エラリークイーンの「Yの悲劇」という
傑作推理小説があるという。ぼくはまだ
読んでないのですが、もうそれは読めない
体になってしまったのです。だって、
ぼくの脳には犯人がだれかという情報が
はいってしまっているから。いちども
読んだことのない本の結末をなんでぼくが
知っているのか。雑誌です。ちょっとした
文章の端っこなんかにシレっと書いて
あるんです。しかもあちこちに何回も
そういうのがあり、記憶を補強して
くれやがりました。なんていうか
そういうのって  奢りか、おまえら。
自分はもう読んじゃったからって、
えらそうに「おれは知ってるぜ、
知りたいか教えてやろうか、んー?
ここに書いとくぜ、へへへ。」
やかましいわ。出版社のひとはそういう
人たちを、営業妨害ということで訴えて
しまえ。あと映画なんかの結末もそうです。
「シックスセンス」では映画のはじめに、
この映画の結末は教えないでね、という
ブルースウィリスからのお願いがでるんだが、
さっそく危ない書き込みなんかがネット上に
流れたりするのだ。どういうの、これ。
情報をにぎっているということは、たしかに
ひとつの強みだけど、その力をやたら
行使しないやさしさも持ってくれよ。
ようし、そんなだったらこっちだって
「路傍の石」の結末を大公開してやるぞ。
(路傍の石は未完だっての)

 

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