悪の秘密結社 第弐話
――この町は珍しい。
どこが珍しいのかというと、物理法則が、他の地区と異なっているのだ。
――つまり、この町では、全高、十何メートルという巨大ロボットが、足の裏から炎を出して空を飛んだり、薄い板から、何万度という熱光線を出したりすることができるのだ。
そんなここでは学校の物理の教科書も一般に出回っているものとは全く違う。
「五月蝿いなー」
私の隣にいる男子生徒が今日何回目になるかわからないぼやきをこぼす。
――そう、今ここから一キロほど先では巨大ロボット同士の戦いが続いているのだ。
しかもスーパー系なので、リアル系よりも結構メチャをやってくれる……今この学校はその余波を防ぐためにバリアーを張っているからいいようなものを外にいる人たちは大変だなー
そんな一人称で語っている私は女子高生Aとでもしといてください。
「・・・・・・であるからして、この町では今、外で起こっているようなことができるのである」
遠くから、物理の教師の声が聞こえる。でも今の私にはただの雑音にすぎなかった。
今私が考えていること、それはつい先日名前が決まったばかりの世界征服研究会の敵組織についてである。
この町では、正義の味方も、悪の組織も登録制である。つまり、登録してない組織はモグリの組織と後ろ指差されるのだ。登録にあたっての制限はいくつかあるが、世研は、敵組織の存在の有無という項目以外、見事にクリアーしているのだ。――つまり、今の世研には敵の組織という存在が必要不可欠というわけだ。
ちなみに登録した組織には納税義務が発生するが、損害賠償の際にかかる金額が、二割免除になる。(制限額アリ)そういうこともあって、巨大ヒーロや、巨大ロボット系の組織は進んで、登録をしている。
そのときの私は考え事に夢中になっており、私に迫っていた危険を感知できなかった。
「こらっ!さっさと答えんか!」
その怒声とともに私の頭にありったけの(爆薬入り)チョークが投げられたのだった……
放課後になって、私はバイト先に移動している。アスファルトは、さっきの戦闘でひび割れていたり、水道管に亀裂が入ったのか、水があふれているところもあった。
謝罪している連中はいるのだが、それはどこからどう見ても悪の組織の美形司令官だった。
……正義の味方はどうしたんだろうね〜
……おばちゃんやけになれなれしく話し掛けたり、写真とっていたりしているけど……
「ふむ、全員そろったようだね」
「……あの、マルム様、全員って……」
私は途中まで言いかけたが、マルム様の視線によって口をつぐんだ。
「……何か、文句があるのかね?」
マルム様の言葉の裏では『今月のバイト台なし』とおっしゃっていた。 ……マジだ.マルム様、マジだ……
「いえ、ありません……」
私に反抗する余地も勇気も無かった……そして懐の余裕も……
「ふむ、それならいいのだが……では今日の世界征服研究会の議題は、敵の存在だ」
それが問題なんだよね〜。
「……バイト君、何かいい案は無いかね?」
「いえ、これといって……」
「そうか……」
そこで私はしばし考え始めた。
……何も思い浮かばない……
「…………バイト君、やるだけ無駄、というのを知っているかね?」
「えぇ、まぁ……」
「君の場合、まさにそのとおりだと、私は思うのだが……」
「…………」
思わず無言でしゃがみこむ私……うすうすわかっていたことをあっさりと肯定されて私は精神にふかいふか〜い傷を負った。
「?……どうしたんだね?」
この原因のマルム様が私を心配してくださったのか声をかけてくださった……う、うぅ……。
「……いえ、なんでもありません……」
とりあえず、内心を悟られまいと、否定する私。
「?、ならいいのだが……敵の組織のことだが、役所で、そういう案内が出ていたはずだ。それにあたってみようと思うのだが……どうしたのかね?バイト君」
言いかけている途中で、私の挙手に気づいたのか、尋ねてくるマルム様。
「……あの、そういうのあるんなら、どうして意見なんか聞くんですか?」
「フ……今思い出したからに決まっているだろう……世の中聞きたくても聞いてはいけないこともあるのだよ、バイト君。次からは注意してほしい」
「はい……」
「そこのところは私が問い合わせておくから、バイト君、君はもう帰ってもいいよ」
「はい」
○月 ×日 □曜日 天気○
明日こそ、世界征服研究会が正式に悪の組織に決まるかもしれない。あっ!マルム様に聞くの忘れた……。
(日記の内容が分からない方はこちらへ)
というわけで、いろいろすっ飛ばして次の日の放課後間近の授業。
私は殆ど聞いてはいなかった。
――理由は簡単、今日こそ、「世研」こと、世界征服研究会の敵組織が決まって、役所に正式登録ができるかもしれないからだ。
「……であるからして、この町では今日のように、「正義の味方」と称する団体と、「悪の組織」と称する団体が現れたのである。続いて……」
時々聞こえてくる言葉をなんとなくノートにメモる……そういえば、定期テストも間近だな〜。
んで、それも飛ばして、世研地下秘密基地へとついた。
「三田」
「へっ?マルム様、何を『見た』んですか?」
突然、マルム様が、「見た」といったので、問い返す私。
「いや、分からなければいいのだよ」
と、ちょっと残念そうにおっしゃるマルム様。
「……それで、どうなったんですか?」
「ん?何がかね?」
マルム様は、昨日のことを全く覚えていないらしい。
「え……昨日、マルム様が、役所にあたって敵を探すっておっしゃってませんでした……?」
「……昨日のこと……?あぁ、そのことなら、見つからなかったよ」
マルム様は大して残念という風でも無くそうおっしゃった。
「……代わりに、新しいバイトを雇ったがね」
と続ける。
……新しいバイト……どんなコだろ?
「紹介しよう。コードネーム『ブラックナイト』君だ!!」
そう言い、マルム様は私から見て、左手のほうに右腕の先を向ける。
……そこには、私より、頭半分ぐらい大きい背丈の人が立っていた。
全身は真っ黒で、頭には、怪しげなメットをかぶっている。そして、そのメットの後ろ側から、白っぽい長髪が見えた。
「よろしく頼む」
ブラックナイト、と呼ばれた人は、私に向かって軽く礼をする。――その声はくぐもってはいたものの、比較的若い男のものだった。
「こちらこそ……それで、その、何で、そんなメットなんかしてるんですか?」
「失礼じゃないかね?バイト君」
とがめるマルム様。
「いえ、かまいません。それに、マルム様も気になるようですし……」
と、ブラックナイトは前置きする。
「本当は何ともないんですが、人には、『昔、ひどい怪我を顔に負い、人に醜い顔を見せたくない』と言っています。」
馬鹿正直に答えるブラックナイト。
「ふ〜ん、そうなんだ『ブラナイ』君」
「ブ、ブラナイ君!?」
ブラナイ君は、声を裏返らせ、聞き返してくる。
「ブラックナイト、略して『ブラナイ』分かった?」
「…………」
ブラナイ君は、仮面をつけていたが、呆れていることは分かった。
「……バイト君にしてはいい略し方だね……と言う訳で、いいね?ブラナイ君」
「……はい、分かりました……」
なんか、私が、自分のコードネームをしぶしぶ認めたのと殆ど同じ雰囲気でブラナイ君は認めた。
「……では本日の議題に移ろう……本日の議題も、敵の組織についてだ……」