冒険記



  木々に寄り添う木の葉たちが鮮やかに色づき、人々の目を楽しませ、大地は暖かい色に包まれていた。しかし、その鮮やかさは永遠に保たれることはなく、虚しくも枝からすべり落ちて、ごみと仮す。そして、身に纏う衣を失った木々は味気ないこげ茶の腕を広げていた。そんな、肌に触れる空気が多少冷たく感じてきた、ある秋晴れの日だった。
 雲ひとつない澄み渡る空の下、カチリと時を刻む音がした。年期を帯びた大きな古時計だ。長い年月の間、雨風にさらされながらもこの大時計は歩みを止めた事がない。きっと腕のいい職人が心を込めて作ったのだろう。
 そんな時計をシンボルとしているのがある劇団だった。大柄な男性を劇団長とし、まだ幼く小さな子供から大人になりかけるような青年が役者を演じている。いつもとてもにぎやかな劇団。そして、その赤みのかかったレンガの家のドアが、小さな手のひらで押されてゆっくりと開いた。
「いってぇ……」
 扉を開けるなり、少年はぼやく。目が覚めるような鮮やかな金髪を持った青い目の小柄な少年だった。外見的なものはとても舞台映えしそうなものだが、今はその顔が崩れている。目尻には少し涙が浮きが、顔をくしゃくしゃにしていた。泣き出さないためだろうか。小さな手のひらで頭をおさえながら部屋に入ってきた。
「なんだ、ジタンもか」
 すると、赤髪の少年が手を止めて話しかけてきた。
 その少年の左腕には不恰好な包帯が巻かれている。彼の気持ちの上では治療をほどこしたようだが、つたない腕前では遊んでいるようにしか見えない。
「ったく、少しは手加減するべきだよなぁ。6歳も年はなれてるのに」
 ジタンと呼ばれた少年は近くにあった椅子に行儀悪く座った。つまりは背もたれの部分を前にして抱え込むように。
「ブランクは腕、叩かれたのか?オレは頭にされたのに」
 頭の方が痛いに決まっている、と不満を口にするジタンにブランクはしれっとした感じで返す。
「ジタンはバカだからな。叩いてもらって丁度になっただろう」
 ひでぇ〜、と足をバタバタ投げだすジタンを尻目にブランクは救急箱をあさる。そして、自分でやれよ、と赤髪の少年は包帯の束をジタンに投げつけた。ちゃんと投げろっ、と文句を言いながらもジタンは椅子に座ったまま軽く腕を伸ばしてキャッチした。
 投げあわれた文句すら彼らにとってはお互いを確認する挨拶のようなものだった。決して嫌味なものは感じられない。そして、その雰囲気はどこかあたたかかった。
 そのとき、バンッと大きな音をたてて乱暴に扉が開けらたれた。背に伸びた銀色の長い髪と青リボンが機嫌の悪さを表すように大きく揺れていた。表情は描くまでもないだろうが、不機嫌きまわりない。固まっている少年二人の間を少女がカツカツと通りぬける。
 そして、側に転がっていた椅子をひとつ手に取ると勢いよく座り込んだ。ぶすっとした様子で机に肘をつけると、彼女は軽くうつむいた。ジタンとブランクは互いに目配せしあった。言葉にしなくても阿吽の呼吸の二人はお互いの言いたいことが分かった。いや、二人でなくても大半の人間はそうするだろうか。二人の目からは物語った。この後が怖い、早く逃げよう、と。
 音もなく席を立ちそろそろと逃げ出そうとしたとき、甲高い声が響いた。
「ちょっと、何やってんの二人とも!」
 こう呼びとめられては逃げるわけにもいかず、ふたりは餌食となった。もっともジタンの方は逃げ出そうと試みたがブランクに腕をつかまれたのだ。
 一人で逃げるな、とブランクの目は訴える。
 すると、友達なら見逃せよ、とジタンは嘆く。
 以心伝心とはまさにこのことだ。
「うちらだって強いんや。なぁ?」
 はい、ごもっともです。そんな調子で二人はうなずく。そうや、と同調を得た少女は更にまくしたててしゃべりだす。
「盗賊はチームワークや。個人能力よりもチームワーク。うちとブランクとジタンとシナとマーカス。この五人そろって闘えば、そこら辺にいるクモやペリカンなんて難なく倒せるんに!シナとマーカスが囮になって、そこをブランクとジタンが叩く。か弱いうちは守られながらも勇敢にアイテムを使って回復薬に徹する!この細腕に剣を持てるだけでもスバラシイのにあのわからずや〜〜〜」
 少女の言うクモやペリカンとは、リンドブルム高原に生息しているガーヴスパイダーやアックスビークのことらしい。確かに外見だけをとれば見えなくはないが、大きさはその何十倍だ。
「うん、まぁ、そうだよな。なぁ、ブランク」
 言葉を濁したジタンは泳がせた視線をブランクに寄せた。なんでこっちにふるんだよ、そんな風な視線をジタンに送りつつ、ブランクはとりあえず合わせることにした。
「五人ではさみうちしたりとかすれば、倒せるよな」
 ますます自信を得た少女は機嫌を少しずつ直しつつ、小さな握りこぶしで頑丈なテーブルを叩いた。バンっとむしろ少女の手の方が痛そうな音が響いた。
「うちらだって、ちゃんとたたかえるんに悔しいわぁ!」
 なぜ、こんなにも荒れているかというとそれは、今日の稽古のときのことだった。
 この劇団タンタラスは様々なところで上演をしている。それはリンドブルム国内では飽き足らず、アレクサンドリアやプルメシアの国にも足を運ぶことがあるのだ。
 そして、今度の劇はプルメシアで行われることが決まっている。普段ならば彼ら子供も子役や舞台裏のセットで活躍するのだが今回に限って役目がないのだ。
 いつもの劇は劇団長が子役も交えた戯曲を選ぶというのに、今回はプルメシア王による直々の戯曲選択であった。そして、その戯曲に子役はない。
 ならば、裏方のセットや衣装を整えようと思ったが過去に演じたことがあるためその必要もなく、セットを塗りなおすにしても彼らの芸術的センスには大人たちが苦笑した。
 そして、今回の劇では裏方の機械操作も身長の高さが足りず、通称ちびタンタラスとからかわれている、ジタン、ブランク、ルビィ、マーカス、シナは完璧に暇を持て余していたのだ。
 暇なら短刀の扱いでも練習してろ、と座長に言われてジタンたちは本職である盗賊稼業の練習を表でしていた。
 しかし、そこで悲劇が起こった。
 そこへ仕事が一段落したタンタラスでも世話好きな先輩がやってきて、手合わせをしてくれることになったのだ。だが、結果がこれだ。
 完全に敗北をきっした子供たちは不快感を表しながら、とぼとぼとアジトへ帰ってきたのだ。約一名、復讐心を燃やしながら帰ってきたものもいたが。
 人間というのは不満を口にすれば、機嫌の悪さが薄れていくことがあるという。まさしく、少女はその例だった。長い溜め息をついてから、劇場の覚めた様子で口にした。
「それに、うちらはどうして”ちびタンタラス”って言われなあかんの? このルビィ様は演技も盗賊の仕事もちゃんとできてるゆうに」
 その後2人は、小1時間ほどルビィの延々とした話を聞かされるはめになったという。


 その日の食事当番は、通称ちびタンタラスたちだ。
 ほんのり赤く染まった空は、どこか憂いめいたものを感じさせた。なぜ、そう感じるのかは分からないが、茜色の空は愁哀と優美さを含んでいた。
 5人は夕食の食材の買いだしのため通りを歩いていた。
 時間は丁度夕食の買出し時で、ここぞとばかりにかけられる大きな宣伝の声が賑やかに響いていた。そして、目に鮮やかな食材たちが所狭しと並んでいる。大きな木枠の台に並べられているのは、旬のりんごやぶどうに港で上げられたばかりの鮮やかな色合いの魚たち。活気に溢れた市の中で離れないように固まって歩く5人の姿があった。頭を寄せ合って話し込む姿は微笑ましいものだった。
「さて、何にする? オレたちが作れるもので、食べたいもの」
 ここでの最重要ポイントは自分たちが作れるもの、だ。前に彼らちびタンタラスに食事当番が回ってきたときはそれはそれは素晴らしい独創的な料理を作ったものだ。どこをどうすればできるのか分からないような毒々しい食べ物を目の前に、団長をはじめ先輩諸君は顔が引きつっていた。だから、次こそは自分たちが出来るものにチャレンジしなくてはいけない。
 最重要ポイントについて考え込んでいた彼らの中で、一番先に口を開いたのはジタンだった。
「シチューならできないかな。野菜を切って、シチューの元を入れればできるだろう」
「じゃぁ、それにパンとサラダと肉でもつければいいか」
 パンは市販のもの、サラダは野菜を切るだけ。それに、肉は焼くだけ。という、まさに手のかからない方法を考え出すことで、彼らは結論に至った。
 後は何を買い揃えるかだ。話し合いの結果、足りないものはジャガイモと玉ねぎという事になった。そこで、茜差す石造りの道をはぐれないように彼らは通っていった。
 新鮮な野菜を揃えていることで有名なお店で足りないものを揃えると、彼らの足はエアポート乗り場へ向かった。ちなみに荷物持ちはブランクとシナである。いつも買い物の袋が4つ以内ならジャンケンにより荷物もちを決めている。
 彼らが乗り場に着いたときは、丁度夕食の買い物客が多くいる時間帯なのでエアキャップは混雑していた。この分では、あと10分はかかりそうだ。エアキャップの列についていると、ルビィが思いついたように言い出してきた。
「あ、ちょっとまっててくれる?この本屋寄りたいんや。5分ほどでええから」
 そういうと、ルビィは古びた建物の中へと入っていった。
「こんなところに本屋があったんだなぁ」
 その古本屋は、街の大通りから少しそれた裏道の方に、ひっそりとたたずんでいるお店である。こげ茶色のレンガや看板は、長い年月の間雨風にさらされ色あせていた。ショーウィンドウには年期の入ったビロード地の戯曲や、一見してガラクタのようにしか見えないアンティークの置物が飾られていた。そして、その奥には天井に届きそうなほど高い本棚がずらりと並んでいるのが垣間見れる。
 しばらくして店からでてきたルビィは、腕の中に一冊の本を抱えて出てきた。
「なにズラ?ルビィって読書家には見えないズラ」
 シナは正直な感想を述べた。それに反応したルビィはぴしゃりと言い放つ。
「シナうるさい」
「それでその本は何ッス?」
 その言葉を期待していたらしいルビィは、みんなを側に寄せた。秘密ごとの会話をするように頭を寄せ合わせると、ルビィはひそめた声で小さく囁いた。
「宝の地図」
 ルビィの表情はどこか得意げに万遍の笑顔だった。


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