掲示板等の発言記録 (2008の1)


朝獲れた富山湾の魚が名古屋の夕食に・・・   2008・6・30
7月5日東海北陸道は全線開通するが、これに伴い富山の魚屋さんが準備を始めている。朝獲れた富山湾の魚を夕食に間に合うように名古屋へ届けようという計画である。
魚市場は朝早いから時間との勝負になる。今一番有利なのが、氷見浜直送なのかもしれない。

東海北陸道は北陸高速とのインタジャンクションで終わりになるが、その先の能越道も工事が進んでいる。氷見〜高岡は一般高規格道路として無料開放されている。氷見浜発インタージャンクションは20分もかからないであろう。富山〜名古屋は200km位だから、腕の良い(?)運転士なら2時間半位で市場まで付くのだろう。朝のラッシュ前に市場へ着くことは充分可能である。

富山県人は魚に関してはかなり贅沢をしている。日本海を南下して、脂がのったところで富山湾へ迷い込む。その脂ののった魚を季節によって楽しんでいる。
ツバイソ→コズクラ→フクラギ→ガンド→ブリ は富山県での呼び名だが、この出世魚を刺身としても楽しんでいる。これが名古屋の市場にも乗ることになる。

東海北陸道全線開通で名古屋も近くなった。JR特急よりも時間的にも早くなるのかもしれない。

後期高齢者退院調整加算  2008・6・29
標題の加算が制度に乗り、スタートをはじめている病院もある。ケアマネジメント報酬にも退院時加算が条件によっては算定されることになっているが、この医療との連携が今後益々とりやすくなるように思う。
長期入院者に関しても別の算定方法が設けられてあり、条件さえ合えば退院が促進するものと思われる。ここでも社会的入院は排除されようとしていると思った。

退院援助に関してはクリニカルパスが使われるが、在宅との橋渡しにケアマネジャーとの連携が第一に掲げられていた。そして訪問看護ステーションや薬局・歯科医療機関等との連携の下、退院調整会議が開催されることになる。
退院前カンファレンスをサービス担当者会議と位置付けているが、この手順に至るまでのプロセスが若干違ってくる。何が違うかと言うと、ケースの流れ方が違ってくる。医療機関から直接ケースが出ることになる。
このルートは何ケースも経験しているが、フリーのケアマネが医療機関からの相談でケースを担当してきたルートと良く似ている。担当者が入院すれば病院側、MSWがいればMSWと相談してきた。

かなり大胆に医療とも連携をとって来たが、今後MSW協会へ加盟するケアマネジャーも増えるのかもしれない。とにかく顔が見える関係を作っておくと話が早い。随分助けていただいたこともある。代わりに情報は入れている。
メールで事足りるMSWも何人かあるが、先日はそのメールを主治医に転送していただけた。インターネットを有効に使った支援も行っている。

緊急書類・・・休みでも届く  2008・6・28
月曜日の午後、初回サービス担当者会議を開催するので少しでも早く届けたい書類があった。アセスメント表とケアプランである。
土日は休みだが、主任クラス(と言ってもベテランはみんなそのレベルだが・・・)が必要なケースの訪問をしている。始まりの時間と終わりの時間がわからないので、中を取って10時半に着くように訪問スケジュールを組んだ。

ケアプランの説明・合意→契約→居宅届出書へのサインを先ず済ませ3箇所提供表を届けて、看護師さんを求めて利用者宅へ向った。ちょうどサービス提供が終わった所だった。
車を見るなり誰が来ているか判った。2ヶ月前、最後の仕事を一緒にしているが、結果、往診医から病院・救急車を手配していただいた時の看護師さんである。2年余りのお付き合いがあった。

月曜日も予定が詰まってしまったので、ウルトラCを使った。3次元の出逢いである。タイミングが合ったので「スーパーマンよりも早い・・・」こともお伝えしておいた。
動いていると不思議と無駄の無い行動が出来る。巡回型ケアマネだからこそなのか、時間のロスが無い。電話を待ってから行動に移す方から見れば2倍の仕事量をこなしているだろう。

担当件数35件・予防8件は担当出来る限界件数だろう。厚生労働省も良く試算したものである。
私の場合他にも出かけなければいけないこともあるので、休日も無い。その代わり何時でも時間を作ることが出来る。
来月の予定を見て唸っている。中旬から下旬にかけて随分行事が入っている。講演や還暦学年同窓会・研修会に包括の来所など等、少し危険を感じている。

来月も給付管理が終わったら早速利用票を作ることにした。
余裕を持ったつもりの今月も余裕は無かった。
明日の日曜日は某団体の研修会である。

無い社会資源は地域で作って行く・・・  2008・6・28
私自身が社会資源になっているケースがある。
・車椅子からベッド・ベッドからポータブルトイレへの移乗とその逆も何とか出来る一人暮らしの男性が、時々失敗してベッドから落ちると、身動き一つ出来ない。ヘッド上でも、ベッド柵につかまって何とか寝返りが出来る方なのだが、緊急通報装置も利用しておられる。過っては在宅介護支援センターへ連絡が入って救助も出来たようだが、現在は安全センターからの連絡網による通報で終わっている。子機電話も併用して、ベッドから落ちた時などは連絡をいただいている。
地元にいないときは事前にヘルパー事業所に連絡を入れておいて、ヘルパー二人介助で救助していただくことにしてあるが、今のところ私で間に合っている。

・もう一件、アパート4階からの階段昇降を介護タクシーの会社に併設されているヘルパー事業所・男性ヘルパー2名で車椅子による昇降介助を依頼していた。一時体重が増えられたこともあって出来ない・・・ということになった。誰かが行わなければいけない介助なので、男性移送サービス事業者と私で1年半余り介助してきた。骨髄腫・血液の癌の方だが、自宅でターミナルの予定だった。通院出来なくなったことから、在宅療養支援診療所医師に往診を依頼していたが、10日目に医師から病院と救急車を手配いただき、集中治療室へ入院された。そして1週間後に帰らぬ人となられた。
ケアマネジャー自身が利用出来る社会資源にもなりうることもある。

・そして地域包括支援センターがサービスネットワークの核になっていけるように、地域の利用出来る社会資源を整えていくことも重要な問題かと思う。

はじめて利用者家族から選ばれた・・・  2008・6・27
認定調査・サービス事業者・知人友人・親戚・患者会・医療機関等などからの紹介でケースを獲得してきたが、今回はじめて家族の意思で「選択」していただけた。
保険者から地区担当ということで紹介され、地域包括が訪問したら、「ケアマネジャーは決めている・・・」ということで、包括保健師さんからご連絡をいただいた。(このルートが通常のルートなのだが、この段階でケアマネジメントの囲い込みが起きる。)

時間をぬって訪問すると、癌のターミナルのケースである。ターミナル=訪問看護の図式が出来上がっているので、相談後主治医を訪ねた。
訪問看護による病状観察と保清・清拭などの相談である。通常血圧が高い方だが、160位なら半身浴をしても良いという指示があった。いきなり訪問入浴よりも、様子を見ながら判断したいと訪問看護ステーション管理者に伝えた。地区担当の看護師も偶然事務所に・・・一緒に担当者会議に出席していただけることになった。

ケアプランを週末に届け、週の初めに担当者会議を開催するが、その段階でプランは出来上がっている。
ターミナルのプランは多くは書く必要は無い。在宅でターミナルをむかえるのか病院なのかを確認しておけば良い。
「延命措置は望まない・・・」という言葉を家族からいただいたので、全て訪問看護の判断にお任せしようと思う。

本人の状況を見ながら、訪問入浴や福祉用具を準備するプランに書き上げた。
流動するプランである。
プランの決定は、週明けのサービス担当者会議まで「お預け」することにした。

Re在宅介護とはそもそも正しい?3  2008・6・26
hagiwaramadoka さま、はじめまして。
嫁・主婦・看護職の立場から情報をいただきありがとうございます。

嫁・姑の問題に「嫉妬」が絡んでいることは同感です。私もHPのどこかで書いた記憶があります。
「介護問題」は「家族・親族」の問題。決し嫁一人に介護負担を負わせることには賛成していません。良い家族・親族関係を作ることが出来れば良いですね。
核家族化した今日、ご指摘の問題はあると思います。親族みんなで親の介護を支える、そういった社会になって欲しいものですね。

私は在宅介護を基本とした、政策は間違っていないと思っています。

天下り人事   2008・6・26
過って県庁のOBの方を担当したことがあった。話し好きな方で、スタンプラリーでも1時間ぐらいの時間を見ていた。そういう中、何時の日か天下り人事の話になった。
戦後、天下り人事が始まった本来の目的には品質管理という目的があった。建設界において工事の出来上がりの品質を向上させるために天下り人事はスタートしているということだった。

福祉(介護)界に置き換えてみると、特養等施設建設の補助金の見返りに天下り管理者が派遣されている実態があることは否めない。そして同じ社会福祉法人でも天下りを断った(?)施設(法人)には、在宅介護支援センター(今は地域包括支援センターだが)・委託事業が委託されていない現状がある。(中には依託を外された施設もあるが・・・理由はある)
逆に言うと、委託事業を受諾しているほとんどの法人に天下り管理者が派遣されている。

この天下り管理者に本来の仕事(サービスの質の向上)をしていただかない限り、日本の介護・福祉事情は良くならないであろう。介護保険がスタートして介護サービスに競争の原理が働くことになった。利用者が介護を選ぶことが出来るようになったが、実態は「絵に書いた餅」になっているのではないであろうか?

http://www.wam.go.jp/wamappl/bb05Kaig.nsf/0/79ea61ddf2ef4633492570dc0029d9a8/$FILE/manual1,2_all.pdf
地域包括支援センター業務マニュアルであるが、ページ22 【2・5個人情報保護】をご参照いただきたい。
地域包括支援センターは行政の責任で作るセンターとしてスタートを切っている。

天下り管理者の方々に本来の仕事【品質管理】を是非行っていただきたい。
そして、介護・福祉行政の姿勢を改めていただきたい。
少子高齢化・超高齢化社会は目の前に迫っている。

法改正・・・その後  2008・6・25
介護保険法の改正から2年経過したが、経過の中で厚生労働省はケアマネジャーに対して「独立性・中立性の確保」を一つの柱にしてきた。具体的には「囲いこみ率90%減算」だが、法改正後かえってガードが固くなったように思う。この1年間はケース獲得に苦戦???している。

「90パーセントまで囲い込んでも良いよ・・・」という解釈をされた方も有るのだろうか?囲い込み率に関しては独立・中立型介護支援専門員全国協議会から厚生労働省宛に申し入れをしていた中にも掲げてあった。数字は確か50パーセント程度だったと記憶している。
今後この数字も下げられていくのではないかと予測している。

ちなみに、私の囲い込み率は、訪問介護は4社で最高42パーセント。通所介護は13社で最高13パーセント。福祉用具レンタルは4社で最高36パーセントである。サービスの紹介には地域的なものも加味して、目で見て肌で感じることの出来るサービス通所介護に関しては2〜3箇所見学にお連れして、利用者本人に決めていただいている。

http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.november/021120.pdf
公正取引委員会は平成14年11月20日の「研究会報告書」の中で
『制度改革を図るだけで競争が活発に行われるようになるとは限らず,実際に競争が行われるようにする上で,独占禁止法の役割が重要になってくる。・・・従来の規制と同様の効果のある制限を行っていないか,新規参入者を排除していないか,自由化された事業等についてカルテルを行っていないか等を監視し,このような行為が行われている場合には,独占禁止法により厳正に対処していく必要がある。特に,聖域とされていた分野においては,このような取組みの必要性は大きいと考える。』
こう指摘しているが、使えない「情報公表制度」では第2弾の指摘があるのかもしれない。

正に聖域・行政ラインの天下り構造を無くさない限り、この問題は解決しないのかもしれない。厚生労働省の力量が、介護保険を舞台に今試されている。

情報公表制度説明会  2008・6・24
法改正で情報公表制度がスタートしているが、介護保険法スタート時点の本来の目的は、利用者の「選択の自由を保障する」制度だと理解している。しかし高齢者がインターネット検索を出来るわけもないので、ケアマネジャーが活用していかなければいけない制度だとも思う。そして、そのケアマネジャーを利用者が自由に選ぶことが出来る制度運用に変えていく必要があるとも思う。しかし現状は果たしてどうなっているのだろうか???活用不可能な制度だと思う。
しかし、厚生労働省が現状を指摘した制度だとしたらどうなるのだろうか?数限りなくインターネット等を通じてご指摘してきている、行政委託機関併設居宅による行政情報・被保険者情報を囲い込んできた現状。その現状を公正取引委員会から指摘され、「公正な取引」が出来るシステムとして開発しているものだとすれば、役を果たさないシステムであっても、今後2弾3弾があるものと思う。そして、利用者の選択の自由を保障する気持ちは、専門職の理念の問題でもる。

http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.march/02031301.pdf
公正取引委員会が平成14年3月13日、調査報告書(報道発表資料)として発表した資料の中にその指摘はある。
P4の【(3)利用者に対する積極的な情報提供の必要性】
をご参照いただきたい。

法改正から2年経過したが、改正法に対する調査が始まっているのかもしれない。
最近活用されていない情報公表制度に関して見直しの必要性が厚生労働省から出されている。

『同制度については、事業者から徴収した費用で運用されているが、手間と費用がかかる割に公表された情報がまったく活用されておらず、調査や公表を行う外郭団体の温存策ではないかなど現場の不満や批判が強くあった。21日の参議院本会議で改正介護保険法と介護従事者処遇改善法が可決されたが、この国会審議の中でも、同制度について「手数料を含めた見直しが必要」「事業の収支状況を明らかにせよ」などと与野党問わず批判があったため、厚生労働省は抜本的な見直しを検討し、来年度から施行する方針を示していた。』(シルバー新報記事より抜粋)

胸がわくわくの一日・・・。  2008・6・23
初回ショートステイの日だったので訪問する。迎えの車は来ていた。
丁度着いたのと発進が同じだったので、送り出しのヘルパーと簡単に会話をして一路施設へ・・・距離よりも早い道を選ぶので、若干早く着いた。

一通りの入所受け入れ手続きが終わって、受け入れ担当者に本人の状況を掴むコツを教えた。調査票を満杯にする必要はない。基本データーを送っているのだから、問題点だけを聞けば良い。そのことはクリアーされていた。
細かく聞くよりも大筋を掴む・・・これがどの職種に関しても共通した面接方だと思う。

細かく聞いて、私よりも判っている方から妙な質問があった。一ヶ月後の入所が、残る人生の全ての始まりなのだが、そのことをご理解しておられなかった。〇月〇〇日の入所が在宅生活の最後になりますから、冬にかかっても良い準備をして下さい。
3親等の妻に対しての言葉である。
ショートステイは在宅であるが、入所すれば施設の一人になる。穏やかに馴染んでいただきたいものである。

明後日紛失した後期高齢者医療受給者証の再交付に出かけるが、通常ならスケジュールに乗らない話である。

グループホームへのつなぎショートステイ・入所期間の1年が気になるが、金銭管理も出来なくなっておられるので、もう在宅生活は限界であろう。

そういう最後のお付き合いをさせていただいた。

もう一件の受診  2008・6・22
ロングショートステイになるので、主治医を変更しておく必要があった。受診の約束はしてあったが、本人はお構いなしである。
迎えに行って持ち物を確認させていただいたが、後期高齢者医療受給者証がない。受け取り証明付の郵便だったので、私自身が交付手続きを行っている。

消えた被保険者証は再交付手続きを取れば良いのだが、受診の日がその日しかない。とりあえず旧被保険者証・再交付の印のある被保険者証を持って受診に出かけた。
本人の確認と住所の確認にはなったが、再交付を受ける必要がある。近日中に再交付手続きをすることにしたが、当の本人は幸せな状態である。
認知症を酒を飲んだときの状態に例えることがあるが、酒を飲んでの一時的なことなら覚めれば正気に戻る。
しかし本人は覚めない・・・ここが違うところだと思った。

被保険者証は文書でしかない。文書は再交付手続きを取れば良い。本人が一緒に行ったほうが確実であろう。そこで週明けの早い時期に行くことにした。
郵便配達の間を縫って行くことにしたが、今月の郵便配達はある程度余裕があったので、利用者の施設でのモニタリングも兼ねて日程を組んでいる。
何件か研修会も入っているが、ほぼ利用施設でもお会いできる。
そう思っていたら、主介護者が入院になったと電話がかかった。調整の結果2ヶ月をまたぐ調整になった。

2ヵ月分の利用表・提供表は作り変えたが、月末に向っているので配布を急ぐ必要がある。何でも無いことなのだが、手順を踏むとこうなってしまう。
手順を踏む必要のある取巻きなのだが、手順を踏むことにした。
ケアマネジメントを法に基づいてきちんと行うことは大変なことである。
間違いを無くすために予定を下回る分まで作り変えたから、大変である。

今日は手抜きなしの休日だった。

耳の痛い話・・・。  2008・6・21
某ケアマネ協から講演依頼が来て内容をすり合わせていたが、この度ようやく内容が決まった。(というのは講演原稿を書くのに少し時間がかかった)
講演後HPに掲載する予定なので、文章にも気をつけた。口語調で文章をまとめたのだが、OKの返信にメール交信の中で発した文章が引用してあった。
『包括支援センター職員や行政職員にとって耳の痛い話になると思うのですが・・・それでよろしいのでしょうか???』という私の投げかけである。

耳の痛い話で脱線することになるが、脱線の話の筋は、公正取引委員会から指摘され、厚生労働省が情報公開制度や地域包括業務マニュアルに個人情報保護に関して明記した点である。
メディカルレビュー社「介護支援専門員」の原稿
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm
からリンクさせている公文書の3点を選び、その焦点のページを紹介した。

講演終了後、講演原稿と添付資料とそのページをHPで公開するが、それまでしばらく待っていただきたい。
気の短い方は、資料の全文を読んでいただき、資料として添付したページに関して推測をしていただければ良いと思う。

1時間20分の時間をいただいているが、焦点に関しては15分余りの時間しか割けないと思う。介護保険法が検討されている・ケアマネジメントを誰が行うのか・という時代の話から入るので、私・公の歴史を振り返ることから話は始まる。そういう中でたどり着いた結論が、現状を招いている原因が公正取引委員会の指摘にあるということである。

紹介ページの公正取引委員会調査報告書・研究会報告書を読んでいただくだけで、賢明な諸氏は現状を招いている原因がお解かりになると思う。この認識を拡げていく以外に、日本の介護保険法が成功の光を見る道はないであろう。「自由競争」の社会に介護保険法は位置付けられているということである。

行政担当者から資料の確認が来た。市で印刷されるようである。
資料のインターネットページは送っておいたが、資料の段階で「耳の痛い話」なのであろう。
某ジャーナリストに送ったページもこのページであるが、全国至る所でこの論議が行われることを望んでいる。
地域に密着した保健・医療・福祉サービスの提供が公正・公平に行われる日は来るのだろうか・・・。

介護保険は日本の福祉の一部である。福祉が介護保険法施行と同時に民間にも開放されたということである。来るべき超高齢化社会を乗り切るにはそれしかない。

受診  2008・6・21
入所に関して主治医の交代の調整をしていたら、別の方の件で訪問看護ステーションから電話がかかった。受診していないので薬がない・・・残っている薬は飲まないから残っているそうである。受診間隔が長くなったとは聞いたことがあるが、先月受診しなければいけなかったそうである。
・・・指示書が出ない・・・。

受診出来るように調整が必要だが、主治医交代に関しても今日しか日がない。サービス事業所が追加になって、主治医へ報告しておかなければいけない件もある。
午前中は医療機関のはしごになりそうな週末だが・・・診療時間まで調べる時間がなかった。土曜休診のところもあるかもしれないので・・・とにかく行ってみて・・・本人と相談して・・・ということになりそうである。
介護タクシーが空いていれば良いのだが・・・。

虐待  2008・6・19
市から虐待に関する実態調査が来た。経済的虐待が発展して現在調停にかかっているケースがあるが、法的な解決を図ろうとしておられるので、知らない顔をしているつもりだった。主介護者(本人によれば全部介護者)から電話がかかり、調停の相手方から「経済的虐待」の申し立てを市にしておられるということだった。
一応文書が来ていることは伝えたが、法的解決をしようとしておられるので、調停の場での話にされたら如何かということにしておいた。

ケースを引き受けるときに、お二人揃っていただいて、誰が契約書に代筆されるかを問いかけた。代筆された方を代理人としてケアマネジメントを進めてきたが、経過の中で調停が始まった。
代理人を辞退された方には、本人が静かに療養できる環境を作っていただくことをお話し、合意していただいている。ケアプラン第1表に明記している。

最近どうも静かではないようである。サービス事業所にまで出かけ静かではない環境を作っておられる。そういう背景もあってか、詐欺まがいの手法でサービスを切られた。確認したらそうだったので、何処に行っているのか判らないようにする方法もあることを伝えたが、主介護者が今までの経緯もあるから・・・と合意されなかった。その方が良い背景もあるにはある。

仮に本人を隠すことになれば、これも経緯からケアマネジャーを変えた方が良いように思う。そういう方法もあることを主介護者に伝えると「面白いね・・・」という言葉が返ってきた。
ケアマネジメントは状況に応じて流動的な方が良いのかも知れない。流動的な中にも最終的な手段は描いている。

数ある社会資源の中には、ある程度の条件を外していただければ即応出来る資源も混ざっている。某教授の「星座理論」はこのようなことを言うのだと思う。ケアマネジメントにパズルに似た背景を見ている。

かなり煙たがられている・・・。  2008・6・18
今日、〇〇〇の家〇〇〇のリハビリ教室でお手伝いさせていただいた。PTは第2の人生を高齢者施設でおくっておられる。リハビリ教室はボランテイアである。
前回お逢いしたのはまだ寒い頃だったと記憶しているが、私のことをかなりご存知であった。煙たい存在だということもご存知だったので、その理由を伝えておいた。

某市ケアマネ協で来月講演をさせていただくが、その原稿を講演後HPで公表しようと思っている。そのつもりで当日の話を原稿にまとめた。勿論講演会でしか話さない内容は削ってある。
その原稿から削ってある内容が重要である。

この原稿から削ってある内容を少しお話した。勘の言い方だから、その主旨を汲み取っていただけた。即ち天下り構造である。
公正取引委員会の指摘から、情報公表制度のスタートまでの流れを、公文書を並べて説明出来る方はそう多くはないと思っている。厚生労働省は公正取引委員会の指摘を制度改正で実現できる内容に仕上げている。しかし現場の認識はまだ無い。

施設内というか法人内で話題になっているらしい。簡単に煙たい理由をお話したらご理解いただけた。
講演会終了後,講演内容のHPアドレスをBCCメール・掲示板等でも公表するつもりであるが、今やかなりの分野にメールは届いている。マスコミや専門誌紙から行政、そして意識の高い市民や専門職までかなり幅は広い。
しかし一つの社会運動として動くまでには至っていない。

煙たがられて終わるのかどうかは今後の活動にかかっているが、地元でスタイルを作って「やっぱり私がいなければダメだったね・・・」と言ってみたいものである。
私には定年はないが、その時を定年にしたい・・・当分定年は無いようである。

ケアマネジメントと対人テクニック  2008・6・17
あえて対人援助技術とは書かなかったが、人の話を聞くときには聞き方のコツがある。そして話し方にもコツがある。

聞き側に回るときは、何を言いたいのかポイントだけ聞く。回りくどい話では不謹慎だが、目を開けて居眠りをしている時もある。何を言いたいのかを聞き取って、どうすれば良いのか瞬時に判断する。メモをとるのはこのポイントだけで良い。
相談などでは、時として長〜〜〜い長〜〜〜い飛び飛びの話がある。不満解消のためにも聞き側に徹することもあるが、ポイントだけは単語で良いが、メモをしておく必要があるだろう。
そしてポイントを繋げて要約すれば相手は判ってくれていると安心する。
他人に話をするときは、結論から言うようにしている。そしてその理由を言う。口数は少ない方であるが、考えていることは伝わっている。

対人援助技術は相談に関するものばかりではないと思っている。対象者を取り巻くネットワークにもこの聞き方・話し方が応用されるであろう。
関係者には結論が伝わるように、相談者からは話の本筋を聞き取るように、ポイントを掴んだ聞き方・話し方が重要かと思う。しかしベールをかけておく必要がある内容もある。この判断は臨機応変、経験から来るものなのかも知れない。

結論から話せない内容には裏がある。だまし商法・詐欺まがいのマネジメントだけは行いたくないものだと思う。

哀れな事業者・・・黒幕が・・・  2008・6・16
常識ある人間が事業所を見ていればその構造は判る。経営管理者の手に負えない女狸がいることが判明した。帰りの車の中で「ポツリ」と話したら主介護者もそう思っておられた・・・というか、「あの人は気を付けなさいよ・・・」とアドバイスを受けておられたそうである。
ついでに「私を紹介していただけたのは、その事業所だから、オーナーケアマネに戻そうか・・・」という話もしてみた。「それも面白そうね・・・」と反対は無かった。

夕刻某サービス事業所担当者から電話がかかった。「お世話になりました・・・」とサービス提供終了のご挨拶にご夫婦で来ていかれたということである。市へ相談(報告)に行ってからの帰りだったそうである。
私は知らないことにしておくことにした。もし来られれば「あなたの紹介ですからあなたが担当されたら・・・」と言うだろう。しかし信義に悖る問題である。
某担当者には「言って来られない間は知らない顔をしているよ・・・」と伝えておいた。こちらから穿り出す問題ではない。ある日突然サービスがストップすれば、サービスをストップできない要素が揃っている。

本人を即日保護出来る社会資源も持っている。即日とはいかないかもしれないが、現在関わっていただいている方々の協力をいただければ大丈夫である。入浴が出来なければ入浴車を依頼すれば良い。現在お付き合いのある数々のサービス事業者を集中させれば在宅支援も出来る。増して限度額オーバーも気にしない方だから、充分に介護は出来る。
しかし・・・これで良いのかとも思った。

明日市から呼び出しが来るものと思う。
事業者側からサービスを切ろうとしておられるようだが、利用者側には苦情申し立てが出来る。申立先は国保連であろう。その支援は行う。

事業者のグループもあり、利用前に主介護者は随分グループでボランテイア活動もして来ておられる。首謀者は私のことは知っている。チョッと大きな問題になりそうだな・・・と今思っている。
事業者からのご挨拶があった電話では、私に話があったわけではないので知らない顔をしていることを伝えている。こちらからほじくり出す問題ではないであろう。

一足早めにスタンプラリーをはじめておいて良かった・・・。
今月も何か予感のする月だったが、これだったのかもしれない。今日まで半分終わっているから余裕で問題を解決出来る。
予感と言うか胸騒ぎはあるものである。

練りに練られたケアプラン  2008・6・15
昨年10月担当を交代したが、現状に合わせて確認すると素晴らしいプランであった。何が素晴らしいかと言うと、流動性があるプランだった。如何に動かしても限度額管理は出来ている・・・ただ今回利用施設を動かす必要が出てきたので、ショートステイ移動日のダブりで限度額をオーバーしてしまうオーバー分は言いだしっぺに何とかしていただく方向を見出した。

ケアプランが複雑になればなるほど、何処に問題があるのか判らなくなることがある。前任者は優秀な知能でこのプランを書かれたものと思う。何処を如何動かそうが、限度額内に入る。心配なのはショートステイ利用日数の認定期間の概ね半数を確保すれば良いだけである。この問題もクリアされている。やはり大卒の社会福祉士は違うと感銘した。しかし、ケアマネジメントとは・・・給付管理係りではない。

半年余り何の問題も感じることなくケアマネジメントを行ってきたが、問題が表面化した今、改めて見直してみた。問題点の原点が浮かび上がったが、家族はその原点を逃がさないと言われる。私は原点を見捨てた方が、本人の居場所も判らなくなるから良いと思っている。
その切り替えが近日中に行なわれる。

全く利用施設を変えても良いのだが、受け入れ側にも準備がある。その準備期間を2ヶ月位欲しい。
それにしても思い切ったことを言い出したものである。私の言葉で言わせていただければ、事業所の介護放棄である。この問題が解決すれば二度とサービスを依頼しない施設であろう。

ちぐはぐな話の関係から黒幕が浮かび上がっている。どうも経営・管理者がその黒幕に翻弄されているようである。公的法人も見習っていただきたい現状ではあるが、チョッと矛先が違う。経営・管理者に物申す時には「私」を捨てていただきたい。
背景を見ていて「私」のための裏工作である。
乗る経営・管理者も管理者だが、そのレベルは見せていただいた。

何が真実かを見抜く力を持っていただきたい。そして問題の原点をも見抜いていただきたい。
「問題」に関しては多くは語らない。私の行動・方向性に関して不審を抱く方は、介護福祉に向かない方である。それくらい常人では理解出来ない行動を起こすことがある。
機会があったら、常識では判断出来ない行動に関してお話しすることもあろう。それが私が書く「ケアプランのテーマ」に表れている。

通い介護  2008・6・14
一人暮らしの母を想って通い介護をしておられる方がある。
入浴はスパー銭湯で、それ以外にも通っておられるが、本人の家でお逢いしたことはなかった。接近困難な方で、重ねゝゝ足を運んでもお逢いできない時だけ、子の嫁ぎ先を訪問する。そのような方とはじめて本人宅でお逢いした。

先日「駅前方面をあるいておられるがどうしようか???」とデイサービスから連絡があった。その方面は大丈夫だということなので、保護をしないことにした。それ以外の場所で見かけたら保護をすることに担当者会議で確認して直ぐのことだった。

かなりお忙しい方で、午前中に訪問(鍵が開いている時間帯)すると「忙しい・・・忙しい・・・」が口癖である。本当にお忙しい方で、掃除・洗濯の後食事の準備に入られるが、その時間を逃したら家に入ることは出来ない。ほんの30分のタイミングである。

そのお忙しい方も今日はのんびりとしておられた。
のんびりと、心に余裕を持って生活をしていただきたいものである。
案外私もそうなるのかも・・・。

どんでん返し  2008・6・14
出先で相談らしくない相談をしていたとき電話が鳴った。
ショートステイの迎えの車に乗ってオーナーに直談判に行かれたということだった。昨日、投げやりな態度をとったことに侘びがあったそうである。
本当に本人を隠してしまうつもりで、午後訪問の予定のショートステイに相談を持ちかけるつもりであった。夜間看護体制加算を取ることの出来る施設である。
本当に本人を隠してしまうつもりでショートステイ施設の検討をしていたが、肩透かしを食ったような気持ちでいる。

そのショートステイに、救急車騒ぎから2週間、病院からショートステイへの入所もスムーズに行っていた。リハビリも兼ねたショートステイだが、今月一杯のんびりと過ごしていただいて、元気に家に帰っていただきたいと思っている。

話は飛び飛びになるが、看護師も準備するという話になったということで、お願いしていた方に丁重にお詫びの電話を入れておいた。
週の初めから揺れ動いた1週間だったが、何とか落ち着いたようではある。

医療ニーズの高い方のショートステイ  2008・6・12
遠距離住み込み介護の方が久しぶりに郷里に帰ったら家は大変なことになっていたと言われる。当然・・・と言うよりも、「大丈夫なのかな???」と心配していたことである。
月に2回程度、2〜3泊で帰ることが出来るように配慮しようという提案がサービス事業所から出てきた。ただ、3泊だと朝のインスリン注射の対応が出来ないと言われる。対応出来る範囲での提案なら良かったのだが、対応出来ない提案までしていただけた。そこで関係者が寄って、関係者会議を開いた。

看護師がいなければ看護師を準備する手配もしていたが、家族以外の専門職が施設へ入り込むことへの抵抗もあるということで却下された。そこでもう一ヶ所ショートステイを準備しては・・・という話になった。候補に上がった施設は医療が強いようである。
その他にも訪問看護派遣日の検討や家政婦からホームヘルパーへの業務内容の転換など、見直し案が具体的に揃った。先ずはショートステイで他に対応出来る施設があるのかを、先ず探ることにした。

話の方向性は概ね見えたので施設見学と相談をすぐに行なうことにした。メンバーを残して事務所へ車を取りに帰った。今日の会議の場は「会議室」であった。
相談・見学の結果、月曜日にショートステイ利用中の施設で、利用面接を行なっていただけることになった。面接の上、対応出来るかを決めさせていただきたいということである。

前任者から受け継いだケースのテーマだけを整えて、サービスはそのまま継続してきたケースではあるが、ここに来て大きく転換をすることになりそうである。
ケアマネジャーは介護チームの要でもある。どのようなチームワークの再編になるのか・・・良い方向へまとめることが出来れば良いと思う。

ケアマネジメントにおける方向性の予測  2008・6・12
ケアプランにはテーマが必要である。
望ましい生活をテーマに掲げ、その方向へ整えていく。相手があることだから、ケアマネジャーの思うように展開しないこともあるが、方向性さえ間違っていなければ必ずその方向へ導くことが出来る。そう信じてケアマネジメントを行っている。
方向性には選択肢が必要である。AがダメならBで・・・といった簡単なものではないが、条件設定が必要な場合もある。

方向性が決まればその方向へ向って資源を整えることになるが、どの時点においても望ましい方向性は描いておく必要がある。本人に判断力が有る・無いに関わらず、最適の関係者を引き込んでおく必要がある。天涯孤独とは少ないものである。

かって民生委員が身元引受人になっていたケースがあるが、役職退任と同時にその立場も放棄された。措置時代であったので行政がその役割も果たすことにはなったが、現場は受け入れなかった。本人に問題があったケースである。
結果、終末の面倒だけは見ていただけることになった。日々の判断は生活指導員が行うことになる。

天涯孤独ではないが親族が遠方にいる場合など、入院・手術等に関して判断を求められる場合もあるが、その時に判断できる方が身近にいない場合には、やはり後見申し立てが必要だと思う。ケアマネとして判断できる範囲は限られている。
今回は日々の生活における身上監護にもウエイトを置いていたので、その必要性を再三伝えている。方向性をお示ししていなかったら、入所の方向性ににも合意いただけなかったであろう。

予測より4ヶ月早くなったが、平行してお話していた方向性の通りになっている。誘導したわけではないが、必ずその必要があると予測した方向へ流れてしまった。
「大風呂敷を拡げる」こともあるが、全ての可能性を予知して、将来に向かって風呂敷を拡げておいた方が良いケースもある。現状に合わせて絞り込んだプランをスタートさせ、状況に応じた拡げ方をしていけば良い。
その為にも方向性の予測は必要である。

大きな問題が二件同時に・・・  2008・6・11
いずれ問題がおきると予測していたことだが、昨晩から今朝にかけて同時に火の手が上がった。
一件は在宅生活の限界であり、一件は遠距離全部介護者の家庭の問題である。いずれも成年後見を勧めていたケースである。

昨晩の件はヘルパーステーションへ本人の現状を遠方の成年後見を必要と思わない親族に伝えておいていただくことにしてあった。近日中にこちらへ来るという連絡をいただいていたが、9時ごろ電話をいただいて、今からそちらへ向うということだった。10時にお逢いする約束をしてあった。

それと前後してデイサービスから電話をいただいている。全部介護者がパニックになっているのでサービス担当者会議を招集して欲しいと・・・。
デイサービスへ向う途中で電話をいただいたので、今向っている途中だと・・・お逢いして方向性はお聞きした。担当者会議は明日「会議室」で開催することになった。

在宅生活が限界に達している方に関しては、郷里の特養に入所出来るまで、こちらでショートステイ・ミドルステイ(県単独事業)・グループホームでつなぐ会議を開催した。本番は8月からだが、今月月末から7月末まで断続的なショートステイも利用できるようになり書類は調えた。

途中、時間の約束はしてなかったのだが名古屋へ帰られる方からの相談もあった。結果こちらのほうは時間の都合が付かずに、次回・・・ということになった。非常に悪いことをしたが、話の内容は大よそ見当が付いている。
通常なら1日かかる調整を二つも行った。内容には不備もあろうが、方向性だけは確認することが出来た。
ここまで来ると覚えていることが出来ないので、一件ごとにメモを残す。今ようやくそのメモが無くなった・・・ということは大丈夫なのだろうが、抜けていることもあるのかもしれない。

順次調整を行っていけば良い話なのだが、必要な書類が浮かぶから、まだ大丈夫なのだろうと思う。

3ヶ月間のドラマ  2008・6・10
昨年の初夏、そのドラマは始まった。

手探り状態のマネジメントで国立病院機構で入院治療が始まったのが3ヵ月後であった。受診・入院・退院〜入所など要には関わって来た。最後にお会いしたのは3ヶ月前の退院〜入所時であった。

それから2週間位後のことであった。骨折で入院になった連絡はいただいていたが、それ以降連絡は途絶えた。その時点で退所になったと言われるから、困った情況が出てきたら連絡をいただくことにしてあった。

死亡欄で名前を見つけて弔いに出かけたが、骨折入院中から食事量が段々と減ってきていたそうである。骨折の治療が終わって転院してからしばらく経ってから全く食事が喉を通らなくなって、IVHに切り替えられたそうである。結果持病の肺がんの(疑い)が死亡の原因であったようである。

想いで深い、ケアマネジメント技術を高めるお手伝いをしていただけた方も、黙ってこの世を去られた。お礼の意味も込めて、葬儀に参列してきた。
ご冥福をお祈りいたします。

少し豪華な晩餐・・・  2008・6・8
長女が帰って来たので、外食に誘っておいた。回転寿司か焼き鳥ぐらいにしか思っていなかった。しばらくして「店探しといて・・・」と店の名前を書いたメモを持ってきた。隣市のチューリップ公園の近くだと言う。しかし聞いたことのある名前である。
インターネット検索で地図とメニュー(お品書き)を渡しておいた。あとは女性軍に任せておけば晩餐が始まる。
日曜日だが一日かかっての事務と急ぎの訪問があったが、時間まで妻を迎えに行けば良いようになっていた。お酒を飲んでも帰りの運転手は長女である。

はじめて行く店だが、庭園調の外観に先ず良い想いをした。4〜5メートルの石柱がそそり立ち、店の周りには小川が流れている。そして竹庭園も良い感じであった。店のホールは東建ちの骨組み「臼造り」が基本になっている。旧家の骨組みを基本に作られた店のようである。

急な話だったので和室の予約は取れなかったが、テーブル席へ招かれた。
予約しておけば和風懐石もあるのだが、本日は洋風料理・ステーキ懐石であった。先付け・前菜・・・と順次料理が出てきたが、メインの肉料理が近付くとカウンターが運ばれてきた。ステーキを目の前で焼いていただけるようである。

出てきた肉は厚さ約3cm・300gの肉である。一人100グラム。食事が終わったら、ズシンと腹に来た。
そういえば子が子の頃、子や妻は100gだったが、私は200gの肉を平らげていた。その頃を思い出して、良く肉を食べた話をした。決して身体に良い食事ではない。
今日のコース料理は、野菜あり・肉あり・魚あり・・・バランスの取れた内容だったが、家庭ではなかなかそうはいかない。

ビールを飲んだのは私だけだったが、空になったらタイミング良く「お替りしますか???」と声がかかる。お替わりも快くしてきた。
久しぶりの大人だけの晩餐であった。

主治医意見書(2)  2008・6・7
夕方、主治医意見書を貰ってきたと電話がかかった。
訪問してみると、昨日貰って来られたということだった。先に申請から結果が出るまでの日程的な経緯もお話していたので、月曜日に申請をしても結果が出る日程が同じだということをカレンダーから読み取っておられた。さすが、長〜〜〜い人生を勝ち抜いてこられた方である。勝負の勘所を心得ておられる。

どうせ遅れるのだから、暫定利用表でつないでおくことは関係者了解済みである。腹の内は、認定が切れる日に意見書無しで申請を行う予定であった。
このような手を使わないと行政担当者はわからない。業務に流されているだけで、法の本質を考えている方がいるのだろうか???と思えるほど独創的である。

そういえば2年半ほど経ってから、新規申請の初回ケアプランの提出が義務付けられた。開業当初1年間ほど自主的に提出していたが、迷惑そうだったので止めた経緯がある。法には、保険者がケアプランをチェックする必要があることを明記してある。
日本の法は自然法であるから、常識で考えて必要なことは必ずと言って良いほど明記されている。法を知らなくても、その必要性は判る。

申請に係る主治医意見書の取り扱いに関して、経緯から見ると、1年半後には元に戻るだろう。その日にも腹の中で「ニヤリ」と笑うのだろうか???
「ニヤリ」と笑うためにカムバックしたのではないのだが・・・。
風通しの良い地域福祉の現状が果たして出来上がるのであろうか???

ある方への手紙  2008・6・6
早いもので、はじめてアドバイスをいただいてからもう20年近く経ちました。
運転手(のはず)で福祉界に身を置いた当時、デイサービス運転手として感じるがままお便りをした記憶があります。
福祉の現状においても同じテーブルでお話したこともありました。
どちらが先であったのか、定かな記憶はありませんが、多分私が先だったのでしょう。

もしかして、私達が福祉界に残っていたらもっと違う展開があったのかもしれません。
思い立って独立居宅を開業していますが(確認の意味で)少しずつかもしれませんが変化が出てきています。

組織人としては組織のならいに従わなければいけませんが、果たしてSWとして充分な仕事をされていたのかという点で心配になりました。
そろそろ定年の年も迎えておられますが、もしよろしければ、定年と同時に居宅を開業されませんか?ノウハウはあります。

利用者本位のケアマネジメント。対象者本位の地域ケアマネジメント。これらを総称して「ソーシャルワーク」と言っても良いのではないでしょうか?
地域におけるソーシャルワークの実践を是非ご一緒に再開したいものだと思っています。

入浴設備の提案  2008・6・6
私が福祉と出合ったデイサービスは、特浴1台のデイサービスであった。ねたきりでもない方まで特浴で入浴することになるので、これは人権問題だ・・・と増築でデイサービスを作り変えてもらった。通所出来る方の入浴設備は車椅子浴で充分である。当時特浴は1台1200万円位と言っていただろうか?20年前のことだが、もっと高くなっているのかも知れない。

富山型デイサービスは普通の浴槽で介助入力が出来る方法を持っておられる。しかし、体重も重く拘縮も強くなった方の入浴が段々と困難になってきた。「限界が来たら言ってね・・・。」と言った記憶があるが、かなり頑張ってきていただいた。今回の申し出は職員体制が整わない日の入浴は困難だという話である。

今月から介護保険でもスタートした、医療ケア付デイサービスには「入浴リフト」が付いている。昨日打診をしたら「良いですよ・・・」という声が返ってきた。しかし、長い間お世話になっているから、デイサービスの変更をするつもりはない。仮に1日だけでも・・・と言えば、2日になり3日になっていくものと思われる。お世話になって来たこともあるし、何とか踏ん張っていただきたい施設でもある。

そこで選択肢の相談をした。入浴設備を見学して導入を検討していただく方向性である。先ずは入浴介助が出来ない1日の利用を依頼するのか設備を導入するのかの選択肢である。
近日中に見学をしていただき、検討していただくことにした。後程連絡が取れてリフト設置の費用を聞いてみたが、約50万円かかるそうである。
この方一人のために導入すれば、高いのか・安いのかは判らないが、重度者も利用している施設であるから、選択の余地はあると思う。

ケアマネジャーは時として、事業者にも選択肢を与えることもある。そのことを実感した実例であった。今後両施設が連携を執って行っていただく方向性へのシナリオでもある。

ケアマネの道具  2008・6・5
認定期間一覧表やケアプラン更新一覧表を作っておられる方は多いと思うが、独自に作った「ケアマネの道具」をご紹介したいと思う。 
「サービス提供一覧表」なのだが、モニタリングを生活の場とサービスの利用状況の双方向から確認するための道具である。縦軸に利用者名・横軸に日付を配置して、サービスの利用を書き込んでいる。例えば今日の日付を縦に追っていけば、利用者がどのサービスを利用しているのか、家なのか、あるいは通院日なのか・・・など等を一覧出来る表である。双方向から本人の生活を見ていく為の、訪問の為の道具である。

行動範囲が広いので概ね方向を定めて出かけるが、タイミングが良いのか、行く先々で電話がかかったりもする。時として施設に入るところへ電話がかかったり・・・スーパーマンより早い・・・ということもある。

一時サービス提供の集計にも使っていたが、最近ソフト(インターネットでつなぐタイプ)で集計も出来るようになった。私の囲い込み率は、訪問介護は4社で最高42パーセント。通所介護は13社で最高13パーセント。福祉用具レンタルは4社で36パーセントである。目で見て、肌で感じることの出来るサービス、デイサービスに関しては2〜3箇所見学をしていただいて決めて貰っている。
38人の利用者に対して、30事業所の37サービスを利用しているが、予防プランでお付き合いしている地域包括支援センターもあるので、利用者の数に匹敵する事業者・サービス提供責任者等とお付き合いさせていただいている。

研修会と情報交換会が重なった!!!  2008・6・4
事業者部会総会後の研修会と某病院の情報交換会が重なってしまった。
同じ市にいて横の連絡が取れていない。先に申し込んであった方に行くことにした。
情報交換会ではクリニカルパスがテーマになっているので、どの程度まで取り組みが行われているのか知っておく必要がある。先に申し込んであったこととも重なって、こちらを選ばせていただいた。

某市の取り組みは、大腿骨頚部骨折で試みられ、病院連携の域を脱していない。術後のリハビリに関する連携が主な目的であった。もう一歩進んで、在宅へもつなげるパスであって欲しいと思う。
今後脳血管障害など、リハビリに関してパスは使われていくのであろうが、医療・福祉の連携にも使えるパスが必要だと思っている。そういう角度からも現状に興味を持っている。

福祉分野における情報の流れが可笑しいことから、医療情報は医療にしか流さないという情報も入っている。地域のクリニックや訪問看護ステーションが在宅での医療・介護のキーポイントを握っていくことになるものと思われる。今回の医療改革ではその方向に進んでいる。

介護保険法が検討されている頃にもそのような話はあった。介護支援専門員の受験資格に現れていると思うが、法が施行されてから9年目に入っているが、当時「・・・全てお任せするわけには行かない・・・」という話があったとおり、現状は余りにもお粗末である。関係者は心してこの流れを見つめる必要がある。

介護保険界を第二の建設にしないためにも、今方向転換を行う必要がある。先に原稿依頼された「介護支援専門員」への投稿には、そのような意味も込めてある。

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm

リンクも含めてご参照いただきたい。

救急車!!!  2008・6・2
珍しく関わりの薄い家族から電話がかかった。ベッドから落ちて動けなくなった・・・ということだった。
とにかく直ぐに駆け付けるから・・・と車に乗った。

色々な場面を想定しながら自宅に向かったが、受診が必要でも付き添いは望めない方である。ヘルパー事業所の介護タクシーで私費での付き添いも視野に入れながら、自宅に付いた。

うつ伏せに寝たまま身動きが出来ないと言われる。手にも痺れがあり、足も痛いと言われ、骨折しているかもしれない・・・ということなので救急車を呼んでもらうことにした。
救急車が到着して、近くに住む妹さんも駆け付けたが、注文が付いた。〇〇総合病院は嫌だ・・・と。救急搬送だから病院を選ぶことは出来ないことを話していると、救急隊員から病院名が告げられた。△△△病院である。

△△△病院なら良いと言われる。地域に密着した病院になり、地域からも信頼されていることが伺えた。
朝急用が2件あるので後程病院へ行くことにするが、果たして無事入院出来るのであろうか???家族に同行して貰う為にも良い方法だったのだが、診察の結果でないと判らない。

これを機会に家族の関わりが出てくれば良いのだが・・・逆効果にならないことを祈っている。

救急車!!!その後  2008・6・2
急用2件は銀行での清算と担当課への情報開示請求だった。緊急性は無いが、せっかく嫁に付き添って貰うのだから、その判断を見たかった(これは口実・・・)。

9時になるのを待って、先ずは担当課、そして銀行へ向った。
用事が済んでから病院へ向っていると電話がかかった。「骨折は無かったが、打撲で歩くことが出来ないから入院させてもらうことにした・・・」という内容である。ソーシャルワーカーとの相談もあるし、ケアマネジャーの名前と事業所を聞かれているのですが・・・名刺を持たずに出たので・・・と。ソーシャルワーカーに名前を伝えていただければ判りますよ・・・と伝えておいた。

折れて無くて良かった・・・介護放棄をしている嫁にも関わってもらえた・・・リハビリも兼ねて2週間入院出来るようになった・・・個室しか空いていないということで、入った部屋が特別室。座敷つきの1日1万2千円の部屋である。全て嫁の采配である。

退院後心配が残るので、ショートステイをしばらく利用出来ないか・・・ということなので空きベッドがあれば今月いっぱい入所出来るように調整を図ることも約束した。ベッドは空いていた。
希望の日に病院からショートステイへ移動するのは家族の役割である。そのことも了解いただいて、変更書類も全て届けた。

『これを機会に家族の関わりが出てくれば良いのだが・・・逆効果にならないことを祈っている。』

この心配をよそに、良い効果が出ている。思い切って『救急車!!!』と叫んで本当に良かった。今後の支援に大きな影響がある一日だった。
ケアマネジメントは、先ずは信頼関係を構築することから始まる。今ようやくスタートに立てたようでもある。

介護問題(介護に関わる家族・親族の問題)  2008・6・1
介護問題をテーマにしていますが、テーマに反して良い家族関係の方々を担当させていただいています。
現在心配な家族・親族が3件ほどありますが、経緯の中で調整を行ってきています。問題の原点を解決することは容易ではありませんが、現状の中で「問題」が頭をもたげないように調整することは可能です。

子の妻(夫)には相続権はありませんが、家族関係を見るときに、この関係がどのように解決されているかを見る必要があります。孫に相続されている家庭もありますし、成年後見の申し立てをしておられる家庭もあります。

一件、夫が若死にして生前贈与が行われているケースで、舅をおいて実家に帰りたいと言い出した嫁がいました。親族会議でのことですが、親族は事実関係を知っていますので、腹の中には大きな不満があったものと思われます。実家では認知症の母親が一人暮らしをしています。話は判らないではありませんが、置いて行くということに関しては、「チョッと待った・・・」ということになります。初回でしたので介護保険サービス利用に関しての家族の責任だけは果たしていただくことにしました。やんわりと・・・です。
今後どのような経緯を辿るかは判りませんが、いずれ法的な解決を図る必要のあるケースのように思っています。
直接口に出す必要はありませんが、関係法令がどうなっているかは知っておく必要があります。

先程ケアマネジメントもソーシャルワークも同じ性質のものだと言いましたが、保健・医療・そして介護保険サービスも含んだ福祉とのつながりは勿論のこと、法的な問題が出てきたときに法関係者にも「聞く」ことの出来る自分自身のネットワーク・個を対象としたネットワークを是非持っていただきたいと思います。
餅は餅屋・・・必ず良いアイデアが浮かぶものと思います。そして、ケースをテーマに協働することも重要なことです。数多くのケースを手掛ける内に、そのネットワークも膨らんでいきます。その関係を大切にしていただきたいものだと思います。
これも先程紹介しましたが、私自身のネットワークの中に、MSW協会を通じた医療ネットワークがあります。このネットワークから患者会支援やメールで病院間調整・医師の関係も調整しています。患者会のつながりで、厚生センターにも動いていただけます。住宅問題が出てくれば、福住環境コーディネーター協会や友人にも建築家はいます。電気屋・ガス屋・自動車屋なども揃っていますので、生活環境を整えるには充分です。(ご本人にかかりつけ〇〇屋さんがいない時の話ですが・・・)
サービス事業者に関しては、利用者の数ほどの事業所とのお付き合いがあります。本人に最適のサービス事業者にサービスを依頼出来る体制が整っています。独立ケアマネならではの実践です。

独立・中立型介護支援専門員全国協議会のところでも触れましたが、ケアマネジャーが独立した理由の一番大きな問題は、経営・管理者からのサービスの囲い込みの指示の問題でした。自社サービスを利用しろ・・・という指示です。
今日お集まりいただいている方々の中には、不満を抱えながら仕事をしておられる方々も多いと思います。
その不満を解消するためにも、是非独立していただきたいと思います。
ケアマネジャーは「独立・中立性を確保」していく使命を持っています。理念だけでは解決しない背景もあります。その背景を取り除くためにも、〇〇地域居宅介護支援事業推進協議会の皆様は日夜努力されていることと思いますが、今日お話した、公正取引委員会の指摘や天下り構造・行政ラインでの癒着の無い、素晴らしい地域の体制を作り上げていっていただきたいと思います。
そして安心して独立開業が出来る、地域包括支援センターを扇の要とした、地域ネットワークを作っていっていただきたいものだと思います。

ただ、このことをご指摘して担当課長が辞めなければいけない背景があることは事実です。
地域での連携体制を是非作り上げて行っていただきたいと思います。
人生の中で自分自身の権利に関して主張もしてきましたが、このことにより利用者の立場でものを考えることが出来ているようでもあります。
一口で「地域の連携」と言っても実現は難しいと思います。利害を取り除いて、地域の福祉を同じ目線で見て行くことが出来れば良いと思いますが、「言うは易し、行なうは難し」ということだと思います。

「独立性・中立性の確保」のところもお話しましたが、利用者の立場でものを考えるということはケアマネジャーの位置付けであり、基本理念でもあります。この基本理念に向かっていただける方が一人でも多くなることを願っています。
開業4ヶ月目に、公的制度からの融資を受けましたが、返済は1年据え置きで3ヶ月後に返済が完了いたします。
「石の上にも3年」という諺がありますが、法改正で足踏みして1年遅れました。
せめて2年位で、ある程度採算が取れる背景を作り出す必要性を感じていますが、そのためにも風通しの良い地域を作って行く必要があると思います。

このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです。

成年後見の相談  2008・5・31
色々事情があって第3者に後見を依頼した方が良いと判断されたケースがある。私もそのことには合意した。

誰に・何処の機関に後見を依頼するのかという話にまで進展していた。
私は、法的ルートを紹介していただいた司法書士さんが良いのではないかと、私のルートは引っ込めた。しかし日々の身上監護が気にかかっている。でも、切り離して考えれば良い話である。
電話してみたら・・・と言ったら電話をしておられる。留守電になっていたらしく、後程電話をしてみることにされた。

身上監護は別の方法がある。現在利用している家政婦紹介所で、一人でも多くの家政婦さんに現状を知っていただければ、まさかの場合に即応出来る。今はお気に入りの方に合わせて指名をしておられる。「システムを持っていても誰が来るかわかりませんよ・・・」という一言が決定打となった。

再度司法書士さんに電話をかけられ、成年後見申し立てに関わっていただけるか問い合わせをしておられる。何のことは無い。話をしていた喫茶店に少し前までおられたそうである。
本人は顔見知りだと思い、保険のセールスぐらいに思っておられたのであろう。軽く会釈であったが、挨拶を交わされたそうである。

ニアミス・・・相手が誰か確認出来ていれば、その場で話はまとまったであろう。
週明けには弁護士との相談がセットされているからその場で確認されれば良いだろう。愈々核心に迫ってきている。
法的にも良い方向へ進みそうな感じがした。
もっとも心配な急変時の付き添いに関しては電話連絡を取っておいた。
「電話がかかったらお願いね・・・」と。
携帯電話に着信が・・・。  2008・5・31
昨晩23:30分に安全センターから電話がかかっている。呼び出し39秒だからかなりしつこく呼び出している。
ベッドの枕元に充電器を置いて充電して寝るのだが、昨晩は23時ごろに寝ている。お酒も入っていたから、爆睡していたのであろう・・・。

朝一番に着信に気が付いて、着信の原因先へ向かった。今回は本人が落ちたのではなく、リモコンが落ちたのだった。
背もたれを90度近くまで上げたら(平素はギャッジアップしない方なのだが・・・)リモコンが落ちたということだった。警備保障会社から駆け付け、問題は解決していた。

隣で寝ていたはずの妻に聞いてみた。0時頃に寝たそうである。
携帯の呼び出し音は段々大きくなるから、最大音量で呼び出していたのであろうが、気が付かなかった。
気が付かなくて良かったのかも知れない。真夜中に酔っ払いが二人で相撲を取っている光景を想像して笑ってしまった。
主治医意見書  2008・5・29
一年前にもあったことだが、主治医意見書がなかなか出て来ない。担当課では意見書が揃わないと申請を受け付けないことにしてしまった。一年前に担当者に言ったことだが、介護保険法上は、主治医に意見を求めるのは市町村である。

第2節 認定
第27条 要介護認定を受けようとする被保険者は、厚生労働省令で定めるところにより、申請書に被保険者証を添付して市町村に申請をしなければならない。この場合において・・・指定居宅介護支援事業所又は・・・。
2・・・


6 市町村は、第1項の申請があったときは、当該申請に係る被保険者の主治の医師に対し、当該被保険者の・・・・・意見を求めるものとする。ただし・・・



介護保険法では、主治医に意見を求めることは市町村の責務としている。
メーリングリスト等での情報だが、主治医意見書を主治医が直接投函出来るように、着払い郵便にしている市町村もあった。意識の違いである。

要支援の方なので今回も要支援だとして、地域包括支援センター保健師に遅れることをご連絡しておいた。昨年市担当者に指摘したことも併せて伝え、機会があれば指摘していただくことをお願いした。
行政担当者が変わる毎に法解釈を変えてもらっても困るし、法の中身まで変えてもらっても困る。厚生労働省へメールで問い合わせをする方法はあるが、今回は包括へさじを投げておいた。

住宅改修に関して一度厚生労働省へメールで質問をしている。
回答書を担当者に届け問題は解決したが、その時も同じ包括だった。
要介護者ならこちらで行うが、包括から再委託を受けているから、包括にお任せすることにした。
しかし申請に関わることであるから、問題点は解決しておく必要があるだろう。行政機関が法に基づかない運用をしているということは、対応先は厚生労働省なのかもしれない。

またメールでも書きますか・・・。
Re: 誰に手伝って頂くかは2008・5・29
〇〇さん、早速ありがとうございます。

ケアプランは(私が利用者の場合)その時点での方向性の備忘録に過ぎず、それが『ケアマネの商品』とは思いません。

利用希望の施設が書き換えられていても・・・ですか???
ご紹介したケースでは、初回は自社サービスのお試し利用、後日自社サービスが書き込まれたケアプランが届きました。
「囲いこみ」の手口は大方こんなものなのでしょうか???
Re: 誰に手伝って頂くかは  2008・5・29
私は本人(家族)の要望を聞いて、大まかな介護サービス利用の提案を行い、居宅介護支援契約とケアプラン作成の届出をした後にケアプラン原案(書面)を作って担当者会議をして利用者に押印して頂いています。

〇〇さん、これが通常行われている手順ですよね。ですから私は「ケアプランが商品」だと言っています。

ケアプランが無くて、契約書だけあって、本人が希望しない施設のお試し利用があって、後日利用出来るようになったら連絡する・・・では、商品が見えません。増して希望とは全く違うところで動いていました。

ケアプランが確定してから契約をされることをお勧めいたします。
私はインテーク面接。初回相談で「相談申込書」を頂いています。契約書に準ずる内容ですが、契約書ではありません。この書類1枚で全て対応出来ます。様式が必要でしたら、メールでお知らせいただきたいと思います。

相談申し込みと契約は根本的に違います。
Re: 誰に手伝って頂くかは  2008・5・30
すぐには介護サービスを利用しないけど居宅介護支援事業所と契約をした場合、どんな不都合が起こるのですか?

居宅介護支援事業所は居宅介護支援を行う目的で存在しています。総合相談をお受けされるのでしたら、相談申込書で充分かと思います。
契約をしたからには、居宅サービス計画作成依頼書も提出されるのでしょうが、こちらでは新規依頼書提出時にはケアプランを添付することになりました。
逆に言うと、ケアプランを作成しない場合には必要のない契約だということですね。
Re: 誰に手伝って頂くかは  2008・5・31
〇〇さん、ありがとうございます。

契約後、介護サービスを利用されるに至った際には居宅サービス計画作成依頼書を提出し、ケアプランを作成して給付管理等を開始します。

この部分の手順が、居宅サービス計画作成依頼書を提出する時点で、アセスメント表・1〜3表・担当者会議記録の提出が義務付けられました。ケアプランチェック事業です。開業当時この手順を踏んでいましたが、理由があって中断しています。
担当課がその必要性を認めたということです。

当然契約はケアプラン(原案)に合意いただいてからですから、「ケアプランは商品」と言っています。
それでは契約までの間どうするのかという問題が残りますが、申込書の裏にケアプラン実施要綱を明記しています。

様式が必要でしたらメール添付でお送りいたします
北風と太陽  2008・5・29
「北風と太陽」という投稿を目にしたが、過去に掲示板に書いている記憶があった。
探し当てたが、この投稿はBCCメールのコピーでした。
以下に、本文のみコピーします。

(ここから)
少しお寒い現状を見ています。
「御用も聞けないケアマネ」というのは聞いたことがありますが、「訪問もしないケアマネ」がいたとは理解に苦しみます。また、「おかしい」とのご連絡を受けて行ってみると、日付のない契約書がただ1枚。初回の通所サービスがあっただけで、2回目がないので問い合わせると「あなたの場合は、利用できるようになったら施設から連絡します・・・」と。この方には他に利用したい施設があったのですが押し切られたようです。自社サービスしか知らないケアマネもかなりの数になるものと思われます。
もう5年も前になりますが「虚構」の中ですでに書いています。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/zaitakukaigosiennsennta-.htm
囲い込みは便利なんですよね。訪問も必要ないし、ケアプランを作らなくてもサービスがスタート出来るし・・・。

介護保険制度で尾辻厚生労働大臣が「一から見直さなければならない」という見解を示しました。簡単な見直しではないようです。
ご紹介した例はケアマネジメント手法が採用された介護保険の原点の問題だと思います。この原点が崩れ去っていればケアマネジメントの質の論議など出来るはずがありません。せめて法改正までに、「一」まで達していたいものだと思います。

先日基幹型在宅介護支援センターで「認定調査が唯一のモニタリングの機会だったケアマネさんもいるようだし、ケアマネジメントリーダーで対策を話し合ってみられたら如何かと思いますが?」と謎賭けしたのですが、この問題は政策がどうの・・・という問題ではないと思います。ケアマネジャーになる以前の問題、
http://www.os.rim.or.jp/~dentist/care/tekiseido/tekisei.html
このレベルの話だと思います。

先にケアマネ相談会で6月に改正された消費者基本法の話をしました。
http://www.houko.com/00/01/S43/078.HTM
商品を見てから契約するのが世の習い、常識の範囲ではないかとも思います。
ケアプランがその商品カタログと考えまし、介護サービスは消費サービスです。また、この法には行政の責務も明記されています。利用者の権利擁護のためにもその責務を果たしていただきたいものだと思います。なされるがままじっと我慢をしておられる利用者もあるということを明記いたします。
そして、「指定居宅介護支援等の事業の人員および運営に関する基準」に介護支援専門員が実施しなければならない業務が明記されています。そして13条には減算項目も含めて掲げられています。やるべき事をやらないでケアマネジメント報酬を請求されているとしたら、これは詐欺、利用票のハンコがどうのというレベルの問題ではないと思います。ハンコなら訪問しなくても用意できます。


地域包括支援センター(仮称)の構想が浮かび上がっていますが、これと前後して「ボランチ型在宅介護支援センター委託申請(案)」
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/boranntigatazaitakukaigosiennsennta-sinnseisixyo.htm
を担当課主幹を通じて提出してあります。同構想に中には、(ブランチ=横だし)として、自治体独自のサービスを推奨する方向性が示されています。地域づくりをしながら、「介護問題」の発見から解決にむけて取り組むことが出来る体制を作っていきたいと思います。「待つ福祉から発見する福祉」へ向って何かお役に立つことが出来るのではないかとも考えています。

介護保険関連法は制度としては出来上がっていると思います。ただ、その制度が法に従って動いているかということに対しては大きな疑問を持っています。上意下達の手法はあまり好みませんので、現場から、関わる専門職の自覚によってその方向に向うことが出来れば良いと考えます。また、個人を攻めることは意に反しますので、介護業界一緒にレベルアップを図ることが出来れば良いかとも思っていますが、ことと次第によっては行政主導の方法も致し方ないのかな???と思ったりしています。

暖かい春風を贈ることができないかと考えています。
(ここまで)

かなりおさえて書いています。
独立性・中立性の確保  2008・5・27
先の法改正で厚生労働省はケアマネジャーに「独立性・中立性の確保」を求めた。これはケアマネの位置付けであり基本理念でもある。
立場を考えれば、基本理念を明記して貰わなくても、常識で考えればその位置付けも判りそうなものだが、非常識なケアマネを数多く見る。ケアマネの立場を今一度考えていただきたいものである。

独立性に関しては、所属法人からの独立性である。法改正でケアマネジャーに背番号が付いたが、サービス事業所の一ケアマネではない。一人ひとりのケアマネジャーが何処の事業所に所属しているかということである。
給付管理表にケアマネジャーの番号が入るようになっている。介護報酬は事業所宛に支払われるが、個々のケースの給付管理は個々のケアマネの責任で行われる。
法の運用上、ケアマネジャーの独立性は確保されている。

中立性に関しては、本人を取り巻く関係・社会資源に対しての中立性である。家族や地域との関わり、あるいは各種制度との関わり、当然介護保険サービスも含まれるが、それらに対しての中立の立場である。そしてマネジメントは本人の立場で行われる。

ケアマネジャーが立場を間違えたらマネジメントにならない。
複雑な家族関係の中でマネジメントを行うときは特に気を付けなければいけない。本人の代弁者を確定しておかないと、複雑な家族関係の中に巻き込まれてしまう。この位置付けをすることが先ず最初に行っておかなければいけない作業である。自分の立場を明確にしておくということである。

そういえば随分色々な家族関係を見てきた。修復可能なら修復を試みることもあるが、修復不可能なら本人にとって一番良い方法を執る。その方法がその家族関係にとって最善の方法ばかりではない。ケアマネジャーは介護支援の専門家であって法の専門家ではない。
「介護問題」のケースで法の専門家が協働するケースもあるだろう。その段階においても本人の立場であることを忘れてはいけない。
孫家族から夕食のご招待。  2008・5・26
婿さんが目に怪我をして運転出来なくなったことから、孫家族が一週間余り我が家に居候することになった。そのお礼に・・・と夕食・晩餐へのご招待があった。遠慮なくご招待に応じた。場所は焼き鳥屋。ファミリーで行くことが出来るように、ファミリーレストラン風と言うか、回転すし調の大広間座敷になっている。

かなり昔からあった店だが、かなり儲かったらしくビルが建った。過ってテーブル席が四つ位しかなく、カウンターもあったが、ほとんど予約の持ち帰りの店だった。その店が100席近くの座席を持つ店に変わった。
前回はご招待したが、今回はご招待を受けた。

孫の注文はカッパから始まったが、若鳥・ねぎま等も食べている。少し大きいとのどにつかえるようだが、何とか飲み込んでいる。消化の良いしろなどは安心して飲み込んでも良い。最後の仕上げが焼きおにぎりだった。
ビールは切れ間無く・・・5杯ぐらい飲んだであろうか・・・良い夕食をプレゼントしてもらった。

焼き鳥を出す飲み屋ではあるが、子供連れも多い。子供を連れて飲みに行っても良い店が随分増えた。氷見浜直送の回転寿司もそうだが、安心して飲んで・食べての店が随分増えている。
歩いて行くことの出来る所にあることがまた嬉しい。

そういえば我が子の時に、こんなに一緒に食事に行った記憶は無い。
スーパーケアマネ???  2008・5・25
ケアマネジャーがケースを担当するためには手順がある。アセスメント→ケアプラン原案作成→サービス担当者会議→ケアプラン確定→サービス提供という手順である。
開業の翌年のことであるが、1ヶ月に8件の相談があったことがある。この時は真夜中にポストへケアプラン原案を届けたこともあり、会議々々の連続の日々を送っている。3〜4日でケースを一件スタートさせることはかなりの労力を伴うものである。実際翌月にサービススタートがずれ込んだケースもある。

しかし上には上があった。1ヵ月半余りで35ケースをスタートさせていると言われる。3日で2ケース位の計算になるのであろうか?そのスーパーケアマネぶりには脱帽である。
果たしてケアマネジメント手順を踏んでこれだけのケースを扱うことが出来るのであろうか???私には出来ない。

手順を踏んでいないことになると運営基準減算になるが、減算ということより以上に、ご本人のケアマネとしての人生に悪影響を与えるものと思われる。
ケアマネジャーの仕事は事務所には無い。書類作りは必要だが、本当の仕事は現場にある。生活の場であり、サービス利用の場である。
ケアマネジメントの目的はサービス提供をすることではない。生活を支えることである。

手順を踏むことの出来る良いケアマネジャーに育っていただきたいものである。
お酒を飲んだときと同じかな???  2008・5・25
ちぐはぐな関係も少しはかみ合ってきた。

金銭管理が出来ない点に関しては、実家のほうで面倒を見ようということになっている。婿に出た甥が担当だと言われる。窓口は実家の甥の妻である。3ヶ月で無くなっている金額の予想をお伝えしておいた。
甥が酒飲みの様相だったので「私がお酒を飲んだときと同じかな???その時点々々での会話は成り立っているが、何を話していたか覚えていませんからね・・・」と言うと本人も笑っていた。
過ってはかなり飲まれたが、糖尿病になって酒を断たれているそうである。

入所が何時頃になるのかの予想を聞いておいていただくことと、必要な書類様式を送っていただくことなどを依頼して、今冬は自宅での生活は無理だから、先ずミドルステイを利用してショートステイの連続利用で約1年間つないで、グループホームが空けば一時避難(入所)していただくコースも準備してあることを伝えておいた。
特養入所だから簡単にはいかないだろう。

残る問題は、グループホームで遠方の親族が身元引受人ということで受けてもらえるかという問題だけになった。
二転三転するかもしれないが、方向性は見えてきた。
思いで深〜〜〜いケース  2008・5・24
ケースが終了しても心に残っているケースがある。私が担当しなかったらどうなっていたか判らないケースである。
医療者が問題のケースや家族が問題のケース、本人が問題のケースというのもあったが、医療者が助けられなかったケースもあった。

開業から4年間、関わったケースの半分が消えている。入所入院もあるが、亡くなられた方も多い。そういうケースの中から一件だけ紹介しよう。思いで深いケースであった。

ケアプランのテーマが「死んでも良いから家に帰りたい」であった。
入院中の主治医が離したがらなかったケースである。
大学病院の流れもあったので、系列病院への通院を了解していただいた。主治医にはこういう条件で退院します・・・と退院を迫った。拉致してきたと言っても良いのかも知れない。

退院後、あらゆる手段で本人を支えた。本人には強制退院する目的があった。子の成長をこの目で見たい。最後に母としての教育をしたい。という目的である。
ヘルパーの協力は家事援助に終わらなかった。子の教育にも影響を与えた。
最期は病院であったが、約半年の在宅生活でその目的を果して逝かれた。
今思っても壮絶な半年だった。

人間、最後の最期まで目的を捨ててはいけない・・・という教訓をいただいた。
ちぐはぐな関係(2)  2008・5・24
ヘルパー事業所から電話がかかり、「実家の嫁が入所に必要な書類が欲しいと言ってきた。送っても良いか・・・」ということだった。先日の診断書も後見申し立てではなく、入所用のものだったと言う。現在必要なのは本人の生活を支えることで、何時になるか判らない入所の申し込みではない。
とにかく電話をするように伝えていただくことにした。

しばらくして電話がかかった。
金銭管理が出来ないことや家賃の滞納など、多数の督促状が届いていることなど、先ず解決しなければいけないことが山積しているが、実態は判らないことを伝える。
「土日でも良いか・・・」ということなので「良い」と言うと、今日早速来ていただけるという。反応の良い嫁さんである。
誰かの目の届くところにおいておく必要があると言うと、アパートでも借りて・・・という言葉が返ってきた。

本人の意向はこちらにいることであるが、後見申し立てをしないということになれば親族の住む郷里に帰るしかないようである。先日施設見学に同行した時の話だが、宗教を求めてこちらへ来られたようである。
居住地を選ぶ自由もあるのだが、判断能力が衰えてくれば誰かが支えていく必要がある。その支えを成年後見という形でお示ししてきたが、親族は必要が無いという判断をされている。

住みたい地で暮らすのか、親族の住む郷里へ帰るのか・・・選ぶのは本人である。
記録が残った・・・  2008・5・23
昨日の行動記録が丸々残ってしまった。

朝一番に認定結果を担当課に問い合わせ、ケアプランを若干修正して外へ出た。退院前カンファレンスと通院状況の確認である。
無事通院出来ていることを確認して、カンファレンスに臨んだ。

カンファレンス終了後記録の準備をしているところへ電話がかかった。訪問リハに来たが留守だと言われる。妻に電話で確認すると受診が終わって家へ向っているところだと言われる。折り返し担当者に電話連絡をしたが、携帯電話は便利である。
初回訪問リハに立会い、その足でブロック別ケアマネ相談会へ向う。

ケアマネ相談会の途中で担当課から電話がかかる。相談会終了後向いにいた市職員に電話番号を確認する。福祉担当者からの電話である。
電話をすると電話をいただいた方は、電話中だと言われる。後程電話をいただくこととして修正ケアプランの説明に向った。

ケアプランの説明と担当者会議の日程調整が終わったところへ電話がかかった。〇〇さんに関して話を聞きたいと言われるので、就業時間終了間際だが担当課へ出向くことにした。

・・・許せない話・・・だが、私は聞かなかったことにしておく確認をした。「警察を呼ぶわよ・・・」の延長線上に厚生センターへ「精神病」の相談があったそうである。
警察沙汰の件では「呼んで貰えば良いのに・・・」「そうね・・・」という会話があった。今回は私からはお知らせしないことにした。
担当者とは「本人が聞いたら怒るでしょうね・・・」「そうですね・・・」と。

足早に過ぎ去った一日だったが、その記録が待っている。今日は記録の一日になるのかもしれない。
はじめて階段を一人で・・・。2008・5・22
先日から次女家族が泊に来ているが、婿さんが目の負傷で車の運転が出来ないことが大きな原因であった。出勤に送迎が必要であり、孫を一人にしておけないので、しばらく居候しようという話になったらしい。

部屋は2階なので、朝の遅い孫を一人にしておくのは危ない・・・という話をしたら、起きたら泣くから判るよ・・・ということだった。
今朝歓声が上がった。
行ってみると孫がきょと〜〜〜ん・・・とした顔でそこにいる。
泣きもせず、一人で階段を下りて来た。途中の飾り窓においてあったアクセサリーを手土産にしている。階段を一人で下りることが出来た。

危険予知はしていたが、一人で出来た。しかし危険である。
もうしばらく安全な方法をとる必要があるが・・・でも出来た。
何事も無かったことを喜びながら、安全に育ってくれることを願っている。
まだまだ気は抜けない。
私の快便方  2008・5・21
朝起きるのは早い(時として寝るのも遅い)。
4時から5時の間に起き出して先ずパソコンのスイッチを入れる。
パソコン台には、昨晩ウイスキーの水割りを飲んだ350ml入りぐらいの小型ジョッキーがある。朝は水のジョッキーに早変わりである。

年中氷水をチビリチビリやりながらインターネットを彷徨う。多くはヤフー掲示板とケアマネドットコムであるが、お気に入りに入っている知人のブログなども時々のぞく。
ケアマネジメント理論とかには余り興味がない。時として構造的な欠陥を指摘してあるページを目にすれば返信することもある。
そう・・・介護保険法下の現状は、大きな構造的な欠陥に蝕まれている。

この構造的な欠陥を解決しなければ日本の福祉はこれまでであろう。第2の建設になる日も近いのかもしれない。介護保険法においては行政レベルの問題も大きいが、今解決しておかないと団塊の世代に介護が必要になった時に間に合わない。介護量を確保するためにも、民間事業者が参入出来るシステムを作り上げる必要がある。それが介護保険法の誕生であった・・・はずである。

そうこう構想を廻らせていると腹がゴロゴロ言い出す。長い時間トイレには座らない。短時間で腹が空になるような排泄・・・それが「私の快便方」である。
ジョッキー3〜5杯は飲むから、1〜1、5リットル氷水を飲んでいる。

便秘に悩んでおられる方は是非お試しいただきたい。
早寝(最近は怪しいが)早起き、そして腸を氷水で刺激している。
ただ、10時頃から頻尿になることはお伝えしておかなければならないだろう。
介護支援専門員実務研修受講試験の当日、一番の心配が・・・試験時間中にトイレに行きたくなるのではないか・・・ということであった。
緊張していると大丈夫のようでもある。
はじめての意思表示  2008・5・21
孫がスケッチブック(らくがき帳)とクレヨンを買ってもらってきた。
クレヨン一本々々に色と名前のシールを張ってもらっていたが、突然何を思ったかその名前を剥がし出した。剥がしたシールをクレヨンのケースに張っている。止めようとしても止まらない。

こわれたおもちゃで遊びたいと言う。アンパンマン遊園地だが、電動モーターが動かないので電車を上に上げることが出来ない。自分で上まで上げて遊んでいる。好きなおもちゃだが、買い替えが出来ない。ゲームセンターの景品だという。向いのゲームセンター好きのお姉ちゃんからのプレゼントだそうだ。

最近好き嫌いがはっきりとしてきた。おもちゃを買うときは本人を連れていかなければいけない。1才児にも「選択の自由」はある。
タバコ臭い事務室が好きである。
急ぎの事務の最中に遊び相手を求めてくることがある。相手をしないと泣き出す。通常は週に2〜3日だが、昨日からは長期滞在のようである。婿さんが目に怪我をしたので、治るまでの予定のようである。職場への送り迎えがあるから、孫を一人に出来ないというのが理由らしい。

スタンプラリーも底が見えたので良いが、訪問しただけ記録が残る。
月末に向かって予定も詰まってきている。1件だけ6月1日(日)に担当者会議がずれ込んでしまった。残すところ10日間。今月もどたばたの月末になりそうである。
独占禁止法と介護保険法  2008・5・20
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2repo-tono12.htm

2006年末にまとめたレポートだが、介護保険界に独立ケアマネとしてカムバックした理由はこの点に絞られる。
インターネットを通じて在宅介護支援センターソーシャルワーカーとしての実務を紹介してきたが、法改正後「囲い込み機関」に変じたその姿を目にした。天下り管理者が本来の役割を果たしていない実態が伝わってきた。

開業から4ヶ月間、認定調査(公正取引委員会はケースに結び付くと指摘している)の委託も無い実体から、担当課長に申し入れをしている。
窓口申請の分を回します・・・と4〜5ヶ月間で数十件の認定調査の依頼があった。公正取引委員会の言うとおり、ケース獲得には有効な調査だった。

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigino7.htm

介護支援専門員実務研修受講試験日をまたいで開催した最後の研究会議であるが、この中で、本来居宅と二枚看板で運用する必要のある在宅介護支援センターが、一枚看板で運用されていることを指摘している。
この点は法改正で誕生した地域包括支援センターの業務マニュアルで指摘されている。行政情報の漏洩である。

この構造が変わらない限り介護保険法は本来の役割を果たすことは出来ないであろう。民間参入の大きな目的は、サービスの質に関して競争の原理が働く構造への改革であった。
全国に何万とおられる天下り管理者の質の向上が今求められる。本来の役割・・・介護保険法におけるサービスの質の向上に働いていただきたいものである。
まだまだ続く排便障害  2008・5・20
3回目の浣腸・摘便でも塊がゴロゴロと出てきたと言われる。

カテーテルがなくなったということで22日に泌尿器科の受診が決まった。時間を決めて導尿しているので、カテーテルが足りない。近くに使っている方があるから借りてくることにした。ちょうど訪問予定にも入っていた。
受診時間と退院前カンファレンスの時間も合ったので、車の乗り降りの介助を手伝うことにした。側面からのサポートである。

しばらくは一日おきの排便看護が続くようだが、訪問看護師も同じことを考えていた。塊が出きったら、だらだら便になるのではないか・・・と。
過去にも排便でお世話になったベテラン看護師だが、ここまで頑固な排便障害は診たことがないようだ。

四人が候補に上がっていたが、昨日まで関わっていただけたのは三人。残る一人もベテランである。あと何回で出切るのか判らないが、本人の表情にも明るさが見えてきた。峠は越えたのであろうが、まだまだ塊が出てくるのだろう。何しろ半年近く続いていた排便障害である。
とやまSCD(脊髄小脳変性症)友の会総会  2008・5・18
とやまSCD友の会(わかち会)定期総会に参加してきた。来賓扱いだったが、是非お会いしたい方が親戚のご不幸で参加出来なかった。難病相談支援センター担当者との間に座られた彼女の姿を心待ちにしておられたようでもある。主催者側のご配慮だったのかもしれない。
患者ご本人が体調不良で参加出来なかった。排便障害の方なのだが、その代理として参加している。体調さえ良ければご一緒する予定であった。

定例総会は若干の修正も必要だが、提案事項は無事可決された。修正事項は今後の検討材料ということで、非常に活発な討論が成された。好きなタイプの総会であった。病気を抱えたご本人や家族が真剣に会の存続を望んでおられる。役員に負担(金銭的)のかかる会運営に否定的な方が多かったように思う。寄付を申し出た方もあった。

総会資料と講演内容をご一緒する予定だった会員に届けた。少しすっきりされているのか顔色も良い。ベッド上で答えて頂けたが、体調も良いと言われる。あと何回かかるかは判らないが、腹の中をすっきりとさせる必要のある方である。
妻からポツリポツリと話が出た。定例総会プログラムの席順に期待されている方も多いんだな〜〜〜と思った。しかし私がいないと成り立たない席順でもある。

県の難病支援にもその位置付けを頂いているのかな???と思う一日でもあった。
頑固な排便障害  2008・5・17
かなり苦戦をしておられる。石化した便が今日も出続けたとご報告いただいた。週2回では対応出来ないので、時間を縫って入りま〜〜〜す。と電話もいただいた。5ヶ月前からの排便障害だから、ご本人の腸は余程頑丈に出来ているのだろう。

この分だと小腸も詰まっているのだろう・・・という話もあった。出るものが出たら、今度はズラズラ便になるのかもしれない。そこへ来るまで何回の排便作業を行わなければいけないのか判らない。とにかく挑戦していただける。学会で報告しなければいけないケースかもしれない。

本人は疲れて休んでおられたが、排便コントロールが出来る状態になった時のADLを予測して必要な用具の寸法を測ってきた。車椅子になればスロープが必要になる。介助歩行に戻られれば今年の夏は大丈夫だろう。
排便・排尿コントロールのための作戦がスタートしている。時間を決めた排泄と導尿による残尿量の比較で、導尿時間を決めて行こうという作戦である。妻に大きな宿題が出された。

看護もここまで来ると薬を使う医療以上のものがある。
人間の身体は元来自己回復力を持っている。その障害となるものを取り除いて自己回復してもらおうという作戦である。良いチームメンバーに恵まれた。あと何回の排便作業で宿便が出切るのかは判らないが、小腸に残った便は水分をたっぷりと含んだ便だろうから、もうしばらく戦争が続くのかもしれない。
在宅から施設入所までコースに〜〜〜  2008・5・16
「火の不始末があるから今年の冬は施設で過ごさなければいけないね・・・」アパートの住人にもそう思っておられる方があったそうである。

「一人暮らしの冬場の不安」を理由に3ヶ月間ミドルステイ(富山県単独事業)で入所していただき、そのあと約9ヶ月間をショートステイの連続利用をしていただく。その内にグループホームに入所出来るだろう・・・。
入所となれば後見人が必要になる。成年後見の申し立てを今の内に行っておけば充分だろう・・・。
ケアマネの描いた一つのコースである。あと半年間在宅で頑張れば良い。

その成年後見が軌道に乗らない。郷里で後見人を立てられるということだから、郷里に帰られるものと思う。しかし本人はこちらに居たい。
入浴が不自由になったということでデイサービスの見学に誘ってみた。「行く・・・」と言われるので、セットでご案内することにした。

施設見学をして如何思われるか判らないが、各担当者には見学の連絡をしておいた。もうコースには乗っているのだが、最終段階で必要な後見人が誰になるのかは判らない。ケアマネが本人の了解のもと行えるのは、ショートステイの連続利用までである。
認定期間も加味して、最大限連続利用が可能なタイムリミットは、来年の9月頃になる。その期間を少しでも延ばすために、今回の認定期間中からの連続利用は持ち出さなかった。入所までの半年の余裕を大切にした。
夏場の食中毒をヘルパーは心配している。夏場だけ入所する手はあるが、冬場に再入所していただけるかという問題もある。そういう意味も込めて一発勝負をすることにした。

施設見学をしてみて答えはどう出るのだろうか・・・。
先ずはデイサービスから・・・とは思っている。
12年ぶりに一緒に仕事を・・・。  2008・5・15
今日は臨時利用になったので、12年余り前に地域で一緒に仕事をしていた方に担当していただけた。訪問看護派遣時間中にも訪問した。「も」は訪問看護に先立って搬入した用具搬入時の訪問である。
担当者会議を一件抱えていたので中座したが、午前半日関わっていた。

再訪問すると今から浣腸を・・・というところで、「そっちで待っとって・・・」という声がかかった。かなり悪戦苦闘しておられる。」
待つこと30分、その間の妻とのやり取りが全て聞こえる。
こちらはこちらで補高座椅子の使用方法を検討している。“車椅子をこう置いて、本人にはこう捕まってもらい、こう介護をする・・・”と。

そうこうしている間に戦争(?)は終わったようだ。浣腸2本・摘便の繰り返しで「丼山盛り一杯あったかね・・・大きな塊になっていたのが栓をしていたのかも・・・」何とも壮絶な話である。
「一応腸は動いているから順次下がってくるだろうから、後何回かは出さないとすっきりとしないよ・・・今度は土曜日・・・」

本人からは「腹減った・・・」という声が上がった。腸が膨らんで胃を圧迫していたのかもしれない。昨年末からの排便障害だから、話を聞くだけでかなり詰まっているとは予測していた。妻が浣腸をしてもほとんど出ていなかったようだ。「これが私達の仕事ですよ・・・」と明るい声も聞こえていたが、排泄は重要なことである。
昔話も交えて思い出を語ってきたが、介護・看護には工夫が必要である。その工夫をしてきた方々が今チームを組んでいる。

妻には先に「メンバーは揃ったから、安心して良いですよ・・・」と伝えておいた。
12名参加のサービス担当者会議  2008・5・14
3月末にも病院関係者を交えたカンファレンス(兼サービス担当者会議)を12名の規模で行ったが、今回は保健関係者も交えて同じ規模の会議になった。
旧メンバーが7人、新メンバーが5人揃ったところで厚生センター担当者から紹介を求められた。数人紹介したがあとは自己紹介をお願いした。

病状の進行を支援の経過に基づいてお話して、現状での問題に話を絞った。各専門職から色々な質問や意見が出て活発に会議は進行したが、気付いたら主介護者の妻を軸に会議は進んでいた。それで良い、そこまでの道筋は付けることが出来た。

会議終了後初回の訪問看護に入ると連絡をいただいていたので、妻に電話でそのことを伝えてあった。丁度熱が出ていて座薬を入れようかと考えていたところだったそうである。そこで座薬を見合わせ、現状を専門職に見てもらおうと待っておられた。会議の途中で「皆あっち向いてて・・・」看護が始まった。水分補給のポ○リ○ス○ットを飲む介護もしたが、会議終了時には熱は下がっていた。約1時間半の会議であった。

座薬を入れたから、明日もう一度入ります・・・。と排便障害のコントロールに週2回派遣されることになったが、かってやはり排便障害でお世話になった方に主担当していただけることになった。
厚生センター担当者からは重度認定の申請を勧められ、デイケアリハドクターから訪問リハビリ管理者へリハビリ内容の申し送りもしていただけた。用具担当者も来ていたので、明日ベッド等の搬入も朝一番に出来る。誠にスピーディーな対応である。

今回は主治医の勧めもあり、良いスタッフをそろえることが出来た。本人・妻には安心して任せておいて欲しい旨伝えた。期待に応えた・対応していただけるメンバーが揃った。
今回も満足出来る担当者会議であった。
アメリカからの電話・・・。  2008・5・13
見慣れない11桁の番号だったが返答した。相手の言葉が途切れ途切れで何が何かは判らないので「切るよ・・・」と言って電話を切った。
ほんの少し前に電話機を落としそうになってぶつけてしまった。電話機を壊したか・・・と妻にテスト電話をしてみると通じる。携帯電話の故障ではないようである。

しばらくしてかかった電話は「通知不可能」になっている。通じにくいと思ってか「〇〇です」と先ず名乗りがあった。
「今何処にいるの???」「アメリカだよ・・・」・・・渡米している友人からの電話である。時間帯によっては通じ難いこともあるようであるが、これも人工衛星の場所の影響なのか・・・あるいは自宅に国際電話がかかっていたのかもしれない。

話の用件は、1年ぐらい前にケアハウスに入った母の認知症が進み、施設を探さなければいけなくなった。という内容である。念のため確認すると、住所変更も行っているということ。隣市の住民になっておられるのなら、グループホームを探すにしても隣市で探された方が早いように思うとお話した。
高岡の入所事情は非常に悪い。

とにかく一度近親者に施設へ行ってもらい相談に乗ってもらうことを勧めた。
在宅生活の相談をしていたら、弟さんが施設関係者と知り合いだということですぐに入所が決まったケースだったので、ご本人ともお会いしていない。
当時の経緯を近親者に一度お返ししたような形になった。

もはや在宅生活は出来ないのであろうか???認知があっても女性なら一人暮らしが可能なケースも見ている。家族の関わりが出来なければ、誰かが日に一度は関わるプランを描けばある程度は頑張ることが出来る。それが出来る状態なのかどうかは判らないが、「施設を探す・・・」ということであった。
必要ならばお手伝いすることを約束して電話を切った。
転勤  2008・5・13
連休明けに子が転勤になっている。
部屋の掃除や洗濯などは子の役割分担だったが、その後如何なっているのか心配になってきた。週に2回ぐらい家政婦を入れようかという話もしておいたのだが、もう少し放っておこうかとも思っている。

計画は先を読んで組み立てる方だが、今回は必ず家政婦が必要になる。1週間経過しているからかなりのゴミの山になっているだろう。身体状況も確かにあるが、これは性格的なものなのかも知れない。散らかっていても気にならない性格の方もある。

血液型も関係してくるようだが、過ってテレビ番組を見て苦笑したことがある。幼稚園児が木琴の演奏中に、テーブルを手で拭きながら演奏している。父兄が苦笑している光景も紹介されていたが・・・この子の血液型は果たして何型か???。
私もそれに近いことを行っている。

アセスメントで血液型まで把握はしていないが、聞いてみるのも面白いのかもしれない。血液型に合ったケアプラン・・・というのが有るのかどうかは判らないが、細かなことにまで気を配ると「大きなお世話・・・」と言われそうでもある。
訪問を1週間のばして来週の訪問予定に組もうかとも思っている。
(そう思っていると電話がかかりそうでもある)
また引き戻されそう・・・。  2008・5・12
しばらく市外からお呼びがかかって、大きく飛び回ることが多かったが、ここにきて身近なところからお呼びがかかった。しかも知人からの紹介ということになれば、ネットワークで・・・という訳にはいかない。増して病院が絡んでのことである。

明日早速カンファレンスの予定とお聞きしていたが、本人が熱を出されて一週間先送りになったという連絡をいただいた。今月中には退院させたい患者のようなので、退院に合わせて暫定プランをスタートさせる準備が必要である。カンファレンスに間に合えば担当者会議にかえることも出来る。
リハビリ効果を大きく期待出来ない方のようである。

とにかく一度ご家族とお会いして意向を聞いておく必要がありそうである。
今月は担当者会議の予定も4件入っているので、のんびりはしておれない。スタンプラリーも空いを縫って行なわなければいけないが月末にかかる会議もあるので、何時もの如くドタバタの月末になる予測をしている。
余裕のある時に仕事をこなしておきたいものである。
順次予定表が詰まって来ている。
人工呼吸器  2008・5・12
動けなくなったと電話がかかり訪問すると熱が出ていると言われる。発熱時の座薬は使われたということだが、身体が動かなくなっている。
以前から検討していただいていたが、座敷を生活の場にする事にされたようである。
パイプベッドを準備されていたが高さが低い。足が痛いから介護をするためには低い方が良いと言われる。ベッドに関しては後日検討することとして、とにかく本人に移動してもらうことにした。
身体を支えて、妻には足を送り出すようにしてもらって何とかベッドまで移動出来た。

ところで〜〜〜と親しくしておられる方の近況を聞いてみた。県外の病院に入院されているということだが、原因が誤嚥だったそうである。
救急搬送され、人工呼吸器を付けて命だけは取り留めたものの、そのままの状態で転院されたと言われる。親しくしておられただけに残念な想いをしておられた。
病気の特性と言うことではないのであろうが、お二人とも温厚な性格であり、イメージがダブっていたのかもしれない。他人事ではないと思っておられるのかもしれない。

通所から在宅への境目におられるが、もうしばらく様子を見て判断をしても良いのだろうが、可能な限り外へ出ていただきたいものだとも思う。
妻から「知恵熱」の話が出た。発熱のたびに体調が落ちていく・・・そのようなイメージの話だったが、落ち込まないように介護者を支えることもケアマネの仕事なのかもしれない。
遠距離介護  2008・5・11
半年余り前に担当替えになった方だが、その間一度だけ郷里に帰られた。本人自身が「全部介護者」と言っておられるだけあって、本人がいないと介護がまわらない。そういう方から遠距離電話がかかった。
ご主人との電話で異常を感じられ急遽郷里に帰られたということだが、利用者本人は今ショートステイ利用中である。延長利用も可能なようだが、不安もある。専属看護師としても延長は一日が限界だと思っておられた。

電話で話し方に異常を感じたと言われる。舌がもつれるような話し方・・・もしかして・・・と思っておられる。脳の異常を感じておられた。
もしかして・・・でなければ良いのだが、電話からはその可能性が高いと感じた。そうなると大変である。

今日の夕方、今後の予定について電話をいただくが、事と次第によっては大きく「介護」が変わるのかもしれない。そうならないことを祈っているが・・・。
アンパンマン  2008・5・10
http://www.ntv.co.jp/anpanman/

孫が遊びに来て、何時の日にか事務所に出入りすることになった。仕事が混んでいない時に膝の上に抱いて画面を見せた。彼の興味は最初はキーボードにあった。力任せにたたくので、優しくボタンを押すように教えた。最近はいたわるように・・・である。
ある日妻から「アンパンマンでも見せたら・・・」と言う声がかかった。お気に入りのページである。

最近マウスの手を跳ね除けてマウスを触らせろ・・・と言うようになった。上下にスライドさせて遊んでいる。教えなくても黙って見て、真似ることは上手である。
好きなキャストは、メロンパンナ・ジャムおじさん・ばいきんまん・ドキンちゃん等など・など等である。

小学校にもパソコン教室がある時代だから生活の必需品になっているパソコンだが、1歳児も興味を持つパソコンは素晴らしい道具である。
私とパソコンの出会いはほんの8年位前のことだが、文字だけはかなり打ち出している。何十万・いや何百万文字を打ち出しているのかもしれない。

週のうち半分は来ている「アンパンマン」が好きなちびっ子ギャングの目を盗んで仕事をしている。
還暦同窓会  2008・5・9
中学校を卒業して早いもので48年経過している。その学年同窓会開催の予告案内が届いた。各組の世話人に名を連ねた方々には懐かしい思い出がある。
我が組の世話人は福祉にも深〜〜〜い関わりを持ってきた方である。
場所は「会議室」のすぐ横のホテルニューオオタニ高岡だから、一番近いところに拠点を持っている。

団塊の世代がこの3月末で大量に定年退職を迎えている。
小学校・中学校・高校・大学→→→介護・医療に関してもこの世代に照準が合わせられてきた。介護保険法・後期高齢者医療法も団塊の世代が受ける側に立ったときに照準が合わせられている。

年金・介護・医療の受給者が急激に増えていく。人工ピラミッドの歪な部分は戦争の後遺症であり、我々が招いた少子化の影響もあり、負担層が逆ピラミッドの形を描いている。
先日75歳を目の前にした方から、後期高齢者医療法を廃止させる署名を求められた。内容はともかく、高齢者自身が負担する制度にしていかないと団塊の世代が後期高齢者の仲間入りをする頃には、保険財政はパンクしている。そういう意味もあって署名しなかった。

2025年とは昭和25年生まれまでの第一次ベビーブームで誕生した年代が後期高齢者に到達する年である。介護・医療戦争がこれから始まろうとしているのだが、当然のこととして医療・介護従事者の数も減る。
国の一大事が終息するのに百年かかると言われているが、2050年がその年である。
美食で生きてきた我々が現在の高齢者ほど長生き出来るとは思っていないが、平均余命が80歳を超えている現状もある。

その記念とも言える還暦同窓会が7月に行われる。
担当者会議  2008・5・8
1年半余り前に住宅改修で関わった方が、順次病状が進行して関係者の数も増えていった。

住宅改修から7ヶ月目、床からの立ち上がりが不自由になったということで、立ち上がり補助に固定型歩行器の使用が始まった。夏頃のことである。
秋口には自宅での入浴が不自由になったことと、2階で行われているリハビリジムに通うことが難しくなるかな???と通所でリハビリと入浴が出来るようにしてきた。夏を前に病状から来る発熱が続いている。

夏場の暑さで体調を崩す方も多い病気だが、今年の夏を乗り切っていただくためにも最善の方向へ進んでいる。主治医からは訪問看護・訪問リハビリの指示が出たが、調整の経緯で厚生センターも呼んでおいたら・・・という話も出てきた。地域保健担当者とは患者会等でもお会いしているので、声をかけることはたやすい。ケアプランを届け、ご招待してみることにした。

クリニックの前を通ると車が止まっていたので引き返してみると、熱が出たので受診したが点滴中だと言われる。点滴が終わった頃に迎えに来ると去っていかれた。方向性も決まったので書類作りが待っているので本人には会わずにクリニックを後にした。
今回新たに加わった2事業所の時間に合わせて担当者会議を設定することにした。残りはお付き合いをして来ている事業所であるから、都合がよければ・・・ということにしておこうと思う。

厚生センターも入れれば6事業所になるが、担当者会議だけでなく、日々の横の連携を執っていく事もケアマネの仕事である。初回サービス時には必ず顔を出すことにしているし、日々サービスを狙っての巡回もしている。
サービス提供一覧表は巡回型ケアマネの道具でもある。

担当者会議の日程調整と隣市の初回サービス利用状況確認で一日が終わりそうである。
某市ケアマネ協から講演依頼2008・5・7
定例総会後の講演会の講師を依頼された。メインテーマは地域の問題、包括を核として地域でどのような関わりを持っていくかということである。
連休中に講演内容の骨子をまとめてみた。まとまった時間で依頼されているが、私自身の福祉人生をお話しすることでご期待に沿えそうである。

施設時代にはデイサービス・特養ホーム・在宅介護支援センターに関わってきたが、ソーシャルワーカー時代の話が現在にも通じるものがあるのではないかと思う。地域を把握するためには先ず地域の実態を知らなければいけない。そこで作ったのが、民生委員担当区域別の地図付の台帳である。3中学校区別に色分けした台帳は90冊に及んだ。ソーシャルワーカーとしての最初の仕事はご挨拶がてらの地図への線引きであった。

住宅密集地の1小学校区の地図を1枚にすると畳1枚ほどになる。この地図を分散させる訳であるから、コピー機を独占することになる。この作業は日曜日に多く行った。
この台帳がソーシャルワーカーの道具である。
後に、在宅介護支援センターが順次増え、それに伴って台帳も分散されたと聞く。その割には地域に密着した活動が行われていないのではないかと感じる。果たして「連携」が取れているのか???ということである。

在宅介護支援センターがローラー作戦を行っていると聞いたことがある。別に自らケースを発掘しなくても、地域の連携で情報は入る。これらの情報も行政情報なのであるが、この点に誤解があるのであろう。
某地域包括の担当者が「うちの法人は、予防プランを再委託しない方針です」と言ったが、これぞ正しく「あ〜〜〜勘違い・・・」委託機関であるからその方針は行政の方針でもある。もっと言えば法の方針である。
法には「再委託できる」ことが明記されている。

過去の実践からブランクも入れて今日までの実践をご紹介することで、少しでも地域に密着した地域包括支援センター活動が出来れば良い。そういった想いを胸に、最後は「介護支援専門員」原稿でまとめようかと思う。

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm

もうしばらく時間があるが、話の筋だけは押さえておきたいと思っている。
台湾バナナかインドバナナか・・・  2008・5・6
主治医から訪問看護と訪問リハビリの指示が出た排便障害の方のケアプラン構想を描いていたら、標題に関して思い浮かべてしまった。
排便に関して主治医に相談してもらったこともあったが、専門外には答えが出ないのが医師のようである。が・・・しかし、少し熱が出て身体の動きが悪くなった・・・と受診したら訪問看護・リハビリがセットで出た。訪問看護では医療になるかもしれないと言っていたが、訪問リハビリも聞いて見なければ判らない。とにかく主治医の指示の方々をお引き合わせはする予定である。担当者会議という形で・・・。

標題に関しては私自身の体験だが、名医と呼ばれる方々は各所におられる。
近くの名医に外科手術をお任せした。4回目に手術室へ入った時に何もしないで出てきた。「私の手には負えない〜〜〜」名医である。
そこで紹介された名医は隣市の方だが、一週間の手術入院で十数年たった今も何ともない。手術をされたのはお弟子さんである。その先生が面白い。

ユーモアのある先生だが一番大切なことを記録する方法として、排便量をバナナで表現される方法を取っておられる。バナナ1本は概ね20cm程度なのであろうが太さは問われていない。とにかく本人の感覚でバナナが1本・バナナが2本と排便チェックする。
排便障害の方は2週間排便がなく浣腸をしても良く出ないと言われる。腹の中がどうなっているかは判らないが、本人に聞いても腹が張っている感覚はないと言われる。

私の排便チェックは通常2〜3本だったが、これが2週間続いたらどうなるのであろう???一斉に出たら便器が詰まってしまうだろうと予測する。
その方に水分を摂ることを勧めている。私は朝起きてから朝食までの間に1リットルは氷水を飲む。キーボードをたたきながら水分補給をしていると、腹が「ゴロゴロ」言い出す。
台湾バナナでもインドバナナでも良いが、毎日決まった時間に排便出来ればいと思う。

しかし、排便障害になる病気もある。
・・・出ない便は何処へ行くのだろう???
何処にも行かない。腹の中にあるものと思われる。
久しぶりのSOS  2008・5・6
久しぶりに安全センターから電話がかかった。「〇〇さんがベッドから落ちそうになっておられます。」と・・・。正月2日以来だから5ヶ月ぶりになるが、先日来予感はしていた。もしや・・・ゴールデンウイーク中に・・・と。
「何分位で行けますか???」「5分位かな???」と一路アパートへ向った。

ギャッジベッドと車椅子・ポータブルトイレの位置関係に加えて、ベッド上の本人の体の位置が少しでも狂うと自立でなくなる。今日は尻の位置が少し下に下がっていた。自分では寝返りも出来ない方が独居をしているのだから、手すりに手が届かなければリモコンも取れないし、体制を立て直すことも出来ない。何故か何時もより少しずり落ちたようだった。

介助で身体を起こして手すりに手が届くようにすると「あとは大丈夫・・・」ということで車椅子に移乗されるのを確認して帰ってきた。
担当してからそろそろ3年になるが、担当したときにはもう何ヶ所か特養ホームの入所申し込みはしてあった。一ヶ所だけ入所判定委員会にかかっているが、まだ順番待ちとはいかない。

先日隣市の特養へ本人を連れて申し込みに行って来たが、こちらの方が早くなるのかもしれない。もうしばらく一人で頑張ってみて、如何にもならなくなったら老健という手もある。
本人はビールを自由に飲むことが出来る期間を少しでも延ばしたいと考えているようである。それまでの間、まだまだSOSは続くのかもしれない。
連休中の相談(動くケアプランその後)  2008・5・5
家族の意向と本人の意向が大きく違うことがある。本人の意向を大切にケアマネジメントを行う必要があるが・・・果たしてどうなるのかは判らない。

うつで引きこもりの方があるが、腰痛を気にしておられるらしい。先日のインテーク面接では自室に閉じこもっておられる状態だったので、お会い出来なかった。家族からの聞き取りでケアプラン原案を作成した。
連休中の施設見学で本人から「行く」という言葉が聞ければプランは流れていく。「行かない」という答えならば、打つ手は無い。
スタート出来るか出来ないかの施設見学を連休中に予定した。

話を聞かせていただいた子もうつ傾向である。途中から孫が同席して休みの日に連れて行くから、それで答えを出そう・・・と言っていただけた。
サービス提供責任者にケアプラン原案を届け、見学の結果本人の答えを待つことにしてある。答えが如何出るのかは本人しか知らない。とにかく見学に同席するしかない。

見学の結果ケアプランは動き出した。いきなり週3回利用の申し出だが、先ずはお試しも兼ねた利用を連休明けに組んだ。一応利用表・提供表は週3回利用で作成することにしたが、結果は利用してみられてから出るものと思う。
おやつに出された柏餅を、最初は「いらない・・・」と言っておられたが、一緒に美味しくいただいてきた。
否定的な言葉が先行するようなので、案外上手く行くのかもしれない。

デイサービスの介護力に賭けることにしたが、提供責任者の話術には素晴らしいものがある。案外抵抗なく受け入れていただけるのかもしれない。
一足早いこどもの日  2008・5・5
4日の日曜日、行楽地は人であふれ返っていたようである。
ゴールデンウイーク初日の立山山麓のケーブルカーの待ち時間が2時間半だったと報道されていた。予約が約5000人で室堂までの直行バスも運行されていての待ち時間である。
4日日曜日には9000人余りの予約があるという。単純計算で4時間半待ちになるが、待つだけでくたびれてしまうだろう。

次女家族は孫を連れて能登島水族館へ行ってきたと言う。9時ごろに家を出たが、能登島大橋の手前からラッシュで、水族館に着いたのは昼近くになったとか・・・水族館とイルカショーを見て帰ってきた。途中、氷見から電話があったのが18時頃、妻と氷見浜直送のくるくる寿司へ先に行っていることにした。予想待ち時間が1時間だった。
長女は少し遅れて次女家族を迎えに行った。
寿司屋で合流して待つこと30分、ようやく席に付くことが出来た。

食事が終わってから、孫にプレゼントがあるからと一緒に家に帰ることにした。妻からのプレゼントはトーマス号、電池を入れて早速テストである。汽笛は気に入ったようだが、トーマスが喋ると怖がっていた。長女が対象年齢を見て「まだ早いんだ・・・」と。3歳からのおもちゃのようである。一年早目のプレゼントだったようである。

何処に行っても人でいっぱいのゴールデンウイークだが、次女が年長の年から6年間、5月4日はディズニーランドにいた。
網戸の季節  2008・5・4
急に暖かくなったので妻に急かされて網戸を入れた。20枚ほどの網戸だが、同じサイズのものもありその年によって入れる場所が違っているのだろう、かなりきつい所もあった。
これから半年間お世話になる網戸だが、冬場には洗って片付けている。冬の寒さにさらすと網も弱って持ちが悪い。

増築々々で建てた家だが、最初の増築部分はもう20年余り経っただろうか・・・約3年後に残した部分を取り壊して増築しているから、税金対策か???と聞いて来た方がある。まとまった金が無かっただけの話だが、人の目にはそう映ったようである。

事務所に使っているのは座敷横の広縁だが、相談室を座敷にして居宅の届出をしている。パソコン1台・FAXプリンター・社印・書棚・自家用車一台で事業を始められるから、独立居宅は開業にはそう費用はかからない。
開業時に準備をしたものは、FAXプリンター・社印・書棚位である。
ただ後が問題である。
開業から4ヶ月目に腰を落ち着ける意味で公的資金の融資を受けている。1年据え置きで返済をしてきたが、10月には完済出来る。ようやくスタートラインに立てたような気がしている。

先の法改正でケアマネジメントの『独立性・中立性の確保』が問われているが、現状は何ら変わっていない。在宅介護支援センターから地域包括支援センターへと大きな構造改革も行われたが、こちらも大変わりはしない。大きな意識改革が必要のようにも思っている。

網戸をキッカケにとんだ回想をしてしまった。最後の増築は平成3年のことだった。
ゴールデンウイークは実績も早い・・・  2008・5・3
実績が届くので、今日は通常業務になってしまった。
包括への報告分も1事業所残っていたが、午後FAXで届いたのですぐに持参した。包括はゴールデンウイークに入っているが、ケアマネへの報告日が明記してあるからその日の内に届けた方が親切であろう。

残すところ民間事業所2社の報告を待つだけである。2社で3名分あるが、それ以外の給付管理は終わっている。何時届いても良いのだが、一仕事終わっておきたい訳がある。安心して婿さんとお酒が飲みたい。

日曜日に長女が帰ってくるが、それに合わせて食事会でもしようか・・・と誘ってある。
先日急に次女家族と昼食会に行って来たので妻から確認が入った。「天婦羅釜揚げうどん食べてきたけど、食事会もやるの???」と。昼食会と食事会とは内容が違う。婿さんと飲みたいし、孫の好きなものもご馳走したい。ただ問題がある。次女も飲みたい。

前回は次女家族はタクシーで帰った。翌日妻が迎えに行って来たようである。代行運転という手もあるし、飲みたい人は飲めば良い。全くお酒を受け付けないのは長女だけである。
日程はこどもの日の夕食になるようである。今妻がプレゼントを買いに行った。ジジバカ・バババカがここにもいる。
預金残高が千円を切っている・・・・・  2008・5・2
金銭管理が出来なくなっているとヘルパーからお知らせいただいて訪問してみると、預金払い出し明細書を手に考え込んでおられる。明細書を見せていただくと預金残高が600円台である。
明細書の日付は4月30日だが、4月15日頃年金が2か月分振り込まれているハズである。2週間にして2か月分の預金を引き出されているのだが、2月初旬に残高を確認する機会があったが、その時には1か月分の年金額が残高として残っていた。

その後2回の年金の振込みがあったわけだが、3ヶ月の間に5か月分の年金額を引き出されていることになる。
さ〜〜〜〜〜どうする・・・???
どうも金銭管理が本当に出来なくなってしまっているようである。
ケアマネの立場ではそこまで入り込むことは出来ない。

次の年金振込みまでの間、水道光熱費や家賃の引き落としがあるだろう。介護保険サービスを利用しておられるから一部負担金や食材費の購入費用もあるだろう。手元に幾らあるのかは知らないが、引き出された金額は7万円であった。1ヵ月半この金額で生活が出来るのであろうか???
「〇〇さん、これじゃ会社なら倒産ですね・・・」と笑って問いかけた。
本人もその通りと頷いておられた。

後見申し立てを渋っている親族に電話をしても良いかと確認したが、答えは「ノー」だった。しかし電話をする必要がある。この実態を知っていただいて、申し立てに合意していただきたい。それでなければ親族の責任で解決をしてあげていただきたい。

進行が早いか遅いか、どの程度進んでいるのかまでは判らなかったが、必要性を感じていた。認知症の方を沢山みてきているから、そう感じた。ケアマネジャーの動物的な勘なのかも知れないが、案外当たるものである。
火の不始末と金銭管理が出来なければ一人暮らしは難しい。方程式に当てはめることは出来ないが、背景を作ることは必要である。

今大きな転機を迎えているのかも知れない。決断の段階に来ているのかも知れない。その決断を親族に迫ろうと思う。
メーデー  2008・5・1
35年ぐらい前のことだが、メーデーで某地方団体の旗手を勤めている。
同じ日に高岡御車山祭りが開催されるが、午前はメーデーのパレード、午後は御車山の巡行の日程だったようである。
社会の不景気からか労働運動も下火になっているようだが、労働者の権利主張は継続して行っていかなければいけない。

そういう背景もあってなのかもしれないが、利用者の権利擁護をその責務として課せられているケアマネジャーに元気がない。日本協会には「利用者の権利擁護」の意味からもケアマネジャーを労働組合として全国で組織化を目指していただきたいとも思う。

独立ケアマネは経営者でもあるので直接参加は出来ないが、運動の主旨には賛同できるものと思う。
立場の違うもの同士の協働こそが必要な介護保険の現状なのだとも思う。
複雑な関係  2008・5・1
家族は無いが、親族・知人友人関係の方向性が定まらない。こういう事もあろうかと成年後見制度はスタートしたのだろう。ご本人は夢の世界で生きておられる。
後見人を早急に決める必要があるのだが、まだ躊躇しておられるようである。最近金銭管理も危なくなってきている。

近くに親族がいるのなら親族が後見を行えば良いのだが、少し離れた地からでは日々のお世話は出来ないであろう。火の問題や金銭管理等生活をする上で重要なことである。タクシーの無賃乗車が何回かあり、ヘルパー事業所が立て替えたこともあるが、どうも年金が入金されてもすぐに無くなるようである。
先日も通帳が無いということで、郵便局で預かった・預かっていないの一悶着があったらしい。

最悪のケースを考えて、グループホームの申し込みをしておいた。入所となれば身元引受人が必要だが、遠方の親族だけでは施設側も「うん」とは言わないだろう。地元へ連れ帰られるのなら後見人は必要ないと言ってある。
最悪措置入所の話を持ち出せば行政は親族と話をすることになる。そのための手順だけは踏んでおかなければいけない。支援経過には記録を残している。

1年半余り先を読んだスケジュールを組んだが、何時入所することになっても大丈夫な時期に来た。ケアマネジャーとして出来る最低限の手順だけは踏んでおいた。後は親族・知人友人の責任で本人を守ってあげていただきたい。
このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです。
デイサービスを休んだ深〜〜〜い訳  2008・4・30
デイサービスの迎えに行ったら「今日は行けない」と言われたという。サービス提供責任者も駆けつけて説得を試みたがダメだった・・・ということで電話がかかった。

駆けつけてみると「今日は静かにしておいて欲しい・・・」ということなので家族に連絡をとって昼のヘルパーだけは臨時で派遣してもらうことにした。
デイサービスセンターへ連絡をして、ヘルパーが昼に来ることを伝えに家に戻ってみると、亡き妻の霊前で対話をしておられた。デイサービスへ行くことが出来ない「深〜〜〜い訳」がここにあった。

認知症もかなり進んで汚れた紙パンツを変えようともしない方だが、その寂しそうな後姿を見て心を打たれた。こんな深い訳があったのだった。
デイサービスセンターの近くへ行く用事が合ったので、担当者にこの光景を伝えてきた。
「やっぱり何かあったんだ・・・」と日頃温厚な方が通所拒否をされた理由がわからなかったと言われる。

納得の「深〜〜〜い訳」であった。
といつくどん報告会・お茶会  2008・4・30
早いもので、医療ケア付障害児(者)通所施設がオープンして1年が過ぎ去った。その間追加工事も行われ、見違えるように綺麗になった施設のお披露目の意味もあった。
開所に向けて準備していた昨年3月には能登沖地震も発生している。そのサポーターチームのお披露目・お茶会が開催された。
6月には介護保険施設としての指定も下りるということで、受け入れ先の無い重度難病患者等の利用施設も誕生することになる。

お茶会には2〜30人の参加があったが、皆様生き生きとした表情だった。中でも目立った方から新聞記事の紹介をいただいた。「こんなことやっているんですよ・・・」と。
バルーンアートで子供たちを喜ばせておられたことは知っていたが、本格的に笑いを振りまく「チンドンマン」としてのデビューである。3人のグループで始められたが、記事の写真は高岡市金屋町の「サマノコフェスタ」に参加されたときの写真である。
金屋町は地場産業としての銅器・鋳物産業の発祥の地であり、「サマノコ(千本格子)」の旧家が立ち並ぶ町である。
最近道路も石畳に変えて観光化が進んでいる町で映画のロケも行われたことがある。

そのような雰囲気の中でお披露目・お茶会は流れ解散になったが、介護保険での第1号利用者は担当している方になりそうである。
先日訪問した時に話は聞いたが、ケアプランは事業所を追加すれば良い内容になっている。2号被保険者・特定疾病の方だが、子供が好きな方でもある。障害を持つ子らと時間を共にして、生きる力を得ていただきたいものだと思っている。
見学→利用のケアプラン  2008・4・29
朝一番に隣市のデイサービスから電話がかかった。利用者の紹介である。
昼近くに別の隣市で利用に向けたカンファレンスが予定されているので、一応午後お伺いすると答えておいた。

午前の予定を再検討すると、余裕があるというか、午後にも出向く必要があるので一緒にしても良いように思えた。そこで銀行で用を済ませてから直行した。困難事例ではないが、本人が困難な事例である。
地図を付けてもらって、概容だけはお聞きした。

その足でカンファレンスに直行した。車の流れの良い時間帯で40分かかる。開始時間10分前に、少し余裕を持って到着した。
しばらくして看護師が来て「院長が手術中なのでもうしばらくお待ち下さい・・・」という。院長が参加するカンファレンスである。
しばらくして院長の手が空きカンファレンスが始まったが・・・もしや・・・という想いがあった。もう12年以上も前のことであり、お互い年取っている。正確な記憶は無いが、「もしや」であった。

看護師からの状態報告のあと、私からは家庭内の問題をお話した。方向性としては、施設に慣れていただいて利用日数を最大限(認定期間の概ね半数)に拡大して行きたい方向性をお話した。
院長には、大きく頷いて納得のアクションを起こしていただけた。
カンファレンス終了後職員に聞いてみるとやはりそうであった。
午後、午前に予定していた調整を行い、一路紹介いただいた本人を訪ねた。

欝で閉じこもりがちな方だが子によれば、今日は体調が悪く自室に閉じこもっていると言われる。途中から孫も加わって、とにかく本人を見学に連れて行って、利用出来そうなら利用する方向で話を進めていくしかないという結論に至った。そこで見学から利用に向けたケアプランを作成することにした。

連休中に孫が休みの日に時間も決めて、担当(予定)ケアマネも立ち会う。そこでのやり取りがサービス担当者会議になる。そういったケアプラン(原案)を作って臨むことにした。
デイサービスを訪問してこの話をすると、kaigokenさんらしいと絶賛していただけた。
ケアプランは文章ではない。どのような支援・経過で利用者を支えるかということである。「動くケアプラン・・・」そういえば過去にもあったかもしれない。
特定疾患公費助成  2008・4・28
ALS地区相談会が県神経内科医会会長を招いて行われた。
自己紹介を兼ねた病状等の話から始まり、医療費に関して話題が及んだが、70歳代の患者本人から月1回の受診で1万円を超える医療費を払っているという話があった。公費助成があるはずだから、何か良い方法がないか、地域医療連携室を通じて内容を確認してみる約束をした。

院外処方だと薬代は全額公費負担になるが、院内でしか出せない薬が出ているのかもしれない。その辺りがご本人曖昧であった。あるいは制度の説明が充分でなかったのかもしれないが、薬代だけで1万円を超えると言われる。
神経内科医も???であった。とにかく実際を聞いてみる必要がありそうである。
保健所からも来ていただいていたが、それでダメなら支所へ問い合わせて下さいということになった。

昨年の7月頃だったであろうか???富山の相談会にこちらからも患者に同行して参加された保健師さんがあった。それ以来高岡開催に協力してきておられるが、休日にも拘らずお二人で来ておられた。若い保健師さんとは前回の相談会の後、重度障害者宅でも顔を合わせている。地域に密着した保健活動を展開されているので、良い感じを持っている。

総合病院と特定疾患病棟を持つ病院のMSWに声をかけておいたが、確実に伝わっていた。看護師・患者家族の参加もあった。
良い感じでネットワークが動いているが、患者に一番近いところへ情報を届けることも必要なことだと思う。
今回も約20人の参加があったが、事務局が熱心なことも会の盛会につながっている。今後益々患者に身近な患者会に育っていっていただければ良いと思う。

6月には患者・家族だけの会合も開かれるということである。
庭のさつきが蕾ふくらむ  2008・2・27
満杯の花を誇っていたさつきが花をもたなくなってから20年近く経つ。
先日から蕾が膨らんできたが、見事な数の花をもたせている。約20年前を思い出した。

父の23回忌と母の33回忌を一緒に行った時であるから、5月10日前であった。花の命は数日ではあるが、その日が満開であった。
赤・ピンク・白・赤白まだらの花が咲く皐月であるが、木は小さいが花数はかなり多い。葉が見えないくらいに咲き誇っていた。その木が約20年ぶりに復活したようである。

我が家は家系的に複雑だから、親戚付き合いも疎遠がちである。
いわゆる「介護問題」を数多く見ているが、家系が続かない家もある。中抜けがおこっている家を最近続けて目にしているが、2代続けてという家もある。家系に何かがあるのかもしれないが、子孫が繁栄しない家というのはあるものである。

さつきが咲き誇った約20年前に集まられた方々とは疎遠である。亡くなられた方もあるが、人のつながりとは生きていてこそ生まれる。そういう親族関係ではあるが、20数年ぶりに何かが起きるのかもしれない予感がしている。

そういう想いを胸に、さつきの開花を待ち望んでいる。
〇〇さんなら大丈夫だよ・・・。  2008・4・26
ヘルパー事業所へ提供票を届けに行ったら運良く久しぶりに事務所で会うことが出来た。
利用者の情報交換を簡単に行い、生保への移行のタイミングに関してもお話しておいた。無年金の方の通帳が〇万円を切ったら教えて欲しいと・・・。
□□さんがショートステイから真夜中に救急外来へ行った時の話やビールと入所を天秤にかけておられる方や日中独居の方の認知度などなど、簡単にケアマネとしての意見も交えてお話をした。

ある日元同僚のヘルパーと逢われたそうである。近くへ来ているの???ケアマネ誰???という会話の中で〇〇さんだよ・・・と言う話が出たらしい。
〇〇さんなら大丈夫だよ・・・という言葉が返ってきたと言われる。
ヘルパーさんの名前を聞いたが、顔を見れば判るのかもしれないが、誰かは判らない。しかし同業者からそう言われるのは嬉しいものである。

せっかく聞いた話なので、その足で夜中の救急外来の方を訪ねた。丁重にお詫びを申し上げたが、逆に恐縮された。親想いのご夫婦なのだが、かなり重度化して在宅介護が限界に近くなって来ている。
老々介護も今後増えるのだろうが、核家族化がどんどん進んでいるのが目に見える。
ご多分に漏れず我が家も高齢者世帯になるのにあと10年はない。
忙しい1週間  2008・4・26
利用調整2件と各事業所へ提供表を届ける1週間だったが、超困難事例に関わっていたため、過密スケジュールになってしまった。二人分の仕事をこなしたような気分になっているが、家族がほんの少しだけでも関われば、自立した生活が出来る方である。病気の原因も家族関係から来ているものであり、一人暮らしをした方が介護・福祉サービスも使いやすいのかもしれない。

結論は週明けに出るが、「介護問題」の原点が家族関係にあることを立証するようなケースである。
かって、親の問題で子夫婦に離婚を迫ったソーシャルワーカーがいた。問題が大きくなって助っ人に入ったことがあるが、正面から向き合って良い問題と悪い問題がある。自分の立場を先ず確認する必要がある。

私のケアマネジメント手順は、本人を取り巻く関係の深い方を逃がさないように手順を踏んでいる。
契約はご本人とであるが、申し込みは関係の深い方からいただいている。そして申し込み書の裏にケアマネジメント実施要綱を載せ、ケアマネ側からも契約解除が出来るようにしてある。
利用者側にも最低限の義務がある。

困難事例を避けて通りたいとは思わないが、プランが動くまでのプロセスで義務を果たしていただけなればプランは動かない。ケアプランには合意するが、最低限の手順に協力出来ないよ・・・ということになれば、プランも動かない。
ケアマネジメント実施要綱の(6)4)に、「その他ケアマネジメント関係の継続が社会通念上著しく不適当と認められる場合。」と明記している。
申込者がその義務を果たさなければ、ケアマネジメント関係の継続は困難であろう。

忙しい1週間ではあったが、心は亡くしていない。立場的に弱い方の代弁をしてきた1週間でもあった。
義務を果たされなければ、代案も準備してある。
地域包括支援センターと地域の連携  2008・4・24
在宅介護支援センターから地域包括支援センターへと名前こそ変わったが、その機能は変わらない。法改正により予防マネジメントがプラスされたが、予防マネジメントは保健師の役割とされている。この保健師は従来の保健センター保健師ではないかと言ったことがある。保健センター保健師の役割は従来ねたきり老人の訪問指導だった。保健所では認知症老人を担当していたが、保健センターには別の係りもあった。

こちらでは保健センターに1係りから3係りまであるが、乳幼児・高齢者検診を担当していた課も加わる。高齢者の健康管理をしていた係りが担当する構想だと思っていた。しかし実態は違っていた。委託機関に保健師を囲い込むことで事は足りた。
2年前の法改正では厚生労働省にも思い違いがあったのだろうが、構想とは違う方向に動いている。行政ラインによる行政情報の囲い込みである。

こういった背景の中で如何地域の連携をとっていけば良いのだろう???
一昔前の在宅介護支援センターネットワーク図には円卓形式でネットワークメンバーが描かれていた。自治会・老人会・民生委員・交番・ボランテイア・健康づくり推進員・新聞配達・郵便局・社会福祉協議会・健康センター地区担当・近隣・商店高齢福祉推進員である。これらのメンバーが作るネットワークが円卓に描かれていた。ある日突然このネットワーク図が消えた。

今、このネットワーク図を再現することは地域包括支援センターの役割である。これが地域ネットワークの原型であり委託機関が地域と連携を保っていく円卓テーブルの姿でもある。このネットワークを私は「縦列のネットワーク」と表現している。縦列のネットワークの重要性だけはお伝えしたい。
某市ケアマネ協から講師依頼があった。標題のテーマで、私自身の福祉との関わりと現在に至るまでの実践をお話したいと思っている。
地元では出来ない話も飛び出すとは思うが、現在の私がいることが不幸な現状を招いている。

某サービス事業者担当者が現状を聞いてきた。「冷え切っている」とお答えしておいたが彼も同じ想いのようである。
最近は他市で働くことが多い。心行くまで飛び跳ねている。それが結論なのかもしれない。
「やはり私がいなければダメだったね・・・」と言う日が近いのかもしれない。
中一日で準備は出来たが・・・  2008・4・24
かみ合わないときはかみ合わない。
昨晩家に帰ったのが9時ごろになったが,担当者会議の日程が先送りになってしまった。

午前中本人に再確認して、手短にケアプランを作った。別の担当者会議に出かけた時に妹さんから電話がかかった。「何時から行くのか・・・何を準備するのか・・・」と言っておられるということ。本人には方向性の確認をしただけで、時間・日程調整はこれからだと伝えておいていただくことにした。

夕方主介護者にお会いして、本人も急いでおられるので明日担当者会議を開催することを申し入れた。土曜日まで時間がないと言われる。サービス担当者の電話が留守電になっていたので、とにかく調整を取って、時間だけは後日主介護者に伝えることにした。
施設は時間内にしか出られないと言うので、サービス事業者と担当ケアマネで本人の状態等を確認した上で、契約書等の書類だけは後日届けていただく方向で話を進めた。良いテンポで準備が進んだが、かみ合わないときはかみ合わないものである。

ケアプラン原案に合意いただいたのでこちらの契約は終わった。今日居宅変更届けを提出して何時サービスをスタートしても良いようになる。複雑なケースではあるが、家族・親族会議から中2日間でサービスをスタートさせる手順で進めていた。サービス先行でない限り、誰が手がけてもこれだけの手順・日数はかかるであろう。とにかくお忙しい方々を相手にしている。

チョット肩透かしを食ったような感じだが、日程が合わないのだから仕方が無い。本人は気が急いているのだろうが、気変わりも早いようである。認知のせいなのかはわからないが、主治医は認知なしと見ている。年相応の認知障害はあるのだろう。生来の性格に合わせて気が短くなっているのかもしれない。
とにかく波乱万丈のケースのようである。関わって2日目にしてそう感じた。
家族・親族会議  2008・4・22
本人に一番近い方々が集られた。呼びかけをしていただいたのは地域包括支援センター主任ケアマネである。
亡き長男の妻・実妹・実家の姪だが、姪の夫は所用で来ることが出来なかった。本人にとって一番濃い関係の方々に集っていただけた。

主任ケアマネから一つひとつ確認するように現状と今後に関して関係者に問いかけていただけた。そこで嫁から「言って良いですか・・・」ということで家を出る話が持ち出された。徐に「ご本人一人をこの家に残したらどうなるのですか???」と切り出した。
妹の口からは、現在も何かあれば電話が有ることが告げられた。

しばらく堂々巡りの話が続いたので、介護サービス・ケアマネジメントと家族の関係を切り出した。「何方と一緒に本人の介護を考えれば良いのか判りませんし、ご家族の協力無しには在宅介護は成り立ちません。施設入所を考えられたら如何ですか???」と。
嫁から過去の経緯に関して話があって施設は受け入れないことの説明があった。

「それなら尚更のこと、家で生活が出来るようにしていかなければいけませんね。何方を代理人に契約を進めていけば良いのでしょうか???」と。
ここで嫁が気付いたのであろう。義務を放棄したら触れられたくない問題に話は波及することを・・・。
嫁が席を外したところで、妹が声を震わせた「言いたいけどここでは言わない・・・」と。

本人が入所・通所を嫌う根底には妹と同じ想いがあることを感じた。嫁が権利・義務を果たさないことに対する反抗ではなかろうか???と。
契約を出汁に核心に迫った投げかけに対して、一同それぞれの想いがあったとは思うが、嫁自身が発した「言ってはいけない言葉」を封じ込めたようである。「義務を果たさないととんでもないことになりますよ・・・」と。

家族(嫁)の協力でケアマネジメントを進めていくことになるが、前途多難、義務を放棄する発言をされた方に果たして関わっていただけるのだろうか???今日は細かな話はしなかったが、本人の権利擁護に焦点をおいたマネジメントを行う必要性を感じている。
「貰うものだけ貰ってあとは知らないよ・・・」は無いでしょう。常識のある社会人として成長していただきたい。それが「あなた」に課せられた人生のテーマなのかもしれない。

嫁の姿勢を正せば何の問題も無いケースと受け止めてきた。
「介護問題」の原因をはっきりと見せていただいた家族・親族会議であった。
入所申し込み  2008・4・22
予定表を確認して唖然とした。午後予定が入っている。「見学」と書かれている。携帯の着信を確認すると、受信と送信の間に5分の誤差がある。どこかに連絡を取って、お答えをしているようである。
目が覚めてくると順次思い出してきた。入所申し込み・施設見学の話である。途中の空白時間には介護タクシーに電話をしている。

メモは大切である。予定表にメモが無かったら思い出していなかったであろう。こういうことは日中にでもある。忙しい時期には特にそうなのだが、メモに助けられている。簡単で良いからメモを残すことにしている。

今月は少し早めに動いたから急な用事にも余裕を持って対応出来る。確定していないプランが2件。今日から順次提供表を届けようと思っている。
余裕があれば利用中の利用者に合わせた施設訪問を行うことが出来る。久しぶりにその予定を組むことが出来た。

明日の通院でプランが確定する方と今晩一件訪問しようと思っている方がある。何とか今週中には完了するのではないかと思っている。
休日の予定も入っているので、月末はのんびりしたいと思っていたが予定通りに進んでいる。27日・29日は患者会関係に顔を出す。こちらでも少し動きが出てきている。来月に総会を予定している会もあるし、バスハイクを予定している会もある。今のところ協力をしたいと思っているが、直近になってみないと判らない。予定は日々動いている。
調停  2008・4・22
しばらく触れられなかった方が久しぶりに口を開かれた。手応えあり、良い方向に進んでいるそうである。
関わってから半年余りになるが、当初若干の法的制度に関してアドバイスをおくっている。

関わってから若干の摩擦もあったが、担当を変わる時点での初回の家族・親族会議がポイントであった。前任者からもトラブルの概容をお聞きしていたので、何方が本人に代わって契約書にサインをするのかという点を確認した。サインをした方が、ケアマネジメント契約の代理人である。どちらもその代理人になることが出来る。

「主介護者」という言葉に対して「全部介護者」という言葉が返ってきて戸惑ったが、正に全部介護者であった。
それから半年余り経過したが、ケアプランのテーマは「静かな療養環境作り」である。
療養環境は静かになりつつあるが、時として若干問題があるようである。しかし解決しなければならない問題として耳に入ることは無くなった。こんなことがあったという話である。

その間2回の入院があったが、体調も落ち着いてきて、問題なく過ごしておられる。精神的に落ち着くことこそが、静かな療養環境に結びつく。
当事者間の心の葛藤は続いているのであろうが、本人には穏やかな毎日をおくっていただいている。
ケアチームとも良い関係を作っておられるようである。

今思えば最初が肝心であった。この契約は「会議室」で行なっている。
ケアマネジメント実習  2008・4・21
実務研修が終わってからしばらく実習に出なければいけないと言われる。今日がその初日で何日位来る予定なのかは判らない。とにかく初日に相応しい仕事が待っている。
少し複雑な日程調整が必要なのだが、今月は施設側からの申し出もあり、細部にわたって打ち合わせをする必要が出てきた。簡素化するための基本は作ってあるのだが、その基本が崩れそうな感じである。

相手のあることだから電話を待って出かけることにしてあるが、同行されても良い内容であり、場所でもある。
スタンプラリーは9割方終わっているので、今週は施設訪問と相談予定もある。夜の家族・親族会議までは同席していただく訳には行かないだろうが、本当はこれが一番勉強になるのだろう。いずれ機会があればお誘いすることとする。

ここまで書いて電話が鳴った。サービス事業所との相談は早い方が良い・・・ということで、来訪前に調整は終わった。帰られてから電話がかかり、サービス事業者との調整の必要が出てきた。これに対しても即応した。
今、修正利用票の確認をしてもらって帰ってきた。
ケアマネジメントとは待っていても出来ないし、調整の要が何時発生するかは判らない。本当はそういう時に同席していただければ良いのだが、今回は微妙にタイミングがずれていた。何れ機会もあるだろう。

先ずは申し込みから契約までのケアマネジメント手順をお話した。
行政のルールもあるから、細部にわたっては担当課に説明会を申し入れていただくことにした。
新規ケースがあった時に同行訪問をして、出来そうなら担当していただくことにもした。今後ケース交流も視野に入れてお付き合いしていかなければいけない方である。

先ず最初にケースの獲得が問題であることをお伝えした。最近は相談に勢いがあるから、このケースを民間で共有出来るようにして行かなければいけないと思っていることも伝えた。先ずは直近の、初回に相応しいケースで同行出来れば良いかと思う。
参考資料として、開業から今日までのケースの動きを紹介した。法改正が裏目に出て、民間が苦しむことになった事実も表から読み取っていただけた。囲い込みの増強である。
予防プランを再委託しない方針の地域包括があることもお伝えしておいた。

今後徐々に市内の状況をお伝えしていくが、可笑しな法人のリストは伝えておいた。そういう所へは挨拶に行く必要はない。
地域包括に実績を届ける時、誘ってみるのも良いのかも知れないが、先ずはケースを通じて、サービス事業所とのつながりを作っていって欲しい。
利用者の数だけサービス事業所とのつながりがあることも伝えておいた。
今後一緒に進んで行きたい事業所でもある。
家族関係図と成年後見  2008・4・20
本人を取巻く家族・親族関係はポイントだけ押さえておく必要がある。
キーパーソンは誰かという前に、誰が責任を担わなければいけないのかという把握の意味もある。キーパーソンになるべき方が一歩退いているケースもある。その関係を家族(親族)関係図から読み取る必要があるケースもある。

嫁いだ娘(嫁がなくても小姑)が、実家のことに口を出すことは問題の元である。こと「介護」に関しては口は出すが手は出さないということになりかねない。
家族関係図から見る嫁の立場は弱いものである。夫の妻(当たり前のことだが)という立場だけで、家族関係図から見れば一番弱い立場だろう。相続権がないことがそのことを物語っている。
かって日本の「家」制度に関して、嫁の立場から猛反発を受けたことがある。しかし法上はそのようになっている。嫁は嫁なのである。

この古い家族関係しか法上では規定されていないのであるが、中抜けした場合に婚姻関係を血縁関係に近づける制度が出来てきている。成年後見制度もその一つの方法なのではあるが、その他に世代を飛び越えた名義の書き換えや生前贈与という方法もとられている。
放っておけば嫁には相続権は無い。誠に古い考え方の法である。

ケアマネジャーは本人の立場に立ってマネジメントを行う必要がある。ただし、そのことによって弱い立場の方を作ってはいけない。本人よりも立場上弱い方を作ってはいけないということである。
主介護者に介護の力を持っていただくためにも、少しだけ・・・ほんの少しだけ本人よりも優位に立っていただくことにしようと思う。
介護してもらって当たり前・・・ではなく、介護が出来る背景を作った方が良い。

その背景作りに本人にも協力いただいて、のんびりと老後を過ごしていただきたいものだと思う。
如何なる背景を作るかはこれからの作業だが、出来上がった背景に対してご本人に合意をしていただければ良いと思う。また背景作りに嫁の協力も得たい。

その背景作りとは・・・施設なのか在宅なのか・・・住み替えという考え方もあるので、ここは当事者の選択になるのであろう。
良い背景が出来上がれば良いのだが・・・。
歩行器と車椅子  2008・4・20
小型の車椅子で歩行器にも使える工夫がしてある機種がある。リハビリジムに通う方々の中で2名が使っている機種なのだが、コンパクトにたためるから車に積む時も便利である。歩行器にも使えるが、レンタル品目の区分けは車椅子である。

座ることの出来る歩行器を利用している要介護1の方からレンタルの希望があった。レンタル料は同じである。用具担当者に歩行器で出すことが出来ないか問い合わせておいた。
しばらくして帰ってきた答えは「仕入れが車椅子だから、歩行器では出すことが出来ない・・・」であった。
歩行器仕様で二つに折れるタイプのものが無いか問い合わせると、あるということなのでカタログを貰いに行った。丁度実物もあったので、老夫婦をお連れした。

夫が座って妻に押してもらうとどうも向きが反対である。
それでは・・・ということで、向き合って押してみてもらった。お見合いをしながら移動出来るので良い感じである・・・が、妻からクレームがついた。見える景色が違うので話が合わない・・・と言われる。
「でもお見合いをしながら移動出来て良いんじゃない???」と。お見合いは恥ずかしいそうである。

微笑ましい用具選定の一齣だったが、現状のまま小さくならない歩行器レンタルをあと半年続けることになった。更新時には要介護2が出ることを期待しておられる。確実に上がるとは言えないが、車椅子が必要だということは介護度も上がっているのかもしれない。
昨年温泉でご一緒したとき、大浴場の手前まで来て足が動かなくなった。
はっきりとしたON−OFFは無いが、体調によっては動かなくなる。

動作も緩慢になって来ているし、病状が進行していることは事実である。
姻族と縁族そして一族  2008・4・19
婚姻・養子縁組と一族を構成する戸籍上の制度がある。
その関係・取り扱いであるが、養子縁組は血族に匹敵するが婚姻は当事者間の関係だけである。血縁関係が中抜けしたケースを2件続けて見ているが、財産分与等で何らかの方策がとられているようである。
問題が無ければ踏み込む必要の無いことだが、問題が起きればこの関係も頭をもたげるのであろう。その可能性が高いケースが目の前にある。

先に、嫁が成年後見人として手続きを済ませているケースがあった。今回は後見申し立てはしてないが、別の方法で遺産分割が行われているようである。生前贈与という形なのだろう。また、家を継ぐ孫に名義変更が成されているケースもあった。
事を荒立てないためには、このままの状態で家族関係を継続出来れば良いのだろうが、家族関係崩壊の要素もはらんでいる。先ずはお会いして話を聞いてみるが、法律家も交えた相談になってくるような予感もしている。

仮に生前贈与という形をとっているものとすれば、権利義務の関係が生じていると理解する。貰うものは貰って後は知らないよ・・・という訳にはいかないであろう。
外からは見えない家族関係が「介護」をテーマに頭を持ち上げてくることがある。これも「介護問題」の一つのケースだろうが、関係者の心を如何まとめ上げるかというところがポイントかと思う。
上手く解決できれば良いが「介護問題」の看板を下げなければいけなくなる困難事例なのかもしれない。
早速地域包括から電話が・・・。  2008・4・18
早速地域包括から電話がかかったので、丁重に昨日のお礼を申し述べた。
今度は主任介護支援専門員からの電話だったが、ケースの相談である。概略をお聞きしたが、家族・親族会議を開く必要性を感じたのでご指摘すると、その方向へ進んでいるようだった。問題が複雑なので、外へ出る用事があるのでその前にお寄りすることにした。

訪問するとデーターを揃えて、不足分を一生懸命書き込みしておられる。
ソーシャルワーカーと話をするときは向かい合って話をするが、この方、向かい合ってではチョットと・・・横に来ていただけ、良い感じでケースの内容をお話いただけた。
親族会議はもうセットしてあるそうで、視点が同じだったので仕事は早い。横道に逸れないように、軌道修正をすれば良いようである。複雑な親族会議だから女性一人では心細いであろうし、会議の中で私の出番もありそうである。

ソーシャルワーカーに救いを求めずに呼びかけていただけたということは、個人的な呼びかけではなく、包括からの誘いだと理解させていただいた。今後包括の不足する部分を補っていけば良い。一緒にレベルアップしていくことが出来れば良いと思っている。この地域でなら良いケアマネジメントが出来る。その背景作りは確実に進んでいる。

昨日の自己紹介で、ケースこそ動かなかったが、自分で満足できるマネジメントが出来たことを紹介している。医療ニーズの非常に高いケースではあったが助けていただける機関があった。
今回は正に「介護問題」関係者の心を如何マネジメントするかということである。離散なのか関係の修復なのか・・・答えは集られる家族・親族の心の中にある。果たしてどの方向へまとめることが出来るのか・・・。
これもやってみなければ判らない・・・といったところだろうか???

今月も予感があり、早めにスタンプラリーをはじめていた。今日一件ケースを失った。契約解除をケアマネ側から申し立てしても良いケースだが、ケアマネが言うことを聞かないと行政に相談があった。高さ変動のベッドは危険であることを公言しておいた。常識外れの利用者であることを理解していただけた。
常識のある施設に相談しようかと候補に上がっていたが、電話がかかった施設は常識の無い施設であった。担当課からの紹介だそうである。
地域ケア会議  2008・4・18
一地域包括支援センターが開催する地域ケア会議・研修会に50人の参加者があった。行政・民生委員・医療・保健・福祉関係者等など、地域で介護に関わっている方々が集うことは良いものである。担当エリアの枠を少し拡げたサービス事業者の顔もあった。担当エリアの利用者に関わっているサービス事業者にも枠を拡げておられる。この点がソーシャルワーカーのセンスなのかもしれない。

10数年前、一人暮らし老人の軒並み訪問を行政から指示されて不満を漏らしていた彼も、何処に焦点を合わせて支援を行っていけば良いのかそのポイントを掴んだようである。
医療の出口は地域連携室(相談室)であろうし、地域での問題発見は地域であろう。そこに関わる多くの方々と日々の連携を執って行くことは重要なことである。その連携会議が動き始めている。

まだ勉強会の段階だが、今後大きくテーブルを囲んでいかれることになるだろう。地域の関係者が一堂に会して、地域が目に見えるような・・・そのような円卓を囲むことが出来れば、素晴らしい地域に育っていくものと思われる。その「核」になるのはソーシャルワーカー・・・そのような姿が目に見えてくるような勉強会であった。

市担当者から様式の説明があったが、福祉サービスの申請書には閉口した。誠に合理的な申請書を使っておられる。各種申請書が一枚にまとめられていた。
何処の・誰が・何を申請するのか判れば良い訳だから、申請する事業に丸印を付ければ良い・・・そんな簡単な申請書だが、ここに来るまで論議はあったのだろう・・・しかし画期的な方法である。

「隣の柿は美味しい・・・」だったか、の諺もあるが、地域を目に見えるようにする視点を持たない限りこの発想は生まれてこない。
かって民生委員担当地域別に在宅介護支援センター基本台帳を整理したことがあるが、在宅介護支援センターの担当区域が代わるたびに申し送りされているとは聞いたことがある。
地域包括支援センターに変わった今、その発想だけでも引き継いでいただきたいものである。そして地域の各種サービスをその台帳にかぶせる作業を行っていただきたいものである。この作業は頭の中で出来る。
地域包括支援センターには地域の行政情報が色々な形で入る。その情報の有効な利用方法を検討していただきたいものである。
孫の宝物  2008・4・17
近くの接骨院の先生が陶芸家でもある。
もう20年余り前のことだが、銀座松屋で陶芸展・即売会を開かれた。
ゴールデンウイーク中のことであり、当時ゴールデンウイークには東京ディズニーランドへ通っていたので、陶芸展にも立ち寄った。湯のみセットで〇万円の定価が付いていた。手が出ない値段だった。
色が思うように出ないとか、少し歪に焼きあがったとか・・・そういう失敗作を貰ったこともある。
そういう先生が孫のために「皿」を焼いてくれた。犀が浮き出た絵柄だが、名前を書いて焼き上げていただいた。世界に一つしかない孫の絵皿である。

冬に妻が肩が痛いということで通院していた。少し調子が良くなってから孫も連れて行っていた。
先生の外孫は母親が仕事に行っているので何時も来ている。半年ほど年上のお兄ちゃんである。そこで友達になった。
おもちゃも勉強系のおもちゃが多いということで、片言の言葉が単発で出るらしい。そういうお兄ちゃんに圧倒されている孫である。
その孫に皿を焼いていただけた。

銀座での値段を知っているので、知らない顔をしている訳にはいかない。
酒が好きな先生なので妻に・・・酒でも・・・と言ったら手作り酒蔵の酒を買ってきた。箱入りで包装もしてあるので・・・まずいんじゃないの???と。包装を外して新聞紙にでも包んで・・・貰い物ですが・・・と持っていかせることにした。

その絵皿を日々使っているのだが、本人も気に入っているようである。名前よりも浮き出た犀がお気に入りのようである。犀が見えるまで一生懸命に食べている。食事量は私より多いかもしれないが・・・私は噛まなくても良い栄養素を持っている。最近家にいると遊び相手を求めてくる。階段は登ることができるが降りるときが心配である。時として前向きに降りようとすることもあるので、キャッチ出来る体制をとっているが・・・付いていることがかえって悪いのかもしれない。
しかし危険である。
病院の出口で転倒・・・。  2008・4・17
週末に大型銭湯で倒れて救急搬送され、その日の内に帰ってきておられたが、担当ヘルパーが知ったのは週明けの朝である。
連絡をいただいて訪問し、後期高齢者医療受給者証が無いので市担当課へ問い合わせると局止めになっているということで再発行を受ける。
何時も行っている病院へ行きたいということなので、救急病院の支払を済ませてから行くことにして家を出た。

救急病院会計窓口で支払をしようとしたら、貴重品を入れた袋が見当たらない。手提げに入っているのはズボン一枚とパンやスナック菓子である。
家へ戻ると玄関の下駄箱の上に貴重品袋は置かれてあった。
一路救急病院へ・・・支払を終えて目的の病院へ着いたのは、午前診療の受付締切時間の15分前であった。・・・何とか間に合った。

翌朝MSWから、他科受診へつないでいただく依頼をしていたが、上手くつなげなかったことに対するお詫びの電話がかかっている。そのあとヘルパー事業所から病院の玄関で転んで捻挫をした・・・と電話がかかった。
目的の科にはかかっておられるが、目的の「背中が痛い・・・」に関しては解決していないのであろう。
緊急性は無いものと判断して翌朝訪問した。

捻挫に加え、おでこに創があった。車止めの石に頭をぶつけたそうである。
近日中に受診されるということなので、MSWに怪我の事実を伝えると共に、整形受診時に背中の痛みに関しても診ていただくように伝言を依頼した。電子カルテになってからはメモを挟むことが出来ないので、連絡が不都合のようである。受診日が判ればその日の担当医に伝えていただけるのだが、受診日も気まぐれである・・・と言うよりも、曜日は関係ない。

そういった大らかな方とのお付き合いもあり、楽しさも交えたマネジメントを行っている。家に帰ると血液データーを送っていただけていたので、ヘルパー事業所オーナーと内容を検討した。オーナーは看護師で担当ヘルパーは調理師である。調理の方向性に関して、栄養面での検討もしていただけるものと思う。
FAX送信票に施設見学に関して書かれていた。知人が一緒に見学をしたいと言っておられるということで、「お逢いされたら電話をいただきたい」とメールで返信している。

電話・FAX・メールと通信手段を有効に使っているが、本人のペースとマッチしない面もある。朝夕のヘルパー派遣だが、ここ2〜3日、夜に会えなかったということである。やはり一日遅れの対応になってしまう。
ご本人は穏やかにニコニコしておられるので、こちらもニコニコしているしかない・・・。
最近ヘルパーに疲れが見えてきている。今冬まで半年余り・・・頑張って・・・下さい。
法改正からしばらくたった頃の記事より。  2008・4・15
『「・・・機関ネットワークなどは行政の責任でネットワークの構築をお願いしたい。
ただ、機関が作ることになっているネットワーク構築はそう簡単にはいかない。在宅介護支援センターが作らなければいけないとされていた地域福祉ネットワーク・地域福祉コミュニティー作りに関しては地域包括支援センターが担当することになったので、私のHPの全てを(在宅介護支援センターという名の指定居宅介護支援事業所の部分を除いて)地域包括支援センターと読み替えていただいても良いと思う。」

行政の勘違いであろうか???地域包括支援センターを核として作る機関ネットワークはケアマネジャーのネットワークではない。
地域ケア会議を地域で行ってこそ意義があるのだが、その重要なネットワーク図が「保健福祉計画・介護保険計画」から消えている。代わりに図解してあるのが「在宅介護支援センターという名の居宅介護支援事業所」が介護予防事業を行うという図である。
何方が素案を書いているかは判るが、前任者の意向に沿った運営が為されて来なかったのであろうし、今後も人事異動で計画と実践の内容が異なってくることも考えられる。一度ブロック会議の場でネットワーク図の重要性をお話したことはある。

先日も私的にご指摘したが、要となるソーシャルワーカーが目に付かない。人がいないということではないが、活用し切れていないという面が目に付く。コミュニティソーシャルワークを如何に進めるのかという企画・立案や実践においても要となる人材に一貫性がない。
地域包括支援センターを核とした縦列のネットワークだけは是非作っていただきたいものである。

職能団体のネットワークは横列のネットワークに位置付けられるものと思う。各種団体とお付き合いをしているが、いずれも行政の関与はない。それが横列のネットワークの意味である。
患者団体等も横列のネットワークであるが、私の情報源は概ねそんなところである。横列のネットワークを言い換えれば人的なネットワークであり、人的ネットワークを組織することは出来ない。

そのほかにケースを通じたサービス事業者とのネットワークがある。これも人的ネットワークに近いが、デスクワーク中心のケアマネジャーにはこの第2のネットワークは芽生えないであろう。サービス事業者が利用者側に付くかケアマネ側につくかという場面もあるという話であるが、ケアマネ交代に動くこともサービス提供拒否に動くこともある。

この様に各種のネットワークを絡めていくのがソーシャルワーカーの仕事でもあるのだが・・・旧態依然とした主役が交代しただけの運営ではネットワークは出来ていかないであろう。しばらくはお手並み拝見という事にしておこうと思う。 』

明後日、燐市の地域包括から地域ケア会議「研修会」に招待を受けている。地域の民生委員やケアマネジャー・サービス事業者などが参加する研修会である。一歩先を越されたような感がある。ソーシャルワーカーの視点の違いだろうが、措置時代に独居老人の名簿を渡され、軒並み実態把握をするように・・・と・・・大きな不満をぶちまけられたことがある。
彼の姿に、画一的な行政の姿勢から一歩飛躍した姿を見ている。
ケアマネジメント関係終了の事由。  2008・4・14
ケアマネジャー側からも契約解除を申し入れることが出来る。ケアマネジメント申込書裏面に「ケアマネジメント実施要綱」が明記してあるが、その中で次のように記している。

『(6)ケアマネジャーは、以下に掲げる正当な理由なく一方的にケアマネジメント関係を終了する事はできない。
1)申込者ないしケアプラン利用者より、ケアマネジメントの委任の本旨に反する依頼を受けた場合。
2)申込者ないしケアプラン利用者よりケアマネジャーに対する信用破綻行為などがあった場合。
3)ケアプラン利用者が死亡した場合。
4)その他ケアマネジメント関係の継続が社会通念上著しく不適当と認められる場合。』

今回、用具事業者と直接ベッドレンタルの話が進められていた。前任者から交代してからも2年経過するが、サービスの変更追加に関してケアマネジャーを通していただいていた。
以前ベッドレンタルを中止した経緯があるが、その理由は購入商品で事業者とトラブルがあったが、このことが理由であった。

ほんの1週間前歩行器レンタルで新しい事業者を紹介しているが、ことベッドのことであったのでケアマネジャーを飛ばされたのであろう。
ケアマネジャーを通じることなくベッドをレンタルしようとされたことは介護保険のルールに反するのでこのことはご指摘した。
2)の信用破綻行為に当たるものと思われる。
この時点で2モーターの高さ変動には介護者の腰痛等を防ぐ目的があることを伝えている。

高さ固定・背上げ式1モータベッドの搬入を事業者に指示しているが、電話で高さ変動の1モーターに変えて欲しいということであった。ここにも虚偽の申し立てがあったわけで、起き上がり・立ち上がりが不自由だということであったので、ベッド搬入にむけてケアプランを書き換えている。歩行器選定時点で本人の状態は確認している。
起き上がりが出来て高さだけの問題なら別に介護用ベッドを使用しなくても良い。2モーターベッドは3cm低かったそうである。低さを求めるのならパイプベッドの高さの低いものを使用して欲しいと伝えておいた。
1)のケアマネジメントの委任の本旨に反する依頼である。
高さ変動は介護者のためのものである。

ここまで来れば
4)その他ケアマネジメント関係の継続が社会通念上著しく不適当と認められる場合。
にも抵触するものと思われる。

ケアマネジメントは対等の立場で信頼関係の上成り立つものと解するが・・・如何であろうか???
「ケアマネジメント実施要綱」を持ち出すまでもなく、別の理由でケアマネ交替を申し入れる予定でいる。「ネットワークを活用するためにこの地域には来ることが出来なくなりました。ネットワークのケアマネでも良いですし、〇〇さんでも××さんでも良いですよ・・・。」と。
利用する側にもモラルがある。モラルに外れた方を保険者にお知らせする文書も持っているが、今回はそこまではやらないでおこうと思っている。
しばらくの間だが、一緒に活動した方でもあるが・・・ここまで人間がひねくれているとは思わなかった。

立場の勘違い、利用者側の権利主張である。
不当な権利主張を排除するのもケアマネジャーである。
そういえば過去に一件委託解除の手続きを執っている。

ケアマネジメント関係終了の事由・検証  2008・4・16
検証という言い方は悪いかもしれない。アセスメントの精査と言った方が良いのかもしれない。何故3cmに拘られるのかということである。

ショートステイの計画利用をしておられるのでベッドの高さの実測に行った。施設のベッドだから3モーターだが、一番低くしても46cmであった。
その場で用具担当者に電話で、自宅のベッドの高さを問い合わせた。畳保護材を含めて、39cmという答えが返ってきた。
それよりも3cm低い高さ変動の電動ベッドを使用したいということだが、道理に適うのだろうか???福祉用具事業者には電動ベッド以外で、高さ39cm以下のベッドを探すように依頼した。高さの問題だけで電動ベッドを使用するのは介護保険法の趣旨に反すると判断する。高さ変動ベッドは主に介護者の腰痛防止等、介護負担の軽減を目的としている。

通常座位が低くなれば立ち上がりが困難になる。通常愛用している椅子と同じ高さのベッドが高いということになれば、3センチの低さを論議するよりも別の方法を考えなければいけない。そういう意味でも、ベッドの高さの論議を終了するために、購入でもっと低いベッドが無いかを探していただくこととした。
この問題の原点は介護保険法の原点を踏み外したことであるから、譲ることは出来ない。ケアマネ交代まで話を進めるが、私のネットワークのケアマネは「嫌だ・・・」とはっきりと言う。交代のケアマネを紹介出来ないので、利用者(主介護者)自身で探していただくことにしようと思う。その時間の余裕は差し上げるつもりである。

現在利用しておられるサービス事業所にもケアマネはいるし、自由にケアマネジャーを選んでいただければ良い。
高さだけの問題でベッドを選ぼうとしていることが間違いだということを気付かせてあげられるケアマネジャーが見付かれば良いと思っている。
電動ベッドの高さ変動は、介護者の介護軽減が目的と理解しているので、危険な高さ変動ベッドを入れるときには充分に注意を払っている。主介護者の管理出来ないところでスイッチが操作できる背景下では給付しないことにしている。

ネットワークの拡大で協働する相手に申し送りする予定のケースだっただけに、安易な妥協は出来ない。違う意味での「困難事例」を申し送りする訳には行かない。申し送りされても困る意思表示もあった。看護のベテランである。
Re: 二上さんお久しぶりです。  2008・4・14
はまじ さん、お久しぶりです。

常日頃独立の事を考えていたのですが、生活面の保障を考えると踏み出せなくて‥。

生活面を考えると出来ないのが事実なのかもしれません。独立している方々にも一人ひとり想いはあるのでしょうが、なかなか一つにはなりません。
今、ようやくネットワークが動き出そうとしているのですが、先ずは緩やかな協働から実践を始めることにしました。

ゼロからの開業でしたら、軌道に乗るまで3年はかかると思います。
今感じておられるストレスと両天秤にかけて開業を考えられたら良いかと思います。
もっとも私の場合は法改正が裏目に出て1年間足踏みしました。その1年間がバネになって、ネットワークが拡がりつつあります。

隣市にも「とまり木」が出来ましたので、積極的に市外へも出ることにしました。市内に関してはネットワークで分担して行こうと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。

Re: 二上さんお久しぶりです。  2008・4・15
黙って経営理事の言われるまま黙々と業務をこなすのがいいのか‥。
賃金保障を選ぶのか、理念を選ぶのか。


独立中立型介護支援専門員全国協議会が発足した時、私はまだ一市民でしたが、浜松・横浜大会に参加してきました。その場で皆様が口を揃えたかのように言われた言葉が「雇用と理念を両天秤にかけ・・・」でした。
35件・約半数の重度者を担当して年500万円にも満たない介護報酬ですが、通常のビジネス感覚では成り立たない事業かと思います。

いっそ自分が身を引く事も必要なのかと‥。

理念を貫かれる気持ちがありましたら、ぜひ独立していただきたいと思います。金利の安い公的な融資もありますので利用しました。1年返済を据え置いてあと半年で完済します。この時点で「軌道に乗った」宣言をしたいと思っています。開業から4年半かかったことになりますが・・・。

後期高齢者医療制度をぶっつぶせ???  2008・4・13
署名を求められたが拒否をした。
「せっかく出来た制度を無くさないで下さいね・・・」とお願いもしておいた。理由も説明しておいたがご理解いただけなかったようである。
久しぶりに訪ねてきて、怒って帰ってしまった。・・・・・。

後期高齢者医療制度も団塊の世代に照準が合わせられている。
私も含めた団塊の世代の小学校入学から今回の医療制度改革に至るまで、政策は全て団塊の世代に照準が合っていたと言っても過言ではないだろう。介護保険制度にしても然りである。
これは戦争の後遺症に他ならない。

人口ピラミッドを頭に描いていただければ答えは一目瞭然である。
頭でっかちの人口ピラミッドの歪な部分、団塊の世代の教育から介護・医療までを解決すべく政策が取られてきた。団塊の世代が消費者に回った時代がバブル期である。
今後膨れ上がるであろう高齢者の医療費を高齢者自身の保険で賄おうという制度であるが、根底には若い世代(少子化による負担層)にこれ以上負担をかけられないという考え方がある。年金制度に関しても然り、若い年代が受給者になるまで制度があるかどうかは判らない。

これからの年金受給者は制度が始まってからの年代であるから、介護・医療に関する負担を求めても差し支えないと思う。若い年代に負担を求めるよりも道理にかなっているだろう。
病院の待合室がサロン化して、はしご受診もあり、大量の薬がゴミ箱に消えていたことも事実である。健診に行って、医師に薬を求める姿も目にしている。出す医師も医師だが、求めるほうも求める方である。

そういう経緯もあり、内容はともかく、後期高齢者医療制度には賛成の立場をとっている。スタートしたばかりの制度だからトラブルもあるようではあるが・・・その内に落ち着くものと思っている。
グループホームから在宅へ???  2008・4・13
約3ヶ月前にグループホームへ入所した方の家族から電話がかかった。「病状が悪化してグループホームから退所になった。」と言われる。入院即退所ということなので???と自宅へ向かった。

元々腎臓病を患っていた方だが、腎臓病が悪化したということで、看護師からケアマネジャーに連絡しておくようにと話があったそうである。一応1ヶ月の入院期間を言われているということだが、その期間もわからない。病状との相談である。
転院ということなら地域連携室に相談していただけば良いし、家に帰られるのなら往診・訪問看護で在宅療養は出来る。充分に応えていただけるスタッフも準備することをお約束した。

過去にグループホームから総合病院へ入院になって、他市の病院へ転院されていたが在宅介護は無理だということで、グループホーム入所までショートステイで待機していた方である。アドバイスが良かったのか、タイミングが良かったのか、3ヶ月で入所先が決まり、3ヶ月目に再入院になっている。

過去に「徘徊が激しいときは自宅ではみれませんが、寝たきりになった今なら充分に在宅介護が出来ます・・・」と退所された方もあったので、この話をお伝えしておいた。
家族に介護力があれば、寝たきりの在宅介護・看護は充分に出来るし、可能なスタッフも揃えることが出来る。

ゴールデンウイークが終わった頃に連絡を取って方向性を決めたいと思う。
家族に看取る気持ちがあれば、充分に可能なケースである。
八重桜が満開・・・近し・・・。  2008・4・12
高岡駅から桜馬場通りを通って古城公園へ向う道程で色々な桜を見ることが出来る。
咲き始めが一番早いのが公園の外堀に植えられた若木だが、一週間程して公園内の古木も満開に近くなった。そして桜馬場通りの八重桜である。

子供心に覚えているが、桜馬場通りは道路拡張で取り壊され場所が変わっている。見事な桜の大木は記憶にあるが、その桜は古城公園に移植されている。その面影を残そうと・・・拡張された道路脇に色々な桜が植えられている。

3月末にわか木が花を開かせ、一週間位してから古木が花開く。そして一週間、八重桜が花開き・・・現在3部合唱している。
あと2週間は桜を見ることが出来ますので、ぜひ高岡へおこし下さい。
ご連絡をいただければご案内いたします。
福祉用具と危険  2008・4・10
過去に別の事業者と別の件でトラブルがあって、事業者を変更したケースがある。この業者私費商品を納めていたので指名があったが・・・果たして・・・という感は持っていた。利用者の選択には違いない。

転倒して肩脱臼ということでADLが一時的に低下した。中断(先月末で)していた歩行器を機種変更して利用する申し出があった。1ヶ月内の再利用だったので、ケアプランはそのままで利用を再開した。
後日事業者からベッドを搬入するように電話があったという連絡をいただいた。サービス利用は先ずケアマネジャーに相談していただくように伝えていただくことにしておいた。

週が明けてレンタル事業者から「2モーターベッドを利用していただくことになった・・・」と連絡があった。(ここにも間違いがあるのだが)2モーターは必要ないから(ボタンを間違えたらかえって危険)高さ固定・背上げ式1モーターベッドを入れるように指示をしておいた。しばらくして主介護者から電話があったので、介護保険法利用に関して「ルール違反」であることを伝えておいた。
サービス利用にはアセスメントに基づくケアプランが必要である。
レンタル事業者と利用者(主介護者)間で密約があった。私が一番嫌いなケースである。ルール違反で両方とも切っても良い・・・。幸いの口実である。
時間をかけて、無理なく去っていけるようにしてあげたい。ただ提案はする。

現在手がけているネットワーク構想でリスト(悪い意味ではなく行動範囲)に上がっていた方なのだが、認定更新時に交代しようと思っている。
ネットワーク(協業体を目指して)を機能させていくためにも担当エリアを作る必要がある。まだ企業化していないが、将来に向けて地域担当を明確にして行く必要があるだろう。その第1段の候補に上がっていた方である。
ルール違反もあるので、大義名文がある。

「選択の自由を保障する」ことを前面に活動を続けているので、その他の選択肢もお示ししようと思っている。〇〇さんはあの施設に居られますし、××さんはここに居られます。ネットワークのケアマネジャーでも良いですし・・・如何されますか???と。

裏工作をする用具事業者とはもうお付き合いをするつもりはない。新規に関してはもう相談しないが、現在利用中の用具は仕方がない。あと何年かかるかはわからないが、もう依頼することはないであろう。
人に信頼される仕事をするために、ルールを守ることは勿論のこと、自分の置かれた立場も理解しなければいけない。
ケアマネも知らない、ケアプランにも書かれていない用具の相談に乗ってはいけませんね。電話の段階で、2モーターはかえって危険だから、「高さ固定の背上げ式1モータベッド」を入れるように指示している。
それにしても、歩行器使用の家庭にコンパネで作った真新しいスロープが置いてあったことに一抹の不安を感じている。(用具屋が作っていなければ良いのだが・・・) (確認すると作っていないということ・・・少しだけ信頼回復・・・)
幻想・幻覚  2008・4・9
家庭のケアマネジメントをお任せいただいて老夫婦に関わって来たが、妻は退院することが出来なかった。
一時避難的にショートステイを利用していただいていた夫の退所日だったが、嫁いだ子が迎えに行き、その足で妻の面会に行って来たと言われる。妻の状態をお聞きして、幻想・幻覚だと思った。

現段階では疼痛管理が一番の問題の病状なのだが、経口疼痛剤は身体が受け付けなかった。モルヒネの機械管理の点滴で痛みを凌いでおられるのだが、夫を連れて面会に行った時に「可笑しな事ばかり言っていた・・・」と言われる。多分幻想・幻覚の世界に入っておられるのだろう。
家族・親族は「何時何が起こっても可笑しくない・・・」と受け止めておられる。正にターミナル期にご本人はおられる。

夫の在宅サービスが明日から始まる。デイサービスに通ってみて、本人に気に入っていただければ回数を増やす準備もある(空き待ちだが・・・)。ヘルパーにも応援いただき、日中一人の状態を少しでも軽減したい。ご本人も別の世界・夢の世界で生活をしておられる。

施設時代に重度認知症の皆様とは日々交流があった。人気者でもあった。
皆様が集まる「ふれあいコーナー」のカウンターで良く話をした。
その時に思ったことだが・・・「深酒をして、瞬間々々の意識はあるのだがつながらない・・・そういった状況かな???」と勝手に推測している。
特定事業所加算  2008・4・8
2年前の法改正で誕生した加算だが、独立ケアマネがこの加算を取らない手は無い・・・と仰る制度に精通した方がおられると言う。独立ケアマネを支援する加算だったようである。

久しぶりに掲示板を開いて動いていないので電話をした。「〇〇どうなっているの・・・???」と。
掲示板(ここ)にはIDを忘れて投稿出来ないと言われるが、再設定という手もあることをお伝えする。
そろそろ2年近くになるが、「独立化の勧め」協業組合構想も満更ではなかったようである。せっかく加算が付いたのだから、独立ケアマネはその恩恵にあずかる必要がある。当時専門紙の皆様にもそう書いていただいた。でも・・・組織が伸び悩んでいることは事実である。

日本の福祉・介護保険の現状を真剣に変える気持ちのある有志が集まらなければ実現しない問題なのではあるが、活動が尻しぼみになっていることに寂しさを感じる。
当時特定事業所加算を得るための協業組合構想のようにも報道されたが、大きく地域福祉を変える目的も持っていたことをお伝えしたい。天下り管理者が一番の問題。行政ラインでグルグルになっているこの現状を変えない限り日本に地域福祉は誕生しない。

久しぶりに電話で話をしたが、1年半余り前と考え方が変わっていないことを確認した。
学者筋では定説になっている加算の目的であろうが、現状で独立して加算を得るまでの事業を成し遂げられる方はあるのであろうか・・・???
再度「協業組合構想」をご紹介したいと思う。

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/toyamakendokuritugatakaigosiensenmoninkixyougixyoukumiai.htm
地域ケア会議「研修会」にご招待・・・。  2008・4・7
隣市の包括へ1ヶ月のご報告に行った時、標題の研修会にご招待をいただいた。わが市からも何社か名前が上がっていたが、ケアマネジャー・サービス事業所員・民生児童委員などが対象の「研修会」である。
今回退院こそ出来なかったが、医療ニーズの高い方の地域医療ネットワークを目にした。羨ましい限りのネットワークが構築されているが、その包括からの誘いである。

「〇〇市は良いね・・・」から始まった意見交換で、地域医療の拠点病院が話題になった。本人はさほどにも思っていなかったようだが、拠点病院を核に素晴らしい地域医療ネットワークが出来ている。
そこで出て来たのが「FAXしようと思っていたのだけど・・・」と案内状であった。女性包括職員が「少し甘いかもしれませんが・・・と入れてくれたカフェオレをすすりながら良い感じで報告をさせていただいた。
「自己満足かもしれないけど、満足出来るケアマネジメントの背景には素晴らしいサービスがあります・・・」とは決してお世辞ではない。

今後また呼んでいただけることに大きな期待を持って地域包括を後にした。
報酬にこそならなかったが、自分自身の実践を振り返ることの出来るケアマネジメントが出来た。
ケアマネジメントとは人と人とのつながりを作るアクションをおこすことだと言っても過言ではないであろうが、如何に良いメンバーを揃えるかということも良いケアマネジメントの要素になると思う。

大きな仕事をした実感を胸に・・・独立・民間ケアマネジャーのネットワークの進む方向として、大まかな地域の担当割りが動き出そうとしている。
「介護は目が大事だから一緒に頑張ろう」  2008・4・6
ある難病患者のHPからの引用だが、ホームヘルパーに3つのタイプがあるそうである。介護を受けた方にしか判らない区分である。

(引用)
1・「耳で介護をするヘルパーさん」について。
このヘルパーさん、指導してくれるヘルパーさんが出す指示を耳で聞かないと介護をしようとしない。

2・「頭で介護をするヘルパーさん」について。
このヘルパーさんは、教えてもらったことを全てメモにとって、その内容を頭にたたき込んでそのとおりに介護をしようとする。

3・、「目で介護をするヘルパーさん」について。
このヘルパーさん。
自分で記録したメモをある程度覚えると、僕のことをジ〜と見つめながら「どうしてその介護が必要なのか?」と聞いてくる。
そして、事あるごとに「こんな介護の仕方はどうですか?」と提案してくる。

(引用ここまで)

この区分を見て思った。
ケアマネジャーは目でプランを立てなければいけない・・・と。

そうですね、自分の目で確かめて、自分の経験に照らし合わせて、そして本人の立場でケアプランを書かなければいけない・・・このことを実感させていただける文章です。

医療専門家ではない私が、ターミナルケアに関して自分でも満足出来るケアマネジメントを行うことが出来た。
餅は餅屋・・・如何に専門職につなぐかという手法がケアマネジメントであり、ケアマネジャー自身は対象者が必要としているサービスの専門家である必要はないと実感した言葉でもある。

ケアマネジメント・・・必要な分野の専門職を如何にして集めるかということが大切だと思う。
ケアマネジメント=ソーシャルワークということであろうか???
作業服の新調  2008・4・6
開業から4年間、作業服も色あせて、少しくたばってきた。
ケアマネジャーは何でも屋であるから、ビジネススーツなどは着ない。作業服である。

昨晩妻を誘っておいた。センスが無いからでもあるし、センスのある妻から注文が付くのが嫌だった。だから着るものに関しては妻に同行を求める。あるいは妻が勝手に買ってきたものを文句を言わないで着ている。
そういう意味では『選択の自由』は保障されていないのだが、自分で選ぶよりも結果としては良いようである。そのような長〜〜〜い人生が我が家にはある。

4年前に何処で買ったかも記憶に無かった。多分あの方向でなかった???・・・ということで車を走らせたが、方向は概ね合っていた。しかし店は反対の方向にあった。人間の記憶とはその程度のものである。
店に入ると4年前を思い出した。前回と同じような配色のものもあったが、4歳年取ったのだから少し地味なものにした。紺を主体にポイントとして赤と白がおまけ程度に使ってある作業服(ジャンバー)を買って来た。

帰りに連れ出したお礼に・・・でもないが、久しぶりに食事をしてきた。
釜揚げ天婦羅うどんは、久しぶりに豪華な昼食であった。
やはり退院出来なかった・・・。  2008・4・5
癌は血液に乗って大腸→肺→脳→骨髄へと転移していったが、先日のMRIでは肝臓にまで転移している。
在宅療養を睨んで、疼痛緩和を点滴から飲み薬へ転換を図って来られたが、嘔吐が激しいので点滴に戻っていた。1週間前には点滴は無かった。

状態が落ち着いたら、張り薬なども交えて再挑戦はしてみるということだが、それも数時間の一時帰宅程度しか望めないようである。
結論を出すのは早いのかもしれないが、病院でターミナルをむかえられることになる。

ちょうど1週間前の退院前カンファレンスには総勢12名の方々に集まっていただけた。病状を伝えておいたので、デイサービスからは看護師の同席もあった。
その後の一週間では在宅医療の調整も行っている。現在の状態を医療サイドで確認して、対応出来るかの判断をしていただく調整も行っている。
最終的には家族の判断・・・というところまでこぎ付けていたが、本人の身体がそれに応えることが出来なかった。

今日一時帰宅の予定であったが、それに合わせて関係者が自宅に出向いてサービス開始の確認を行なう予定もしていた。それらの中止と、一時避難していただいている夫の修正プランの周知に走り回ることにした。
そうそう、住宅改修の事前申請も終わっているが、これも中止しなければいけない。ケアプランは宙に浮いたが、手抜きは無かった。満足出来るプラン・ケアマネジメントであった。
退院出来ないかもしれない・・・。  2008・4・4
癌が全身に転移している方だが、家族から「退院出来ないのかもしれない・・・」という電話がかかった。週末に一時帰宅(外泊)を予定していたが、その結果方向を決めることになっていた。
退院準備として、疼痛管理の出来る往診医も探しておいた。事前に病状がわかるものが欲しいという依頼もMSWからあった。が、その前段階として家族の意向がある。そして家族の意向の方向に対して主治医からストップがかかった。病状が悪いそうである。

果たして家に帰ることが出来るのか・・・。
今回は主治医から家族に対する話に同席させていただくことにした。
現在は退院出来ないということなのか、病院でターミナルを迎えるということなのか・・・もうターミナル期に入っているのかもしれない。
緩和病棟で終末を過ごされるのも一つの方法である。
本人の意向・家族の意向が如何出ても対応出来る背景は作った。如何に過ごされるかは本人・家族が決められれば良い。マネジメントはその方向で動かすことは出来る。

主治医からの話はその決断を迫るものなのかもしれない。
その方向性を決める話に同席させていただくことにした。
「会議室」に実績が・・・。  2008・4・3
先月まで郵送だった実績が「会議室」に届いていた。以前にも別の事業所であったことだが、「会議室」を居宅の事務所だと思っておられる方も多いのかもしれない。
近くに行った時にポストに入れれば郵送料をコストダウンさせることが出来る。経費節減は企業にとって重要なことである。

とはいえ、我が社の経理は丼勘定である。税理士が良いと言った比率で、電気・水道・燃料・電話料等は家の通帳に戻している。会社として本当に必要な出費は手持ち現金から購入した文具などだけなのかもしれない。
事務用品や行動費に幾ら位使っているかは月によって若干違うが、そう大きな額ではないだろう。経費として家計と分けることの出来ない金額こそが、給料が少なくても自宅開業出来る理由なのかもしれない。

ケアマネジャーの仕事は外での仕事がほとんどであるから、電話を常時携帯に転送している。携帯電話が無かったら独立ケアマネの仕事は成り立たないのかもしれない。
開業当初融資を受けたが、1年間据え置きで返済を始めた。そろそろ完済出来る。返済が終われば、開業当初準備をした分を返していただくことにしている。後2年間は役員報酬に対する所得税は払わなくても良い勘定になる。

「会議室」を居宅に変更して規模を拡大する意図は無いが、独立・民間系ケアマネの拠点に育てていけないかとも考えている。
独立ケアマネは自宅開業でなら何とかやっていけるが、人を雇うということになると考えなければいけない。独立ケアマネの協同事務所ぐらいに発展させる夢を持つのも良いのかもしれない。
ジョッキーダコか・・・???  2008・4・2
右手人差し指の親指側の第2関節辺りにタコ(状のしこり)を発見した。ペンタコかと思いペンを持ってみたが、ペンには当たらない場所である。
そこで右手をよく使う生活動作を思い返してみた。・・・・あった・・・。

晩酌も含めて、家で飲むお酒はほとんどウイスキーの水割りである。350ml位の小型ジョッキーを愛用しているが、手に持ってみると場所が一致した。「ジョッキータコ」であった。
そこで左手も探してみた・・・あったあった。
同じ場所に少し小さいが「ジョッキータコ」があった。
そういえば左手でジョッキーを持つこともある。

人生そのものが身体にも現われているのですね。
夫との面会  2008・4・2
2年余り前に、緊急性があって他市の特養へ入所していただいた方がある。
たまには妻も面会をしたいだろうということで、数ヶ月に一度面会に連れて行っていただく約束を同居の家族とした。
家庭内に問題があり、1年余り面会が無かった。
そこで昨年の夏頃から面会の同行を始めた。

出かければ出かけたで、色々な情報が入る。知人の家族にもお会いしているし、職員の変化に関しても情報が入る。
入所当時入所担当だった方から「ケアマネジャーになりました・・・」とご挨拶をいただいた。頑張っていただくように激励をしておいた。

今日は実弟ともご一緒したが、本人はかなり認知も進んで弟も妻も確認することは出来なかった。少しばかり痩せられたようでもあり、行動性も無くなっている。
かって「徘徊が激しいときは家で看ることは出来ませんが、寝たきりになった母の介護なら出来ます・・・」と退所された方もある。
介護力があれば家に連れ帰ることも出来るのだろうが、こちらは終の棲家の方向を選ばれたようである。

兄の現状を目にして泣き崩れる弟の姿を見て、さぞかし仲の良い兄弟だったのだろうと推測をした。これが最後になるかもしれない兄との面会だが、心打たれるものがあった。
弱い立場の者を労わる心こそが必要なのだと再認識させていただいた一日であった。
脱臼は収まっていたが、骨折は・・・。  2008・4・1
入院になったら連絡をいただきたいと家族に伝えておいたが夕方まで連絡が無かった。日中、リハビリ入院申し込みの手順や入院・手術後の家族の意向も関係者に伝えている。福祉用具のレンタルをストップする準備も進めてあった。
それにしても何も連絡が無い・・・ので電話をしてみた。紹介病院で検査の結果・・・骨折はしていなかった。(バカみたい本当の話・・・エイプリルフールではない。)

子の妻は、明後日から通所を始めるという。関係者が帰っているかもしれないが、一応電話連絡をしておいていただくことにした。
明日午前中は予定があるので、裏工作の修正は午後からになるが、丁重にお詫びを言ってこなければいけない。骨折が無かったのだから、リハビリ入院も無い。

ここで一番困った方々の顔が浮かんだ・・・。嫁いだ姉妹の顔である。
「介護問題」の原点が実家の状況に口を挟む嫁いだ姉妹の存在である。
某医師の誤診からその背景が見えてきたのでしばらくは静かになるのかもしれない。

世の多くの女性に一言・・・。
『実家の問題には口を出さないで下さい・・・』
言い換えれば、口を出さずに身体を使って下さい。老親(今回は兄だったが・・・)を支える大きな力になれます。

そういえば先日来電話をいただいている嫁の言葉には活気があった。
季節はずれのアラレが・・・。  2008・4・1
4月に入った初日の今朝は寒い朝だった。
今何を思ったか、急にアラレが降ってきた。エイプリルフールではない。
午後から一件月を越した担当者会議を予定しているが、順調に年度を越えることが出来た。ただ問題は持ち越した。

一件復帰したい方があるが、元のサービスをそのまま利用できるかはわからない。一応聞いてはみるが、担当の交替も考えている。
独立ケアマネで広く地域をカバーしていく方向へ動いているが、市南部を他の方に任せた方が、北部や他市のケースにも対応出来る。そういう意味もあってこの機会に整理させていただこうかとも思っている。勿論つなぎは行う。
現在入所を考えている方が4人ある。可能性の低い方と高い方が半々だが、別の方法も提案する予定ではある。

そういった背景の中で降った嘘のような本当のあられだったので、今年度は波乱の幕開けか〜〜〜という予測も立てておかなければいけない。
一度は復帰予定者の名簿から削除した方だが・・・もうしばらく時間をいただくことにした。
このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです。
脱臼骨折→施設入所  2008・3・31
脱臼が癖になっている方が廊下で転倒して脱臼骨折をおこしてしまった。
昨晩家族・親族会議が始まって、入所話がぶり返したそうである。

手術をしても10日〜2週間程度の入院で完治するということ。親族にしてみれば入所話をぶり返すのに格好の機会であった。
2種類ほどの入所までの経緯をお話した。
手術から一週間程度様子を見て、先ずリハビリ病院へ転院出来ないかということである。転院出来たら数ヶ月様子を見て、系列の老人保健施設へ転所する。そこで特養等施設入所の申し込みをすることになるが、これがまた何時入所出来るかは判らない。

もう一つの方法だが、ショートステイの連続利用である。認定機関の概ね半数で、約14ヶ月入所出来る。ショートステイを使い切った後は如何するか・・・。それまでの期間で入所出来なければ方法はない。
先ずはこの実態を家族に知って欲しかった。入所・入院申し込みには家族が動かなければいけない。

入所・入院の必要性を認め、それしか方法が無いとしたら代行することもある。動くことの出来る家族がいない場合には致し方ない。
このケースでは必ずしも入所が必要かと言えばそうでもない。家族関係を先ず整えることが必要だと思っている。本人の意向は在宅である。

話を総合すると、嫁に出た姉妹が騒いでいるようである。ケアマネジャーは在宅でのお世話は出来るが、入所・入院の手続きまでは出来ない。情報を入れることは出来るが、後は家族で動いていただくしか方法がない。
13回忌法要  2008・3・31
13回忌法要に参列して、12年前の出来事を思い出していた。入浴中に発作を起こして救急搬送されたと連絡をいただいた時に書いていた文章こそが、後にHPの基礎になる、1冊の冊子の基礎になる文章であった。

早いものでカレンダーは一回りしている。
当事者本人はもう過去の人になっているが、あの若者は如何しているのだろうか???一時鬱に悩んでいると風のたよりで伝わってきていたが、葬儀の案内にはその名はなかった。
当時の事情に詳しい方からポツリと「・・・亡くなられたのですね・・・」と後日問いかけられたことがあるが、にこやかに微笑んで返しておいた。

私はもう終わっているが、親の33回忌をつとめることが出来る人はそう多くはない。そういう想いを胸に、美味しい酒をいただいた。
2件仕事の電話がかかっているが、緊急性は無かったのであろう。内容さえも記憶に無い。
かかったという記憶だけで、後日内容の確認をすれば良いだろう。
意識回復に音楽運動療法  2008・3・29
「サックス奏者で〇〇芸大の教授は頭部外傷などで意識障害に陥った患者達に、その人のお気に入りの曲を聴かせて意識回復を促す「音楽運動療法」を実践している・・・」(2006・11・08 読売新聞より)

パーキンソン病や遷延性意識障害者にも良いとされている。
重度・意識障がい者(児)のくらし向上へ共に歩む「めざましの会」発会の記念イベントでもあるが、教授を招いて盛大に行われた。

パーキンソン患者に関しては、トランポリン運動の最初と最後に名前を書いてもらったが、音楽運動療法を始める前は段々と小さな字になっていっていたが、療法終了後に書かれた名前は、大きさも揃っていた。この違いは字を書いている動作を見て判った。
脳外傷の女性は介助ではあるが数メートルの歩行が出来た。
遷延性意識障害の彼は声を出すことが出来た。
この辺りで目頭が熱くなった。

トランポリンと大きなバランスボールを組み合わせ、脳への刺激と安らぎを得て、意識回復を図っていこうという療法である。
運動療法士は育成されているが、先ず必要なのは音楽家である。ピアノの先生でボランテイアが出来そうな方を探す必要がある。良い音楽でなければいけない。

そういう会場で同業者から声をかけられた。
「〇〇さん今度お願い出来るんですね・・・」「?????」
「〇〇です・・・」「今認定調査をしてきたところですよ。子から詳しく聞いて調査票を作ってきましたから、大丈夫だと思いますが、先生が認知をどのようにとらえておられるかが問題だと思います。」
この会話が調査票を作る前だったら「談合」である。

家族・ボランテイアが集まる会場で同業者にお会いするのは嬉しいものである。最後に教授のサックスをピアノ伴奏で2曲聞かせていただいたが、響きのある心休まる演奏であった。
トランポリンの片付けまで手伝ってきたが、良いチームワークで患者を支えておられる。

地域で障害者団体がネットワークを作っていかれるキッカケになれば良いとも思った。「私が介護できる内は良いが・・・介護出来なくなったらこの子はどうなるのだろう・・・」障害の内容に関わらず共通したテーマだと思う。
定年退職  2008・3・29
約35年前のことであるが、団体交渉の現場にいた。
55歳定年から60歳定年への流れの中で意外な言葉を聞いた。
「今年で定年退職かと思っていたが、伸びたらもう5年間仕事をしなければいけない・・・。」
制度やシステムを変える中で生まれる意識だが、今や誰もこの意識は持たないであろう。
週明けには同級生が大量に定年退職を迎える。気持ちとしては若い方もあるだろうし、暇を持て余す方も多いのだろう。誘いがかかる機会も多いのかもしれない。

今自分自身の定年を如何するか考えている。
福祉の現場を一時的に離れているが、知的レベルでは継続している。現場を離れた期間をプラスした定年を一応考えているが、無理の無い交替をしたい。その為には来期をピークに、ケースの自然消滅を目指していく必要がありそうである。そういう思いもあって先日開業以来のケースの増減を整理してみた。

相談窓口だけは残してケースの流れを作っていく。そういう流れの中で、民間・独立系のケアマネジャーが増えていけば良い。
担当しなくても初期段階で関わっていけば、ケアマネジメントのコツを伝えることが出来るのかもしれない。コツとは幅広いつなぎを行う為のコツである。
ケアマネジメントは定型化されたものではいけない。状況に応じた幅を持たせることも必要である。机上プラン・平面化されたプランではなく、厚みのあるプランである。3次元のプランが私の頭の中にはある。ネットワークがネットワークを生む手法である。

定年を意識しなくても良いように、ネットワークの拡大も視野に入れておく必要がありそうである。
退院前カンファレンス  2008・3・28
病院側3名・サービス事業所4社で6名・本人・家族・担当ケアマネの計12名の退院前カンファレンスだが、本人には病室で関係者を紹介してからカンファレンスルームに入った。

治療のテーマは疼痛緩和の段階に入っている。大腸がんがキッカケの血液転移をした方の生活をどのように支えるかということである。
当初訪問看護ステーションには週一回の派遣を依頼してあったが、顔を見合わせて「回数増えるね・・・」と言った。にこやかに了解のサインを送っていただけた。

実は退院前カンファレンスの前段階が今日のカンファレンスだった。
一時帰宅をして、退院出来そうなら退院の日程に乗る。「一泊の帰宅は家族の責任で、在宅療養が出来るのか・・・」という内容である。退院出来れば・・・のスタッフを揃えて臨んだ。
外泊日にデイサービス相談員と送迎の相談をすることにした。家の構造を送迎可能な状況に整備するためである。(この点では過去の実践がある)

非常に内容の充実したカンファレンスであったが、一点だけ質問をした。
この状態で、主治医は通院を考えておられるのか???に関してである。
訪問看護ステーションを選ぶ段階で、往診も可能な救急病院の訪問看護ステーションを選んだ。このことはカンファレンスの中で伝えている。
主治医に「通院」か「往診」かの確認をしておいていただくこととした。

来週週末に外泊をされるが、デイサービス相談員と夕方自宅で逢うことにした。住宅の構造から車椅子送迎に必要な道具を提案する予定である。
現役時代はそれが無くても送迎をしていた。半分は介助員が担っていたのだが、もう20年前の話、そのことが出来なければ、道具を作るしかない。
そういえば色々な送迎をして来た。

送迎のプロがケアマネジャーをしている自体が可笑しいのかもしれない。
そのような現状も踏まえ、方法だけはお伝えしたいと思う。送迎にはコツがある。
つぼみ膨らむ  2008・3・28
古城公園の外堀の桜は若い木だから咲き始めるのも早い。
昨日は暖かかったので、ちらほらと・・・本当に ちら・・ほら だったが開き始めていた。今日は山間部に雪が降る予報なので寒い朝を迎えている。
『会議室』へ来るのに公園の堀をかすめて来たが、昨日開き始めていた ちら・・ほら もしぼんでしまっていた。
数日後には咲き始めるのだろうが、これから1ヶ月間、色々な桜を眺めることが出来る。

外堀に続いて公園内の古木が花を開かせる。この頃がピークで、デイサービスセンターの車も見かける。
少し遅れて桜馬場通りの八重桜が花開く。公園の外堀の延長から高岡駅までの約500メートル(?)に八重桜が植えられている。
3月も後4日間、雪の少ない冬だったが、いつの間にか春を迎えてしまったようである。

今日の担当者会議2件と明日の認定調査1件で居宅としての業務は終わるが、何かと慌しい年度末であった。
今年度の新規相談20件は年度の後半に集中したが、法改正のしわ寄せは8月頃まで約1年半続いた。数字にはっきりと表れているのだが、何とか乗り切れたようである。
肩の脱臼と歩行器  2008・3・27
脱臼そのものは解決したと言われるが、シルバーカーで屋内移動が出来なくなった。過去にいろいろなタイプの歩行器を使ってみたが、シルバーカーが一番お気に入りだった。
手の握力が無くなったということなので、もたれかかるタイプの歩行器が良いようである。
屋内移動の話だから緊急性があるようである。そこで朝一番に用具担当者と訪問することにした。

腰も曲がり、歩行もゆっくりの方なのだが、身体に合う歩行器があるかは判らない。想定としては施設で使う小さめの歩行器をイメージしたが、敷居の段差にはくさび型の段差解消は準備してあると言われる。車が小さくなるから果たしてそれで解決するかも判らない。

とにかく用具担当者と現場で機種を選定することにした。
都合の良い用具は果たして見つかるのだろうか???
生活援助の按分  2008・3・26
要介護老夫婦に身体介護が必要なケースでは、二人同時に介護は出来ないからそれぞれに必要な介護時間を算定するが、生活援助に関しては分けようが無いから時間で按分することになっている。例えば二人で1時間半の生活援助が必要なら分けようが無いので、1日交代に利用票を作っている。

今回、夫にはトイレ誘導から排泄介助・後始末までの身体介護が必要だが、妻には移動介助程度しか必要の無いケースが出た。夫の身体介護で20分以上必要かといえば微妙なところだろうが、誘導に乗らなければかかるだろうし、誘導に乗っていただければそれ程の時間もかからないかもしれない。
調理・食事はダイニングキッチンで行なうことになるので、妻に食堂まで出ていただく必要があるから自室からの移動介助が伴う。
合計20分位はかかるだろう。

夫婦の介護・生活援助で身体1・生活2〜3を想定したが、これを如何按分するかということである。分けようが無いから、1日置きに算定することにした。
実際別の夫婦で、紙パンツの交換と調理・食事の見守りを生活3で算定しているケースがある。時として二人の限度額内でやり繰りする月もある・・・が原則は設けている。

按分方法は公的には決められていないが、通則の中に「生活援助については、要介護者間で適宜所要時間を振り分けることとする。」とされている。
介護度は介護が必要な時間で決められているから、限度額内に収まるような振り分けも「適宜」なのかもしれない。
という訳でヘルパー事業所と解釈の整理をするが、分けようの無いものをその日の中で分けるよりも1日おきにした方が、利用者にも判り易いのかもしれない。
〇〇氏の穏やかな表情や声がけに・・・  2008・3・24
サービス担当者会議を開催したが、会議の場で家族の承認を得た個別援助計画とリハビリテーション計画を送っていただいた。その送信票に顔が赤くなるようなことが書かれていた。

「・・・・・。
本日は担当者会議の席に於きまして、貴重な御本人様の思いや御家族様の日頃気になっている点など伺う事が出来、とても参考になりました。
・・・・。
・・・・。
〇〇氏の穏やかな表情や声掛けに温もりを感じました。
・・・・。
・・・・。」

穴があったら入りたい気分だが、利用者と接する姿をご評価いただいたのははじめてである。
また支持者が一人増えたかと嬉しい気持ちになっているが、ケアマネジャーの基本は如何に利用者と接するか・・・ということではなかろうか???

過分なお褒めの言葉だが、有り難く受け止めることにした。
そして、将来良いケアマネジャーになっていただくことを期待している。
ごく自然な仕事振りでも、確実に届くところへは届くものだと・・・。
良いケアを期待していま〜〜〜す。
予測通りの方向へ・・・。  2008・3・24
昨日は洗濯機こそ間に合わなかったが、急を要する話だと受け止めていただいて、着替えなどを手土産に足を運んでいただけた。

ヘルパー事業所オーナーと本人の状態をお話して、近い将来入所が必要なことを先ずご理解いただけた。介護保険制度に関しては全くご存知なかったので、現在の支援内容と入所に向けた制度利用のタイミングなどをお話した。
どちらで入所するにしても成年後見契約が必要なことを先ずご理解いただいて、成年後見協会の担当者を呼んだ。

1時間余りの話し合いの中から、後見制度の必要性を認めていただけ、申立人に関しても、持ち帰って親族間で相談してみるということで話は落ち着いた。
話の経緯の中から、ヘルパーの派遣回数を一日2回に増やす提案がなされたが、今日直接本人にお話しに行く予定にしている。ヘルパーで可能な限りは支えることにするが、今年の冬場はミドルステイの利用が必要になってくるだろう。

もしかしてそのまま家に帰ることはないのかもしれない。そのようなスケジュールを設定しておく必要もあるのかもしれない。
社会のぞうきん・・・。  2008・3・23
某代議士のメールマガジンに書かれていた言葉だが、独立ケアマネの姿勢もそうでなければいけないと思った。
ケアマネジャーは介護保険法の番人でもある。そのケアマネジャーが法の運用を良くしていく姿勢を持たなければ介護保険法の精神が死んでしまう。法の基本理念は「独立性・中立性の確保」である。

事業所に勤めるケアマネジャーは、経営管理者の考えに大きな影響を受ける。経営管理者の多くには天下り管理者が就いている。この構造でも本来の姿が機能しないとすれば、介護保険法が機能しない元凶は天下り管理者である。こう言うとまた「〇〇さん・・・その内に殺されますよ・・・」という声が聞こえて来そうである。承知しながらの発信である。

社会福祉法人は、介護保険法に移行された後も大きな恩恵を受けている。地域の拠点施設としての恩恵だと理解しているが、拠点の役割も果たさずに恩恵だけを受けている社会福祉法人がある。そのからくりが判った。
天下り管理者は行政ラインからだけではない。行政自身が融資(?)を受けている金融機関からの天下りもある。

福祉行政経験者の天下りならある程度は許すことが出来るのかもしれない。「現職時代の経験を生かしてくださいね・・・」ということなのであろうが、利害が絡んでいれば面倒である。
今日そのような話に関連する話を耳にした。
情けない話である。
タイミングが合っている  2008・3・23
日曜日にしか来ることが出来ない方にお会いする必要があって電話をしてみたら、洗濯機が届いたら行く予定だと言われる。
確認の電話を待っていたが、早い時間に連絡をいただけた。

話の成り行きでは後見の話も切り出す必要があるが、出身地へ連れて帰られるのなら、必要が無いのかもしれない。とにかく近い将来入所が必要な方である。
後見協会担当者に電話をすると今は旅先だが、日曜日の午後なら家に帰っていると言われる。ドンピシャリのタイミングである。

ヘルパー事業所オーナーも日中連絡が取れなかったが、夜には連絡が取れた。先ずは本人の状態をお話していただくために同席していただくことにした。
急なことでもあり、他の関係者は日程が合わなかったが、先ずは親族に現状を知っていただく必要がある。その良い機会が、最短で準備できた。

入所といっても施設事情が非常に悪い。申し込みしても入所出来るのは何時のことかはわからない。ショートステイでつなぐにしても、更新をにらんで設定しても連続1年3ヶ月、認定機関の概ね半数満了後に入所出来るとは限らない。ということはこの状態になるまで介護認定を勧める者がいなかったということである。

確かに認知症の進行は外目に見ても良く判らないことがある。生活の状況を見てはじめてその進行状況を確認出来る。先日担当ヘルパーにお逢いしたら音を上げそうな表情であった。その表情を見て状態を察知した。
今日その方向性が確認される。どの方向へ行くかは判らないが・・・。
週末の後見相談2件  2008・3・22
今月は月末に集中する予測を立てていたので1週間早目にスタンプラリーに出た。昨晩8時ごろまでかかったが、退院に向けてプランを整える必要のある二件のケースを除いて完了した。

その後、近々お逢いしたい方に電話をしたら、日曜日に来る予定だと言われる。待った無しのタイミングだが、話の内容によっては成年後見制度利用の方向へ進めなければいけない。
予定確定の電話をいただいてから、後見協会へ予告の電話を入れておくことにした。「明日時間空いてますか・・・」と。

今日は別件の任意後見の相談日である。
本人の意思は大方掴んでいるので、後は如何に法に絡めていくかといったところだが、内容はともかくとして、死後のお世話まで出来る内容にしておく必要がある。一人暮らしの老後の不安を解消してあげなければいけない。
今はある程度元気でも、病気や認知症の心配もないわけではない。老後の生活不安に備えて、代理人を立てたいのが心の内なのだろう。
そういう不安を解消するためにも後見制度を活用していく必要がある。
一人暮らしの限界か・・・。  2008・3・21
多少身体に障害があっても、在宅サービスを利用しながら、本人の努力である程度は一人で生活をしていくことが出来る。しかし認知症の場合は難しいものがある。

かなりのことを予測してお受けしたケースだが、もう限界に来ているのかもしれない。
居住空間の問題は大掃除で解決したが、維持していくことが問題である。
排泄にも問題があったので紙パンツで解決しようとした。
昨日の電話では、公的施設のトイレに便が塗りたくられていたこともあったということ。かなり認知症は進んでいる。
週に2回通院しておられるが、主治医もここまでの認知を察知していない。「T」の判定がそのことを示している。

先日来、入所しかないのかな???と思い始めているが、親族が遠方のため容易にはお逢いできない。週末に電話で依頼をしてみる予定である。
日頃から関わっている方や医療関係者・ヘルパー事業所オーナーなども加わって、今後の相談をしてみる必要がある。
出身地での入所になるのか、こちらでの入所になるのか・・・その選択肢には後見制度の利用も絡んでくる。

少し急ぐ必要がありそうな話なので来月早々にはお逢いしたいと思っている。
男子厨房に入るべからず!!!  2008・3・20
一人暮らしの方がこのように思っておられたようだ。

昨晩主任ヘルパーのうっかりミスでヘルパーが入らなかったという電話をいただいた。ご本人は今では食べなければ腹がへる状態に回復して来ておられる。そこでヘルパーが入っているから遠慮して来られた厨房へ入って、食べ物を探して空腹をしのがれたそうである。何とも奥ゆかしい話である。

弁当を一人で食べることが出来るようになったらヘルパーの回数を減らして、暖かくなった頃から通所の回数を増やして、閉じこもりを無くしていこう・・・という長期計画だった。
そろそろ退院から半年経つが退院当初は「食べたいとは思わない・・・」と食事も喉を通らない日々が続いた。

ヘルパー・デイサービス所長の努力もあり、通所と食事は定着してきた。
「命を拾われましたね・・・」とは関係者間での話だが、そろそろプランを見直す時期が来たのかもしれない。
見直しのキッカケになったのが、主任ヘルパーのうっかりミスだった。

もう大丈夫のようである。
来月に入って、桜の花が咲く頃に、プランの変更を相談してみることにする。
隣市の専門職は・・・。2008・3・19
「隣の柿は美味しい・・・」という諺があったかどうかはっきりとした記憶には無いが、隣市のサービスは良いように思えてきた。
過去にも違う隣市のサービスと接しているがこのような気持ちにはならなかった。

包括担当者とは知り合いであったが、開業してから電車でご一緒した以外はお付き合いが無かった。十数年で素晴らしいソーシャルワーカーに育っておられた。
その他にも別のケースでMSWとご一緒する機会があった。
そして実際サービスを利用する段階で素晴らしいサービス提供責任者にお会いすることが出来た。

これらの出逢いで隣市へも進出できている。
サービス事業所を知らない地域で引き受けた超困難事例ではあるが、家族関係が良い事に救われている。この関係作りをソーシャルワーカーは意図していたのかもしれない。
しかし地元からもサービスは投入することにした。
タバコの吸えるデイサービス・・・。今月からデイサービスが禁煙になった方のサービス依頼もしてきた。

たった一人のソーシャルワーカー・たった一人のMSW(実は二人)・たった一人のサービス提供責任者で判断することは出来ないが、確立としてはかなり高い。
地元では三十余りの事業所とお付き合いをさせていただいているが、確立としてはそんなに高くは無い。
「選択の自由を保障する」結果としてのサービス事業所の選択に対して、独立ケアマネの目は厳しい。時として「提案」をすることもある。

「サービスは自由に選べますよ・・・」と・・・。
在宅医療の「選択の自由を保障する」  2008・3・19
退院前カンファレンスも日程にのって、退院日もほぼ確定したので、サービス提供を依頼してあるデイサービスへ再確認に行った。
当初空き情報をお聞きしていたが、家族希望の利用日に調整を図っていただけるようである。病状をお話したら、カンファレンスには看護師同行で臨んで頂けるということ。こちらの腹に入った対応をしていただける。

話の流れの中で喫煙が話題になった。誘い込んだ訳でもないが良いキッカケになった。「デイサービスで喫煙は可能ですか???」「長い間吸って来られたのに、今更止めなさいとは言えませんね・・・吸っていただく場所は違いますが・・・」優しさあふれる口調でその言葉を聞いた時、私自身も利用してみたいデイサービスになった。
病状と生活状況・時々SOSのコールがかかることなどをお話して、利用曜日を告げて検討しておいていただくことにした。

その足で地域の拠点病院のMSWを訪ねた。
一件情報交換をしてから往診の可否について聞いてみた。内科医の往診は可能である。
病状をお話して、ターミナルに向っている方なので、先ずは訪問看護の派遣から始めたいと思うが、派遣可能なのかを聞いてみた。訪問看護の責任者が不在のため祭日の翌日に連絡をいただけることになった。この結果を持って週末には家族とお会いする必要がある。本人を交えて家族間でも話し合いが為されている筈である。

ケアマネの提案としては、急変時にも対応出来るように地域の拠点病院とつながりを持つことだが、近くの医院を選ばれるかもしれない。少し遠くなるが在宅療養支援診療所を往診医に選ばれるかもしれない。
結果は判らないが、日曜日には答えを出しておかなければいけない。
やはり主治医との話しに立ち会う必要があった。聞かなければ答えていただけない医師だったとか・・・訪問看護の必要性を言われたことから膨らませた試案だが、どの段階からでも継ぎ接ぎが出来るようにしておかなければいけない。そういう意味で選択肢を拡大させた。
在宅医療の選択肢  2008・3・18
退院前カンファレンスの日程調整に行って、選択肢をもらってきた。相談員の考え方も私に近い。(私が近いのかもしれないが・・・)

継ぎ接ぎの情報からの情報交換だが、主治医は訪問看護の必要性を家族に伝えておられる。他市であるから他市の医療体制を教えてもらった。確りと体制は整っているので、後は家族の選択だけである。
一番近い医院にはかかっておられた可能性もある。次に近いところに在宅療養支援診療所があった。過っては隣町である。
「その状態なら急変時を考えて病院という手も・・・」名前こそ出さないが、暗黙の了解の地域の拠点病院である。往診もあるし訪問看護もある。増してネットワークも構築している。

家族にこの内容を電話で伝えた。お会いしている時間は無い。
「家族・親族で相談してみます・・・」これが「選択の自由」である。
退院前カンファレンスの日程は決めていただいたので、後は相談の上ゆっくりと答えを出していただければ良い。答えが出ればその方向で調整を図る。
ネットワークを動かしたい方向と家族・親族が希望する方向とは違うかもしれない。

答えが出れば「GO・・・」である。
選択肢の幅を拡げていきたいものである。
五件の担当者会議  2008・3・18
月末まで五件の担当者会議を予測していた。
今日一件開催して、残り四件に関してはまだ日程にのっていない。相手のあることだから、月末の予定はゆったりとさせた。

一件、癌が血液転移を繰り返しておられる方の退院が日程にのらない。昨日主治医から家族に話があったが、先週末お会いしたときに骨にまで転移しているのではないかとの感を持っておられた。
長くはないだろうともお聞きしている。

癌の血液転移と骨髄腫は違うのだろうが、先日血液の癌の方と永久の別れをした。
骨がおかされるということでは同じだろうし、痛みも相当強い。根治療法が出来ないとすれば痛みを和らげるしか方法が無いのだろう。
そういう意味では同じなのかとも思った。

痛みを和らげるために使う麻薬系の薬は2週間分しか処方されない。骨が癌に侵されればもろくもなり、骨折しやすくもなる。病気は違うのかもしれないが、同じような経過を辿るのかもしれない。

今一件、癌の方でリンパ転移の恐れがある方の妻から電話がかかった。
便秘が3日余り続いて、固くなった便の排便時に下血があって入院になったと言われる。虚血性大腸炎。排便コントロールはしっかりとしなければいけない。1週間の入院計画だそうだが、大事に至らなくて良かった。
同じ病名で1ヶ月以上入院された方もある。

ここ数ヶ月、癌の方の相談も続いている。
公正証書作成と任意後見  2008・3・17
近日中に法関係者を交えて後見の相談を行なうが、方向性としては公正証書・遺言の作成になる。「任意後見契約」・「見守り契約」・「死後事務委任契約」・「公正証書・遺言」を含めて4点セットでご自身の意思をまとめられると、費用的にも軽くなるのではないかと推測している。

現状では判断能力のある方であるから、将来に向けての「安心」を買うことになるのだろうが、任意後見開始は判断能力が衰えてからで良い。とにかくセットで準備しておかれれば、介護が必要になっても充分に対応していくことが出来る。
そこで誰を任意後見人に選ぶかということになる。まるっきりの天涯孤独でもないので、親族関係・親しい友人等から本人自身に選んでいただくことになる。

実はこの方相続人がいない方である。先祖代々から引き継いだ不動産を国庫に入れる訳にはいかないと考えておられる。誰かに有効利用して欲しいという意向があるが、誰にその白羽の矢が立つのか・・・。
「死後事務委任契約」実は任意後見契約そのものも重要だが、プラスこのことが必要になる。
相続人を決めることこそが、今回の任意後見制度利用の根幹にある。

はじめての後見制度の提案だが・・・メインテーマは相続人を決めることである。
待つ福祉から、発見できる福祉へ  2008・3・16
本人の持つケアニーズを解決するだけでは問題が解決しないケースがある。
この問題こそが「介護問題」なのであるが、その多くが本人を取り巻く人間関係の問題であることが多い。
私は「介護問題」を介護に関わる「家族・親族の問題」と置き換えている。介護が軽微でも重大な問題が潜んでいることがある。

かって老姉妹の「介護問題」に関わったことがある。
妹はかなり派手な生活をしてきたようだが、姉はそのことを快くは思っていなかった。病床に伏した妹の介護は一応行っていたが、その代償として精神的な苦痛が課せられていた。
介護放棄ではない。精神的な虐待であった。
気長に、不定期に訪問を続け、関わってからどれ位経過してからのことであっただろうか?その内に心を開いていただけた。
そうしたある日、偶然親族の訪問と一緒になったことがあり、その後を追って協力を依頼した。この訪問から徐々に関係がほぐれて、後に良い関係が出来ていったと聞く。
かなり時間がかかることではあるが、必ず方法は見付かるものである。

妻の重度アルツハイマー病を認めることが出来ない夫に対して、妻の兄が中心になって動き、嫁いだ子らを巻き込んで説得したケースもあった。
県内には対応出来る病院が無かったので、隣県の病院へ入院することになった。子等からは協力して費用を捻出する約束をしていただけた。
受診の帰りに寄っていただけて、入院が決まったとご報告をいただけた。
世には色々な生活があるものだと「福祉」の必要性を強く感じている。

『地域の抱える介護ニーズを底辺で支える逆ピラミッド型の図式を常に頭に措いて仕事にあたっておりました。それでもなお、誰も知らない、表面化しないケースがある事を信じて、ニーズの発見に努めておりました。』(HPからの引用)
ソーシャルワーカー時代の考え方だが、ここから『待つ福祉から、発見できる福祉へ』という言葉が生まれている。
過去の実践から生まれた言葉ではあるが、在宅介護支援センター(地域包括支援センター)の進む道だと現在も思っている。
ケアプランのテーマ  2008・3・15
インテーク面接で感じたテーマをそのままケアプランの柱として表すことがある。
「死んでも良いから家に帰りたい」「静かな療養環境作り」などがそのテーマである。そういえばそんなに困難事例も抱えてきてはいないが、考えようによっては超困難事例だったのかもしれない。テーマを設定する時点で問題の原点を間違えたらいけない。これが「ケアマネが問題」の原因にもなる。

現在抱えている家族の問題のテーマは「皆で一緒に家に帰りたい」である。
果たして一緒になる日があるのか・・・これはケアマネジメントではない。宿命だと思う。
しかし退院準備をする必要がある。この点でマネジメントを行っている。

ケアプランのテーマは本人を中心に家族が抱える問題にまで焦点を合わせる必要がある。そして原点に迫るテーマが見つかればそのケアマネジメントは成功する。このテーマを見つけることがケアマネジメントである。
そうは言ってみたが、テーマを見つけることが困難なケースもある。問題が無さそうで「介護問題」有りのケースである。

一件心配なケースもあるが、担当ケースのほとんどが家族関係が非常に良い。家族関係が良ければプランもスムーズに流れる。家族・親族関係というよりも主介護者が良い関係を作り上げているケースもある。
良いテーマを見つけてケアプランを書きたいものである。
地域での連携  2008・3・14
先日のALS高岡定例会に刺激されてか「そろそろ組織にしなくっちや・・・」という声が聞かれた。先日お逢いすると「作ることにしました・・・」と。

重度・意識障がい者(児)くらし向上へ共に歩む
      「めざましの会」 


の入会案内をいただいた。患者・家族の会だが、賛助会員として参加させていただくことにした。

早速企画された音楽運動療法は「同じ悩みを抱える者同士が、地域で協力し合っていくことが大切だね・・・」という発想のもと、脳外傷友の会の協力も得ることになっている。
地域で同じ悩み・問題を抱える者同士が協力していくという点が重要である。

障がい者(児)と高齢者とでは介護者に違いがある。その多くの介護者は親である。ここに「私たちが年老いて介護出来なくなったら、この子はどうなるのだろう・・・」という共通した悩みがある。知的・精神・障がい者においても同じ悩みがある。
この問題を共通した悩みとして、地域で協力していく方向性の話を以前したことがある。少しずつ活動は拡がっている。

29日の音楽運動療法を見学に行く予定にしているが、地域での企画であるから定員はそう多くはない。養護学校へも誘ってあるということだから、当日参加人数を見て、余りにも多かったらご遠慮しようかとも思う。活動に役立てていただける方々に参加していただきたいものである。

「地域での連携」の形がぼんやりと見えてきている。
友人からの紹介ケース  2008・3・13
開業から今日まで、知人・友人からもかなりの数のケースを紹介していただいている。これが無ければ我事業所は今頃無かっただろう。数にして手がけたケースの2割以上にのぼる。
友人の知人・友人からの情報でもあるから、全市に点在している。

紹介していただける方は長いお付き合いであるから、福祉実践の内容もご存知である。利用者自身の選択ではないが、知人・友人がケアマネジャーを選んでいる。ダメマネと判断していれば紹介は来なかったであろう。
そういったケースの狭い範囲でのスタンプラリーを今日行なった。この地域では友人宅が『高岡発・介護問題研究会議』の取次ぎ所の役割も果たしていただいている。
担当したケースが広がりを見せて「私も・・・」というケースもあるが、狭い範囲に利用者が集中している町内もある。

知人・友人・患者会・サービス事業者・認定調査など等がケースとの結びつきであるが、委託機関からの依頼というのは他市を含めても5%程度である。行政ラインを当てにせずに事業を展開してきたが、誠に寂しい現状と言わなければならない。この実績を持って、行政ラインの現状を批判している。

在宅介護支援センターから地域包括支援センターへと変わったが、これは福祉機関である。地域包括支援センターとして予防プランも担当することにはなったが、地域の拠点・地域福祉の拠点施設であることに変わりは無い。
このことを知らない地域包括支援センター職員がいることに誠に残念な想いをしている。
地域福祉を充実させる役割もお持ちと考えるご指導役の天下り管理者各位のご活躍を祈念している。
改造服からショートステイ計画利用  2008・3・12
昨日改造服を縫っていただけるボランテイアと一緒に訪問したが、今朝子から電話がかかった。
「昨日は一緒だったので・・・」ということで、今日の電話はショートステイ計画利用に関してであった。

体力も落ちて、腰も二つ折れになって来ているので、ズボンの前を短く、後を長くした改造服を作るが、その道のプロにはそう大した改造ではないようである。
そういえば最近随分腰が曲ってこられた。足の出も悪い。バリアフリーの施設で週に2日間だが快適な生活をしていただければ良い。

希望施設があったので早速車を飛ばした。今月からすぐには無理だが、来月の第1週から利用できることになった。
担当者に基本情報だけコピーを取ってもらったが、「子はもしかして・・・〇〇???」と「そうだよ・・・」と言うとお知り合いのようだった。
先日も同級会のつながりが出てきた方なので「ご縁がありますね・・・」と。

世の中広いようで狭いものである。
それにしても相性が良い。
安心して生活出来るように・・・  2008・3・11
老後の現状に不安を抱いておられる方は多い。
一人暮らしの女性から相談を受けた。
天涯孤独ではないが、家系としては途絶える。先祖代々の不動産があるが相続者がいない。親族の中で有効利用して欲しい・・・。といった内容である。

公正証書・遺言書の作成と今はまだ成年後見制度の対象者ではないので、任意後見制度の利用をお勧めした。生活不安があるので鬱傾向はあるのだが、話を聞いてそう判断した。
現在はまだ介護は必要ではないが、先行きの心配もある。在宅で暮らす心つもりがあれば在宅で暮らすことは出来るが、認知症になれば入所も考えていかなければいけない。何時でも成年後見に切り替えられるように、準備だけはしておく必要がありそうである。

近日中に法関係者と相談していただくことにするが、如何したいのかだけは決めておいていただくことにした。
自分自身の人生を自分で決めることの出来る、そういう場を提供したいものだと思う。
ケアマネジメントとソーシャルワークそして・・・  2008・3・10
ケアマネジメントはソーシャルワークに通じる。
ソーシャルワークは地域の利用出来る社会資源の有効利用である。
「入院から入所へ・・・」で紹介したケースは私がケアマネジャーでありながらソーシャルワーカーであったケースの紹介である。

事の発端は、利用していたサービス事業所の管理者からサービス提供できない事を告げられたことに始まる。待った無しの状況だった。
施設側からのサービス提供拒否は契約の解除にも通じるから、施設側から意思表示をしていただきたい旨を伝え、契約解除の事例として、居宅契約を解除したケースの概容を紹介している。

その足で通所・短期入所サービスを提供していただけそうな施設を訪問、サービス提供責任者に相談している。この行動が必要な社会資源を探すソーシャルワークである。
結果受診して利用の可否を決めていただくことにしてあったが、これはケアマネジメントの一部である。結果受診時に事件(?)があってケアマネジメントは別の方向へ展開することになる。

ソーシャルワークがキッカケになって、ケアマネジメントの到達点が見えるようになったが、私はケアマネジメント再スタートの現場にはいなかった。
今回ソーシャルワークでつながりを持った施設とケアマネジメントの結果としては最良の結び付きが得られた。
遡ってケアプランを書いて良いのなら、経過としてのケアプランは書ける(報酬にはならないが・・・)。

ケアマネジメントとソーシャルワーク。地域の社会資源と対象者本人を如何に結びつけるかという、ソーシャルワークを私は優先して考えたい。
ソーシャルワーク的考え方を持って、尚且つ「選択の自由を保障する」ためには、ケアマネジャーは必要な社会資源を的確に判断するソーシャルワークの視点を持たなければいけない。
利用者の希望以前に、必要な社会資源を見極めておかなければいけない。
入院から入所へ・・・  2008・3・10
半年余りのドラマが頭を駆け巡っている。
在宅から終の棲家入所まで、経緯の中間点まで来た。これからがまた長い道程である。

精神科病院で四ヵ月余りの治療を行い、老人保健施設へ入所される。家族には転院させる自信がないということで、今回もお手伝いをすることにした。
本人がどのように変わっているのかということと、誰かを認識出来るのかという不安もあるが、他に転院方法は思い浮かばなかった。今日は半日お付き合いすることにした。

在宅から施設への転換のキッカケは昨年の初夏であったが、受診に同席していればまた別の展開もあったのかもしれない。
とは言うものの、入所時の診察がスムーズにいく保障は無い。一抹の不安を感じながらの転院介助だが、何とか成功すれば良いと思っている。
今日は雨模様の一日になりそうである。
入所  2008・3・9
施設入所は究極の選択である・・・。
その選択肢をお示ししてきた。

1・家族の努力で出来なくなった時、入所が出来れば良い。
2・老々介護で、限界である。
3・まだそこまで考えていない、出来る限り本人の自由に・・・。
4・別居の親族が慌てただけ。本人の身の回りを綺麗に出来る方法があれば良い。

2のケースでは早急に入所申し込みをしていただくことにした。

緊急性のあるケースとそうではないケースがあるが、家族介護が限界に来て入所しかないケースもある。一昔前は如何だったのだろうかと、我が家の歴史を振り返ってみた。

・排泄が垂れ流しになった祖父を祖母は介護していた。
・義母は癌で他界している。最期は病院であった。
・物取られ妄想の祖母は、義母に看取られた。
・父は小腸爆発で他界・・・このときに勉学の継続を諦めて帰省している。
・義母は血液製剤の問題に巻き込まれ、肝炎で長年悩んだ。
 最期は療養型病床であった。

人の死に様は随分と変化をして来ている。
在宅から病院へと・・・そして介護保険施設へと変わってきている。
制度が始まった頃の方はその恩恵を受けている。年金制度も然りである。
今心配なのは、団塊の世代が高齢者の仲間入りをした時のことである。制度が始まった頃の団塊の世代は負担側であった。

歪な人口ピラミッドを加味しないで制度をスタートしていたとすれば政策の欠陥である。
テーマは「入所」であるが、今後入所が必要な方がどんどんと増えていくであろう。その時に支えきれるのか・・・。
「介護保険」は本番を迎えつつある。
果たしてこれで良いのかを検討する時期が来ている。

介護保険法スタートの本来の姿・・・民間が参入できる業界に改組していく必要性を感じている。
措置時代は終わっているということを、行政関係者も含めて再認識する必要がある。
下準備  2008・3・9
日程に余裕があるからとのんびりしていると結果的に慌てなければいけないことになる。
今回、1ヶ月先からスタートするプランが舞い込んだが、インテーク段階で下準備は終わった。基本情報やケアプランの下書きはその時点で済ませた。後日住宅改修の希望もあったので、概要だけ聞いて、下書きした。

このあと主治医からの病状説明〜退院前カンファレンス(サービス担当者会議)と続くが、どの日程で来ていただいても良いように準備した。
一目お逢いして、本人の状態を簡単に聞いただけの情報からの下書きだが、自分の目で見た本人の全体像は大方当たっている。

色んなタイプのケアマネさんがいると思うが、私はそう多くは聞かない。アセスメント不足だと言われそうだが、大まかな背景からケアプランに狭めていくタイプだと思っている。
介護の細かな内容は介護専門職が検討すれば良い。医療が必要なら医療関係者が専門的な目で見て医療サービスを提供すれば良い。ケアマネは何が必要かの見極めだけ行えば良い・・・と勝手に思っている。

ソーシャルワークもそのようなものだと思うが、必要な資源を集める目が大切である。ケアマネジメントもソーシャルワークの視点から行っていることから、サービス提供に関しても「信頼」の二文字で依頼している。
都合の悪いことがあれば相談に乗っているが、ほとんど期待通りの仕事をしていただいている。

先日も某管理者と「皆さんのおかげで命を拾われましたね・・・」と話したが、チームワークとはそのようなものではないであろうか?結果を見て賞賛しあえるケアマネジメントが出来れば良いと思う。
日曜日に相談が集中・・・  2008・3・9
今日はフル稼動の休日になる。

先週家族との時間調整が付かずに先送りになっていた問題や家族からSOSが出たケース。ようやくショート入所日が決まったケースと遠方にいる弟の子の結婚式に連れて行ってもらえないなど、家族に会う必要があるケースが集中してしまった。

そろそろゴールデンウイークの調整が必要な方もあったので、通所中の本人を訪ねた。祭日のサービスの振替は簡単に決まったが、その少し前に結婚式へ行って来たいと言われる。JRに連絡しておけば乗り降りの配慮をしていただけることも知っておられる。そこまでは良かったのだが・・・。
急に涙ぐまれて、妻も子も同行することには反対だと・・・。
この調整はどの方向に行くかは判らない。ショートステイを探すことになるのかもしれない。

もう一件は入所も視野に入れての話になるが、結論の無い予想で話をしなければいけないので少し厄介である。違う角度から問題を投げかけられているので、本人が納得出来る結論に導く必要がありそうである。

今日の相談は「介護」と共に家族の抱える問題も絡み合っているので、家族関係が全て見える相談になるのかもしれない。何れも良い家族関係(と見ているのだが・・・)だが、問題をかかえると時として「介護問題」が頭をもたげることがあるかもしれない。
デイサービスとタバコ  2008・3・8
今まで喫煙コーナーがあったデイサービスから喫煙コーナーが消えると言われる。施設の方針だから致し方ないのだろうが、タバコも楽しみの一つである方にとっては辛いことなのだろう。自分の立場に置き換えても同じことを言うのだろうか・・・今は判らない。
その方から電話がかかった。タバコの吸えるデイサービスを探して欲しいということである。

重介護の方だから、入浴設備は車椅子浴が必要だと思う。近回りで民間デイサービスが二ヶ所あるが、果たして車椅子浴まであったかは確認していない。隣町まで足を伸ばせば車椅子浴はあるのだが、ここも定員が一杯のようである。
今日も1日動けない状況が続いているので、週明けにでも問い合わせをしてみようかと思う。
すっきりとしない週末を迎えている。
動けない状況の一日  2008・3・7
入院が決まったらショート入所できるケースがある。その入所日が決まらない。

インテーク段階で入院が決まれば来週週末には・・・ということでその施設に決めた。もう週末だが、入院は決まったが、家族が何時入院させるか判らないと言う・・・。
週明けでも良いのだが、果たしてショート入所が可能なのだろうか???
担当者会議の場で契約書を渡していたから契約は成立している。少し遅れても良いが、ショート入所出来ないとしたら契約違反である。

約束の週末にショート入所出来なかったのだから明日事情の説明に行こうかと思っている。担当ケアマネとして出来るのはそこまでで、契約を交わした施設の責任もある。受けることが出来ると言ったことに責任が付いて回る。
施設側から家族への説明はあったのであろうか・・・。
とにかく明日訪問して説明があったかを聞いてみることにする。説明が無く、入所時期を遅らせていることになれば、契約違反である。

受けることが出来ると言うから時期を待っていたが、可能性の無い話なら他を探す必要がある。訪問の上、現状確認も含めて相談する必要性を感じている。
ケアプランがスムーズに流れない事もあり、今日は行動そのものも鈍っていた。明日こそは活発に動ける一日でありたい。
今日一日を徹底追及するつもりである。

ということで、早目に利用票を作っていた。
選択の自由を保障する・・・実務編2008・3・6
今回のケースで目で見て雰囲気を感じることの出来るデイサービスの選択において「本人・家族の選択の自由」を保障しようと思う。
本人は今は見学は出来ないが、過って何箇所かの見学をしておられる。
候補としてあがった施設は本人からだが、利用可能な施設が浮かび上がりつつある。だだ家族の希望の曜日とは違っていた。
包括併設のセンターは出来る限り外したい(担当ケアマネとしての配慮)気持ちはあったが、相談に行ったら快く調整を図っていただけることになった。

家族には見学をしていただいて雰囲気を感じて選んでもらうが、本人も見学されたことのある施設も含まれている。
見学可能な施設を見学していただき、条件の合った施設を選んでいただければ良い。その程度の調整を行っている。

選択の自由は本人も含めた関係者の選択である。家族でどのような話になるかは判らないが、とにかく利用者側の選択を重視していくことにする。
家族希望の曜日が取れないセンターの相談員の対応も非常に良かった。
報告として電話でそのことは伝えておいたが、残るもう一ヶ所については、希望の曜日の利用が可能かを問い合わせてある。
果たしてどの施設を選ばれるか・・・家族自身の目で確かめていただきたい。
訪問看護師は死期を知っていた???  2008・3・6
3週間前の訪問看護でエアーマットの検討をしている。翌日マットが入った。

2週間前の訪問看護で入院を勧めたが拒否されたので往診医の手配に走り回った。事前に意向は伝えてあった。
その日の内に往診をしていただき、その1週間の間に計3回の往診があった。週明けに病院への連絡と救急車の手配をしていただけた。
それから10日目の朝訃報が届いた。

相談の要には必ず同席していた。
昨日用具も引き上げている。担当ケアマネも死期を知っていたのかもしれない。
ご冥福をお祈りいたします。
Re: kaigoken さんへ  2008・3・6
〇〇さん、お久しぶりです。確かお近くの方だったように記憶しています。
現在包括におられるのですか・・・。

引継ぎのときに聞いていない とか(ちゃんとしたんですがメモってる様子はありませんでした)
こんなんじゃ困るのでカンファレンスしてもらわないと
と、偉くご立腹でケアマネ事業所からクレームがきました。


引き継いだ後は担当ケアマネがアセスメントしないといけないですね。
先日包括から依頼されたケースでは基本情報をいただきました。包括職員も聞き漏らしていることもあるかもしれませんので、認定調査に立会い、あとはこちらのペースで進めています。

一応、県西部の全保険者とお付き合いさせていただいてきました。数件程度ですがね・・・。

今後ともよろしくお願いいたします。
住宅改修  2008・3・5
ガン末期で、ターミナルに近付いている方がある。
手術の後一度は帰宅されたが、1ヶ月余り後に再入院になっている。医師は一時帰宅は良いと言っているが、退院になるのかは微妙なところである。
一応は退院しないと在宅サービスを利用することは出来ないが、一時帰宅の意味も含めた退院になるものと思う。
今のところ往診という話は出ていないが、その辺りも含めて今後調整が必要のようにも思う。

本人の希望は簡単である。「ベッドが必要だし、入浴にも介助が必要だし、夫の見守り介護ぐらい出来るわ〜〜〜」とベッドレンタルとデイサービス通所・日中排泄介護が必要な夫と二人だけになるからホームヘルパーの派遣である。そんなに簡単にいくとは思わないが、一応準備は進めている。

そういった話の中で、老夫婦の居室をトイレの隣に持ってきて、壁をぶち抜いて新しい動線を作ろうという話になった。ポータブルトイレよりもトイレであるが、廊下に出なくても良いようにしようという話しである。
そういった改修が介護保険で出来るのか保険者に確認した。新たに開口部を新設するのだから、ドアから引き戸への変更には当たらないという結論だった。

家族にその旨伝えて改修内容を検討しておいていただくことにしたが、誠に持って老夫婦に対して効果的な改修である。動線の確保と体力が落ちた方への最短距離の移動方法である。
介護保険適用にならないということであれば、ポータブルトイレ購入の方法がある。誰かが排泄物を始末しなければいけないので、日中計画しているヘルパーさんに依頼しても良いだろう。しかし、本人の気持ちとすればトイレまで行くことが出来た方が良いだろう。この辺りが退院前の状況も加味した検討内容になる。

私は理由書を書くだけの立場なので、あとは家族の判断に任せようと思う。
しかし良い構想である。
居室とトイレを一体化させることによって、居室とトイレの温度差を無くすことが出来る。ワンルームマンションとまではいかないが、高齢者に対して理想の居住形態はワンルームマンションだと書いたことがある。
生活の場で、高齢者にとって一番良くない環境は「温度差」である。脳血管障害の原因がここにもある。

身体に優しい住宅改修の内容も加味していただきたいものである。
家族にはドアの新設だから、介護保険は適用にならない旨伝えておいた。
名残雪  2008・3・5
今雪が降ってきたが、天気予報を見てもこの時間帯だけが雪である。
かなりの勢いで降っているので少しは積もるのかもしれないが、もう3月であるからそう多くは降らないだろう。
降る時に降らないと何時までもすっきりとしない天気が続く。
そういえば雪吊りを外した後、4月に雪が降って庭木を痛めたことがあった。

今年の降雪量は僅かであった。
年間を合計しても1mには届かなかったのではなかろうか?
記憶の中では一番雪の少ない冬だった。
トラックで運んで来た荷物が無い・・・。  2008・3・4
独居の認知症の方から電話がかかった。「先日トラックで運んで来た荷物が無い・・・」ということである。ヘルパーさんが知っているかもしれないからヘルパー事業所へ電話をしていただくことにした。
それから30分後にヘルパー事業所オーナーから電話がかかった。「何とかして〜〜〜のSOSであった。

早速訪問して事情を聞くと、「先日廃車した車からの荷物を玄関に置いていたが見つからない・・・。」ということである。
事情が判ったのでヘルパー事業所を訪問した。担当ヘルパーに連絡を取っても連絡が取れないということで困り果てておられる。
そこへ担当ヘルパーから電話があった。利用者の不安に関して聞いてみると一緒に整理されている。一週間も経たない話である。

多分その期間は段々と狭まって行くのだろう。
一週間が6日に、そして5日にそして・・・直前の記憶も無い・・・と。
どれだけの進行かは判らないが、近いうちに唯一の近親者にお会い出来ないかと思っている。成年後見制度の利用や近親者の関わりに関しても話をしたいと思っている。

成年後見制度の利用は関係者からストップがかかっているが、この角度からの確認も必要のように思う。
超特急のケアマネジメント  2008・3・3
金曜日に概要をお聞きして、今日は認定調査に立ち合わせていただきインテーク面接となる。終了後サービス担当者会議開催、ケアプラン後付の契約となる。初めてのことである。ケアプランはケアマネの商品であるから、ケアプランに合意いただいてからの契約になるのが通常だが、今回はその時間が無い。

金曜日に相談をいただいてショートステイの空きベッドを探したら、土曜日に受診して入院になりそうな方があると言われる。土曜日の昼頃、ベッドが空き次第入院になるという連絡をいただいた。今週末にはショート入所出来る。待った無しのタイミングだから、ケアプランを後付けにすることにして、包括の概要調査票だけは届けておいた。

今日は婿養子に出た孫にお付き合いいただけるが、担当者会議のあと施設を見ていただいて、父と祖母が入院中の病室へも訪問できれば良いかと思う。地域医療連携室の協力も得ておいた方が後々都合が良いだろう。とにかく緊急避難的ショートステイの利用になる。

概要調査票からでもケアプランは作れるが、やはりお逢いしないことには作るわけには行かないだろう。プランは頭の中には出来上がっている。
家族の退院がどうなるのかはわからないが、病状をお聞きして次の手を打っておく必要がありそうである。グループホームへの入所も一つの手だが、先に申し込みから2ヶ月以内で入所できたケースがあった。この話も孫に伝えておく必要がありそうである。

今日はファックスが多量に届く日である。紙詰まりを起こさないように祈るだけだが、今日は一日このケースのお付き合いになりそうである。
朝一番に銀行と支払だけを済ませて直行することにした。
ケアマネの暴挙  2008・3・3
メールでお知らせいただいたが、まだまだ勘違いしているケアマネが多いのかもしれない。
本人の知らないところで勝手に利用事業所の変更が行われたという。???である。

利用者の「選択の自由」は先ずケアマネジャーを選ぶことから始まるが、この段階で「選択」出来ないのが現状であろう。
情報公開制度は、インターネット検索で「選択の自由」を保障しようとしたものと理解するが、実際問題として果たして可能なのであろうか???選ぶシステムであることだけは認めるが、選ぶことの出来ないシステムでもある。

目で見て、雰囲気を感じて選ぶことの出来るサービスは通所サービスである。私は2〜3ヶ所の施設を見学して利用者本人に選んでもらっているが、その選択肢は多様である。見学した時のプログラムが気に入って選ばれる方や知人がいたから・・・というのもある。職員の雰囲気が好きだったというのもあった。

本人が変更を希望していないのにケアマネが一方的に利用施設の変更に動いたと言われる。常識では考えられないことがおこっているようである。
朝もや  2008・3・2
今朝会議室に行こうと外に出たら、朝もやが立ち込めていた。
珍しく古城公園側から通りに出たが、古城公園がすっぽりと朝もやに包まれていた。心落ち着く光景であった。
朝方かなり冷え込んだのか、湿度が高かったのかはわからないが、しばらくして良い天気になった。

朝一番に後見制度の利用と公正証書作成に関する相談があったが、今回は司法書士を使うことにした。友人に電話で人選を依頼して、後日相談に同席することにする。
方向性が決まれば内容にまで踏み込む必要はないので全てお願いするが、これで人生に関する不安がなくなれば良いと思う。先行きのことを考えると心配も多いということであろうか。

人生色々、悩みも色々・・・さて私自身の悩みは???妻の後にだけはならないでおこうと思っているのだが、果たしてどうなる事やら・・・。

明日からまた雪の予報である。
ネットワーク会議  2008・3・1
県西部のオーナーケアマネが集まった。ご案内してあったが、来ることが出来なかった方もあるが、概ね担当エリアを検討することが出来た。県西部の北部を私が担当することになり、南部は引き受けていただけそうである。
市内においても、更新時期を変わり目として変更出来る方に関しては居宅変更も行っていくことにした。更新時期を変わり目としたのはサービス事業者にまで影響が及ばないようにすることである。
このケース交流が問題なく行なえるようになれば、将来的に組織として動き出す準備にもなる。とにかく緩やかな連携からスタートを開始することにした。

ケースの出所は各々違うが、お一人施設ケアマネが出来ない困難事例を押し付けられている感は否めなかった。
今後の予想として北部の施設や南部の病院からケース紹介がある可能性もお伝えしておいた。何処から出ても対応出来る体制だけは整った。

近い内に担当件数がパンクする情況は今も変わっておらず、2ヵ月半で6件の相談がプラス・マイナスゼロになったが、相談の勢いは今も衰えていない。
今後この会議を定例化して、その輪を拡げていきたいとも思っているが、オーナーケアマネが増えないようなら、民間事業所にもその輪を拡げて行こうかとも話しておいた。
ちょうど1年前、民間総結集の呼びかけ文書を下書きしていたが、そろそろ行動に移す時が近付いているのかもしれない。
このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです。
隣市の包括からケース相談が・・・(2)  2008・2・29
前回は認定結果が要支援だったので約束通り担当しなかったが、今日再度電話がかかった。概容をお聞きして、チョッと大変かな???と思ったので、認定調査を一件済ませてから訪問することにした。

ケース概容をお聞きして、こんな家庭もあるのだな・・・と。一時期の我が家がそうだったのかもしれない。つなぎ繋ぎではあったが、何とかその窮地を乗り越えてきた。
今思えばプラスアルファーがその窮地を救っている。後に私の心の重荷になる解決方法だったが、それはそれで良かったのかもしれない。

老夫婦が認知症と癌である。次世代は娘が亡くなって婿さまが難病である。
孫嫁が二人の子を抱えて、今妊娠中である。
認知症のじい様は家にいるが、ご飯を準備しても食べていない。オムツをしているがトイレへは行っているようだが、何時も濡れたままである。排便に関しては???である。
そのような環境下でじい様を何とかしなければいけない。ショートステイ(ミドルステイ)でも利用して、二人の退院を待ちたい・・・。
地域包括の別居の孫との相談でもうプランは出来上がっている。私の考え方も同じで、妻と子の退院を待ってプランを整えて行く必要がある。

三世代一緒に各々の問題が起きたケースだが、孫嫁に安心して育児に励むことが出来るようにマネジメントを行うことが出来れば良いと思う。そして今新たに誕生する子に・・・こんなケアマネジャーがいたよ・・・と、将来の進路を決めるときに伝えていただければ幸いに思う。

一家を支えるケアマネジメント・・・骨のあるケースである。
介護力と在宅生活  2008・2・29
かなり重度でも、家族介護力があれば在宅生活は可能である。
逆にほんの少しだけ家族に介護力があれば在宅生活が続けられることもある。その違いを今見ている。
この違いは家族の関係ではないかとも思う。「介護問題」とまでは言わないが、家族関係が上手くいっている場合は、介護も問題なく行える。

医療と介護の連携のは必要である。しかしそれ以前に家族・親族間の連携は必要である。対象者本人を取り巻くあらゆるネットワークの中心にいるケアマネジャーは時として家族・親族間の問題に巻き込まれることもある。その時になって慌てなくても良いように、関係を整理しておく必要がある。

通常は同居家族を視野に入れておけば良いのだろうが、時として別居の兄弟が口を出すことがある。何も出来ないのなら黙っていてくれれば良いのだが、このことで同居家族の考えが乱れることもある。火に油を注いだようなものである。
家族の介護力を高める方向の発言なら良かったが、迷路へ追い込んでしまったようである。

近日中に子に会う予定をしているが、日程が合わない。先延ばししたくない話ではあるが、来週以降の週末にしか時間が取れないようである。
波乱万丈の3ヶ月  2008・2・28
12月中旬から始まった相談ラッシュもようやく落ち着きをみせてきた。
12月・1月の相談件数は6件だが結果差し引きゼロで落ち着いた。
入所・長期入院が決まった方や死亡もあるが、結果支援が出て包括に返したケースや包括が再委託出来ないということから自己作成扱いにしたケースもある。今、自己作成の代理提出(申請)に関して検討していただいている。

増えるケースも減るケースもそれなりに手がかかる。
全く新しいプランに書き換え、担当者会議も終わってサービス開始の当日死亡された方に関しては、新規以上に手をかけている。退院日を含めて4日間の命だったが、担当者会議当日お会いした時には、手を合わせて「ありがとう・・・」と言っていただけた。

先日一人救急入院になっているが、再帰を願って、この3ヶ月のケース数はプラスマイナスはゼロになった。
忙しかった割には数字を残せなかったが、6件の新規相談がなかったら大変なことになっていただろう。ケース数は動かなかったが、この忙しさを乗り越えられたことに満足している。
月末の1日は、認定調査一件と月一度の憂鬱な日・会計業務が待っている。
後見制度  2008・2・28
昨年末から今年にかけて、2件の相談をいただいている。一人暮らしの行く末を心配する女性からである。
1件は力になっていただける親しい友人があった。親族はあるが、親族を頼りにはしておられない。金銭問題もあったようである。
話の中で公正証書という言葉が出たので、公正証書を作っておかれることを勧めた。安心出来る一つの方法である。

もう1件は、不動産の活用方法を考えておられる。また安心出来る材料も欲しいようである。「家」の存続を望んでおられるようである。
「家」としての直系親族はもういないが、従兄妹が多い。
こちらへは任意後見制度の利用を勧めようと思っている。
後見人協会を紹介するか司法書士を紹介するかは別として、法的専門家の関わりが必要のように思う。

同じような状況下のお二人だが、問題を解決出来る力を内蔵されているか如何かでその方法が違ってくるように思う。
ケアマネジメントにおいても同じことが言えるかと思うが、本人の持つ力によってはその方法も違ってくる。そういう考えも巡らせながら、安心出来る材料を提供していくことが出来れば良いと思う。

一人暮らしの方もかなり担当しているが、後見出来る方の存在を常に頭においておかなければいけない。
そういう想いで担当者名簿を眺めてみた。何らかの手を打っておく必要がある方が何人かある。老夫婦の行く末にもこれに近いものがある。
某総合病院の情報交換会  2008・2・27
標題の情報交換会に参加して、かなり在宅医療関係者に関しても浸透してきたとの実感を得た。お世話になっている訪問看護師(ステーション)さんの参加が多数あった。
地域連携室(看護師系)とも顔なじみになっているし、かなり医療の分野ともお付き合いもある。そういう雰囲気の中で、中味のある情報交換が出来た。

ICU所属の師長さんも参加されていたので、今一番心配になっている方の情報を得ることが出来た。訪問看護師との話の中に割って入らせていただいた。
必ずしも良い状態ではないようである。
人工呼吸器の設置は、悪までも治療目的・血中酸素の状況を改善する目的であった・・・と、確認させていただいた。妻と子は人工呼吸器をつけてまで延命措置を取ることに対して否定の立場だった。往診医から話が出るかもしれないと言われ、出た結論である。その場に立ち会っている。

かと言って救急の場面で、治療目的の人工呼吸器が装着されれば拒否も出来ないだろう。根本原因の肺炎が治癒するかといった場面での選択肢になるものと思われる。人工呼吸器問題は、常時設置する段階の気管切開に譲られるものと解釈をしている、現段階ではマスクによるものと解釈している。
本人の状態は極限に達しているが、ケアマネジャーの立場で死の宣告を行なっても良いものかとも思う。
適正な医療的判断を期待している。
1年生市議の勘違い!!!  2008・2・26
県東部の市議から電話がかかった。担当している方の妹さんから相談があって入所させて欲しいということである。、先ず「本人さんが入所を希望されているのですか???私は何も聞いていませんが・・・」と伝えた。

その上で「入所に関しては家族・親族の問題であるから、本人から依頼の無い入所相談には応じられない。入所申し込みは家族から行なっていただきたい」と突き放した。
付け加えた言葉は、「本人の了解のもと、家族から依頼があればその申し込み手順をお伝えします。」であった・・・そして議員向けに、「あなたは施設事情・入所事情をご存知ですか???申込みしたからといってすぐには入所出来ない状況ですし、私は在宅ケアマネです。在宅生活を如何支援していくかの立場です・・・」と。
理解されたかどうかは如何でも良い事で、とにかく立場と現状は伝えた。

折り返し本人から電話がかかった。困惑しておられる。
どうも動いておられるのが妹さんらしいが、もう時間も遅いから連絡は取らないが、その真意を聞いてみたい。
本人は現状で良いと言っておられる。
もしかして・・・「性」で固まってしまったのかもしれない。このような「介護問題」は初体験である。情報発信の本人に会う必要がありそうである。
良く似た時期に知り合った二人の女性  2008・2・26
開業を前後して良く似た年代の二人の女性とメール交信が始まっている。3年以上前のことだが、何故か書きたくなった。
メールでのアドバイスは勿論のこと、実践活動を手伝った方もあるし、実際の業務でご一緒する方もある。そのお二人のイメージがダブってしまったので書きたくなった。

先日偶然にお一人の仕事ぶりを目にする機会があった。鼻から上が見えたが、もう一人の方と勘違いするほど良く似ていた。その偶然に関して、人生における人の結びつきを感じた。
同じような時期に同じような雰囲気の女性と出会っていたわけである。

この二つの出会いには同じような宿命が待っていたのかもしれない。私自身の良い所は見習って、悪い所は切り捨てていただきたい。そう思いつつ二人の女性の行く末を見守りたい。

今日そろそろ3年ぶりになる再会があった。その間も接点はあったが、又良い関係が再構築出来そうである。

人の出会いと別れ・・・そして再会。
お互い胸を張って人生を応化していれば、再会もあるのかもしれない。
そんなことを感じさせる今日この頃である。
富山型デイサービス  2008・2・26
友人から久しぶりに電話がかかった。施設を準備していると言う。
以前小規模多機能施設の話があったが、条件が合わずに手を出さなかった。そういう経緯もあったので「どんなスタイルで・・・」と聞いてみた。「富山型で・・・」という。

過ってお世話になった介護福祉士も一緒だと言う。一度出て来ないかということなので日程調整をした。丁度その方面へも行かなければいけないので、訪問順路を変更して、一緒に逢うことにした。
利用希望者のケアプランも依頼されたが、これに関しては少し詳しい説明が必要かと思う。もう限界に来ているので、民間型居宅でケースを共有する話もしなければいけないだろう。
そういうことで久しぶりにお逢いすることにした。

何人かの女性に事業運営を助けていただいているが、久しぶりにそのお一人に逢うことが出来る。苦しい時にケースを紹介していただいて、勢いが出てきたキッカケでもあった。
数年経過した後もその気持ちを持っていただけたことを嬉しく思うと共に、今後の事業運営に関しても出来るお手伝いはしていきたいと思った。

富山型は事業として軌道に乗っている形態だが、本来の形でありながら独立型居宅はなかなか軌道に乗らない。その道筋をつける意味においても工夫はされているが、問題の原点が放置されたままである。この原点に一矢を投じたいものである。
そのネットワーク会議を週末に開催することにしている。果たして何人集まるのであろうか・・・。
人工呼吸器  2008・2・25
妻から電話がかかり、救急入院になるかもしれないと言われる。すぐに訪問してみると、本人は昏睡状態だった。子も駆けつけ、在宅医からの連絡を待つだけになっていた。
週末体調が悪く連日往診していただき、朝一番に病院と連絡をとっていただき連絡があることになっていた。

本人を前に待つこと1時間余り、入院が決まったと医師から連絡があった。
折り返し電話があり、「人工呼吸器を付ける話が出るかもしれないので、家族で意思統一をしておくように・・・」ということであった。その場で妻も子も人工呼吸器を付けない意思統一がなされた。
救急車も医師から手配いただき、救急隊も到着して、身体の状態を伝えた。とにかく静かに・・・である。

救急車を見送ってから関係事業者に救急入院の連絡をして仕事に戻ったが、昼頃妻から電話がかかり、人工呼吸器を付けて集中治療室にいると言われる。人工呼吸器をつけなければいけない状態・低酸素状態だったようである。

「命の選択」としての人工呼吸器装着であるが、もう外すことは出来ない。重篤な身体状況でもあり、仮に一命を取りとめたとしても大変な介護が待っているだろう。骨髄腫の進行は止めることが出来ない。
果たして家に再び帰ることが出来るかは判らないが、在宅用の人工呼吸器もあるから、不可能ではないであろう。
一時的な装着なら良いのだが、長期化するのなら気管切開もしておられるものと思われる。

心配になったので妻に確認に行ってきた。原因は肺炎で酸素を取り込めない状態だったので、一時的に治療目的で酸素を強制的に送り込んで、血中酸素の状態をよくするための措置だったと言われる。「でも救急搬送でまた骨が折れているのでしょうね・・・」という言葉からは困惑しておられる心の内が見て取れた。
果たしてどのような展開になるのかは判らないが、人工呼吸器のある療養型病院の紹介はしておいた。
〜富山発 日本の社会福祉を考える〜  2008・2・24
日本福祉大学同窓会企画の福祉セミナーに参加してきた。
午前中は用事があったので分科会には参加できなかったが、午後の学長の福祉講演とシンポジウムには参加させていただいた。
“地域共生社会の構築を目指して”と題したシンポジウムでコーディネーターを務めたのは、県では福祉の第1人者の同級生である。(これがあったから参加を検討していた)

MSW協会から少し前に案内をもらっていたが躊躇していた。県内各種団体の後援を受けているが、同窓会には違いない。そこへ飛び込んだのが市からの案内だった。これで行くことを決めた。

元々福祉以外の専門職を目指していたから「大学」ということではかなり抵抗がある。現在情報発信している内容は教育から出たものではない。実践からの発言であるから、その基礎になっているものは人間の社会常識である。
福祉専門教育を受けていないものが、尤も真に迫った考え方をしていることを立証するようなシンポジウムであった。

最後のまとめとしてコーディネーターから出た言葉は、「各専門職が地域で連携を執り、大きなネットワークを作っていかなければいけない。その核になるのが同窓会ですね・・・」と。
この言葉を聞くことが今日の目的だったのかもしれない。
んまい〇  2008・2・23
孫の一言が「んまい」である。美味いとも聞こえるが、なんでも「んまい」である。
昼に「お好み焼きでも食べてこようか・・・」という話になった。行き先は「んまい〇」である。

はじめてのお好み焼きなので鉄板に手を付かないか心配したが、一度だけ危ないことはあったが「んまい」の連発だった。
「んまい〇」で「んまい」の連発であるから、店員さんも微笑んでいた。
焼そばの大きな肉が口に入ったらしく、「んまい」エキスを吸い取って、吸い殻を母に渡していたが、もう何処へ連れて行っても大丈夫のようである。

今晩の予報は大雪のようだが、今のところ降る気配は無い。庭の雪もほとんど解けてしまったが、春はもうすぐそこまで来ているようでもある。
インフォーマルサービス  2008・2・22
制度には乗らないが、必要な方には必要なサービスなのだが、なかなか組織的に準備されているとは言えない現状がある。
先日も地域のケアマネ(相談会)の会合でお話したが、私自身がインフォーマルサービスを行っているケースもある。

某施設へ認定結果のお知らせと更新プラン(案)を届けたが、事務所に戻ってしばらくしたら管理者から電話がかかった。それじゃ・・・ということで舞い戻った。利用者に関する話は簡単に終わったが、その後が夢のある話であった。
経営母体がインフォーマルサービスを作る方向で動いていると言われる。パンフレットを見るなり、先日の話を思い出した。

シルバービジネスとしてのインフォーマルサービスを構築しようとしている民間事業者は多い。ご多分に漏れず、大阪・名古屋セミナーも民間(独立)居宅が生き残る内容であり、ビジネスチャンスを狙っている。見せていただいたパンフレットには『連携』の二文字で組織をつないでいた。インフォーマルサービスネットワークを作ろうという話しのようである。
そこで思い出したのが、成年後見制度にからめた身上介護であった。

シルバー人材センターにも、介護保険では出来ないサービスを準備している。この民間版をやろうというのであるから、一度訪ねてみられることをお勧めした。その他にもインフォーマルサービスを行っている団体もあるので、そこらと地域で協働したらどうかと勧めた。無責任な話である。

ネットワーク・協働は足を運んではじめて生まれるものであり、無駄足になるかもしれないが、協働出来そうなところに働きかけられることを勧めた。

3月30日(日)「協同労働の協同組合」のテーマで市民集会が開催される。
記録  2008・2・21
また仕事を増やしてしまった。
業務日誌を行動日誌として記録しているが、内容が混在している。支援経過の中にも事業者等との連絡調整の記録はあるのだが、時系列的にまとめた記録を作ってみることにした。内容は支援経過の内容と大変わりしないのであるが、しばらく続けてみようと思う。

連絡調整は日々のことであるから膨大な記録になるかもしれないが、より業務の内容が明確になるのかもしれない。支援経過は利用者を中心にケアマネの行動(支援)を明確にするものだが、行動日誌はケアマネを中心に、支援の経過を一覧出来る記録になるのであろう。
何が出来るのかは楽しみだが、様式が無いからワードで書きなぐることにした。

そう言えば過って誰かが、大学ノートに何時誰に会ったかまでを記録していたことがある。彼自身の行動記録だったのであろうが、そこまではやるつもりはない。
記録は大切なことなのかもしれないが、記録を活用しているかと言えば決して活用しているとは言えない。書きっぱなしの記録が山積している。

果たしてどうなるかは判らないが、専門職としてのケアマネ本来の記録とは、何時・何分・何処で・誰と・何を・何の目的で行っていたのかまで求められるのかもしれないが、記録より実践を優先させたケアマネジメントを行ってきたので、無駄なことのようにも思えるが・・・身を守ることに役立つのかもしれない。
メールで主治医へのお礼の伝言  2008・2・20
最後の受診で紹介状を貰う予定だったが、昨日訪問してみると容態が悪いので、その日の内に往診していただける方向に走った。夕方妻から電話がかかり、今往診して帰られたところだと電話がかかった。今までの主治医とはもうお逢いすることもないのかも知れないが、一晩気がかりだった。
そこで先に、主治医所属病院のMSWに応援してもらわなければいけないかもしれないとメールを送り、必要なら何なりと・・・と返信をいただいていたことを思い出した。
少し遅くなりましたが・・・と、容態の急変で往診が早回ったことを先生にお伝えしていただくことにした。

今回は両病院の地域医療連携室と在宅療養支援診療所医師への根回しを早めに行っていたので、急変に対しても慌てなくてよかった。ほんの二日間行動が早回っただけで、準備と根回しは全て出来ていた。
容態の変化に関するプランを整えることはこれから手がけるが、先ずは現状の継続と、妻の介護負担を軽減していくことにポイントを置いていけば良いように思う。妻が外出できるように、身の回りの介護を行いながら、容態を見守ることも必要になってくるものと思う。

各々の生活があるから、なかなか足が向かなかった子の訪問も最近あるようである。
妻には「覚悟をしておかなければいけないかもしれないですよ・・・」と伝えておいたが、ここ10日間位で一気にターミナルに近付いた。タイミング良く体圧分散エアーマットも入ったし、訪問看護師の適切なアドバイスに助けられている。

明日ヘルパーの利用面接を予定しているが、今回は緊急性も帯びているので、個別に各担当と相談をしていくことにした。
人生を悔いる  2008・2・19
人生も60台半ばを過ぎると過去を振り返るものらしい。確かに不運な人生を送ってこられたが、詳しくは知らない。婚期を逃され、生涯独り身を通されることになるのであろうが、その人生を振り返って、我が身の寂しさを振り返っておられる。何と慰めれば良いのか判らない。
これも戦争の残した爪あとなのだろうが、人生の中で自分を見付けることが出来なかったようである。
そういう私も随分逆境と闘ってきた。逆境を力にもしてきた。果たして人生に対する姿勢の問題で片付けても良いのだろうか???

『介護問題』としてテーマに上げている家族親族の問題や嫁姑の問題等など、これは家族親族等の力関係から生ずるものに他ならない。小さな社会がここにあるわけで、力関係が逆転すれば、その関係も逆転する。そういう関係を随分と見てきた。

過ぎ去ったことを悔いてみてもどうにもならないのであろうが、深刻な問題になっていることは事実である。この問題を如何解決するかは、当人にかかることだが、アドバイスぐらいは出来るだろう。
時間をかけて立ち直っていただきたいとは思うが、もうしばらく背景を探る必要もありそうである。
何とかして立ち直っていただきたいとは思うが、心の中に潜む問題だけに『介護問題』の相談とは少し違うようにも思う。

Re: 人生を悔いる  2008・2・20
fp_pf さん、お久しぶりです。

『介護』という現実の問題から顕在化してきた心の葛藤を和らげるための 
 何らかの 『きっかけ』になることはできるかもしれませんね。


『きっかけ』になるアドバイスをおくることが出来れば良いのですが・・・

Re: 人生を悔いる  2008・2・21
会話することで悔いるような人生でもなかったことに気づいてこられますでしょう?

『・・・心の中に潜む問題だけに『介護問題』の相談とは少し違うようにも思う。』
介護ケースではないんですよ。
担当ケースならご指摘の通りの手順で進むのですが・・・。

Re: 人生を悔いる  2008・2・22
fp_pf さんはもしかして人生相談の分野で働いてこられたのでしょうか???
基礎資格が気になってきました。
ターミナルへの移行  2008・2・19
そろそろ限界かな???ということで、在宅療養が出来る方向へ準備を進めてきた。最後の通院が2日後に迫っているが、通院出来るか微妙な状況になっている。今日の訪問看護に合わせて訪問して体調を確認しておこうかと思う。
座位をとること自体が困難な状況になっているのかもしれない。

先週の訪問看護時、体圧分散エアーマットを使用することになったが、本人にとって非常に良い効果をもたらしている。寝心地が非常に良いと言われる。
車椅子に座ることが出来る内は通院介助が出来るが、首も痛くなって来ている。やはりもう限界だったのかもしれない。最後の通院が出来れば、首のレントゲンを撮ってもらいたいと妻は希望している。
手指に痺れが無いか・・・と心配された専門職があるが、感覚が鈍っている様子だった。

妻とは以前、骨がバラバラになるのかもしれないと話したことがあるが、もしかしてその通りなのかも知れない。痛みをとる対処療法しか行なえなかったのも事実である。
お付き合いが始まって2年余り、通院介助が始まって1年数ヶ月経過したが、私自身が出来る支援は、最後の通院介助を無事行ない、紹介状をもらって往診依頼に同行すること位である。

主治医から、内臓が丈夫だからここまで持っているのでしょうという話が妻にあった。対処療法で痛みをとって、本人の力で生きておられる。
その気丈な方に先週お会いしたときは、その元気はなかった。
今日顔だけは見て来ようと思う。

ターミナルへの移行(追伸)  2008・2・19
訪問すると容態が大きく変わっていた。
訪問看護師も到着したので、救急車で病院へ行くことを勧めた。本人は入院は拒否である。
そこでもしかしたら紹介状が出来ているかもしれないので、地域医療連携室を通じて確認することにした。一路病院へ・・・。
地域連携室で確認してもらうと、紹介状はパソコンに入っていた。ただ、その紹介状を出す手順が執られていなかった。明後日の受診時に受け取ることにしてあったから致し方ない。一応書類申込書を連携室の責任者に書いていただけた。

紹介状を受け取って外へ出るなり電話で、迎えに行くから妻に出る準備をしていただくように伝えた。
在宅療養支援診療所医師からは丁寧に状態を聞いていただけた。
家に帰ると看護師が次の訪問先を少し遅らせてもらったとまだいていただけた。(後程電話で今日は訪看3で良いですか・・・と電話がかかったが、4でも良いほどの時間居ていただけた。控え目な方である。)
午後から会議があるので夕方往診します・・・。ということで即日に対応していただけた。
たった一度、往診の依頼に行っただけだが、素晴らしいネットワークで応えていただけた。

妻には明後日の受診に行けないことの連絡と、文書料を払って来ていただくようにお願いした。
一人には出来ない状況だから身の回り介護と見守りでホームヘルパーを週一回程度派遣して欲しいと依頼があった。
明後日個別担当者会議を開催することになった。緊急時であるから、各サービス機関、個別会議で対応することにしようと思っている。
無い社会資源  2008・2・18
数年前までは緊急通報装置の連絡先が在宅介護支援センターだった。多分法改正で地域包括支援センターに変わったので通報先が安全センターになったのであろうが、この変更は大きな変更だった。連絡通報はしていただけるが、異常な状態を助けることは出来ない。連絡だけである。

安全センターからの連絡だと救急時には役に立つ。しかし、ベッドから落ちた・・・など介護は出来ない。かって出来ていたことが出来ない通報装置は、システムとしての後退を意味する。このことを伝えられただけでも、話をした甲斐はあった。

昨年末から今年にかけて県内で3つの難病患者会が設立することになるが、その何れも高岡でも活動を計画されている。高岡に追いかけて来ていただけた患者会や、高岡の有志が中心になっている患者会など、HPを通じてご連絡をいただけた方もある。

今日の話はインフォーマルサービスとしての患者会の紹介から、不足しているサービスをご指摘するというすり替えの話だったが、包括を中心に行政とも不足する資源を検討していただく段階にまで話をすすめることが出来た。
話はまずかったのであろうが、その趣旨だけは伝わったとのご報告をいただいた。

資源あふれる介護の現状が出来上がっていくキッカケになれば良いとも思った。
3日連続でしたので・・・シドロモドロの話  2008・2・18
3日連続の飲み会でしたので、今朝は少し辛かった・・・。

ケアマネ相談会で昼食会のあと、インフォーマルサービスに関してお話させていただきましたが、筋書きもないシドロモドロの話になってしまいました。
でも、「無い社会資源を皆で作って行かなければいけないネ・・・」という主旨は伝わったようです。包括の主任ケアマネさんからそう電話をいただきました。

医療法改正や成年後見など、名古屋セミナーに関しても触れようかとも思っていましたが、又の機会に譲ることにしました。
富山湾の魚は・・・贅沢しているね・・・。  2008・2・17
クラス会有志会で次期クラス会の話が出た。「ここに先生がいればクラス会だね・・・」「でも、全員に案内しないといけないよ・・・」
男女同数で、14人が集まったが、女将も同年代・・・だとか。
魚屋さんが仕出しを行なっていたが、今は料亭となった店である。

「料理の数が多いから、その気になって食べないとね・・・」と宴席は始まったが、たらの白子・クラゲ・ナマコ・刺身の盛り合わせ位までは記憶にあるが、かなりの量の海の幸が出てきている。
日程に乗った東京からの参加もあった。

小学校を卒業してからもう48年になるが、未だにその時の想いを抱きながらのお付き合いが続いている。良いものである。
まだまだ続けたい仲間だが、最後の残るのは誰か・・・には、答えが出なかった。案外最後まで残るのかもしれない。
お酒が目の前に・・・の週末。  2008・2・14
名古屋セミナーへはお酒を飲みに行くわけではないが、帰ってからが「・・・目の前に・・・」である。
関ヶ原辺りがかなり雪が降っているようで、「高山本線経由も考えた方が良いよ・・・」とご連絡をいただいた。一列車早く出ることにしているが、駅へ行って運行状況を聞いてからルートを選ぼうと思っている。
名古屋から帰った日の晩から飲み会が続く。

小学校6年間、クラス変えもなく、「B」組みだったメンバーがいる。先生の交代もなかった。ただ一人腎臓病で他界した仲間がいるが、今なら透析も出来たのであろう。
ごく最近の話(と言っても5年位前だったかな???)世との別れを急がれた方も数名あるが、そろそろ誰が最後まで残るかと言う話も出てきそうな年齢になってしまった。大酒飲みの私は手を上げることは出来ないであろう。
でも、肝臓が丈夫らしい・・・。
酒を飲めない彼が最近一番ひ弱そうに思える。かってスポーツマンで、国体選手でもあったが、健康的に見ればその勢いはない。医療関係者の彼も最近お酒が弱くなった。そのようなメンバーでの飲み会が土曜日の夕方からセットされている。

日曜日は町内青壮年部の総会・懇親会である。
子が児童部の頃だからもう20数年前、青年部として活動していた仲間が、壮年になっても町内の活性化のために働きたいと言う主旨から、子の年代を巻き込んで2年前に青壮年部を結成した。
「おやじ」の飲み会という見方もあるが、子供からお年寄りまで集える「夏祭り」なども企画している。その資金源が廃品回収で、一応社会的には体面を保っている。

ということで、3日間本来の業務は休みになるが、朝一件だけ調整を取らなければいけない用件が入った。その後は鉄砲玉である。
たこ足配線  2008・2・14
被保険者証が届いていないか訪問すると、ヘルパーが炊飯器の電源を探している。家の中は延長コードでたこ足配線になっている。
住宅の管理者に電話をすると分電版の構造を教えていただいたが、20アンペアで2回路になっていると言われる。ブレーカーがあると言われるがカバーがかかっていて見えない。

しばらくして電気屋が来てくれたが、古い構造なのでブレーカーはヒューズである。
1キロの電気ストーブを点けておられるから、それだけで一回路は一杯である。古い住宅だから電気の容量も小さい。これじゃまたヒューズが飛んでもおかしくはない。(困ったぞ・・・)
認知があるから果たして容量を加減して電気が使えるだろうか・・・。

電化が進み、我が家でも50アンペア契約をしている。回路を細かく分けていても台所周りでは時々ブレーカーが落ちることがある。
古いブレーカーなのでヒューズを使ってあるが、切れたら厄介である。スイッチを上げるだけの作業では済まなくなる。
今冬何回電気屋さんの出動があるのだろうか???

日曜・祝日は用事があるようだから、ヘルパーを毎日入れることにした。本人もまんざらでもない様だが、洗濯物がまた多量に出ているらしい。ヘルパー事業所オーナーはパットを持って訪問する予定だと言われる。
道具が全て揃うまでもうしばらくかかるようだが、本人も余り気にしていないようだし、気長に整えていかなければいけないのかもしれない。
インターネットがつながらない一日  2008・2・13
今日は緊急に書き換えなければいけないプランが発生する日であった。
しかし・・・事務所のパソコンでソフト会社のページが開けない。HPや掲示板も一部しか開けない???だが、とにかく書類を更新しなければいけない。メールは届いている。

そこで「会議室」のパソコンから書類作りをして、メール添付で送って、事務所で印刷をすることにした。午前・午後2度の作りかえと記録を終わって、パソコン販売会社に勤める甥に電話をした。
多分ウイルスセキュリティーかもしれないということで、早朝にウイルスセキュリティーの更新プログラムが入っていたことを思い出した。結果その時の操作を間違えたようである。

電話で手探りに手順を教わった。詳細メニューを見ると、インターネットが遮断になっていた。原因はこれであった。
修復の手順を習って無事完了。また一つ賢くなった。
ワープロさえ打てなかった私が、冊子を手作りしたり、インターネットで情報発信を出来るようになった陰には甥の存在がある。
独立開業してもケアプランを手書きしていたのでは仕事にならなかったであろう。
アンパンマンのHPに孫感動・・・。  2008・2・12
http://www.ntv.co.jp/anpanman/

検索で探しましたが、幼児がインターネットで楽しめるのですね。
アンパンマン・メロンパンナ・ジャムおじさんなどが好きなようです。

昨日は目が覚めたらママがいないと泣き叫んで困らせましたが・・・ゲンキンナものですね・・・今日は記録の整理に時間がかかって・・・あと5分間だけお願いね・・・と。
画面には指のあとが・・・・・。
問題解決のルール 2008・2・12
対象者本人を取り巻く人脈を解きほぐすこともケアマネジメントの一部であるが、これにも順序がある。血縁・地縁(知)の中でより本人に近いところから解していく必要がある。
関わってから二週間余り、その全貌が見えてきた。

判断力が衰えつつある本人に代わって判断をしていただける方が来ていった・・・と本人から聞いた。内容を聞くと、連絡がどのルートから行ったのか判断できた。より身近な知縁者から連絡が行っていた。
本人を取り巻くネットワークがほぐれつつある。親族でないと出来ないこともあるから、今度来られたときにはお逢いしたいと電話を入れておいた。

お逢いしたい理由は日々の生活に関してではない。本人の状況によっては入院・入所の必要性も出てくるから、その時になって慌てなくても良いように準備をしておかなければいけない。そのことを確認しておく必要がある。
後見申し立てできる方だが、その意思確認をしておく必要がある。知縁の方からはストップがかかっている話である。

問題解決を急いではいけない。解れて来たのだから解れるのを待てば良い。
近い内にもう一度来る用事があるのでそんなに遠い先のことではない。
それまで先延ばしにすることにした。
実は・・・大きな怪我を・・・。  2008・2・11
先月のケアマネ交流会・・・の後、勝手に流れて・・・幸い2次会は関係者の中で、間接的ではあるが・・・記憶にある。
この後が酒飲みの怖いところである。脳が感知しないまでお酒を飲み続ける・・・ようである。
不思議なことに、朝起きると家にいる。
・・・ということは、昔聞いた言葉ではあるが「合点モウロク・・・」なのかもしれない。

お相手いただいた方は、私が現役時代にお世話になった方でもあり、全ての経過から現状までご存知である。デュエット・ダンスと、強要はしていないが別グループーの女性を担ぎ出す話術も心得ている。その日の思い出が、彼女と別れた後の私にあった。

キズ版で止まる大きさなのだが、皮膚の剥離だった。3週間余り自分で行って来た治療は、患部の消毒と保護である。かろうじてキズ板に治まるキズだった。
途中から破傷風などの心配もあったが大丈夫だったようである。今日、大型銭湯から帰ってから確認したら皮膚が育っていた。褥創が治るプロセスと同じである。

皆様・・・お酒を飲んでも、怪我には充分注意をして下さい。
介護・健康メモ  2008・2・11
1週間の状態を一覧できる記録様式「介護・健康メモ」を使い出してそろそろ2年になる。当初2000枚印刷したが、そろそろ在庫に底が見えた。
日付を手書きで入れていたが、これがまた大変な作業である。そこで日付を入れたものを印刷することにした。
厚手のカラーコピー用紙を買ってきてみたが、色が少し濃かった。用紙選びはこれからだが、様式変更の構想は見えてきた。
原稿を自分で作っているから出来ることなのだが、コスト減にもなるようである。

一人当たり年間52週の半分の26枚を使うが、印刷コストよりも時間が浮いてくる。3ヵ月後ぐらいから、印刷したカレンダー式記録用紙をスタートさせるが、日付を追わずに1週間を一覧できるところに重点を置いている。
この他に、必要な方には連絡ノートを置いている。家族とホームヘルパーの連絡用などに使っていただいている。
この様式で排便コントロールに役立てていただいている方もある。

介護保険になってから記録が喧しく言われているが、担当者からのみの一方通行の記録よりも、双方向からの記録が望ましいのではないかと思っている。そういう意味で、デイサービスを担当していたときには、双方向の連絡様式を使っていた。A4用紙四分割の簡単なものだったと記憶しているが、家族からの連絡も書き込めるようにしてあった。その応用が「介護・健康メモ」と形を変えている。

認定待ち・通院日の確定・追加利用の確認など数件はまだ利用票を作ることが出来ないが、「介護・健康メモ」にも予定を入れて、スタンプラリーの準備が出来た。通常より一週間早い行動開始である。
今月も月末が危なくなってきた。  2008・2・10
月半ばから月末にかけて、そろそろ予定が詰まって来た。
通常より1週間早目の利用表作りを日曜返上で行なった。我社の休日も隔週二日制で土曜は半ドンである。勿論祭日も休みである。

研修会等には全て参加する方向で臨んでいる。情報交換会や職能団体のシンポジウム等にも出かけるし、患者団体からの誘いにもお応えしている。
ネットワーク会議を企画したら、同じ日にソーシャルワーク研修会に誘われた。今回だけは不参加として、自身の企画を優先することにした。
時として選択の余地もあるが、選択出来ないこともある。関係者には黙って不参加とすることもある。

そういった中明日から10日間の予定がびっしりと詰まったしまった。
予定の合間にスタンプラリーを行なっていかなければいけないが、その資料になるのが「サービス提供一覧表」である。多少車を飛ばしてもお会いできる方を訪問する。2週間あれば何とかスタンプラリーが完了するのではないかと思う。

週末は名古屋セミナー・小学校同級会有志飲み会・町内青壮年部総会懇親会と続くが、肝臓と相談しながら飲むことにする。
そういった中で、妻が右肩が痛いと言って接骨院の休日診療を受けてきたら、肩の靭帯が3本切れているとか・・・腕を吊ってきた。
子は明日まで居るが、その後は調理をしなければいけない状況・・・か・・・。
「ほかほか弁当もあるしね・・・」と妻から救いの言葉がかかったが・・・追っかけるように「味噌汁くらいは欲しいね・・・」と。
「味に保障はしないよ・・・」ということで何とかなりそうである。
ワイングラス  2008・2・9
http://www.netbeet.ne.jp/~spring/midi2_BrandyGlass.html

「懐かしの名曲!日本歌謡とJポップ」の中の1曲であるが、好きな曲である。

『♪♪これでおよしよ〜♪そんなに強くないのに〜♪酔えば酔うほど〜淋しくなってしまう〜♪涙ぐんで...そっと
時計を隠した女心〜痛いほどわかる・・・指で包んだ まるいグラスの底にも〜残り少ない夢がゆれている♪
よせばよかった.....よせばよかったけれど.....恋は知らずに〜♪炎えて!!しまうものだよ〜〜〜〜〜♪♪♪』

先日ブランデイの赤白セットをもらったが、子に「1本持っていったら・・・」と言ったら白を持っていった。今帰って来ているので「今日飲んだら・・・」と言ったら「そうしようかな???」と・・・。
そこでブランデイグラスを見たら2個あった。

とんだキッカケで裕次郎を思い出してしまった。
カラオケでもよく歌う曲である。
歩道がスケート場  2008・2・9
今朝は氷点下の冷え込みだったようだ。昨日の雪が歩道に残っていたが、溶けて濡れている所は凍結していた。スノーブーツでは足もとが危なかった。
その状況を見て、かなり昔のことを思い出して、一人にこやかに笑ってしまった。

56豪雪の時であるからもう30年近くも前のことであるが、夜中に帰って来たら駐車場が除雪してあり、雪解け水が凍ってスケート場の状態になっていた。記憶では氷点下5度であった。
自家用車のドアがガチンガチンに凍っているので、風呂場から熱いお湯を洗面器に汲んで車に向かった。氷に足を取られてスッテンコロリン・・・。熱いお湯をまともにかぶってしまった・・・が、お湯も冷めてちょうど良い熱さになっていた。

来週は少し冬らしい天気予報だが、果たして降るのだろうか・・・。今年は雪も少なく、ここ北陸では過ごしやすい冬だった。
2ヵ月半で3週間の在宅機関  2008・2・9
問題ケースだと12月に引き継いだが、この2ヵ月半で在宅での生活は約3週間だった。その方が2度目の入院から退院する。病名は2度とも肺炎、食事に問題があるようである。
家庭内にも問題があることは感じてはいたが、この問題をヘルパー毎日派遣とベッドテーブルで解決することにした。家族にも限度額いっぱいのサービス提供を受け入れていただいた。

退院日の昼頃訪問して食事に関してお話をすることにした。家族はみんな仕事を持っておられるので、一番良い時間に出勤される方に食事のセットだけはお願いすることにする。その内に身体介護でヘルパーが入るから食事状況も確認できる。正しい姿勢で食事を摂っていただければ誤嚥もないだろう。

以前は家族との関係がしっくりといっていたとは言えない状況だったようである。その家族に前を向いていただけた。入院から入院までの期間が10日余りしかなかったから、丸っきり新しいプランがスタートすることになる。大晦日のサービス担当者会議に続いて、今回も担当者会議をセットした。プランの主旨は伝えてある。

他人から受け継いだプランを大きく変えるにはキッカケが必要だが、そのキッカケが2度の入院であった。本人には悪かったが、自宅でゆっくりと療養生活をおくっていただきたい。来年の冬には長期ショートステイ利用も検討していくが、費用負担も判断材料に加わるので、家族の選択を待つことにしよう。
子が「冬場は弱いんで・・・」と言った理由がようやく判った。かかりつけ医の必要ない方でもある。
孫がご愛嬌・・・。  2008・2・8
夕方友人が訪ねてきて医療法改正に伴う方向性の確認をしていたが、面白いアイデアが続出した。まだ方向の修正は出来るが、一応の方向性は見えてきた。名古屋セミナーをお楽しみに・・・といったところである。

数日前から子の夫が出張ということで、子と孫が泊に来ている。大方話の方向が見えたところへ、孫が愛嬌を振りまきに来た。
今日はパソコンに向う時間も無かったので、友人が帰った後パソコンに向うが、まだ眠くないらしく、周りで遊んでいる。

今日は落ち着いて記事を書く余裕もないので、そろそろ寝ることにしようと思う。
ネットワーク会議復活  2008・2・7
「富山県独立型介護支援専門員ネットワーク」が結成されたのは、開業間もない頃だから3年半位前になる。「会議室」を準備した2年半前に事務所所在地が不明確になっていたので、高岡で預かることにした。同ネットワークは「協業組合構想」以来、休眠状態である。
高岡を中心に「選択の自由を保障する」取り組みは行政に対しても行ってきた。

成果があったのかについてはまだ判らないが、今回の「自己作成」の提案で、担当課もマニュアルを作る必要性を感じている。利用者の選択を無視して委託機関が囲い込もうという経緯があったので、自己作成という方法でしか「選択の自由」を保障出来なかった。

そういう中でネットワーク会議を復活させるべく新春対談を行った。彼には行政とテーブルを囲んだときにも同席していただいているし、この1年半行動を共にしている。
年末の勢いが年明けも続いてきたが、独立系居宅でケース交流・協力を行っていこうという趣旨でネットワークを復活させようかという話になった。
他の居宅にも声をかけ、4事業所から最大6名の参加が見込まれるネットワーク会議を3月1日にセットした。

今後の方向性は当日の話になるが、民間が協力出来る体制を作っていく必要がある。
事業所の体質は変わらないもので、制度が変わっても同じ事を行おうとしている。担当課からは一昨年末に話し合った解決策に関する文書も出ている。利用者の「選択の自由」は保障していかなければいけない。
地域を変えるキッカケになれないかとも思っている。

1月15日名古屋セミナーが行われるが、名古屋からヒントを得たいとも思っている。医療法改正の流れを独立・民間系居宅に有利に導きたいとも思っているが、本来ケアマネジメントは単独で存在すべき性質のものである。
退院準備万端  2008・2・5
退院支援の依頼があってから2ヶ月。救急入院の判断をしてからそろそろ3ヶ月になるが、その方が退院になる。拾われた命だが、そのことは口にしない。
せっかく拾われた命だから、少し大変でも妻に介護してもらいたい。担当者会議(退院前カンファレンス)に出席した子は、病状の進行を心配している。在宅療養支援診療所は総合病院と連携を執って在宅医療をすすめる診療所であることをお伝えした。進行が心配されるのはもう一ヶ所の開業医である。この開業医への紹介状が書き換えられることになった。

認定調査中に用具担当者から電話がかかり、調査終了後駆けつけた。希望の場所にベッドをセットして明日の退院を待つだけとなった。
その日の内に支援診療所医師の往診があり、翌日訪問看護が入る。その翌日が訪問入浴の初回になるが、サービス担当者会議に参加出来なかったので、退院日に利用面接兼個別担当者会議を開催する。往診医と時間が一緒になれば少し待って欲しいと伝えてある。

訪問看護初日の午前変更申請の認定調査が入る。変更だから保険者調査である。とにかく3日間スケジュールが満載である。本人が怒り出さないかを心配している。
準備に2ヶ月間かけたが、中味のあるスタートが切れそうである。日程を確認するたびにダブりがないことを確認した。全てうまくかみ合っていた。
「付き」と言ってしまえばそれまでであるが、この在宅療養の前途が明るいように感じた。
何時もの如く大したケアプランも書いていないが、ケアプラン(スケジュール)がかみ合っている。ただ一点、訪問看護の初回に状況によっては間に合わないかもしれないことがある。
もう一ヶ所支援診療所へ往診依頼をしてあるが、通院日に超特急で紹介状が出てきた場合はそちらを優先しなければいけない。この調整も地域連携室とは終わっている。

調子の良い話は最後まで調子よくかみ合って欲しい。
ケアマネジャーの中で交錯するネットワークがかみ合ったら本物である。
週末にはその報告が出来るのかもしれない。

退院準備万端(2)  2008・2・6
予定通り退院してきたが、退院時の書類や訪問看護指示書や紹介状などもあったので、事務所へ戻ってコピーなど書類を調えた。
とりあえず訪問看護ステイションへ指示書と書類コピーを届けた。「本人のニーズ(お困りごと)は何でしょうか?」「実は判らないんですよ・・・」とテーマに関して宿題をいただいている看護師(保健師)に応対していただけた。
「退院大丈夫でしたか???」
「大丈夫ですよ」
「ご本人さんとお知り合いとか・・・」
「30数年前に一緒に仕事をしていましたが、認定調査が再会でした」
「何処でご一緒だったのでしょうか???」
「〇〇〇〇ですよ。だから移送はプロでね・・・」
と納得していただけた。

自宅へ向かい、先ずは耳鼻咽喉科の往診依頼に紹介状を持参して妻と一緒に行くことにした。内科往診医から「退院して来られましたか???」と電話がかかっていたと言われるが、往診時間は夕方だと聞いていた。
往診依頼から帰ると、本人は怒っていた。「何処行っとった・・・」
往診依頼に行っている間に往診があったということ。待つこと20分、お付の看護師さんから電話がかかった。「帰っておられますか???」
待つこと10分で往診に来ていただけた。

時間がダブらないかはらはらしていたが、往診が終わって10分後に訪問入浴の看護師さんが到着した。部屋を下見して、浴槽をこう置いて、電源はここから排水はここへ・・・と手際良く仕事の段取りをしておられる。
準備がスムーズなら、退院後もスムーズだった。二の足を踏んでいただいた在宅療養支援診療所医師・看護師さんにはご迷惑をかけたが、心配していた鉢合わせはなかった。

明日の午前は変更申請の認定調査。午後は初回訪問看護が入る。「階段昇降介助があるし、紹介状が出ていれば支援診療所へ走らなければいけないので、初回訪問に立ち会えないかもしれないよ・・・」と伝えてある。
そして翌日訪問入浴とスケジュールは一杯である。
病院で妻には3日間ほど忙しいよ・・・と伝えておいたが,先ずは初日は無事終了した。

退院準備万端(3)  2008・2・7
階段昇降介助から通院に付き添ってきた方がある。そろそろベッド上で安静に暮らさなければいけない時期に来ている。今日は、往診医が決まった話と紹介状を書いていただく話をしなければいけなかった。すぐに書くと言われれば少し時間がかかる。そういう意味でも地域医療連携室などとも連絡を取ってきた。
結果次回受診日にいただけることになったので、時間が早回った。

一路昨日退院してこられた方を訪ねた。
初回訪問で管理者と二人訪問である。何れも過って在宅介護支援センターソーシャルワーカー時代からの顔見知りである。非常に中味の濃い訪問看護。今後の方向性を決める訪問看護であった。
今その方から電話がかかった。看護サマリーを預かっていないか・・・ということであった。紹介状ともう1通家族宛にあったと思うが、開封で渡してもらった分だけコピーしてお渡ししたと伝えた。中味の濃い訪問看護に対してのお礼も申し上げておいた。

午前中の認定調査も無事終了したということで、担当ケアマネに何か聞きたいことがあるようだったが・・・それじゃ談合だね・・・と。保険者調査だから問い合わせがあればお答えすることにしようと思う。
何かと忙しい退院後であるが、明日の訪問入浴でスケジュールは軌道に乗ることになる。
来週火曜日には担当看護師にベテランが付いての訪問看護になるが、丁度一週間で安定したプランがスタートする。
私の役割は家庭内の問題。夫婦間の葛藤を調整していく方向である。妻の立場で末永く在宅療養が出来るように相談を進めたいと思う。

訪問看護師さんからの質問「ご本人のニーズ(お困りごと)は何なのでしょうね・・・」しばらく考えて「判らないんですよ・・・」とお答えした答えがここにあるのかもしれない。
  2008・2・5
高岡古城公園が近いので、庭へ鶯が遊びに来る。今朝その姿を見た。
鳴き始めるのは3月頃からだったと思うが、その鳴き始め・練習している頃の鳴き方が面白い。なかなか「ホ〜〜〜ホケキョ」とはいかないようである。
「ホ〜〜〜ケキョ」からなかなか進歩しない鶯もいた。

昨年11月末に雪が降って、少し長めの冬がやってくるのかと思ったが、12月にはほとんど降らなかった。1月に入って少しは降ったが、今のところ記録的な小雪のようである。
春の訪れが早いのか、もう鶯の姿を見ることが出来た。
往診依頼  2008・2・3
訪問看護師ご指名の在宅療養支援診療所へ往診依頼に行った。何が何でも首に鈴を付けなければいけない。先ずは歴史ある関係からご挨拶をすることにした。

「先生が〇〇病院の院長の時には、随分お世話になりました。直接というのは無かったのですが・・・当時△△苑の生活指導員でして・・・」
「場所は???」
「×××です。」
「遠いなぁ〜〜〜」
「▽▽▽の後ろ位になるのですが・・・」
「そうか・・・そんなに遠くもないなぁ〜〜〜」
先ずは第1関門突破である。
そこで病状に関して、重篤な状況だということをお話した。

「妻も同じことを考えておられて・・・骨がばらばらになるのでは・・・」と。
「そろそろベッド上で安静に生活する時期が来ているのではないかと看護師とも話をしています。」
「往診回数は???」
「麻薬系も出ていて、2週間分しか出ないということで、2週間に1回通院してきましたが・・・それと根本的な治療が出来なかったので、痛みを和らげる対処療法をしてこられたそうです。」
そして最後の止めが「訪問看護師も、先生となら連携が摂りやすいと言っておりまして・・・」
医師がにこやかに微笑んだ。往診OKである。

「院外処方になるけど良い??」
「妻が車で・・・それでは次回受診日に紹介状を依頼して、紹介状をいただいたら妻と再度お願いに上がります・・・。」
「良いよ・・・」と往診を了解していただけた。
訪問看護師に電話をするが、留守だったので伝言しておいていただくこととした。
次回の訪問看護に合わせて訪問して、往診医への変更を再確認して、地域医療連携室へ最終依頼に行こうと思う。紹介状の依頼や在宅医療に向けてご協力いただけるものと思う。
予防プラン自己作成支援  2008・2・2
「会議室」に『マイケアプラン作成支援』を掲げているが、第1号が予防プランだった。業務外の仕事だから・・・という訳ではないが、日曜日の午後(案)をお示しすることにした。確認いただいて訂正が必要な部分を修正して市に届けていただくが、了解していただけたらサービス事業所にも届けていただくことになる。

変更があれば書き加えていただくこととして、利用表・提供表も別表を含めて二枚ずつ半年分お渡ししておこうと思う。
変更しても良いように必要なサービスはプランに盛り込んでおいた。サービス担当者会議が必要だが、その会議にだけは出席して記録を残すことにする。半年では長すぎれば3ヵ月分でも良いのだが、どうも忘れそうな気がする。変更があればあったで作り直しても良い。とにかく書類の量が多いことに驚いていただこうかと思う。

市窓口で提出書類等相談をしていたら、もう一件あるということで、マニュアル作成中だそうである。通常、業務が増えるから自己作成を行政は嫌うと聞いていたが、応対していただいた方にはニコニコと説明していただいた。「どうせ〇〇さんが作られるのでしょうが・・・」と。
他にもう一件あったというところが嬉しかった。自己作成ブームになれば良いと思うが、順次自分で作成できるようになっていただきたいものである。

「看板に偽りなし・・・」ということで第1号の自己作成がスタートする。(もうしている)
片付けてもらったのは良いが・・・  2008・2・1
MSWから電話がかかった。服が見当たらないということである。
家政婦紹介所へ電話をすると、見に行っていただけるということであった。
後程電話をいただいたが、洗濯をしてない下着はあるが、着るものがほとんどないという。コインランドリーへ自分で行くという話だが、どうも行っていない様子である。中古の洗濯機でも準備しなければ、どんどん着るものは無くなる。

今日初回でヘルパー派遣がはじまる・・・予定であったが、点滴通院されるということ。ヘルパーを止めるということで、詳細に関して調整を図ることにした。
「認知ひどいね・・・」という言葉が返ってきた。
直近の事を忘れるから認知症なのであって、その時その時の判断で動いておられる。計画を本人に合わせる必要があるのかもしれない。

合鍵を作るという話しも多分忘れておられるだろう。見守りが必要な状況でもあるのでヘルパーを定着化させたい。軌道に乗るまでは少し時間がかかるのだろうが、果たして在宅生活が可能なのかとも思った。
とにかく今日は点滴通院だということなので病院を訪れることにした。果たして話はどうなっていくのか・・・せめて通院日だけでも決まれば良いのだが・・・難しいのかもしれない。

片付けてもらったのは良いが・・・(2)  2008・2・1
今日はおじいちゃんの追っかけの一日であった。
月が変わっても何かと忙しい。それでも合間を見て予防プラン自己作成の(案)を一件仕上げた。半年分の利用表・提供表を渡しておこうかとも思ったが時間が無くて作れない。毎月スタンプ不要のラリーを組むのも良いのかも知れない。

今後どうなるのか不安な一日であった。11時頃に通院に出かけるのならヘルパーは充分間に合う。そのことだけは伝えることが出来たが、明日用事が出来たと電話がかかった。目の前で知人に電話をして、明日の予定は無いことを確認していただいた。予定表を確認していたのはほんの30分前である。

車で後から追従したが、運転は安全運転である。
認知の症状は私が酒を飲んだときのようなものかな???と引用することもあるが、飲酒運転とは違う。記憶的には同じなのかもしれないが、瞬間・瞬間は正常なのかもしれない。記憶に残らないところだけが同じだと思った。
認知症の方の運転を推奨する訳ではないが、飲酒運転よりははるかに安全である。

片付けてもらったのは良いが・・・(3)  2008・2・2
ヘルパー初日なので訪問した。
風呂場に積まれたゴミの山が先ず問題である。
コインランドリーへは行っておられないので、洗濯物もゴミの山の上に積まれていた。「近々洗濯に行って来てね・・・着るものなくなっちゃうよ・・・」

掃除機もダメなようである。取りあえず箒と塵取りを買ってきてもらうことにした。ガスコンロも点くにはつくが、挟め物をしなければ使えない。これも見て来るか・・・。
本人には、「洗濯機と掃除機とガスコンロをリサイクルショップで見て来よう・・・」と言った。日曜日の相談結果によっては月曜の午前を空けることが出来る。明日予定を立てることにした。

先ず軽トラを借りてゴミを捨て、その足でリサイクルショップへ・・・というのが一番手っ取り早いが、果たしてその時間が取れるかは判らない。(私の方が・・・)
次から次へと出てくる生活の問題だが、必要な道具を揃えて「ヘルパーさん、後はお願いね・・・」といきたい。
今日「色々教えてくださいね・・・」と言ったらヘルパーさん「???」だった。「本人の認知の状況ですよ・・・」と言ったら納得された。

少し大変なヘルパー業務のようにも思うが、適任者が配属されていた。

片付けてもらったのは良いが・・・(4)  2008・2・4
軽トラが準備出来たので、朝一番に訪問してみようと思う。風呂場に積まれた大量のゴミを捨てに行く応援である。
本人の都合を聞いてから軽トラを借りに行くが、あくまでも本人が捨てに行く応援である。

ついでに洗濯機・掃除機・ガスコンロをリサイクルショップで見て来よう。コンロに関しては電磁調理器給付事業を使っても良いのだが、果たして使うことが出来るのであろうか???
とにかく朝一に訪問してヘルパーとも相談である。
15時の担当者会議まで時間はあるが・・・他に電話がかからないことを祈っている。

片付けてもらったのは良いが・・・(完了)  2008・2・4
朝訪問して、「今日なら3時まで時間があるから、ゴミを焼却所へ持っていって、洗濯して来ようか???」と軽トラを借りにいった。
ゴミと洗濯物でトラックが一杯になったが、先ずはコインランドリーで大型洗濯機2台に洗濯物を入れてから焼却場へと向った。

ゴミを捨ててから戻ってみると洗濯物は出していただけていた。次の方が使いたいからである。
乾燥機は計4回まわしたが、何とか大量の洗濯が出来た。洗濯物の山をヘルパーにたたんでもらうのも時間がないだろうと二人でたたみ始めた(と言ってもほとんどたたんだが・・・)。
要した時間は3時間半だが、一応これで一段落がついた。
ヘルパー事業所へ「二人派遣しなくても良いよ〜〜〜」と電話をすると「〇〇さん、あんた位だよ・・・そこまでやるのは・・・」と感激していただいた。

小1時間事務を執って病院での担当者会議に出かけた。総勢8名の担当者会議だったが、中味が充実していた。子から出された癌の継続医療管理に関して、MSWから担当医に再確認していただくことになった。3〜4ヶ月に1回は検査受診が必要のようである。
会議メンバーにも、認定調査が30数年ぶりの出逢いであって、電話をいただき訪問してみるとチアノーゼをおこしており「救急車・・・」と叫んだこともお話した。

何とか記録も書き終わって3時間ぐらいの残業で今日も一日無事終了した。
忙しくも時間を感じない一日であった。
このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです。
土曜日如何だった???  2008・1・31
昨日相談に事業所を訪問したらこんな声がかかった。
ALS患者会のお知らせをしておいたが、体調が悪かったと言われる。
近日中に年間計画を立てていただけるとお伝えしておいたが、興味を持っていただいているようである。

以前、他市のMSWから地域ケア会議でALS患者のケースが上げられたと相談があったが、この市では利用出来るサービスはなかった。
重度者に対応出来るサービス機関にも声をかけてあるから、そのメンバーが集まれば直接ケースに関わることが出来る。患者情報を得ることと直接支援が出来るメンバーで患者会を支えたい。

当日参加された保健師さんは「勉強しに来ました・・・」と言っておられたが、これはご謙遜、今後力になっていただける方である。
会の存在を気にかけていただいていただけで良い。今後手伝っていただける意思を確認した。
ALS協会高岡相談会は良いスタートを切ったようである。
三十五年ぶりの再会(2)  2008・1・30
認定調査で名乗った(ルール違反だろうが・・・)が、2ヵ月半余り前に電話がかかり、訪問するなり「救急車・・・」と叫んだ。その方の退院調整が私の仕事である。
一緒に労働組合の執行委員を務め、赤旗こそ振らなかったが、机を叩いて管理者と交渉もした。その彼(の妻)から担当依頼が来たことを非常に嬉しく思っている。

近日中に退院前カンファレンスの時間設定を行い、サービス担当者会議と位置付けて退院に向けた支援が始まるが、病院側との日程調整が終われば私の役目は終了する。あとは会議に基づいてサービスが流れるだけだろう。
会議の最後に彼と私の過去の関係をお話しようと思っている。

数あるサービスの中から、ごく自然に何時もお付き合いしているサービス事業所を選んだ。日々懇意にしていただいているサービス事業所が集まるわけだが、この会議の最後に彼との過去のつながりをお話しようと思う。
病院側からもMSW協会でお付き合いのあるソーシャルワーカーが出席するので格好の機会なのかもしれない。

30数年前、10歳年上の彼は家を新築した。当時の私は、自分自身の家を建てることなど思ってもいなかったので、「すごい・・」と思った。その新築祝いで沢山飲んできている。
私が二期工事で家を新築したのも彼の影響だったのかもしれない。
その家に帰りたがっていた。しかし先日退院の話をすると「退院はまだ早い。退院は自分で決める・・・」と言う。認知が進んだようである。

可能な限りの支援を行うためにも、私的な関係はお話しておこうと思う。その方が問題があっても、提言して頂けるのではないかと思う。
報・連・相の一日  2008・1・30
大掃除の家政婦さんがアパートに入ることが出来たかの確認から始まった一日だが、その足で居宅サービス計画作成依頼届出書を提出した。

近日中に退院される方に耳鼻咽喉科医師の往診が必要になったので、訪問看護ステーションへ相談に立ち寄った。餅は餅屋、情報が豊富である。歩いて三分の所に往診医は開業しておられた。

一路隣町の病院へ大掃除とヘルパーを受け入れていただけた報告に出かけた。ケアプランと主治医への報告書をMSWに託そうと先日来関わっているMSWを呼び出していただいたが、午後からの出勤ということで、もう一人のMSWに応対していただいた。この方とも面識がある。話は通じた。

その足で家政婦紹介所へ大掃除の報告に出向いた。本人はニコニコとして二人の家政婦を受け入れておられたこと等を報告しておいた。

往診医の話で訪問しようかと電話をすると帰っておられたので、訪問の上医療機関をお伝えする。すぐに頼みに行って来るということで、1時間もしない内にOKをもらったと電話をいただいた。そしてケアプラン作成に2時間はかからなかった。

大掃除の進行状況を確認に夕方訪問すると、明日1〜2時間かかるということ。家政婦紹介所へ連絡するともう連絡が入っていた。その足で地域包括支援センター担当者と民生委員へケアプランの概容を報告をしておいた。

今訪問入浴事業者から月曜日の退院前カンファレンスへの対応は何時でも良いということと、入浴車派遣時間の希望を連絡をいただいたが、第2表を修正しようと開いて笑ってしまった。事業所管理者の心を読んでいたのか、その時間が書き込まれていた。

全てが順調に回った一日であった。
ようやく峠を越したと思ったら・・・  2008・1・29
包括経由の指名ケーススタートのクライマックス。成年後見制度に続いて家政婦・ヘルパー派遣の相談をしていたら電話がかかった。そろそろ退院かと思っていた方だが、先生が退院に関して話があると・・・16時頃には病院へ行くことが出来る・・・と言ったら、その時間に看護師長相談がセットされていた。病院へ行ってわかったことだが・・・。

1ヵ月半前には「家に帰りたい・・・」が本人のニーズだったが、退院の話をすると「まだ早い・・・退院は自分で決める・・・」2ヵ月半の入院で認知が進んだようである。
この食い違うニーズに対してプランを書くわけだが、妻の言う方向へ準備も進めている。プランを揃えて依頼に行けば担当者会議の日程も決まるのであろう。(多分何時でも良いよ・・・だが)

MSWには退院前カンファレンスをセットしていただくように事前に伝えてある。師長とMSWの日程調整が付いた日がカンファレンスの日程になるのであろう。
風呂嫌いの本人が訪問入浴を受け入れるのであろうか???おむつ交換の方法も確立しない。つかまり立ちが出来る状況まで改善しておられる。
ヘルパーさんも・・・と言われるが、どのような介護を求められているかもわからなかった。妻に考えておいていただくことにした。

在宅生活を支えるサービスはやはり家に帰ってから整えなければいけない。最低限必要な往診医・訪問看護・訪問入浴・福祉用具事業者は準備してある。
往診医の話が出たのが昨年末であるから本人の情況もかなり改善している。少し早まったかな???とは思うが、認知も進んでいるから良いのかとも思う。身体状況が改善して認知が進めば差し引きゼロである。

峠のケースの医師へ報告書を書いて、一息付けるかと思っていた。その最後の相談中に退院話の電話がかかったことが皮肉である。まだまだ続くのかもしれない。
切れ目の無いケースの対応に明け暮れている。
そうそう、この方の在宅療養支援診療所への往診依頼は済んでいるが、新たに一件依頼して来なければいけない。血液のガンのターミナルケアだが、専門医は少ない。果たして受けていただくことが出来るのか・・・。

ケアマネの仕事は峠の無い山登りのようなものなのかもしれない。
もしや・・・・・  2008・1・28
認知症が始まって相談を受けた知人と一緒に訪問する約束をしていた。
時間に公営アパートへ出かけたが、新聞受けには新聞が入ったままだった。そこへ知人が現われたので状況をお話した。
今日が2度目の訪問だが、必要なサービスを受け入れていただくために同行訪問することにしてあった。私費家政婦による大掃除と継続したヘルパー派遣である。そして成年後見も頭に描いている。

チャイムは壊れていたのであろうし、ドアを叩いても応答がない。良く似た年代のおばちゃんだが、顔を見合わせてしまった。「もしや・・・」
昨晩体調が悪いと電話がかかっていたと言われる。「もしや・・・」である。
そのおばちゃん、何処かへ電話をしているが何処かはわからない。聞いてみると住宅の管理者の電話番号が掲示されていたので電話をしていると言われる。目が早い・・・。

かなり遠くにいるので時間がかかると言っていたらしいが、しばらくして車が到着した。見覚えのある顔だが誰か聞いてみると、近くの建設会社の監督だった。委託業務を受諾しているそうである。
鍵屋を呼ぶか、裏から侵入するかということで一階だったのでベランダの様子を確認した。ガラスが一枚割れてテープで止めてあるので、そこから進入しようということになった。一応管理者を待ってからにすることにした。

管理者が到着して、状況を伝え、割れたガラスを破ろうとした時「いた・・・いた・・・」という歓声が上がった。誰しも同じ考えだったようである。
玄関ドアを開けていただいて中へ入ったが、しばらくして管理者の訪問があった。緊急通報先をもう一ヶ所ということで遠方の遠縁の電話番号を伝えたが、「あなたは・・・」ということになった。「担当を予定しているケアマネジャーです・・・」ということで私も緊急連絡先になった。

ひと段落して相談に入ったが、私が最低限必要だと思うプランを知人(おばちゃん)から勧めていただけた。本人にも了解をしていただき、明日成年後見と家政婦・ヘルパー事業所の個別会議が始まる。話の内容によっては二つの担当者会議として記録を残すことになるかもしれない。(多分時差会議として1枚にまとめるだろうが)
大掃除→ヘルパー派遣。そして成年後見制度によって本人の生活は守られることになる。

解決の糸口は「〇〇さん、HP見てますよ・・・」という一言であった。
老夫婦の不安  2008・1・28
子がありながら不安を訴える方も多い。妻が自分自身の身体に不安を抱いてきている。「私に何かあったら、この人はどうなるのだろう・・・」
子が帰省したら会う約束をしておいた。子の考えを聞いておく必要がありそうである。

同居していればいたで問題はあったであろう。嫁・姑の問題である。無かったかも知れない。
「私に何かあったら・・・」この不安に如何お答えしたら良いのだろうか???現状で施設入所を考えるのだろうか・・・。

子の帰省に合わせて家族会議を開くことにした。
将来の予測に関する会議だから、答えは無いのかも知れない。妻の不安を取り除く答えがあるのだろうか?

誰にも判らない人生の辿る道なのだが・・・果たしてその道を明らかにする必要があるのだろうか???
この予測は家族・親族で行なっていただくこととして、ケアマネジャーとしてお話出来るのは、その時点における対処法でしかないような気がする。
会議には出席することにした。
問題解決の糸口  2008・1・27
地域包括支援センターとの同行訪問では、問題点と必要なサービスは見えたが、解決方法が見つからなかった。たった一つの糸口が玄関先ですれ違った際の「〇〇さん、HP見ていますよ。」というMSWの言葉だった。
その言葉で背景を察知していたので後日お会いすることにした。

病院相談室で、プランの方向性をお話した。本人は受け止めていないので、病院の関わり等について尋ねると、人的背景を教えていただいた。遠方に住む親族よりも日々の太いパイプがあった。MSWから連絡をとって、お会い出来るように調整を取っていただいた。

その日の午後電話連絡をいただいて、夕方にはお会い出来た。相談に同席いただけないかとお願いすると快く引き受けていただけた。プランの方向性はお話してある。
成年後見の相談もセットしなければいけないが、遠方に住む親族の同席を求めるとなると調整に時間がかかるかも知れない。

独居で訴えの無い、困難とも思われるケースだが、その背景を聞いて安心した。親族以外の太いパイプが本人を支えていた。信頼関係から生活を整えていくわけだから、本人の受け入れも容易なのかもしれない。先ずは人間関係に相乗りすることにした。
相談時間もセットして、同席していただけるから、あとは一つずつほぐしていけば良い。最低限必要なサービスは、見守りを兼ねた生活環境作りと安定した食生活・安心出来る生活である。

たった一つの糸口から、何とか生活を支えることが出来そうな気がしてきた。
県ALS協会高岡相談会  2008・1・27
患者会設立を記念して、県西部にも定例会を持って来ていただけた。昨日がその1回目だったが、非常に有意義な情報交換をさせていただけた。
厚生センター職員や元保健センター職員、患者本人・家族・遺族や障害団体の活動家・研究者にもご参加いただけた。
今後どのように推移するかはわからないが、患者本人に患者会情報が届くようになれば良いと思っている。

日々担当者の数ほどのサービス事業者とのお付き合いもあるので、相談会が行なわれていることをお知らせしておけば、患者本人に情報を伝えていただけることもあるだろう。そういうお話をさせていただいたら、早速年間計画を立てていただけることになった。
今回は市外に出る時間がなかったが、近隣の神経内科医のいる病院のMSWにもにもご案内をしておこうと思う。開業医には直接お伝えしておけば良い。とにかく患者情報が集まる状況を作り上げる必要がある。

誕生したばかりの新しい会だが、今後継続して地域で盛り上げていくことが私の役割のようにも思う。
病気と障害の差こそあれ、同じ悩みを抱える患者会同士の地域での連携も大切のように思うが、その橋渡しが出来そうな会でもあった。
またも爆睡・・・(地震発生)  2008・1・26
能登地方に地震があったそうである。
震度5、4時33分であるから、起きていることの方が多い。でも地震を知らなかった。
過去にも枕を下から突き上げる体感を得ていながら、眠り続けたことがあった。夢の中で体感していたようである。

かなり眠りは深いようである。だから短時間の睡眠でも身体は持っている。
昨晩(早朝?)は1時過ぎに眠りについているが、今朝起きたのは6時であった。寝すぎた・・・と飛び起きた。
夜明けが少しずつ早くなってきているので寝起きも早くなっていく。

被害の方は如何なのであろうか・・・。
最近はニュースも見ない生活が続いている。
主治医研修会  2008・1・25
県・県医師会主催の地区研修会に参加した。県介護支援専門員協会も共催に名を連ねている。
主に意見書の効果的な書き方研修であるが、先生方も随分ご苦労をされている。

会が終わって気付いたのだが、斜め後に昨日お会い出来なかった方と代理でお話をしてきた方が揃って座っておられた。そこでご挨拶となった。
「昨日はお会いできなくて〇〇さんに伝えておいたのですが、よろしくお願いいたします・・・。」何故か少し離れた席で、訪問看護ステーション管理者も一緒にお辞儀をしている。内情が判らない方が見たら可笑しな光景だったであろう。

実はこの話、訪問看護師から出た話しでもあった。
「骨がバラバラに・・・」の延長線上の話だが、そろそろベッド上で安静に過ごされる時期が来ているのかも知れない。その時期が何時なのかは誰にも判らないのであろうが、今がその状態なのかもしれない。
茶碗と箸を持っただけで骨折する状況が目の前に迫っているのかも知れない。

地域連携室としても最善の応援をお約束いただけた。
支援は2重3重になっても良い。主治医が所属する病院の地域連携室のMSWにもメールで依頼しておいた。先生の患者を担当していることを伝えておくだけで良い。何かの時にもメールで対応していただける。そのような関係を数多く作って来ているが、これが私のネットワークである。必要な資源を手に入れる方法である。

それにしても一緒にお辞儀をしていたとは・・・この関係に感服した。意見がまとまっていたということであろう。良いチームワークと良い連携で良い仕事が出来れば良い。ネットワークを膨らませていくこともケアマネジャーの仕事である。
そして往診医の首に鈴を付けるのもケアマネジャーの仕事である。内科医は数多くおられるが、血液専門内科医は数少ない。果たして鈴を付けることが出来るのであろうか・・・。

当たって砕けろ・・・というところかと思っている。
連絡が取れない。  2008・1・25
地域包括からの相談ではあったが、MSWからのご指名もあったようである。自家用車で移動されるから多分支援が出るだろう。市外の包括からの相談があったケースは自家用車で移動されていることもあってか、支援が出たので包括に担当していただくことにした。
しかしこのケースは何が出てもお受けしなければいけないと思っている。

先ず成年後見の話を進めようと連絡をとっているが、留守電になっていて、電話が欲しいと留守録しておいたが連絡がない。
一度MSWを訪ねるつもりでいるので、今日にでも病院を訪問してみようかと思う。
先日の相談ではなかなかサービスがスタートしない状況と受け止めた。必要なサービスはあるのだが、本人の受け入れが先ず必要である。
成年後見の話は少しだけさせていただいたが、後見人との同行訪問の打ち合わせに一度訪問したい。しかし投げかけに応答はなかった。

認知症が少し進んでいるので今を逃したらタイミングが無い。後見人予定者には電話で概要を伝えてあるが、同行訪問の上、話を進めなければいけない。本人さえその気になっていただければサービスを暫定スタートしたい状況でもある。認定を待つなど悠長なことは言っていられない状況である。
今週は予定が詰まっていたので出向く時間は無かったが、朝一番に連絡を取ってMSWと相談することが先決のように思う。

今月もあと1週間。何とか余裕を持って月を越せる状況になった。
骨がバラバラに・・・。  2008・1・24
レントゲン撮影中にレントゲン室の前の廊下で妻と話した会話だが、私も同じことを考えていた。

本人は入院を好まない。在宅での生活である。そうであれば骨折してはいけない。右足は術後だが、両手首・左足首・右肩が痛いと言われる。
術後の右足も含めてレントゲンを撮ることになったが、レントゲン台に乗らなければいけない。先ず私の第一声が「静かに静かに・・・折れちゃうよ・・・」であった。両手首の写真を見ていた技師から「本当だ・・・」と声が上がった。

幸い大きな骨は折れていなかった。しかし、先日来訪問看護師とも話していたことを主治医にぶつけてみた。「もう安静にしていなければいけない段階に入っているのではないでしょうか???」と。
在宅療養診療所からの往診を受け、総合病院医師との連携で専門治療を行う。もうその段階に入っているのではないかと、医療素人の自称ソーシャルワーカーが口を切った。
主治医の答えは「良いですよ・・・でも診てくれる先生が・・・血液の病気だとなかなか居ないですよ」「総合病院と連携していただける開業医を地域連携室と相談してみようと思うのですが・・・」「そうして下さい・・・」
少し強引だったかもしれないが、主治医から方向性をいただいた。

部屋まで本人を送り届けてから再度病院へ。
地域連携室を訪ねたが、目的の管理者は不在だった。「代わりに私が・・・」と話を聞いていただけた方は相談後「〇〇さんを私は知っているんですよ・・・」と「???」だったが、そういえば1年半余り前の退院支援時の【キツイワーカー】さんであった。何がキツイかは内緒にしておこう。

「病院として在宅療養に積極的に協力します。」というのが一言での答えだが、かなり大型のプロジェクトチームを組む必要がありそうである。
血液内科の専門医の数は少ないから、医師間の連携が必要になってくる。
この調整を順次行っていくが、今日の相談で概容だけは見えてきた。医師間の連携の一つの姿なのかもしれないが、双方の医師の立場も尊重しなければいけない。
最終的には大学病院の行う地域支援という所に落ち着くのかもしれないが、その方向へ行っても支援を行なうことが出来る。

切り剥ぎの話の段階ではあるが・・・ぼんやりと医療支援の方向性が見えてきた。今回は充実した通院介助(支援)+アルファーがあった。
脊髄小脳変性症患者会設立総会  2008・1・24
今週に入って首謀者を訪ねようと思っていたが、次から次へと用事が増えて行くことが出来ないでいた。
今日訪問したデイケアで先日情報交換をした方にお会いしたが、彼女も参加を諦めたそうである。「〇さんが乗せていってくれると言うけど、〇さんの車で富山まで行ける???」確かに怖いものがある。□□さんとは私のことも話題に上っているようで、近日中にご挨拶には行って来なければいけない。何かと協力をする機会があるだろう。

今朝患者本人を訪ねているが、設立総会のことは頭から飛んでいた。もっとも行った用件が別の件だから仕方がないが、どうも最近一つの用事しか出来なくなっているようである。ボケの前兆・・・か???
大雪が降らなければ行って来ると言っておられたから、この程度の雪なら参加されるのであろう。奥さん同士が中の良い患者カップルがあるが、このご夫婦はどちらも微笑ましいご夫婦である。病気に負けないということはこの状態なのだろうが、支援のし甲斐がある。

今日は通院介助の日だが、このご夫婦は妻がじっと我慢・・・の夫婦である。もう一組、今は入院中だが、来月の中旬には退院の予定だが、こちらも妻が介護をしていかなければいけないと思っておられるから頼もしい。
難病と癌の夫を抱えた4人の妻を比較しているが、何れも優劣を付けがたい仲の良いご夫婦である。

我が家が心配になってきた・・・。

患者会設立総会のご成功をお祈りしています。
通院介助で駆けつけられなくてゴメンナサイ。
そろそろ出かけます。
一歳児の食事量に・・・ビックリ  2008・1・23
一歳四ヶ月の孫のご飯の量とほとんど変わらないが、仕事をするのには支障はない。納豆かけご飯が好きだが、今日少し納豆のおすそ分けをいただいた。向いでは「うまい」「うまい」と言いながら食事をしている。
何時からかは知らないが、食事量が多くなって来ている。お代わりをしているので聞いてみると、私よりご飯は量が多いそうである。「ほんとに・・・」と思ったが本当だった。

納豆が好きなことが判ったのは、氷見浜直送くるくる寿司へ行った時だとか・・・。生魚はまだ早いので、だし巻き玉子と納豆巻きが孫のメニューだった。納豆と海苔のコンビが好きなようで、副菜にものりを使ってある。
「うまい」と言いながら、かなりの食事量である。

私が子供の頃は決して食糧事情は良くなかったので、丼でご飯を食べている家庭もあった。2杯3杯とお変わりである。
親戚へ行ってご飯茶碗に6杯お変わりをしたことは今でも語り草になっているが、それから五十数年、主食と副食が逆転してしまったようである。
孫の姿を見て、逆転したことに問題があるように思った。
野菜中心の米が主食の生活を送って来られた方は長生き出来るかもしれないが、動物性たんぱく質を中心に摂ってきた私達は如何なのだろうか???

本格的な超高齢化社会を目の前にしているが、食事内容の違いはもしかして政策だったのかもしれないと思い出した。
平均余命は男女とも80歳を超えている。これが何時まで続くのか・・・。
平均余命まで果たして生きることが出来るのか・・・不摂生をしているから心配なところでもある。
手の甲の皺を見て・・・思う。  2008・1・22
今手の甲の皺を見て思った。8年のブランクを埋める8年間が必要だから、68歳の誕生日まで現役を続けようと思っていた。デモ出来るかな???という不安が脳裏を横切った。昔見たおじいちゃん・おばあちゃんの手がそこにあった。

身体はまだまだ大丈夫で晩酌も美味い。
孫が片言で「うまい・・・」と言うが、意味は不明である。ご飯を食べても「うまい・・・」何をしても「うまい・・・」である。
しかし暴飲暴食を続けてきたから何時何が起こってもおかしくない年頃になった。
定年になってから発症した方の話も沢山聞いた。
優雅(?)な年金生活が始まったとたんに病に倒れられた方も数多く知っている。その年代になったことを自覚しなければいけないとは思っている。

独立ケアマネの共通する悩みは、急に倒れたら担当ケースはどうなるのであろうか・・・ということだろう。その手当てもしていかなければいけない。
これだけは年齢で決まるものではない。確立としては低いのかもしれないが、病は年齢ではない。
そうならない為にも健康維持は必要なのだが、当人はそうは思っていない。とにかく動けるだけ動くつもりである。68歳定年は言ってみただけの話かもしれない。

80歳を超えて現役のオーナがおられる。これを見本に進んでいるのだが、お会いすると随分注意される。暴飲・暴食に対する注意である。そのくせ季節にはアルコールをいただく(これはオフレコ)。
本音と建前のお付き合いではあるが、ギブ&テイクでもある。随分助けていただいてきた。
ケースが無い・・・。  2008・1・22
法改正後担当ケースが不足しているケアマネが多いようである。
約1年失速していたことは事実だが、ここに来て加速度的に相談が増えている。知人・友人・サービス事業所に加え、患者会や最近は病院関係者も絡んでくるようになった。2件続いた地域包括からの相談も医療・福祉関係者が関係していた。
開業からの流れを知っている友人は、地域の中に入っていった結果だと絶賛していった。

独立ケアマネが誕生した頃、3年を目標にしていると言っていた方がある。その3年よりは少し時間がかかったが、何とか軌道に乗ったようである。
全くのゼロからのスタートで忘れ去られた存在だったが、先ずは担当課に認定調査さえ回ってこない状況を指摘している。窓口申請分の調査をまわしていただくようになり、ケースに結び付いた。公正取引委員会の言うとおりであった。
そしてサービス事業所とのつながりでの相談も出始めた。

法改正で地域包括支援センターに大きく期待したが、在宅介護支援センター同様、行政の持つ個人情報の囲い込み機関には違いなかった。
そこで今回の医療法改正につながるのだが、別の角度からの適正化を図ろうとの意図が見えてくる。早いところでは来年度からスタートするが、この医療情報の流れに期待したい。

ケースが無いのは民間系のケアマネであり、委託機関にケースが集まるシステムは変わっていない。この構造改革を医療側から出来ないかというのが厚生労働省の考えのようである。
その先陣を切ってか包括からケース紹介がかかったが、実は裏に医療機関があった。確実に介護が出るケースではないので、両天秤をかけられたようである。包括には支援がいっぱいで・・・とは言ったが、予備の枠を使うしかないであろう。一件は再委託出来ないと言うから、自己作成の方向で進んでいる。

2月には退院者も揃うので、中旬にはその全容が見える。
ケアマネジメントは福祉なのか!!!  2008・1・21
今日の午後は時間とのにらめっこであった。

会談の中で「ケアマネジメントは介護保険の給付管理係り」という発言があった。それは違うと反論しておいたが、私以外に担当出来ないケースが何件かある。
会談の前の取材時には3件のケースの概容をお話している。

在宅介護支援センター・ソーシャルワーカー時代には「無い社会資源」は作ってきた。現在は一人身だから、自らその資源になることもある。
サービス事業所が出来ないと言えば自ら(相棒を見つけて)その社会資源になる。階段昇降介助・子機からの通報を受けての介助・法的アドバイスなどである。これは私でなければ出来ない支援である。
その数担当ケースの1割、これが現状である。
他のケースは誰が担当してもそれなりのケアマネジメントが行えると思う。勿論ケースが落ち着いてからの話であるが・・・。

このケースが落ち着くまでのインテーク段階が一番重要である。ここに囲い込みがあってはケースは落ち着かない。そのようなケースばかりを担当している。
利用者の「選択の自由を保障」しているからこそ落ち着いているのであって、最初の段階でつまづいていては、落ち着くケースも落ち着かないであろう。ほとんどのケースが自己主張の強い方とのお付き合いである。だから「選択」もある。

今独立系のケアマネ間でケース交流の話もしているが、相談に勢いが出ている今こそ全ケースをグループで消化したい。担当出来ないケースはケース交流を行なう必要があると思っている。
先ずインテークに同席して、出来そうならそのケアマネに任せることにしよう。出来ないと判断すれば手持ちケースの中から落ち着いているケースを担当していただき、困難事例を担当することにしようと思う。

「協業組合」設立の準備段階に入ったのかもしれない。是非実現させたいものである。
小学校卒業以来続いているクラス会  2008・1・20
小学校を卒業してからもう48年になるんだね・・・。そのクラス会が今でも続いている。
中学校時代はやらなかったかもしれないが高校時代には情報を持ち寄っている。6年間学んだ教室でギターを弾いている写真がある。

今ではクラス会とは言えないのかもしれないが、10人余りのグループがある。そのグループが中心になり、4年に1回はクラス会を開いてきた。
そのグループ幹事から電話がかかった。今回は料亭での飲み会である。
料亭の名前を聞いて「料理かなり多いよ・・・腰を落ち着けて食べなくっちゃ・・・」と言ってしまった。量で勝負する店である。女性向かもしれない。

そういうグループが年に一回集まる。
クラス会は4年に1回だが、グループは毎年1回は飲み会を続けてきた。kaigokenのファンもいる。
このグループの中で何度恋をしたかわからない。その段階段階で恋をしてきた。本命とは今でも続いている。席順は黙っていても隣である。
もう20年も前のことかもしれない。かなり飲んだ後告白があった。
社会生活の上では他人なのだが、その精神生活が今でも続いている。「何故その時に言ってくれなかったの・・・」言えない背景があった。

良い思い出として未だにお付き合いが続いている。引っ込み思案だった彼女は良いおばあちゃんになっている。
幼年から青春時代にかけて、今でもグループは活動を続けている。年1回の飲み会かもしれないが、クラス会の原動力でもある。そういう彼らが好きである。

この結びつきがなければ今の私はない。独立ケアマネとしての私はない。
法人の中で平凡な実務をしていたのかもしれない。
そういう経緯が現状の私を育ててくれている。社会福祉の公正さはこのグループによって守られているのかもしれない。
私自身の理念ではあるが皆に支えられている・・・と言うよりも、皆に恥ずかしくない理念を抱く必要がある。
それが「看板」である。
医療法改正  2008・1・20
今回の医療法改正には今まで問題になっていた内容を全て解決出来る「爆弾」が仕込まれている。その「爆弾」は「選択の自由の保障」である。

行政の委託機関「地域包括支援センター」にも構造転換を求めるかもしれない。役を果たさなくなった在宅介護支援センターに保健事業をくっつけて「行政の責任で設置する機関」と位置付けられた。
全国の各位にお尋ねしたい・・・「地域包括支援センターは果たして機能してきたのであろうか・・・。
その答えは「ノー・・・」である。

私は保健センター事業との統合を提言してきた。「市にも持ち駒はありますよ・・・」とはそういうことである。
行政ラインの情報は「介護保険申請」に関する情報である。必要なものは主治医意見書と申請書・被保険者証である。この情報が保険者(行政)に集まっていた。同様の情報が医療機関・・・もっと言えば医師会にもある訳である。

行政が公正な情報の取り扱いが出来ないということになれば「もう一つの情報源で情報の公正な取り扱い」が行なわれることになるだろう。それは「医療」である。
先日来医療情報は医療にしか出されないという話をしたが、医療機関が地域に被保険者情報を出すとすれば「訪問看護ステーション」しかない。訪問看護ステーションに必要な情報が流れることになる。この流れは、行政批判の最たるものである。厚生労働省がそう判断した。

市医師会訪問看護ステーションは3月末で居宅事業を閉鎖する。他にも聞いているが、もう準備は始まっている。この情報を、ごく自然に先取りしている。今2件在宅療養診療所を往診医に選び在宅療養をしていただこうという計画(話)が進んでいる。まだ根回しの段階でもあるが、実現しそうな雰囲気でもある。
医療法改正は介護保険の現状改革でもあることを関係者は心得るべきだと思う。

医療法改正が待ち遠しい。
木曜日の午後  2008・1・20
2週間に1回の木曜日の午後は末期がん患者の命をつなぐ時間である。
今回は正月をはさんで4週目の受診になるから外すわけにはいかない。そういう時に限って予定が出てくるものである。

最後にお逢いしてからそろそろ3年半になるが、封印された期間でもある。その封印が外されようとしている。封印を付き合わせれば、より鮮明に真実が明らかになるものと思われる。地域に根ざした活動のために、その封印を外して、地域でネットワークの再構築を試みるのも面白いかも知れない。
その要素は整っている。

日曜日にしか会えない方の訪問を予定しているが、3年半ぶりに訪問してみようと思う。どのように受け止めていただけるかは判らないが、今後の協力も含めて事実のすり合わせをすることも必要なように思う。
病気の垣根を越えて、共通する問題に取り組むことも必要だと思うが、重度化するであろうことを予測して、保健・医療・介護のネットワークも同時に拡げていく必要がある。先日の体験発表会にはその姿が映し出されていた。

設立総会に向けての準備もあるだろうから留守の可能性が高いが、一応訪問だけはしてみようと思う。
kaigokenさんが一緒だと安心出来た・・・  2008・1・19
多系統萎縮症の診断名が出ている方から、小脳変性症患者会設立に関してお聞きした。日程が合えば参加したいのだが、アパート4階からの通院介助の日である。会長と主要者には「出来る限りの協力はしますから、よろしくお伝えいただきたい」と伝言をお願いした。
最近友の会イベントに積極参加ではない方である。「kaigokenさんが一緒にいてくれるなら安心だったんですが・・・」と、心配をかける結果になってしまった。

ALS患者会は地域へ分散した相談会を企画しておられる。
小脳変性症もその方向へ行っていただきたい。地域で如何に支えるか・・・ということが私のテーマでもある。そして同じ悩みを抱える各患者会が地域でネットワークを作っていけば良い。これが私の考える地域に根ざしたネットワークである。

難病をかかえる高齢者と障害児(者)は、制度こそ違うが同じ問題をかかえる。「介護」に関する問題である。大きくは介護者の違いから来る問題「私が年老いて介護が出来なくなったらこの子はどうなるのだろう・・・」という視点の違いはあるが、「介護」では同じ問題をかかえる。この問題を地域でネットワーク出来ないかということである。
近日中に二つの難病団体が誕生するが、頚椎後縦靭帯骨化症患者会の方にはそう伝えてある。

今アミーバー化した患者団体が地域で結び付こうとしている。私はそういうネットワークを地域で作る方向へ動こうと思っている。
患者会としての縦列の結びつき。地域における横列の結びつき。この関係を県レベルの団体の代表に確認する必要があるように思う。
地域ネットワークが育つ団体に協力していこうと思っている。

私のテーマは「地域ネットワーク」である。
市ケアマネ協新春交流会  2008・1・19
新春交流会では、お世話になっている居宅のお二人さんに挟まれてしまった。クジとは不思議なものである。

交流会で軽く飲んでから馴染みのスナックへ眼鏡を返しに行く予定にしていた。年末に眼鏡を持たずに飲みに行って、カラオケの字幕が見えないので借りたが、そのままかけて帰ってきてしまった。
公共交通機関を使うほどもない距離なので歩いたが、スナックのあるビルの前で懐かしい方にお会いした。グループだったので軽くご挨拶をして店内へ入ったが、そのグループが目指していたのも同じ店だった。
某総合病院の医事課のグループだが、その方は過って私を育ててくれた多くの女性の一人でもある。

カウンターに陣取った私は、失礼とも思ったが、デュエットに誘ったり、ダンスにも誘った。そのグループとのカラオケラリーも見もの・聞きものだった。良い雰囲気で別のグループと連携がとれたので、かなりお酒も進んだようである。久しぶりにどうして家に帰ってきたか記憶になかった。
幸いというかその証があった。深酒に対する戒めなのだろう。どうも四つん這いに転んでいるようである。手の平に少し深い裂過傷が残っていた。

それにしても皆で家庭的に楽しめるスナックは好きである。
HP見ていま〜〜〜す。  2008・1・18
偶然だが、2地域包括支援センターからの相談日が同じになった。1時間半の誤差があるが、一件はケースの概容を聞いてくるだけになるのかもしれない。一件は同行訪問である。
まだ電話での情報の範囲だが、2ケースとも家族関係に問題がある。一ケースは天涯孤独と言っても良いだろう。

朝一番に隣町の包括へ出向いた。相談いただいたソーシャルワーカーは在宅介護支援センター時代からの知り合いで、酒を飲んで議論したこともあっただろう。県の担当者とも熱い論議を交わした記憶がある・・・が、内容までは記憶にない。
彼は出張だということで、主任介護支援専門員からケースの概容をお聞きした。子が家にいる時に同行訪問していただけるということで、利用施設も決まっている。用具もデモ使用で、使い心地を試していただいている・・・と、何から何まで準備していただいている。
サービススタート後の継続的な関わりが必要な家庭だが、そういう意味で選んでいただけたようである。
金曜日以外の夕方なら時間が空いているので、子と連絡をとり、相談日をセットしていただけることになった。サービス先付けの意味も含めて、サービス担当者会議も兼ねた相談になる。

もう一件は認定調査の後に・・・ということで現地に行くと市の車があったのでしばらく外で待つことにした。認定調査員が出てこられたので、〇〇さん同席されたのですか???と聞いてみると「おられますよ・・・」ということだった。包括同席の認定調査だった。
部屋に入るなり女性から「△△さん、HP見ていますよ・・・」と声をかけられた。名刺を見ると朝一番に行って来た隣町の病院のMSWだった。ワーカー協会で顔を合わせたことがあるのかもしれないが、記憶にない。以前病院を訪問した時に応対していただけたのは別の方だった。その時の名刺がHPへ来ていただけるキッカケになっているのかもしれない。

どうもこのケースの相談があったのは、MSW経由の可能性が強いようである。そうなると近隣の市町村の関係者からの相談が2件続いたことになるが、非常に嬉しいことである。
包括担当者と希望を聞いてみたが、特に希望はない。週2回点滴に通っていると言われるが、どうも栄養状態が悪いようである。
そこで生活に対する不安を聞いてみた。隣県に甥がいるだけで親族関係にも不安がある。そこで成年後見の話を持ち出した。拒否はなかったので、包括でやっていただけるか聞いてみたが「□□さんをご存知なら話を進めていただけませんか・・・」と。

あと10日もすれば少し時間が空きそうなので、時間調整のうえ後見の話に同行訪問することにした。
生活状況を見て、ヘルパーで生活を整える必要性を感じたが、包括担当者も同じ意見だった。少し時間のかかるケースのようである。
日本を代表する医師のネットワーク講演  2008・1・17
県保健・医療・福祉連携研修会(県・県MSW協会主催)に日本の難病支援の第1人者K先生の講演を聞く機会に恵まれた。
私が感心したのは医療の内容には一言も触れられなかったことである。

「どんな障害や病気を持っていても
       自律した生活ができるために」

と題した講演の中に医療専門用語は出てこなかった。医療職以外にでも理解出来る噛み砕いた高度な内容であった。
テーマは保健・医療・福祉連携であるからネットワーク作りの話である。医師が専門の話をしないでネットワークを語られたことに感銘した。

ソーシャルワーカーはネットワーク作りの専門家であるが、その専門職に対して医師からネットワーク作りの真髄をご講義いただいた訳である。(私が行政担当者に向ってプレゼンを行なっているようなものかもしれないが・・・)
でもその話は良く判った。理解出来た。

専門職はその専門分野だけを見ていてもダメだという見本のような講演会であった。相談専門職も分野以外で相手に伝える話術を持たなければいけないと思った。
差し詰め私の場合は、行政担当者に「利用者の選択の自由を保障する必要性」をご理解していただくために、別の角度からお話しする必要がありそうだ。

その角度とは・・・やはり主婦感覚の選択の自由なのであろうか???

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/nanbixyonextutowa-kutoyamakikakusixyo.htm

選択の自由を保障する
「スーパーで食品を選ぶときに新鮮な・良い品物を自分の目で確かめて選ぶでしょう?この選ぶこと、選べることが大切なのですね」
主婦の目から見た「選択の自由を保障する」です。

このフレーズが好きである。
最近食欲が無い・・・  2008・1・17
ここ1ヶ月余り過重労働が続いているからか、食欲が余り無い。「食べたいとは思わない・・・」とまではいかないが、食事は軽くで良い。その代わり・・・米や麦の汁は疲れ直し口実のもと、充分にいただいている。流動食に近づいている証なのかもしれないが、栄養が摂れていればそれで良い・・・ということになるのであろうか?

昨日久しぶりに通所拒否があったが、通所日には配食弁当が無い。急遽ヘルパーを入れることにしたが、人には規則正しい食生活を求めている。
今日通所されるということなので弁当を止めた。差し引き帳尻は合うのだが、そう度々だと対応しないことにしなければいけない。これは我が侭の部類に入る。
デイサービス所長が枕元でしばらくやり取りされた結果の対応だが、公表調査と時間が重なっていたので行くことが出来なかった。

チームケア・・・ケアチームで臨機応変の対応をしていただいているので、慌しく走ることは無い。このチームワークを作るまでがケアマネジメントなのかもしれない。そのように落ち着いたケースが増えてきている。
スタンプラリーや施設訪問でお逢いしなければお逢い出来ないであろう方がほとんどだが、電話がかかりだしたら続くもので、しばらくは静かであって欲しいと願っている。

後10日間静かにしておいていただければ、一つの波を越すことが出来る。
10日間マイペースで仕事をしたいと願っている。
昨日一件認定調査を断わった。初めてのことである。
孫が一人でお泊り・・・  2008・1・17
昨晩成り行きで、孫が一人で泊まることになった。
何時もは夕方から昼寝して、食事・入浴してから帰るのだが、昼寝の代わりに仕事を手伝ってくれた。キーボードを触らせろと抱っこを求めてきて、強制終了も何度かあった。仕事の道具も危機感を感じていることだろう。
何故かタバコ臭い事務室が好きである。

幼児の世話は久しぶりのことなので妻は嬉しそうである。
たまに泊まっていくが、ベビーベッドで一人で寝させるのはかわいそう・・・ということで洋間に簡易畳を敷いて和室にしてあるが、泊る時はその部屋を使う。
何しろ母と離れるのがはじめてのことだから、朝起きてからの様子が心配である。

誕生した頃には保育園へ預けて仕事に出ることも考えていたようだが、今は子育てに専念している。
今後どうなるのかはわからないが、たまには泊まっていくのも良いのかもしれない。
静かな朝を迎えている。
骨折か???  2008・1・16
訪問看護師の訪問時間に合わせ訪問すると、手首・足首が痛いと言われる。手術側は補装具をつけているので大丈夫だと言われる。骨折かもしれないと言われるが、手足を使われるのは、ベッドから車椅子・ポータブルトイレへの移乗時だけである。痛み止めも使っておられるので、通常よりは痛みを感じないのかもしれない。
先のレントゲンでは、骨に水泡状の空白が無数に映し出されていた。

主治医も内臓が丈夫だから持っているのだと言っているが、一寸したことで何処が骨折してもおかしくは無い。
看護師からベッド・車椅子の機種の変更の提案があった。ベッドと車椅子の高さを合わせて、滑るように移乗する方法である。
重度者の介護では、スライド板も使う。果たして一人で移乗出来るかはやってみなければわからないので、3モーターベッドへの変更と肘掛跳ね上げ式の車椅子への変更を用具事業者に依頼した。

先日在宅療養支援診療所に関して書いたが、以前往診医の相談をしたところ、薬も沢山出ているし・・・と相談に乗っていただけなかったが、今その時期に来ているのかもしれない。車椅子に乗ることが出来る間は通院支援を行おうとは思っているが、本人の身体がそれに堪えることが出来なくなってきているのかもしれない。
看護師の口から医療機関名も聞くことが出来たが、過って随分お世話になった医師でもある。

先に地域医療連携室担当者には、定期的に病院へ来ている理由と、何れ相談に乗ってもらわなければいけないことなどを伝えてあるが、その時期に来ているのかもしれない。
次回受診時にその方向性に関しても相談してみることにしようかと思う。
ターミナルケアの段階に入っているのであろうが、外見上は判らない。何れ全身の骨がばらばらになるのか、その終末期は予想が付かない。
ベッド上で安静を保つ生活が待っているのかもしれない。その時期が何時なのかを判断するのは本人自身なのかもしれない。
冗談がキツイ〜〜〜 (ALS高岡定例会)  2008・1・15
地域包括支援センターへ再委託分の更新プラン(実は半年前のコピー)を届け、サービス担当者会議日程調整に出かけた。
本業に関しては簡単に日程調整を行って、ALS協会県支部高岡定例会のご案内と「沢山担当しておられるから・・・」その中に対象者がおられたら相談会が高岡でも始まることをお伝えいただきたい・・・。と言ったつもりである。
返ってきた言葉が「冗談がキツイ〜〜〜」であった。「???」何か言ったかな???
先の「」内が心を刺したようである。

別にそういう意味で言ったわけではないが、「囲いこみ」の実態を自覚しておられる。一瞬そう思ったので、「そういう意味で言ったのではないのですよ・・・」と否定しておいた。患者本人(介護者)に会の存在を知っていただきたい気持ちからのことである。
迅速な反応には驚いたが、私が日頃から言っていることを充分にご存知である。裏返せば「囲いこみは問題」だと思っておられることになる。

今日は担当者会議の調整と、ついでに定例会のご案内をさせていただいただけだが、これだけ気配りをされているとは知らなかった。辛いんだろうな・・・とねぎらいの言葉でもかけたくなった。
開業から3年半余り、開業前からニュースを届けたりしていたが、ようやく気持ち的に近付いてきていただいている実感を得た。その内に兜の緒も緩むのかもしれない。

このようなセンターばかりではない。私を排除しようとしているセンターもある。職員を見てもそのレベルなのかもしれない。
某放送局記者から電話がかかった。追跡調査をしていただいているようである。近日中に独立ケアマネの会議も傍聴していただけるが、「選択の自由を保障する」角度から何かをお伝え出来れば良いと思っている。

介護保険界の問題にメスを入れるためには、天下り構造を話さない訳にはいかない。本来ならもう少しレベルの高いところで介護保険を語りたいのだが・・・そのことが寂しい。
独立・民間系ケアマネの心意気を汲んでいただければ良いと思う。

隣市の包括からの依頼ケースに関して、対応を二日間待っていただいた。年が明けても、予定表とニラメッコをしている。
知事の視察  2008・1・15
医療ケア付重度障害児(者)デイサービスセンターへ知事の視察がある。ボランティアチーム“といつくどん”にも声がかかっているので時間を合わせて行って来ようと思っている。

午前中はスタンプラリーよりも退院に向けた準備と担当者会議の調整・初回利用に向けた書類の調整・患者会のご案内などを優先させるが、日程的に追われていても優先させる調整もある。担当者が居そうな時間に合わせて行動予定を組んだ。

昨夏頃だっただろうか・・・ALS患者の利用施設が無いということで、介護保険の指定申請の話を進めていたが、人員配置上困難を来たしてしまった。縦割り行政の弊害でもあるが、制度毎に人員を整える必要があるそうである。この辺りの話も知事に直訴することになるのか・・・までは知らないが、良い機会なのかも知れない。
指定の枠は取れたそうであるから、後はどの制度に乗せるかということになるのだろう。良い方法があれば良いのだが・・・。

午後はその方面で何件か訪問の予定も立てているが、午前の部は複雑である。訪問して・・・何の用事で来たんだったっけ・・・とならないように整理をして出かける必要がありそうである。
孫がスキー・・・(場へ・・・)  2008・1・14
昼の間にと思い事務を執っていたら、次女が慌ただしく入って来るなり二階へ駆け上がっていった。「防寒着取りに来た・・・」と、車は車庫入れしてない。
昨晩は冷え込んだが、今日は天気が良い。スキー場でソリ遊びをさせてくるということだった。孫の防寒着を持って、慌ただしく去って行った。牛岳か立山山麓だと言うから、ソリ遊びなら立山の方が良いと教えておいた。

そういえば子が小さい頃にもソリ遊びから始まった。高学年になって学校からスキーに行くようになってからは、何十年ぶりにスキーも履いた。子の成長に合わせて来たように思う。この夫婦もそうなるのだろう。

今日は休日だが行動を開始している。この2週間で半分以上が半日つぶれる。予定表を見て危機感を覚え、今月は休日も返上の予定である。
月末にお少し余裕を持たせておかないと、新規も何件かスタートさせる必要がある。包括依頼分2件と入院中2件の担当者会議開催の必要性が出てくる。

午後も3件訪問の予定をしているが、久しぶりにゆっくりと話しを聞いてくる必要がありそうな方である。忙しい中にもリズムがあるから続いているのかもしれない。
この1ヶ月間ゆっくりと休んだのは元旦だけかもしれない。
夫婦とは・・・  2008・1・14
相談があると、別居の子から電話がかかった。
最近認知症が進み、ふらつきもある。かかりつけ医の紹介で脳外科でCTを撮ってみたが、1年前とは大変わりしない。考えられる大きな変化は夫の長期入院である。
このままでは夫婦共倒れになると夫には入院→入所の方向へ進んでいただいた。そして妻は空気の抜けた風船状態になってしまった。

夫婦とは喧嘩の絶えない日々をおくっていても、夫婦にとってはお互いが必要な存在なのかもしれない。共倒れしそうになっていてもお互いが必要な存在なのかもしれない。
そのような張り詰めた関係が心を支え、生活を支えているのかもしれない。
とにかく夫の入院後状態は大きく変わってしまった。
誰が悪いのでもない。そのような調整をした私に責任があるのだろう。夫婦を離れ離れにしたのだから・・・。

夕方子から電話がかかり、1ヶ所申し込みをして来られたということである。もう1ヶ所申し込みをしておきたいということなので担当者につないだ。今日の午後から会えるように調整を取り、連絡を入れておいた。
現在建設中のホームもあるので、母体法人の所在を電話帳で調べていただくことにしてあるが、ここが一番早道なのかもしれない。しかし本人の了解を得られたのであろうか???

心配の余り逸る気持ちがあることは判るが、先ずは本人の気持ちを大切にしていただきたい。その上での話になるのだが、その部分が吹き飛んでしまっているようである。そういえば夫の入院に関してはもう選択肢は無かったのかもしれない。それしかないと判断したからその方向へ導いた。
原因と結果。その関係をしっかりと抑えておく必要がありそうである。

夫婦破綻が起きていたかもしれない。
新春対談・・・今後の方向性  2008・1・13
民間居宅はかなり無理をして広域圏からケースを集めている。
チョッと大変かな???と思ったのは、以前勤めていた県東部のケースも担当している点である。ここはネットワークでケースの交流を是非図っていただきたい。今声をかけても受けてくれるケアマネはいる。

先ず地域的に少し整理しようかという話になった。
広域圏も視野に入れ、市南部と隣市保健組合を担当していただければ、そのケースはタイミングを見て交代することにしようと思う。その時期が何時かという話になるが、サービス事業者にも負担のかからない更新時が良いのではないか・・・ということには落ち着いたが、その前に私がパンクする。
困難事例が出た時にかけ引きとして同じサービス事業所利用のケースを移行することに先ずしようと思う。ギブ&テイクである。

地域の整理とケース内容の整理で無理の無い担当をしていくことが出来れば良い。初回ケースを回す時には、インテーク面接に同行してケアプランの方向性に関してインプットすることにした。ケアプランは文章ではないから、方向性さえ示してあげれば大丈夫だと思う。これがケアマネジメントリーダーの役割だったのかもしれない。

地域包括から一件困難事例として回って来ているが、アセスメント表(概況調査票)を送っていただき同行訪問まで求めてしまった。調査票で感じたことであるが、認定結果は多分支援のような気がする。電話で「支援が出たら返すよ・・・」と伝えておいた。市長申し立ての成年後見が必要な方と判断したが、この点だけ伝えれば私に相談した意義が生まれる。それだけで良い。相談とはそういうものである。視点を変えたアドバイスがあれば、ケースは見違えるように整う。

再委託したくない包括には私のプランは見せない。だから自己作成の方向を選んだ。
ケース相談があった包括には全ての視点をお見せしようと思う。初回同行訪問をしていただいてアドバイスも受けようと思う。
この姿勢が今後の業務を行う姿勢に如何影響が出るかはふたを開く前から判っている。相談業務とは常に低姿勢で臨まなければいけない。
ALS協会県支部高岡定例会  2008・1・13
定例会のご案内をいただいたが、関わっている方々が非常に熱心で、1年余り前からの構想を実現されたようである。これなら私が参加する理由がある。

半年前に「介護服」をキッカケに重度障害者生活向上委員会との橋渡しをしたが、病気や障害が違っても共通した問題を解決していくことは出来る。
せっかくご案内をいただいたのだから関係者にも定例会の案内をしておこうと思う。医療関係者や福祉関係者など、身近にお付き合いをしている方々にも協力をしていただきたいと思う。

この会は、富山市居宅介護支援事業所協議会がALS相談会としてスタートさせたことがキッカケで患者会設立まで進んだが、当時は難病ネットワークとやまの立場で参加してきた・・・つもりであった。実態はネットワークが機能していなかったので肩透かしを食った形になってしまった。今回は高岡の独立ケアマネジャーとして参加するが、会の皆様とは随分懇意にさせていただいてきている。

定例会開催のパンフレットは仕事の合間に配布させていただくが、時間が無いので時間を作ることにした。
月の半ばから月末にかけて予定が集中してきているのでそろそろスタンプラリーを開始することにした。先ずはお逢いし難い方から日曜日にも動くことにした。

今日は相談一件と2件の訪問を予定しているが、その他に難病等関係者にもご案内して来ようと思っている。
年末もそうだったが、凄まじい年明けになる予想が付いている。(もうなっているが・・・)
断わる包括・依頼してくる包括と色々あるが、一件困難事例の相談もある。他市の包括のケースの概要は見えないが、こちらも困難事例を選んでいるのかもしれない。

今日明日の連休の動きが重要な役割を果たすが、少しでもスタンプラリーを進めておこうかとも思っている。
一人より二人だね・・・。  2008・1・12
暫定プランでスタートさせる予定だったが、親戚に度重なる不幸があり退院が1週間近く伸びてしまった。退院に合わせデイサービスセンター責任者と同行訪問することにしてあった。

デイサービス責任者が本人とお会いするのは初めてで、病院では会う機会がなかった。ちょうどリハビリ中であったので、私も初回相談以来だった。
約3週間のリハビリでその効果が発揮されていると思った。入院中の認定は得てして介護度が高く出る。その実態がここにあった。

そこで、続いた不幸の法要で子夫婦が揃って出かけなければいけないと言われる。冠婚葬祭時の緊急ショートステイである。思い当たるところ二ヶ所電話をするが、週末のショートステイは混んでいる。後でもう二ヶ所ほど当たってみますが・・・と言いかけたところ・・・もしやと同行者から声がかかった。施設に電話してもらい、何とか対応出来そうだ・・・ということでコピーもあったので同行した。

ショート担当者と調整の結果・・・利用出来ることになった。
一人より二人・・・来週末のショートステイは市内全域で電話確認しても、多分空いていなかったかもしれない。身近な情報を身近で手に入れるためにはネットワークを充実させていくしかない。非常に良い協働がごく自然に生まれた。

この後「新春対談」に臨んだが、民間結集は今一番必要なことだと思う。
対談の内容は後日まとめてみるが、私に向って流れてきている勢いを民間事業所協働のもと、受け止める必要があるという結論になった。
地域包括から流れてくる情報もあるが、その情報も含めて、困難事例の受け皿になっていく必要性を感じた。

行政ラインに新風を吹き込んで活気あふれる介護保険界に変えて行く兆しを感じた。
そうなんですよ・・・「老舗」が私だということを今思い出した。
HPボランチ型在宅介護支援センター『高岡発・介護問題研究会議』で紹介している実践は私自身の実践であり、高岡市で措置時代に行なわれていた実践である。
地域包括支援センターがこの動きが出来るようになるまで。再委託出来ないと言う地域包括支援センターが無くなるまで。行政ラインでの行政情報の囲い込みが無くなるまで。私は書き続けると思う。

そして今、民間結集の『種』が芽生えた。
次回懇談会ではその内容も具体性を帯びて来るものと思う。
2社増える予定である。
その方向性を見守っていただきたいと思う。
名古屋セミナーには一緒に行く予定をしている。
1ヶ月に10件の相談。  2008・1・11
今は昔・・・2年半前に1ヶ月に10件の相談があった。
実際ケースに結びついたのは8件だが、独立開業すればこれ位の勢いでケースを獲得していかないと経営に困難を来たす。非常に思い出深い1ヶ月だが、この影には一人の女性の協力がある。
非常に優秀な方だったが、退職された・・・その瀬戸際だったのであろう。紹介者を見ると副主任の名もあるから、ちょうど入れ替わりだったのかもしれない。

突然担当課にご夫婦の居宅サービス作成依頼書が届いているが、ケアマネジメントリーダーが対応してくれないから・・・という理由であった。(情けない・・・)
しかし1ヶ月に10件の相談は相当キツイ。内8件に番号がふってあるということは、8件がケースとして動いている。現存するのは支援を含めて5件だが、これが無ければ我事業所は継続していなかったかもしれない。

スリルとサスペンス・・・生活状況がそのまま伝わってくる介護の現場に「待った」は無い。そういう意味でも行列を作ってはいけない。
暫定プラン・暫定スタートは朝飯前で、認定結果が出たあとをも予測してプランを確定させている。
認定が出ないから暫定プランなのではない。認定の後どうなるのかがわからないから暫定なのである。その暫定までも明らかにしてしまった。

利用者本位・・・利用者がプランを作れば良い話である。
その支援を行っていく為にも「会議室」にはマイケアプラン作成支援と掲げている。
ケアプランの方向性  2008・1・11
1ヶ月間の間に2回の肺炎で救急搬送されているが、原因は他にあるのだが、家族は通所の限界を感じている。
冬場のショートステイ入所と在宅での介護を選択肢としてお示ししていたが、両天秤にかけ在宅介護を選ばれた。ヘルパーによる朝夕のおむつ交換と週2回の訪問入浴である。
少し苦しいものもあるが、何とか限度額に落ち着く方法を考えている。
本当はショートステイで冬場を過ごす方が良いのであろうが、諸事情によって出来ないということであった。

肺炎の原因は誤嚥と誰も見ているのであろうが、退院時の看護サマリーにも食事に関して書かれていた。ゆっくりと食べて下さいということだが、食事方法にも問題があるのかもしれない。退院時に確認してみる必要がありそうである。
電動ベッドも動かないと言っていたからこれも点検する必要がありそうである。食事の姿勢も考えなければいけないのかもしれない。

退院までにもう少し時間があるので関係者と相談してみるが、良い生活環境を作り出す必要がありそうである。変更申請をかければ1ランクぐらい介護度が上がるかもしれないが、大きくは期待出来ない。それならば現状のままで微調整した方が良いようにも思う。
ヘルパー事業所との業務内容に関する微調整や用具の検討も必要のように思う。今日は調整日として明日変更プランを書くことにするが、方向性は決まっている。あとは内容の吟味だけということになろうか。

午後から担当者会議と居宅申請も終えなければいけないので時間が無い。午前中に根回しを終えなければいけないので、今日も少し辛い一日になる。
予防プランの自己作成  2008・1・11
地域包括が再委託しないと言うからすっきりしないものを感じていた。

ケアマネジメントは利用者本位に行われるものであるから、利用者の意向がプランに現われなければいけない。そのためにケアマネジャーを選ぶ必要があり、利用者の「選択の自由」を尊重しなければいけない。
せっかく選んでいただけたのだから、利用者の立場にたったプランを提供したい。しかし再委託が受けられないから、支援が出たら包括に任すしかないのか・・・。
先日妻に電話をしたら寂しい声であった。

そういえば「会議室」に「マイケアプラン作成支援」を掲げていた。予防プランでも自己作成は出来るであろう。全て利用者が作ることは困難だから、その支援を行えば良い。ケアプランソフトもお貸ししよう。
何のことはない。利用者の意向を汲んでプランを作り、そのプランを修正して完成させ、利用者が届ければ良い話ではないか・・・何時も行なっているプロセスに家族から介護保険課へ届ける手順が増えるだけではないか・・・。

居宅が書くプランだから介護プランを書いているが、支援が出れば予防プランに書き換えて、担当者会議記録も支援経過に書き換えて(???支援経過は必要ないかもしれないから会議記録はこのままで)認定期間の利用表・別表をお渡ししておけば毎月担当課へ届け、確認をもらってコピーを提供表に書き換えて通所時に届ければ良い話だ。それ位のことは出来る妻だからこの方法の方が良いようにも思う。
支援経過と評価票の様式だけ渡しておけばあとは手書きでも良い。せっかく選んでいただけたのだからこれ位のサービスはしても良いと思う。

午後の担当者会議で以上を提案することにしよう。
会議後会議記録を作って今日中にケアプラン届けとケアプラン一式を提出する約束を担当課として来ているが、サービスは明日からスタートする。間に合わせる必要があるので時間との戦いになる。
脊髄小脳変性症患者会  2008・1・10
デイケアを訪問中、リハビリ台でホットパック中の女性から「〇〇さん」と声をかけられた。顔を覗き込むと□□さんである。まぶたに傷があったので「また転んだの・・・」「歩行器が走ってね・・・」「良い歩行器あるよ。小型の車椅子タイプで車椅子にも使えるよ・・・」と先ずは情報交換。

「△さんと××さんが脊髄小脳変性症の患者会を立ち上げたけど・・・」「私も一人担当しているから聞いているよ。その方に協力すると言ってあるのだけど・・・」
「私も会を抜けて、こちらと連絡をとっているんですよ・・・」
話の成り行きから、話をしない訳にはいかなくなってしまった。

チョッと・かなり衝撃的な話だったようである。主治医を聞いてみると・・先生だと言われる。先生は「患者会って何・・・」と言う感じだったよ。昨年ALS患者会設立に向けて行って来たときにそうだった。●●さんと■■のコンビで何かやったようだよ。

かなりあちこちで色々やっているようだが、もう如何でも良いことである。
××さんのところへ一度行って来てあげて・・・ということなので久しぶりに顔見に行こうと思う。

組織は人と人のつながりであるが、こう色々やっているようでは組織とは言えない。まぁ、仲良しクラブに協力をしたい方もあるのだろうから如何でも良いが、色々聞いてもうあきれ返ってしまった。
「〇〇さんが協力してくれるのなら心強く思われますよ・・・」と相当意外だったようでもある。
暖冬???  2008・1・10
年末に少し雪が降ったが、雪の無い年明けを迎えている。
昨日も夕刻から雪の予報だったが、平野部では降らなかったようだ。
今朝も会議室まで自転車で来たが、この時期に自転車に乗ることが出来ること自体が珍しい。
雪が無くても道路が凍結していることもあるので気を付けなければいけないが、今朝はその心配もなかった。

ゴミを持って集積場へ行くと出されたゴミが2個、シートの中から引っ張り出されてからす被害にあっていた。家にそのまま持ち帰り妻に後始末を任せてきた。
カラスは黄色が見えないそうであり、不燃物で使っている黄色い袋に変えたら???と市議に提言したことがあるが、未だに変更は無い。
わが市の生ゴミの袋は青色である。

冬とは思えない気候に、今年も暖冬なのかと勝手に思っているが、まだ冬は始まったばかり・・・。2月の大雪もあったと聞くが、25日位までに降らなければ大丈夫なのではないかと思う。あと二週間穏やかに過ぎてくれれば今年も大丈夫のようである。
スキー場は困っていると思うが・・・。
久しぶりに静かな一日・・・になるかな?  2008・1・10
ハプニング続きの日々が続いているが、久しぶりに静かな一日になりそうな気がしている。二ヶ所デイサービスの訪問を予定しているが、少し前までは心配だった方も今は安定して来ている。
来週は連日予定が入っているので束の間の休日といったところだが、何が起こるか判らないところがケアマネジメントの醍醐味なのかもしれない。

「いぬもあるけばぼうにあたる」ではないが、行くところ行くところで呼び出しがあるところが面白い。昨日の答えを今日聞くことが出来るのかは判らないが、答えを聞けば聞いたで調整に動き出す必要がある。
ケアマネジメントは根回しの連続でもある。可能性の限りを提案して方向性を決めていただくが、可能性に対しては根回しをしておく必要がある。
事業所訪問も日常的に行なっているが、担当者との意見交換の中にも根まわしがある。日常的にその方向性を確認しておけば、急なときに慌てなくてすむ。ケアマネジメントは日々動いていると言っても良いだろう。

立ち上がりが不自由になった方に用具で補助をしたが、先日は入浴中でお会い出来なかったので今日顔を見て来ようと思う。寒さに向かって身体の動きが悪くなっている方もかなりあるが、みなさま頑張っておられる。
今日は久しぶりに静かな一日になりそうな予感がしている。
金銭的虐待  2008・1・9
今回申し送りを受けたケースを「金銭的虐待」と感じていた。サービスを制限して来られたので、年金を使った自由なサービス利用が出来ないのかと・・・。勿論権利擁護も頭の片隅にはあった。
お付き合いしていく内に家族の苦悩が見えてきた。
子が倒産してその債務を払い続けておられる。余裕がないから一部負担金の支払も滞りがちになっていた。しかし必要なサービスは必要である。

担当してから入院期間の方が長い。
今朝も救急車騒ぎで緊急入院になった。私の(と言うか前任者のプランの施設だけ変更したプラン)の利用も3回目は無かった。救急入院になった。

先の退院時に子から、冬場だけの入所の意向が出されていた。今からでは無理だけど、来年は計画を立てましょう・・・。ということにしてあった。
今日その申し出があり、私の担当するショート入所者もグループホーム入所が決まったと・・・私の枠内で対応可能になってきた。そこで先ず入所を検討していただきたいと申し入れを行なっておいた。

子にこの話をすると、負担の関係もあるので孫も交えた家族会議で負担出来るか検討させていただきたい旨、お返事をいただいている。
嫁姑の確執か・・・。  2008・1・9
退院から5日目のデイサービスにはじめて送り出しのヘルパーが入った。
初回なので主任ヘルパーと二人で入ったが、全身グッショリと尿に塗れていたと言う。嫁は「自分でするとさせないんですよ・・・」と言う。その言葉を信じて、嫁に対する遠慮があるのだろう。排便は無かったということなので、自分で行っておられたものと思われる。尿取りパットは本人が嫌われるということだった。
子によれば昨日ぐらいから体調が可笑しくなってきたということだった。

2回目のデイサービスは土日の二日をはさんでの利用だった。尿洩れもあり、便もあったということ。褥創もあるのでこの日に褥創予防マットを入れている。
今朝の3回目送り出し時に、新しいマットも尿漏れで汚れていた。デイサービスで交換したパンツタイプのオムツが2日間そのままだったのだろう。ヘルパーとデイサービス運転手で介助しながら迎えの車に向って介助歩行して行かれたので、ヘルパー事業所オーナー(看護師)と対策を話し合っていた。

そこへ救いを求める大きな声が・・・。急に全身脱力で崩れられたと、顔を見ると真っ青だったということで、一番近い部屋へ運び込んだ。脈を取ると・・・脈が無い。目も見開いておられる。2階にいた孫に「救急車・・・」と救急車を呼んでもらい、あごを上向けにして気道を確保した。
救急車が到着して呼びかけをすると少しずつだが意識が戻ってきて、呼びかけに頷きがある。
孫に救急車で同乗してもらい、あとは任せて予定通り少し離れた施設入所中の夫と妻の面会に立ち会った。

帰って直ぐ病院へ・・・入院になっていたが、少し肺炎はあるが・・・なんだったのかはわからないということ。担当看護士に股・臀部・上半身に創があることを伝え、皮膚科にもかかっているのでよろしく・・・と依頼してきた。
今日ヘルパー事業所オーナー看護師が同行訪問したのは褥創の治療をしようと思ってのこと。昔の看護師さんは経験から色々な技術を持っておられる。

入院期間がどうなるかはわからないが、退院時に一度カンファレンスの必要があるように思い、誘いかけたらお願いね・・・と各サービス提供責任者に伝えておいた。
富山県独立型介護支援専門員ネットワーク  2008・1・8
「会議室」に標題のファイルがあるが、法改正の内容を確認しようと開いたら膨大な資料が綴じられていた。
2006年分の資料がほとんどであるが、「協業組合」構想に関する資料から情報発信後の記録までかなりのボリュームがある。2007年にはこのファイルはほとんど開いていないが、内容を忘れたわけではない。積み上げてきた構想が、資料と共に整理されていた。

実は全国に向けて情報を発信する前に会員に皆様に「踏み絵」を踏んでいただいている。結果残ったお一人と行動を共にしてきた。
市担当部・課とのプレゼンテーションにも同席いただいているし、今回新たなる取り組みも始まる。失速した原因は一通の文書だった。
私は利用者の「選択の自由を保障する」ために戻って来ている。一市民として介護保険の現状を知り、その現状が心配になり冬眠から覚めている。その実践が約1年ぶりに再開する。

高岡から、そして富山へとネットワークの輪を拡げていきたいとも思っている。
県内で組織作りをすることを先ず目指したが、これは失敗に終わった。そこで全国に向けて情報を発信したが、その情報も独り歩きをしている。
しかし今、民間が何らかの形で力を合わせなければいけないという気風が芽生えはじめている。組織形態は何でも良いが、何らかの組織で協働を進める必要性を感じている方も多い。

今回、先ずは実務面で協働出来ないかという模索が始まる。この1年間で急速に力が付いたが、昨年の今頃にはその力は無かった。
法改正後の1年間は失速の1年であったが、ここに来て勢いを増している。
無から出発して、何とかここまで来ることが出来た。
行列が出来る事業所を目指せ・・・と友は言うが、行列は出来ない。即対応、サービス優先のケアプランを書いているので、ケースが溜まることは無い。

それにしても年末の5件の相談はきつかった。
夫との面会から3ヶ月  2008・1・8
緊急性があったので少しはなれた施設に入所していただいた。ちょうど2年前のことである。
家族の努力で月に1回は面会に連れて行くことにはしてあったが、事情が重なりほとんど行っていない様子であった。事情が一段落した昨年4月頃一度お連れしたが、約半年後また元気がない。もう半年も逢っていないんだね・・・と10月に行ってきている。

12月に入って緊急ショートで何度か避難したが、事情が再燃しており元気がない日々が続いていた。今はダメだけど、年明けなら仕事に余裕があるから・・・行って来ますか・・・と。
明日行くことにした。
面会しても会話になる訳でもない夫婦だが、ただ同じ場所にいるだけで良い。そういう時間を1時間ほど持ち、子が「もう良い???」と促がすと、満足して帰ってくる。ただそれだけのことである。

「おまえに」
♪♪♪そばにいてくれるだけで良い〜〜〜
♪♪♪黙っていても良いんだよ〜〜〜

この心境になりたいものだと思う。
地域で1割の常識的なケアマネが・・・  2008・1・7
地域で1割の常識的なケアマネが結集すれば地域は変わる。
わが市には100人余りケアマネがいるから10人程度まともなケアマネがいれば地域は随分変わるであろう。しかし実権を握っているのは(全てとは言わないが)ダメマネである。そう言われたくなかったら理念のある方々は確りとしていただきたい。10人は頭数を読ませていただいている。貴方も貴女も大丈夫だが、貴女も貴方もダメマネですね・・・・こう評価してあげたい。

勤めていると必ずボスがいる。ボスが良い考え方なら良い方向へ進むが、ボスがダメだったら違う方向に進んでしまう。100匹の猿集団の原理である。
しかし101匹目の猿がまともだったらどうなるだろう???101匹目の猿集団現象がおこると言われている。
この件に関しては「いっちん」さんの返信も期待するが、自らが101匹目になる気構えを期待している。そういう意味も含めて一割と言った。

しかし一人でも良い。本当に付いて来てくれるケアマネが一人だけいれば、確実に高岡は変わる。その実践を行なおうとしている。
ジムの新年会  2008・1・7
そろそろ2年になるが、ヨーガ・リハビリジムに通えなくなった方がある。
重度神経難病なのだが、ADLは年々落ちてきている。担当してから2年余りになるが、その数ヵ月後の大雪で除雪をしていた時に筋肉に痛みが走った。

昨年の新年会にもお連れしたが、その時にはゆっくりだが車椅子から自家用車に移れた。先日の温泉行きでは介助で車に乗降りした。
新年会にお送りして2回目になるが、今回が最後ではないかと予測している。状態を見ていると何時寝たきりになられてもおかしくはないが、気力で寝たきりになることを防いでおられる。ほぼ毎日の入浴とリハビリ通院・通所がその進行を防いでいる。

温泉では過っての夜の帝王を垣間見たし、カラオケラリーも行った。良く似た性格でもあり血液型を聞くまでもない。曲がったことが大嫌いな方である。
去年はこれで最後かと思ってお送りした。今年もこれで最後かと思いお送りする。来年があるかどうか・・・来年もこれで最後だと思ってお送り出来ればこんなに嬉しいことはない。

今日のメニューは七草粥だと聞いている。介護者のお母さん方が作られるが、さぞかし賑やかなことであろう。17〜8人は集まられると思うが、一人ひとりこれが最後かと思って参加されているのかもしれない。
そういう私もいつ何時何があってもおかしくはない。決して正しい生活はしてこなかった。暴飲暴食もしてきている。

年末に少し降ったが、雪の無い七草である。
足元が良いから安心して乗降介助が出来るが、この方かなり重い。ボデービルで鍛えた筋肉は衰えていない。そういえば最初の症状が肩が痛い・・・だった。最近意味も無く左肩が痛い。肩こりとはまた違う痛さである。
新年会の後デイサービスまで送るが、思い出のある一日にしていただきたい。
民間居宅総結集  2008・1・7
昨年のはじめ頃に「民間居宅介護支援事業所の協業化に関して」という文書を下書きしている。
一昨年末に「選択の自由を保障する」市政への提言を行ない、「介護支援専門員」1月号の分冊子
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm
を担当課に届けた頃に準備していたものだが、経緯を見てがっかりしたのでそのままお蔵入りさせている。

介護保険の入り口は先ず介護支援専門員を選ぶことから始まるが、その時点で「選択の自由」が保障されていない現状がある。その原因は行政ラインの構造欠陥にあるが、この指摘を正面から見ていただけなかったことが残念だった。
下書き原稿は民間総結集を意味していた。

理解度によってはこの行動を反逆と取られるかも知れない。その恐れもあったのでお蔵入りさせたが、今改めてその必要性を感じている。
年末年始にかけて某法人の考え方を見たが、誠にもって情けない。反逆と取られても良いから、姿勢を問い質す必要がありそうである。
原稿は当時に合わせて書いてあるから時世に合わせて書き直す必要はあるが、近い将来輪を拡げる必要があるのかもしれない。

「選択の自由を保障する」は行政の構造欠陥のご指摘であるが、公正取引委員会の指摘や情報公開制度をスタートさせるなど、制度としては整って来ているが、実態はまだまだお粗末である。
何時までこの題で書き続けなければいけないのかと思うと気が遠くなる。
「独立化の勧め」その後  2008・1・6
2006・7・18に発信したBCCメールですが、地方からの取り組みでは時間がかかると思い、掲示板等にもメールを貼り付けています。

(ここから)
各位宛 

二上浩@介護問題研究会議です。

久しぶりのBCCメールです。
今回の法改正でも大きく取り上げられましたが、「独立性・中立性の確保」について、富山県独立型介護支援専門員ネットワークではその実現のため、独立型居宅介護支援事業所を「協業組合」化させる可能性について検討してきました。
独立された多くの方々からは、管理者等から「囲い込み」の指示があり、雇用と理念を両天秤にかけた結果退職されたとお聞きしていますが、専門職の理念に関わる「中立性の確保」が独立された直接の原因であったことに対し非常に残念に思っています。

行政情報を直接取り扱う委託機関に勤務する職員の皆様には高い理念をもって地域のケアマネジメントの質を高めていっていただきたいと日頃から期待しているのですが、在宅介護支援センターもそうでしたが、決して利用者本位とは言えないケアマネジメントが行われていることも事実です。また、これらの機関にはほとんどといって良い位行政から天下りされた管理者の方もおられますので、どちらが如何とは申し上げませんが、決して誉められた現状ではないということが言えるかと思います。

そのような背景の中で、「独立化の勧め」として独立し易い環境を整えていく事により問題点が見えてくるようになると思いますが、地方からの実践では形に現れるまで時間もかかります。先ずは都市部からその勇士を募り実践を始めていただきたいと思い、関係書類(草案)添付の上お知らせいたします。

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/toyamakendokuritugatakaigosiensenmoninkixyougixyoukumiai.htm

実現可能な地域から、是非実践を始めていただきたいものだと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。
(ここまで)

今春、取り組みを開始することにしました。
「新春対談」を1月12日(土)に開催し、検討を始めることになりました。

「独立化の勧め」その後(2)  2008・1・6
近隣に独立ケアマネは2名だが、民間サービス事業所併設居宅の実質オーナーケアマネは何人かいる。民間で理解のある法人経営者にまで輪を拡げれば協業化は可能になる。急ぎはしないが、先ず協業化を進めることは出来る。

「協業組合」構想の当初の目的は、とにかく組合を作って、行政ラインで囲い込まれている行政の持つ被保険者情報の適正な流れを作ることであった。公正取引委員会は指摘はしているが実行には移っていない。
某県で問い合わせをされた方がある。答えは、調査報告書等で指摘はしているが指導までは考えていない・・・ということだったということであった。行政がその姿勢を持つ必要があるようである。

そういうことならば、「協業組合」として指摘することは出来る。そういう意味で県段階で先ず組織化出来ないかの検討を始めた。内容が伴わないので現在は宙に浮いて休止状態だが、実際の業務に結び付けば組織として動くことも可能である。現在は準備会の段階だが、組合設立に結び付けたいものである。

これは予測であるが、10人分ぐらいのケース約350件の中に重度者が何人くらいいるだろうか。30パーセントとすれば105人・40パーセントとすれば140人位になるだろうか。4人のケアマネで60パーセントを超える重度者を担当するために協業組合として特定事業所に集中させれば、数的にはクリアされることになる。情報発信のこの部分に焦点が絞られ、報道されてしまった。先ずはその背景を作ることから始めなければいけない。

聞くところによると委託機関併設居宅には重度者が集まるシステムになっているという。これは全国的な傾向らしく、ケースの難易度も選択肢になっているという。すなわちケースを選んでいるということである。
実際地域包括支援センターにはケースが集まっている。
情報公開システムも稼動しているが、利用者が選ぶことの出来るシステムでなければいけない。そういう意味でなら大賛成の制度である。
来週調査に来るので、有効なシステムの稼動をお願いしておこうと思う。

新年早々何かが始まるような気配を感じている。
「新春対談」にも快く応じていただけたし、機は熟していたのかもしれない。

Re: 「独立化の勧め」その後(2)  2008・1・6
地域包括支援センターを受託している法人の居宅介護支援事業所にあたっては意識的に重度者を受け入れていただきたいです。良い傾向と思います。

介護度の重度と困難事例とは違います。むしろ困難事例を担当していただきたいのですが、最重度の困難事例が指名で回ってきたりします。

先の『再委託をしない方針の包括』について、私の場合は要支援になられたかたの再委託はしないようにしています。

今回は新規で指名でした。要介護2が妥当な介護度なのですが、万が一・・・ということで石橋を叩きました。
法人の姿勢を2連続で見せていただきましたので、巷の噂の「・・・は可笑しい・・・」をこの目で確認させていただきました。

利用者さんやご家族から『続けてお願いしたいのに…』と言っていただけるのはうれしいですが
 自分から見てよほどの状態でない限りは社交辞令だと思っています。


案外本心かもしれませんよ。
地域密着型サービスを希望されましたのでケアマネジメントも包括だとお伝えしたら、違うプランを考えておられるようです。何が何でも担当して欲しいようです。嬉しいことです。
今入院中で主治医意見書を取り寄せています。

Re: 「独立化の勧め」その後(2)  2008・1・7
fp_pf さんの地域は良い感じで進んでいるようですね。

医療的介護については総合病院の医療連携室&訪問看護ステーション等・・・。

この流れが強くなるようですね。違う流れが出来ないか裏工作を進めています。医療法改正の流れからは目が放せないと思います。

行政の責任が益々問われていますね。
新春対談  2008・1・5
民間のオーナーケアマネで新春対談を行なうことにした。
昨年後半のケースの流れを見ていると今年の早い時期で限度件数に達してしまう。ネットワークでケースを蓄えて、協業組合設立への道筋を残したい。

「会議室」の大きな看板には『ボランチ型在宅介護支援センター』を明記しているが、『介護問題』を解決出来る拠点として大きく飛躍したい。
このネットワークが機能すれば独立開業も案外簡単に出来るようになる。ネットワークで独立化を支えていくことが出来る。
医療連携の方法も模索しているが、医療の受け皿は医療職ということもあって、この体制も整える必要がある。

新春対談では大筋の話だけになると思うが、今後内容を煮詰めていきたい。
ここまで来るのに3年半余りかかったが、昨年度の法改正が裏目に出て、予定より半年余り行動開始が遅れた。「独立化の勧め」を情報発信した時には1年後の行動開始を視野に入れていた。「遅ればせながら・・・」といったところである。
1年近く成りを潜めていたのにはそれなりの理由はあるが、先ずは高岡、そして県内へその輪を広めたいと思う。先ずは顔の見える距離からの行動開始ということにしようと思う。

ケアマネジメントの「独立性・中立性の確保」は厚生労働省のお墨付きである。その輪を拡げるための方法論であるから、民間に流れてくる被保険者情報を逃がす手はない。ネットワークでガッチリと支えていく方向へ進むことにしようと思う。
そして美味しい酒を飲みたい。
再委託をしない方針の地域包括支援センター  2008・1・5
私の目で見た介護度は要介護2であるが、調査員によっては要介護1の調査結果を残すかもしれない。そうなると認定審査会で支援が出る可能性もある。そういった可能性も秘めて、申請書コピーを届けて「支援が出たら(再委託)お願いね・・・」と包括にお願いしておいた。

夕刻電話がかかり「当法人は再委託しない方針である・・・」と言われる。利用者の選択の自由を認めない方針のようである。万が一・・・の話で支援が出る可能性は薄い。それでも石橋を叩いた。
とんだところで本心を見てしまった。可笑しいと言われている法人で、利用者に確認もしないで予定を削除したサービスも抱える法人である。

もっとはっきりと言われれば良い。〇〇(kaigoken)にはサービス提供出来ない・・・と。この言葉を言えないことだけはご存知のようである。

短期間に2件溜まったので担当課にお知らせしておこうと思う。仕事始めには私が忙しくてその時間を持てなかった。
名誉な話ではないので漠然とした表現になるかと思うが、このような考え方の経営・管理者がいること自体恥じである。順次葬り去られていくことになると思うが、そこに勤める専門職の理念は如何に・・・という点も気がかりである。
やはり「可笑しい」と日頃から言われていた。他人の評価が正しいことも今回確認した。
仕事始め  2008・1・4
年末年始で、全く仕事から離れたのが元旦だけだった。
大晦日の担当者会議や二日のSOS、3日にはケアプラン一件と税務事務を行なっている。

8:30 初回デイサービス送りだしの確認→9:00 市へ申請3件(内暫定スタートの居宅届け一件・ケアプラン添付)→銀行→10:00 暫定ケアプラン説明→担当地域包括へ「支援が出たら再委託お願いね」訪問→施設との利用調整・担当者会議日程調整→初回利用の状況確認→税務署→ヘルパー事業所で初回送り出しに関して確認→ヨーガジム新年会参加調整のため利用中のデイサービスへ→市税務課→年末に申請したキャッシュカード届いていないが・・・と信金へ。。。

ボリュームたっぷりの書類が積み上げられている。
仕事始めが即実践になる年の初めだが、中旬に予定が集中しているので、早目の行動が必要だとも思っている。
慌ただしい仕事始めの1日になりそうである。
協業組合設立準備会  2008・1・3
1年余り前に「市政への提言」ルートに乗せようとしたが、担当部・課に差し戻しになった時のプレゼンテーション文書で公式にこの名前を使っている。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/nanbixyonextutowa-kutoyamakikakusixyo.htm

結果として回答を得ている。宛先は個人に対してであった。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/2tiikihoukatusiennsennta-notorikumi.htm

今回準備会を実際に動かそうと考えている。
ここ数ヶ月の相談には勢いがある。今まで積み上げてきた情報ネットワークが実際に動き出したようである。また新たな連携の模索を裏で行なっていただいている方もある。確実に情報が集まる背景が着々と進んでいるようである。このネットワーク情報を協業組合設立準備会で共有したい。また各メンバーが得意とする分野のケースを担当していくことが出来るネットワークを作っていきたい。

困難事例も落ち着けば誰にでも担当出来るようになる。私が医療ニーズの高いケースを担当し続けるよりは、ケースを軌道に乗せるまで関わって、あとは専門職ケアマネにお任せした方が良いだろう。設立準備会として協働することが出来れば広域圏で在宅介護支援センターを作ることが出来る。今なら余裕が出てきているから出来るであろう。「協業組合」として組織化するよりも先に、先ずは実務を行なってみようということである。

今朝「会議室」からCCメールでご案内した。「・・・・・午後から会議をして引き続き懇親会をしませんか???」
先ずは地元から形に表したいと思った。
大阪セミナーに刺激をされてしまったようである。
ケースの交流・ネットワークで最適の担当が出来ていけば良いとも思う。
誰かが言っていたが「行列の出来る居宅・選ばれる居宅にならなければいけない」と・・・でも行列は出来ない。対応が早い。

ということで、先ずは第1歩を踏み出そうと思う。
おおきな よくばり ボックス  2008・1・2
孫がなかなか起きなかったということで、昼頃次女家族が到着した。お宮参りがまだということで、古城公園内の射水神社をお参りする。二日の昼過ぎだから参拝者もまばらだが、3組の知り合いに逢った。

家に帰ってからアンパンマンの「おおきなよくばりボックス」を手渡すと、箱の写真だけで充分満足していた。おもちゃを出してもらい遊びだしたが、アンパンマンのテーマソングが好きなようである。長女からのプレゼントは電池で動くダックスフントだが、少し怖いようであった。
身体が入りそうな大きな箱を得意気に運ぶ姿には嬉しさがあふれていた。

少し遅めの昼食と少し早めの夕食でお酒が途切れたので、多くは飲まなかった。次女との約束を守ることが出来てちょうど良かったのかもしれない。
多くは飲まなかった代わりに随分料理を食べた。昼には小皿ものとすき焼きで、夜にはおせち料理が出てきた。もう良い・・・と言っているのに留めは赤飯だった。
孫も激しく動きながら随分食事がすすんでいた。もう腹一杯と首を横に振る仕草には愛嬌もあり、意思表示も出来るようになっている。
「あ・・・」「お〜〜〜」という言葉に続いて何が飛び出すのか楽しみでもある。

今日もチビッコギャングは人気者であった。
SOS  2008・1・2
「会議室」へ初出勤して、メールのチェックと12月分の囲いこみ率を記録して、早々に帰宅をしようとした所へ電話がかかった。相手がわかったので、電話を取る前に内容は判っていた。

「もしもし・・・おかしいなぁ〜〜〜もしもし、ベッドから落っこちちゃったんだけど・・・・・」応答をするが聞こえていないようである。
雪も少し降っていたのと正月だから交通量も少ないだろうと車で出かけていて正解だった。アパートまで約5分間。部屋に着くとヘルパー事業所へ電話がつながっていた。
「来てくれたから良いよ・・・」と、その電話を借りて新年のご挨拶をした。

ベッドを一番低くしても女性ヘルパーの力ではベッドに上げることは出来ない。私がいないときには二人派遣を依頼してある。
今日はデイサービスの日で、送り出しにヘルパーは入るが、この状態では間に合わなかったであろう。新年の初仕事は“今年もお願いね・・・”というサインだったのかもしれない。
通話が聞こえないようなので電話をつないで確認するが、どうも受話器を耳に当てることも出来なかったようである。電話機が機能していることを確認して帰ってきた。

ところで今朝計算をした囲いこみ率だが、訪問介護:約42%・福祉用具:約30%・通所介護:約11%である。
訪問介護は数も少ないので月によっては大きく動くが、用具・通所は安定した数字である。
ケアプランチェック事業  2008・1・2
1月4日提出分から、新規に居宅届けをする際にケアプランを添付する必要が出てきた。一件暫定スタートするプランを準備している。
新規申請も一件あるが、同日ケアプランの説明を行い次週にサービス担当者会議を開催する予定にしている。暫定プランが動き出すのがその翌日だが、サービス担当者会議記録も添付しなければいけないので、会議記録が間に合うかということである。翌日提出しようにも土曜日なのでその日の内に会議記録を作成する必要があり、正に神業の日程になってしまった。
会議は14時からだから、会議が長引かなければ何とか準備は出来る。

年末にも変更プランを作成して周知するまで2時間の超特急変更を行ったが、それから見れば容易いことなのかも知れない。急に用事が入らないことを祈るばかりである。
得てしてそういう時に何かがおこるもので、事前に担当課の了解を得ておくことも一つの手なのかもしれない。しかし挑戦だけはしてみることにしよう。

開業から1年半余り自主的に新規ケアプランを提出して来ている。迷惑そうであったので止めたが、今回事業として提出義務が発生した。コピーが4枚増えるだけの話だが、意識が変わったのか・・・無駄な1年半ではなかった。
一つ一つ開業時の思いに近付いて来ている。模索といえば模索だったのかもしれないが、措置時代に関わっていた者にとっては、全てがおかしく写った。
介護保険法は負担の方法が変わっただけで、介護サービスの提供方法に関しては何ら変わりはないはずである。行政が・保険者がその内容を把握していないことに対して先ず疑問を持っている。

ケアプランの内容が如何であるかよりも、もっと基本的な部分に問題が潜んでいる。システムと言うか構造的におかしい現状を見ているが、介護保険は福祉の一部だという視点に立っていただきたいものである。
利用者があっての制度だが、利用者不在の制度運営も目にしており、その理念の低さには驚いている。民間の方が余程真面目にやっているという実感がある。
お年玉  2008・1・1
チビッコギャングにおもちゃでも・・・ということで妻と長女が買い物に出かけた。いくら位にする???と最初は1〜2千円を思っていたようである。
最初の電話では、3千円位で良いのがあるのだけど・・・ということだったが、第二報では、5千円に変わっていた。結局、正月らしい買い物になったようである。

アンパンマンが好きなようだから、アンパンマンの少し高度なおもちゃを買ってきたようだ。箱の写真を見ても2〜3才用のおもちゃのようである。
明日、目の前で開封してその表情を見たい。
長女も何か買ってきたようだが、これも明日まで秘密のようである。
最近、お〜〜〜あ〜〜〜的発語があるが、明日は何て発音するのであろうか???その表情を推測している。

自分自身の記憶を辿っているが、記憶に残っているのは3歳頃からの印象深い出来事ではないだろうか???ババはなかったが、ジジに色々な所へ連れて行ってもらった記憶がある。とはいえ、歩いてのことだから行動範囲は限られていた。
当時、親戚のおじさんから破格のお年玉をもらっていた。苦労していたのだろうな〜〜〜その理由を知るのは高校入学の時だった。
厄払い  2008・1・1
足を痛めた妻と帰省中の長女に連れられて厄払いに行ってきた。神社までは徒歩で5分もかからないが、車で行くことにした。
9時少し前に終わったが、校下の名士が続々と集まってくる。その中にお世話になっている自治会長の顔もあったので「〇〇さん、もう大丈夫ですね・・・」と声をかけた。会長ももう大丈夫と思っておられる。

命を拾うとはこのようなことを言うのだろうが、退院から2週間位「ご飯は食べたいとは思わない」ということで、病院へ帰さなければいけないのかとも思った。
通所拒否もありフケがメガネにまで落ちて来ていたが、1ヶ月目位から休まずに通所されるようになった。食事の準備以外の家事は自分で行なう約束だったが、この約束はまだ守られていない。暖かくなってから、通所回数を増やしてヘルパーの回数を減らす方向で話を進めている。

そういえば11月にヘルパーが預金を下ろせるようにキャッシュカードを作ったが、まだ届いていないようなので、年初めに確認する必要もあった。
年の瀬の忙しさで忘れていることがまだあるのかもしれないが、順次頭の中を整理していければ良いと思っている。
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掲示板等の発言記録2007の2
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