番外2  不動寺  (曹洞宗)

(徳道上人像の石仏を祀る)

 

 

    不動寺は、高岡新西国三十三観音霊場が始まった昭和3年当時は小矢部川西岸の外八ヶ(現在の守護町)にあった尼寺・霊照庵であった。昭和28年同じ尼寺の不動寺と合体して霊照山不動寺と改称し、戸出に移転してきた。

 

    道に面した小さな山門を潜ると右側に錫杖を手にした僧侶の石造がある。台座には「西国元祖徳道上人」の文字と御詠歌が刻まれている。

 

 

    徳道上人は、西国三十三観音霊場を開いた人(開祖)といわれている。

 

 

 

     この番外の徳道上人像は、奈良県桜井市の真言宗・豊山・法起院のご本尊(御自作)に当たる。

 

    徳道上人像の石仏像の台座には西国三十三観音霊場番外・真言宗・豊山・法起院のご詠歌 「極楽は よそにはあら 我が心 おなじ蓮の へだてやあるが刻まれている。

 

    法起院は長谷寺の観音堂の開山徳道上人を祀る寺である。徳道上人は天平年間の人で、長谷寺の基礎を作った人であり、また、西国巡礼の創始者という伝説がある人である。上人が閻魔王宮に行って観音の霊場33ヶ所を教えてもらって帰り、巡礼をしたのが西国巡礼のはじまりであるというのである。