掲示板等の発言記録2012







プロの運転手からケアマネジャーへ・・・  2012・5・3
あと3ヶ月で年金生活者(になっても良い年)になったこともあり、人生を走馬灯のように振りかえってみた。

先にも書いたが、学生運動が激化してきた頃に、大蔵省(?)の父が亡くなった。
続けても良いよ・・・と回りは薦めたが、セレモニーが済んだあと、整理のため横浜に向った。
退学手続きも終わり、関係者から送別会も開いてもらった。
郷里に帰ってから知人の勧めで勤めた会社で運転免許書も取らせてもらった。
このあと何ヶ所か転職して運転手人生が積み重ねられて行くのだが、現在運転出来ない車は、特殊車両と大型バス(営業)だけである。

今回問題になっている関越道は関東方面へ向けて何回か走ったことがある。
当時は一般道利用中心だが、北陸から関東へは原則二人乗務だった。(その後ワンマン化された時には行き先(業務の内容・貸切など)によっては一人乗務だったこともある。)
関東よりも広島が多かったように記憶している。

私の『介護』との結び付きはデイサービス運転手だった。その私がケアマネジャーを受験出来たのには訳がある。入職後一年経ったところで、社会福祉主事任用資格の通信講座を受講(業務命令)している。
そして・・・生活指導員も経験した。

訳あってしばらく現場を去るが、そこへ誕生したのが『介護保険法』。タイミング良く受験の機会に恵まれ、3〜4ヶ月の準備期間で合格してしまった。その合格書が最後の「指定申請書類」だった。

運転手は時間への挑戦の仕事でもある。
朝6時ごろ、阪神高速でパンクしたことがある。この時のタイヤ交換は10分余りだったのかも知れない。とにかくラッシュ前に目的地まで行かなければ大変なことになる。この時のパンク理由が・・・タイヤにスパナが刺さっていた。

大型のラジアルタイヤは滅多にパンクしない。
それでもパンクする(前2軸目)。考えられないことが起きる。それが人生でめぐり合う「事実」なのだろう。
もうしばらく色々な体験をしてみたい。
3冊のファイル2012・4・23
決算・税・社会保険の赤いファイルが書棚に並んでいる。このファイルのバランスに随分頭を悩ませた。独立ケアマネの余計な仕事でもある。

介護保険事業者には『法人』が求められている。この3冊のファイルは最初からあったものではない。決算は税理士に任せていたが所得税等は自分で申告をしていた。そこへ「法人は社会保険・・・」と連絡をいただいたのが3年目位だっただろうか???それから会計が可笑しくなってしまった。
社会保険料は法人負担分もあるのでかなり金額は大きい。

同時進行的に年金もいただいているのだが、財布が違う。財布が違えば管理者も違う。この部分が複雑だ・・・。

そろそろ幕引きのタイミングを見計らっているのだが、少し余裕を持ったほうが良いだろう。どちらが先になるのかな???という高齢者もあるし、皆様元気でもある。特に女性はゆったりと人生を楽しんでおられる。
そして男性で残っている方には「妻」が付いている。妻あっての介護人生でもある。

そう思って女性を確認してみた。「夫」がいる方は一人もいない。ご夫婦として担当しても、夫は先立たれる。
そういった人生の縮図を見せていただいている。
果たして我が家は・・・どうなるのだろうか???

3冊のファイルを分散した方が良い・・・のかも知れない。
チチキトクスグカエレ 2012・4・18
44年前に亡き母から送られた1通の電報・・・この電報が私の人生を大きく変えた。
ここまで書いて、涙が噴出した。

墓場まで持っていくつもりだったが、癌患者の家族の手記を読んでいて、書くつもりでページを開いたが、私の人生においてこの一瞬は余りにも大きな瞬間だった。
大学2年生の時、丁度試験中で、数学で年3回目のテストを受ければ「0」点でも進級が決まっていた(基準点数は取っていた)。しかし・・・3回目のテストを受けなければ合格(進級)はない。テストを受けられないということが、当時の私には心の負担だった。

同じ事をもう一年やるのなら「やめてしまえ。。。」が私の結論だった。
何と小さな結論だったのだろうか・・・。
それから45年経過したが、この時の判断に悔いはない。しかし・・・

当時大学紛争の真っ最中で、もしかして現在国政を動かしている方々も同じ年代だったのだろう。
亡き三島由紀夫氏の東大事件もその頃だし、私の仮住まいの横浜から学生のデモ集団が東京へ向かった頃でもある。
田舎へ帰ったあと学生運動(?)が頂点を迎えた・・・という時期もあったが、私に言わせれば「果たして・・・???」ということにしておこう。
とにかく「チチキトクスグカエレ」で家に帰った。

こういう経過の中で大学中退ということになったが、もしかして・・・危険な存在になっていた・・・のかも???知れない。
専攻は「応用科学」もしかして今頃『爆弾』を作っていたかも???は冗談だが、同年代の『菅首相』は東北大震災のときに現地へ直行しようとされたとか・・・。
原理が判っているから『居ても立っても居れなかった』というのが心境だったのだろう。充分に「理解」出来る。

『うつは、魂の病気です。

わたしの魂は、父の病気と対峙する生活の中で癒され、今は普通に生活できるようになりました。わたしの魂は、父の病気によって救われたので す。もし父がガンになっていなければ、こうしてホームページを作ることも なかったでしょう。 』

がん患者家族のHPからの無断引用ですが、このフレーズで目頭が熱くなりました。

ご冥福をお祈りいたします。
年金・保険  2012・4・18
そろそろ年金を意識する年になった・・・というか、特別支給の厚生年金は昨年からもう頂いている。

独立開業をして4年目位だっただろうか???「法人事業所は強制加入になっている・・・」とご丁寧な連絡を頂いて加入(再)することになった。国民年金からはもう外れていたので空白が出来ている。
一応独立開業後の厚生年金はプラスαということになる。

この年金料がかなり高い。現役の当時はそう気にしなかったが、事業主負担も加わるから倍額になる。先日「もう払えない・・・」と社会保険事務所へ給与の減額申請をした。最低ランクへの大幅減額なのだが、担当者は大きく渋った。「保険料が払えないから減額するんですよ・・・」こちらも事業の存続がかかっているので、強硬姿勢であった。

気になったので「それだけ払っていくらになるの???」と試算をしてみた。
仮に70歳定年として、60代前半と60代後半の8年分の年金給付額は合わせても15万円余りの増額にしかならない。国民年金の額である。(医療保険は含まれているが・・・)

年金財政が破綻しそうになっていることは聞いているが、国保より安い社会保険料で財源を確保しようと思っても赤字になるのは目に見えている。(こちらからいえば良いことなのだが・・・)
結果社会保険に再加入することは私にとっては非常に良いことである。

あと3ヶ月で「特別」ではない年金の案内がある。医療保険に関しては「妻」が元を取っている・・・というか数倍の給付を受けている。(私は医者嫌い)
このちぐはぐとした負担と給付のバランスだが、これで良いのかな???とも思う。
目先の年金額よりもリスクの多い高齢者に関しては「国」に任せたほうが良い・・・とは思うが、日本年金機構は進んでリスクを買って出ている。

ま・・・親方日の丸・・・だから良いのかな???
田中角栄以上の大物政治家2012・4・15
皆様の記憶に新しい『東北大震災』その被害は甚大なものになっている。
現在槍玉に上がっているのが原子力発電であるが、仮に原発が無かったとしても被害は甚大であったであろう。
という理由から、私の頭の中では地震と原発は切り離されている。
その事をご理解いただいていると思い、過去の経緯を確認しようと思う。

日本の原発生みの親は、私の家から歩いても30分ほどの所に住んでおられた。「正力松太郎」氏、私が選挙権を得る前の政治家である。
三流新聞社を現在の読売新聞に育てられたのも正力氏であり、ここ高岡にはいち早く「読売会館」が建設されている。高校生の頃初めてその屋上で開催される「ビアガーデン」に年齢詐称で出入りしたこともある。

その正力氏が原発を誘致しておられる。彼の過去の業績を見ていると、もしかして・・・と思う。田中角栄氏以上の実力者だったのかも知れない。
現在残っているのは廃墟となった豪邸なのだが、その豪邸の横を流れる『庄川』の治水工事にも尽力されている。この川はもう氾濫することは無いが、高岡城の堀へ地下水路が通じていると聞いている。

資源の無い国に資源をもたらすためにはその方法しかなかったのだろう。しかし事故は起こった。
今後の話として・・・高浜原発は稼動した。地元の了解は得ていない様子である。でも・・・しかし・・・。
資源の無い日本で、多少危険はあっても原発を稼動させる必要はあると思うのだが・・・???。

幸い富山県は『水』に恵まれている。
「黒四発電所」建設をテーマにした映画「黒部の太陽」(石原裕次郎主演)を見たのは小学校6年の時だった。
三船敏郎との競演だったが、素晴らしい映画(事業)だった。

富山県は雪国でそう目立たない県ではあるが、歴史に残る人物も残している。
包括からの依頼が???あった時???  2012・4・11
市担当課からアンケートがあった。
包括から予防プランの依頼があった時受諾できるか・・・と。
予防も何も、包括から依頼があったことは99パーセント『無い』
まして今回のアンケートでは、介護プランには触れていない。

何故この時期に・・・と結び付けてみた。
多分これだろうな〜〜〜と

『各位宛

『2011年10月31日 第83回社会保障審議会介護給付費分科会議事録』から

(木村委員発言)
ここはいつもわかりにくい議論になるんですが、地域包括支援センターの中に、2枚看板で予防給付ケアプランをつくる指定介護予防支援事業者があります。そこの人員配置基準であります。要するにケアマネジメントをケアマネジャーでなくても、今はできるようなっております。しかしながら、ここは事業者の人員配置基準を変えて、ケアマネジャーのみが行う形にしていただきたいと思います。今般、居宅介護支援事業所への委託件数の8件を廃止する話も出ておりますけれども、今ほど話した提案をきちんとすることによって、予防給付のケアプランが指定介護予防支援事業者の中でできるようになると考えておりますので、よろしくお願いします。


事務局側からも課題として出ておりましたけれども、地域包括支援センターから地域に新規の要介護者がなかなか回ってこない状況にある。よく見てみると、地域包括支援センターに委託された法人が、要支援から要介護に移っていくときに、同一法人内で囲い込みをしているのではないかという話があります。この辺のところは報酬とは別でありますけれども、早急に調査をしていただいて、改善を図っていただきたいと思います。

                            (ここまで)

部分抜粋ですので、興味のある方は
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001xs6v.html
ご確認下さい。

2001年(平成13年)に『選択の自由を保障する』趣旨でHPを公開してから10年が経過しました。そして、平成16年には居宅介護支援事業所も立ち上げました。
今・・・ようやくその方向へ日本のケアマネジメントは変わろうとしているのですね。

今年の8月から年金生活に入っても良いようになっています。
来年の8月からは1号被保険者です。
そろそろ『引退』かな???と・・・身体の節々が痛い現状もあります。

現在担当している方々に関しては、途中で投げ出すことを好まない性格ですので、最後まで看取りたいと思います。
8年間で積み上げた利用者ですので、8年以上(イヤ・・・もっと・・・)かかるのかもしれません。

平成16年に突然独立事業所として介護保険界に参入しましたが、今回審議会資料を読みまして『安心』しました。
全国のケアマネジャーの皆様、介護職員の皆様・・・頑張って下さい。

以降投稿は続けるとは思いますが、今までの投稿内容とは大きく変わるのでしょう。
ご紹介した記事は日本の『介護保険の夜明け』の内容だと思います。
ケアマネジャーの皆様・・・介護保険の『要』の役割を全うしていただきたいものだと思います。』

昨年末、12月26日にBCCメールで情報発信しました。
インターネット情報から心配になって復帰した原点の内容でもあります。
ご参照下さい。
『夢』・・・その後・・・  2012・3・28
現実の問題として、今回の介護保険法改正(報酬改定)に『夢』を見ています。

見る方がみれば見えるのですが、『囲い込み型ケアマネジメント』を整理する方向へ進んでいます。
根拠は・・・今回報酬改訂が無かったのはケアマネジメントだという事です。

全国の優秀なケアマネジャー各位へのお願いなのですが、厚生労働省の『意図』する体制に方向転換出来ないものなのでしょうか???
その『意図』とは・・・ケアマネジメントの『公正・中立』の運用なのですが・・・簡単なことです。
簡単なこと・・・『利用者本人が何を望んでいるのか・・・』

これが出来なければ日本のケアマネジメントの将来は『無い』ということだろうと思います。 

そこで皆様にお聞きしたいのは・・・
『来年度から本格的に始まる超高齢化社会ですが、この原因を如何考えておられるのでしょうか???』
是非・・・ご質問いただきたいものだと思います。
日本とアメリカは接近し続けている・・・  2012・3・20
これは『外交』上の話ではなく、『距離』の話である。

皆様の記憶にも新しい、昨年の『東北地方太平洋沖地震』の話である。
日本海溝へ太平洋プレートが沈み込んでいる地殻現象がある。その『歪』で起きた『大地震』なのだが、この地震は繰り返される。

私たちが生きている間はこれが最後だろうが・・・この体験を子・孫・子孫・・・へと伝えなければいけない。その様な立場に日本の国はある。

興味のある方はご参照いただきたい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%8C%97%E5%9C%B0%E6%96%B9%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%B2%96%E5%9C%B0%E9%9C%87

もしかしてつながらなかったら、リンクの中で切れている部分をつないでいただければつながります。
『夢』  2012・3・17
睡眠中はそれが夢だとは意識しておらず、目覚めた後に自分が感じていたことが夢だったと意識されるようになる

夢の定義だが、現実の『夢』は如何解釈すれば良いのだろうか???
夢実現のために眠っていては実現もしないだろうし、意識しないで積み上げた実践が必要なのだろう。
そして・・・意識した時こそが『夢の実現』なのだと思う。

我が人生において永遠のねむりに付く『瞬間』でも良い・・・。
良い『夢』を見たいと思う。
果たしてどうかは・・・判らないが・・・。

今(現在)が一番良い『夢』なのかも知れない・・・。
地域包括支援センター職員の意識レベル  2012・3・15
意識レベルの高いセンターからは「躊躇」無く困難事例の相談がある。
困難レベルと労力を天秤にかければ、無理をしなくても〇〇に任せておけば・・・ということなのだろう。決して出来ない訳ではない。

時として「出来るのかな???」というレベルの話がある。
何が何でもセンター内(併設居宅で・・・)と意固地になってはいけない。マネジメントには『余裕』が必要である。
何がその要素かというと、労働時間である。(他にもあるのだが・・・)

労働契約に基づいた仕事をして入る方々と私も含めた「独立ケアマネ」とは『違う』。何が違うかというと『時間』である。
前にも書いたことがあるが、平日の日中に某所でお酒を飲んでいることもある。しかし・・・事務所の電話を携帯電話に転送しているので、電話仕事は何時でも出来る。お酒を飲んでいるから電話があったことも忘れるだろう・・・そこで『着信履歴』が役に立つ。

同じ仕事が出来ないことに関してはお判りいただけたと思うが、もう一つ大きな違いがある。『受けるのか受けないのかの判断』だが、頭の中でストーリーを作っている。そのストーリーに『合わない』話ならお断りすることにしている。
『私のお客じゃないよ・・・』という話である。

先日もあったが、「お金を払うからお客さん・・・」という意識の方がある。これは私の『お客』ではないのだが、ご当人はそう思っておられる。
各位もご存知のように、ケアマネジメント報酬に自己負担は無い。
制度がスタートする時点で『お客さんレベル』の議論もあったのだろう。

『公正・中立』の立場でマネジメントが出来るのは、このからくりのためなのだろう。私は利用者の『お客さん』ではない。法の理念を守る『専門職』である。勘違いをする『素人』とは言えない「介護受給者」がある。
「患者会」などで情報交換をしておられるが、指導者が悪いのか、根本的に考え違いをしておられることもある。

「権利と義務」このバランスが崩れたら、『社会保障』は成立しない。
『受ける権利主張』には吐き気がする。
なごり雪  2012・3・11
最近随分暖かくなったが・・・今日は『少し寒いな???』と思っていたら、夕方から雪(みぞれ)になった。
積もることはないだろうが、良い雪を見た。

『なごり雪』で検索していただけば、良い曲が聞けると思う。
4階建アパートで関った3人の男性の・・・  2012・3・8
一人目は骨髄腫で、月1回受診が必要である。
アパートの階段昇降を介護タクシーの運転手と車椅子介助で行なった。
2年目位だっただろうか・・・症状も末期に近くなり、往診医を依頼することになった。妻と一緒に依頼に行って、何とか往診していただけることになった。
初回の往診時、在宅は不可能だと医師が救急車を手配した。
あとから聞いた話だが、タンカに寄り添う妻の耳に「ボキ・・・ボキ・・・」という音が聞こえたという。
集中治療室で1週間位だっただろうか・・・帰らぬ人になられた。

二人目は大酒飲みで、ベッドから落ちる方であった。
常時携帯電話を持っていただき、ベッドから落ちたら私に電話がかかることにしてあった。
このケースに関してはかなりレスキューしているが、大晦日と元旦に続いて電話がかかった。向こうが飲んでいればこちらも飲んでいる。大晦日は妻に、元旦は帰省中の子に運転手を頼んだ。
正月明けに注意したら反抗されたので、ケアマネジメントから手を引いた。
1週間以内に入所になったと聞いた。

そして今回・・・。
退院のケアプラン説明に行ったら、ベッドの単価に対して文句を言われる。入院中に認定調査を受け要介護3が出ているので今回は介護保険適用である。
私費レンタルをしていた認定前は要介護1。説明をしても判らない方にはケアマネを探していただくことにした。そして入院前のチームを解散した。
民生委員を通じて包括へ話が行ったが、「どうぞ〜〜〜」とポイントだけ申し送りをしておいた。

『開けてびっくり玉手箱・・・』になることは目に見えているのだが・・・
果たして如何なる事やら・・・。
ヘルパー事業所へ電話をしたら喜んでいた。
そういえば二人目の時も同じ事業所だった。
後日誰が入っていたのか聞いたのだが・・・あの人が・・・部屋の片隅で・・・介護が出来ずに固まっていた・・・とは・・・。
それくらい凄まじいケースでもあった。

私にしか出来ないマネジメントもあるのだが・・・よろしくお願いね・・・で終わって・・・良かった〜〜〜
チョッと大変  2012・3・5
毎年同じことの繰り返しだが、冬場の入院者の退院予定が集中した。
中にはケアプランの見直しが必要な利用者もあり・・・今週中に対応出来るかが微妙になってきた。
簡単に言う専門職も居るが・・・肩代わりしていただきましょうか???
自分がケアマネジャーも兼務していた頃も考えていただきたい。

とは言え・・・囲い込んでも減算にならないサービスが中心だったでしょうから、ケアマネジメントの手順は当然ご理解しておられない。
最近『困った方』が、かなり『クローズアップ』されてきている。
ケアマネジメントの『原点』をご理解出来ない、優秀な『専門職』である。

・・・で・・・
「〇〇さん・・・担当出来ない???のかな・・・」と言ってみた。
・・・出来ないよね・・・ケアマネジメント報酬が・・・。
報酬もそうだが、馬鹿にされつつある『介護支援専門員』でしかないのだろうが・・・

競合出来るサービスの『新設』を大いに期待している。
素直になれない人・・・  2012・2・22
人生色々ではあるが、戦中父母を亡くしたことを今更悔やんでみても仕方が無い。この方は祖父母に育てられた。
老後の生活・心配を解決するためには方法がある。その方法をお示ししたのだが、判っていただけない。
その方法とは『公正証書遺言』なのだが、費用もかかることだからご理解いただけない。借金をしても(実際は発生しないのだが・・・)残しておく文書である。

普通は考えないことなのだが、この時点で不安があるのだろう。
別に遺産を望んでいる親族もいないから無用の長物なのだが・・・この遺言は葬祭執行者に関する遺言である。ならば・・・素直になる・・・ベキ・・・では???という勝手な想いである。

誰かが処理しなければいけない問題だが、遺言で指名をされない限りは『他人』を装うことは出来る。しかし『心情』が許さないといったところだろうか???何処にでも顔を出して馴染む『シイタケ』とは違う。
この点が悩みの原因でもある。

公正証書遺言にはその処理方法が全て示され法的に処理される。こんなに公明正大な方法があるのだろうか???その方法に引っかかるということは『邪心』があるのだろう。贈る側の邪心である。
その邪心とは・・・。
それならそれではっきりと言われれば良い。

色々な問題が重なって・・・肩の痛みも強くなってきているが、自分で解決出来ない問題が重なると気も思い。
自分自身の問題を解決出来るように『案』を示してきたが、「案は案」でも良いのだが・・・答え(方向性)が出ないことが多い。
勿論・・・良かれと思った提案が却下されても良いのだが、是非『代案』が欲しい。(代案が出ないから『提案』をしている現実でもある)

でも・・・案外・・・拘られる方ほど長生きされるのかな???結果相談をいただいていても何のお手伝いも出来な(かった)・・・。
ということなのかもしれない。

果たして・・・如何なることやら・・・。
出来ないものは出来ない・・・  2012・2・19
無茶を言う人はあるものである。

夫のデイサービスへの送り出しが出来ない・・・と家政婦で対応していた。
老夫婦が入院になって、下痢で部屋が汚れている。鍵を判るようにしておくから掃除をして欲しい・・・という依頼があった。留守中の家での作業は出来ないから、立ち会って欲しい・・・と言うと、それなら私がします・・・とは別居の子の返答だった。
家政婦紹介所へ依頼をしたキッカケは妻からの依頼であった。

退院が近いから・・・と家政婦の依頼があったが、家政婦紹介所は子が無茶を言うことから、予てより断わりたいと思っていたとの本音が出た。予定していた時間では作業が終わらない日々が続き、かなりの奉仕をしてきた様子だった。
この話を聞いて、合法的に辞退する作戦を立てた。

経過の中で子が紹介所のオーナーに相手を確認しないまま『アンタでは話にならない・・・』と言ったということ。出来ないことを出来ないと言うオーナーも立派である。
家政婦を依頼したのは妻であったが、一応問題の原因の子と会うことにした。
自分勝手な方の思考とは面白いもので、自分中心である。

紹介所へ電話がかかったが『人が居ない・・・と断わった』ということだったので、今朝子に「依頼主の妻の病院へ行こうと思うが、同行されますか???」と電話をした。子の方で説明をしておくということだったが、説明責任を果たす手順でもあった。
子の方で説明をされるということだったので、これで全て終わった。

家政婦紹介所からまた依頼の電話がかかった・・・と電話がかかったが、どうも担当していた家政婦を1本釣りしようとしているようである。本人に状況を説明して、本人の判断に任せることにした。
紹介所として仕事をする分においては紹介所が責任を持つが、個人として仕事をすると、どうなるのだろうか???

常識の無い相手だということを判って対応するためには、その上を考えておく必要がある。
もう手を離れたケースではあるが、海面下で燻ぶっているケースでもある。
この1週間で肩の痛みも増したように感じている。
そろそろかな???  2012・2・13
タイミングの合わない日々が続いているが、今日も肩透かしを食らってしまった。

午後一番にケアマネのブロック研修会が予定されていたので、その足で老夫婦の相談に出かけることにしていた。そこへMSWから電話がかかり、時間に余裕は無かったのだが、院内のケース検討会への出席を依頼されたので、先日も無理を言ったので出席することにした。

連絡を受けた時間はケース検討会の終了の時間だった。会場から出てきたメンバーに〇〇MSWさんは・・・と聞いてみると、検討会が始まる時間にすれ違ったということ。「帰ったんじゃないの???」という言葉に『カチン』ときた。
検討会が終わるのを廊下で待っていたのは、製薬会社のセールスだろう。

老夫婦の相談は少し複雑な内容であり、大事な郵便物が無くなる家庭でもある。当然介護保険被保険者証も何処へ行ったか判らない。再発行と多分・・・の介護度でスタートすることになるのだが、暫定介護度でプランを立ててから整理することにした。
当然被保険者証の送付先も変更する。

来週スタートの予定で約束をして来たが、日程が少し詰まってきている。
今週中にプランに合意を貰わなければいけないが、頭が回らない。
そこへかかった電話の内容は誰が考えても???3週間余りの予定でショートステイ入所をされたが、入所日から毎日数回妻に「帰りた〜〜〜い」と電話がかかるそうである。その説得までケアマネジャー???結論が出たら電話を頂くことにした。

タイミングが合わない時は合わないもので、新規のプランも出てこない。
案外勢いでプランをまとめるタイプでもあるが、頭の中は空っぽである。
そこへまた苦情が入った。町内の融雪装置の水漏れ(配管パンク)をなかなか直してもらえない。
融雪組合の幹部に電話で依頼することにしたが、本人は入浴中。ニューヨークとも交信しなければいけない状況になってしまった。

助けてくれ〜〜〜とSOSでも出しますか・・・。
勤務に合わせたプラン  2012・2・6
週3回のデイサービス利用に関して、妻と子の妻の勤務に会わせて利用時間・送迎方法を調整した。非常に複雑なことになってしまい、果たして事業所に伝わる・・・かな???という内容である。
提供表に直接送迎方法を入力し、確認をすることとした。

利用時間が少し長くなる日もあるが、内容に関しては直接サービス提供責任者との交渉になる。
先週は雪道のため送迎も大変だっただろうが、大雪も峠を越えたようなので条件は良いのだろう。大雪の最中に提案すれば『却下』の内容でもある。

デイサービスの運転手をキッカケに独立ケアマネをやっているが、デイサービスにいた頃は翌日の天気を予測して、前日にチェーンを掛けて準備したものである。しかし・・・最近はほとんどチェーンを掛けた送迎車には逢わない。
デイサービスは移送料丸めになっているからいいのかな???とは思うが、ショートステイに関しては運賃報酬が明記されている。
人を運んで報酬を得るのだから、緑ナンバーと2種免許が必要だろう・・・と思うが、国の制度だからいいのかな???

大きな矛盾を感じる今日この頃でもある。

このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです。
地震・断層に対する根本的な考え方が・・・  2012・1・30
インターネットページに『立川断層』が話題になっていた。
多少影響が出るかもしれないが、視点が大きく違う。
日本の置かれた立場から言えば、国内の断層はそう気にする必要は無い。
日本列島の置かれた『位置』に焦点をおいていただきたい。

小学校の教科書にも載っているが、今一番深刻なのは日本の、地球上の『位置』である。日本海溝の上に乗っかっている、非常に不安定な位置にある。
日本海溝へは太平洋プレートがのめり込んでいる。
あなたが生きている間にどうなるのか・・・という短期間の話ではないが、ある程度期間を置いて(ポテンシャルを蓄積して)今回のような『大地震』が起きるであろう。

『日本海溝』この言葉を聞いて60年近くと言えば大げさかも知れないが、小学校時代にこの話を聞いている。具体的に何がどうなるのかは判らなかったが、日本列島がプレートの境界に位置することは理解していた。(だから・・・怖かった・・・)

例えば・・・読者の方の自宅の下に『動く地盤』があると言ったら如何されるのであろうか???余裕のある方は転居されるであろうが、私も含めて庶民はそこで過ごすしかないだろう。
結論はそれで良いのだが・・・地盤構造から言えば、答えは『どちらも同じ』である。

・・・という事実が今回突きつけられた。

人生60年とか70年とか・・・80年時代に入っているのかも知れないが、上記の話は、私たちには全く関係ない話でもある。
何時の話なのか・あるのか無いのか・でも・・・あるのかも知れない。
そういう時のための準備も必要だろうし、心構えの申し送りも必要だろう。

唯一つだけ確率的に申し送り出来ることは・・・
『60年』を目処に、大きな地震(災害)はあるのだろう。
富山県は歴史的にも災害の『無い』県だが、果たして次回は大丈夫なのだろうか???

60年後に生存している確率は・・・0,0000000000001
自分でも推測もできない数字を書いてしまった。
皆様・・・「ご健勝をお祈りいたします・・・・・」
漫画みたいな話!!! 2012・1・28
末期がんの疼痛管理のレスキューを飲んでみた方がある。非常に不味かった・・・ということで、薬を出した開業医が首になった。
それじゃ・・・私も・・・ということで担当を辞退した。

薬は総合病院から開業医に申し送りされている訳だから、この角度から詰めていくと可笑しな話になる。薬を作った製薬会社製の薬は全て首になるのだろう。
漫画家はこの話をどのように漫画にするのだろうか???私は漫画には登場しないことにした。

話は変わるが、長期入院中の重度認知症の方がベッドから落ちて骨折(?)したらしい。
このような状況に対して施設職員だった頃、受診→入院→家族への連絡が普通の手順だった。
入院・入所中の怪我は施設の責任でもある。しかし・・・時代は変わったのだろうか・・・。

親族はあるが家族だ無いため後見人に全てを任せてある。
親族の一人が介護等の担当だということで、後見人は金銭管理だけをしているらしい。走り回っているのは義理の弟である。
この話も可笑しな話なのだが、完治の後病院へ戻るためにも、腰を低くしていただくようにアドバイスしてきた。

そういえば、施設の生活指導員の頃、一件だけ高飛車な対応をしたことがある。認知症の方がベッドからダイビングをして骨折をした時だった。家族が高飛車に出たので高飛車に出たケースである。
結果その方は二度と施設へ来ることは無かった。
そういう経緯もあるので、低姿勢で対応していただくようにアドバイスをしておいた。

漫画みたいな話の結末は、漫画みたいな結末に終わるのだろう。
子供向け???回転すし  2012・1・22
新しい回転寿司が開店したから・・・行ってみよう・・・と声がかかった。話を聞くと、子供向け???だそうである。
何が???なのかは行ってみて判った。ドリンクコースも定額で利用出来る。アイスクリーム・ポップコーン・綿菓子・ジュースなどなど、子供の喜びそうなコーナーがある。

寿司も100円皿と150円皿の2種類。富山湾の新鮮な魚・ブリもメニューにある。ブリの握りは150円皿に一個乗っている。それを見て納得した。大人3人と幼児2人で約30皿とドリンクコーナー2が会計だった。
これだけの寿司を寿司屋のカウンターで食べれば数万円かかるだろう。子連れでも行ける回転寿司の昼食時間は、超満員である。

富山県人は魚に関しては随分贅沢をしている。
冬場になって北から回遊してくる魚が富山湾に入って太るそうである。氷見ブリとは能登半島から出る前の魚で、氷見漁港でせりにかかった魚を言う。
今年からは箱も統一して、証明書も付いたそうである。
都市部の市場のせりに間に合わせるように、トラックが駆け巡る。スピード違反にかかっても、免許書を投げ捨てて走り去るそうである。

最近回転寿司が増えたので・・・かどうかは判らないが・・・店を閉める寿司屋が増えた。それだけ新鮮な魚を日々口にしているので、「江戸前寿司」店は減っている。
寿司ネタでお酒を飲むのも良いのだが、好みが変わってきているのかもしれない。飲みに出ると高く付くことは事実である。
高橋英樹が我が町内でロケ・・・  2012・1・21
昨晩市ケアマネ協の飲み会があったが、少し前に妻・子・孫が「高橋英樹が来る・・・」と出かけていった。
そろそろ飲み会へ出かけようかと思っていた所へ子から電話があり、「手の届く所に居るから・・・来て・・・」と。そういう訳で出かけてみた。

往年のスター高橋英樹は良く知っているが、映画が下火になった今、スターはテレビで活躍している。ドラマの内容は良く判らないが、サスペンスドラマの刑事役だとか・・・。
家へ踏み込む場面の準備中で、車庫で台本の確認中だったが、手の届く所に英樹はいた。
何故高岡なのか、何故閉店した寿司屋の自宅なのかは判らないが、とにかく撮影は行なわれていた。

孫たちは頭を撫ぜてもらった・・・とかで喜んでいるが、本当に庶民的なスターである。
日本の玄関引き戸の高さは180センチ位だが、家の中に入るのには少し屈まなければいけない。そこは慣れたもの、鴨居に頭をぶつけることも無いようだった。

夕方のロケだったが、近くの利用者を訪問した時に「何かやっているな・・・」とは思っていたのだが、まさか映画のロケだとは思わなかった。増して高橋英樹が高岡に来ているとは思いも及ばなかった。
で・・・一応飲み会ではロケをやっていることを伝えておいた。
滅多に無いことでもあるので、町内の会合などで話題になるのだろう。

推測だが、近くの古城公園でもロケが行なわれたのではなかろうか???
これは推測だが・・・。
70年以上前の記憶が鮮明に・・・  2012・1・19
父の仕事の関係で全国を飛び回った(転校も含め)と話される。北海道から本州・四国・九州まで・・・出てくる地名は港町である。
本人の記憶には父の仕事が何だったのか・・・は無いが、推測するに港湾工事・建設の仕事だったのではなかろうか???
話のキッカケは、私が「四国にだけは渡っていない・・・」ということだった。

亡きご主人に捕まったのは富山県の港町にいた時だと言われるが、60数年前、時期的にも戦後の混乱期であり、時期的にも合っている。
人生の記憶を振り返られたが、認知症ではあるが、非常に正確な記憶なのだと思った。

私が知る地域の大きな出来事に関して問いかけてみた。
大雨で川が氾濫して、当時汲み取りトイレのつぼに、音を立てて水が入り込んだ話に関しては、同席した嫁も体験していることであり、合意があった。
そういう昔の記憶は鮮明である。一時間余り昔話をしてから「デイサービスでもショートステイでも転ばないように気を付けてね・・・」と帰ってきた。

70年余前の正確な記憶の中で生きる、90歳に手が届こうとする軽度認知症の方だが、昔を振り返っている時の顔は生き生きとしていた。
この「生き生きとした顔」を1日でも長く保っていただくことが私たちの仕事なのかもしれない。
ギクシャクした家族関係・嫁姑の問題もこの時だけは成りを潜めていた。

それにしてもケアマネジャーとは良い仕事である。
一緒に昔を振り返り、自分自身の「ぼけ防止」にもなる・・・のだろう。
最近物忘れが激しくて・・・心配していたところだったが・・・。
越路吹雪  2012・1・10
人生を全うされた方がここにもありました。
『越路吹雪』さんです。

私は昭和(戦後)生まれだが、この『歌手』は好きだった。

腹の底から人生を歌う歌手はそう多くは無かったが、美空ひばり・ペギー葉山・・・そして3人姉妹の一人でもあった。私も好きだった。
宝塚の『生』を知らせていただけた歌手でもある。

1980年急逝されたが、今も私の脳裏には彼女がある。
そして・・・その後の3人娘の記憶も残っている。
そのうちに『初代・2代・3代・・・』と、紹介することにしよう。
時代の流れは重要なことだと思う。
エンジンがかからない・・・  2012・1・10
年明けからなかなかエンジンがかからない。
緊急性のあるケースは年末に解決しておいたし、一件ショートステイの早期退所に動いただけかもしれない。

手元に二件の申請書類があるが、一件は期限が切れている。認定が切れているということは契約期間も切れているのだが、特にサービス再開の希望も無いので、希望が出た時点で「仕切り直し・・・」ということになるのだろう。
そういえば年末年始の一時帰宅にベッドの依頼があったが、一時帰宅は「在宅」では無い(私費)と言ったら切れた方があった。

歯切れの悪い年末年始だったことも影響?しているのか、それとも「年」のせいか・・・そろそろエンジンをかける必要がありそうである。

最近の車はエンジンのかかりも良いが、私が始めて車に乗った頃は良くエンジントラブルがあった。特に冬場はエンジントラブルも多かった。
ガソリン・軽油・ガスなど各種の車に乗ってきているが、それぞれエンジンの掛け方が違う。
ガソリン車では生ガスがかむことがトラブルの原因になったり、軽油(ディーゼル)車は始動時重たがる。ガスは気化器が凍ることもあり、冬場は慌ててはいけない。

最近の車は性能も良くなり、始動時のトラブルは無いと言っても良いだろう。ただ・・・特に冬場にエンジンが温まらない内に発進すると、トラブルの元になることも全く無いとは言えない。
雪の朝はエンジンを掛けてから、車に積もった雪を落としているが、この順序が良いのかもしれない。
公正でない保険者調査の実態。  2012・1・3
開業後色々と『提言』してきた。その一つが「担当ケアマネが認定調査をすることは『公正』なの???」という投げかけである。担当ケアマネの調査で『認定調査を受けた記憶が無い方の更新』が終わったいた。『???』・・・『???』それにも増して『公正ではない』現状があった。

要支援から要介護に移っていくときに、同一法人内で囲い込みをしているのではないかという話があります。

この話は全国の『委託機関』で公然と行なわれている(であろう)内容だが、保険者(調査)に関しても『危ない』現状を見ている。
確かに「利用者のため・・・」という話になるのだろうが、保険者調査員が残した『メモ』(公文書)だった。その公文書とは・・・。

地域包括支援センター(当時は在宅介護支援センター)の名簿と居宅介護支援事業所の2枚名簿の、行政委託機関の(当時は在宅介護支援センター)に、ご丁寧に『丸印』があった。
居宅介護支援事業所の名簿にも同じ名前の『在宅介護支援センター』の名がある。名称が在宅介護支援センターから地域包括支援センターに変わっただけで、地域包括支援センター併設在宅介護支援センター(住所が同じ)で『行政の持つ被保険者情報』の『交流』が行なわれていることは日常のことなのだろう。

今回提言(?)が行なわれた内容はズバリ、私がHPを通じて介護保険の現場に復帰した内容に通じる。
そして、数多くの現状も見てきた。
この現状を正常の戻すのには、『そこに関わるものの理念』を正常化するしか方法は無いであろう。

【理念】
1 ある物事についての、こうあるべきだという根本の考え。「憲法の―を尊重する」
2 哲学で、純粋に理性によって立てられる超経験的な最高の理想的概念。

この『理念』を確立しないと日本の介護保険法は『絵に描いた餅』でしかないであろう。
『理念』を貫くのは「一人ひとりの専門職」なのだろうが、「理念」の『要』は「介護支援専門員」だということも明記しておきたい。
静かな年明け  2012・1・2
年末に、入院中の方から、年末年始の一時帰宅にベッドが必要だと電話がかかった。在宅扱いにはならないから私費レンタル。事業所の休暇もあるので、28日の納入と4日の引き上げで、半月・半月分で1ヶ月のレンタル料で提案をした。
気の短い(自分勝手)方とはあるもので、『他所へ言う・・・』ということだったので「ど〜〜〜ぞ・・・」と。夏に総合病院で手術を受け、秋口に療養型病院へ入院になっている。契約上は一旦切れている方でもある。

元旦に一件電話がかかったが、年末からショートステイ入所していただいている方の介護者の用事が早めに終わった・・・ということだった。
3ヶ日は私自身ばたばたしたくはないので、4日の退所を提案した。
エリア外の利用なので、送迎をする必要がある。エリア内で利用施設を探すことが出来なかった(実際無いのだが・・・)から致し方ないだろう。
そして・・・元旦から仕事をしていた(実績)職員もあった。これもショートステイである。

4日を仕事始めにしようと思っているが、月初めの包括分の実績が揃う前に済ませておく仕事がある。1月1日付の居宅届を年末に受理してもらえなかった分と、更新申請書類が手元にある。2保険者の移動と途中数ヶ所の事業所を立ち寄るコースが決まった。新年の初仕事は『大移動』距離にして約70キロメートルである。
朝一番に出て帰る頃には、他の包括分の実績も届いているであろう。

今年の正月は孫とは別行動をした。金沢に住む長女も帰っており、孫たちもそのほうがよかったようである。
12月に降った雪もほとんど消え、小雨は時々降ったが、穏やかな正月だった。
年金生活に入っても良いのだが、もうしばらく「ぼけ」防止の意味も含め、最後の一件までお付き合いが出来れば良いと思っている。

パソコンのせいだとは思うが、肩の痛みが強くなっている。
老眼もかなり進んで、かすみ目になっている。
定年制は良い所を抑えてあるようにも思う。
このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです。

HOME
掲示板等の発言記録2011
「お便り・情報・ご案内」へ