護者に見られやすい要因:虐待を起こしやすい保護者の要因としては、いくつかのことが考えられるが、
 まず、『@未熟な人格』が上げられる。共感性に乏しく、相手の立場に立って考えることが苦手だったり、相手が自分にどうしてくれたかが唯一の関心事であり、そのために、常に満たされない状態で、被害者意識を抱きやすい。自分の思い通りにならない子どもを相手にすると、つい自分を被害者と捕らえてしまうために、子どもを攻撃してしまうのである。
 次に、『A育児に関する不適切な知識、思いこみ』がある。体罰を正当なしつけの手段と考える体罰肯定主義や、子どもは親に従うものという不適切な子ども観が関係している。
 そして、『B個人主義的価値観』。子供を持つことを、あたかも個人の全くの自由裁量の問題と考える風潮が蔓延していることから、生まれた子供をどう扱おうが、親の自由と考える傾向が強くなってきている。また、親としてよりも、個人としての自己実現を優先する価 値観を持っているために、共有すべき時に共有しないまま放置することも見られている。

【事例6】ADHDの子がベタベタするのは愛情不足と思われることも多いが、ADHDの問題で来院した子で、両親は、同じ音楽サークルで知り合って結婚したケースだった。週2回のサークルの練習にも、4歳から10歳までの間、一緒に連れて行っていたのだが、その間、お菓子と玩具を与えて放って置かれたらしい。親としては、一緒に行っているのだから、適切な養育をしていると思っているのだが、ここで一つ考えないといけないことは、“親は全く子どもに何もさせていない”ということである。このことで、子どもは『両親は自分のことしか考えていない』と感じさせられてしまうのである。
 一緒に行った時に、一緒に歌うということをするだけで随分違うものなのだが。

 それから『Cいわゆる“虐待の世代間連鎖”』。虐待された経験を持つ親、あるいは親から愛された経験がない親はどうしても、虐待に走ってしまいやすい。それは、愛されていないから愛せない状態にあるためである。
 もう1つは『D親の精神障害』である。人格障害、特に母親の場合には境界型人格障害、父親の場合反社会的人格障害があることが多い。また、アルコール依存症、薬物依存、精神分裂病、うつ病、精神遅滞ということもある。

2)家庭の背景:保護者の問題だけでなく、家庭が置かれている状況によっても、虐待は起こり得るものである。
 『@地域・近隣・親戚からの孤立』というのも一つの要因であり、助けてくれる人のかかわりを持っていないということは、一人で、あるいは、家庭内だけでどうにかしようとするだけに無理が生じ、虐待に結びつくことが考えられる。
 また、『A夫婦間の不和』も要因にはなり得るのだが、特に自分が愛されたいと要求し続ける人は、普通の愛情関係が保ち得ないだけに、夫婦間に不和が起きることがよくある。
 そして、『B経済的問題』もやはり影響すると言えよう。

3)子どもに見られやすい要因:育児に関して精神的・身体的負担を感じさせる子どもの状態が、虐待を誘発することは多々あることである。
 特に『@「手のかかる」子』として、身体面では、低体重児等の未熟児、発達障害、先天性不治疾患が、行動面では、多動、強情、反抗的、動作が緩慢等の子が上げられる。こうした場合、親を叱咤激励すべきではなく、むしろ助け手がいるというメッセージを伝えていくことこそ必要である。
 また、未熟児、先天性不治疾患などのよる早期からの長期入院や家庭状況による施設入所など、『A長期の「母子分離」経験』や、
 望まれない子、報復手段としての出産など祝福されない『B「不幸」な出生状況』も関係していることが多い。

4.症状

 虐待によって起こる子どもの症状としては、身体面、精神・行動面でいくつも考えられるし、そのことが虐待を考える指標にもなり得る。

1)身体面:身体面については、全身状態として、低身長、栄養障害がある。低身長は、ホルモンバランスの問題で、ストレスにさらされる状況から脳内神経系のバランスが崩れ、そのためにホルモンバランスに影響を及ぼし(これが心身症であるが)、結果的に 寝ている間に脳から出るべき成長ホルモンが分泌されなくなるのである。
 次に皮膚所見であるが、不潔、新旧の傷の混在、複数の火傷痕、パターンのある傷、円形の火傷痕(これはタバコ火の押しつけによって起こるため、見つければ即座に虐待を疑うべきである)がある。「転びやすいので」と母親が言うかもしれないが、家から離して観察することで傷を負うことがなくなることから、違うところに原因があることが明白になる。
 外傷については、反復する骨折、多発骨折、そして乳児の骨折がある。乳児の骨は柔軟であるだけに、骨折があれば、明らかな理由がない限りは、1回でも虐待を疑うべきである。また、乳児の肋骨の骨折は1回でも虐待は明確であり、整形外科医は、保健婦に報告すべき である。

【事例7】落ち着きがないということで来院したケースだったが、生育歴を聞くと、6ヶ月頃に骨折があったと聞き、虐待が推察された。

 また、外傷には、硬膜下血腫もあり、特に頭部外傷のない場合に、揺さぶられっ子症候群がある。これは虐待でなくても、高い高いでも起こりえるものであり、欧米では2歳までは高い高いをしてはいけないということが常識になっており、これは母親を通して父親に指導しなければいけないことである。
 については、眼底出血、外傷性網膜剥離、硝子体出血、強膜出血、視力障害があり、
 については、鼓膜は列、外耳道出血、聴力障害も虐待を疑い得る所見としてあげられる。
 口腔については、日本において「母の敵は姑と虫歯」と言われるくらいのものであり、そんな時代に、多数の重度齲歯(虫歯)や歯肉炎などの口腔内衛生不良があることは虐待を疑う所見と考えられるし、歯牙損傷、口腔内熱傷などについても虐待を疑うべきである。
 その他、反復する事故・中毒、腹部臓器損傷、突然死なども虐待を疑うべき所見である。反復する事故・中毒については、【事例1】で示した子どもを代理としたミュンヒハウゼン症候群が考えられるし、突然死については、乳幼児突然死症候群との関係も考える必要がある。乳幼児突然死症候群は、赤ちゃんの死因の第2位の上げられるものであるが、これは脳 の呼吸器機能の障害が原因となっており、母親の申述を信じるしかないのである。

【調査2】5,6年前に厚生省が乳幼児突然死症候群に関する調査をしたが、それを公表することができなかった。それと言うのが、何例か母親が窒息死させた事例が出てきたためである。
【事例8】子どもが突然呼吸を停止したことで、乳幼児突然死症候群として診断されたのだが、あまりにかいがいしい母親の姿に看護婦も涙をすることがあった。それから2年、再びその母親が6ヶ月の子の呼吸が停止したと慌ててやってきた。運良く一命をとりとめたが、母親のあまりの焦燥ぶりに、担当の女医が親身な対応をしたところ、母親が2例とも自分が口を押さえたと自供した。その後、保健婦が母親を育児ノイローゼということで支える対応をしたが、1番目で分かっていれば、2番目の事件を起こさせることがなかったのではないかと思うと残念でならない。
 虐待ではないかと親を疑うのではなく、虐待を意識することで、親を守ることこそが大切なのである。

2)精神・行動面:『@幼児〜学童前半』においては、過食、異食、反芻等の食行動の異常や、“凍てついた凝視”に象徴される痛み刺激への鈍感さ、失禁しても平気などの身辺衛生面に対する無頓着さや、保護者からの隔離に無頓着、集団行動をとらないなどが挙げられる。
 対人関係の特徴は、内向タイプと外向タイプに分けて考えられるが、“子どもらしさ”に欠ける対人行動が顕著である。反応性愛着障害と診断される子には、この外向タイプの場合が多い。
 “内向タイプ”の場合には、自発的に人と関わらない、人からの働きかけに反応しない、視線が合わない、周囲に無関心、好奇心が乏しい、話さない、返事をしない、動きが少ない、動作が緩慢、無気力、敏感、オドオドとしていて、人が近寄ると緊張するということがあげられる。
 また、“外向タイプ”の場合には、『過剰で無差別な接近』と言われるような誰にでも向かう一方的な関わりが認められる。年上、大人に対しては過度になれなれしい態度を示し、知らない人でも平気だし、優しい人を独占したがり、よく話すが一方的で、誰にでも要求を繰り返すのだが、一度拒否されたと感じると避けてしまいやすい。そして、同年輩の子とは殆ど関わることがなく、年下や弱者に対しては、動作が乱暴で加減せず、すぐに叩いたり蹴ったりしてしまいやすい。
 動きが激しく、じっとしていられず、席を立ち歩いたり、遊びが長続きしない、また、突発的に行動して予測が立ちにくい状態にある。これはADHDと言われる症状に該当するが、ADHDは虐待がない場合には加齢に伴って落ち着いていくものだが、虐待がある場合には、より悪くなりやすく、病院治療の対象になることが多い。
 『A学童後半〜思春期』の特徴としては、「校内での問題行動」として、立ち歩き、教室から抜け出す、集団行動をとらない、怠学、不登校、動きが激しく、衝動的な行動が目立ち、攻撃的で友人とのトラブル・ケンカが多い、器物損壊や学校で飼育している動植物を殺す(生物への残酷な仕打ち)といったことが挙げられる。「教師や大人に対する態度」として、指示に従わない、反抗的、虚言傾向があり、衝動的で攻撃的言動が目立つ。また、「非行」という形をとることもあり、盗み、徘徊、家出、喫煙、飲酒の常習化もありえる。一方で抑うつ感情を抱きやすかったり、性的虐待の場合には、非行や性的逸脱行動、不定愁訴、無気力、 不活発、成績低下が認められる。

【事例9】授業に身が入ってないことに気づいた教師が、成績中位からオール0点になったときに、放課後、その子と話をする時間を持ったところ、父親から性的虐待を受けているという話が出た。この事例の場合、母親の対応がよく即座に別居、離婚したのだが、場合によっては、母親が嫉妬したり、否定することもあり得る。
 とにかく、女の子の成績が急激に落ちた場合には、性的虐待を疑ってみるべきである。

3)虐待を受けた子どもに認められやすい精神障害:被虐待体験と犯罪行為の関係を考えると、虐待を受けた子どもの50%が成人までに軽犯罪を、20%が成人までに暴力的犯罪を犯している。特に身体的虐待を受けた人は暴力、暴力的犯罪が多く、性的虐待を受けた人には、家出、性的逸脱行為、性犯罪が多い。また、ネグレクトの場合には、重大な規則違反を犯すことがよくある。
 これを精神障害という観点で見れば、“崩壊性行動障害”と言われるもので、被虐待体験のある子どもには、この崩壊性行動障害(注意欠陥多動障害(=ADHD)、反抗挑戦性障害、行為障害)と診断される場合が多い。
 また、摂食障害(神経性食欲不振症、神経性過食症)、神経症性障害(乖離性障害、転換性障害(=ヒステリー)、抑うつ反応、不安障害、強迫性障害、心的外傷後ストレス障害(=PTSD))、依存症候群(アルコール依存、薬物依存)、人格障害(境界型人格障害、反社会的人格障害)を呈する場合もある。

5.虐待を疑う必要がある状況

1)虐待を第一に考えるべき状況:「@身体面」について言えば、外傷(痕)、火傷(痕)、骨折、中毒、その他の事故(溺水等)、小円形の火傷痕、硬膜下血腫、多数の齲歯がある場合には、まず第一に虐待を考えて対応する必要がある。  また、乳児については、骨折、硬膜下血腫、口腔内熱傷があれば、明らかな理由がない限り、虐待と考えるべきである。
 「A行動面」について言えば、年少児については、過食、異食、盗食、過剰で無差別に人に接近しようとする行動や、痛みに反応を示さないことが反復して見られれば、虐待を考えるべきである。小学生については、非行(盗みと作話、虚言)や動植物に残虐な態度を示したり、暴力にも手加減できないことが反復してあれば虐待を考えるべきである。また、中学生について言えば、非行(徘徊、家出)があれば、何らかの家に戻りたくない理由があるのであり、反復されるようであれば、虐待を考えるべきである。  いづれにしても、“反復”してそうした行動が起こるとすれば、慢性的な問題がそこにあるのであり、虐待を第一に考える必要がある。

2)虐待も考慮に入れるべき状況:「@身体面」について言えば、不潔な皮膚、低身長、腹部臓器損傷、DOA(心停止の状態で搬送されてきた患者。「乳幼児突然死症候群」を含む)があれば、虐待も考慮に入れるべきであり、乳児については、体重増加不良も虐待を考える指標となる。
 「A行動面」について言えば、年少児では、保護者から離されても平気であったり、逆に過剰な警戒心を示すようであれば、虐待も考えるべきである。小学生については、集団行動からの逸脱や反抗的な言動が、中学生については、怠学、暴力行為、性的逸脱行為があれば、虐待も考慮に入れるべきである。

3)学校現場で見つけやすい虐待の指標:「@身体面」について言えば、 ・怪我や火傷が繰り返される状態があるが、その理由を尋ねられてもハッキリ言わないこと ・体重が増えず、痩せていること ・衣服や身体の汚れが目立ったり、たくさんの虫歯があること ・そして、“治療の必要性”を通知しても治療していないことが挙げられる。
 「A行動面」について言えば、
 小学生では、
・食べ物への執着が強く、がつがつ食べたり、何度もお代わりする、他児が残したものを食べるなどの食行動の異常
・落ち着きなく、席を立ち歩いたり、教室から抜けだし、学校内外を徘徊する行動
・理由のハッキリしない遅刻や欠席の繰り返し ・教師にベタベタ寄ってきて、膝の上に座ったり抱っこされたがったりするなど、過剰な対人接近行動
・集団場面においては、集団行動をとらず、勝手に動き回ったり、反抗的な態度や行動を示し、教師の指示に従わず、乱暴な言葉使いをする
・友達関係においては、関係を維持することが苦手だったり、友達がいない、相手が嫌がることをわざとしたり、年下や弱いものを虐める
・いきなり叩いたり、蹴ったり、ものを壊したりする。衝動的で加減ができない。ケンカも多い
・生き物を乱暴に扱い、加減しないでいじっているうちに死なせてしまったり、意識的に殺す、花壇の花を抜く
・他児や教師、学校のものを盗んだり、すぐばれるウソをつく、火遊びといった単独での非行行為などが挙げられる。
 中学生では、
・教師の指示に従わなかったり、乱暴でとげとげしい言葉遣いで反抗的、挑戦的な行動が目立つ
・ケンカも多く、生き物に対しても残酷な行為をする
・集団からの逸脱行為として、怠学や勝手な行動が目立つ
・徘徊、家出、シンナー吸引、万引きなど単独での非行
・性的な事柄に強い関心を示し、性的な言動が多かったり、実際に性的逸脱行為が見られる・気力がなく、授業に身が入らず、ぼーっとしていることが多く、成績も低下しているなどが挙げられる。
 「B学校で虐待を発見できる機会」としては、身体検査時(身長、体重の推移、衣服下の傷の有無、虫歯の状況)や成績低下時、問題行動出現時(成績低下や問題行動のことを問う形で、悩みを聞いていける)などがある。

6.対応

1)原則:最も重要なことは“子どもの人権の尊重”であり、対応に迷った時には、こどもにとって良いと思われる方を、あるいは子どもの人権がより尊重されると思われる方を選ぶ。つまり子どもの立場に立った見方が必要である。
 そして、虐待を疑う状況があれば、それが否定できない限り虐待として対応を検討すべきであり、それも、一人で抱え込まず、関係者間で情報と理解の共有を計りながら、連携して対応することが必要である。

2)対応する際の留意点:対応に際しては、虐待の事実を確認する必要はない。事実確認の作業は児童相談所の仕事であり、要求されているのは、疑った時点で通告することである。なお、通告の際には、保護者に通告する旨を伝える必要はない。

3)対応するための勇気:関わらないということの理由が、本当は保身のためかもしれないと考える勇気を持つことが必要であり、
 「様子を見る」という決定が「関わりたくない」ということである可能性を絶えず考慮しておかなければならない。
 そして、「様子を見る」と決定しても、その間に子どもが虐待を受け続けている可能性があるということを忘れてはならない。
 そのためには、お互いがお互いを支え合うシステム作りが必要である。児童相談所には“支えて貰えるところがない”という現実も踏まえ、関係機関が連絡しあって考えていくことが重要である。

4)初期対応の実際:まず第一になすべきは、子どもの心身の安全の確保である。通告から1週間以内にはケース会議を予定し、遅くとも2週間以内には可能な関係者でケース会議を開くべきである。
 そして、そのケース会議において、互いに持っている情報を交換し、虐待の重症度を評価、共有する。重症度評価の最重点ポイントは“在宅か分離か”ということであり、そのためには、「生命の危険、将来へ影響を残すか、性的なものが関係しているか」を十分に検討しなければならない。
 その上で、互いの役割分担を検討、決定し、うまくいかない時には、ケース会議を反復して行うべきである。
・連携がうまくいかない時というのは、
 1つには、重症度に対する判断に濃淡があることが多く、まずケース会議の反復が必要である。
 もう1つには、相手が援助を拒否する場合(在宅ケースの場合)で、その際には、ケース会議を開いて、互いのグチの言い合いから、ケースに関わり続けるモチベーションを高めること、また、一旦積極的介入をやめたとしても、関係が切れないように、相手が援助を求める時を待つようにする。

5)目標 :第一段階の目標(初期対応)は、子どもの安全の確保(保護、監視)である。そして、
 第二段階の目標(長期対応T)は、@子どもの健全な心身の成長発達を保証(環境療法、保育教育、心理療法)するとともに、A保護者の育児能力の向上(精神医学的治療、育児技能訓練)を図ること。同時にB家庭の育児環境の改善(福祉援助)を考えていくことである。
 第三段階の目標(長期対応U)は、子どもの復帰に向けた家庭状況の調整(家庭状況調査、監視体制整備)を行った上で、家庭への子どもの復帰(各種の援助を継続しながら)を図ることである。
 そして、第四段階の目標(長期対応V)として、経過観察体制を継続しながら、子どもの自立(独立、結婚、育児)を支えていくことである。

 平成13年6月30日、I県の虐待対応研修会において、宮本先生に講演していただいた。本稿は、その講演を聴取した際のメモ及びレジメ(講演されなかった部分を含む)に基づいて筆者が再構成したものである。宮本先生が意図された内容と異なる部分があるかもしれないことをここに記しておく。

文責 たこぼうP

                                       以上