滝の白糸の碑

 

 

 

1)、“滝の白糸の碑”(新派の名優 喜多村緑郎書)は、「越中高岡より倶利伽羅下の建場なる石動まで四里八町が間を定時発の乗合馬車あり」で始まる明治の文豪 泉 鏡花 初期の名作「義血侠血」の一部に描かれている乗合馬車の出発場所だった片原町に建っている。

(平成5年に現在地に移転、元は片原中町の稲荷神社境内にあった(昭和32年に建立))。

 

 

  (馬丁 村越欣彌水芸人 滝の白糸が、高岡発の乗合馬車で初めて出会うところから、物語は展開している。)

 

 

 

2)、高岡と泉鏡花

   

  泉鏡花と高岡とは、同じ旧加賀藩内の金沢出身という以外にも、下記の如く格別関わりが深いものがあった。鏡花の作品の中には高岡や富山県が数多く出て来る所以でもある。

 

  @、妹 たか(他賀)のこと

明治30年頃、高岡の銅打ち物職人・祖川祖仙(本名 弥三次郎)と結婚、高岡市内鴨島町に住んでいた。

 

  A、尾崎紅葉門下四天王の一人・鏡花の作品「薄紅梅」のモデルとされる梶田半古・北田薄氷夫婦のこと

 

    挿絵画家として当代随一といわれ、有名な尾崎紅葉の「金色夜叉」の挿絵も描いた梶田半古は、岡倉天心の推薦により富山県立工芸学校(現高岡工芸高校)に赴任し、城道(現大手町)に住んだ。そして、すでに尾崎紅葉門下の代表的女流作家として有名だった梶田の妻の北田薄氷も一緒に高岡に来た(明治31年10月〜同32年7月)。

 

 

 

3)、泉 鏡花 【明治6年〜昭和14年65歳没】のこと

 

     本名 鏡太郎。江戸戯作者の流れを汲み、世話物と幻想的な作風で知られる泉鏡花は、石川県金沢市下新町23番地(現在の尾張町の久保市乙剣宮近く)に、金沢の彫金・象嵌細工師泉清次を父とし、江戸の鼓師の娘で、宝生流の重鎮シテ松本金太郎の妹である鈴を母として生まれた。若く美しいままの母を幼少期に失った彼は、美をそして美しい女を聖なるもの至上のものとして生涯描き続けた。

  

鏡花の名は「共に美しいがそれを手中にはできない」の意味を持つ「鏡花水月」の語からきている。

 

 

 

4)、泉鏡花「義血侠血」(滝の白糸)(明治二十七年十一月一日〜三十日「読売新聞」に連載 )

〈あらすじ〉

   越中高岡より倶利伽羅下の建場なる石動まで乗り合い馬車あり。年頃は二十三四の涼しき美人、微笑みつつ乗り込みたり。人を怯えざる気色は世ずれして一筋縄のつなぐべからざる魂表せり。馬車は怪しき美人を以て満員となる。貴公子の如き二十四五の若者、御者台に乗り出立す。人力車と馬車の競争がはじまり、抜きつ抜かれつするも、人力車夫が馬を驚かせ、馬は脅えて踊り狂いぬ。馬車は傾斜し車内は恐怖叫喚の惨状に至るも、一人かの怪しき美人のみ冷然たる態度で、終始此の道堪能たる御者を見守りたり。かくて、福岡という馬車の休憩所に着けり。追い抜く人力車夫は思うままに馬車を侮辱し駈け去りぬ。人々は業腹に思い、義捐金を募り、御者に人力車との競争を依頼す。他の人々が一銭二銭と出す中、かの怪しき美人は五十銭なげうつ。御者はしぶしぶ人力車夫めがけ馬に鞭を入れる。然れども時遅れたれば、追迫すべくとあらざりき。而して到着地たる石動はもはや間近になれり。突然御者は馬車を止め、己の立てる馬に美人を引き抱え、ひらりと馬にまたがり、真一文字に馬をとばす。その名を金さんという。

金沢なる浅野川の河原は宵ごと納涼の人手に熱了せり。河原狭しと見せ物小屋が並び立つ中、就中大評判は、滝の白糸が水芸なり。やんややんやの喝采の中、大夫はふと外方に目を遣りたりしに、はたとコップを取り落とせり。その視線中に御者体の若者がある。その面見るも「おや違ってた!」と独り語ちる。

  夜はすでに十一時。白糸大夫は冷ややかな露気の中、澄める月下独り散歩する。露下目前に快眠せる男在り。かの御者「金さん」なり。「夜露に打たれると体の毒ですよ。あなたその後はご機嫌よう」と白糸は金に声をかける。「どこかでみたような」金は釈然としないが、「見たようだも無いもんだ。高岡から馬車に乗ったとき、人力車と競争をして馬に乗り合わした女さ」の言葉に事情を理解し二人うち解け話しもはずむ。男は金沢の氏族出身の村越欣彌で、法律の勉強途半ば父を失い、余儀なく御者となるに至る話を聞き、白糸は欣彌に東京を出ることをすすめ、仕送りを約束する。 

  白糸は越後国新潟の産にて、その水芸は人間業放れしており、数多の金主が彼女を争いて莫大な給金を払うに至れり。彼女は親も同胞も情夫もあらざれば一切の収入わが身に費やすのみなれば湯水のように労していたが、欣彌の遊学三年を経るにおよび金策苦しくなりたり。ある時、福井の某なる金主つきて金沢を打ち上げとの相談整いき。

  今まさに出発せん時、白糸は金子目当ての狼藉者に乱暴され欣彌への仕送りの金百圓を奪われぬ。白糸は一度は死すら考えるが、証拠物件たる出刃包丁と浴衣の片袖を見つけるなり、白糸は自殺を考え直す。しかし警察へ訴えたところでどうにもならない気がし欣彌にすまない気持ち一杯で途方にくれる。ふとしたきっかけで公園地内の六勝亭なる席貸しにの庭に入り込んだ白糸は図らずも賊の振る舞いしたる自分に愕きつつも、盗というなる金策の手段あるを心着き、次で懐なる凶器に心づく。良心・悪意の葛藤の中塀際を徘徊せし時、家内の一人が白糸の姿を認め「泥棒」と男の声で叫ぶ。白糸は一点の害心だにあらざりしも、確かに出刃を握れり。包丁は男の胸に刺され男は倒れる。自分の行為を夢かと疑えり。白糸心乱れて、その身を忘れたる背後に「貴方どうなすった」聞こゆるは寝ぼけたる女の声なり。内儀を脅し百圓を手にするが、内儀は賊を女だと見抜き与し易しと思えば白糸に飛びかかる。もみ合いの中白糸は内儀も殺害するにいたる。高岡石動間の乗合馬車の乗客の一人は煙草火をかりし人に向かいて雑談をする。話しかけられた男は髭を貯え洋服を着けたる。男の話はこの夏の公園内での強盗の一件なり。話によると賊はすぐさま挙げられた。現場には彼らの出刃包丁と浴衣の片袖が落ちていたからによる。しかし賊は白糸という女芸人から金を脅し取ったが金持ち夫婦を殺害したことはないという。白糸に尋問するも金など取られていないという。男とは検事代理として金沢の裁判所に向かう、かの村越欣也であった。裁判当日、白糸は入廷する検事代理を見るや否や色青ざめておののく。白糸は始め不意の面会に愕いたが、再び彼を熟視するに及びて己を忘れ、三度彼を見て愁然として首を垂れたり。欣彌は消沈した白糸の姿を見るより、胸も張り裂けるばかりであるが、自分の職務に心づき、拳を握りて眼を閉じぬ。白糸は裁判長に真実を白状し、検事代理の請求通り死刑を宣告する。一生他人たるまじと契りたる村越欣也は、遂に幽明を隔てて、永く恩人と相見るべからざるを憂いて、宣告の夕べ寓居の二階に自殺してけり。

 

 

 

 

19,3,3付 富山新聞

高岡市のポケットパークにレリーフ 泉鏡花の「滝の白糸」のレリーフ設置

 

高岡市片原町のポケットパークに二日、金沢の三文豪の一人である泉鏡花の出世作「滝の白糸」(原作名「義血侠血(ぎけつきょうけつ)」)の一場面を描いたレリーフが設置された。高岡ライオンズクラブが認証五十周年記念事業として企画したもので、会員は高岡開町四百年を控え、新たな名所となることを期待している。

 

 レリーフは縦七十センチ、横一メートルのブロンズ製で、主人公の若き書生、村越欣弥と水芸人・滝の白糸が乗合馬車の待合所で出会った場面が描かれている。主人公の村越は高岡市片原町に住んでいたという設定になっている。

 加賀象嵌(ぞうがん)の彫金師だった父が高岡へ出稼ぎに来るなど、鏡花は高岡に縁がある文豪だが、高岡を舞台にした作品は「義血侠血」のみとされている。 レリーフの周辺には、ツバキやサクラなどが植えられた。

 

 現地で行われた除幕式では、四津井宏至高岡LC会長が「鏡花は高岡にもゆかりが深い。多くの市民に魅力を知ってほしい」とあいさつ、橘慶一郎高岡市長が「高岡を巡り歩く観光客が増えてほしい」と述べた。