「…………」

 そのままの状態でサウラーは、魔道人形を見据えていた――迷い、であろうか。サウラーは攻撃する素振りすら見せなかった。

「……我が名はイリア、今はそれだけの存在……我が主となる汝の名を申されよ」

 試しというのが終わったからなのか、その魔道人形は自己紹介をした。

「………」

「……?」

 まばたきをし、多少怪訝な表情をする魔道人形――イリア。は初めて感情らしい感情を見せた。

「……サウラーだ」

「!……」

 イリアはサウラーという単語にわずかに顔をしかめ、少し考え込むようなしぐさをした――が、いくら考えても思い出せなかったのか、やがてサウラーを正視し、ゆっくりと近づいてくる。

「……我が主となりしサウラーよ、我と我に付随する力の覚醒のため、汝の力を使わせてもらう」

 そう言いながらもイリアはサウラーへと近づいていた。そして言い終わったころにはサウラーとイリアの距離は目と鼻の先だった。

「……力?」

 オウム返しといった感じでサウラーは問い返す。

「……汝の使いし魔法、それを発動させるのに必要な力、それを使う」

「…………」

「……よろしいか?」

 返答しないサウラーに確認を取るイリア。

「……わかった」

 サウラーは半ば諦めた様子で承諾する。

「では……」

 そう言うとイリアは更にサウラーに近づき、軽く抱きつく。イリアの予想外の行動にサウラーはわずかに身じろぎした。

 ――イリアはその状態でサウラーに接吻する……といってもそれらの動作には、感情のかけらも無かった。

「……何を?」

 イリアがサウラーから離れると、サウラーはイリアに問い掛けた。

「汝の力を転移したんだが?……」

「そうか……」

「…………それでは仮の我を終了する。真の我の起動を請う」

「……どうすればいいんだ?」

 一般の魔道人形の主の承認とはえらく異なるので、問い返すサウラー。

 ……まぁ、サウラーの場合、一般の承認方法も詳しくは知らないのだが……

「口頭で述べればよい」

「そうか……汝、真の汝の起動を承認する」

「了解した」

 そう言うとイリアは目を閉じる。

「…………」

 その間サウラーは黙ったままだった。

「………………サウラー、さんでしたね?……私の主となった方……マスター………」

 再び目を開けたイリアの口調は先程のそれとは別人そのものだった。

「…………」

 感慨にふけっているイリアを目の前にしながら、サウラーは依頼の失敗を悟っていた。

「……あの?マスター」

 イリアは恐る恐るといった感じで尋ねてきた。

「…………」

 無言で肯定するサウラー、しかし身振り手振りでも示してはいなかったので、イリアには全くわからなかった――どちらかというと、否定的な意味にとったらしい。

「…………」

 軽くうつむくイリア。

「…………早くしろ」

 サウラーは先を促した。

「えっ?」

 サウラーが否定したと思い込んでいたイリアは一瞬何のことか分からず二、三度まばたきする。

「……あ……あの、マスター……私とアンダー・グラウンド・デーモンの覚醒のためにマスターの力を使ったと思うんですが……その…………」

 何のことか分かり、イリアは歯切れ悪く質問しだした。

「何だ?」

 最後のほうになると、イリアの声はまさに蚊が鳴くほどのものになっており、あまり関心を払っていないサウラーには聞き取れなかった。

「………その……力の転移のために……その、私はマスターに……その、何かしましたか?……」

「……そのことか、単に抱きついてきて、唇を押し付けてきただけだが、それがどうかしたのか?」

 その答えを聞くと、イリアは悪い予感を振り払うかのように軽く頭を左右に振った。

「……あの、それで、その唇、マスターのどこに押し付けていたんですか?」

「口にだが……それがどうかしたのか?」

 イリアの悪い予感はあっさりと肯定された。一瞬目眩を感じたが、何とか気を持ち直す。

「……いえ、なんとなく聞いてみただけで……とりあえず外へ、空間跳躍します」

 イリアはまだ気が滅入っていたのでサウラーの質問に軽く答えると、とりあえず遺跡の外へ出ることにした。

「……少し待て」

「?……どうしたんですか?」

「ここまでのルートはとりあえず確保したが、客観的に見ても依頼は失敗したか……」

「どういうことですか?」

「……つまり、俺がここに来たのは自主的なものではなく、他人からの依頼、ということだ」

「はぁ……」

「……この遺跡はこのままなのか?」

「いえ、自己崩壊しますけど……あと数分もすれば始まると思いますから早く外に出たほうがいいと思います」

「……なら、やってくれ」

「はい……魔道跳躍開始……」

 イリアがそう呟くと床がイリアを中心として半径一メートルほどの薄黄緑色の光の円が展開される。そして、サウラーもその円内に入っていた。

 そしてその数秒後に円の外周から均等な間隔で四本の光の柱と形容できそうなものが生え、二メートルばかり伸びたところで、薄く広がり、円の中心に向かって折り返す。

 数瞬の後、光は二人を包み、消える――そこには二人の姿は無かった。

 ――それと時同じくして、二人は遺跡の外、丁度サウラーが張ったキャンプのあたりに先述と同じようなことが起こり、二人は姿を現した。

 前方では、遺跡が轟音を上げ崩れていった――後の発表では、死者一名が発見されたらしいが、今の二人には関係の無いことだったし、これから先も関係の無いことだった。

「…………」

 サウラーは軽く考え始めた。イリアは神妙にしてそれを見ている。

「……仕方が無い、か……」

 しばらくの後、サウラーはそう呟くとイリアを小脇に抱え、一気に加速をかける。

「あ、あの!マスター!?」

 イリアは抱えられたまま器用にサウラーのほうを見ながら必至になって問い掛けた。

「…………」

「い、いったい何……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 何も答えないサウラーに更に問いかけようとしたイリアだったが、次の瞬間に目にしたものは深い谷だった。

その幅、目測で五メートルほど。

「……いちいち大声を出すな」

「そ、そんなこと言われましても……」

 イリアは涙目で訴える――よほど驚いたのだろう。

「あと二、三回同じ事をするだけだ」

 そう言いながらもサウラーは再び谷を越え、それに伴なって、イリアの絶叫がこだましたのだった……。


「……どういうことですか?……」

「つまり、今回唯一の成果のお前を使うということだ」

 サウラーが非人間的な移動をしている途中、イリアはサウラーに何をするつもりなのか繰り返し聞いたところ、やっと先述のような返事が来た。

――イリアは目を伏せる――高速で後ろに動いていく地面を目にし、慌てて視線をサウラーに戻したが。

「……あの、マスターは力が欲しくない、ということですか?……」

「あぁ、お前がどのような力を有しているのかは知らんが、俺には必要の無いものだ」

 イリア問いかけにキッパリと答えるサウラー。

「…………」

 イリアはそれを聞いて思いつめたように黙り込む。

「…………」

 サウラーはいつものように黙ったまま、また谷を越える。しかし、イリアはそれにすら気づいた様子は無かった。


「……つまり、遺跡は崩れ、君は魔道人形一体担ぎのこのこ戻ってきた、ということだね?」

「要約すると、そうなるな」

「……つまりは、私の依頼は達成できなかったわけだ。」

「あぁ、否定はしない。」

 サウラーはムド・ラル・フラムの屋敷にいた。ちなみにイリアは屋敷に着く前に一次的な機能停止にし、今は別室だった。

「ほぉ……潔いな」

「それで?今後の扱いは?」

「君のかね?……それともあの魔道人形のかな?」

 ムドは小馬鹿にしたように問い返す。

「一応、両方聞かせてもらう」

 サウラーは全く意に介さずに答える。

「君のようなものでも気になるとはな。一応その理由を聞かせてもらおうか?」

 ムドは目を細め突っかかった。

「一応は俺が拾ったものだからな……その行く末を聞くことくらい文句は無いと思うが?」

「……そうか、まぁ教えてあげよう。あの魔道人形は研究にでもまわされるだろうな。そして君は、ただ働きだな」

「そうか……」

 そういい、サウラーは部屋から出て行った。


「…………」

 サウラーはいまだ機能停止していて寝かされているイリアの前にいた――ちなみに、サウラーとその後ろにある扉との間には気絶している職員の姿や、絶命している守兵などの姿があった。

「……おい、起きろ」

 サウラーはそう言いながらイリアを揺り動かした。

「……ん、あ!……ここはいったい?……」

「外に出る」

「え?どういうことですか?」

「とにかく来い」

 そう言うとサウラーはイリアの返事も聞かず再びイリアを小脇に抱えると、手近な窓から飛び出し、屋敷の敷地から外へと出、イリアを離す。

「いったい何が?」

「どの道ただ働き……いや損以外のなんでもないからな、とりあえずお前を連れて行く」

「えっ!」

「最悪の場合、ジャンク屋にでも売り飛ばす」

「…………」

 イリアは一瞬その最悪の場合、つまり、自分がジャンク屋に売り飛ばされる情景を想像し身震いしてしまった。

 サウラーはそんなイリアを気にもとめず、そのまま屋敷から離れる。

「あ、マスター、待ってください」

 それに気づき、慌てて後を追うイリア。

 しかし、そう簡単に離れることはできなかった。

「いたぞ!こっちだ!!」

 警備員だろうか、若い男性が、二人の前方の角から現れ、大声を張り上げ、呼子を吹く。思ったよりも対応が早かった。

 数十秒後、そこかしこから警備員が現れサウラーとイリアはたちまちに包囲された。

 ――しかし、二人は別段気にする様子はない。それが、警備員達にわずかな戸惑いを生じさせた。

「あ、マスター言ってなかったと思いますけど、今マスターの魔力は訳あって使用できない状態にありますから、戦闘時に魔法は使用しないで下さい」

「……そうか……跳べるか?」

 サウラーは刀を抜き、コントロールした殺気を放ち警備員を牽制しながら、イリアに尋ねる。

「え?はい、魔道跳躍、開始しますか?」

「そうしてくれ」

「はい、座標はどちらに?」

「絶対座標など知らん。さっきの遺跡跡でいい」

「はい、跳躍開始します」

 果敢にも警備員達が殺到したが、それよりも早く、サウラーとイリアの姿は消えていた。


「………あの、ところで私が封印されている間にこの世界では何があったのでしょうか?」

 あの後、サウラーとイリアはクーロレーの国境を越え街道に戻っていた。

「……お前がいつ封印されたのかは知らんが、一時期世界を統一しかけたクセージュ超帝国団という国に対抗するために残っていた国の間で作られたクリール協定加盟国が今、すべてを支配しようとしている。一応、各都市国家間は独立しているから国境越えをすれば大抵の犯罪は踏み倒せる」

 サウラーは大まかな歴史をイリアに説明し、最後に今の自分達の状態を伝える。

「はぁ……とりあえず言語が同じなのがせめてもの救いですか……」

 イリアはため息をついた。――他の魔道人形ではありえないほど人間的に――。



悪魔は神を倒せるか? 第零話−1

悪魔は神を倒せるか? 第壱話−0


悪魔は神を倒せるか?トップにもどる