高岡大仏寺の建立
T)、大仏寺の歴史
大仏寺の歴史は、昭和15年 宗教結社大仏堂の設立から始まる。しかし、その前身は、大仏を収めたお堂として、また、坂下極楽寺の修行の道場として、延享 2年(1745)坂下極楽寺の高弟良歓が建立した大仏堂である。その後、大仏堂は、一時の中断はあったが、ずっと存在したのである。
(年表)
@、延享 2年(1745)坂下極楽寺の高弟良歓が、現在地に木像金箔大仏と大仏堂(修行の道場として良歓が在住)を建立。
A、天保12年(1841)文政4年の大火で焼失した大仏と大仏堂再建。
B、明治34年(1901)明治33年の大火で焼失した大仏に代わり坂下町・津島彦逸氏が木像尊顔(現在台座下回廊内にある仏頭)を寄進、大仏堂に安置。(昭和7年 胴体を粘土で作り旧の台座下回廊に安置)
C、昭和 7年(1932)現鋳造大仏と大仏堂(現大仏寺建物=修行の道場、極楽寺の隠居所)完成
D、昭和15年(1940)4月 宗教結社 大仏堂(住職常住、初代庵主さん在住)となる。
E、昭和27年(1952)5月 宗教法人 大仏寺設立
F、昭和56年(1981)現大仏と現建物 11メートル後方に下がる。
U)、(歴代住職)
初 代 横 川 浄 善 尼 (昭和15年〜昭和19年)
(昭和19年4月1日死亡)
(参考) @、昭和 7年 大仏堂(現高岡大仏寺建物)完成
A、昭和 8年 大仏“尼講”発足(横川浄善尼)
B、昭和15年2月 坂下町極楽寺尼寺独立
C、昭和15年4月 宗教結社 大仏堂設立
第2代 横 川 静 心 尼 (昭和15年入山) (昭和19年〜昭和36年)
(初代の養女) (昭和36年9月26日死亡)
(参考) 昭和 27年 宗教法人 大仏寺設立
(見習い) 富 知 道 尼 (昭和38年〜昭和40年)
第3代 寺 森 宏 山 尼 (昭和40年 晋山式)(昭和40年〜昭和47年7月)
(昭和47年7月9日死亡)
第4代 今 井 慈 光 尼 (昭和47年11月入山、昭和50年 晋山式)
第5代 井 上 香 粋 尼 (平成6年入山、平成7年住職、平成8年 晋山式)
第6代 北 角 良 粋 尼 (平成14年入山、平成20年4月 晋山式)
(香粋尼の妹)
(参考)
@、高岡大仏は、現在地の大手町に1746年、高さ9,7メートル(3丈2尺)の木造の大仏が建立された。1821年の大火で消失し、再建されたが、それも、1900年の大火で消失した。
A、1933年(昭和8年)に銅器の町高岡のシンボルとして高さ13.6mの青銅製の現大仏が再建された。
B、高岡大仏は極楽寺の末寺である大仏寺が管理している。 (坂下町の紹介より)
(参考)
「大仏つぁん」は、高岡のへそ。まちに生命を吹き込んでくれた。
高岡の想い出 藤子不二雄A氏
僕が生まれたのは氷見市だ。光禅寺という曹洞宗のお寺の住職をしていた父が亡くなり、 十一才の時、高岡市へ引っ越しした。転校した先は定塚小学校だった。 五年生のクラスへ入ったが、そこで会ったのが藤本弘君(藤子・F・不二雄)だった。それは僕にとって運命的な出会いだった。
二人とも当時数少ない漫画少年だったので、たちまち意気投合して、 一緒にまんが道をまっしぐらに進むことになったのだ。
もし、あの時高岡へ引っ越しすることがなかったら、僕の人生は全く違ったものになっていただろう。
それはともかく、氷見に比べて高岡は大きな街だった。新しい高岡の家は駅前の桜馬場通りにあった。家の前の堤に桜並木があり、春になるとピンクの電飾をつけたようになった。
後に上京して古本屋で資料のために古い百科事典を買った。そこに全国桜の名所≠ニいう項があり、高岡の桜馬場の写真ものっていた。 よく見ると、それはナント桜並木のうしろに我家が写っているではないか!?
今はもうあの美しい桜馬場はあとかたもない。高岡へ帰るたびにあの桜並木が残っていたらなあ・・・・・≠ニ残念に思う。
終戦の翌年、僕は旧制高岡中学へ進み、藤本君は高岡工芸学校へ進んだ。この二つの学校が 隣同志だった。授業が終わると校門で待合わせ、毎日のように古城公園の中を一緒に歩いて帰った。時には公園の中の双つ山≠ヨ行き、そこで漫画のアイディアの話や将来の夢を語り合った。
そして夕方近くにたいこ橋を渡り、大仏様の横を通って帰るのだった。
高岡の大仏さまは、何のキドリもなく通りの横にヒョイと座っていらっしゃるところがすごくいい。「まんが道」がNHKの銀河テレビ小説で放映された時、ほとんど毎回大仏さまがうつった。ファンの人が『「まんが道」ツアーで高岡へ行って、歩いていたらイキナリ大仏さまにお目にかかって驚いた。』という。
漫画家を目指して上京する時、大仏さまに「よろしく!」と拝んだ。あれからン十年、今だにこうして現役の漫画家でいられるのも、高岡の大仏さまのおかげかもしれない。
平成7年版 TAKAOKA CITY GUIDE 「万葉の丘 高岡」 14頁より
高岡市観光物産課・高岡市観光協会