悪魔は神を倒せるか? 番外編零−0



「……マスター……」

 イリアは寝言を言う。

 漆黒の闇の中、薪の光だけが見える。

 サウラーは木に寄りかかって座っていた。

 イリアは、サウラーのそばで横になり眠っていた。

「………………」

 サウラーはつい数日前出あった魔道人形のイリアを眺めた。

「しばらくの間は、こいつといるしかないか……」



「起きろ」

 翌朝になり、サウラーはイリアを起こす。

「あ、おはようございます……あの、ところでマスターどうして宿屋の類に泊まらないんですか?」

 あいさつをしてからイリアは思っていた疑問をサウラーに問い掛ける。

「今の所持金を知っているか?」

「はい?」

「つまり、今の所持金では宿屋一軒泊まることもできない」

「だから野宿なんですか?」

「そうだ」

 こともなげに答えるサウラー。イリアはやや憮然とした表情だったが考え始めた。

「……行くぞ」

 イリアの様子を無視してサウラーはさっさと立ち上がり、歩き始める。イリアは慌ててサウラーの後に従った。


 クリール協定第3都市国家リュードは初期のクリール協定に入っている典型的な王制国家でクリール協定の色が濃く反映しているところだった。そんなところに、サウラーとイリアは向かっていた。


「マスターだんだん活気が出てきましたね」

 イリアは街道に出ている露店や旅人が増えてきているのを見てそう言った。

「……表向きはな……」

「?マスターどういうことですか?」

「…………」

 イリアの疑問にサウラーは答えなかった。

 そうこうしているうちに二人はリュードの衛星都市のひとつファミーナへとついたころには、昼頃になっていた。

「このままリュードの中央都市に向かうぞ」

「あの……お昼は取らないんですか?」

 イリアは、サウラーにおずおずと尋ねる。

「……何度も言わせるな」

「はい?」

 サウラーの答えの意味するところがわからず、イリアは問い返していた。まだサウラーのセリフのくせになれてはいない。

「金がない」

「はぁ……」

 サウラーはイリアの返事も聞いておらず、一人で歩き出していた。

「あ、待ってくださーい!」

 ちょっと考え事をしていたイリアは慌てて、サウラーの後を追った。


 日もとっぷり暮れ、夕方から少したったころ、二人はリュードについた。

 大通りは露店と、それを見たり、買ったりしている人々でにぎわっていた。二人はそんな中を人を掻き分けて進んでいった。

「マ、マスター、よ、夜はどうす、するんですか?」

 人ごみにもまれながらイリアはサウラーの後を必死に付いて行きながら尋ねる。一方、サウラーは人ごみにもまれるイリアなぞ気にする様子も無く、一メートルほど先を進んでいたが、イリアの質問を聞くと振り返りイリアの腕をつかみ軽く引き寄せる。

「よく聞こえんだ。もう一度言ってくれるか?」

「え、あ……夜どうするんですか?」

 イリアは急に腕を引っ張られ、驚きしどろもどろになったが、何とか自分の言いたいことを言った。

「……こういうところで野宿というわけにもいかんしな……」

「はい……」

 二人は大通りの真ん中で立ち止まって、互いに考え込んだ――思いっきり周りの通行人の迷惑になっている。

 ――が、悠長に考え込んでいるひまはなさそうだった。

「どけ!」

 いきなり、裏通りにつながる横道からリュード公安隊とリュード近衛兵が、計一個小隊ほどの規模で出てきた。もちろん、サウラーとイリアの二人を追ってきたわけではない。

 ――公安隊と近衛兵が追っていたのは、二人の女性だった。とりあえず、二人とも身なりは中の上といった感じだった。

「!……ちょうど良かった!どうにかして!」

 その女性は目ざとくサウラーを見つけると、ダッシュをかけ、サウラーの後ろに回りこむ。

「何!」

「……その女を素直に渡せば、キサマの罪も軽くなる!」

 公安隊と近衛兵は少なくともサウラーがその女の仲間だと思い込んで、説得をはじめる。

 周りの通行人は慌ててサウラーから離れたが、皆、人並みの野次馬根性はあったらしく、逃げ出す者はいなかった。

「……いったい誰だ?」

 サウラーは、後ろに回りこんだ女性に問い掛ける。

「……マスター民間人を巻き込まないで下さい……」

 答えたのは、イリアではなく、サウラーの後ろに回りこんだ女性の連れだった。

「?……まぁ、いいだろう……」

 珍しいことにサウラーは多少の興味を持ったらしい。

「どうするんだ!」

 サウラーは説得から脅しに変わった公安隊、近衛兵のほうを向く。

「……引かなければ、斬る」

 サウラーはそう言った次の瞬間、公安隊と近衛兵はしばき倒されていた。イリアとの契約で、魔法と呼ばれる物理現象の発生源の魔力こそ一時的に無くなっていたが、身体的能力は健在だった。


「……さて、どういうことか説明してもらおうか?」

 あの後サウラーは何か異質なものを見るような表情の野次馬をまったく気にする様子など無く、イリアと追われていた二人の女性を連れて、手近な店に入り、女性の魔道人形以外の各自が注文を取ってウェィターが立ち去ってから、サウラーは本題に入った。

「追われていたの」

「……それはわかる。なぜ追われていたか、ということだ」

「それはぁ、ひ・み・つ☆」

 なんとも小馬鹿にしたかのように、☆なぞつけその女性は答える。サウラーはちょっと嫌そうな顔をした。

「……それ相当の理由はあるのですがいつものことですから――しかし、この事態はあなた方の余計な手出しによるものです」

 その女性の連れの女性は、ひどく冷静な様子で、解説し、サウラーを非難する。

「……魔道人形か、しかもそれ相当のレベルだな……名前は?」

 サウラーはその非難を気にする様子も無く、名前を聞く。有名な魔道人形ならば、主の名もそれ相当に有名になるからである。

「…………」

「……私は、レミラル・クレンスよそれでこっちはタリティス……まったくタリティスったら用心深いんだから……」

 レミラルは明るくそう言いながらタリティスの肩を軽くたたく。

「……マスターが無用心なだけです」

 タリティスはわずかに眉をしかめながら静かに言う。

「それであんたたちの名前は?」

 そう言い、レミラルはサウラーとイリアを見やる。――その目は興味津々と言った感じだった。

「…………」

 答えないサウラー。

「……えっと、マスターのサウラー、そして私はイリアと申します」

 レミラルが切れる一歩手前で、イリアは仕方なく、主の紹介と、自己紹介をした。

「……それで、どうやって公安と近衛兵をかわすつもりなんだ?」

 互いの紹介が終わったところで、サウラーは本題に入る。

「そのことなら大丈夫よ。少なくとも私とタリティスの身の安全は保証されているから……」

「あの、それは私たちの命の保証はされていないということですか?」

 レミラルの言葉にイリアは問い掛ける。

「あれだけの腕があれば大丈夫なんじゃないの?……わかんない未来よりも今のことを決めたほうがいいわね」

「……つまり、今夜どうするか、ですね」

 イリアはレミラルの言葉をつなぐ。サウラーのはわからないのに、初めてあった者の言いたいことがわかるとは……不確定要素を除けば完全な矛盾である。

「このあたりにはすでに公安の手が回っていると思われますので、宿に泊まるのは危険ですね」

「あぁ……」

「……コーヒー3つとをお持ちいたしました」

 一区切りついたところにタイミングよく注文したものが運ばれてくる。サウラーとイリアはそれぞれ運ばれてきたコーヒーを一口含み、レミラルはクリームグラタンを食べ始める。

「ふーん、あんたんとこの魔道人形ってそういうのも飲んだりするんだ−」

 レミラルが言いたいこととは通常魔道人形はその表皮その他の維持のために、一日に人並みの三分の一くらいののブドウ糖、たんぱく質、無機物、ビタミン類を摂取しなければならないのだが、それ以外のものはまったく摂取しなくてもいいし、第一、摂取した場合機能障害が発生する場合がある。

「……それでどうするか、だ」

 サウラーはレミラルを無視して話を続ける。

「ちょっ!……そうねぇ…………ちょっと心当たりがあるんだけど、行ってみる?」

 レミラルは無視するサウラーに抗議の声をあげかけたが、すぐに気持ちを切り替える。

「……信用できるのか?……それ以前に、互いに信用たる存在かどうかが問題だな」

 サウラーの言葉にその場にいた三人は大きく分けて二種類の意見に分かれた。

「そんな!マスター!!」

「……心からとは言わないまでも、信頼くらいはしてほしいわね……」

 こちらはイリアとレミラル。

「……マスターももう少し用心深くなってくださらないと……」

 こっちはタリティス。

 ――ある意味良いチームワークだった。だが、所詮ある意味でしかなかった。

「タリティス?主の命令には絶対服従だったわね?」

 多少の脅しを含めて、当たり前の事をレミラルは、タリティスに確認を取る。タリティスは多少、いやかなりの間をおいた。

「………はい、しかしマスターは命令はお嫌いだったと記憶していますが」

 タリティスは嫌味ではなく、素で答える。――魔道人形はみんなこんなものである。イリアのほうが相当珍しいのだ。

「……仕方ないわね、それじゃ命令として言うわ。行くわよ!」

「さ、マスターも」

 レミラルとほぼ同意見だったイリアは、サウラーを促す。――がサウラーは聞く耳持たなかった。

「……ならイリア、お前だけが行け」

 サウラーは人を信用するということは無い――例外といえば、依頼主だけだ。そもそもサウラーはイリアもあまり信用していなかった。――だが、自分の力のためにサウラーはイリアをそばに置いていたのだった。ついでに言うなら、イリアはサウラーの知人に良く似ていた。

「……そんな!……あの、レミラルさんちょっと……」

「え?何?」

 イリアはレミラルに耳打ちで入れ知恵をした。

「……そ〜ゆ〜ことだったの。わかったわ」

「何がだ?」

 問うサウラーをレミラルは直視して不敵に笑う。わずかに訝しむサウラー。

「あなたを雇うわ!……もちろん報酬もそれなりのものにするけど?」

「……わかりきっているが、一応依頼内容を聞いておこう」

「私の護衛を頼むわ」

「護衛、か……」

 サウラーは小さく呟きしばらく考える。

「……必要経費は?」

 そしておもむろに問う。

 レミラルはちょっと考えたが、あくまでちょっとだった。

「……まぁいいわ」

「……そういうことなら引き受けよう……それで、どうするつもりだ?」

 そう言いながら、席を立つサウラー。

「……だからさっきも言ったじゃない、私にアテがあるって」

「……そうか」




悪魔は神を倒せるか? 番外編零−1


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