傀儡屋(仮)第二話
数十分後、二人は一区画隣の公園にいた。
「……はぁはぁ…………」
その辺のベンチに座り、荒く息をついているアゼリア。一方のクグツは、うっすらと汗をかいているだけだった。
「………はぁはぁ……速すぎますぅ……」
「すまん……どういうことか言ってくれるな?」
「はい、私はとある企業の会長の娘なんですぅ」
「とある企業?」
オウム返しのように聞き返すクグツ。
「そこまでは言えません」
「そうか、それで某企業の会長の娘が何のようなんだ?」
「私も、そろそろ自立したほうがいいと思ったんですぅ。それで、あなたに仕事探しを頼んだんですぅ」
「………その時点で何か間違ってると思わないか?」
「はい?」
「……………………」
クグツは嫌な汗が出てきた。
「?……どうかしましたかぁ?」
「……いや。なんでもない……それで、これからどうするつもりなんだ?」
「そうですねぇ〜………………どうしましょう……?」
「……………おい……」
クグツは更に嫌な汗が出てくるのが自覚できた。
「…………お世話になりますぅ」
「なぜ?」
クグツは、後のお祭りなのが実感できた。
一週間後。クグツの事務所兼自室。
ガシャァァァァン!
何かが割れる音が聞こえる。――もちろん、アゼリアが原因だ。
ここ一週間、被害総額は増えるばかりだった。
「……頼むからじっとしていろ。そのほうが何ぼかマシだ」
「はぁ〜……すみませぇん………」
落ち込むアゼリアをよそにクグツはアゼリアが割った皿の後片付けをした――彼女にやらせると怪我をされかねないからだ。
「……まったく………」
クグツは自分のお人よしぶりに嫌気がさしはじめた。
「……どうしましょ〜………」
アゼリアは、自分に当てられた部屋にあるベッドにうつぶせになって、そう呟く。
――破損した物の数は既に覚えていない。お金はあることはあるが、下手に銀行から下ろせば場所が絞られる、とクグツから念を押されていた。
「……悩みは分かるけど、今は我慢して………」
「?」
アゼリアは突然聞こえた声に顔を上げ、あたりを見回す――だが、当然ながらその主を見つけることはできなかった。
コンコン……。
しばらくたって、アゼリアはクグツのいるであろう部屋のドアをたたいた。
「なんだ?」
アゼリアはドアを開け、中に入る――クグツは帳簿をつけていた。
「……あのぉ私にお手伝いできることはないでしょうかぁ?」
「………懲りない奴だな……デスクワークはできるか?」
「デスクワークですかぁ?…………………」
クグツは――自分も懲りないな。と、胸中で嘆息した、一方のアゼリアは、そこまで言って、考え込んでいる。
「? どうした?」
いつまでたっても返事をしないので、クグツはアゼリアのほうを見る。アゼリアは顔を上げ
「……デスクワークって何ですかぁ?」
と答える。――クグツは頭痛を感じ、こめかみを抑える。
「?」
「……収支計算などの事務処理だ」
キョトンとしているアゼリアにかろうじてクグツは説明してやった。
「あぁ!わかりましたぁ!」
手を一つたたき笑顔で答えるアゼリアにクグツは更に頭痛を感じた。
早速アゼリアにやらせたクグツだったが…………全滅だった。
「……何もしないでくれ……これ以上作業量を増やされても困る」
「はぁ………」
はたから見ても分かりやすいほどに落胆の表情を浮かべ、部屋を出て行くアゼリア。
――その表情がいつもなにか言われたとき以上に暗いことに後始末に終われているクグツはやることの多さ(主にアゼリアのしでかしたことの後始末)気づくことができなかった………。
――二時間後。後始末を終えたクグツは狭い事務所の中でアゼリアを探したが、まったく見つからなかった。最後のほうではヤケになってゴミ箱のふたをあけ、中を覗き込んだりもした。
――クグツ自身、無駄なこととは分かっていたのだが………。
結局クグツは、事務所にメモを残し、探す範囲を外にすることにした。あまり行く当てはなさそうだったので、近くの公園、スーパー、裏路地などを探し、近所に住んでいる顔なじみの主夫や主婦に尋ねたが、『通りかかった』、『見かけた』というところ以上は聞けなかった……。
クグツはとりあえずあちこち探した。――と、それらしい髪の色の人物が前方を歩いていることに気づく。――髪の長さや背たけや体格、服装も同じのようだ。
クグツはとりあえず、横に並びその顔を盗み見る。――残念ながら別人だった。
クグツは再び前方を見た――まったく、一体どこに行ったんだ……?胸中で思わず愚痴ってしまうクグツだった。
「……? ここ、どこですかぁ………?」
アゼリアは勢いで飛び出したが、冷静に周りを見回して初めて自分がどういう状況なのかが理解できた。……一言で言えば迷子だ。
とりあえず、四方を見回して自分が来た道を戻ることから始める。
「え? どっちですかぁ?」
分かれ道の前であごに指をやって首を傾げるアゼリアであった……。
クグツは三体のEランクと武力介入式警察機構との戦闘によって足止めを食らわされていた。
――武力介入式警察機構はすばやさを生かした一撃離脱戦法をとるコカトリスに手を焼いていた。武力介入式警察機構の装備の基本は口径の大きい火器による一撃必殺なので、必然的にその装備の重量は重くなり、機動力は犠牲となっていた。その欠点が露出した格好になっている。
「………!おい、クグツ!協力したらどうなんだ!」
突然、クグツに気づいた強化装甲服を着た男――イドラはクグツにそう言いながら、近づいてきた。
「……報酬がなければ断る」
「いつもお前の起こした騒動をもみ消しているのはどこなんだ? それくらい、いいだろうが!」
「……わかった………」
クグツは仕方なくそう言うと、マントの裏から八五式自動小銃を取り出し、近づいてきたコカトリスを狙い、撃つ――周囲の被害には一切構わずだ。……撃ち落とす。
残りの二体は目標を武力介入式警察機構一個小隊からクグツへと変えたらしく、前と後ろから攻撃を仕掛けてくる。
クグツは右手の八五式自動小銃を前のコカトリスへ、マントの裏から左手で取り出した八〇式光銃を後ろのコカトリスへと撃つ。
同時に力を失い、重力へと引かれる二体のコカトリス。――正確には、後ろ、前の順番だが……。
「……イドラ、これでいいんだろ?」
クグツはイドラの返事も聞かず、一つ先の区画へと歩みを進める。――だが……。
「……クグツ、待て!この先にもまだまだいるんだ……協力してもらうからな」
クグツは今日何回目かも分からないため息をついた……。
アゼリアが自分の周りに人の姿が見えなくなったことに気づいたのは、最初の分岐の前で、右に行こうと決めたときだった。
「あれ?皆さんどこに行ったんですかぁ?」
慌てて、周りをきょろきょろしていると、爆発や、銃声が聞こえてくることに気がついた。
「…………………?」
アゼリアは急に不安になってきた。――自分のいる場所がわかってしまって、親に連れ去られるのではと感じる。親ならばそのくらいのことは平気でやるだろうと、アゼリアは確信していた。
――だが、その確信は唐突に破られた。
「きゅ?」
突然、アゼリアの視界にボールほどの大きさのピンク色の見慣れないものが映った。
「? なんですかぁ?」
好奇心が勝り、アゼリアはその物体に近づいていく。――それは丸っこい四足動物だった――ウサギのような一対の耳のようなものがある。
アゼリアはその物体に近づいていった。
「……まったく、なんて数だ……」
周囲にいるピンク色の物体を次々と撃っているクグツ。
ピンク色の愛らしい外見をした物体――名称はローレンスだが――は、「敵」と判断した者に体当たりをし、自爆する、その威力は人間を死亡させるのには十分だ。
――更に、この時期はローレンスの繁殖期らしく、敏感になっており、余計に性質が悪かった。
「………あいつなら、平気で近づくだろうな……見てくれはこんなだしな……」
クグツはローレンスに銃を乱射していった。
「………?」
アゼリアが、ピンク色の物体――ローレンス――に近づいた時、遠くのほうから聞こえていた軽い音が近づいてくることに気づいた。
その音のほうへ走り出す、ローレンス。
「………あ! 待ってくださぁい!」
アゼリアはローレンスを追って、左側の道に進んだ。
アゼリアがピンク色の物体を追いかけていると音がだんだんと大きくなっていった――ふと顔を上げると、見知った人物がピンク色の集団の中を銃を乱射しながら突っ走っていた。
「あ……クグツさぁ〜ん!!」
アゼリアの頭の中には今までの失敗の数々のことなど残っておらず、ただただ一人見知らぬところにいるという不安からの解放だった。――だが、クグツにとっては、予想外の出来事である。……一瞬注意がそれる。
「きゅきゅ!」
ローレンスはその隙を突いて、クグツに群がる。
「くっ!………」
――閃光があたりを切り裂いた。それを追うように爆音が轟きと衝撃波がアゼリアを襲う。
「………………!!」
アゼリアは悲鳴をあげたが、爆音にかき消され、まったく聞こえない。
爆発がやんだ。――アゼリアは口の中が砂埃でジャリジャリする感触で目を開ける――そしてはっとし、痛む体に鞭打ち、爆発のあった方向を見る――そこには黒焦げになったローレンスと……考えたくはないが、クグツの死体がある。
黒焦げになったローレンスの山が崩れる――その中には漆黒の物体があった。
「え……クグツ、さん?……」
アゼリアは呆然としながら無意識的にその物体に近づいていった。
「……………う……」
わずかに動く、漆黒の物体ボロボロと崩れ落ちていくその中にクグツの姿があった。
「! ……クグツさぁん!!」
アゼリアは、クグツの胸の中に飛び込んでいた。しばらくそのままのアゼリア――クグツもさせるようにさせていた。
「……でも、どうして無事だったんですかぁ?」
アゼリアはしばらくそうしていたが、やがて顔を上げそう問い掛ける。
「お前、Eランクって知っているのか?」
「はい?」
「……だからだ、爆発の直前に細胞を増殖させ、硬化させただけだ」
「はぁ……」
いまいちわかっていない様子のアゼリアにクグツは説明することを止めた。
「……とにかく、さっさと帰るぞ。まったく、あまり心配かけさせるな」
「……! あ、はい!」
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