つぶやき・・・・4


食の迪!

  学生時代は寮に住んだ。自治寮で恵迪寮(けいてき寮)と名づけられていた。恵迪、それはひとの歩むべき迪(みち)に恵う(従う)という意味。約300人が生活した。

  食事の案内があれば、5人部屋から言語に絶するむさくるしい風体が長い廊下を伝ってぞくぞく食堂に集まる。古い建物ながら食堂のそうじは行き届き整然としていた。木製テーブルも実に古い。寮生は端から着席し、次に着席するお盆を持った寮生のためにいすをひき会釈した。そんなしつらい、礼儀が伝統的にキチンと守られていた。そしてテーブルを行き交う会話は底抜けに明るかった。

  いかの煮付けがでれば翌日は肉ではなくげそを使ったライスカレーという定番があった。昨日もホッケ、今日もホッケという歌もあった。しかし飯がまずいというやつはいない。記念すべき日にはテーブルに白布をかけ精一杯のご馳走がでた。

  当番制の食糧調達では、ジャガイモ堀りに汗しリヤカーをひいた。アルバイト賃や仕送りがあれば真っ先に寮費を納入しなければ危ない。寮費が滞ると食事停止となる。 資金ショートの寮生は、調理のおばちゃんが余り物で作った猫のごはんを腹に入れた。

  これは決して戦後の食料難の時代ではない・・・・・・・。当時、愛した歌のテンポはすべてスローであった。なかでも寮歌は。


2006.12.8

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