鳳鳴橋(高岡市金屋町付近)
市内を流れる千保川に鳳鳴橋が架かっている。橋の名は、高岡の地名の由来と伝えられる詩経の一節「鳳凰鳴けり彼の高き岡に」から名付けられている。駅前通りをまっすぐに歩き、"鳳鳴橋"を渡ると鋳物の町金屋町がある。慶長14年、前田利長公が城下町高岡の繁栄を図るため鋳物師7人を招きこの地に鋳物工場を造った。鋳物は火を使うので川(千保川)を隔てて、現在の場所金屋町に鋳物工場を開かせたのである。
橋には富永直樹作の「鳳凰像」が置かれている。鳳凰像は、橋の左右に2体ある。
また、橋のたもとには高岡鋳物資料館がある。鋳物資料館は普段は開いていない(事前に連絡すれば見学できる)。
(参考)、17,6,26付 北日本新聞より
「川流し」見直しへ 高岡七夕まつり
大規模な七夕祭りとしては全国唯一の高岡七夕まつりの川流し(七夕送り)が、今年は回収の資金難や環境保全の面から見直される。廃止も視野にあったが、江戸時代が発祥とされるだけに「伝統は守るべき」との声が強く、まつりを取り仕切る高岡市観光協会は、川流しの方法の変更を検討。舟に載せて流す案も出されており、三十日の運営委員会までに方向を決めたいとしている。
まつりは高岡市で八月に開かれる。「短冊に書いた願いが、川を経て天に通じる」という伝説に基づき、市中心部を流れる千保川に、七夕の飾り竹を流してきた。
川流しは昭和四十年代後半、川の汚濁問題で中止された。古来の姿を取り戻そうと、市民の有志が五十八年に「高岡七夕を流す会」を結成。七夕を下流で回収することで復活した。現在は、みこしに仕立てた七夕を高岡駅前から約一キロ離れた鳳鳴橋まで運ぶパレードの後、五メートル以内の七夕を橋から投げ込んでいる。ただ回収には、投光器やレッカー車などで約二百五十万円が必要。市の補助金や企業の協賛金が減る中、まつりの資金確保は悩みの種となっている。さらには短冊や飾りも散乱し、同協会の小馬保専務理事は「川に物を投げ入れるという行為は、現代にそぐわない」と話す。
まつりの根幹と言える川流しの存続を求める声は根強く、運営に携わる市民グループ「地域活性化企画装置・わをん本舗」の竹本俊文会長(49)=川原本町=は「仙台市などの七夕は見物がメーンだが、街中を練り、願いを込めた短冊を川に流してこそ、高岡のまつりと言える」と言う。日本航空が数年前から、各地の空港に短冊を用意し、高岡へ送る企画を実施している事情もあり、小馬専務理事は「何らかの形で、伝統を継承する方法を探りたい」としている。