傀儡屋(仮)第一話


 ――A・D二一五〇年、今まで繁栄していた人類に異常が現れ始めた。――すべての人類は何かの病に犯されたのかもしれなかったし――無理が生じたのかもしれない。

 ――だが、原因はわからなかった――。


 都心、環状線を走る電車が駅につく。時刻は昼を少しすぎた頃、休みだからか、駅のホームにはそこそこの人がいた。

 電車のドアが左右に開き、幾人かの人間が降りる。その流れが止まってから、ホームにいた者たちが乗り込もうとする。

 その瞬間、ホーム中央の強化コンクリートにヒビが入り、ホームの下から何者かが姿をあらわした。――何者、というのは語弊があるかもしれない。それを言いあらわすなら、巨人だろうか――人間の平均的な体格を縦に1,5倍、横に2倍させたような体型の筋肉隆々の人権が認められない人間――この世のものを縛る位の中のFランクにあたいし、オーガーとしか呼ばれない人間。

「う、うわぁぁぁぁ!」

 一人が逃げ出すと、周りはいっせいにパニック状態になり、先ほどの男が逃げようとしているたった一つの出口へと殺到し、たちまちのうちに押しあいへし合いとなる。

 そこまで来て、今まで呆然としていた係員ははじかれたように、そばにあったマイクを使い、

「落ち着いてください!Cランクの人間は武力介入式警察機構の到着までご協力をお願いします!繰り返します…………」

 完璧にパニック状態になっている中で、先ほど電車を降りた者の中の一人――ナウプリウス・クグツは、落ち着いていた。その態度を示すなら高見の見物といったところか――。

 腕に自信があるのだろうか、幾人かがオーガーへ向かい果敢に立ち向かっていく。クグツはパニック状態で、でられそうにもない出口を見ながら――依頼人との待ち合わせに間に合わないかもしれないな。などと思っていた。

 クグツは何でも屋を家業としており、その範囲は表から浦まで非常に幅広く、また依頼人の依頼を守る事でそれなりに有名になっている。――ただし、Fランクより少しまし、といった程度のEランクという事で、殆ど依頼はこないが……。

「ハァ……」

 クグツは最初こそ静観しているつもりだったが、依頼人との待ち合わせ時間ギリギリに来ていたので、遅刻しかけていた――というより確実にするだろう。という事で、足止めの原因を処理する事にした。

 クグツは早速展開しているマントの裏につるしてある八五式自動小銃(九,五ミリ徹甲弾)を取り出すと、オーガーの頭部を狙い〇,四秒ほど斉射する。八五式自動小銃には無音化装置らしい無音化装置がついていないのでひどい音がした。周りにいた者は思わず自分の耳をふさぐ。

 ――今までのパニックに伴う喧騒が静まり返り,倒れたオーガーの音がやけに響いた。


「……とりあえず今回も協力という事で大目に見といたる。人待たせとるんやったら早、行け」

 クグツがオーガーを倒した直後,C級編成武力介入式警察機構が到着し、現在生産停止となっている八五式自動小銃とその弾丸を所持していたクグツが軽い尋問を受けることとなったのだ。

 なぜ軽いですんだかというと、運よく部隊長がイドラ・テレフタルだったからである。イドラはB+ランク(BランクとCランク)の人間であり、時々クグツに依頼を持ちかけることもあったので、まぁ大目に見られた、ということだった。

 ――ここで、ランクについて軽く触れたいと思う――。


 クグツは、依頼人との待ち合わせ場所である「チトニア」という喫茶店へ入る。今回は表の仕事なので依頼人についての情報が結構あった。

 ――曰く、名はアゼリア・イラーセク・ペトロイヤーである。曰く、Bランクで髪の色はピンク系。曰く、一人で来る。これぐらいだが、裏の仕事に比べればまだ多い。裏の仕事だと、特徴どころか、実名すらわからない事の方が多い。――権力のある者なら別だろうが、そういう者たちは、まずEランクには見向きもしない。

 入ってから、とりあえず見回してみると、それらしき者達が二、三人。――但し、一人、というのに当てはまっている者はいなかった。――もう帰ったかな……。そう思いながら、 クグツは軽くため息をはくと、確認をとりに来たウェイターを手で制しながら出ようとする。――が、

「あぁ〜!ど、どいてくださぁ〜い!」

 丁度、後ろから走ってきた女性とぶつかってしまったのだった……。


「はぁ、じゃあ、あなたがクグツさんなんですかぁ?」

 と、その女性――アゼリア・イラーセク・ペトロイヤーが、確認をとる、若干間延びした口調や、背格好からは、女性とするより少女といった趣がある。――あの後、帰ろうとしたクグツはアゼリアの謝るという名目の身の上話を半ば嫌々聞かされていたのだが、「何でも屋さんに依頼してぇ、ここに来たんですけど遅刻しちゃって……」というところに反応し、仕事の話題を振ったのである。

「そうだが、それで依頼は?」

「あ、あぁ〜そうでしたぁ!実は職探しを手伝って欲しいんです」

「……お門違いにもほどがあるぞ」

 クグツは呆れながらも「そういうことなら、公的機関にでも問い合わせれば十分だろう」と付け加え、今度こそ帰ろうとする。しかし、ここしばらくの間、依頼が来ておらず、開店休業状態で、このままだと、今月も赤字になる事を思い出した。

 今度いつ来るか分からない仕事を思いながら、立ち尽くすわけには行かず、なんとなく振り返るクグツ。

「…………………」

 ――その視線の先には若干潤んだ目で見つめているアゼリアの姿があった――クグツは色々な意味で断るに断れなくなってしまった――そしてふと、こういうときにやるせなさをぶつけるために宗教があるのかなどと思いついていた。

 仕方なくクグツは「……分かった。引き受けよう」といいながら、座りなおす。

 その言葉を受け、ぱっと華やぐアゼリア。先ほどの目が意図的なものかどうかは考えない事にして、クグツは大まかな質問を出す事にした。

「……それで、どういった職種に就きたいんだ?」

「いえ、特にないですぅ」

 アゼリアはややうつむき、申し訳なさそうに答えた。

「……それでは特技とかは?」

「えっとぉ……お料理とかなら……?どうかしたんですかぁ?」

 とアゼリアは心配そうに深いため息をつくクグツに声をかける。

「……いや……では、苦手な事は?」

 とりあえず脱力感を締め出し、クグツは可も無く不可も無くといったところの境界を探る事にした。

「え〜とぉ……時々『注意が足りない』って言われることもありますけどぉ」

「…………とりあえず職種を絞り込んでみる。二日後ここに来い。それと、そっちの詳しい情報を渡してくれないか?」

 そう言いながら、クグツは懐から名前と住所だけが入った名刺を出すと机の上に起く、アゼリアは「あ、じゃあこれを」と言いながら履歴書を取り出し、クグツに渡した。

 クグツは履歴書を受け取って、そのまま立ち去ろうとした。――が、

「……ご注文、いただけますね?」

 何気に冷たい視線を向けながら脅迫めいた調子で問うウェイトレスを前に、クグツは黙ってみたび席についたのだった……。


 クグツは「チトニア」の中で一番安いコーヒーを頼んだ。一方アゼリアは、ランチセット(ランチタイムは、焼き魚、ミソカツ、ハンバーグなど日によってメニューが変わる「日替わりランチ」コーヒー付きで七三〇円)デザートに白玉クリームあんみつ(五七〇円)、ぜんざい(五二〇円)、おしるこ(四七〇円)計二二九〇円

 クグツは、ここの勘定は払わんぞ、と固く心に誓い、美味くもないコーヒーをすすった。

 ……Eランクのものは細胞自体に何らかの永久機関を備えているらしく、食物を摂取する必要は無い。クグツも付き合いで嫌々食べる程度である。よって、毎月の食費はゼロでいいのだ。

 付き合いとかの問題で、クグツはアゼリアが食事を終えるまで待っていることにした。……なんだかんだ言って気になるらしい。

「あの……」

「なんだ?」

「すみません……(もぐもぐ)私ばかり食べてしまって…………(もぐもぐ)」

 そう言いながらもアゼリアは箸を動かす手を止めない。

「どうせEランクだから気にしなくていい……それより、もの食べながらしゃべるな……」

「あ……(もぐもぐ)すみません……(もぐもぐ)……(ごくごく)」

 一応謝りはするが、反省はしていないらしい。クグツは軽くため息をつきながら、窓の外へ視線をそらした。

 (ぱくぱく……)

 アゼリアはそれに委細かまわず食べ続けていた……。


「すみません……」

 つい一五分ほど前までいた喫茶店「チトニア」の前で、アゼリアはペコペコと謝っていた。

「……言っておくが、立替だからな。後から払ってくれればいい」

 ――その対象であるクグツは半ば呆れ気味にそう言う――あれだけ食べた後、アゼリアはお金を持っていないことに気づき、仕方なくクグツが"立替えた"のだ。

「はぁ……」

 と、アゼリアは生返事をかえす。――分かっているのかどうか、クグツは多少不安になった。

「………………」

 二人がそのような会話をしているところに、クグツの見知らぬ人物が二人のそばに近づいてきた。――視線から、目的はこっちであることは明らかだ。

 その人物に気づき、アゼリアはわずかにクグツの陰に隠れるように動いた。

「……失礼しますが、お嬢様とどういった関係で?」

 ――クグツは一瞬、我が耳を疑った。時代錯誤にもほどがある――対して変化しないまま今まで続いてきた資本主義経済の中では確かに「財閥」というものがいくつか存在するが、(おそらく)娘にこのような、SPがつくことはそうそうない。――というか、絶対にない。ランクができてから血筋というものはあまり重要視されなくなっている。完全にランクと能力重視の世界となっているのだ。

「……それは依頼人のことを指しているのか?」

 我に返り、後ろに軽く振り返りながら、問い返す。

「………?……あぁ、お前の後ろにいる方だ」

「それなら、さっきも言った通り、依頼人だ」

「どういった内容だ?」

「!」

 その質問を聞き、アゼリアはクグツの後ろで、肩をビクッと軽く振るわせ、クグツの後姿を上目遣いに眺める。

「第三者に答えるわけにはいかない」

 クグツは質問をきっぱり拒絶する。その後ろでアゼリアは軽く安堵のため息を吐く。

「律儀だな……お嬢様、こちらへ」

 そう言い、男はクグツの横へ回り込む。再び肩を振るわせるアゼリア。

「…………ふぅ……ッ!」

 クグツは軽くため息を吐くと、男に当て身をくらわすと、呆然としているアゼリアの手をつかみ、走る。

「え!?え?」

 アゼリアは突然のことにコケそうになりながらも、クグツに付いて行った。



傀儡屋(仮)第二話へすすむ



傀儡屋(仮)トップにもどる