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トピックス No.89
2005/12/16



西本願寺十二世門主 准如 に入城祝いの返礼
利長公 高岡城入城時の書状発見
日付は慶長十四年(1609)九月十五日

 高岡市は加賀藩二代目藩主 前田利長 公が新築の高岡城に入城し 高岡 の町を開いた慶長14年9月13日を開町の基とし、4年後には開町400年を迎えます。
 記念事業を企画しようとしているこの時に、開祖 利長公が高岡城入城の二日後に、京都 西本願寺十二世門主 准如 に宛てた転居祝いの返礼状を射水市新湊博物館の松山充宏学芸員が高岡市内個人宅で発見。
 利長公の文章に詳しい県公文書館の金龍教英氏、博物館長の保科齋彦氏、氷見市史編集室の久保尚文さんらが筆跡を鑑定し真筆と断定したものです。
 書状は縦40.1cm・54.7cmの折り紙で、文面は利長公が魚津城から高岡城に転居したことを意味する「わたまし」で始まり、その祝いに京都の准如 西本願寺門主から届いた祝いの杉原紙と肴のお礼を述べています。用向きがあれば使いの者を使わすのでではなく高岡へ来るようにとは、上下関係を表していると読み取れます。「ひ」は利長の官職である肥前守と読めます。


  原文
わたまし
み舞いとして、
御ふミ、ことに
すきはら十そく、
さかな給候、御心
さし、まんぞくニ候
いつれもわた
ましのしうき
うけとり申候、
間、かえし申候
こヽもとようの
事、けこ給候、
    かしく
九月十五日
本門へ    ひ
   参
  訳文
高岡城入城の
お見舞いとして
お祝いの手紙やとりわけ
杉原紙十束と
酒の肴をお送りいただき、
満足しています。
どの品も転居の
お祝いの品として
受け取りましたので、
返礼の品を贈ります。
私に用があれば、
越中へお越し下さい。
       敬具
九月十五日
本願寺門主様 肥前守(利長)