台座下回廊

聖徳太子
(
桜井鴻有)

迦陵頻伽
(
伊井慶泉)

三尊像
(
筏井茂之)

焦熱地獄
(
村 閑歩)

諸行無常
(
村 閑歩)

吉崎嫁おどし
(
千田大寛)

地獄
(
増川武雄)

弥陀三尊像
(
筏井茂之)

倶利伽羅不動尊
(
昇 外義)

白衣観音
(
小坂勝人)

愛染明王
(
増川武雄)

天人
(
村田吉雄)

金剛光菩薩
(
藤森滋男)

 

台座下回廊 


(大仏台座下回廊内壁の13枚の仏画)


 高岡大仏寺の台座下回廊内の壁に13枚の仏画 が掛けられている。
 昔、交通の要であった高岡駅前に「七本杉」 と言って樹齢数百年の神木と崇められていた杉の大木が あった。
その古木の板を使って、当市ゆかりの画伯達が心を込めて描かれたもので,市内の篤志家により昭和 27年(1952)
寄進奉納されたものである。
平成3年には13枚の仏画の修復が行われ面目を一新した。


 注)−1、仏画(昭和27年5月5日 高岡大仏増築完成祝賀記念謹作)寄進人名簿(イロハ順)


   高岡市南町  布目 弥逸              高岡市横田町 老子 秀雄        高岡市城道町 大野政次郎
   高岡市宮脇町 渡辺福一郎              高岡市横田町 鍛治 精一       高岡市桐木町 金森喜八郎
   高岡市宮脇町 坂田 貞王(大和百貨店)     高岡市定塚町 
高木作次郎(仏画・円光背制作功労者)
   高岡市定塚町 
野村太三次郎(大仏奉賛会功労者)                      高岡市定塚町 野村 つる
   高岡市末広町 山崎政次郎             高岡市横田町 荒井 三郎        高岡市定塚町 菅原敬兵衛

 


 注)−2、高木作次郎(仏画・円光背制作功労者)

     @、仏画の設置 

大仏台座下回廊に13枚の仏画が飾られている。この仏画の設置の経緯、目的、そして設置、発起人などについて述べる。                                      

戦時下の昭和18年の金属供出令に従い、大仏寺でも大仏本体以外の付属物、その他おびんずる像などのあらゆる金属を供出したのである。戦後、大仏の惨状に心を痛めていたのが、当時大仏と同じ大仏町に住み、町内の復興にも努力していた高木作次郎であった。高木作次郎は「高木製作所」の創業者であり、当時企業人としても大成功を収めつつあった。そして、戦後「尼講」(昭和24年蓮弁などの寄贈、設置)など大仏関連組織の大仏復興の動きに時を同じくして高木も大仏復興に大いに尽力したのである。そして昭和27年一段落したのであった。                                                                                       又、昭和27年に宗教法人法が施行され高岡大仏寺も法人格を持つ宗教法人となったのである。以上、この2つのことを記念して高木は仏画の設置を決意、協力者と共に実現したのである。高木は、画家の選定、材料の板の手配、絵の具など画材の供与など全面的に尽力し昭和27年仏画の完成を見、東京芝増上寺の椎尾弁匡大僧正を招聘し完成記念の法要を行ったのである。

 

     A、円光背の設置 

     昭和33年大仏創設後25年を経過し、腐食、痛みもひどく大修理が実施された。この時、高岡大仏の原型師中野双山が当初考えていた円光背について、その設置を考え、大修理と共に強力に推し進めたのが高木作次郎であった。昭和33年大修理の完了と円光背の設置を記念した落慶法要が、長野善光寺 副住職・智光上人を導師として挙行されたのであった。

 

 


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