いつか帰るところ
「彼女の話、きこえていたんでしょう?」
つぶやき程度のかすかな声が静まり返った空気を振るわす。ミコトに支えられベッドに運ばれたジタンは崩れこむようにそこに倒れた。
ベットのすぐ側にある小窓からは幾千年ものときを人々を照らしだした満天の星々が広がっていた。夜の海のように、暗く先が見えない空。その中に気がついてほしくて一生懸命輝く星。ジタンの髪が星の光をこぼした。
「分かってる…分かってるよ。でも、どうしようもないんだ…」
うちにあるのは狂い惜しいほどの彼女への想い。
本当は今すぐあの場に飛び出していきたかった。ただ、ただ彼女に自分がここにいることを告げられたら…。かといって、どうしてそれが出来るのだろうか?もし、彼女にそのことを告げてもどうなるのだろうか?束の間の安息。ただ、一時生きていたことを喜びあえるだけでその後はまたこの石化と闘わなければならない。自分だけでその痛みに耐えるのならまだいい。でも、その姿を見て彼女が涙を流すのは忍びないだろう。いつも他人に迷惑をかけないように振舞っている彼女だからこそ、そのときも気丈に振舞うだろう。
そう思うと足は言うことをきかなかった。飛び出したいという衝動をこらえ、ただその場に留まったのだ。
そして、月日は流れた……
どこまでも広がる青い快晴の夏は、ゆっくりと過ぎていった。
夏の間、頬をなぜ葉を揺らしていた風は、人が変わったように葉にあたる。葉は悲しみの色をにじませながらも、鮮やかに染まり、地に落ちていく。
碧空の空は灰色に曇りはじめ、地には白い妖精たちが舞い降りる。すべてのものが色を失い、真っ白に塗り変えられた。
「いよいよ、劇場艇が到着するのね」
空を仰ぐようにガーネット顔をあげた。晴天の碧空。淡い青空には1つの雲もなく快晴が広がっていた。
「なつかしいわ……また、みんなと会える……」
もう思い出になってしまった、でも決して色あせることがない冒険のこと。何も知らなかった自分。どうすることも出来なくて、ただ手探りに進んできた。暗闇の中、ただお母様を救いたい一身で飛び出した私は何も知らなかった。そんな中、彼は私の希望だった。暗闇の中にさした一筋の光…。彼に誘拐され、ともに世界をまわり、いろんなことを経験した。でも…。
「でも……もうあの日々は二度と帰ってこないのね……だから、もう泣いてばかりはいられない……」
「涙は勇気にかえて……」
拍手の中始まりだした劇。エイヴォン卿の4大悲劇と呼ばれるこの物語は、今年クライマックスを向かえる。
叶わぬ身分違いの恋。どこかジタンとダガーに重なるような物語に、彼のことを思い出したのか、ガーネットはドレスの影でそっと目じりに浮いた涙をぬぐっていた。
「今宵、我らが語る物語は、はるか遠いむかしの物語でございます」
団長であるパグーの威厳のある言葉で、劇は舞台をあけることになった。
「物語の主人公であるコーネリア姫は、恋人マーカスとの仲を引き裂かれそうになり……一度は城を出ようと決心するのですが、父親であるレア王に連れ戻されてしまいます」
「今宵のお話は、マーカスとコーネリア姫が、駆け落ちの決心をするところから始まります」
「それでは、ロイヤルシートにおられます ガーネット様もスタイナー様もベアトリクス様も……」
「そして貴族の方々も、屋根の上からご覧の方々も、手にはどうぞ厚手のハンカチをご用意くださいませ」
ジタンは、舞台袖からその様子を見ながらその視線をガーネットへと向けた。
彼女と別れてから約一年、そして遠目に姿を見てから半年近くになる。その間のことをジタン自信はあまり覚えていない。石化によってどんどん動きが制限されていくとともに、意識を失っている時間のほうが増えていったのだから。また、こうして自分の意志で動き、生きていることが奇跡のようでもある。
しかし、彼女を見ていると過ぎ去った日々を感じてどこか物悲しくなる。
彼女の決意として短く切られた髪は出会った頃のような長さに戻っていた。その髪の長さが過ぎ去ったときをあらわしていた。そして、あの頃にはまだ残っていた幼さは霧の様に消え去り、大人っぽさが漂っていた。瞳には優しげだが強い信念を宿していて、自分とはかけ離れた存在に思えた。
そのとき、いつもと変わらぬ様子で団長であるパグーが入ってきた。
「ジタン、派手に暴れてやれよ。この劇はお前にくれてやったんだからな」
「感謝しているよ、ボス」
照れ隠しのようにパグーはバシッとジタンの背を叩くと観客席のほうへ消えていった。あの団長のことだ、劇が派手に壊されるところを特等席で見ようとしているに違いない。
舞台ではコーネリア姫であるルビィと恋人役であるマーカスが迫真の演技をしていた。
「マーカス、あなたは王女という身分であるわたくしを好いておられるのでしょうか?」
「いいえ、そんなはずは、ありませんよね?」
「王女という身分が結婚をするのならわたくしなんて、ただの人形に過ぎません」
「人形が笑うでしょうか?人形が泣くでしょうか?」
「わたくしは笑ったり、時には泣いたり、そのような飾りけのない人生を送りたいのです」
「仮面を付けた人生など、送りたくもありません」
「そこまで、考えていてくれたとは!」
「あなたが王女という身分を脱ぎ捨てるというのなら私は愛という衣であなたを包んで差し上げましょう!」
「…オレ分かった気がするよ」
「ジタン?」
突然の言葉に出番を控えていたブランクが振り返る。
「昔、言ってたよな?なんでこの話の主人公はどうして困難な道を選んだのかって」
「あの時、ずっと思っていたんだ。何も女はこいつ一人じゃないのに、わざわざ叶わないような恋ばかり追いかけるなんて…」
昔の自分だったら困難な身分違いの道を選ぶより、他の道を選んでいただろう。今思えば、よくそんなことを口に出せたものだ。
「でも、今なら分かる。叶わないかもしれなくても、こいつにしてみればその人だけが大切な一人だったんだなって。もし、オレがこの話の主人公の立場にいたとしたら、叶わなくてもコーネリア姫に恋焦がれていたと思う」
「…」
「オレにとっては、コネーリア姫がガーネットなんだ」
「もう、私はあなたと離れることはできない」
切なげに苦しげに口にした言葉に倒れそうになるコーネリアをマーカスは支えながら答えた。
「どうか私をあなたというカゴの中に入れておくれ!」
「そうだ、明朝、一番の船で旅立とう!」
「ええ、わたくしをどこへでも連れてって!」
「もちろんだ、たとえ雨が降っても嵐が来ても!」
「ああ、どうしてこんなにも甘く悲しい恋がこの世に存在するのでしょう……」
「好きな人と一緒にいたいただ、それだけなのに……」
そろそろ、出番が近づいてきたのでジタンはそばにかけてあったくすんだ灰色のロ−ブを羽織った。そして、もう一度ロイヤルシートに座る最愛の彼女を見つめると舞台へ向かった。
「約束の時間はとうに過ぎたというのに……コーネリアは来ない……」
悲しみの色を深く残した題詞を歌をうたようになめらかにマーカスは口にした。観客達はその演技の素晴らしさにおもわず息を呑んだ瞬間であった。たった一言、言葉を発するにしても上手な人が演じるとその一言だけでも人々を虜にするのだ。
「そろそろ船出の時間だ」
「あんただけ船に乗れば、ブランクの言った通り、ふたつの国は平和になるかもしれない……」
コーネリア姫とその恋人であるマーカスは、2人で城を出ていこうと決意するが仲を引き裂かれたため2人は駆け落ちをすることにした。しかし、それを知った裏切り者のブランクにコーネリア姫は捕らわれてしまう。そうとは知らないマーカスは、コーネリアを船の前で待ち続けていると言う筋書きであった。
「どうする、マーカス?」
「あのひとは俺がいなければ生きて行けぬと言った……」
脳裏に浮かぶコーネリア姫を想う様に空を仰いだマーカスの上には、東の方角から太陽の訪れを告げる光をみつけた。そして、そこには純白の羽を広げて舞う鳥。
「東の空が明るくなった……太陽は我らを祝福してくれなかったか。私たちは、あの鳥のように、自由に翼を広げることすらできないのか……」
「マーカス……もうこれ以上は待てないぜ」
「出航だ!」
無情にも空気を揺るがす大きな船の蒸気の音が虚しくその場に響いた。
「私は裏切られたのか?」
思いついたように絶望的な題詞を口にしてしまったマーカスは、次には頭を大きく振りかぶってその言葉を打ち消した。
「いいや、コーネリアに限ってそんなことは……」
「信じるんだ!」
「信じれば、願いは必ずかなう!」
マーカスは西の方角にうっすらと浮かぶ、赤と青の双子の月を眺めながら、力強く声を張り上げた。
「太陽が祝福してくれぬのならふたつの月に語りかけよう!」
「おお、月の光よ、どうか私の願いを届けてくれ!」
「会わせてくれ、愛しのダガーに!!」
その言葉を合図にローブが脱ぎ捨てられた。
そうだった。
彼は陽の光の髪と、深い海と無限に広がる空のような瞳の持ち主。でも、笑ったときの顔は無邪気な子供のようで、あの笑顔が何度光をもたらしたことだろう。
ジタン、そう言葉にしてしまったら消えてしまう気がしてならなかった。追い求めても、幾ら願っても、この場にいるはずのないのだと泣きながら想い続けた姿。
気がつくと足は彼の元へ向かっていた。
一度重なった視線は、すぐにさえぎられた。彼女はあの言葉の後、踵を返して城内に引き返していったのだ。
自分は嫌われてしまったのかもしれない。
一年間も彼女をほおっておいた奴だ。その間に、アレクサンドリア再建のため彼女は心を痛め苦労しながらもここまで建て直したのだ。一番苦労したそんなときに彼女にとってもっと頼りになる人物が現れたとしたら…?彼女が心を傾けたとしても不思議ではない。だとしたら…
「太陽が昇っていく…。二つの月の光もかきけされてしまったか…。我らは誰からも祝福を受けることはないのか」
もう一度、宙を仰ぐと舞台を下りる階段へと向かった。だが、観客のざわついた声で横を向くと、そこは彼女がいた。
国宝である宝珠も王冠も投げ捨て、泣きながら腕に飛び込んできたのだ。
もう一度視線が合うと、彼女は小さな手で何度も何度も叩いてきた。それは、女王と呼ぶには程遠いものではあったけど、ずっとうちに秘めていた悲しさやつらさを全部を涙にしているように…。
その夜、テラとガイアをあらわすような双子の月が優しく恋人達を照らしだしたという。淡い月の光が二人を祝福するように…
ねぇ、どうして助かったの…?
助かったんじゃないさ
生きようとしたんだ
いつか帰るところに帰るために
だから
うたったんだ
あのうたを
あとがき
一番書いてみたったEDまでの空白の時間を勝手に付け足しました。
はじめはすごく気持ちがあったのに、また息切れ。
かなり心残り。どうして、こう続かないのだろう。、br> ごめんなさい…時間かかった割にはラストがイマイチ。
でも、今はこれが精一杯。そのうち手直ししたいです。
(2003.03.10 執筆 2004.05.03 加筆)