一番札所    龍雲寺(曹洞宗)

(如意輪観世音菩薩の石仏を祀る)

 

    参道入り口に「高岡之新西国第一番霊場」の大きな石標が建つ。

 

    縦約7、80センチ、横約5,60センチ、奥行き40センチほどの長方形をした石材に、観音様(石仏)が彫られている。台座を含めると約1メートルの高さで、市内にある高岡新西国三十三観音霊場の観音石像は、みな同じサイズ、同じ彫法で統一されている

 

    その台座の下には、西国三十三霊場から持ち帰った「砂」が埋め込まれている(西国各札所の「砂」を、高岡の各寺の観音像の台座の下に埋めた)。お参りすれば西国三十三札所を巡礼したことになり、御利益が授かるという。

 

 

    この一番目の如意輪観世音菩薩は、和歌山県那智勝浦町の天台宗・那智山・青岸渡寺のご本尊に当たる。

 

    如意輪観世音菩薩の石仏像の台座には西国三十三観音霊場第一番札所・那智山 青岸渡寺のご詠歌 「補陀洛や 岸うつ波は 三熊野の 那智のお山にひびく 滝つせ 」が刻まれている。

 

    那智山・青岸渡寺は熊野信仰の本拠地の南紀地方にある。熊野三山に対する信仰は、天皇をはじめ平安貴族たちの熊野詣の行列がよく知られるように、大変盛大だった。そしてまた、その信仰は、中世以降には庶民にもひろまった。

 

    熊野信仰はその本地仏として、阿弥陀・薬師両如来と観音をあてている。熊野信仰が盛大になったのは観音信仰がその背後にあったからともいえる。

 

    江戸時代の札所巡りのはじめは、伊勢参りをすませたあと、伊勢から新宮速玉神社を経て、那智山・青岸渡寺(第一番)に参詣し、その後本宮に参詣し、田辺への道を辿った。