悪魔は神を倒せるか? 零

 ……はじまり……


「封印、終了しました」

「記憶操作は?」

 作業員らしき女性の後ろにいる初老の男が問い掛ける。

「終了しています」

 その女性の言葉を聞いて、初老の男は改めて、正面のモニターを眺めた。

「……イリア……」


「……ここもハズレか……」

 いきなりだが時代が飛ぶ。

 その男は遺跡の中にいた。その男の目的は遺跡に残されている調度品などを盗むことにあった――いわゆる遺跡あらしである。

「……それは遺跡あらしに原因があると思うが?」

 その声は唐突に男に投げかけられた。男は恐る恐る振り返る。

「……なんだ……」

 その男は相手を見て多少安心したようだった。というのも相手の格好が、全身黒の半装甲服という普通じゃない格好であり、髪は短髪だったが、ボサボサだった。その姿はどこからどう見ても日陰者そのものだった。

「……ご同業ってわけか……」

 その男は黒ずくめの男に向かって、にやりと笑う。しかし後ろに回された右腕にはその男の愛用のナイフが握られていた。

「違うな……」

「なに?」

「そのままの意味だ」

 多少の動揺を見せた男に対して、黒ずくめの男はまったく感情を出さずにいた。

「このっ!」

 どのみち殺すつもりだったので、男は何の躊躇もなく黒ずくめの男に切りかかる。――が、そのときには黒ずくめの男の姿は消えていた。 「な!どこに消えたんだ!?」

 男は慌てて周囲を見渡すが、見つけることはできなかった。


「……どうやら無事らしいな……」

 そのとき、黒ずくめの男は、遺跡の最も奥に位置する部屋の扉の前にいた。――その扉は取っ手一つなく、幾重にも封印がかけられており、一目見れば封印されて以後一度も開けられていないことは容易に想像できた。

 ――そもそもこの男――サウラーという名だが、この依頼を受けたのは二日前のことだった……。


   サウラーはクリール協定所属第三十都市国家クーロレーに来ていた。別に目的があるわけではない。ただ言える事は、現在のサウラーは無一文だった。昨日も野宿だった。普段はそこそこ出てきて、返り討ちにあわせている盗賊団もこういうときに限って出てこなかった。食料はそこら辺の野草やら、小動物やらを捕らえてどうにかしのいできたが、もう限界に近かった。

「ん……?」

 そのときサウラーは、数ブロック先から人の喧騒、爆発音、金属音……簡単に言えば乱闘しているような音を聞いた。――噂ではテロ集団がクーロレーに集結しているという事らしかった。

 サウラーはそういうことに関与する気がなかったので、そのまま通り過ぎようとそのまま歩く――が、ちょうどテロリストと思しき男が二人、横道からサウラーの前に現れる。その二人は、長身で痩せ気味の男と小柄で丸々としている男と、対照的であった。

「人か!」

「殺れ!」

 そして、物騒な言葉を吐くと、長身の男は小柄な男の後ろのほうに立つ。小柄な男もそれをわきまえているらしい――二人のコンビネーションには統制が取れていた。

「ウインド!」

 前方にいる小柄な男は指向性の高い強風を発生させる。

「フリーズ!」

 小柄な男のすぐ後方にいる長身の男は、氷の微粒子を発生させる。

 その微粒子は強風に乗り、一直線にサウラーの元へ向かっていた。

「……」

 しかしサウラーは避けようともせず突っ立ったまま無造作に右手を肩の高さにまで上げる。

「……吸収」

 そう言った途端に、サウラーの突き出された右のてのひら掌に黒い球が出現し、強風と、氷の微粒子を吸い込んでいった。

 そしてサウラーは何事も無かったかのように突っ立ていた。

「なっ!……」  二人の男は言葉をなくす。

「……まだ攻撃するというのなら、こちらもそれに応じるまでだ……どうする?」

 黒い球を発生させたままサウラーは静かに問い掛けた。

「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!」

 前方にいた小柄な男は、そう叫ぶと、一目散に逃げ出そうとした。が、足が言うことを聞かなかった――プレッシャーだ。

「くっ!……フリーズランス!」

 後方にいる長身の男は苦し紛れに何とか、現代魔法のなか中でちゅう中の少し上といった魔法を放つ。

「……転換……解放」

 その瞬間、黒い球はフリーズランスを粉砕すると、魔法を放った男にぶち当たる。

「……消滅」

「!……」

 声を出す間もなく、その男は、黒い球の消滅に巻き込まれるようにその存在を消した。

「ひっひぃぃぃぃぃぃ!た、助けてくれっ!何でも、何でも話すから命だけはぁぁぁぁっ!」

 男は仲間の消滅を見、消滅させた存在――サウラーが近づいてきたので、錯乱気味になる。

「……では、おまえにこの命令を与えたのは誰だ?」

 上から見下ろされた状態で、男はしばらく訳の分からないことを口走っていたが、やがて、正気に戻ったのか口を開く。

「……しょ、小指揮師だ……だが、最終的には俺たちのボス、ムフグミ・ミロー・フラムだ……」

「そうか」

 そう言うと、サウラーは乱闘の音がするほうへと向かい歩き始める。が、しばらく行くと、大きく後方に跳躍し、飛んできたナイフを避ける――サウラーがほっぽといた男が投げたものだった。

「な!……」

 サウラーは驚きまたも言葉を無くした男の後ろに着地する。

「……警告はしたつもりだったが……」

 そう言うと、サウラーは止めを刺した。


「ここにムフグミ・ミロー・フラムという男がいると聞いたが、出してもらえるか?」

 サウラーは魔道防壁を張り、テロリストが立て篭もっている比較的大きな廃ビルの前で拡声器を使って言った。

 サウラーがきた時点では、廃ビルを囲むように政府と、協定の連合軍、一個中隊がテロリストと睨みあっていたのだが、現在は誰かさんの無言のプレッシャーに負け、下がり、サウラーに拡声器を貸してくれた。

「…………なんのようだ?」

 しばらくして、側近三人と、このテロリストのボス、ムフグミが個人用魔道防壁を張り出てきた。

「……ムフグミ・ミロー・フラムか?」

「そうだ……何のようか手早く言ってほしいな」

 ムフグミはサングラスにスキンヘッドで、見るからに巨漢という形容がふさわしい男だった。

「部下の教育がなっていない」

「どういうことだ?」

「民間人に対する無差別攻撃をしてきた」

「それで、その私の部下はどうなったんだ?」

 ムフグミは目の前にいる男に本能的な恐怖を感じながらも態度や声には出さないように努力した。

「一人は異空間に飛ばされ、もう一人は斬られた。両者とも生きてはいないだろう」

「……おまえがやったのか?」

「そうだが」

「なぜだ?」

 ムフグミは部下からの信頼が厚く、また、自身も部下思いだったので、怒りを表に出さないように努力しながら、サウラーを問い詰めた。

「ロクな宣言もせずに攻撃してきたからだ。応戦しても問題はないと思うが?」

「だが殺すことはないだろう!」

 語調が荒くなっているムフグミに比べ、サウラーはまったく変化は無かった。

「相手は殺すつもりで攻撃してきた。俺もそれに合わせただけだ」

「……そうか……だが、彼らの上に立つものとして、私はおまえを許すわけにはいかん」

「それで?……」

「報復をおこなう」

「そうか」

 ムフグミが、宣告し、サウラーがそれに答えた次の瞬間、ムフグミの体が後ろ向きに倒れる。側近三人は慌てて倒れたムフグミのもとによった――ムフグミは胸から血をあふれさせており、その血が、魔道防壁の内側にたまっていっていた。

「ムフグミ様!……なにをした!!」

側近の一人が、口調を荒げ、今にも飛びつかんばかりの勢いでサウラーに問い掛ける。

「心臓を狙って一太刀入れた……傷からそれぐらい判断しろ」

 この返答に、先ほど問い掛けた側近がキレた。

「このぉっ!ブチ殺してやるっ!!」

「命は大切にしろ」

 サウラーは人一人殺したとはとても思えないくらい冷静な様子で呟く。それはある意味最後の忠告だった。

「関係ねぇ!キサマを殺ればそれでいい!!」

 そして側近は怒りまかせに短刀を抜くと、独特の動きで間合いを詰める。

「…………」

 サウラーは動かなかった。

「死ねぇぇ!」

 側近は短刀の間合いにサウラーが入るや否や切りかかる――が、不意に側近の視界からサウラーの姿が消えた。

「!?……」

 側近は声が出なかった……というより出せなかったといったほうが正しかった。

「……」

 サウラーはどうやったのかはわからないが後ろから側近の首を右手でつかんでいた――その手に力がこもっていく。

 サウラーは側近の首をへし折ってから、その場に手放す――そしてゆっくりと後ろに振り返り、驚愕の表情を浮かべている二人の側近を見た。

「……滅」

 次の瞬間、強固な魔道防壁に包まれている廃ビルがきしみ始める。コンクリートにひびが入り、鉄骨がひしゃげつぶれていく。

 グッググゥゥゥゥゥ!!

 ――そして廃ビルは跡形も無く消滅した。チリ一つ残さずに……

「…………」

「……お、おい!お前、何者だ!!」

 いつのまにか兵士たちは遠巻きながらもサウラーを包囲していた。

「……抵抗する気はない、放置するなり、投獄するなり、殺すなり好きにしろ」

 今までの一部始終を見ていた兵士たちはサウラーの言葉に我が耳を疑い、戸惑いの色を見せた――当たり前だが……

「……と、とりあえずお前の身柄を拘束する!ひっとらえろ!」




悪魔は神を倒せるか? 第零話−1


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