西国三十三観音札所一覧表
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西国三十三観音霊場巡礼の歴史
・西国巡礼が一般的に行われたのは室町時代からだと言われる。しかし、その起源は奈良時代にまで遡るという話もある。
・奈良時代に、長谷寺に徳道上人と云う人がいた。養老年間に病気になり死んでしまったが、数日後に息を吹き返した。上人はその数日の間に地獄に行き閻魔大王に会ったが、大王から“まだお前は死期に達していないから帰れ、そして、帰ったら33ヶ所の霊験あらたかな観音堂を人々に知らせろ”と命ぜられ、33ヵ所の印を授けられた。
・西国33観音巡礼の中興の祖は、平安時代の花山法皇とされる。法皇は19歳で出家し、種々の修行を行い、名僧の教えを受け、霊験あらたかな仏を訪ねられた。33ヶ所寺院が確立していたかどうかは別にして、西国札所巡拝の創始者的役割をしたとも考えられる。
・鎌倉時代の西国巡礼に関する記録は少ないが、この頃に、“東国”の人達が“西国札所”という名称をつけたと考えられる。
・西国巡礼が盛大になったのは室町時代になってからである。当時も、東国の人は“西国札所”と言っていたとの記録はあるが、幕府(都)のある京都で何と呼んでいたかは分からない。
・江戸時代の西国巡礼は想像以上に盛大だった。そして、西国巡礼に関する書物も沢山出版された。また、江戸時代には一般庶民の間に伊勢信仰が広まり、お伊勢参りが流行していた。江戸時代の西国巡礼は、伊勢神宮への参拝とセットになっており、東国の人々にとっては伊勢信仰と西国巡礼は切り離せないものだったようである。
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A、西国三十三所一覧 |
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順 番 |
山 号 |
寺 名 |
所在地 |
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第一番 |
那智山 |
青岸渡寺 |
那智勝浦町 |
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第二番 |
紀三井山 |
紀三井寺 |
和歌山市 |
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第三番 |
風猛山 |
粉河寺 |
粉河町 |
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第四番 |
槇尾山 |
施福寺 |
和泉市 |
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第五番 |
紫雲山 |
葛井寺 |
藤井寺市 |
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第六番 |
壷阪山 |
南法華寺 |
高取町 |
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第七番 |
東光山 |
龍蓋寺 |
明日香村 |
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第八番 |
豊山 |
長谷寺 |
桜井市 |
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番外 |
豊山 |
法起院 |
桜井市 |
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第九番 |
興福寺 |
南円堂 |
奈良市 |
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第十番 |
明星山 |
三室戸寺 |
宇治市 |
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第十一番 |
深雪山 |
上醍醐寺 |
京都市 |
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第十二番 |
岩間山 |
正法寺 |
大津市 |
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第十三番 |
石光山 |
石山寺 |
大津市 |
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第十四番 |
長等山 |
園城寺 |
大津市 |
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番外 |
華頂山 |
元慶寺 |
京都市 |
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第十五番 |
新那智山 |
観音寺 |
京都市 |
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第十六番 |
音羽山 |
清水寺 |
京都市 |
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第十七番 |
補陀洛山 |
六波羅蜜寺 |
京都市 |
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第十八番 |
六角堂 |
頂法寺 |
京都市 |
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第十九番 |
革堂 |
行願寺 |
京都市 |
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第二十番 |
西山 |
善峰寺 |
京都市 |
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第二十一番 |
菩提山 |
穴太寺 |
亀岡市 |
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第二十二番 |
補陀洛山 |
総持寺 |
茨木市 |
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第二十三番 |
応頂山 |
勝尾寺 |
箕面市 |
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第二十四番 |
紫雲山 |
中山寺 |
宝塚市 |
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番外 |
東光山 |
花山院 |
三田市 |
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第二十五番 |
御嶽山 |
清水寺 |
社町 |
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第二十六番 |
法華山 |
一乗寺 |
加西市 |
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第二十七番 |
書写山 |
円教寺 |
姫路市 |
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第二十八番 |
成相山 |
成相寺 |
宮津市 |
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第二十九番 |
青葉山 |
松尾寺 |
舞鶴市 |
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第三十番 |
竹生島 |
宝厳寺 |
びわ町 |
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第三十一番 |
姨綺耶山 |
長命寺 |
近江八幡市 |
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第三十二番 |
繖山 |
観音正寺 |
安土町 |
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第三十三番 |
谷汲山 |
華厳寺 |
谷汲村 |
B、納経帳(朱印帳)について
諸国の霊場に所願成就祈って経典を書写して納めることを「納経」という。この納経と巡礼が結びつき、盛んになったのは室町時代からである。
書写した経典を納めると、その霊場では受け取った“しるし”として宝印(朱印)を受領書に押した。これが「納経帳」(朱印帳)捺印の由来である。しかも、徳道上人と閻魔大王との約束により、(西国)観音33ヶ所を巡り、その証拠として受けた宝印のある帳面を持参した者は地獄に落とさない、との故事があるので、これを信じた巡礼者は誰もがこの納経帳を持つようになった。
後になると、書写した経典を納めずに、納経印だけを受けるようになってしまった。実際に経典を納めた頃の納経帳は、紙面の右肩のところに「奉納大乗経典」と書かれたが、今では「奉拝」とだけ書いてある。
経典も納めず、また読経もしないで朱印のみを集めて歩く人が多くなった。せめて「般若心経」一巻を写経するか、読経して、納経印を受けるようにしたいものである。
C、(参考)、朱印帳について
・ご朱印(帳)はお納めした“お札”の受領書である。
・問題はそのお札である。お札は卒塔婆であり、それは塔を建てることを意味する。
・お札を寺に納めるということは塔を建てるという意味がある。
所で、仏様が最も喜ぶこと(3大喜び)は、
1、起塔ーーお寺のシンボルたる塔を建てることーーこれが一番重要
2、写経ーーお経を写すこと
3、造像ーー仏像を作ること
であり、これらを実現したものが寺即ち゛造寺”である。そしてこの三つを簡略化したものが“お札”である。そして、その基本は塔である。
(註)卒塔婆(大辞典から)ーー仏舎利を安置したり、供養したりするための建造、塔。その他。