掲示板等の発言記録 (2007)


施設の腹の内   2007・6・30
サービス機関を二ヶ所見学して、利用者は必要なサービス機関を選ばれた。
もう一ヶ所は個人的に人生の中で関係のあった機関が設立しているサービスである。サービス内容検討のための見学であった。
見学と同時に認定申請をしているが、その後すぐに腰痛がおこり利用施設の検討どころではなかった。

10日余りでその腰痛も治まったので、利用施設を決めていただき、暫定プラン(居宅が書くプランだから要介護1を想定)に合意いただいた上で、サービス事業所へ提供依頼に行った。
担当者への説明は、「想定介護度は要介護2と1の境界だが、コンピューターの判定が要介護1の場合は要支援2に審査会でランクされる可能性はある。」といった内容である。そういう理由で、暫定プランでは週2回の利用を組んであるが、要介護に認定されれば週3回の利用を含ませたプランになっている。

サービス依頼をして出てきた話が、要介護と要支援ではサービス内容が違うということである。それはそれで良いかとも思ったのだが、その後その内1日が定員の関係で利用できないと言われる。見学の時にはそのような話は出ていなかったが、後程別の担当者(?)から電話がかかった。別にその曜日に拘る訳でではないので、別の曜日に利用可能なのかを聞かせていただきたいと伝えておいた。

この話しを要約すると、要支援2なら週1回しか利用出来ないし、サービス内容も違うよ・・・。ということである。二ヶ所のサービス機関を使うことは出来ないから、その場合には先ず消えていただくことにした。

そこで要介護の認定が出た場合には如何しようかということである。
週のうち3日間を埋めることが目的であるから、希望施設で出来る以外をもう一ヶ所の見学施設で穴埋めすることにした。
ということで、内情をお話して家族がいそうな日に担当者会議をセットした。担当ケアマネが中継ぎをすると言っても、家族に休んで貰っても自分の事業所の開業時間に担当者会議を開かなければいけないという事業所であるから、理想と現実が交錯している。その交錯の内容が施設の腹の内である。

声を掛けたからには理由付けをした退陣を願うが、協働したくない相手でもある。しかしサーヒス職員は良い。退陣の方法は何種類か考えているが、先ずは主張どおりの家族がいる時間に担当者会議をセットすることにした。問いかけてある別の日の利用の可能性に関して返事を待つことにしてあるが、認定がでるまで待つことにした。そこで一番早い利用を想定して担当者会議を開催する。それが急だから出ることが出来ないと言われれば・・・「ハイサヨナラよ・・・」である。

ご参考までに、施設の腹の内をお話しすると、
要支援2なら、週1回利用でも同じ報酬が出る。
認定が出た時点で、もう1日の利用が可能かどうかの問い合わせがあるだろう。何しろ本人が希望しているサービスなのだから・・・でも要支援なら断ろう。

本人はどちらでも良いと思っておられるのだが、仮に要支援で何処にでもあるサービスならどちらでも良いと思っておられる。即ち支援なら、週2回利用の方が良いわけである。
そこで今日施設へ根まわしに行ってきた。
「支援が出ればお願いね・・・」と「介護が出ても週2回お願いね・・・」ということである。
支援がでた場合に備えて、地域包括支援センターの担当者にも土曜日の午後の担当者会議に出席できるか問い合わせしておくことにする。

実は土曜日は「といつくどん」のフリーマーケットの日である。その日しか会議の日がなければ途中で抜け出すが、通常は家族がいなくても担当ケアマネが責任を持ってくれれば良いよ・・・という話になるはずである。
フリーマーケットに全コース参加出来るかどうかよりも、施設の腹の内を探っている方が面白い。
だからケアマネは独立でなければいけないし、サービスの質の向上も望めない。報酬と両天秤にかける事業者には退散いただきたい。

介護保険は福祉である。そして、福祉は社会運動である。
社会運動でない介護保険事業者には退散していただける・・・そういった介護保険の現状を作っていかなければいけないのではないかと思う。

入所判定委員会  2007・6・29
今月入所判定委員会資料作りの面接が2件あった。
1件は出張中だったので立ち会えなかったが、面接後、意見書を最新の情報に書きなおした。
今日の面接には立ち会うが、家族が立ち会うことは出来ない。それで良いと言われる。週の内、日曜日を除けば1日しか家にいない方で、妻も認知症である。近くに住む子も休みが取れない。それならば本人の状態を利用施設の職員から聞いた方が良いということになったらしい。

過去には施設を作ったからには満床にしなければいけないと、果たして入所判定委員会を開かれたのか疑問に思う入所もあった。情報は入所者から直接入る。入所半年で退所したいということになればその必要性は薄かったものと思われる。
この種の情報はかなり入ってくる。認定に関わることもこれに当たる。

入所申し込みに立会い、入所判定委員会資料をはじめて目にしたとき、点数化されたその内容に納得した。良い基準がありながら使う側が邪まな気持ちでは機能しない。ここにも人の行なうことである難しさが潜んでいる。
この点も今回の法改正では重度者・家庭の事情などを優先的に配慮することが明記されている。

措置時代にさえ施設関係者の入所を優先させてきた実態がある。措置させていたということである。事実を知ったので当然のこととして指摘をした。
これらの実態は担当した者が一番良く知っている。
公平な視点で判定していただきたいものである。


昨日子から電話がかかり少し心配なようである。過去に1件だけサービス提供を依頼した施設だが、施設長をはじめしっかりとした考え方の方が揃っておられる。「大丈夫ですよ・・・」と請け負っておいたが、特に優遇していただくつもりは無い。適正な判断をしていただけば良い。
認知もかなり進んだ妻に何かあったときに備え、精神科受診も勧めているのだがなかなか実現しない。「その時はその時で入院出来る方向で支援しますよ・・・」と伝えておいた。

精神科病院の長期療養型が無くなったが、これも法改正に対する意思表示だったのかもしれない。

ネットワークの拡がりと選択の自由の保障  2007・6・28
患者会設立を志す方と丁度1週間目に難ネット理事長に同行してお逢いした。
最初お会いした時に三人の専門職を紹介している。この1週間の間に三人の方と合ってきておられた。県MSW協会の協力を得ることは出来た。
驚くほど熱心で行動的な方である。

来週行なわれるヘルスケア関連団体ネットワーキングの会や秋に行なわれる難病センター研究会富山大会や週をまたいで行なわれる共生セミナーの紹介など等、日程はかなり詰まっている。
難ネットを拠点に、難病相談支援センターの相談会を足がかりに、時間をかけて確実な方法で患者会を設立されることをお勧めした。

そこへ電話がかかった。NHKからの取材依頼である。急いでおられるらしく出来る限り早くということなので、午後の少し遅い時間に「会議室」でお逢いすることにした。
「選択の自由を保障する」は縦列のネットワークに関する内容であるが、難ネットを核とした取り組みは横列のネットワークである。この二つのネットワークが張り巡らされ、絡み合っていくことこそが医療・保険・福祉の連携、地域ネットワークの姿だと思う。その二つの話を同じ日にすることになった。

2時間余りの懇談後、理事長とラーメンで軽く昼食を済ませ事務所に戻って取材の資料を揃えた。HPでも紹介しているページであるが、昨年秋に福祉保健部次長・高齢介護課長にお話した時の分と後日ご回答いただいたものを準備した。

番組制作プロジューサーは、ノートに質問事項を整理しておられた。
介護保険に民間が参入してから公正取引委員会が言い続けていることは法改正時にも取り入れられてことや、天下り管理者の役割など、現状における問題点などをお伝えした。
「協業組合」に関しては、中小企業団体中央会も公正取引委員会も商工会議所に事務所を構えていますね・・・ということで、別の角度から厚生行政を刺激する意図があった(ある)ことも伝えておいた。
最後に「如何すれば良くなると思われますか・・・」ということであったので、行政の責任で作るとされた地域包括支援センターがその機能を発揮して、行政の持つ個人情報を公平に提供して、風通しの良い地域の体制が出来上がれば自ずと連携も生まれてくることや現状では独立出来る背景作りに取り組んでいることなどもお話した。

1日の中で、二つのネットワークの形をお話したわけだが、地域で二つのネットワークの話が同時に出来るようになれば良いとも思った。
行政ラインのネットワークは地域包括支援センターを核に民生委員等町内における活動員までのネットワークは作ることが出来る。そこに当事者団体等横のネットワークを被せることが出来れば良いコミュニティーが出来ると思う。

かってMSWの業務マニュアルに、情報の提供先が在宅介護支援センターであることを明記したネットワーク図を見たことがある。

Re: ネットワークの拡がりと選択の自由の保障  2007・6・28
usagi112770 さん、
ビアガーデン楽しみにしていますよ。
超特急で提供票も配り終えました。
認定待ちが2件残っていますが、何とか7月を迎えられそうです。

ネットワークの拡がり(3)  2007・6・27
ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会会則の目的に次のように書かれている。
〔第2条 目的〕
本会はヘルスケア関連団体に所属するリーダーが交流を深め、相互に協力・援助することで、全ての人がより健康で住みやすい社会を創造することを目的とする

難病ネットワークとやま設立の趣意にも通じるものがあり、その拠点施設として難病作業所を設置している。病気が違っても、共にかかえる就労の問題を解決していこうという趣旨である。
県MSW協会では患者会に担当を決めていく方向で進んでいる。会として横への拡がりを目指している。
認知症の人と家族の会や小児難病・リュウマチ・ベーチェット病など等、患者会はあるが今まで単独で活動をして来られた。
そのリーダーが集い、全ての人がより健康で住みやすい社会を創造していこうという内容である。

行政ラインにも難病相談支援センターが作るとされているネットワーク構想がある。医療機関から厚生センターへ患者情報は集められている。この縦列のネットワークと患者団体等が作るネットワーク(横列のネットワーク)が一体となって機能出来れば、患者支援も進むものと思う。

一方、高齢者支援に関しては組織図が描かれている。市町村の責任で作るとされた地域包括支援センター(在宅介護支援センターもそうであったが)を拠点として担当地域のネットワークを作るとされている。地域には民生委員や福祉活動員など行政ラインのネットワークが張り巡らされている。このネットワーク間を飛び回るのはソーシャルワーカー(社会福祉士)であろう。

こう見てくるとネットワークが拡がりを見せる要にいるのはソーシャルワーカーであることに異論は無いと思う。地域包括支援センター構想が発表された時の某社会福祉士の言葉であるが「社会福祉士さん出来るのですか???と試されているのですよ・・・」と。
今、気を張らないでネットワークの話が出来る方が数人あるが、この輪を拡げていきたいものだと思っている。

ネットワークの拡がり(2)  2007・6・26
難病ネットワークとやまの関係からもネットワークが拡がっている。

一つは富山市ケアマネ協主催のALS患者の相談会への参加である。難ネットへ相談があった方が同相談会へ出席されるということで同席させていただいたが、今年度からは患者会設立準備会としてケアマネ会からは外れている。主体は変わったが、関わってきたメンバーは今でも参加される。そのメンバーの中に患者家族がおられるが、中心的に関わっていかれることになる。
同ケアマネ協では次のテーマを検討しておられるが、「難病」も検討されているということを聞いていたので、先日相談があった方に紹介しておいた。

もう一つは重度障害者のくらし向上委員会とのお付き合いである。拠点が高岡にあるので日常的なお付き合いをさせていただいているが、遷延性意識障害の子家族を中心にボランテイア等も含め、数多くの方が集まっておられる。その拠点施設が医療ケアも出来る障害児・者のデイサービス「つくしの家といで」である。サポーターチームの会「といつくどん」は以前紹介したことがある。

この二つの会の橋渡しもしている。
先月ALS相談会で改造服の相談を受けて、生活向上委員会に相談したら、ボランテイアの紹介を快く引き受けていただいた。
病気や障害が違っても、かかえる悩みは同じである。その同じ悩みを一緒に解決していこうという意味も難ネットの設立の趣意にある。そういう意味では、難病ネットワークとやまはソーシャルワークそのものだと言っても良いだろう。

7月8日(日)第2回ヘルスケア地域学習会が開催されるが、各種患者会代表者の集まりである。難病相談支援センターにも声をかけられたと聞くが、「そうですか・・・」で終わったそうである。熊本からは難病相談支援センター職員に駆けつけていただいている。「地域差」と言ってしまえば一言で終わるが、それにしても寂しい現状である。
県MSW協会では、患者会担当を決めていかれる方向に進んでおられる。

Re: ネットワークの拡がり(2)  2007・6・26
usagi112770 さん、早速ありがとうございます。
何時もはこの時間に開かないのですが、今朝は8時から一仕事してきて、書類を書いて、漢字を確かめるのにワードを使い、ついでに開いたら投稿時間が違っていたので???と。

明日、少し朝早いですがよろしくお願い致します。
それとヘルスケア地域学習会があることを伝えてありますが、誘って良いのか・・・ご検討下さい。

それを一人でするのはつまんないので、仲間と一緒に発展させれば喜びも増えるでしょう。

随分力をいただいています。

気がついてくれる行政マンに出会いたいです。きっとどこかで出会えると信じて、頑張っていきましょう。

難病相談支援センターも今までに無い動きをしていますね。担当者が総入れ変えなったからでしょうか?良い関係作りのきっかけになれば良いのですが・・・。

(追伸)
偶然ですが、久しぶりの事務仕事は後縦靭帯骨化症の方の入所意見書でした。

ネットワークの拡がり  2007・6・25
HPを公開して1年半目位に市担当課と懇談している。その頃はまだ一市民だが、過去の実践を紹介して、地域におけるネットワークの重要性をお話している。開業の準備を始めたのはこの数ヶ月後だが、受験準備からはじまった。
実際ネットワークが地域に飛び出したのはそれから1年後、実務研修も終わりに近づき、法人登記の日にはインターネットで知り合った方が研修会講師に来られるということで、某保険者主催の研修会を傍聴させていただいている。
そして同じ頃、二つのネットワークの種が芽生えている。

一つは、福住環境コーディネーターの立場から住環境を整えるネットワーク作りを試みる建築関係者だが、インターネットシステム作りや高齢者の住みよい町づくりの提案など、大工さんネットワークや医療関係者のネットワーク作りにも挑戦している。もっと大きな話しに発展するのかもしれないが、現在は富山と名古屋を往復する日が続いているようである。
お付き合いが始まって1年半後、ネットワークの会で講師を務めているが、次月の講師がMSWだということで傍聴させていただいている。そして後程紹介する難病ネットワークとやまとの橋渡しをすることになる。

もう一つは事務局からの誘いもあり、県パーキンソン病友の会とのお付き合いが始まっている。数ヵ月後市長に「お願い」に行かれる時に同行している。
そして年が明けて難病ネットワークとやまを設立する際に役員として招かれており、後日MSWを難病ネットワークに紹介することになる。
その後県MSW協会からも誘いかけがあり入会することになる。

一方、県独立型介護支援専門員ネットワークは「協業組合設立準備会」として「独立化の勧め」を全国発信すると共に、地元高岡では「選択の自由を保障する」ための体制作りに提案・提言を行なってきている。いずれ大きなネットワークに発展させることが出来れば良いと思っている。

富山市居宅介護支援事業者連絡協議会主催で始まったALS相談会も患者会設立に向けて準備が進んでいる。他にも難病患者会の設立の動きもあり、ネットワークは発展を続けるが、ネットワークの横のつながりを拡げるためにもソーシャルワークは必要である。これらのネットワークの中を飛び回り、充実した日々を過ごしている。

これを私は横列のネットワークと呼んでいるが、行政ラインで作られる縦列のネットワークとも絡み合っていく日を夢見ている。
在宅介護支援センターや地域包括支援センター・難病相談支援センター等に対してはかなりきびしいことも言っているが、是非網の目のように張り巡らされた地域ネットワークの拠点施設になっていただきたいものである。

行政の姿勢を問う  2007・6・24
行政の姿勢を「問う」てからそろそろ8ヶ月になる。その回答書をもらってから3ヶ月余り、特に目に見える変化は今のところは無い。
一部意識の高い地域包括支援センターには実践していただいているようだが、私の周りでは旧態依然とした状況が続いている。是非要の役割を果たしていただきたいと思っているが、なかなか軌道に乗れないらしい。
先日のケアマネサロンで行政職員に「出して良いですね・・・」と確認の上手持ちの印刷物を回したが、約半数のケアマネさんにしか渡らなかった。情報量の少ない事業所が中心だったので「マァ・・良いか・・・」とも思っている。

法や制度の基本的な考え方を専門職の皆様に判りやすいように情報発信をしている。市民の皆様は大方その構造を納得される。しかし専門職には判り辛いことなのかもしれない。いや、判ろうとされないのかも知れない。もっと過激な表現もあるが、そう思うことにした。

昨年の法改正でもその手法が執られた。代表的なものは、特定事業所加算・減算や情報公開制度だと思う。何故このような制度が必要になったかを常識に照らし合わせて考えて見られれば答えは出るはずである。解決しないから情報発信を続けているが、これでは何時までたっても前進出来ない。インターネットによる情報発信を始めた目的は、過去の実践が少しでも地域ネットワーク構築のお役に立てないかということであった。しかしネットワークの原点から未だに脱し切れない状態が続いている。いや、ネットワークが法の趣旨から言えば悪用さえされている。

この逆行した状況を修正することは地方行政の責任ではあるが、それが出来ない背景がある。行政の内部事情である。
各種審議会等委員を民間からも選ぶことになっている。公募委員の制度もあるが、委員は個人でしかない。会の方向を左右出来る公募委員がどれ位おられるかは判らないが、なかなか困難なことではないかと推測する。仮に良い方向性が決められたとしても、実践されなければ「絵に描いた餅」である。

この掲示板は関係者にも読んでいただいている。時々ここにしか書いていないことを知っておられたりするが、今日も電話で「何で知っているの???」ということがあった。意識して書いていることと無意識に書いていることがあるが、無意識に書いたことを知っていただいていることは非常に嬉しいことである。
意識しないで掲示板やブログを綴ることが出来る日が、一日も早く来ることを望んでいる。

「腹にいちもつ、身体に荷物・・・」というのは疲れるものである。
誤解の無いようにしつこく言うと、腹に持たないお付き合いは、多少負担になったとしても苦にならないものである。

外人ボランテイアと専門資格  2007・6・24
本人は片言と言われるが、通じる日本語を話される。
日本に来て身内の介護経験もあり介護技術には自信を持っておられる。そこでヘルパー2級でも良いから受験したいと思っておられる。
試験にはペーパーテストもあるが、各国語で受験できるかは知らなかった。そこで出入りされているボランテイアセンター又は社会福祉協議会で相談されることを勧めた。

資格取得の目的は仕事に就くことではなく、ボランテイアの内容により専門性を生かすことが出来るようにしたいということであった。
今回のパーキンソン病友の会全国大会には富山からの参加ということになっていたが、その理由は、重度の方が上京したときに随分お世話になった事から交際が始まっている。
そのボランテイアぶりをさり気なく拝見していたが、さり気なくという点ではプロにも勝る気の配りようである。
私の場合ボランテイアと言って良いのかどうかは判らないが、良く見守りの必要な方とご一緒する。一緒に居ながらその行動を制約することなく、緊急時に手を伸ばせる距離に居れば良い。このさり気なくを心得ておられた。

介護に限らず危険予知能力は求められる。仕事に限らず生活の中にもこの危険予知は必要である。専門性のある危険予知もあるだろうが、生活の中における危険予知は一人ひとりに身についたものだと思う。それをさり気なく出来る状態がプロといわれる所以なのかもしれない。とにかく社会には危険がいっぱいである。

プロに限らずボランテイアにも危険予知能力は求められるが、それが「資質」と言われるものなのかもしれない。「資質=持って生まれたもの」を高めていきたいものである。

ハワイの深層水  2007・6・24
世界の大洋を2000年かけて廻ってきた深層水が北太平洋沖で一気に湧き上がるそうである。その深層水を水深1000メートルから汲み上げて、商品化されている。血液に近い成分バランスを持つ、美味しい水である。1日に100万本生産できる工場規模を誇っている。
そのビジネスの拠点施設とも言えるホテルで1泊した。

宿泊した日が金曜日だったのでお客は数組であった。貸し切り状態で楽しんできたが、これで商売になるのか心配な面もあった。翌日の宿泊者は約400名だと聞く。どうも土日が忙しいホテルのようである。
ビジネスの拠点のホテルであるから、ホテルのお客さんというよりは、ビジネスの一部としての接待であったようでもある。これで1泊5000円は確かに安かった。

翌朝そのビジネスの概要に関して簡単に説明をしていただいた。商品の生産規模は非常に大掛かりなものである。代理店・協力店といった流通システムでネットワークを作っていけば儲かる仕組みになっている。その代理店の接待に利用されるホテルのようである。愛用者の輪は拡がっている。

ビジネスには商品を販売するルートがあるが、深層水の販売ルートは口コミを狙っているようにも思う。使ってみて良ければ紹介するといったルートである。紹介すれば購入価格が安くなるという関係が代理店・協力店・愛用者の関係だと考えれば、女性に適した流通システムであると言えるのであろう。常温でも抵抗なく飲むことの出来る水である。
体調を壊していた方が復活した事実もあるが、今のところ水道水で間に合っている。

全国P病友の会全国大会に参加して  2007・6・23
先ずは開催地の役員の皆様ご苦労様でした。
専門職というのは良からぬ勘繰りをするものですが、その勘繰りが当たっていないことを密かに期待しています。
先ずシンポジウムのメンバーを見て危惧いたしました。一つの医療機関に偏りすぎています。果たして医療連携・ネットワークが構築されているのか心配になりました。現職の幅広い連携を試みているケアマネジャーが感じたことです。
ネットワークとは一機関では完遂されないものである。そのことを知っていただきたい。この点が一番心配であった。話の内容は先進的なものであり素晴らしいものであった。

私は「大学病院を核とした、医療ネットワーク」が出来上がることを期待している一人であるが、ネットワークいに関して一つの投げかけをして全国大会に臨んだ。もしかして、ネットワークということに絞って言うならば、知らない場所で、知らないネットワークが誕生する芽が誕生したのかもしれない。留守中に「お逢いしてきた」とメールをいただいていた。
そのメールには「・・・出来ることは何でも協力いただける、と言うことでした・・・。」ということである。
今協会の姿勢として、患者会に担当を貼り付けることを考えておられる。そのことは出発前に聞いていた。

保険・医療・福祉の連携は良く言われることであるが、何を・如何・連携するのかという点に関してあまり語られた記憶が無い。言い換えればどう連携すれば良いのか判らない状態である。
答えは簡単、専門職が患者会に関われば良い話である。患者の立場に立てば良い話である。
簡単に言うが難しいことでもある。

何故難しいかと言うと、連携の裏の関係がある。人によってはこの現象を「縄張り争い」と言われるような気がしている。行政関係でも「横列・縦列」のネットワークの話は出来るが余り好まれ内容でもある。
その理由は専門職毎の資質に関わる問題も大きいとは思うが、昨日の話を聞いた限りではネットワークに取り組む環境・背景の問題も大きいと感じた。
良い話しだけに、関係者だけの話で終わらせていただきたくない内容のように思う。

今電話をいただい方の医療の内容は、大学病院に担当していただきたい内容である。
搬送先の病院では対応出来ないので週明けに転院されるが、担当医は常勤ではない。前主治医が担当されることになる。
医療ネツトワークが必要な病状もあるが、本当の意味でつなげなかったことは残念に思っている。
面会謝絶ではないようなので、明日病室を訪問することにする。

後縦靭帯骨化症患者会設立に向けて  2007・6・21
HPがご縁で、患者会設立を目指される方と先日来メール交信をしていたが、昨日情報公表制度説明会に出席した帰りにお逢いしてきた。

情報の公表は事業者に義務付けられているが、公表するための説明会であり、公表された情報の取り扱いに関する説明会も必要だと思った。
利用者の「選択の自由を保障」する制度には違いないが、利用者(家族など)がインターネット検索で事業者を選ぶことは考え難い。やはり相談援助職が活用できるようにならなければいけないと思った。1ヶ月に1000件余りのアクセス数では私のHPのレベルでしかない。

そこで誰を対象に取り扱いに関する説明会を開くかということである。
情報取扱量の一番多いのは、行政自身でありその委託機関・在宅介護支援センター今は地域包括支援センターということになる。この行政ラインの関係者が「何故情報公表制度が法制化されたのか」を知る必要がある。
目的を持って制度は作られたが機能しない原因は「何故・・・」という理由を知らないからである。厚生労働省が言い難いことを言えば、こんな制度は必要なかったであろう。囲いこみの指摘・集中減算・情報公表などはセットになっており、一連の流れで理解しなければ制度は動かない。
ということで、行政側の制度活用説明会などを開かれることをお勧めする。


書き出しから横道にそれたが、
県難病相談支援センターに患者会設立に向けての相談をされたら、大学病院の専門医を招いて相談会を開いていただけることになったと言われる。先生自身の患者さんには声がかかるが後の拡がりがないような話である。
難病相談支援センターは厚生センター保健師ルートのつながりを主流に動いておられると聞く。県内の専門医と実りあるネットワークが出来ているのか先ず心配になった。職員は今年度全て変わられたと聞いている。

昨年春の難病センター研究会に参加しておられた職員と大学病院MSWをつなげておいたが、難病相談支援センターには大学病院を核とした医療ネットワーク作りが求められている。良い機会なので協働していただけないかと相談を持ちかけることにした。
ご無沙汰メールを送ったら快い返事が来た。早速お逢いしていただくことにした。MSW協会として患者会に担当者を置く準備をしておられるそうである。そう言えば、ALS相談会・患者会設立準備会に会長の病院から若い熱心なMSWが顔を出している。患者会毎に担当者を付けられるのかもしれない。

いずれにしてもネットワークは動き出しそうである。厚生センターラインの縦列のネットワークが職能団体の横列のネットワークに乗った。患者会も横のつながりであり、医療機関にはMSWが配属されている。
この協働をきっかけに大学病院を核とした医療ネットワークへと拡がりを見せてくれれば良いと思う。
先日紹介したケアマネジャーともお逢いされているし、今日早速MSWとお逢いされることになるのかもしれない。

良いネットワークが出来ていくことを期待している。

全国パーキンソン病友の会全国大会  2007・6・20
全国大会が6月21日〜22日に名鉄ニューグランドホテルで開催されるが、富山からは一行9名で参加する予定をしている。
富山県パーキンソン病友の会は2003年春に結成された会であるが、丁度1年目の春、インターネットを通じて事務局から誘いがかかりお付き合いが始まった。何故『介護問題』をテーマとした私のHpが目に留まったのかは未だに謎だが、その後の経緯から推測すると『ネットワーク』がキーワードになっていたのかもしれない。

最初は緩やかな連携から始まり、4〜5ヶ月目位に市長にお逢いしている。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2sitixyounionegai.htm
その半年後にNPO法人「難病ネットワークとやま」が誕生するが、その時には理事として参加させていただいている。
パーキンソン病友の会との本格的なお付き合いは、翌年難ネット主催の議員を囲む勉強会〜飲み会〜友の会高岡支部バーベキュー大会への参加が切っ掛けだったように思う。

そういう経緯の中で、今年度からは友の会の理事としても参加することになった。言い分は「難ネットの役員にも入っているから良いんじゃないの・・・」ということである。
その友の会が今年度から全国友の会に加盟することになった。その記念として、大勢で参加しようということである。
車が2台になるなら行くよ・・・ということで、運転手も兼ねて参加する。

日程は、21日午後 総会・夜 交流パーティー
     22日午前 体験発表・午後 シンポジウム→一宮泊
     23日午前 小一時間研修→帰路に着く
という内容だが、小一時間の研修は高陽社という施設へ泊まるからである。
上手に安いところを見つけて来られる。

そういった訳で、今月は提供表を早く配り始めた。
約半分終わったが、残りは来週で大丈夫である。
日曜日に契約一件、予防の更新サービス担当者会議もセットした。
もう一件、主治医意見書が遅れて月末に認定がずれ込むケースがあるが多分7月1日日曜日に担当者会議を開催することになる。何とかすれば何とかなるものである・・・が、終わってみないと予定は予定である。

入所の優先順位  2007・6・19
入所判定委員会資料として、本人の状況を点数化した統一判定基準がある。

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2honn-5-1.htm

このような問題にも前向きに取り組んでいた。隠しページであるので今、ページ内リンクを切った。

今日、爽やかな声で電話がかかった。「〇〇さん、要介護3ですが、家庭事情からみるとかなり優先順位が高いのですが、空きベッドは無いのですが、面接だけでもさせていただこうと思いまして・・・。」歯切れの良い声であった。
必要ならば医療情報や本人の状態もお伝えしたいから、面接には立ち会うつもりである。約1年前、入所・入院となると精神科病院を考えていた方である。増して何時爆発するか判らない難病(?)もかかえておられるので、ひょっとして在宅で私が抱えているよりも、医療経験豊富な管理者に預けた方が良いのかもしれない。私が関わっている難病とは少し違う難病である。


話は変わるが、過去にも一度スムーズな入所に関わったことがある。
このとき初めて、入所の優先順位を客観的に選ぶことの出来るシステムがあることを知った。県下の統一様式だそうである。
システムや道具がいくらあっても、システムが動かなければ何にもならない。そういう意味では公正な判断をしていただける施設なので安心し切っている。判断そのものを勘ぐらなくても良い施設である。そのことが爽やかな電話の声から伝わってきた。

これならいける・・・という実感を持ったが、入所が決まるということは退所者が決まらなければならない。特養ホームでヘッドが空くということは、9割方入所者が亡くなられた時であろう。それでも良い。受け入れていただける気持ちだけでも非常に嬉しい。入所に関する意見書には真実を書いている。

認定調査には立ち会わないが、入所面接には進んで立ち会う。入所しかないと判断したのは私自身であり、本人の状態も施設事情も知り尽くした上での判断である。
1年前は精神科入院しかないと考えていたが、良いことなのか悪いことなのかは判らないが、ADLの落ちた今、特養でも見ることが出来るのではないかと判断している。眠剤は使っているが、夜はぐっすりと休まれるようになった。

宇宙と応用化学2007・6・19
過去メールを探していたら面白い投稿を見つけた。ブラックホールである。

『宇宙、
例えば、地球を中心に見てみると、太陽系に属して、太陽系が銀河系に属して、銀河系のような星の集団が、数え切れない位集まって宇宙を形成しています。
宇宙そのものがブラックホールとも言われています。(光速をもってしてもその外には出る事が出来ない)
一方応用化学は、原子(分子)の特性を生かして、その組み合わせによって、新しい性質を持つ物質を(生活に有益な)作り出す科学です。
今から、大変なこじつけをします。
かって,科学者は挑戦した事が無いでしょう・・・。

原子は本人です。原子が集まって分子(家族親族)になります。その分子が集まって物質(地域社会)になります。
物質は目に見えます。(見えないものもありますが)皆様が日常利用しておられるものは物質です。
その物質を有効利用するのが、本人です。(ソーシャルワーカー・ケアマネジャーがサポートします)
自然界には沢山の資源があります。
また、未知の資源(宇宙)を発見(創造)する力をも持っているのがソーシャルワーカー(ケアマネジャー)です。
しかし、宇宙全体がブラックホールです。
限られた資源の中で、努力しながら生きて行くのが人類だと結論づけさせて頂きます。
というのが、社会福祉と応用化学の、「こじつけた」関係です。
応用化学は、原子構造(量子論)まで学びます。
元はと言えば、原子核と電子が、色々な現象を起こしているのです。
自分自身を大切に、そして「良い家族関係」をお作り下さい。』

分子に例えた家族関係を修復するのは勿論ソーシャルワーカー(ケアマネジャー)であるが、介護保険界全体が今ブラックホールに陥っているようにも思う。果たして誰が助け出してくれるのであろうか???
自浄の努力はしていただいてはいるようだが、やはり外部の力ということになるのであろうか???

如何にしてこの構造的欠陥を破壊するかということではなかろうか???

「選択の自由を保障する」市政への提案  2007・6・18
昨年11月13日、富山県独立型介護支援専門員ネットワーク協業組合設立準備会として、市担当部・課に提案を行なっている。その内容をHPで紹介している。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/nanbixyonextutowa-kutoyamakikakusixyo.htm

5ヵ月後その回答をいただいた。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/2tiikihoukatusiennsennta-notorikumi.htm

今日、「ケアマネサロン」として復活した相談会が開催されるが、自由参加の会であり、過去には集まりもそんなに良くなかった会である。
ご紹介した最初のページは、リンクページも全て読まれようとすると量も膨大だが、その内容を要約したのが「介護支援専門員」の原稿
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm
である。

今日は課長が交代されてはじめての全体の会合であるから、多分出席をされると思うので、市から発せられた文書の確認だけは行なっておこうと思う。
また、県介護支援専門員協会総会の祝辞の中で、県高齢福祉課長・県国保連事務局長から、情報公開制度は利用者の「選択の自由を保障する」ための制度である趣旨の発言もあったことを引用して、短くお話させていただこうと思っている。
市の回答書と「介護支援専門員」原稿は、民間事業所を中心にお配りしてあるが、今日は行政ラインの皆様にもお持ちしようと少し準備をした。

是非日本のトップランナーを目指していただきたいものである。

予防プランの暫定スタート  2007・6・17
要支援の判定が出た場合に再依託を受けることを前提に境界の方のプランを暫定スタートさせている。高齢者は思い立ったら気が短いから待っていただく訳にはいかない。その手順をご紹介しよう。

この手順は全てのケースに当てはまるのだが、申請時点で境界だと判断されたら、申請書コピーを地域包括支援センターに届け、「支援が出たら再委託してね・・・」と頼んでおこう。ついでに、「サービス担当者会議も如何ですか???」と言ってみて、出てきてくれるようならなお良い。ご指導いただきながら会議を開いておけば良い。

プランは居宅で書くプランだから、要介護1を想定して暫定プランを作成すれば良い。認定が要支援だったら予防プランの様式に書き換えれば良い話である。契約と居宅サービス作成依頼届出書は忘れずに提出しておく必要がある。これだけ準備すれば申請の日からサービスを利用することが出来る。(契約書にも代わるケアマネジメント申込書をいただいておかれればなお良い)

1件、地域包括が関わったら当事業所を指定された方がある。このケースでは担当者会議にも包括に同席していただいたので、丸っきり最初から遡って報酬をいただけた。認定が出る前の月は保険者が給付管理することになっているが、包括から交渉していただけた。担当者会議に参加していただいてスタートしていれば手順は全て整っているからである。これを教訓に誘ってはみているが出てきてはいただけない。理由は要介護が出れば無駄足になるからなのであろうか・・・主任介護支援専門員さんがご指導される格好の場だとは思うのだが・・・。

とにかく、要介護・要支援のプランには違いはない。残された本人の生きようとする力をどのように活用していくかという点においては、ケアプランに差はない。それでは何故分けられたのであろうか???介護保険法がスタートして6年間の実績の中にその答えはあるように思う。要介護者を作ってはいけないということである。

要介護者を作るということに関して、担当ケアマネジャーが認定調査を行っていては公正ではない。何回も指摘しているが、改善されては元に戻っている。担当者の調査を断っているので、認定調査も回ってこなくなった。更新に関しては事業所をクロスさせた調査が望ましいと思っている。しかしここにも「お局さん」がいるようである。調査員はプロであるから、初対面でも適正な調査が出来る。違っても1ランクの違いである。

要介護・要支援ということでは認定審査会も勉強不足であり、ばらつきもある。日内変動のあるパーキンソン病などの方に関しては頻度の大きなほうを見る。薬が効いている時間帯に車で外出されていたとしても、残りの時間はねたきりの方がある。この点も指摘したことはあるが、ON−OFFがはっきりした方に要支援2が出ることがある。仮にそのようなケースがあれば不服申し立てすることにしている。

このように暫定スタートが出来るから、そう深刻に考えるほどの問題ではない。しかし深刻な問題も横たわっている。
認定調査を受けた記憶が無いのに更新が終わっていると言われる。本人は何の気なしに言われたのであろうが、重大な問題である。通所時に何時も見ているから調査票を書くことは出来る。しかしこれが適正な認定なのであろうか?担当事業所が調査をしないことにしなければこの問題は解決しない。理念の低さに驚いている。

ケアマネジャーには「独立性・中立性の確保」以前の問題として「公正・公平」の理念も求められる。

独立開業は大変???  2007・6・17
開業すること自体はそう大変ではない。丸っきりのゼロから開業したが、法人登記をして指定申請届書を提出すれば良い話である。それだけの手順で独立居宅は開業できる。ただ、大手居宅(?)で帳票等の全てを作成していなかった方(事務員との業務分担)は書類作りに少し戸惑われるかもしれないが、そう心配したことではない。書類はソフトが作ってくれる。
しかし、事務員と業務分担すること自体が法の趣旨とは違うのではないかと思える。何故ならば昨年の法改正で、給付管理票に作成責任者の担当ケアマネジャー番号が入ることになった。ただ番号を入れれば良いということではない。責任の所在を明らかにしたということである。
地域包括所属法人の事務員から、事業者番号と介護支援専門員番号の問い合わせがあるが、如何なものかとも思う。(予防プランには明記している)

「独立性・中立性の確保」ということから言えば、独立した方がより確保出来ることは誰の目にも明らかではあるが、必ずしもそうは言い切れない面もある。このことは銘記しておく必要がありそうである。
それでは何が大変なのであろうか???その答えとして、ケースのルートを紹介しよう。

・認定調査(新規保険者調査になる前の分)      7件
・知人友人からの紹介(含む民生委員)        16件
・サービス事業所からの紹介(含むケアマネ交代)  19件
・患者会                            10件
・本人・家族                          3件
・地域包括支援センター                   1件

いわゆる行政ラインの行政の持つ個人情報からのケース獲得は15パーセントにも満たない。地域包括支援センターからの1件は、併設居宅にケースが集中して受けることが出来ないからという理由で来ている。
新規保険者調査になったのが全国に先駆けて2年半前であるから、言い換えればここ2年半はマイルートからケースを獲得してきていることになる。
ケアプランを書いたことのある相談件数を数えてみた。

この構造的な欠陥を解消して独立ケアマネが増えることを期待して、全国に独立化の勧めを発信した。

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/toyamakendokuritugatakaigosiensenmoninkixyougixyoukumiai.htm

このページの中には、現在日本の介護業界が抱える目に見えない氷山部分も含まれている。即ち構造的な欠陥である。その欠陥を招いているのが行政(ライン)自身であることは誠に持って皮肉なことである。

コムスン問題の陰に隠れてはいるが、東京都が区立特養を指定取り消しにしたことは明記するに値することだと思う。
掲示板やブログにお集まりの介護支援専門員の中には、いわゆる委託機関設置法人所属の方も多いと思うが、今一度介護支援専門員の理念に照らし合わせて、将来の日本のケアマネジメントの姿を考えて見られる良い機会なのかもしれない。

この構造的欠陥にメスが入る日も近いと実感している。

Re: ご意見を頂きたいのですが  2007・6・17
予防介護と言うのは結局介護保険制度以前の措置の復活でしょうか?

これは保健事業に入っていくように予測を立てています。保健センター事業と上手にリンクしていけば良いですね。だから予防プランの担当は保健師さんなのですね。

予防は少なくとも訪問介護の場合は措置の復活で会社法人の事業所では多くの利用者さんを取れないような気がしています。

予防の観点からの生活支援は難しいと思いますが、でも必要なんですよね。それなりにプランは整理されてきています。

・・・ラップ療法なんて「だめ」と言う方なら話にならない・・・。

ラップ療法は医療点数にならないのですか・・・。推奨している専門医もいますよ。否定している看護師さんは遅れていますよ。
点数にならないのなら介護でやっても良いわけ・・・なのかな?
また医療と介護の綱引きが始まりそうですね。

Re: ご意見を頂きたいのですが  2007・6・19
・・・厚労省はすわり心地のよい天下りの椅子を見定めているだけのようですね。

中央省庁は規制がかけられましたが、地方の構造が問題ですね。

ラップはサランラップが良いとか・・・。

Re: ご意見を頂きたいのですが  2007・6・20
komimi833 さん、早速ありがとうございます。

いつ貰ったのか解らないが年寄りの家には銀行からのもらい物が沢山ある。それを使わないとだめ。
それを使っても褥瘡が回復しない場合は、食事に問題があります。


そうなんですよ。もらい物で良いんですよね。
食事療法は重要ですが、komimi833 さんの得意分野ではないでしょうか?
ということはこれは医療ではないですね。
栄養指導と銀行で床ずれは直すことが出来ますね。

主治医を軸にしたネットワーク  2007・6・16
4〜5日前から脇腹からはじまって、順次下肢に痛みが転移してきたと言われる。どこかで聞いたことがある話である。病名はパーキンソン病である。
痛みは下肢を制覇したら上肢に移るのかもしれない。そして痛みが無くなった時に半身が動かなくなっているかもしれない。時期をおいて反対側に転移して、痛みが無くなったらもう半身も動かなくなっているのかもしれない。
辿っていただきたくない経過である。

主治医の神経内科医には言ってないということだが、他に整形外科とヘルストロン(内容は良く判らないが電気治療らしい)へ定期的に通っておられる。今回も痛みを感じて整形外科へ行くと、痛みの部分に注射をしてもらった・・・だけだと言われる。痛みが3〜4日続いている。
転倒した覚えも無ければ、痛みの原因は特定出来ない。もし考えられるとしたら筋肉痛かもしれない。原因が思い当たるようでもあり、そうでもないような気がしている。たしかに全身の筋力は使った。

私は医療機関のはしごは嫌いである。
医療機関によってはたらい回しをされることも聞くが、これも嫌いである。
複数の医療機関に掛からなければいけなくなったとしても、誰かが総合的判断をしていかなければいけないと思う。それが主治医である。
今そのはしご受診を整理する必要に駆られている。本人もその思いに立って主治医を受診したが、出張で留守であった。代わりに超ベテラン医師に診てもらえた。かなり年老いておられたが、権威のある医師である。

医療機関のはしご・医療リハビリのはしごから、無理なく通所リハビリに転換できないかと思っている。理由の一つには移動の安全性もある。

主治医の交代(2)  2007・6・15
主治医の交代に関して、方法をアドバイスした。指示はしていない。
先週水曜日に、受診の後希望の医療機関へ相談に行かれたそうである。アドバイス通りに相談窓口へ行かれたそうである。非常に丁寧だったとご報告をいただいた。私は一切働きかけはしていない。

今週月曜日に電話をいただいた。「主治医に電話で、以前かかっていた先生にかかりたいのだが・・・」と言ったら。「水曜日の受診時に紹介状を渡す・・・。」と言われたそうである。
水曜日の受診後、「紹介状をもらってきたので、来週の水曜日に受診しようと思っている」とご連絡をいただいた。「訪問看護がそのまま利用出来るかは判らないので問い合わせします・・・」とお答えし、翌日訪問看護ステーションを訪問した。時間差で2回訪問したが、最初は留守で、2回目は看護学生が留守番をしていたので、明日再訪問する事にした。

翌日訪問すると事務員さんがおられ、主任は週末まで出張だと言われる。予定表を見ると確かにそう書いてある。そのことが私に伝わるまでに丸1日かかった。事務員さんに来週の訪問看護の日が受診になるので止めていただくように伝えた。
この後も訪問看護を提供していただけるか確認出来なかったので、医師会の訪問看護ステーションを訪問した。「〇〇ステーションは外部の医師でも派遣していただけますか???」と聞いてみると「大丈夫ですよ・・・」という答えだった。「もし断られたらお願いね・・・」「大丈夫ですよ・・・」と。

「選択の自由を保障する」考え方は医療関係者には行き渡っているようである。

主治医の交代は私に打って付けのケースだが、医療関係者には軽く交わされてしまった。それなら何故、選択の自由が保障されていないのか詮索してみることにした。
専門職は専門教育を受けている。しかし制度の転換期においては、色々な資格がその受験資格になってきた経緯がある。私もその一人だが、通信講座から介護支援専門員資格を得た者もいる。
日本の福祉の貧困さはこの辺りから来ているのかもしれない。

介護支援専門員各位にはソーシャルワークの理念だけは身に着けていただきたいものである。

選択の自由を保障する  2007・6・15
北日本新聞の取材を受けたとき私は「選択権の保証」という言い方をしていた。掲載紙には「選択の自由を保障する」と書かれており、この言葉の柔らかさに引かれた。それ以降「選択の自由を保障する」と書いているが、この言葉が好きである。

その「選択の自由を保障する」ために、中学校校区別に整理したサービスマップを作っている。そして目に見えるサービス、通所サービスに関しては2〜3箇所選んでいただいて見学をして、雰囲気を感じていただき決めてもらっている。
実はマップは道具であり、見学は手段でしかない。「選択の自由を保障する」ためにはこれ以外にも必要な要素がある。それはケアマネジャーの経験からくる目と、ケアマネジャーの中立性である。その中立性を担保するために独立性が求められる。

先ず見学施設を選定する際に、本人に適しそうな施設をリストアップする必要がある。ここで重要なのは利用者のサービス利用の目的が何かということである。この視点を間違えてはいけない。
見学後は本人に選択を任せれば良いが、サービスの内容を知り、本人の選択の手助けをする必要がある。90%は予想通りの結果だが、押し付けるのと自分で選んだのとでは効果が違ってくる。このことを知っていただきたい。

私はケアマネジメントの最初の時点で大風呂敷を拡げる。可能な限りの選択肢の中から絞っていくわけだが、大方下方修正になるものである。そういう意味では良く作られた限度額だと思う。通常は介護度に合ったサービスしか必要無いのが現状ではないであろうか?勿論微調整をすることはある。

日曜日に一件新規申請の大風呂敷の暫定プランの説明に出かけるが、今日はその下準備、見学の日である。事業所名の書いてないケアプラン原案はもう出来ているが、今回の原案には選択肢も明記した。
車の運転がそろそろ・かなり前から危なくなっている方だが、車に乗るなとは誰も言えない。そこで車に乗らなくても良い方向性をプランの選択肢に盛り込んだ。後は順番に消していけば良いことだが、消すのは本人である。

言い難いことを遠まわしに判っていただけるように努力しているのはケアプランだけではない。介護保険下の現状に関しても遠まわしに書いてきたが、そろそろ一つずつ消していく段階に入っているのかもしれない。
最後の残る言葉は「理念」なのかもしれない。今専門職の「理念」が問われているのだと思う。

ステロイド治療  2007・6・14
4日間の治療が終わってはじめての受診に同行した。4日目に入浴され痛みが出たが、痛み止めでもう痛みはない。本人は治ったつもりでおられる。
通常4週間に10錠処方されていた痛み止めがもう3錠しかないと言われる。治ったわけではない。大学病院から転院された時、前の主治医は「手に負えない」と言われたそうである。それでも1年余り元気(?)に過ごされた。現在の専門医に変わって2ヶ月が経過した。所属は大学病院である。

痛み止めを長時間効くカプセルに変えようとパソコンを打たれたが、当院にはその薬は無かった。そこで錠剤を1日2回出すことにして再度打ち出すと、3週間分は出なかった。予測だが2週間1回の通院が必要な薬のようである。
そこで1日3回にして次回受診日までの3週間をつなぐことになった。(果たしてこれは不正投与なのであろうか・・・)

現在月1回(4週に1回)の予定で受診送迎の計画を立てている。介護保険で出来る事業者がいない送迎である。移送サービスの運転手に薬の関係から、次回からは3週間に1回の通院になるかもしれないことを伝えた。主治医は通院困難な方だということはご存知である。無言の内に、可能な限り譲歩していただいている。

通常出すことの出来ない薬が増えていくことは病状の進行を意味する。この痛み止めは麻薬である。本人との話の中で「癌」という言葉がずいぶん出て来るようになった。担当したころ本人には内緒にしておいて欲しいということだったが、本人はご存知だった。

在宅生活の限界が何時の日訪れるかは判らないが、その日まで何とか支えたいものである。

HPからのメール  2007・6・14
日頃かなりきついことを書いているので、目に見える距離からのメールは滅多にない。介護保険事業者としては本当に久しぶりである。
自らも難病患者の方だったので、難病ネットワークとやまのネットワークを使った。私が出向くことが出来るのは来週になる。

人的ネットワークは地元よりも張り巡らされている。適任のケアマネさんも紹介しておいた。ネットワークの背景もわかるので、適任者を見付けることも容易である。
地元なら自分で動くからネットワークも必要ないのかもしれないが、それにしても寂しい現状である。

来週復活したケアマネサロンが開催されるが、そこでテーマになるのは県介護支援専門員協会総会での行政側からの祝辞の内容であろう。ならなくてもテーマにしようと思う。「選択の自由を保障する」という言葉が行政関係者から出ているので格好の機会である。

「選択の自由を保障する」目的で全国の介護保険事業者に情報公開のための新たな負担を求めているが、これも費用負担のすり替えである。
大きなものでは介護保険料である。膨れ上がる医療費、破綻寸前の医療保険を救済するために新たな負担を求めたが、当事者はこのことを理解しているのであろうか・・・医療関係者から関連する言葉を聞きたいものである。(こちらは社会的入院や薬を求めた利用者側にも責任の一端はあるが・・・)
昨年の情報公開制度説明会の会場で「独立ケアマネさん大変ですね・・・」と労いの言葉をいただいたが、「これで利用者が選ぶことの出来る制度になれば良いですね・・・」と答えておいた。
果たして行政ラインの現場からこの言葉を聞くことが出来るのであろうか・・・。

地域ネットワーク・地域福祉コミュニティー作りに関して話が出来る背景が早く出来て欲しいものである。先ずは構造的な欠陥をクリアしていただきたいものである。

Re: HPからのメール  2007・6・14
usagi112770 さん、お久しぶりです。(こちらでは)

10年経つとベテランになれるかと思ったら、そうではなかった。
案外10年経つと疲れてくるものです。
時々「もう、適当でいいわああ〜、なんとかして〜」の心境になる。


専門職でもそうだと思っています。
ケアマネさんなどが特にそうなのかもしれませんが、「勉強してきたことと違う・・・」と現実に悲観しておられる方もありますね。

適度な妥協が出来ない。パーフェクトの介護状況を維持しなければ納得できない。
これもまた問題である。どちらかというと私は後者であの手この手で工夫してきたつもりである。


充分判っていますよ。
でも少し手抜きをしてもいいかもしれませんね。
昨日お逢いして、一言二言お話してきました。

ところで、携帯へのメールへの返信かと思ったのですが・・・
20日情報公表制度の説明会に富山へ行きますので、その時にでも寄ろうかと思います。
というわけでまた車を置いていきます。昨日はありがとうございました。

富山県介護支援専門員協会総会  2007・6・13
先の臨時総会で協会に改名してからはじめての総会が開催された。規約改正案も無事承認され、個人加盟の協会に向かって第1歩を踏み出した。
議事に先立って県高齢介護課長・県国保連事務局長から祝辞をいただいたが、話の中で情報公開制度に関して触れておられた。「選択の自由を保障する」という言葉も出てきたが、偶然かもしれないが地方紙にこの言葉が紹介されたこともあり、かなり行き渡った考え方になってきているものと思う。余りにもスムーズに聞き取れる言葉でもあるが、聞き逃している方もあるのかもしれない。
情報公開制度は利用者の「選択の自由を保障する」ために創設されたものであることを明記しておきたい。

午後からは「地域包括システムの構築をめざして」と題した基調講演が行なわれた。講師は北海道大学 大学院 医学研究科 医療システム学教授である。
教授は問題点は触れないことを前置きして講演が始まったが、非常に軟らかな話だったのでどの程度の方に問題点が判ったのか心配なところである。私には良〜く解る話である。

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm
コムスン・区立特養が氷山の一角だという話を先に書いたが、パソコンのディスクトップの背景に氷山を選んでいる。多分好きだから意識しないで選んだのだと思うが、氷山の写真を5年余り見ている。
参考までに、氷の比重は約0.9であるから見えている部分が約10%である。残り90%は水面下で見えていない。
何度もご紹介している「介護支援専門員」の原稿は、その見えない部分を書いたものである。
教授の話からこの構造的欠陥を聞き取った方がどれ位いるか心配なところである。

構造的と書いたが、法は出来上がっている。法運用の段階における構造的な欠陥である。解決方法は簡単である。行政ラインが浄化して、今日の教授の話からこの問題点を聞き取ることの出来る資質を持ち合わせた職員が委託機関に配属されれば良い話である。自ずと地域のケアマネジメントの質・サービスの質は向上する。そうはなっていないから構造的な欠陥なのである。

今日の祝辞は介護支援専門員に向けたものである。行政担当者や委託機関職員の前でお話いただきたいものである。
午後の記念講演時には県在宅介護支援センター・地域包括支援センター協議会の研修と同時開催ということで参加人数は増えたが、情報公開制度が「選択の自由を保障する」ために創設された話は、むしろ午後の方が良かったようにも思う。

昨日も電話がかかっていたが、市町村別に情報公開制度の説明会を行なっておられるので、機会があればこのことを発言するかもしれない。しかしこれは一独立ケアマネが発言することではない。行政自ら正していただきたいものである。

骨髄腫  2007・6・12
そう長くないであろうと言われていた方に関わってからそろそろ1年半になる。
先月末から脇腹から移動して腰の痛みを訴えられるようになった。
先週の受診時、レントゲンから腰椎の骨がくっいてしまっている状態が確認された。
原因を解明するためには骨髄を検査する必要があるがもう出来ない。そこで主治医から提案されたのがステロイド治療である。4日間大量のステロイド剤を服用して様子を見るというものであった。免疫力が低下するので、充分に気をつける必要があった。

昨日で治療が終わっていることと訪問看護師訪問日なので訪問すると、ご機嫌が良い。痛みはほとんど無くなったということである。
実は昨日、もう良いだろうと入浴されたそうである。主治医は安静とまでは言わなかったが、免疫力低下の話はしておられた。やはり入浴はきつかったようである。

無理が出来ない身体であり、肺気腫で在宅酸素も使用しておられるのでアパートの4階から車椅子二人介助で階段昇降介助を行っているが、今日の看護師の体重測定で5kgほど軽くなっておられた。「別に気遣いされなくても良いですよ・・・」とは言ったが、5kgの違いは大きい。
移送専門機関が出来ないと言われるので、福祉移送運転手と如何なる条件下でも移送をしてきた、元福祉施設職員・現担当ケアマネとで階段昇降介助を行なっている。

今月は月2回の通院になるが、明後日再度通院することになる。
余命数ヶ月と言われた方が1年半生き延びられた。まだまだ大丈夫のようだが、病気が病気だけに何時のことになるかは判らない。持って生まれた寿命を目いっぱい生きていただきたいものである。
今日は痛みもなくなり笑顔も見せていただいた。

某ジャーナリストへメール  2007・6・12
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm

「介護支援専門員」1月号が届いた頃、某氏から某ジャーナリストのブログを教えていただいた。メールで投稿誌を送りたいが、何処に送れば良いか問い合わせてみたら・・・ということであった。

今回のコムスン問題は、介護保険の構造的な欠陥から見れば大したことのない問題である。一ワンマン経営者の問題でしかないが、しかし重大な問題でもある。
昨日放映された番組で某ジャーナリストは、この問題を氷山の一角と捉えていた。正に氷山の一角なのだが、氷山の姿が見えていない。そこで氷山の姿、構造をお知らせすることにした。

ご紹介したページには関係文書へのリンクもはってある。リンクまでお読みになればその全容はお解かりいただけると思う。これだけの背景がありながら何故改善されないかということに関しては、一部専門職にも責任がある。しかし人によっては「雇用」と「理念」を天秤にかけることになるからお勧めはしないが、その現状で良いとも思っていない。そこでたどり着いた結論が、理念高き民間事業所により協業化出来ないかということである。

措置から契約へ大転換した介護保険だが、転換したのは負担方法の変更であり、情報の取り扱いから言えば未だに措置時代の体制が継続している。
この構造の欠陥を公正取引委員会も指摘しているが、未だに解決を見ない。
この構造の欠陥こそが責められるべきではないであろうか?

サービスの質ということで言えば、コムスンは全国に先駆けて24時間巡回型ヘルパーを開始している。最近は24時間対応出来るヘルパー事業所も増えているが、これはコムスンの先進的な実践の成果ではないであろうか?これを社協が実践すれば日本の福祉も随分良くなるのであろうが、未だに定時から定時である。
「定時から定時では生活を支えることが出来ない」と社協を飛び出して開業しておられる方もある。

今回厚生労働省はコムスンを処分したが、東京都は区立特別養護老人ホームを処分対象にした。区立特養には天下り管理者もおられただろうが、英断であったと思う。全国に数ある天下り管理者の皆様には心していただきたいものである。
公正取引委員会に報告しても良いような委託機関も見ているが、その前に市町村の英断をお見せいただきたいものである。

見上げてごらん夜の星を♪♪♪  2007・6・11
何故かは判らないが数日前からこの歌を思い出している。
http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/i_miagete_goran_yoruno_hoshiwo.htm
メローディー付きのページを紹介する。
昭和38年といえば豪雪の年であり、東京オリンピックの年だったと記憶しているが、多少前後するのかもしれない。
その坂本九さんの第一作が「上を向いて歩こう」である。
星に例えた「星座理論」も好きだが、現在の介護保険界には上を向くことも必要なように思う。ケアマネジャーには大きく地域を見回して業務に取り組む必要性を感じるし、それがソーシャルワークにもつながるものと思う。

上を向くこととは、その専門領域において理想の姿をイメージすることだとも思う。介護・福祉における理想の姿とは、介護・福祉を必要とする方を地域ぐるみで発見して、地域に存在する数々の社会資源を利用して、対象者の生活を支えていく姿ではなかろうか。また法にもこのような姿が描かれている。
ケアマネジャーの更新講習にソーシャルワークが取り入れられていると聞くが、そもそもケアマネジメントはソーシャルワークの一部分であるが、介護保険法に位置づけられた介護支援専門員にはこの分野の話を聞かれた方は少ないのかもしれない。

私はケースを担当すると先ずその方の生活のスタイルをイメージする。ここに大風呂敷も出てくるのだが、大まかな生活の形、支援の形を第1表に現しておけばそう度々プランを書き換えする必要は無い。
その方向性に合意いただいて始めてケアマネジメントが始まるのである。
この時点で利用者側も上を向いていることになる。

時には夜空を眺めることも良いと思う。

歩くことが出来ないから自動車で・・・。  2007・6・10
歩くことが出来ないから自転車で・・・という危険な方を担当していたが、自転車にも乗ることが出来なくなった。今はおぼつかない歩行で家の周りを徘徊される。目的が無いから徘徊である。

一昨日主治医意見書が出来たとクリニックから連絡をいただき自宅を訪問したが、寄り道をされていたそうでお会い出来なかった。窓口の空白の2日間をカバーするために、日曜日に訪問した。月曜日の申請には間に合った。
主治医意見書の書類は先月渡しておいたが、なかなか出来て来なかった。緊急性のあるケースではないのだが、急ぐ必要のあるケースである。理由は出来る限り早く車を運転しなくても良い状況を作り上げるためである。
今日の相談でも子の妻から、社会的にも危険を振り撒いているから運転は止めてほしいという言葉が出た。

ここまでは大急ぎで対応したが、サービス提供には順序があるから次の日曜日に家族同席の上でケアプランを説明することにした。本人の日程の合間を縫って、用具の吟味と利用予定施設を何ヶ所か見学することにした。
本人の関係でも介護保険事業所を開設しているところもあるのでその事業所を最優先することにしたが、パーキンソン病に良いとされる機械リハビリは実施しておられない。これから先は本人の選択だが、機械リハビリを行うとなれば主治医の同意も必要である。

日程的には順次ということになるが、今日相談申込書をいただいたので、車に乗らなくても良い相談は進めることは出来る。先ずは、ヨーガ教室・リハビリジムへ通う手段をボランテイアで対応出来るように話を進めようと思う。2本杖で歩行されるが、腕の力もなくなっているので見るからに危ない。これも早急に改善させる必要がある。
リハビリで元気になりたいと医療リハビリやマッサージ、電気治療などにも通っておられるが、主治医からの治療ラインを作り上げる必要がある。この整理は順次になるが、車に乗らなくても良い方法を提案していく予定である。そして最後に来るのが通院であるが、リハビリジムから通うことにすればボランテイアに依頼しても良いと思っている。ガソリン代だけは本人負担である。

これだけの準備を一週間で済ませれば良いのだから、そう急いだ内容でもない。ADL的には要介護2だと踏んでいるが、自家用車で自由に(?)外出しておられるだけに、要支援も視野に入れておかなければいけない。
地域包括支援センターへは「支援になったら委託してね・・・」と申請書コピーを届けておくが、認定結果が如何出ても良いように、暫定スタートを切ることにする。

ALS患者会からMSW総会へ。  2007・6・10
何時もは時間を追っているのだが、昨日は時間に追われる一日であった。
もう一人時間に追われているMSWがいたが、最近はよく顔を見る。

患者会では元保健師(今でも保健師だが)の口腔ケアの指導があった。日本の教育の一環に歯磨きがあるが、保健師としても歯磨きを推奨されてきた。しかし方法が違うということで、口腔ケアを広めるために独立しておられる。良く口の回る講師であった。
内容はこうである。
「歯は磨かなくても良い。歯を支えている歯茎と粘膜をマッサージすれば良い。そのことで歯周病菌が除去されて健康な口腔を維持できる」ということである。金さん銀さんが100歳まで元気でおれたのは、歯茎がしっかりしていたからである・・・そうである。そう言えばたくあんを歯茎で噛み切る方の話を聞いたことがある。
早速今朝やってみたが、口腔内がすっきりとしている。歯ブラシをぬらさないで、ご使用中のねり歯磨き(子供用の方が研磨剤が入っていないから良いということ)を歯ブラシに刷り込んでお試しください。
ブラッシングは歯の方向に沿って軽くマッサージするようにすれば充分です。


県MSW協会総会後「医療ソーシャルワーカーと資格制度をめぐる諸課題」と題して講義が行われたが、歴史的には古いこの職種の資格制度化が遅れている背景には色々な問題が潜んでいる。医療と福祉の狭間にある職種だけに資格化が進まない。
社会福祉士・精神保健福祉士と共通科目を同じくして、専門科目で分けようという養成教育のプログラムも描かれているようである。
全国組織として日本医療社会事業協会があるが、日本協会と地方組織との連動が上手くいっていないことも手伝って現状があるようだが、社会福祉士・精神保健福祉士資格は10年の間隔を置いて誕生しているが、精神保健福祉士資格誕生から10年目の今年度、果たして誕生出来るのかという内容であった。
病院の相談窓口も二極化している現状もあるが、組織のあり方に関して考えさせられる内容でもあった。
とにかく医療法改革の情報を先取りしたいと思い参加させていただいている。

患者会にも中央集権型の組織や地方分権型の組織があるが、果たしてどちらが良いかということでは決めかねるが、ボランテイア参加する身としては顔の見える組織に参加するほうが納得出来るように思っている。
かと言って本部が弱体化しても困るので、地方組織が団体として中央組織に加盟する形がごく自然なのではないかとも思う。

・・・不正受給 都、指定取り消しへ  2007・6・8
東京都文京区の区立特別養護老人ホーム「くすのきの郷」を運営する社会福祉法人が、雇用契約のない外国人を働かせ、介護報酬約4000万円を不正受給していたとして、東京都は文京区について、介護保険サービス事業者の指定を取り消す方針を固めた。

http://mfeed.asahi.com/national/update/0606/TKY200706060413.html

厚生労働省のコムスンの処分に続いて、東京都が区立特別養護老人ホームの運営にメスを入れた。
次は公正取引委員会が重い腰を上げるのではなかろうか。

調査報告書(報道発表資料)
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.march/02031301.pdf
研究会報告書
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.november/021120.pdf
をご参照いただきたい。

メディカルレビュー社「介護支援専門員」2007・1隔月刊投稿原稿
『居宅介護支援事業所の立場から 
             地域包括支援センターに期待すること』
では、地域ケアマネジメントの体制作りのためネットワーク作りに関して書いたが、同時に地方行政の姿勢に関して書いたものでもある。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm
『赤信号、皆で渡れば恐くない』が通用しない段階に入ったのかもしれない。

委託機関に配属されている職員の良識と理念が求められている。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/2tiikihoukatusiennsennta-notorikumi.htm
利用者の『選択の自由を保障する』ためにも是非実現していただきたいものである。

「私がいなければ来れないので・・・」  2007・6・7
アパートの4階から移送サービスの運転手と車椅子介助で受診支援を行っているケースがある。

ケアマネジャーは利用出来る社会資源にもなり得るという実践を行なっているケースが2件あるが、そのうちの1件である。介護報酬を請求しても良い内容だが、現行法にその内容はない。公的制度に方法がありながら、出来ないと言うから行なっているだけの話で、「出来ない」と言う介護保険事業者は、その分野の指定を受ける資格はない。やる気が有るか無いかだけの問題であり、他所に出来ないことを行なってこそ指定の価値がある。そういう意味ではコムスンにも劣る。(不正はいけないが・・・)

今日受診の迎えに行ったら、先週位から腰が痛いと言われる。無理をしたらいけない方なのだが無理をされたのかも知れない。理由はともかく主治医に伝えておかなければいけない内容である。受診時ポイントだけはお伝えした。
結果レントゲンで確認の上飲み薬によるステロイド治療を行うことになった。4日間連続大量のステロイド薬の服用である。コンピューターに弾き出された量は大変な量であった。飲むことが困難だと主治医は判断されたのだろう「つぶす」と処方箋には書かれていた。(コンピューター画面で確認していた)

そこで次回の受診日を2週間後では・・・。ということになった。ケアマネジャーとしてはじめて医療(?)の内容に口を出した。「2週間後だと出張で私がいないのですが・・・」と。
結果来週の受診になったが、主治医にははじめて私の役割をご理解いただけたのだと思う。毎回お会いできることをお約束した結果になった。私も主治医が必要になったら選びたい方である。(ご本人は女医が嫌いだと言われるが、たいした理由は無い。)

ということで、移送サービスの時間も調整して、結果現行通りの時間になった。この移送は私達しか出来ない移送サービスである。
サービス=ボランテイアの考え方も持たなければ介護保険に民間が参入した意味は無い。
介護保険法は国民に新たな負担を求めて民間参入を認めた経緯があることは充分承知している。言い換えれば福祉に民間が参入したということである。未だに行政ラインでグルグルの現状を見て、一番考え直さなければいけないのは行政自身だと思う。

希少なのかもしれないが、ケアマネジャー自身が「利用出来る社会資源」にならなければ福祉を実践出来ない例もあることを頭の片隅に置いていただきたい。
福祉は市民全体に対してのものである。一部しか見ていない行政の無知を指摘しておきたい。ディスクワークでは福祉は誕生しない。

主治医の交代  2007・6・6
病棟不信のまま退院された方がある。慢性閉塞性肺疾患の方で在宅酸素使用者である。急な退院だったので退院後、対応出来る一番早い日に訪問看護に入っていただいた。病院併設訪問看護ステーションである。

初回のサービス提供時にはほとんど同席させていただくことにしている(勝手に行くのだが・・・)。出かけようと思ったときに電話がかかったが、そのまま電話をしながら車を発進させた。交通違反である。
自宅に着いて電話を切り、家の中へ入ると異常な雰囲気を感じた。39度を越える高熱であった。主任看護師が薬を確認して・・・「抗生剤がない・・・」と。
救急外来で診察を受け、抗生剤も処方された。

後日相談をいただき、医療機関を変えたいということであった。
在宅酸素の関係もあるので退院後第一回目の受診のあと、希望の医療機関へ相談されることを勧めた。
今日がその受診日だったが、来週もう一度受診の必要があると言われる。来週の訪問看護はストップしておかなければならない。
希望の医療機関へも相談に行って来られ、「紹介状があればなお良いということであった」とご報告いただいた。これこそ好都合である。
来週の受診時に、今までかかっていた医師にかかりたいと紹介状を依頼すれば良い話である。

主治医を替えることが出来ることは先にお伝えしておいた。利用者(患者)の「選択の自由」である。
ケアマネジャーも同じこと、自由に変えていただいて結構である。
今日の相談は替える側への相談である。替えられる側が如何言うかはこれからの課題である。
妥当性のある主治医の変更に関して意見を述べさせていただいた。担当ケアマネジャーとしては妥当な判断だと思っている。

幸いHOT事業者も同じだということで、スムーズな変更が出来る。
訪問看護に関しても変更後の医師から、病院併設の訪問看護ステーションに依頼書を書いていただけるということである。
まことにもってスムーズに行き過ぎた筋書きだが、後は流れに任せて良いように思う。

♪川の流れに身をまかせ・・・♪
である。

人生の意味  2007・6・6
小児ガンの一種「神経芽細胞腫」で幼い命を亡くしたご両親がこの度出版された闘病記
〜小児がんと闘うすべての人のために〜
のはじめに「・・・人が生まれて死んでいくことには必ず意味があると思っています。・・・」と書かれている。
数多くの写真が中心になっている闘病記であるが、その写真からは病と闘ってこられた本人・関係者の心を感じ取ることが出来た。どの写真を見ても笑顔があふれている。逆境の中での笑顔である。
人生の意味、その意味を自分自身に問いかけた時にどのような答えを出すことができるのであろうか?

現在私は数々のネットワークの中に生きている。
ネットワークの基礎はインターネットである。
その拠点事務所インターネット会議室
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kannbann.htm
から多くの情報発信をしている。
患者会の皆様やマスコミが好んで訪れる(と言っても多くはないが)事務所である。

居宅の事務所は自宅だが、この開店休眠中の「会議室」へ毎朝来ることが日課になっている。掲示板投稿やブログへの返信の数多くはこのパソコンから発信されている。
事務所の二階が開きスペースになっているが、簡単な脇床を作った座敷になっている。現在の主の先々代が宮大工で、日本に一つしかない銘木で床の間(脇床)が作られている。この座敷が先々代の宮大工の生きてきた結晶なのかもしれない。
近い将来その結晶を取り壊すことになるかもしれない。
ネットワークは形に残らないが、何か形に残すことが出来るとすればそれは事業として残す他に手がないように思う。

人生の意味を私自身に置き換えればそれは権利・義務の問題だったのかもしれない。仕事の上でも「告知」に対しては敏感な対応を行っている。人と人との対等な関係作りも意味ある人生のためには必要なことだと思う。
「公正・公平・中立」といった相談援助職に求められる姿勢も権利擁護の立場から出た言葉でもある。
そのような視点から見るとやはり現状は可笑しい。
その可笑しなことを正していくことも、人生の意味なのかとも思う。

混沌とした情勢ではあるが、何故か心が晴れている。

篠竹(すずたけ)  2007・6・5
県内から能登にかけて山菜の在り処を良〜〜〜くご存知の方がある。
パーキンソン病と言われていた方だが、昨年春頃から病状の進行が早く「違うんじゃない???」という見方もあった。何とか大学病院受診で「大脳皮質基底核変性症」(の疑い)と診断されたが、関連疾患ではあるが全く病気が違う。その方が最後の伝達を行なっておられる。
昨年淡竹(はちく)を採りに行かれたということだが、今年は篠竹だと言われる。竹と笹の違いはあるが、竹の子・笹の子のようである。(如何なる物かは見たこともない)

先日難ネットの総会にご一緒したとき、友の会会長に電話していただくように伝えておいた。今電話をいただき、今週土曜日に行くことになったと言われる。一緒に行かないかと誘われたが、その日は午前も午後も予定が入っている。午前中ALS相談会・午後MSW総会である。残念ながらご一緒出来ない。しかし誰かに伝えておいていただきたいデーターである。

昨年の何時頃だろうか、ノートを見せていただいたことがある。カレンダー式に、何時の時期何処へ行けば何があるかがメモされている。メモを見ても何処かは判らない。一緒に行って伝達する必要がありそうである。何時まで続くかは判らない状態なので、出来るだけ早い方が良いだろう。是非、メモから場所が判るようになるまで通っていただきたいものである。

ケアプランは身体状況の変化に即応出来るように柔軟なプランを書いている。柔軟というのは可能性のある全てのニーズを拾い上げ、全ての段階に移行できるプランである。大風呂敷を拡げることと良く似てはいるが趣旨が違う。
大風呂敷は「選択の自由を保障する」方法であり、柔軟なプランは状態に応じた選択である。状態に応じた選択が出来るように幅広いプランを書くこともある。

週末に山菜取りに行けないのは残念だが、相談会・総会にも楽しみがある。
どの世界にもあることだろうが、両方の会で「マドンナ」にお逢い出来る。「マドンナ」の働き次第で会が良くもなり悪くもなる。
「マドンナ」を活かすことも知っているが、見渡す限り「マドンナ」はいない。これも悲劇なのかもしれない。(いや、確かに資質のある方は存在している。活かす人材がいなかったのであろう)

決して今からでも遅くはないと思うが、別の方向へ羽ばたくのも良いかも知れない。もしかして今年の秋にご一緒出来る可能性はある。その仕掛け人になっても良いような気がしている。
不可能ではないネットワーク構想が今浮かんだ。実現していたら素晴らしいことになっていたのであろうが、ここにも人事の悪戯があったように思う。

やはりソーシャルワーカーがいなかったということなのかもしれない。
もう遅いだろうな・・・。

入所の選択  2007・6・5
ゴールデンウイーク明けに入院になった方があるが、今回の家族の選択も入所であった。
入院中に数回病室を訪れているが、最初は夜中に大声を出されるということで付き添いを求められていた。子の妻と嫁いだ子が交代で付き添いをされていた。
先日の訪問時には鍵付きのパジャマ(?)に変わっていたので認知症状が進んだことを察知した。ご本人は病室にいながら「病室に連れて行って・・・」と言われる。「ここは病室ですよ・・・」と言うと「こんな納屋みたいなところは嫌だ・・・」と言われる。

昨日の連絡協議会総会・研修会の間に電話が数回鳴った。色々予測しながら合間を縫って電話をすると入所の話であった。一安心して終了後訪問する事にした。

ちょうど1年半前のことだが、歩行障害・排便障害でねたきりの生活になってしまった。その時に入所の話も出ているが、在宅生活を継続することにしている。その間介護者も高齢化してきている。
先日病室を訪れた時には、もう限界かな???とは思っていたが、今回は逸早く入所申し込みをされたということであった。そこで入所に関する意見書の依頼である。

特養時代の経験からも男性の入所は困難である。約90%が女性であるから、部屋割りの関係からも入所者数が決められているような言い方だったと言われる。約1割の男性ベッドが空くときは亡くなられた時であろうから数年先になるのかもしれない。
今は個室も出来ているからある程度柔軟な対応は出来ると思うが、それにしても時間がかかるものと思う。
意見書を下書きしてみたが、緊急性を如何書き表そうか苦慮している。家族介護者がある場合には入所も難しい現状があるが、何とか理由付けをする必要がありそうである。

以前、現在入所中の方の入所の必要性を見直すことを提案したことがある。
施設が出来れば先ず満床にすることを先決に充分な吟味は行われていなかった経緯がある。歴史ある施設はそうでもないのだが、新しい施設ほどその傾向がある。満床になれば入所待機者があふれる現状は変わらない。特にわが市では、措置時代から県下の施設に措置していた経緯がある。絶対数が足りないわけである。

入院中の病院では何も言っていないということで、しばらくは入院生活を送ることが出来るだろうが、先を読んだ話もしておいた。入所の意思が固まったわけであるから、病院から話があった時点で行動を起こせば良いだろう。
いずれにしても終の棲家を特養に選ばれた(家族が)訳であるから、アドバイスだけは続けていく必要があると思っている。


話は変わるが、重度障害者の短期入所施設がないことから、ホテルなどでレスパイトが行われていると聞く。制度が無くても作っておられるそうである。
問題の原点は気持ちの問題。家で看ようと思えばどんな方法でもあるものである。

難病相談支援センター  2007・6・4
地域包括支援センターもそうだが、法や制度を動かすために色々な機関が設置されることになっている。難病相談支援センターの設置目的の一つに、都道府県における難病支援がスムーズに行われるように、大学病院を基幹病院とした医療ネットワークの核の役割が求められている。厚生労働省が進めている研究事業と直結した機関でもある。
所が変われば変わるもので、厚生センター保健師のネットワークの拠点機関としての役割を果たしておられるそうだが、これでは焦点がずれてしまっている。主体が誰なのか、何故必要なのかという原点の問題でもある。

在宅介護支援センターもそうであったが地域包括支援センターには地域におけるネットワークが求められている。ネットワークの目的は対象者を発見することと発見した対象者を支援する二つのネットワークに大きく分けられるが、難病相談支援センターにおいても同じことが言える。
対象者の発見は医療機関であるから、先ず発見のネットワークを作る必要がある。厚生センター保健師は支援者側に位置すると思うが、その他にも支援者はある。
患者本人の口から「一度は相談に行ったが、二度とは行く気にならないセンターであった」という言葉が発せられたが、理由はネットワークの方向性が間違っているからである。

全国難病連という組織があるが、難病相談支援センターを指定管理者制度で受諾している都道府県も目立っている。
支援者自身が公的な相談機関になってはいけないという例を在宅介護支援センター・地域包括支援センターで見てきているが、公正・中立であるはずの機関が偏った運営を行なう理由は、一つには専門職の無知(それしか知らない)もあるが、営利に絡む理由(囲いこみ)もある。

ネットワークが機能するためには公正・中立の立場を堅持することと、関わる専門職の暑い情熱、機関機能の正しい理解が必要だと思う。
ネットワークの要に位置する各位には、その目的と機能を正しくご理解いただきたいものである。

北風と太陽  2007・6・3
難病ネットワークとやま総会終了後参加者の交流会に移った。
交流会では病歴や思うこと等を順次発表しながら、参加者のおかれた状況や行政の対応に対する今後の取り組み・方向性などを探る会になった。
唯一患者ではない患者会理事として参加している私にも発表の機会が回ってきたが、テーマにしたのは「ネットワーク」である。

この会にもう一人ケアマネジャーが参加している。義母がALS患者ということで患者会設立に全面的に協力しておられる。今年度からは社員にもなっていただいている方である。その言葉の中に「北風と太陽」の話が出てきた。私の話の内容も「そろそろ暖かい太陽のぬくもりを送って、ベールを脱いでいただく方向へ転換しようと思っている。」という内容に合わせた。
実は「北風と太陽」という言葉を聞いた時点で、過去に掲示板に書いている記憶があったからである。
今探し当てて返信を書いているのだが、この投稿はBCCメールのコピーだった。以下にコピーする。

と思って投稿しようとしたが、2000文字を超えてしまった。
返信の形で、コピー再投稿することにする。

Re: 北風と太陽  2007・6・3
今日発信したBCCメールのコピーです。
(ここから)
各位宛
二上 浩 @介護問題研究会議です。

少しお寒い現状を見ています。
「御用も聞けないケアマネ」というのは聞いたことがありますが、「訪問もしないケアマネ」がいたとは理解に苦しみます。また、「おかしい」とのご連絡を受けて行ってみると、日付のない契約書がただ1枚。初回の通所サービスがあっただけで、2回目がないので問い合わせると「あなたの場合は、利用できるようになったら施設から連絡します・・・」と。この方には他に利用したい施設があったのですが押し切られたようです。自社サービスしか知らないケアマネもかなりの数になるものと思われます。
もう5年も前になりますが「虚構」の中ですでに書いています。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/zaitakukaigosiennsennta-.htm
囲い込みは便利なんですよね。訪問も必要ないし、ケアプランを作らなくてもサービスがスタート出来るし・・・。

介護保険制度で尾辻厚生労働大臣が「一から見直さなければならない」という見解を示しました。簡単な見直しではないようです。
ご紹介した例はケアマネジメント手法が採用された介護保険の原点の問題だと思います。この原点が崩れ去っていればケアマネジメントの質の論議など出来るはずがありません。せめて法改正までに、「一」まで達していたいものだと思います。

先日基幹型在宅介護支援センターで「認定調査が唯一のモニタリングの機会だったケアマネさんもいるようだし、ケアマネジメントリーダーで対策を話し合ってみられたら如何かと思いますが?」と謎賭けしたのですが、この問題は政策がどうの・・・という問題ではないと思います。ケアマネジャーになる以前の問題、
http://www.os.rim.or.jp/~dentist/care/tekiseido/tekisei.html
このレベルの話だと思います。

先にケアマネ相談会で6月に改正された消費者基本法の話をしました。
http://www.houko.com/00/01/S43/078.HTM
商品を見てから契約するのが世の習い、常識の範囲ではないかとも思います。
ケアプランがその商品カタログと考えまし、介護サービスは消費サービスです。また、この法には行政の責務も明記されています。利用者の権利擁護のためにもその責務を果たしていただきたいものだと思います。なされるがままじっと我慢をしておられる利用者もあるということを明記いたします。
そして、「指定居宅介護支援等の事業の人員および運営に関する基準」に介護支援専門員が実施しなければならない業務が明記されています。そして13条には減算項目も含めて掲げられています。やるべき事をやらないでケアマネジメント報酬を請求されているとしたら、これは詐欺、利用票のハンコがどうのというレベルの問題ではないと思います。ハンコなら訪問しなくても用意できます。


地域包括支援センター(仮称)の構想が浮かび上がっていますが、これと前後して「ボランチ型在宅介護支援センター委託申請(案)」
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/boranntigatazaitakukaigosiennsennta-sinnseisixyo.htm
を担当課主幹を通じて提出してあります。同構想に中には、(ブランチ=横だし)として、自治体独自のサービスを推奨する方向性が示されています。地域づくりをしながら、「介護問題」の発見から解決にむけて取り組むことが出来る体制を作っていきたいと思います。「待つ福祉から発見する福祉」へ向って何かお役に立つことが出来るのではないかとも考えています。

介護保険関連法は制度としては出来上がっていると思います。ただ、その制度が法に従って動いているかということに対しては大きな疑問を持っています。上意下達の手法はあまり好みませんので、現場から、関わる専門職の自覚によってその方向に向うことが出来れば良いと考えます。また、個人を攻めることは意に反しますので、介護業界一緒にレベルアップを図ることが出来れば良いかとも思っていますが、ことと次第によっては行政主導の方法も致し方ないのかな???と思ったりしています。

暖かい春風を贈ることができないかと考えています。
(ここまで)

かなりおさえて書きました。

ボランチ型在宅介護支援センター『高岡発・介護問題研究会議』
URL:http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/

風邪かな???と思ったらすぐ・・・。  2007・6・3
数十年前のコマーシャルのキャッチフレーズを思い出したが、「風邪かな???」が流行っている。
31日・1日と2件続いたが、もう一件老夫婦もそれに続いた。妻は入院になったということだが、一番風邪をひいていただくと困る方である。

間質性肺炎という難病と仲良くして来られたが、風邪をひいてしまうと内からと外から(どちらが内でどちらが外かはご想像に任せるが)肺胞の内外から病魔が迫ってきている。非常に危険な状態である。
通常でも手を動かして家事などを行うと咳が出る症状があった。綺麗な空気の中で静かに生活するしか方法の無い方である。症状が進めば在宅酸素を使用することになる。その方が風邪をひかれた。

夫も寝込んでおられたが、こちらはこちらで特殊なストマーを装着されているので、万が一のために訪問看護に交換の手法を練習していただいている。
夫婦協働で交換してこられたが、妻が入院した場合には毎回交換に訪問看護を入れるプランになっている。大丈夫か聞いてみたが、一人で大丈夫だと言われる。少し不安もあるが、出来なかったら電話をいただくことにしておいた。

どこかで歯車が外れると生活を継続できない方がかなりある。
そのような中を生活が出来るように渡り歩いているが、「介護者休養」とは良く使う言葉である。休みながらのんびりと介護を続けていただきたいが、老夫婦のケースでは、片方に何かあれば片方に手当てをしなければいけない。

先の2件は解決したが、一番最後に舞い込んだケースは少し尾を引きそうである。

ケアマネジャーの仕事  2007・6・3
開業前に担当課と懇談した中に「給付管理はケアマネジャーで無ければいけないのか」という内容があった。実際、事務員が給付管理を行っている実態を知っての質問だったのであろう。この実態が全国規模だったことの証として・・・か、先の法改正ではケアマネジャーに背番号を付け、担当件数も明確にされた。ケアマネの交代(担当替え)も事業所の中で行なわれていた実態もあった。

民間居宅立ち上げに協力してきたが、ケアプラン第1号が入った。先にソフトの大まかな使い方は説明しておいたので利用者・事業者等の登録から各帳票は出来ていた。しかし連動しない。連動しない理由はケアプラン作成手順が省略されているからである。担当ケアマネを登録・指定してソフトが動き出した。
次に提供票が出来ないと言われる。ケアマネジメントの手順として、利用者に確認印をもらってから提供票を作ることになっている。その手順通りに行えば自動的に提供票・別票は出来る。たった一つのボタンを押せば出来ていたので、ご本人は感激していた。

ついでに月末には給付管理をしなければいけないので、給付管理票の作成から伝送処理までを説明しておいた。インターネットで接続したソフトなので、私の事業所のページを開いて実際に帳票もお見せした。
一通りの説明は終わったのだが、来月もう一度行く必要がありそうである。

この方は地域包括併設居宅におられたベテランケアマネさんなのだが、給付管理業務には関わって来られなかったと言われる。事務員さんが給付管理を行っておられた。
使い慣れれば便利なソフトなのだが、慣れるまでが大変なのかもしれない。ケアプランソフトの一連の流れがケアマネジメント手順であることなどをご理解いただけた。

私は担当ケース数に匹敵する位の事業所に出入りしている。居宅を併設しているところも多いが、委託機関併設居宅はケアマネ数も多い。その大半の顔を事務所で見ることも多いが、事務の大半を事務員が行なっているとすれば、果たして事務所に仕事があるのだろうか・・・。
山間地を担当している某君は車が事務所だと言った。朝事務所を出て夕方帰るまで、パソコン持参で記録も全て車の中で行なっているのであろう。

過って私が台帳を民生委員単位で整理していたのは、訪問の方向を決めたら数冊のファイルを持ち出せば良いことが理由であった。
現在も支援経過の中に「お元気訪問」という言葉が出てくる。ふらっと訪問することもあるが、何か予感がするのかもしれない。行けば行ったで問題が発生していることもある。向かった方面から電話がかかることも多い。
ケアマネも歩けば棒にあたるものである。

主治医も替えられる。  2007・6・2
急な発熱が2件続いた。

急に28日の退院が決まり訪問看護の日程調整を行ったのが退院当日であった。出来る限り早い時期に・・・と昨日の訪問看護を決めたが、初回訪問に立ち会おうと訪問予定時間に自宅に向かった。
家に入るなり、慌しい雰囲気を感じた。39度の熱が出ているということである。家族によれば昼頃から可笑しくなってきたそうである。
医療機関併設の訪問看護ステーションなのですぐに主治医に連絡を取り、救急外来で診察を受けることになった。その時に薬を確認して「抗生剤が無い・・・」と。
受診の結果、特に異常が無いということで抗生剤は処方された。

夜電話がかかり、「ケアマネジャーを替えることが出来るように、主治医を替えることが出来るか・・・」ということである。良くご存知である。
医療機関や医師を選ぶことも患者側の選択であるから「出来ますよ・・・」と答えておいた。紹介状が無ければ3000円程度であったと記憶しているが、窓口負担が増えるだけの話である。
訪問看護は市医師会訪問看護ステーションでも対応していただける。
入院中から家族と病棟との歯車が合っていなかったこともあるが、退院援助もスムーズにいっていなかった。場当たり的対応に振り回されてきた。
抗生剤が無いことに関しては家族の中でも話が出ていたそうであるが、予想した通りの結果になった。

医療機関を変えることに関しては介護者夫婦で話し合っていただくことにしたが、名前が上がった医療機関と医師は昨日お逢いしていた医師である。そして余計なことだが、主治医意見書がなかなか出てこないリストに上がっている医師でもある。
世間が狭いだけの話だとは思うが、ここ数日医療に関係する話の中で名前が上がった医師だけに、これも何かの因縁なのかもしれないと思ってしまう。

今晩にでも家族も含めた話をまとめて、情報を仕入れておくことにしようと思う。在宅酸素も関わる問題だけに、介護保険の請求と同じように請求に関して取り決めがあるのかもしれない。ご存知の方があれば教えていただきたい。

開業のキッカケ  2007・6・1
4年余り前担当課と意見交換を行っている。HP公開から1年半、介護保険法が施行されて約2年経った時点での懇談である。その時の内容を掲示板から引用する。

『市の高齢介護福祉課主幹と基幹型在宅介護支援センターの二人のメンバーと計4人で意見交換して、今帰りました。
私の方からは
〇私の実践は、特養ホームの生活指導員の考え方をそのまま地域に持ち出した事。
〇台帳は、地域の対象者と地域の資源(サービス・機関等)利用状況を町内(民生委員担当地域)別にしたものと、校下別利用者を一覧出来るものの二種類あった事。
〇委託の様子でしたので、経営管理者の考え方を、「在宅介護支援センターは独立機関である」と変えて行くのは行政の責任である事。
〇適正なケアマネジメントと云う事で、囲い込みや架空請求など、背信行為に関する事
〇在宅介護支援センターは地域福祉の要であり、困難事例を進んで担当して頂きたい事。
〇ケアマネジメントとは介護保険だけでなく、あらゆる社会資源をマネジメントする事。
〇社協地域福祉担当者との連携
〇相談協力員との協力
〇関係機関との連携の必要性
〇保健・医療・福祉の退職者の地域でのボランテイア協力。
〇在宅介護支援センターは福祉全般のパイプ役であって欲しい等などに関して、意見交換させて頂きました。

これに対して、
〇管理経営者に対する説明会も開いているが、問題の原点は、この点である。
〇地域で、ミニデイサービス等を生活支援として考えている。
〇介護保険給付管理はケアマネジャーで無ければいけないのか???
〇人材の問題
等など、市が考える問題点も話して頂けました。

ゆっくりあわてず新事業を進めて頂く事を、一市民としてお願いすると共に、今後の情報交換とメールでの連絡を今後させて頂く事。
HPを「ボランチ型在宅介護支援センター」と位置付けているので、「介護問題」の解決困難なケースに呼んで頂ければ、出来る限りの協力をさせて頂く事を申し上げて帰ってきました。』

どんどんと逆行する現状から、この4ヵ月後に受験→独立開業の決意をするのだが、この頃聞いた言葉に「ケアマネさんは良いのだけど、施設管理者がね・・・」という内容があった。一部ケアマネさんには当てはまるが、どんぐりの背比べではないかと思っている。
介護保険法施行から6周年記念に、自らの活動で引き出した方針

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/2tiikihoukatusiennsennta-notorikumi.htm

に向って、意識の高揚とオープンな地域を作り上げていただきたいものである。

病識のない難病患者  2007・6・1
呼吸器系に爆弾を抱えた病識のない方があるが、1〜2ヶ月に一度のペースで高熱を出される。
家の前を通りかかると薄くなった頭を直射日光にあぶっておられたり、寒い日にも浴衣で家の前辺りをうろついておられる。歩行も不自由になってきているので、徘徊とまではいかないが、徘徊である。
自転車に乗ることが危険になった・・・という頃からのお付き合いだが、これも危険であった。歩くことが出来ないから自転車で徘徊されたが、何度も転倒して危険な目に合われている。しかし危険予知能力はその頃から無かった。

この1年間で一週間程度の入院が2回あるが、2回目の入院では入院の時点で治療のための身体拘束を求められた。妻に同意を促がしたが、妻も中等度の認知症である。

昨日デイサービスから熱が出ていると電話をいただき出先から直行したが、かかりつけ医に電話で相談しておいて頂くように伝えた。折り返し、午後休診らしい・・・という電話があり、総合病院へ行くことにする。走りながらなので、妻に〇〇分位で迎えに行くから準備しておくように電話を依頼した。家は病院の途中にある。
ということで病院までスムーズに行くことが出来た。

診察の結果、座薬・抗生剤点滴・投薬で様子を見ることになったが、その座薬・点滴が大変だった。主治医も「点滴できるかな???」と言いながら、結果急速点滴になってしまった。
別居の子にも駆けつけていただき自宅で申し送りをしてきたが、それにしても強い方である。9度近くの熱を出しながら、歩行は何時もに増してたどたどしいが、反抗心はそのままである。指示をされるのが嫌な方である。
受診経過の中で一度だけ「あなた自身のことでしょう・・・」とたしなめたが、お構いなしであった。

「わが道を行く・・・」今一番幸せなのは本人自身なのかもしれない。

このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです

主治医意見書は誰の責任か・・・。  2007・5・30
6月末で認定期間が切れる要支援2の方の更新申請の代行を行なおうとした。主治医意見書は今月7日に依頼しておられるが、2週間目の受診時には出来ていなかった。そこで昨日(29日)催促の電話をされた。依頼から3週間経つが出来ていない。
そこで意見書は後日ということで申請する事にした。意見書が遅れれば認定も遅れるわけだから責任の所在が明らかになる。それはそれで担当ケアマネとして、面子も保てる。

窓口で「意見書の無い申請は受け付けないことになりました・・・」と言う。「???」である。
開業前から各種掲示板で論議を重ねていた(素人なのに)が、主治医意見書を料金後払い郵便で郵送していただく(主治医から)システムをとっている保険者(市町村)も多いと聞いている。根拠は介護保険法

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H09/H09HO123.html

である。

『   第二節 認定
(要介護認定)
第二十七条 要介護認定を受けようとする被保険者は、厚生労働省令で定めるところにより、申請書に被保険者証を添付して市町村に申請をしなければならない。この場合において、当該被保険者は、厚生労働省令で定めるところにより、第四十六条第一項に規定する指定居宅介護支援事業者、地域密着型介護老人福祉施設若しくは介護保険施設であって厚生労働省令で定めるもの又は第百十五条の三十九第一項に規定する地域包括支援センターに、当該申請に関する手続を代わって行わせることができる。

3 市町村は、第一項の申請があったときは、当該申請に係る被保険者の主治の医師に対し、当該被保険者の身体上又は精神上の障害の原因である疾病又は負傷の状況等につき意見を求めるものとする。ただし、当該被保険者に係る主治の医師がないときその他当該意見を求めることが困難なときは、市町村は、当該被保険者に対して、その指定する医師又は当該職員で医師であるものの診断を受けるべきことを命ずることができる。  』


別に私が違法のことをしていただきたいと言っているわけではない。本来なら行政が行なうべき主治医に求める意見文書が依頼から3週間経っても出てこないから、認定調査を先に行われたら如何ですか・・・と言っているだけである。
料金後納郵便の話は2年ぐらい前に担当者に話しているが、これは責任の所在の話である。行政(保険者)に責任があるから後納郵便の封筒を作っている。この認識の差が全てにおいて現れているものと思う。主体の取り違えである。

窓口で議論する内容でもないので、後程時間が空いた時に担当主任に電話で伝えておいたが、善処していただけるものと思う。そこで出てきた話が、特定の医療機関からの意見書が遅れていた(る)と言われる。医療機関と聞かれたから主治医の名前も伝えたが、これは内部の問題である。先ずは内部機構から整えていただきたいものである。
利用者にその責を求めることは許されない。

公的な場で「意見書が無い申請は受け付けません」という話が出れば、法解釈において激論を交わすことになるだろう。その方がケアマネの意識高揚につながるのかもしれない。

Re: 主治医意見書は誰の責任か・・・。  2007・5・31
ケアマネドットコム
http://www.care-mane.com/blog_detail/blog_id=74&id=3451
に返信を頂いた。

『kaigoken さん。
当市は認定申請書に主治医はどこですか?と聞く欄があります。保険者はその欄に記載されている医師へ意見書の依頼をします。主治医がいない場合は保険者が意見書作成をしてくれる医師をさがすことになります。
ですので、ケアマネは申請書に被保険者等々を添付して代行申請すれば申請は受理される仕組みです。』


その返信です。

『うちの市では主治医さえわかっていれば申請は受理されます
あとは主治医の意見書が出ない場合は保険者から担当医に督促をしてもらっています』


これが本来の姿なのですよね。
何を考えているのやら・・・と言うより無知ですね。
意見書が出ない病院・医師のリストに市民病院がありました。(話の雰囲気で)
内部の問題ではないのですか???と言っておきました。

サービス事業所へは認定が遅れることを伝えましたし、地域包括へは実績を届ける時に伝えておきます。今度は要介護かもしれないと思っている境界の方です。

総会の時期  2007・5・30
難病ネットワークとやま・市介護サービス事業者連絡協議会・県MSW協会・県介護支援専門員協会と総会が続くが、21〜23日は名古屋で開催される全国パーキンソン病友の会総会・体験発表会へも同行することになった。

そんな中6月更新者が2名残っていたが、昨晩その一人から意見書が揃ったと電話をいただいた。今日2名とも申請することにするが、認定が下りるのも月末になる。内1件は要支援で更新される可能性が高い。
来月も月末までバタバタしそうな感じになってきた。

居宅関係の総会は市連絡協が先行するが、県については臨時総会で個人加盟の協会に順次移行する方向性が示されている。県から市町村への組織としての流れを作り上げることが今年1年の課題になるのであろう。

難病ネットワーク総会には、秋にALS患者会が発足する流れになってきているので設立準備会の皆様も参加される。少しずつ組織が大きくなりつつあるが、某薬品会社首謀のヘルスケア団体ネットワーキングの会ともリンクしていけそうな感じになってきている。

MSW協会は地域での定例勉強会も定着してきている。先日も患者会設立への協力依頼を行なったり、今後も難病支援にご協力いただけることになる。
主に個人的な協力依頼になってくるが、このメンバーも心強い。

昨年はこの総会ラッシュの頃、独立系居宅による協業組合設立の可能性も探っていた。秋には設立準備会の名で市にも申し入れをしているが、回答を頂いたのが約2ヶ月前である。もうしばらく状況眺めをして、次の行動に移すことにしようと思う。その時期を、医療法改正の全容が見える1年後に照準を合わせている。
それまでの間に少しは現状が変わるものと思うが、聞くところによると、変わってきている地域もある。

介護保険法施行時、居宅介護支援事業所をサービスに併設させた理由の一つに「サービス量の確保」が上げられていた。次回改正は法施行から12年目である。そろそろ本来の姿に移行する時期に来ているのかもしれない。
先の法改正時には、ケママネジメントの「独立性・中立性の確保」が一つの柱とされていた。

深刻な相談。  2007・5・28
スタンプラリーのまとめの事業所訪問をしているが、別名郵便配達である。
ただ郵便配達をしているわけではなく、利用者に会いに施設へ行く。
サービス提供責任者にお逢いしに事務所に入ったらケアマネから声がかかった。「お時間良いですか???」「良いですよ・・・」と。

新任のケアマネさんの口からALSの方を担当したとお聞きした。「本当は・・さんの方が良いと思うのですが・・・」と自信無さそうな声であった。サポートしますから勉強の意味も込めてやりませんか?と概容をお聞きした。
病名告知はしてないが、本人は薄々感じているみたいだと言われる。家族関係もお聞きして、子に告知の重要性をお伝えできないか聞いてみた。どうも殻に閉じこもっておられるようである。

患者会が結成される時期や相談会が定例的に開催されていること。昨年秋の講演会資料を渡せないか等も聞いてみた。一応何らかの資料を準備することとして、難ネット事務局へ講義資料の余分が無いか問い合わせた。資料は充分にあるし、必要なら講義記録のDVDも提供していただけるということである。手元に一つは置いておき、必要ならばお貸しすることで、子と話をしていただくことにした。

講演会当日講師を相手に泣き崩れていた女性があった。
最近は本人(夫)と一緒に相談会に欠かさず顔を出される。この効果が患者会の行うピアカウンセリング効果だと思う。「一人ではない・・・」という心の支えが出来るのだと思う。
相談のあったご家族にも、患者会設立準備会(相談会)に是非参加していただきたい旨お伝えしていただくことにした。

今なら間に合う。正しい告知を受けて、良い人生を全うしていただきたいものである。

介護施設では限界か・・・。  2007・5・27
昨年の夏頃からそう言いながら作業(?)が進まない老夫婦のケースがある。妻に何かあれば家庭は崩壊する。別居の子の予定に合わせて入院出来る精神科病院を受診しておくことを勧めていた。

先々月その妻が介護疲れで倒れて、体調が回復するまでショートステイで隔離した。妻の認知障害もかなり進んでいる。
妻に休養を取ってもらいながら介護を続けていただこうと、夫のショートステイ利用日数を増やす相談を進めていた。来月から週一泊のショートステイを2泊に増やす合意を得ていたが、最近また元気になってこられた。一ヶ月かけて積んできた計画だが、土壇場になって「出来ない・・・」ということになった。そこで出てきたのが1泊・2泊を交互に繰り返す「折衷案」である。
デイサービスを週2日利用しているが、こちらも限界である。これ以上無理を言えない状況ではある。

認知症状と精神症状とは若干違うように思う。ボケても可愛いボケ方をしようと思ってはいるが果たしてどうなるのであろうか?攻撃的な行動が出る場合にはやはり精神科なのだろうか?行動を薬で抑えることが出来るのは精神科医しかないであろう。
言葉での促がしである程度の行動制約は加えられる。何故か私といる時は穏やかな時が多い。

精神的に不安定になる原因が、夜ぐっすりと眠れないことにあるようである。かと言って昼夜逆転でもない。昼も眠たくても眠れない状態があり、眠れないから不穏行動があるのではないかと言う。
そういう状態であるから夜中に何回も妻を起こすようである。妻は眠剤を処方して貰っているから、起こされれば朦朧としている。この蓄積が介護負担になってくるのだが、一緒にぐっすりと寝てもらう方法は無いものだろうか?かかりつけ医が夫婦一緒の町医者であるから相談していただくことにした。
そして次なる問題は、どうして飲ませるかという問題である。
妻の薬は分包したものに日付を書いて別居の子が管理している。これに眠剤が加わるとどうなるのであろうか?何か恐いものを感じてしまった。

病気が先か認知症状に対する施設対応の限界が先かは判らないが、大変な病気を抱えながら益々元気になっていかれる。病識がないとはこのことなのかもしれないが、老夫婦の前途には「波乱万丈」があることだと思う。
先を予測しながら、その時点時点で対応が出来るように、風だけは吹かせておかなければいけないと思っている。

介護施設では限界か・・・。(2)  2007・5・28
別居の子から眠剤が出せるか主治医に問い合わせをしていただけた。
薬の管理上の問題からも、家では危険だが、施設で使うのなら出すことが出来るという答えだった。
いずれにしても一度診察をしなければいけないが、本人が来ることは困難なようなので、今日往診していただけるということである。是非同席したいのだが、「困ったなぁ〜〜〜」である。

今日の午後先日来関わっている方が退院される。話がスムーズにいけば良いのだが、丁度往診の時間にHOTの機械が入る。明日からのデイサービスで酸素をどうするかという話が残っている。一人ケアマネはこのような時に困るのであろうが、代わりは誰もしてくれない。車で10分ほどのところなので、状況によっては掛け持ちしなければいけない。優先順位を付け難いが、敢えて付けるならば、命の源である酸素の確保である。

当然入院中に手配をしておかなければいけない問題なのだが、今回は歯車がかみ合わなかった。通常はこんなものなのかも知れないが、私がその立場なら全て頭の中でイメージを組み立てる。それを文書にすれば関係者が同じ視点を持つことが出来る。これがケアプランである。
先に手を打とうかと事業者を聞いても判らなかった。

余り好きではないが、場当たり的な対応しか方法がないので今回はその方法を執るが、もし時間がありそうなら往診にも立ち会うことにしたい。

一期一会  2007・5・26
県パーキンソン病友の会会長宅で毎年この時期になると標題のイベントが行われる。7〜8年継続して行われている会だが、今年のテーマは『草木染』である。自宅を開放しての会なのだが年々規模が大きくなって来ているようであり、2日間で300人余りの人が訪れるという。友の会会員も2日間に別れて昼食会に誘われている。
難病作業所「ワークスペース・ライヴ」からも作品を展示するということで難病団体にも声がかかっている。

日常的にヨーガ教室・リハビリジムに友の会会員が集まるが、ジムは農家の作業小屋だった建物の2階を改造して行われている。1階は土間で、囲炉裏を置いたり自然な飾り付けがされた心地よい空間なのだが、そこに1台の機織り機が置いてある。
誰か使える人がいないか探しておられるが、心当たりはある。夫婦で高山の合掌集落へ移り住み、草木染と機織りを営んでいたが、民芸品の制作では生活が出来ないと、帰ってきた方である。今は生活のための仕事をしておられるが技術はある。紹介することもあるかもしれない。

昨年招待されていたのは書家であり、目の前で希望の「書」を書いていただけたが、値段も張っていた。芸術である。
他にも掛け軸や絵画・生地再製の小物などが並ぶ。趣味を持つ方々の作品展示場であり販売もある。一言で表せば「趣味のネットワーク」展示即売会である。
さて、今年はどんな作品が並ぶのであろうか?明日の昼食会に誘われているが、作品展示のほうもお手伝いしなければいけない雰囲気になってきた。
「何時頃行く・・・」と投げかけはしてある。

今日・明日共に天気も良いようだし、のんびりと心の洗濯でもしてくることにしよう。

盛大な集い。  2007・5・28
「一期一会」に集まった人数は正確には判らないが、2日間で300人位というのは推測であり、もっと多かったかもしれない。
1杯100円のコーヒーの売り上げに1万円札があったことや、難ネットの平均500円の小物の売り上げに数枚の1万円札があった。コーヒー豆は途中で買いに走られたそうである。
焼そば100玉というのも焼く方が大変だったろうし、懐石料理の予約も3〜40食あったという。また、手作りのケーキも並んでいた。

会場設営も大変だったろうが、片付けは手伝ってきた。
今日のヨーガ教室に間に合わせるためにも、カーペットも敷いて来なければいけない。60cm角の色カーペットを部屋に合わせて切り込んであるが、1列ごとにまとめて片付けてあったので作業は早かった。
何とか元の状態に復元できたのは5時半頃だった。

最後までお手伝いいただいた三夫婦と一緒に抹茶をいただき懇談してきたが、ご近所の仲の良い方々であった。
部落内の集まりでもあり、難病団体の集まりでもあり、妻の趣味の会の仲間も集まっておられる。昨年は趣味の展示品もあったが今年は無かった。
「一期一会」も順次方向転換されるそうで、ソフトクリームや氷水なども検討しておられる。理由は子供の参加が多かったことである。機械をリースしているところがあるので、後日紹介する約束をした。

子供からお年寄りまで、人のつながりがあって集まっておられるから安心感がある。このような家庭が地域にあるのも良いものである。
7月25日にはパーキンソン病友の会高岡支部としてのイベントも予定しているが、7月もスタンプラリーを早める必要があるようである。
しばらく本業以外の用事が月末に集中する。

二つのSOS!!!  2007・5・25
夕方、介護を事業の角度から見ている彼が来て熱い討論を行なっていた。総務省への事業申請の結果がもうしばらくしたら出る。パンフレットに書かれた事業名は「ケアアシスト」だが実際は「ケア(マネ)アシスト」である。
話をしていて、歯の異変に気付いた。入れ歯ではないが、少し大きめなかぶせ物をしていた。そのかぶせ物がない・・・。多分飲み込んでしまったのであろう。そういえば夕方から胃がチクリ・チクリト痛んだ。数十年前に胃潰瘍を患った時のような痛みである。
果たして上手く消化?出来るのであろうか???
そうこう思いながら議論している最中に電話がかかった。本当のSOSである。話のまとめをしないで「今日はこれまで・・・」と車を車庫から出してまたの機会を約束した。

最初の電話で呼びかけているが応答がない。一旦切って車に乗り込んだ時に再度電話がかかった。「落ちそ〜〜〜う・・・」ということである。
行ってみると車椅子から立ち上がる力がない。「大分飲んだ???」「かなり飲んだ・・・」非常に正直である。
車椅子の後ろから立ち上がり介助をしようと思うが掴むところがないので腹帯(介助紐)を巻いた。狸さんなので腹帯が滑ってくる。「それじゃ介助しよう・・・」ということで介助でベッドに寝かせた。
要介護3だが、捕まる所が無ければ寝返りも出来ない。要介護4でも良いのだが変更は出さない。枠内で収めている。

2号被保険者だが、そろそろなので高齢者福祉のパンフレットを渡しておいた。市の緊急通報装置を65歳になると同時に勧めようかとも思っているが、まだ詳しい内容は聞いていない。
昨年までは在宅介護支援センターが一次通報先で二次通報先として近隣など関係者に連絡されることになっていた。担当ケアマネにしておいたこともある。しかし今年のパンフレットには「コールセンター」へ一次通報がいくことになっている。情報として○コ○を使ったということである。介助等を求めるSOSは有料である。(市が負担するのかもしれない)
話がつながってきているのだが、警備保障会社が断ってきた理由に無償で介護をしてきたことがあった。有料ならば出来たのであろう。
とにかく親子電話を入れて4回の通報の内、2回は救助出来た。通常なら私もお酒を飲んでいる時間だが、来客中でもあり素面であった。そのことを一番心配しておられた。
二つ目のSOSは本当のSOSであった。

一つ目のSOSの結果は、後日飲み込んだものが消化?(消化されないので)されてはじめて安心しても良いのだが、今日の午後飲み込んだとしたら、何時頃出てくるのだろうか?
詳しい方に是非教えていただきたいと思います。
途中で引っかかって切腹ということがあるのかもしれない。そうだとすればこちらのSOSの方が大変である。

患者会は支え手になれるか・・・。  2007・5・23
ということで、今日は先生に重度障害児(者)の医療ケア付きデイサービスセンター「つくしの家といで」を見学していただき、関係者と意見交換をしていただきました。
利用者ご自身との話は遠慮していたのですが、職員の配慮で頚椎損傷の方のお話を聞くことが出来ました。事故当時のことは頭が真っ白で記憶にはないそうですが、それから約10年間、閉じこもり・引きこもりの生活が続いたそうです。現在も首から下の感覚は無く、僅かに動く右手で電動車椅子を操られますが、その気持ちになられるまでが大変だったとお聞きしました。
心の支えと簡単に言いますが、本人自身が社会へ出て行こうという気持ちになられるのには、かなりの時間を要するものと思われます。

高齢者と障害者(児)の一番大きな違いは介護者の違いです。
サポーターチームの役割は介護者が閉じこもり・引きこもりにならないための効果も期待していますが、この点が高齢者と違うところだと思います。
「患者等の集まりは果たして当事者を支える支え手になれるのか・・・」という角度からの論文が今秋富山で行なわれる全国「難病センター研究会」で発表されますが、今日の出会いも、「それではこれから如何するか・・・」という問題提起の種になるのではないかと思っています。

患者会を中心に出来上がるネットワークは保健・医療・福祉ネットワークそのものですが、参加される方には制限があります。
何が制限になるかと言えば、専門職の心の問題です。是非心ある専門職の皆様にご参加いただいてより大きなネットワークを作っていきたいものだと思います。
その実践が行政を動かすことになるのかもしれません。

患者会(家族会)が行政に働きかけることによって、その成果は出ています。
やはり福祉は社会運動なのですね。そのことを確信できる会談でした。
そして手作りの美味しい昼食をご馳走になってきました。
特筆すべきは「ヨモギ豆腐」ヨモギをミキサーにかけて、とろみ剤で固めたデザートのような料理でした。料理に興味のない私が聞いたのですが、不思議な食感でした。
ごちそうさまでした。

重度認知症の方の見守り。  2007・5・23
見守りついでに日中一人にしておけない重度認知症のおばあちゃんを紹介しておこう。
火・金・日曜日以外の日中はデイサービスで過ごしておられる。主介護者は夕方遅くでなければつかまらない。本人に聞くと4時過ぎには帰ってくると言われるが、暗くなってからでないとお逢いできない。そこで朝駈けを行った。

火曜日は休みとばかり思っていたが、そういえば火曜日の利用を増やす方向で定員調整を行っていただいている。以前聞いていたかもしれないが(聞いていなくても職場を考えれば判るのだが・・・)休みは月・金曜日であった。そこで月曜日の通所は???(これも断片的に聞いていた)実は良いアルバイトを持っておられる。(これも仕事か・・・)
今頭の中で再アセスメントを行っているが、公金不正利用になるかもしれない。しかし、介護疲れと仕事の疲れを癒す方法だとしたら許されるのかもしれない。(理屈と膏薬は何処にでも着く)
ということで、週5日間の見守り体制に向けて順次進んでいる。

朝利用票を届けようとデイサービス(定員割れがあれば臨時利用)迎えの少し前に行くと、玄関は開け拡げ玄関に持ち物と鍵が置いてある。本人は自室の隣に置かれた座敷犬の檻の前で犬と戯れておられる。ズボンが半分下げられた状態なので中を確認すると、パンツタイプの紙おむつをしておられる。
トイレへ行ってみたら、少しは汚れがあるが何とか自分で出来たようである。流し忘れ(流してない)トイレの中には立派な排泄物が大量に沈んでいた。見るからに体調の良い形をしている。身体は非常に健康である。
そこへ迎いが来たので簡単に報告しておいた。

日中一人で家にいると、退屈なのか作業をされる。
先日も座敷テーブルの移動をして部屋の配置換えがしてあったということだが、このテーブルは銘木のテーブルであるから軽くはない。大層な力である。
それ以降膝が痛いということで何回か水を抜いてきておられるが、玄関先の階段だけは車椅子で降りていただいている。しばらくの間だからと車椅子持参・スロープ提供である。
同じ時期に手首の不全骨折(骨密度が薄く写真でも確実な確認は出来ない)もあり、寝たきりになりそうな時期もあった。家にいればねたきりになったかもしれないが、無理をして連れ出していただいた。そろそろ部屋の配置替えが始まりそうな体調に戻ってきた。

最初だけは病院へご一緒したが、今では家族のほうが慣れられたようである。心配もなくアルバイトをしておられるようにも見えるが、「介護」を長く続けるためにも必要なことなのかもしれない。
口の悪い夫とも楽しい会話をすることがあるが、言葉をかなりセーブしていただいている。

このような楽しい雰囲気での介護も疲れなくて良いものなのかもしれない。
本人あっての介護者なのだろうが、介護者あっての本人であることも忘れてはいけない。休養しながら、末永く介護をしていただきたいものである。

認識の甘い師長  2007・5・22
優柔不断でも困るけれど、思い込みの激しい方も困る・・・という感想が今日の病棟師長との話だった。

早期退院を目指す総合病院だから、一日も早く退院させたいと土・日に作業を進めてきた。月曜日にはケアプラン(原案)を届けたがあいにく休みであった。そこで代理者に届けておいた。
金曜日にお会いした時は方向性はお話していたが、師長の思い込みが間違いだとまでは指摘していなかった。何故なら、自分の目で確認していなかったからである。しかし、方向性はお話してあり、その後に親族個々の評価が出てきていたので、否定はしなかった。

残念ながら、病院側の想いと正反対の答えが出た。答えを出しているのに、思い込みを優先しておられる。「こんなもん貰ったって・・・」とはケアプラン(原案)のことだが、誠に失礼な話である。「在宅生活に戻ってこのような生活をするから、医療側としても準備して下さい・・・。」という文書である。
主治医は「見守りの目があったらこんな事にはならなかったでしょうね・・・」と。入院前の生活を否定しておられる。
そこで師長から出た言葉が「退院プランの組見直しですね・・・」と投げ捨てるように・・・。
いくら温和(?)な私でも、言葉が出そうになった。でも飲み込んだ。

今日の私は随分ヒントをお与えしていた。HOTの機械を実情に合わせて提供していただける(裏の)方法や介護力確保のポイントまでお話している。
無知な方にヒントを与えても判っていただけません。
さ〜〜〜如何しようと思っていた矢先の常識外れの言葉であった。
例えデイケアにしても、酸素のコンセント(何て言うのかな?)が設置してある所なんて・・・あるのだろうか?あると思っておられる。

2リッターの酸素量では1本の携帯酸素では5時間しか持たない。9時間の利用だから、1日2本は準備する必要がある。これをデイサービスへほとんど毎日届ける必要がある。1ヶ月40本にはなるだろう。そこでHOT事業者が如何考えるかである。「・・・は出来ない」と信じ込まれている。信じ込まれている以上、ご自身で勉強される必要がありそうに思う。
主治医は「見守り体制が無かったからこうなったのでしょうね・・・」という見解だった。

医療の世界も難しい。若い医師がベテラン看護師に判断を任せている。そう言えば今日の主治医は言葉数が少なかった。
ここにも「おつぼね」さんがいるようである。
誠に失礼な話だが、「二度と一緒に仕事はしたくない・・・」方であった。

ヒステリックな女性は好みではない。

もう一つの介護問題。  2007・5・22
初老期に障害を受け、障害者の生活をおくってきた方がある。若い頃から亭主関白であったのだろうが、未だに決定権は本人にある。(当然のことではあるが・・・)

年老いて病も手伝って段々生活が不自由になってきているが、本人の頭の中には「出来る」がこびり付いている。実際は寝たきりなのだが、生活は自立していると思っておられる。この気持ちは大切にしたい。
一つだけ本人に思い直していただきたいことがある。介護者の妻も一緒に年老いているということである。

子が同居しているが介護の手助けは大きく期待できない。妻が倒れたら大変なことになる。
私は「介護者休養」のプランを書くことが良くある。「書く」とは文字に書くことではない。イメージすることである。ケアプランのテーマである。
実務研修でケアプランに題を付けたことをご記憶の方も多いと思うが、この「題」がテーマである。
「死んでも良いから家に帰りたい」というテーマでプランを書いたこともある。

本人が問題のケースは、私が言う「介護問題」では無いが、介護問題に発展する様相を孕んでいる。「介護者休養」とはこのようなケースで使う方法だが、しばらく隔離してお互いの生活を見直していただく良い機会にもなるし、充電期間にもなる。隔離まで行かなくても生活の一部を代替することで充分その効果を期待することが出来るものである。とにかく外へ出て一時隔離する必要がある。
しかし外へ出ることを好まれない。

最近妻の顔に「過労」という二文字がにじみ出てきている。そろそろ限界かとも思っているのだが、どうも妻が倒れるまで我が侭をとおされるようである。その後のことまでは頭に無いようである。
今日訪問する予定にしているが、妻に「大丈夫ですか・・・」と声をかけてこようかと思う。自分の中に閉じも持った気持ちも「介護問題」と言っても良いのかもしれない。

相手を思いやる心の余裕が欲しいものである。

イエスマンは良い評価を受ける。  2007・5・21
家族・親族会議で真相が明らかになったが、介護・看護スタッフはイエスマンを高く評価する傾向がある。果たしてそれで良いのであろうか???
話は一方的に聞いてはその真相が見えてこないので、問題がありそうな時には必ず一緒にお逢いすることにしている。今回のケースは正にその実態を明らかにしてしまった。

病に倒れた父を引き取って介護しようという立場では、医療・リハビリの内容にまで口を挟むのは当然のことだと思う。これを「理解が無い・・・」と評価されていた。
私は一度お逢いしただけでこの評価に疑問を持ったが、その疑問が的中していた。生活の中でボランテイア活動も行っておられる方だからその言葉を信じていた。まだまだ人を見る目は節穴ではなかった。

入院まで同居していた子には、心の奥底に想いがあった。だからイエスマンで居ることが出来た。イエスマンというか、無関心だったのかもしれない。
先ずは家族関係の心の動きを掴む必要がありそうである。
結果、同居する嫁に負担がかかる格好になってしまった。嫁の自己主張があった。この気持ちも受け止め、後は同居するご夫婦で細部の内容を検討していただくことにした。別居する予定になっている妻を活用するのも一つの方法である。

年老いた夫婦が別々の生活をすることは好ましくないと思うが、今回はその問題には触れなかった。ただ、「夫が日中家にいる時は妻に通って貰っても良いんじゃないですか・・・」に留めておいた。ケアプランにこそ書いていないが長期目標は老夫婦同居である。
まだるっこしいボケたケアプランでも、その趣旨を伝えることは出来た。ストレートに書いていれば紛争が起きたかもしれない。嫁からのクレームもあり、先ずは筋書き通りである。

ということで、言ったことに素直に答えていただける「イエスマン」が必ずしも話の判った方ではないことを知っておいて欲しい。
このケース。ケアマネが無知だったら、大紛争になっていただろう。
一歩一歩、糸を手繰り寄せるように、その時点その時点での合意を得ながら、目標に引き寄せていただきたいものである。

決して一件落着とは思っていないが、色々な方法のたたき台。それがケアプランである。
ケアプランは文章ではない。

Re: 取り消しの前には廃業を!..  2007・5・21
komimi833 さん、お久しぶりです。

取り消し処分の事前監査がくると早速「廃業届けを出す」こう言うマニュアルになる。骨抜きマニュアルである。

どちらも困った現状ですね。良識派を集めようかとも思うのですが、絶対少数派ですね。でも「百匹の猿」現象があるそうです。

こんなホームページなんか誰も見ないしね。

こちらでは行政関係者に内容をチェックしていただいています。返信はいただけませんがね。
年度替りでHPアクセス数が減りましたが、その分見ていただいていたのかな???と思っています。その内にまた増えるでしょう。

「赤信号みんなで渡れば怖くない」につづいて「赤になったらやめればいい」ってとこか?

小耳さんらしい表現ですね。
厚生労働省の次のターゲットは果たして何処なのでしょうか?
そういえば保険者にもノルマはかかっていましたね。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/10/h1021-7.html

【(2) 大規模事業所等への指導監査 】
といえば、委託機関のことではないでしょうか?
もう2年半前に出された通達ですが、実施されたと聞いた覚えはありません。
ここにも天下りでグルグルです。

『介護問題』と相談手順  2007・5・20
昨日相談申込者とお逢いして、家族親族関係の概容が見えてきた。
家族・親族会議のメンバーの一人に連絡が取れないと言われる。この週末を逃すと退院が間に合わなくなるので、日曜日の午後を避けていただければ何時でも良いとお伝えしておいた。

話をつなぎ合わせ、利用出来る社会資源を集めれば、充分に介護・見守りが可能な状態である。暫定ケアプランと利用表試案を作って概算を出してみた。低めに見積もった介護度とドンピシャリである。メインとなるサービス事業所と費用の細かなところの打ち合わせも終わった。
あとは家族会議を開いてケアプランを完成させ、病院側と退院・日程調整の上、退院前カンファレンスにサービス事業者と一緒に出席すればプランは動いていく。が、家族会議開催でつまずいている。ここに『介護問題』があるのかもしれない。

概要は判ったが、今まで聞いていた話とは少し違う。そのいずれが真実であっても対応出来る方向で提案してある。連絡が取れない方にこの提案を聞いていただきたい。必ず納得出来る方向である。今日の夕方まで連絡がなければこちらから働きかけることにする。とにかく関係者の合意が必要である。

家族会議が開催されたと仮定しての日程だが、双方に異存のない折衷案が原案になっているから合意いただける(はずである)。
週明けには病院側と退院前カンファレンスの日程調整を行い退院に向けて動き出すが、それまでに暫定プランを関係者に届けておく必要がある。そのためにも(案)は昨日入力して、関係者にも根回しをしておいた。家族会議の後修正をして(案)とすれば良い。

今回はカンファレンスにケアプラン担当者も交えてサービス担当者会議とするが、契約はここで提示するケアプランに合意いただいてからということになる。サービス計画作成依頼届出書の提出は契約終了と同時に提出して、サービス提供が始まるわけである。
ここまでの相談・連絡・調整等は、「医療・保険・福祉等に関する相談窓口(ケアマネジャー)の申込書」で行なう。裏には当事業所の「ケアマネジメント実施要綱」が明記してある。

契約はケアマネジャーの商品であるケアプランをお見せしてからである。
これが通常の商取引であるが、ケアプランも作らずにサービス計画作成依頼届出書を出すことは暴挙に近い。プランを拒否されたら如何されるのであろうか???被保険者証に汚名が残るだけである。そのような事業所が多いことも事実である。

ケースに即応出来る体制作りは終わっているが、残るは関係者の合意だけということになる。この手順だけは後々のためにも是非踏んでおかなければいけない。
説明と合意とは関係者全てに対してのことであり、関係者合意の上プランを実行したいものである。

Re: 『介護問題』...  2007・5・20
fp_pf さん、

最初に持参するプランは原案なので
それを利用者・家族と一緒に練り直して正式なプランに修正します。
その正式なプランに同意を頂いてからサービス開始となるのです。


そうですよ。そのためには相談が必要ですね。
だから私は、相談の申し込みをいただいて原案を作成、当然修正もあるでしょう。結果合意をいただいてからの契約を行うためにも相談申込書をいただいています。
裏面にはケアマネジメント実施要綱も明記しています。

気に入らない事業者は『契約解除』すれば済むこと

契約解除を前提の契約は契約ではありませんね。
契約書も取り交わさず(取り交わす要素がないのに)サービス計画作成依頼届出書が提出されている現状があることを当然だとお思いでしょうか?

Re: 『介護問題』...  2007・5・20
fp_pf さん

私は作成依頼届出を契約の先にしたことは有りませんし、有り得ないと思います。

そうですね、有り得ないことなのですが、日常的に行なわれています。特に委託機関併設居宅が多いのが現状です。お恥ずかしい話ですが・・・。
fp_pf さんが言われる手順を、申込書で行なっています。契約書に準じた内容になっています。
契約はケアプランに合意いただいてから行なっていますし、居宅届けは契約後提出しています。そして被保険者証コピーは、担当者会議のご案内時にケアプランと一緒に届けています。

先日のことですが、2年程前に確かに住宅改修の理由書を改修業者からの依頼で書いておられます。
サービスが必要になって相談依頼があったのですが、本人・家族が契約をした覚えもなければ、契約書も無い事業所の名前が被保険者証に書かれていました。改修後も自社サービスを勧めに訪問していたということですが、これはセールス行為ですね。契約も無いままにサービス作成依頼届けを提出していたとなれば、詐欺にも似た行為です。
こんなのが委託機関併設居宅にいるのですから情けなくなります。

私の手順をfp_pf さんの手順に合わせれば、仮契約(申込書)→本契約ということになるのでしょうか?

Re: 『介護問題』...  2007・5・22
委託機関というのは・・・・・。

そのとおりです。

私は不特定多数の方からの匿名相談・・・・・。

このケースでは申込書なしです。

『介護問題』  2007・5・19
『介護問題』を「介護にかかわる、家族・親族の問題」と翻訳してインターネット掲示板を書き綴ってきたが、そろそろ6年になる。

『介護問題』の解決には、夫婦や親子・嫁姑・兄弟姉妹等など本人も含めて、何処に問題があるのかを先ず見抜く必要がある。
しかし、問題は家族・親族間には止まらなかった。ケアマネが問題のケースも随分見聞きしてきた。専門職としての介護支援専門員の質が問われる。

親族間の問題には、親族の長〜〜〜い歴史があり、その歴史を辿っていく必要があることもある。その原点が、若い頃・自由な頃にあることも多い。
人間何をするのも自由であるが、その自由をもって他人の心を傷つけてはいけない。その傷が後々頭を持ち上げてくるのである。
往々にして、自由奔放に生きてきた方は、大人しく静かに生きてきた方を傷つけていることが多い。イザ介護が必要になり、立場が逆転すると「介護問題」が起きることが非常に多いと言って良いと思う。立場が逆転しなくても大変だとは思うが・・・。
人間には適度な自己主張も必要だと思う。

兄弟夫婦が親を取り合いしているケースがあった。夫婦は年老いても一緒に過ごすことが出来れば良いと思うが、何故か親を別れ別れにさせようという構想である。理由は何故か判らないが、果たして常時見守りの必要な親を、日中仕事で留守になる子が引き取ってどうなるのであろうか???引き取るなら両親共にである。
多少認知能力が衰え、かなり耳が遠くなっていても夫婦は夫婦である、見守り役にはなると思う。全くの一人よりは良いと思う。
この裏に潜んでいる真実は何かはわからないが、両親を別かれ別かれにする選択が良いことなのかは、親族で話し合う必要がある。強引に事を運ばれれば裏を勘ぐってしまう。

ケアマネジャーは時としてこのようなケースと出会うこともあるだろう。その時のためにも『介護問題』を解決する方法として、家族・親族会議があることを知っておいていただきたい。時として会議を働きかけることもあるだろうし、出席を求められることもあると思う。立場としては本人の代弁者である。決して評論家になってはいけない。

『介護問題』にならないケース、これがほとんどなのだが、介護が必要になっても必ず誰かがカバーしてくれている。そのカバーしてくれていた存在が先立ったことにより、次のカバーが必要になる。この引継ぎが上手くいかなくて『介護問題』になるケースもあるので、家族親族の誰とも良い関係を作っておきたいものである。
ちなみに日本の法律では血縁を追っていくが、これは一般的に通用する方法ではない。基本情報に血縁図を書くことになっているが、時として将来力になってくれそうな方を記録しておくこともある。家族・親族も血縁ではなく、人生の中で如何にお付き合いしてきたかが重要なのかもしれない。
個のネットワークもケアマネジメントには役立つ。利用出来る社会資源として数えられる「近隣・知人・友人」がこれにあたる。

退院調整、上手くいくだろうか???

「百匹目の猿」現象  2007・5・18
ケアマネドットコムブログ
http://www.care-mane.com/blog_top/
で、いっちんさんに教えてもらった標題の現象がある(そうである)。

独立ケアマネはまだ、1匹目の猿現象でしょうね。。
1匹目の猿の役割は、おいしそうに食べる、が役割ですから。


ということで、事業経営上は決して傍から見て「おいしそう」ではないであろう。開業から3年経った現在も10万円の役員報酬を払うのに目一杯であり、決算時には金のやりくりをしなければいけない。今月の介護報酬は税理士報酬と車等の税金に変わってしまう。来月の役員報酬は月初めには払えないが、順次取り返す見通しも立ってきた。
報酬どころか、これまでかなりの資金を注ぎ込んでいる。
何故ここまでして・・・と思われるかもしれないが、これが私の人生なのかもしれない。

ここまでお話して逃げ出す方も多いと思うが、現在私は非常に裕福であり贅沢をしている。ネットワークという人の繋がりが私の心を豊かにしている。金が無ければお酒を飲まなければ良い話である。金策に悩む以上に楽しい人生がここにある。
そして人の繋がりが拡がって、ネットワークがまたネットワークを生んでいる。人のネットワークである。これを私は横列のネットワークと呼んでいる。

仮に35件のケースを担当して、重度者半分として計算してみても月約40万、年間480万円の事業運営費しか出ない。10数年前の私の年収は600を超えていた。
当時民生員を町内の窓口に行政ラインのネットワーク作りを実践していた。町内に入れば人のネットワークもある。
この二つのネットワークを実践してみて初めてネットワークの重なりの重要性が判った。このネットワークの重層的な拡がりこそが、福祉コミュニティーと呼ばれるものなのであろう。福祉を目指される方には「おいしい」と思っていただけるのではないであろうか。

この「おいしい」ネットワークを自ら実践できるのは、独立ケアマネしかないであろう。少ない介護報酬の中からはかなりの「交際費」が出ていっている。しかしそれ以上に心の安らぎを覚えている。

もう一つ、介護保険界に復帰した目的がある。
措置から契約へ・・・スムーズなバトンタッチが出来なかったようである。このスムーズにいかなかった現状から抜け出していただきたい想いがある。
抜け出すことの出来ない現状を作っているのは行政ライン自身なのだが、ここにメスを入れる目的もあった。今徐々にその糸口がほぐれ始めている。

私が縦列から横列のネットワークに転換したように、視点を変えていただきたい。横列のネットワークは市民側からのネットワークである。
このことを楽しみに思い、「おいしい」と思われる方には是非独立開業していただきたい。
ネットワークへの参加は簡単である。
私は幸いにも、スーパー活動家に声をかけていただいたが、こちらから飛び込んでも良いと思う。現在お互いに「ありがとう」「ありがとう」である。
(この出逢いが無かったら、現在事業所は存在しなかったかもしれない)

何を「おいしい」と感じることが出来るかは一人ひとり違うと思うが、どこかで「独立性・中立性の確保」という厚生労働省も望む理念に辿り付きたいと思う。
ただ一つだけ言えることは、自由に自己実現に向って、誰の指図も受けずに、自由な人生を全う出来ることではないであろうか???

そのためも、独立出来る背景作りが必要だと考える。

囲碁での交流  2007・5・17
担当する方の中で、根っからの囲碁好きな方が2名おられた。
一人は後縦靭帯骨化症・脊柱管狭窄症の二つの特定疾病を持つ2号被保険者の方であり、もう一人はパーキンソン病の方である。いわゆる難病の部類に入る疾患を持つお二人が囲碁対決中である。

囲碁好きな方が揃ったので個々に打診してみた。お二人とも「望むところ・・・」といった感じであったので、日程調整をして対決していただくことにした。
車椅子車両で無ければ移動できない方の自宅を会場にして、10時ごろ相手をお送りした。

自宅で双方の紹介と病気などについてお話し、囲碁対決が始まった。
2号の方は自称2級位。パーキンソン病の方は3段だが初段ぐらいの実力と言われる。級の低い方が黒(先行)を持ち、上位の方が白を持つらしい。
「サンモク置いて良いですか???」で四つの黒石が並べられたが、「いや〜〜〜キツイ、ニモクでは・・・」ということではじまったが、級・段の差が「モク」数に表れるらしい。
囲碁は全く判らないので、一件訪問してくるということで、代行書類を受け取って申請代行を済ませた。

1時間余り経って再訪問すると、腰を落ち着けて対戦する話がまとまっていた。15:00からケアマネ相談会があるので、夕方だと16:30以降になることを伝える。昼食を如何するかを聞いてみると、弁当でも・・・とおにぎり弁当を希望された。スーパーへ行ってみるとおにぎり弁当は無い。コンビニの方が良かったかと思ったが、巻寿司などがあった。
電話で状況を伝え、細巻寿司の盛り合わせを2パック買うことにした。
日頃買い物をしないから、何処に何が売っているか判らない。全く面目ないが、「何でも良い」のが私の食生活である。

ということで14:00過ぎには迎えに行って、送り届けたらケアマネの会合に参加することにする。夜は夜でMSWの勉強会も入っている。
何処までが仕事なのかは判らないが、人をつなぐこともケアマネジメントの一部なら、勉強会も仕事の内である。
全く関係のないことは行なっていないが、普通のケアマネさんとは随分仕事のスタイルが違うものと思う。

私にとって、行動全てがケアマネジメントなのかもしれない。

(追伸)
そうそう、行動中にデイサービスセンターから「相談がある・・・」と電話がかかった。ケースの紹介である。
動くとどこかで何かに当たる。
「犬も歩けば棒にあたる」なのかもしれない。

社会学からみた障ガイを持つ方々と社会  2007・5・17
リハビリジムに毎週必ず来られる助教授がある。障ガイを持つ方々の地域における社会との結びつき・社会の一員としての生活と社会との関係などを研究しておられると聞く。

一部私のネットワーク・・・と言うか、難病ネットワークとやまを軸としたネットワークとかみ合っている線が出始めている。
12日のALS相談会でもご一緒したし、昨日のP病友の会バスハイクでもご一緒した。その前は2日のリハビリジムであった。
これだけお逢いすればアタックしたくなる。

13日に「つくしの家といで」の畑を耕した時にお話していたことだが、機会があればサポータチームが来ておられる時に一度ご案内すると、オーナーにお伝えしておいた。
昨日のバスハイクへの参加は急に決まったことだということでお会いできたので、「つくしの家といで」の紹介と見学等されないかの希望を聞いてみた。「是非・・・」ということなので日程調整に入った。先生のスケジュールは電子手帳に入っていた。
来週の水曜日なら午後も空いているということなので、電話で問い合わせると「お待ちしています・・・」ということだった。

障ガイを抱える方々を社会の一員として温かく迎えることの出来る社会が出来ていくことを願っている一人だが、障ガイ者側からは「社会の一員ですよ・・・」という言葉が返ってくる。少しでもこのギャップを埋めることが出来るように、先生の研究・レポートが実を結ぶことを望んでいる。
理念的には判っているのかもしれないが、社会の一員と言えるまでの道程は遠いと思う。先ずは行政担当者自身がその気持ちになることが必要である。

「今はまだ若いから介護出来るが、私たちが年老いて介護できなくなった時、この子はどうなるのだろう・・・。」この心配が無くなってはじめて社会の一員と言えるのではないであろうか?
〇〇支援センターと行政の縦割り機関が整備されてきているが、機能していないセンターもある。お役所仕事と言われても仕方のない現状があるが、お役所のワーカーには是非トップランナーを目指していただきたいものである。

福祉には、「人の痛みが判る」社会教育も含まれているものと考える。

Re: ブログへの誘い。  2007・5・16
ケアマネドットコムのブログ
http://www.care-mane.com/blog_top/
に誘われてからそろそろ8ヶ月になるが、こちらの掲示板(「介護問題」に関するインターネット会議)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834885&tid=a1v2p8nldbja1wa4k4xa49a4ka5a4a5sa5bfa1bca5ma5ca5h2q5d&sid=1834885&mid=1&type=date&first=1
でも随分書き込みをしている。
1ヶ月50投稿のペースである。

こちらで下書きをして、本投稿はブログだったが、ブログの投稿もそろそろ300投稿に手が届こうとしている。
そういう訳であるから、記事に若干の違いがある部分もある。
「インターネット会議」ではHP読者のネットワーク作りも意図しているので、こちらからの出張書き込みもある。現在は主に各種団体の掲示板やブログへの書き込みだが、HPを公開した頃は、高齢者福祉等を中心に議論を戦わせていた。
しかし信じ切って実践しておられるのであるから、それはそれで良いだろう。しかし日本の福祉が可笑しな方向へ行っていることにお気づきの方は少なかった。
今主に可笑しな方向の理由を書き連ねているが、この段階が終わって初めて過去の実践の紹介が始まるものと思う。
とにかく一日も早くスタートラインに立ちたいものである。

介護保険法が施行されてから早7年が経過してしまった。誕生した子も小学生になっている。
専門職として始めて介護保険法に関わられた方ももう30歳である。それ以前から関わっておられた方はもっと成長しておられる。先日ある方にお逢いしたら、もう40歳だと言われる。卒業し立ての、ピッカピッカの1年生社会人の時を思い出した。しかし当時ほど目は輝いてはいなかった。

「インターネット会議」も5年半を経過したが、コンスタントに投稿数を伸ばしてきている。何時まで書き続けられるかは判らないが、軽い話題はほとんど無かった。
まだ5年は大丈夫なような気がしている。
事業所経営も、充分ではないが何とか食っていけるようになった。それまでの間どれ位の投資をしただろうか・・・。

気軽に独立居宅を開業出来る背景作りをすることが、私の生涯の仕事だと思っている。
『厚生労働省も「独立性・中立性の確保」を言っていますよ・・・』ということが関係者に理解されるまではキーボードを叩き続けることであろう。

ケアプランソフト  2007・5・16
馴染の事業所に居宅を新設されるということで、ケアプランソフトも紹介した。インターネットでつなぐタイプのものだが、給付管理一件00円が魅力である。とにかく指定申請から一環してご指導した。
6月から居宅変更で一件担当されることになったということで、昨日お呼びがかかった。ケースを前に、作成手順に従って実際に動かしてみた。内容は後日書き込んでいただくこととして、手順だけ実行した。

事業所などを事前に登録しておけば便利なソフトなのだが、全くの手付かずだったので、利用する3サービス事業所だけ登録を行った。登録はワムネットからの引用である。事業者番号をワムネットで確認して登録する手順も行なってみた。このソフト、手元に何一つ資料が無くても使えるシステムになっている。
使い込めば便利な機能も付いているので、すぐに慣れられるものと思う。

元委託機関併設居宅におられた方だが、独立型ケアマネジメントに自信が無いと言われる。「大丈夫ですよ・・・」とは言ったものの、すぐに一人立ちすることは難しいと思う。何故なら、ケアマネジャーが行なわなければいけない業務を分業されていたからである。
開業前に市担当課と意見交換したときに、「給付管理は事務員が行なっても良いでしょう???」という問いかけがあった。当時何のことやら判らない私は「サービス提供の結果も管理しなければいけないのでは???」と言った記憶があるが、正にこの現実があった。

サービス事業所とのお付き合いにも不安があるようである。ある程度パッケージ化されたプランを組んでおられたということだが、独立ケアマネが相手にする事業者は不特定多数である。ここにもケアマネジメントの困難さがあるのかもしれない。併設事業所との関係も歪が起きないように今後サポートする予定ではあるが、とにかく始めてのことが多いので困惑されている。しかし、これがケアマネジメントである。
画面が見にくかったので事務所に帰って確認したところ、パソコンの設定を少し変えれば私が使っているのと同じ画面になることも判った。電話でアドバイスを送っておいたが、自宅のパソコンからでも仕事が出来ることを伝えることを忘れた。一人で使ってみれば判らないところも出てくると思う。

法人の看板の下で仕事をしていると本質が見えてこない。この方にしても見えていなかった。ケアマネジャーの本来の仕事が見えている方は何%位あるのだろうか?不安になった。
先日教えていただいた「百匹の猿」現象が起きるのにはもう少し時間がかかるのだろうか?「百匹目の猿」に志願していただきたいものである。
余計なことだが、今は何匹目ぐらいまで来ているのだろうか???

友の会バスハイク  2007・5・15
県西部でバスハイクを計画してきたが、今年度は県東部と合同開催になった。総勢約50名、2台の福祉バスが県下を駆け巡る。
今回の行き先は県立植物園であるが、会場が広いだけに車椅子も余分に準備した。障害者団体と入場が重なったようでもある。
幸い天気も大きな崩れはない予報なので安心している。

今回是非参加していただきたかった方がある。形を変えて何回か誘ってみたが参加の意思は無かった。先月の総会には来て頂けたが、最後と思って参加されたのかもしれない。3ヵ月後の一泊旅行は町内の獅子舞と重なる。本当に今回が最後の機会になるかも知れなかったが、参加の意思はなかった。
本人自身が一番病気の進行を知っておられる。そして限界を感じておられるのかもしれない。

1昨年の12月、大雪の年であるが利き腕の右手で雪透かしをしておられた。その右手に痛みが走った。診断はヘルニアであったが少し違う。左手はその時点でほとんど利かなくなっていた。リハビリ通院を続けておられたが、昨春行われた総会時のリハビリ教室で「ヘルニアと言うよりは筋肉が拘縮しているが・・・」と指摘され、寝た状態で行なうリハビリ体操を教えていただいた。それにしても可笑しい・・・。

それから半年後、ようやく大学病院受診までこぎつけた。診断名はパーキンソン病関連疾患の「大脳皮質基底核変性症の疑い」であった。
先日、本人の口から「大学の先生が言った通りやった・・・」とポツリ。
もしかして、昨年の総会のリハビリ教室を一つの区切りにしておられたのかもしれない。

他にも今回が最後になるかもしれないと思っておられる方は何人かある。そう言いながら、来年も再来年も「今年で最後・・・」と思って参加していただきたい。今年は要介護5の方も参加される。参加しようという気持ちがあれば参加出来る会でもある。
何しろ大変なのは会場が広いということである。
下見の時点で会場を歩いてみたが、ほんの一部しか回ってきていない。
皆様、どの程度まで行動範囲を広げられるかは判らないが、園内バスも走っているということである。

これから半年、月1回のペースで行事が組まれている。毎年同じことの繰り返しのようで、必ずしもそうではない内容も見られる。少しずつでも変化の見られる、そんな会であって欲しい。今年の変化は、県福祉バスをはじめて利用したことである。県下全域に行動範囲が拡がったようにも思っている。

介護タクシーに乗れない・・・。  2007・5・14
急な話だったので、乗降介助を付けずに「介護タクシー」を依頼した。
実は運転手の看護師さんに在宅介護のアドバイスを求める予定もあったが、家から出ることに不安もあったので時間を合わせて行く約束をしていた。
約束に気が付いたのは5分前、どうしても利用者宅まで10分はかかる。とにかく走り出した。
そこへ電話がかかったので、5分だけ遅れると言っておいた。分刻みのスケジュールになってしまった。

家に入ると本人は外出着に着替え、ベッドに座っておられる。それを見ただけで何時もよりお元気なことがわかった。車椅子を向わせて移乗介助をしようとズボンの後ろを掴むが、殆ど介助なしで乗り移ることが出来た。
玄関のスロープは返してしまったので、小さな段を下りる時だけ少し手を貸してもらい、タクシーの後ろまで移動したところであとはお願いした。
が、振り向くと大変なことがおこっていた。

身長175cmで座席にはマットが敷いてある。そして頚椎損傷で首を金具で固定してある方なので首を曲げる訳にはいかない。少し尻を前に滑らせてみるが、頭の高さはそう変わらない。あと5〜6cmなのだが・・・乗れない。
車椅子での乗車は諦めて介助で乗っていただくことにした。

介護タクシーは殆どこの車種なので、背の大きな方は如何しているのだろうか???疑問がわいた。もし可能だとしたら、軽四バンタイプの改造車がある。多分それしかないだろう。

今日体調が良かったのは、昨日まで四日間ほど排便がなかったので浣腸をされたそうである。それで身も軽く・・・ということだったらしいが、来月の受診時体調が良いとは限らない。体調が良ければ自家用車で通院すると言われるが、体調が悪ければ車椅子車両が必要である。市内に一台しかない車を頼むことになるので、時間が多少ずれても了解していただくこととした。

最初からつまずき加減のケースだが、その内に落ち着くものと思う。それにしても車椅子で乗ることの出来ない介護タクシーが殆どだとは知らなかった。戦後生まれの男性の平均身長は170cm位だと思うから半分は乗ることが出来ないことになる。
そう言えば先日大型のリグライニング車椅子の話をしていたが、どんな車椅子でも乗るのは障害者移送の彼の車しかないと聞いていた。本人から聞いていながら、すっかり忘れていた。

それにしても、頭が入らない介護タクシーがあるとは、頭に入っていなかった。

Re: まだやってた介護サービス情報公開  2007・5・15
小耳 さん、お久しぶりです。

調査の封筒が着たらそれを追うごとくご丁寧に調査に対する「調査克服完全マニュアル」の売込みが・・・。

何でも商法でしょうが、情報公開制度は「利用者が選ぶことの出来る」システムを作っていきましょうね・・・ということなので、もっと近道があります。
厚生労働省も遠まわしなことを言っていないで、行政情報を行政ラインで囲い込むシステムにメスを入れるべきだと思います。
「囲いこみ率90%減算」は非常に甘い数字です。
情報公開制度はこのラインに全てがあります。

利用者一人抱きかかえる事が出来なくなったらホームヘルパーはやめようとも考えている・・・。

介助で車に乗り換えるのにも車種を選ばなければいけないことがあります。
娘の払い下げの若向きの車に乗っていますので、シートが高く、車高が高い割には天井までの高さがありません。
そこで少し背の高い方の乗降介助で頭を擦りました。高齢者は皮膚も弱いですね。薄皮一枚はがれた程度でしたが、瘡蓋が出来るんですね。
失敗もしながらやっています。

ネットワーク  2007・5・14
ネットワークの種は一通のメールであった。
HPを読んでいただいてのメールであったが、ネットワークに関する意見交換を何回か行ったように記憶している。
一度お会いしようということで選んだ場所がふれあいセンターであったが、患者会代表も同行された。介護支援専門員受験中であり、居宅開設準備中でもあった。

開業からしばらく経って、市長にお会いするから同行されませんか???という誘いがかかり、独立ケアマネとしての文書提出も勧められた。この文書のすり合わせが見事であった。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2sitixyounionegai.htm
ということで現在までお付き合いが続いている。その間、新たなネットワークの会が誕生したり、ネットワークとのつながりも出来てきている。

ネットワークは人と人とのつながりであるが、その積み重なりが重要なことだと思う。ネットワークがネットワークを生み、そして重なり合っていく。
人のつながりが重なり合っていく。

現在の私には利用できる社会資源は何一つない。あえて言うならば、私自身が社会資源である。それ以外は何も無い。しかし必要な資源は準備出来る。
ネットワークの中には色々な資源があるが、主にそれは情報資源である。
その情報のつながりを求める私自身が資源なのかもしれないが、ネットワークはかみ合ってきている。

居宅介護支援事業所を運営しながらネットワーク活動も行っているが、このネットワークは私独自のものでもあるし、このネットワークが存在しなければ事業所も現存していなかったかもしれない。それは相談経緯を見れば歴然としている。
開業から3ヶ月間、認定調査依頼も無い現状を指摘した。その時に使った資料が「公正取引委員会調査報告書」
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.march/02031301.pdf
である。介護保険に民間参入が成された時点で、公取引の対象になった。私が契約の手順に関して言うのもこのためである。現状は乱れきっているし、担当者自体、この意識が無い。

年が変わって、全国に先駆けて新規認定調査を保険者が行うことになった。
ここで次なる問題が出てきた。窓口や認定調査員が、「お宅の地区は〇〇在宅介護支援センターです」とご丁寧に2枚目の名簿に丸印をした。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigino7.htm
行政ラインによる情報の囲い込み体制が出来上がったわけである。
一方私の情報ネットワークはある程度形を見てきていたから、患者会を始め、知人・友人・サービス関係者等など、利用者自身から担当替えの相談があったこともある。

法改正によって一層行政ラインの情報ネットワークは悪い方向へ行ってしまった。何が悪いかと言えば、公取引の理念から外れてしまったということである。
これを指摘したのが「協業組合」構想
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/toyamakendokuritugatakaigosiensenmoninkixyougixyoukumiai.htm
であり、構想から1年半余り、発信からはそろそろ1年になる。少しは意識が変わったのであろうか・・・。
そして、同時期にメディカルレビュー社から「介護支援専門員」の原稿依頼をいただいている。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm

この原稿をもとに公取引の理念がわかる課へ申し入れをしているが、結果、担当部・課へ差し戻しになり、結果次の回答をいただいている。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/2tiikihoukatusiennsennta-notorikumi.htm
慌しい1年ではあったが、今年度はその成果を見せていただけるものだと思う。ご紹介した内容は、全てネットワークに関する内容である。

大きなネットワークが出来ることを望んでいる。

患者会の力  2007・5・13
「つくしの家といで」の畑を3人で耕してきたが、雑木の大きなものは掘り起こすことを諦めた。畑の面積は50坪ぐらいあるが、約半分位は確保できた。あとはサポーターチームに石灰をまいていただき、一週間ぐらい放置してから肥料をやって、再度耕して畑にすれば良いそうである。その作業も含めて、サポーターチームで行なっていただけることになった。

患者会の代表が2人揃ったので、作業終了後お茶を飲みながら標題の話を切り出した。患者会には心を和ませる威力がある。一人では無い・・・という安心感と、みんな頑張っているんだ・・・という無言の励ましである。
昨年開催した講演会で、座談会までの休息中に講師を独占していた女性があった。その時は目が潤み、悲壮感さえ感じられた。最近の彼女は、時には笑顔も見せ、患者会への参加を楽しんでおられるようにさえ見える。途中からご主人も出て来られるようになったが、患者会から何らかの力を貰われたことは事実のようである。
病気を受容して、生きる力が湧いてきた・・・といったところであろうか。

最近某大学の社会学科の助教授に会の中へ入ってきていただいている。先生のテーマは障害者等団体と社会との結びつきに関する研究である。
別の大学の前教授も重度障害者団体の中に入ってきておられ、後任教授に紹介すると言われているということである。
二人の代表に、各教授とのつながりを複層構造にすることを勧めた。
すでに団体に入っておられる助教授をサポーターチームが揃っている日にお連れすることにし、これからの教授に対しては、お二人でお逢いされることになった。

「ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会」参加の感想にはお二人とも厳しいものを持っておられた。患者会として行政批判をしていても問題は解決しないということである。ネットワーキングの会には、是非行政構造を変えていく力になっていただきたい。
こちらも同じく法や制度は出来ているが、結果作られる縦割りの機関が機能していないということである。先日の会に熊本から駆けつけていただけた難病相談支援センター職員もあれば、地元開催でもあるので、地元の難病相談支援センターに声をかけたら「そうですか・・・」で終わるセンターもある。地域格差なのか意識の違いなのか・・・。行政職員には職務に前向きに取り組む姿勢が求められる。是非そうであっていただきたい。
お二人の厳しさはこの点に向けられていた。

患者会は、一人ひとりの会員の心を和ませ・元気付けることも出来る。そして、法や制度が本来の運用になるような働きかけも出来る。何時までも行政に対する愚痴ばかり言っていても仕方が無い。
大きく活動の輪が拡がりそうな、意見交換会でもあった。
そして私も含めて「誰のために・・・」という問いかけには、自分自身の人生そのものであることに異論は無かった。

福祉は社会運動。患者会も社会運動である。

住み替え  2007・5・13
日本家屋は高齢者には住みにくい構造になっている。
近年、様式便器や椅子の生活など、いわゆる住宅が洋式化しているように思うが、畳屋さんが商売にならなくなったことからも、住宅の洋式化の流れを見て取れると思う。
我が家も五室あった和室(計32畳)が現在は2室(計12畳)になってしまっている。

某市で、市中心部に高齢者を集める計画が発表された。
ここ高岡でも人口のドーナツ化で、市中心部に住むのは高齢者が殆どである。高齢化率25%位になっている校下もあると聞くが、この中心部に高齢者を集めて、高齢者の住みやすい町づくりをしようということらしい。
郊外に大型スーパーが進出して街中のスーパーや八百屋・魚屋などが姿を消した。車社会であるから何処にでも行けるのだが、年老いた時のことを考えていただきたい。生活圏にある生活必需品を売る店は残したいものである。

有料老人ホームも含めた高齢者住宅に住み替える構想も進んでいるようだが、縦に伸びたコミュニティーを作ろうということだと思う。これに対して、地域の枠組みを大きく変えないで、順次高齢者が住み替えて、住みやすい町づくりを行なおうという横へ伸びる住み替え構想もある。横に伸びたコミュニティー作りである。
行政の行なう、中心街へ高齢者を集める構想にもコミュニティー作りが盛り込まれているものと思うが、先ずは土地代が大変であろう。中心街で土地を取得することは大変だと思う。

色々な条件の中、色々な発想のもと町づくりが進んでいくのであろうが、高齢者には住みやすい住環境が必要である。その住環境の提供がシステム化すれば安心感も増すことだと思う。都市計画はそこまで配慮していないであろうから、個に焦点を当てた対策が必要になってくる。
安心の町づくりはソフト面も同時に作り上げていただきたいものである。

土日は患者団体で・・・。2007・5・12
今日、午前中はALS相談会に出かけるが、先月から会場が変わっている。
団体登録すれば無料で利用出来る施設だが、体育館もあるということで、各団体が狙っている。県パーキンソン病友の会も役員会・総会はこの会場を使う予定のようである。支部の定例集会にも使おうかという話も持ち上がっている。

先月は法要で相談会に出かけなかったが、メンバーには各所でお逢いしている。
その間呉西の神経内科医訪問のご案内をしたり、友の会総会に足を運んでいただいたり、10月の患者会県支部の準備は着々と進んでいるようである。
そういう訳であるから、会場が移ってからは今日が始めてである。

明日の日曜日は畑を作る作業の応援に出かける。
何十年か耕されたことが無いであろう畑で季節の野菜を栽培しようというのだが、障害児(者)よりも、サポータチームのお母さん方に喜ばれる企画なのかもしれない。場所は「つくしの家といで」の前庭だが、耕運機は昨日運んでもらった。
何十年も放置された畑であるから、雑木がかなり生えてきている。根からおこすためのスコップなど道具も一緒に運んである。

工事主任は、元々農家だったが会社役員も勤め、今は難病患者でもある。無理は出来ないが、機械の操作位はやっていただける。危険な機械もあるので、少し離れて作業することにしよう。サポーターチームの道具も準備したので、明日は明日で楽しい野良仕事になりそうである。
時期が少し遅れたので、今年は秋野菜の栽培から始まると思うが、収穫祭などを企画するのも面白いのかもしれない。それでなくても企画だけは先行しているようである。
戸出の七夕に合わせてフリーマーケットという話も出ていた。

初夏から秋にかけて各種団体が想い想いの行事を企画している。バーベキューの集いやバスハイク、1泊旅行や地域での集会など、日が重なっていなければ出来る限り参加する予定はしているが、そろそろ限界かな???とも思っている。そういう訳もあって、月末の行事は出来る限り外してもらっている。P友の会全国大会も人数が増えない限り外していただけた。車2台になれば運転手としてお呼びがかかる。

難病ネットワークとやまはそういった各種団体の橋渡し役を果たしているが、専門職集団にも輪を拡げようとしている。そして、保健・医療・福祉関係団体のネットワーク作りに取り組んでおられる会にも可能な範囲での協力をしていこうと思う。
ネットワークが出来ない原因が、行政の各種機関が上手く絡み合っていないためだとも見えてきた。縦割り行政を如何に横へつなぎ、拡がりを持たせていくかということは重要なことである。現状では機能していないセンターもあるから、前途には大きな課題が横たわっている。

地域の拠点施設  2007・5・11
在宅介護支援センターもそうであったが、地域包括支援センターも地域の拠点施設と言われている。この「拠点」の意味が正確に理解されていないのではないかという疑念を抱く。
その何れのセンターも「老人福祉法第20条の7の2老人介護支援センター」を根拠法としているが、拠点の意味を勘違いしている方が非常に多いと感じている。「拠点」とは「ネットワーク」の拠点であり、核である。
行政ラインのネットワーク(縦列のネットワーク)に位置しながら、住民等ネットワーク(横列のネットワーク)の拠点施設でもある。

くもの巣をイメージしていただくと、先ず縦糸が張られる。これを頼りに横糸が張られる。くもの巣の完成である。
このようなネットワークが張り巡らされれば、困っておられる方が見過ごされることはないであろう。これが委託機関の役割である。地域包括支援センターに例えれば社会福祉士の仕事がこれに当たると思う。

地域に点在する社会資源を有効に利用することも地域ケアマネジメントであるから、これら委託機関は地域ケアマネジメント機関だということが出来る。この地域ケアマネジメントが行われていない現状があるが、地域の社会資源を活用することが下手なようである。

下手と言ってしまったが、ご存じ無いのかもしれない。
また、構造そのものをご存じ無いのかもしれないという想いもあるが、これは専門職として恥ずかしいことでもある。
考え違いをしているセンターも何ヶ所か目に付いているが、職員の意識が低いことは勿論のことであるが、管理者にも問題がある。詳しく書くことは差控えるが、現職時代も同僚から「可笑しい」と言われた方も混ざっている。
果たして市の福祉行政の舵取り役として大丈夫なのであろうか?

先日、居宅サービス計画作成依頼届書に関して書いたが、ケアプランに合意いただいて、契約を済ませてから提出するのが常識的な手順だと思う。
ケアマネジャーにとってケアプランは商品である。通常の商取引きは商品を見てから(カタログも含め)契約を交わすのが一般的である。商品を提供する予定も無い内から届けを出すのは如何なものかと思う。情報源は行政ラインである。

行政ラインの情報が集まるだけでは地域の拠点施設とは言えない。その情報を地域ネットワークを活用して解決出来て始めて拠点施設と言える。このネットワークの活用に大きな問題が潜んでいる。この時点で、公私が入れ替わってしまっているのが現状ではないであろうか?
公的機関の私的な運用・・・専門知識以前の問題であり、常識の問題である。

急造された介護支援専門員ではあるが、社会福祉士はある程度の歴史がある。保健師は長〜〜〜い歴史のある資格であるから、急造されたで片付けるつもりはない。地域活動も求められていて然るべき教育も受けておられる。
これなら大丈夫だろうと厚生労働省も考えたであろうが、現在、地域包括支援センター不要論まで飛び出している。

行政の責任で地域の拠点施設を作ることが無理だったのであろうか?
しかし必要な機関である。くもの巣を見て考えていただきたいものである。

Re: 地域の拠点施設  2007・5・12
なぜ 地域福祉の拠点が老人福祉法や介護保険法が根拠になっているセンターなのですか?

http://www.zaikaikyo.gr.jp/kyogikai/naiki.html

ここもそう言っています。
地域包括支援センター構想が発表された時点で、地域に密着した活動を行なってきた在宅介護支援センターに委託することが出来るとされていましたが、蓋を開いてみたら、ブランチまで登場しましたね。
駆け込みの通達です。

http://park3.wakwak.com/~sunflower/homepage/tool-box/zaikai2006.pdf

Re: 地域の拠点施設  2007・5・12
ちなみに在介Cや包括Cがなくても
ほとんどの場合
役所の代表電話(電話交換)で間に合うのですが…


http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigomonndai.htm

こんなことが無ければ良いんですがね・・・。

Re: 地域の拠点施設  2007・5・12
性質的には行政も(現行の)包括も似たようなものだと感じます

自由に地域におけるソーシャルワークを実践していただきたいものですね。

わが町の包括(元在介)には必要なときに(自身が)動いてくれるSWがいらっしゃるからありがたいです。

たしかに出来ている方はおられますが、ばらつき、地域格差があるのは困りますね。

その方は、"包括の職員だから" 動いてくださっているわけではありませんが・・・

包括でなくてもネットワーク作りに動かれる方は動かれると思います。


包括が対応している業務は
別に 『包括職員(有資格者)』でなくても、町内会でやれば良いのでは?!


ここに専門職としての役割が出て来ると思います。地域をネットワーク出来れば良いですね。

理論先行(研修・会議優先)した事実上の援助実践の少ない先導者は要りません。

先ずは実践といったところでしょうか?

包括職員さん、おばさんのケアマネさん、
出稼ぎせずに自分の地域の世話すれば〜?! 自分の家族の世話すれば〜?!


出稼ぎしておられる方があるのですか?

そうそう、私も『特養生活相談員』の辞令をいただいたことがあります。
それがきっかけで退職したのですけどね・・・。


施設としては残念なことをしましたね。でも、ホームを地域に見立てた活動も出来たように思います。私の実践は、ホームから地域でした。

(居宅介護でなくなると住宅建築のプランニングへの反映が困難になるという理由です。)

そちらが本命でしたか・・・。

階段昇降介助  2007・5・10
アパートの4階からの昇降介助をはじめて半年になる。
移送サービスの運転手さんを口説いて一緒に行っているが、息もピッタリと合ってきた。
何よりも良いことは毎回主治医にお会いできることである。

今回から主治医が変わった。大学病院から派遣された血液専門医の女医さんである。
本人は女医さんが嫌いだと言われる。理由ははっきりと言ってくれないから・・・という先入観があるようだ。診察に立ち会ったが、決してそんなことはなかった。しっかりした方のように見えた。

本人から薬の変更の希望が出された。鎮痛薬である。
麻薬系を処方するためには病院として登録しておく必要がありそうである。
ここに書いて良いことなのか判らないが、処方箋は前主治医の名前で発行されるそうである。
以前往診医の紹介を依頼したところ、病気が病気だけに通院してください・・・ということになっていた。難病にこそ指定されていないが、10万人に二人位の確立で発症する病気だということである。

もう一つ稀なのは、人口20万の市で唯一の方法で階段昇降介助を行なっている。介護タクシーもかなりの台数走っており、男性ヘルパーもいない訳ではない。骨のある男性がいないのか、福祉を忘れているのか。とにかく出来ないということらしい。しかし実際に行なっている。

稀な病気と言えば、パーキンソン病関連疾患の大脳皮質基底核変性症の方も担当しているが、こちらはリハビリに励んでおられ、入浴効果で筋肉の拘縮を防いでいるが、進行が早い。先日その様な話をしたら寂しい顔をされた。言葉には気をつけなければいけないが、案外オープンに話すほうである。
病気を知って、その進行状況を予測して、一日でも長く元気いて欲しい。そういう意味も込めて、最後になるかもしれないと予測するバスハイクに誘ったが、今回は気が乗らないようである。

誰が担当しても良いケースもあるが、私が担当しなければどうなっていたか判らないケースも三分の一は混ざっている。『介護問題』(介護に関わる家族親族の問題)も何件かはあるが、埋もれているケースも数多いものと思う。
解決出来る機関に「問題」のあるケースが集まる地域ネットワークが出来ていけば良いとは思うが、ケアマネジャーが打算で動いている間は実現しないであろう。

利用者の選択  2007・5・10
利用者自身が自分自身の人生を選択出来ないケースがある。想いと実際の間にギャッがあるのだが、時間を置いて一つ一つ検証している。

寝たきりとしてみるのには少し早いが、本人は寝たきりのつもりでおられる。先日車椅子での離床を促してきたが、その後2時間半ぐらい車椅子で過ごされたようである。
来週通院があるが、退院時には自家用車で行くことが出来ると、1メートル位のベランダから車庫へ出られる予定であった。しかし実際には不可能なことである。
介護タクシーとしてではなく、車椅子対応の車両をを準備した。運転手は看護師さんである。タクシーは沢山いるが、今回の通院には運転手を選ばせていただいた。状態観察も含め移送をお願いした。

現在ケアプランが二転三転している。通所出来る間は通所した方が良いのだが、初回の通所(デイケア)で2回目はなかった。そこで自宅入浴が出来るいうことで車椅子を浴室に向わせてみた。その時本人は「出来ない」と判断されたようである。そこで訪問入浴の話をした。
居室に浴槽を持ち込むため家に湿気がこもる。最後の入浴手段だということも伝えた。この結論も出ない。

通所になるのか訪問になるのか、月曜日の受診時に決めていただくことにした。退院時、往診医を紹介しようかという話もあったということなので、紹介していただけるのか聞いたいただくこととした。それで決心が付くのではないかと思っているが、答えは果たして如何なのであろうか???
寝たきりへまっしぐらの感じもしているが、本人の頭からは「病人」だという感覚が抜け切らない。病気に負けた状態でもある。

このプラン、何処で落ち着くのか判らないが、その間に褥創でも作ったら大変である。低反発マットを使っているから良いのかも知れないが、入院中にも軽い褥創を作っておられる。
私は通所出来る間は通所を勧めている。通所すること事態リハビリ効果もあるので、疲れたら休むことを前提に通所される方向に落ち着けばベストだと思っている。

寝たきりになるのはもう少し早い。

タイミングの良い1日  2007・5・10
昨日は行く所行く所でお呼びがかかったが、誠にスムーズに流れた一日であった。
午後訪問予定のデイサービスから「今日迎えに行ったら足が痛いと・・・お休みされました。」と電話がかかり、自宅へ直行すると、玄関の鍵が空いていた。が、しかし・・・車をバックさせている間に鍵をかけられてしまった。
日々接近困難な方だが呼びかけをして、諦めて帰ろうとしたところへ、向いの奥さんと隣のお父さんが出てこられ、とんだ情報交換になってしまった。
近隣の見守りはしっかりと行なっていただいている。
その足でデイサービスで状況の報告。キャンセル料の規定はあるが、必要ないということ。

午後からもう一件、住宅改修申請書を作成するため訪問すると、ちょうど事業者が見積書を持って来ているところだった。理由書も下書きしていたので確認の上、今日申請出来ることになる。

その帰りに、午前中の方の嫁いだ子宅を訪問すると本人宅へ行かれたということで直行する。自宅へ付くと帰られたあとらしく、鍵は固く閉ざされていた。そこへ電話がかかり、電話で事は足りた。通所を始めて以来はじめての事だったが、別に問題はないようすだった。
本人の気まぐれだったようである。

来週のバスハイクの実行委員会も中にはさみながら、忙しい一日であった。
富山の参加者を先週数人だと聞いていたが、結果25人まで膨れ上がっていた。さすが、人を集める力は大したものである。
計48名のご一行になるが、不足する車椅子5台の手配も終わった。後は当日晴れることを祈るばかりだが、雨なら雨で、屋内で楽しんで来れば良い。

初回利用  2007・5・8
昨日の担当者会議(追加サービスに対する)で着替えの実践を行う羽目になった。本人がシャツを省略して、首筋が寒い着衣になっていたからである。
私の促しと着替え介助を横で見ていたサービス提供責任者はその光景を通常のものと受け止めていった。そう感じたので後程事業所を訪ねて実態をお話した。

促しは言葉と信頼感(?)が一緒になって功を奏するものである。入浴時の脱衣は、先ずマスクをしてから始まる。何時唾が飛んでくるか判らない方である。デイサービスの職員も良く考えたものだが、これだとマスクの中で唾を吐いていることになる。良いことかどうかは読者の皆様の判断に任せることにして、とにかく脱衣しないと入浴は出来ない。そこで考えられた方法なのであろう。ユニークさを感じてそれを否定する気はなかった。

今日が初回であるが、果たして担当されるヘルパーさんはどのように対応されるであろうか?本人に紹介だけはしておかなければいけない。
このヘルパーさんは初老もそろそろ過ぎる、超ベテランの方である。誰が担当するか聞いた時にこのヘルパーさんなら大丈夫と思った。過去にも何回かご一緒しているが、長年の経験が随所に現れる。

初回利用については、サービスが何であれ、その日の内に必ず顔を出すことにしている。ケアマネジャーには、サービス提供者と利用者を結びつける役割もあると理解しているので、これは欠かさない。
今日は一足先に行って、一緒に家に入ろうと思っている。先ず本人の安心感を得ておく必要がありそうである。
昨日サービス提供責任者の見た本人は「猫」であった。しかし実態は「トラ」である。せめて「トラ猫」で終わって欲しいと願っている。

さて、結果はどうなるのであろうか・・・???上手くデイサービス運転手に渡せれば良いのだが・・・この運転手さんも、見掛けは私と良く似た「目立つ」方である。

根回し  2007・5・7
何事を成すのにも関係者への根回しが必要である。
業務上、多くの方と意見交換しながら目標に向って進んでいくのだが、重要ポイントだけは前もって根回しが必要かと思う。いきなり角度の違った提案をしても受け入れられるものではないであろうし、相手にも選択肢を与える必要があるだろう。とにかく、合意の上に事を進めるためにはこの根回しが必要である。

ケアプラン原案も根回しの一つなのかもしれない。
第1表では利用者側の意向が現れていれば良いだろうし、第2表に関しては具体的にどうするのかという担当ケアマネの考え方も表現できる。そして第2表に位置づけられた各担当者の意向も重要になってくるであろう。その意向に沿うためにも根回しは必要である。どのような考えからの発想なのかということは伝えておかなければいけない。
このイメージを各々が持って担当者会議に臨むわけであるが、ここでも一方的な考え方を押し付けてはいけない。合意の下ケアプランを完成させたいものである。

この根回し手法は色々な場面で使われる。
組織運営や事業運営等など、社会で人が結びつく場面では必ずと言って良いほど、この根回しが行われている。会議や会合をスムーズに運ぶためにも必要な手法である。
即ち企画者が企画の方向へ事を進めるためにはあらかじめ根回しをしておかないと、会議等の場で一から説明していたのでは会議は前に進まない。それだからこそ必要だということになる。

先日来この根回しで大風呂敷を広げている。関係者の合意を得るためでもあるが、私は決まったものは持っていない。〇〇なら××になるし、△△なら□□になる。この選択を内部調整していただくことにしてある。
これとは別に、どちらの方法になっても対応出来るように準備を進めている。ここにも縦と横の関係があるのだが、施設と個人の関係なのかもしれないとイメージしている。こちらは影響を受けない。

時として大風呂敷を拡げることもあるが、これは利用者との間で大方解決する。大風呂敷から絞り込んだものが原案である。原案はある程度譲ることが出来ないものであるから、根回しが必要になってくる。
今日は朝からこの根回しに出かけるが、今回は二重構造になっているので根回しも柔軟にかけておくことにしよう。ということでそろそろ出かけることにしよう。

緊急通報装置  2007・5・6
警備保障会社の緊急通報装置を使っていたが、ベッドから落ちたなどの「介護」での呼び出しが多かった。元々そういう目的もあったのだが、とにかく「出来ない」と断られた。
高齢者施策としての緊急通報装置はあるが、もうしばらくは使えない。連絡ルートとしては先ず在宅介護支援センター(現在は地域包括支援センターなのであろうか?)へ連絡が入り、状況確認の上救急隊に連絡が行くシステムである。

使えるシステムが無ければ何らかの方法を取らなければいけない・・・ということで、子機付きの電話に入れ替えて、短縮ダイヤルに担当ケアマネとヘルパー事業所管理者の電話を登録した。
携帯電話の充電器を寝室へ持っていって、24時間連絡が取れる体制が出来上がった。・・・はずであった。しかし何回か電話を抱えて寝なかったことがある。そういう時に限って電話がかかるものである。着信履歴が残るから、朝起きてきて気が付いたこともあった。気が付いたらすぐに駆けつける。

第1回目は119番へ電話をして、事情を話して助けてもらったということであった。そして今朝が第2回目・・・駆けつけるとベッドで寝ておられた。落ちそうになって電話されたということだが、無事ベッドへ移ることが出来たということで一安心して帰ってきた。
日中なら大丈夫だった。
ヘルパー事業所から連絡をいただき駆けつけると、ポータブルトイレから半分尻が落ちていた。無事ベッドへの移乗を行なった。

そろそろ在宅一人暮らしは限界に近づいているが、入所になると今ほど自由にビールを飲むことが出来ない。少しは良いよ・・・という施設の入所待ちにはなっているが何時になるのかは判らない。自由に出来る間は自由にしていることに暗黙の了解がある。
移乗に失敗されるのはビールを飲み過ぎた時である。日中は良いが、夜半はベッドに移ってから飲むことを勧めている。ビール代だけでも大変のようだが、その分はしっかりと計算しておられる。

一年間位対応してみて、その内に高齢者施策の緊急通報装置の対象になられるので、その時に内情をお話して、措置入所の駆け引きに使っても良いとは思っている。救急隊もあまり頻繁だと対応出来ないと言いかねない内容でもある。

利用できる社会資源が無ければ作る必要はあるが、近くにもう一人直接関わっている方がある。勿論特別報酬はいただいていない。

中立の立場  2007・5・5
本人・妻・別居の長男・長女・デイサービス・ショートステイ・訪問介護各担当者で作られた円周の中心にいる。立場としては本人の代弁もするが、本人=担当ケアマネではない。
テーマは主介護者(妻)の介護負担の軽減である。そういう意味では妻の立場にも立っている。これは別のところで進行中である。

デイ・ショートでは限界の苦労をしていただいてきたが、ショートステイにもう一頑張りしていただいて、もう一泊増やしたい。そこで利用者との相性を見て、週の前半でも後半でも、どちらでも良いから計画利用出来るように申し入れをしてあった。デイサービスはそれに合わせることに了解を得ていた。この内容を試案として、利用表・別票で妻と二人の子に説明しておいた。

しばらく経って長男から電話がかかった。「土曜日にショートステイを利用していれば、長女が休みだから、妻を家に連れてきて家庭菜園など一緒に出来て気晴らしになる・・・」といった内容である。もう1年近く土曜日はショートステイを利用しておられる。増して、妻に何かあった時のために同行するから受診しようと言い続けてきた土曜日である。ショートステイから連れ出して受診すれば良い話であった。が、実現していなかった。
「どちらでショート利用になっても、土曜日はデイかショートにおられますよ・・・」ということでこの申し入れは無視した。

調整がなかなか付かないということなので、デイ・ショート各担当者と今日お逢いしてきたが、週の後半に落ち着きそうな感じであった。しかし介護職員の了解は一部しか得ておられないようである。以前にも何回か利用者間のトラブルもあったということで、無理は言えない。数日間かけて職員間で話し合っていただくことにした。
「中立の立場」それは関わる者全てに対しての中立の立場と理解している。施設の陰に隠れた「個」をも意識した「中立」である。今回は依頼したサービス機関職員の合意という形に表したいと思う。それだけ問題「老人」であることは、代弁者としての私が一番よく知っている。それだからこそ、近親者の申し入れをさらりと交わした。今回サービスを決定するのは、サービス機関職員である。その最低限のサービスが現在のプランであり、今必要なプラスアルファの利用が如何なるかは流動的である。

時として利用者側の申し出を退けることもありうる。

生と死の選択  2007・5・5
昨日ALS患者の人工呼吸器装着時点の判断が話題になった。実際その確率は非常に低いということだが、その判断材料が本人の生きようとする力だという。生きる意志があってはじめて、呼吸器をつけても人生を全う出来るのであろう。
この究極の選択を左右する要素は何なのであろうか。
人生論として取り上げるつもりは無いが、人が生きるということにつながるようにも思う。如何に真剣に生きてきたかというその人の人生そのものがその決断をさせるのかもしれない。

妻が呼吸器をつけている二人に男性に共通している点があった。案外楽天的である。我が道を行く人生を送ってこられたのであろうが、これなら妻も安心して呼吸器をつけて生きながらえる決意をされたのかもしれない。
一方女性は如何なのであろうか???
共通して言えることは、非常に繊細な気持ちの方々である。夫の病気を知りお先真っ暗であったのであろう。最初の内は涙も見たが、最近は笑顔もこぼれる・・・随分強くなられた。これが患者会の力、ピアカウンセリング効果でありピアサポートと言われるものなのであろう。もっともっと強くなっていかれるものと思う。これなら安心して呼吸器を付けることが出来る。良い人生を全うしていただきたいものである。

この人生の大きな選択に、本人を取り巻く人的環境が大きく左右するように思う。果たして自分に置き換えたら如何なのであろうか?決断に時間がかかって間に合わないかもしれない。
果たして読者の皆様の環境は如何なものなのであろうか?良い機会だと思うので、周りを見回してみられる良い機会なのかもしれない。

仕事は生きるための手段でしかない。しかし、介護・福祉の仕事は生きる手段でしかない仕事を通じて色々な方の人生に触れることが出来る。考え方にも触れることが出来る。何故かこの仕事が好きになってしまい、数多くの人生に触れてきた。

日曜日の半分が・・・。  2007・5・4
午後から「難病ネットワークとやま」理事会で日程調整をした。
事務所に帰ってスケジュール表を確認すると10月までの半年間、日曜日の予定が詰まってしまった。中にはダブっている日もあり選択の必要がある。
遡って確認すると2月11日に休んで以来、日曜日にも何らか用事(仕事とは言わない)をしている。半年先の話で半分用事があれば、まだまだ予定が出て来る可能性もある。ヤバ〜〜〜イ。明後日はゆっくりと休むことにしよう。

その最終の行事が、10月27日(土)〜28日(日)開催される第9回全国難病センター研究会。昨年春に行なわれた第6回センター研究会で開催が決まっている。会場と周辺の準備は一応済んでおり、あとは全国難病連幹事の北海道難病連で全て手配していただける。しかし、せっかく県内で開催されるのであるから、一人でも多くの関係者にご参加いただき、難病ネットワークが県内全域に拡がるような効果をもたらしたいと広報に力を入れる予定を立てた。少なくとも厚生センター保健師さん等、関係者には是非ご参加いただきたいものである。

そこで難病相談支援センターの話題になったが、今年度からがらりと人事が変わられたのでお手並み拝見といきたいところだが、大きな期待は無用の長物のような感じもある。広報もサラリ・・・に留めておいた方が良い雰囲気の方だと話の中から感じた。
人事異動の新任者は経過を知らない。

このような状態であるから時間内の会合には出来るだけ参加しない方向で行こうかと思う。行政はケアマネ教育の一環として市サービス事業者連絡協議会・介護支援専門員部会を利用している。これは市独自で行なわれれば良いと思う。6月13日(水)開催の県居宅介護支援事業者協会総会は時間内に行われるが、個人加盟の皆様は有給休暇を使って来られるものと思う。来年度からは日曜日開催も考えても良いのだが、それでこそ事業者から独立した職能団体の総会と言えるのではないだろうか。

という状態なので、しばらくの間ネットワークの輪を拡げることは考えなければいけないと思う。私の中ではもう充分にネットワークは拡がっている。
県MSW協会の総会や患者団体の設立総会やイベントなども定期的に入ってきている。そして個人の行動としてのネットワーク作りには限界を感じている。ヘルスケア北陸ブロックの地域学習会の拡がりに大きな期待をして、ネットワークの拡大に終止符を打とうと思う。

思い返すこと3年数ヶ月前、HPをキッカケに、二名の方からお誘いがあった。ネットワークに関するお誘いである。
今その二つのネットワークが大きく拡がりをみせている。そして絡み合ってもいる。この広がりと重なりを継続させていただきたいと思う。

住所地と居住地  2007・5・4
住所地と住んでいる所が違う場合には、住所地で保険料を納めることになる。
介護給付に関しては、居住地でサービスを受け、住所地の保険者に報酬を請求することになる。居宅サービス計画作成届出書を提出しておけば、居住地の居宅介護支援事業所に対応していただける。
この関係を予防給付に置き換えた場合、居住地の地域包括支援センターが対応をすれば良いことになる。保険者の責任で作られたセンターであるから、保険者間で調整をされても良いわけである。

が、しかし、住所地の地域包括支援センターから相談をいただいた。県内にネットを張っていることをご存知であるから、ケアマネジャーを紹介してくれないかということである。心当たりに電話をして検討していただくことにしてある。
認定調査は如何されたのであろうか???

今日、その両方に出かけるので調整を取ってみようかとも思う。こちらには昨日相談していただいた担当者も出勤であるし併設施設にも用事がある。丁度好都合でもある。
もしかしてこの担当者、私に相談したことには別の意図があったのかもしれない。実際は判らないが、行政に提言しておかれることを勧めておいた。
居住地の地域包括支援センターを確認して帰りに訪問して来ても良いと思っている。行けば行ったで情報交換にもなるし、良い機会なのかもしれない。

今回は住所地と居住地が近かったから良いものの、仮に北海道と九州だったらどうなるのであろうか?それでも委託機関の地域包括支援センターに委託されるのであろうか?これは保険者の責任で解決しなければいけない問題だと思う。
実際、遠隔地の保険者から認定調査を依頼してきているケースもある。このケースも認定調査は依頼しておられるであろうから、認定の結果如何なるのかは予想出来る筈である。対応出来ない情報までを流すことのないようにフイルーターにかけていただきたいものである。

こう書いてきて気付いたが、もしかして保険者間・担当者間の連携は無いのかもしれない。

今月は実績も早い  2007・5・2
かなりハイピッチで実績を送っていただいている。今日中に地域包括支援センターへの実績報告も完了出来る。
最も連休後半に実績を作ろうと思っている民間事業所もあるが、ここは何時も日曜日に実績を送ってこられる。今月は8日が最終と予測している。

実績を届けていただける事業所もあるが、この時期にも訪問をしているのでほとんどお逢いすることはない。サービス事業所が実績を届けに居宅を訪問している姿は随分見るようになった。
しかし、居宅の大半は何時行っても人がいる。ケアマネジャーの仕事は事務所にはほとんど無いのだが、何をして時間が過ぎていくのか一度お尋ねしようかとも思っている。

ケアプラン(ケアマネジメント)は文章じゃないよ・・・とは日頃から言っていることだが、動くと必ず仕事がある。電話のこともあれば、訪問先々に日々の問題は膨れ上がっている。言葉一つで解決する問題もある。
そういった心のやすらぎが生活の力を生み出すのかもしれない。問題のありそうなところを中心に巡回するが、一番問題なのは一見問題の無さそうな方なのかもしれない。特養ホームにいたときは元気な方にほど関わりは少なかった。

ということで朝から訪問の予定を組んでいたが、朝晴れていたので会議室へ自転車で来たところ雨に降られて動けなくなっている。空も明るいので、もうしばらく様子を見て・・・突っ走りますか・・・。

家族・親族会議  2007・5・1
認知症の老夫婦の生活がそろそろ危なくなってきた。妻を元気付けながら何とか今日まできたが、そろそろ家庭内にも入り込む必要がありそうである。
妻の意見書にはアルツハイマー型認知症が明記されているが、ここ1年半ぐらいお付き合いさせていただいている限りでははっきりとした根拠はないようである。

今回の受診では、総合受付では神経内科へ繋がれたそうである。CTを撮ってみるという意味ではそれで良かったと思うが、高熱のため内科へ回された。アルツハイマーの確認こそ出来なかったが、支援の経過の中で機会もあるものと思う。とにかく体調は思わしくない。

そういう状況下で連休中に家族・親族会議を開くことになるが、老夫婦だけでは生活が出来ない状況になってきている。介護保険サービスは勿論のことだが、親族の関わりも必要になってくる。もしかして住み替えの可能性も出てくるのではないかと方向性を廻らせている。生活のスタイルを考えるという意味では、意味のある家族会議になるのかもしれない。

久しぶりにまっさらの状態で家族会議に臨むことになるが、過去には色々な家族・親族会議を体験している。
病弱の母を抱える単身の長男が、実家の叔父からもそっぽを向かれていた。母方・父方の親族が集まったわけだが、一切協力をしてもらえなかった。日々の親族とのお付き合いは重要なことだと思う。が、やはり事情があった。

利用できる社会資源として、家族・親族・近隣・知人友人・・・とあげられているが、中には利用出来ない資源があることを知る必要があるように思う。
そういう意味では、今回の会議はそう苦労する必要もないものと思うが・・・実際は判らない。

このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです

包括支払方式(DPC)2007・4・30
先日のMSW勉強会では、入院患者に対するDPC方式を採用している医療機関から、MSWと事務担当者を招いて講義を聞いた。
講義資料に日本経済新聞2007・3・24発行分が添付されていたが、これこそが今後の医療費の方向性を決める重要な内容である。
小見出しに『医療費抑制「骨抜き」の恐れも』と書いてあるがその可能性は充分にある。
予防給費で月額定額制になったサービスもあるが、サービス制限も出てきているように聞いている。
私の担当ケースでは従来よりも負担が増えたケースも多く、必要量と介護度は一応マッチしている。というか、適正なアセスメントに基づけば事業者に有利な報酬単価である。
必要量を回数で制限することは適切ではないと考えるが、医療においてもそのことが言えると思う。疾患別に医療費を決められたのでは堪らない。かと言って「医者は薬を出さんと儲からん・・・」と言った悪徳医師がいることも事実である。

概要をご紹介する。
【厚生労働省は七十五歳以上の高齢者を対象に、外来診療でかかる検査や投薬の数量にかかわらず、同じ病気なら定額とする「包括払い方式」を導入する方針を固めた。二〇〇八年四月から導入する。過剰診療を減らす狙いで、患者の医療費負担も減る公算が大きい。特定の主治医が外来診療から在宅ケアまで対応する公的な「かかりつけ医」制度と一体的に導入し、医療の効率化を目指す。】

この中で気になるのが「公的な【かかりつけ医】」という部分である。
介護保険法にも「公的な【介護支援専門員】」が誕生することになるのかもしれない。

某社会福祉法人の腹の中  2007・4・30
デイサービスを希望されたので3ヶ所に候補を絞り、内一ヶ所は見学したことがあるからということで、内二ヶ所の見学を行なった。丁度文化祭の日であった。
結果利用施設を決めていただき申し込みをすると、見学当時は空いていたが後日定員がいっぱいになったと言われる。本人にも緊急性は無かったので、空きを待つことにしてあった。
それから4ヶ月、先月末に空きがあるかもしれないから調整してみますと電話をいただいた。結果定員いっぱいでもうしばらく待って欲しいということであった。

先日近くからケースが出たので、訪問の上空き状況を聞いてみた。利用日の指定は無い。別の担当者であったが、〇×△曜日が利用可能です・・・と。
家族に電話で伝えると「それじゃ〇曜日にします」と全く無作為に利用日が決まった。
昨日午前担当者会議を終え今週からの利用が決まった。

夜5ヶ月間待っている別居の子から電話がかかりお逢いした。本人の状態が不安定なので、夜は連れ帰られているということで、子の自宅にお邪魔した。
老夫婦で何とか生活はしておられるが、心配な家庭である。その妻が倒れたということで、サービス利用にも緊急性が出てきている。本人に自覚は無いが、想定していたことが起こっている。そういう意味からも気晴らしと専門職の日々の変化に対する「目」をサービスとして計画していた。

利用者の希望するサービスと担当ケアマネが必要とするサービスが得てして違うことがある。相談からそろそろ半年経つので、専門職の目から見た生活プランを提案することにしようと思う。
説明と合意・自己決定が原則でもあるので、何故ケアマネがその施設を勧めるかもご理解いただかなくてはいけない。施設見学をして来たということで、その時には見学施設から外していた。おそらく施設しか見てきておられないであろう。

連休を利用して長男が帰ってこられるという。子(長女)が現状を話して呼んだそうである。昨年夏に病識の無い夫が入院された時に一度お逢いしているので二回目になるが、家族会議に加わることにした。

その話の中で、デイサービス利用を申し込んであった日を確認すると〇曜日であった。予測はしていたのだが、予てより管理者が私を煙たがっている気配を感じていた。もしそうだとすればこれは大問題である。
今回は担当ケアマネが考える最適のサービスでプランを組み立てるが、いずれこの問題は解明されるであろう。現在利用中の方も含め、頻繁に施設に出入りをする必要がありそうである。

菜の花とお抹茶を楽しむ会  2007・4・29
今日は快晴の良い天気で、菜の花も色鮮やかな黄色に咲き誇っていた。

初回は静かにお茶会だったが、次回は七夕に合わせフリーマーケットを企画するそうです。難ネット(難病作業所ワークスペース・ライブ)にも誘いかけてみたが、7月にもう一ヶ所予定しているということで、製作が追いつくか連休明けに相談してみるということだった。
戸出の施設として、戸出の祭りに合わせていく予定のようである。
次回はトランポリンでもやろうか・・・ということで、障害児(者)がトランポリンの上で舞踊る姿が目に浮かぶ。楽しいんでしょうね。

ところで今日珍しい方にお逢いした。
約20年前、子供が水泳をしていた頃ご一緒したこともあるが、遡ること更に25年前、クラブ活動でご一緒した方である。彼女の人生も波乱万丈、一時プロの競技に席をおいたこともあると聞いている。特徴のある、濃いメーキャップが印象的な競技である。
人生色々、経験豊富な方は物腰も柔らかいですね。

書いている途中で電話がかかり訪問してきたが、遠方から連休中に規制されるということで、時間調整のうえお逢いすることにした。主介護者に危機が迫っている。

「独立性・中立性の確保」  2007・4・29
そろそろ2年になるが、法改正に向けて厚生労働省が掲げた一つの柱である。集中減算等、加算・減算にその姿を見ことが出来るが、求められているのは専門職に対する理念である。
在宅介護支援センター(老人介護支援センター)がその理念を貫くことが出来なかったことから、地域包括支援センターと名を変え、役割も追加されて誕生したが、原状は果たして理念を取り戻すことが出来たのであろうか???そして行政の責任は何処へ行ったのであろうか。
地域包括支援センターには地域の拠点施設として、地域の介護支援専門員に対し「独立性の確保」の見本となっていただきたいものだと思う。

職能団体としても「独立性の確保」に取り組まれつつある。個々のケアマネジャーの意志によって加盟していただこうということである。行政主導で作られた介護支援専門員組織ではあるが、自らの力で職能団体への脱皮を試みていかれる。組織のあり方としては完璧な構想が描かれているが、如何に実践していくかということである。そして理念を如何にして根付かせていくかということである。

地域包括支援センターの「独立性・中立性の確保」に関して文書にしていただいた。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/2tiikihoukatusiennsennta-notorikumi.htm
是非実践していただきたいものである。
しかし、併設居宅には可笑しな考え方の方もある。先ずは身内から理念を身に着けていただきたいものである。

妻が・・・。  2007・4・27
夕方事務所に着いたところへ別居の子から電話がかかった。
「近所の人に〇〇病院へ連れていってもらっている・・・」ということで、家の前の路上に倒れられたそうである。走り出して携帯を手にした(交通違反である)。

最後の訪問先が夫が通っているデイサービスで、ほんの5分前には夫と会っていた。明日から一泊ショートステイの利用予定だが、今日家に帰ることが出来るかどうか判らない。とにかくベッドの確保を・・・と走りながら考えた。
幸い5月2日までは確保出来た。

総合受付で何科を受診しておられるか聞いて待合室へ向うと名前を呼ぶ声がする。そちらへ行くと「〇〇さん・・・」と逆に呼ばれた。近所の方だが、私も知り合いである。本人は車椅子にきちんと座ることも出来ずに目もうつろである。熱は39度2分。つい2〜3週間前の夫と同じである。「一週間ご苦労さん」の妻である。

インフルエンザでもないし胸の写真もきれいだし・・・ということで、点滴を受けて家に帰ることになった。その間子も到着していたので、時間予約していた新規の方にケアプランの説明に向った。

後程ショートステイ(本日分は私費)で夫に妻の状況をお話した。「体調が落ち着くまでここにいてね・・・」一応の頷きはあった。
主任に状況をお話して帰えろうかと思ったら手招きで呼ばれ「頼んだぞ・・・」と。
主任と目を見合わせたが、日頃このような言葉は出ない方である。

妻に何かあったら・・・如何しよう。と相談を続けてきた方だが、自分の意思に反する入所は勿論出来ない。対応できるとしたら精神科病院である。と思っていたが・・・もしかして対応できるかもしれない。この一言を聞いてそう思った。

かって「ショートでは対応出来ないけど、入所なら大丈夫ですよ・・・」と言っていただけた施設がある。入所申し込みはしてあるが、介護度も上がっているし、状況を聞いてみようとも思う。何か口実をつけて訪問したい施設でもある。

昨日はのんびりと・・・。  2007・4・26
たけのこ料理へ行くのに11時、ヨーガ教室・リハビリジムを出発する予定だったので、2〜3件提供票を渡してから行く予定をしていた。
最初に向ったデイサービスでは、朝早くから担当者会議が開催されていた。ここは後日にすることとして次に向った先では、訪問すると入浴中だということでしばらく待つことにした。
その間管理者の方と話をしていたが、話に花が咲き長くなってしまった。時計を見ると10時半に近い。利用者との話もそこそこにジムに向った。

ジムではそろそろ整理体操に入っていて、「こぶら」と名頭けられた体操の真っ最中である。コブラがトグロを巻いた姿を思い起こしていただければ良い。先日の機関誌には写真が紹介されたが、一番写真になる体操でもある。

体操が終わってからお茶を飲んで出発した。会場の禅寺へ着いてから、本堂をお参りしてから部屋に入った。料理の説明をしていただいてから食事を始めたが、材料は全て裏山で取れたもので、たけのこ+山菜の料理である。ゆっくりと食事をしてからゲームが始まった。
思い思いの単語(5・7)の短冊を作って、俳句・川柳に並び替える。傑作は機関誌にも投稿するということで、編集長も決まった。

次のゲームは二人一組で、ランダムに並べられた数字を探すゲームで、脳の柔軟さを測るゲームである。〇個見つけたら〇歳とのコメントがある。
DBS手術を受けた・言語に不都合のある・ON−OFFのはっきりしない方とコンビを組んだが、細い目で見つけて指差していただける。二人で小学校3年生位の脳の柔軟さがあると判定された。

午後から少し仕事をする予定でいたが、こういう訳でのんびりになってしまった。乗り合わせで送り届けたのが4時半頃だったので、直接富山へ走ろうかとも思ったが少し早い。2軒ほど立ち寄って提供票を届けてから県居宅組織委員会に臨んだ。
家に帰ると9時近くになっていたが、前日も遅かったので早々に寝ることにした。駆け足であり、のんびりとした1日でもあった。

たけのこ料理  2007・4・25
たけのこが美味しい時期であるが、今日の昼食に誘われている。

元々禅宗のお寺で始まったのであるが、そのお寺を取り囲むようにたけのこ料理店が立ち並んでいる。今日の目的は料理屋さんではない。
この寺も禅宗だと思うが、裏山に竹林を作っておられる。自給自足出来るようになっていて、裏山の散歩も出来る。山を利用した庭も造ってある。つつじの時期には見事な花を咲かせる。

昨年はゴールデンウイークに行って来たのだが、今年は人数も増えて貸切になってしまったのでこの時期になった。月末でもあるので躊躇していたが、行けば行ったで役割もある。一夫婦が参加出来るようになった。帰りは夫を家まで送り届ける。
もう一人誘ってみたが、今日は受診日だった。本人は非常に残念がっておられた。

会の中に分会が出来て、その分会の有志が健康作りをしている。そういった仲間内の会なのであるが、良いピアカウンセリングが出来ている。出てくるだけで元気になる方もあり、生きる力は気の持ちようにあることを感じさせていただいている。

滅多に外出できない(通所・通院は別として)方が先日隣保班の方々の協力で一泊旅行に行って来られた。「行ける時に行って来よう・・・」と友の会のバスハイクにも誘ってあるが、参加出来るのは今年が最後になるかもしれない。介護はお任せいただくこととして、参加しようという気持ちがあれば行くことは出来る。

スタンプラリーも予定通り終わったし、今日はのんびりと楽しんで来ることにする。提供表の配布は残っているが・・・。

Re: 居宅サービス計画作成依頼届出書  2007・4・24
住宅改修の理由書を書いただけでサービス計画作成依頼届けをすること自体が可笑しい。本人家族は被保険者証に居宅介護支援事業所名が書かれていることを知らなかった。パンフレットは山ほどあったので、これではセールスマンである。

一応の礼儀として家族から居宅変更の意向を伝えていただいたが、担当(?)は留守ということで、内容が判らない方が電話に出た。判らないと言われるから名前を名乗って電話を欲しい旨伝えた。
後程家族に電話がかかり、切りの良い5月1日付で変更届を出して欲しいと担当(?)者が言ってきたということである。
この意味がまた不明である。

サービスが継続していたにしても、担当を変えるということであるから月の途中でも変えれば良い。私はそうしてきた。
今回のケースは全くケアプランを作っていないケースである。ケアマネとしての知識や制度の理解度もこの一言で判る。サービスは5月から予定しているが、それまでの1週間で緊急事態が起こらないとは言い切れない。緊急事態の要素もケアプランには明記してある。

急造されたケアマネに大きな問題があることは指摘されているが、全てではない。中には確りとした信念と理念を持ち合わせた方もあるが、このようなケアマネも混ざり込んでいることは事実である。たった一言で評価できるようなことは言うものではない。ケアマネ協で仲間として育てていかなければいけないのだが、基本中の基本を教える講習が無いことは残念なことである。教えているのかもしれないが、消化する力が無いのかもしれない。

施設にオンブしていれば何時までたっても成長は無いであろう。個人の意思でケアマネ協に加盟していただきたいものである。
6月の規約改正の総会時にはどの位個人加盟のケアマネが出ているか楽しみなところでもあるが、この辺りにもその物差しがあるのかもしれない。

もしかして・・・。  2007・2・23
一部負担金の引き落としが出来ないと、昨日レンタル事業者と一緒に訪問した。玄関チャイムの電源が入っていない様子なので、携帯電話に電話をするが電源が切れている。友人にも電話をしてみるがこちらもつながらない。
玄関ドアをノックしても応答がない。

先週の日曜日に訪問した時にはお逢い出来た。引き落としが出来ないことを話し、集金に来ても良いか聞くと、現金がないから20日の11時に来て欲しいということであった。レンタル事業者にその旨伝え、約束の時間に行ったが逢えなかったということで昨日の同行になった。

お互い「取立てみたいで嫌だね・・・」と言いながら、前を通りかかったらのぞいてみることにした。
元々公的保険には入っておらず、発症してからMSWが保険を受けることが出来るようにしたという経緯もあるので、それ以降の保険料も入っていないのかもしれない。保険者に確認する必要もありそうである。

帰国予定もあるので用具を引き上げようという話も出ているそうだが、もっと大きな解決方法を執る必要もあると思う。
先ずは保険料が入っているのかの確認から始めることにしようかと思う。
今回はレンタル事業者と歩調を合わせることにする。被害を被っているのはレンタル事業者であり保険者である。

Re: もしかして・・・。  2007・4・25
昨日レンタル事業者から電話があった。
子に会えたので、用具は引き上げて来たということだった。
購入も含めて利用料は支払っていただけないので、昨日提案していたように、保険者の耳に入れておいた方が良いのではないかということである。

月末で日程も混んでいるから、来週行って来ようかということだが、今日支援経過だけは届けたいと思う。時間さえ合えば、今日にでも解決させたい問題である。

逆療法・・・。  2007・4・22
パーキンソン病でDBS手術も受けておられるが体調が良くない。原因は判っている。
左脳電極が僅かに的を外れているので、もう1本電極を入れようという話がコースに乗っている。

パーキンソン病薬を継続的に服薬すると色々な障害が出る。排尿障害もその一つである。
今朝電話がかかり、「入院できる病院はないか???」ということである。答えは「ない」であるが、先日1週間の入院で導尿を習ってきておられる。だから答えは「ない」である。
訪問してお話したが、心からの納得ではなかった。そこで逆療法を使うことにした。

ちょうど午後から県パーキンソン病友の会役員会が予定されていた。「役員会に行きますか???」との答えは待ったなしの「行く」だった。
で同行することになったが、会場の会館で一緒にトイレへ行った「シャ〜〜〜」と音が聞こえた。「良かったね・・・」
これが日常的な現象ではないが、リラックス出来ると「障害」も障害ではなくなることもある。その様な現象を過去にも見てきた。『気持ちの問題』である。

ということで帰りの車の中で「タケノコ料理会」の話をした。「行く・・・」ということなので幹事に電話連絡をしたがお話中だった。
家まで送って妻に告げると・・・その日は受診でしょ・・・と。今一番重要な泌尿器科受診を忘れていた。

自信が持てなくなった方を、従前通りに連れ出すことも良い。
「逆療法」に参加意欲が見えてきた。患者会参加を目標にすれば大丈夫だと思った。

といつくどん初回イベント2007・4・21
発送者は「といつくどん」になっているが、開所式へのご挨拶お礼)も兼ねた案内書だから(と勝手に)連絡先は「つくしの家といでサポーターの会 世話係」になっている。
来週29日(日)に「菜の花とお抹茶を楽しむ会」が開催される。
この菜の花は、開所に向けて「つくしの家といで」の前の畑(自治会長ご自身の畑)に植えていただいたものであり、この一帯では連休中に「菜の花フェスタ」が開催される。その一環なのかもしれない。

とにかく第1回のイベントがスタートする。
敷地内の畑を耕して家庭菜園に作り上げる計画もあるし、防風林も随分スリムになったと聞いている。庭師さんのボランテイアもあるようである。
デイサービスを核とした、大きな人のネットワークが出来ていけば良いと思う。ネットワークは人と人との繋がり、そのネットワークを自由に作ることが出来ることに希望を膨らませている。

「友だちの友だちはみな友だち・・・」この関係をごく自然に作って行くことが「といつくどん」の役割なのかもしれない。

チルト&リグライニング車椅子  2007・4・21
一昨日の担当者会議には驚いた。
福祉用具が追加になる可能性があったので事業者も呼んでおいたが、サービス提供責任者(看護師)・PT・介護職員・運転士のメンバーが到着した。会議開会の挨拶祖済ませると各々の立場で検証が始まった。そして各専門職の間を渡り歩いていた。
資料は前もって渡してあったので皆様状況は充分に把握しておられる。必要なメンバーが集まられたわけである。デイケア利用の担当者会議である。
数十年前の交通事故による頚椎損傷をワイヤーで固定する手術が為されているが、PTから特殊な車椅子が必要だと指摘があった。

昨夕、追加になった用具を搬入すると連絡があったので同行したが、車椅子も随分改良されている。背が大きい方なので、最大限にセットして試していただいたが、快適だということで、ベッド生活からの離床にも役立ちそうである。
用具事業者とのヒソヒソ話しだが、PTの指摘が無かったらスタンダードタイプの車椅子を準備していたものと思う。やはり担当者会議には各専門職が一堂に会する必要がある。ケースによっては各専門職が一緒に出かけられるというから流石・・・である。

今朝は送迎が気になるケースがもう1件あるのではしごをするが、利用状況の確認もしなければいけないし・・・スタンプラリーが捗らない月末でもある。

地域連携室  2007・4・20
県西部のMSWの勉強会に参加させていただいているが、顔ぶれがほぼ決まってきている。
今回退院に関して相談をしておられた病院の地域連携室からは参加がないが、一度だけ退院相談に同席したことがある。相談の進めかたやその内容に少し問題があった。MSWではないから勉強会にも参加されないのだが、先ず相談技法を身につけていただきたいとその時に思った。

ハザマの方の妻から昨日電話をいただいたが、一ヶ所はダメだったが、もう一ヶ所で受けていただけたということであった。地域連携室が関わりながら、退院・転院援助が出来なかったということであるが、納得出来る内容でもある。どこが違うかというと、主体が違うということである。
相談の主体は相談者であり、相談員ではないということである。これは根本的な問題でもあるが、病院の立場で相談しておられる。
ケアマネジャーにもそのような方は見受けられるが、相談員には中立の立場が求められる。

当面の問題は解決したが、しばらくの間、同じ問題が継続する。このハザマを如何解決していくかに関しては利用出来る社会資源を見つけていく他に方法はない。
公的制度が利用出来なければ私的な資源ということになるが、住居の問題も出てくる。そういえば最適な人材があった。しかし家族にも介護力は残っている。その家族介護力を引き出すためにも住宅の改修が必要になる。高齢者が多くなるのであるから、飲食店に階段昇降機があっても不自然ではない。

昨日1件、申請から2ヶ月もかかった認定が下りた。書類も揃えたので、今日から本格的に訪問をはじめようと思うが、今月は駆け足になる。何とかなる見通しは付いているが、勢いがあるからまだ新規相談が舞い込みそうな予感もしている。待った無しの相談が多かったので、1件は来月からのサービス提供にしていただいた。担当者会議も開催しなければいけないし、認定待ちも1件あるから、提供表を配り終えるのは連休にずれ込みそうである。

ハザマの要介護者  2007・4・18
脳(血管)障害ではない認知症状があり、怪我により一時足の切断も検討されていた。幸い切断しなくても完治に近くなっている。障害者ではないが生活介護が必要である。入院から3ヶ月経った今週の土曜日に急性期病院から退院を迫られている。

地域連携室等を通じて転院先が探されているが、受け手が無い。
リハビリ機関で入院は難しいだろうし、負担の問題もある。医療・介護制度のハザマをさまよっておられる。
「せめて体力がつくまで1ヶ月だけでも入院したい・・・。」という意向がある。
何ヶ所か打診しておられるが答えが無い。「全額私費で対応していただけないでしょうか?」と候補に上がっている病院に打診していただくこととした。
週末の退院だから時間が無い。明日打診していただき、入院先が見つからなければ、在宅で看るしか方法が無い。その手順を踏んでいただいてから相談にのることにした。

明日も忙しい日である。
10;00に大学付属病院受診に立会い、午後その足で担当者会議に出席。その後時間があるから電話をいただきたい旨伝えてある。
果たしてどのような展開になるのか。
ベッド購入からデイサービスも私費利用出来ないか検討しておいていただくことにした。制度に乗るか乗らないか・・・。保険等制度を使わなければ利用出来るであろう。まさか「指定」が障壁になるとも思わない。投げかけだけはしておいた。

退院援助  2007・4・18
MSWのお株を取るつもりはないが、今日・明日と退院が続く。何れも退院に関わる必要がある。
今日はショートステイまで送り届ければ良いのだが、明日の退院は少し複雑である。

先日来何度か救急車のお世話になった排尿障害の方で、先週の受診時に入院になった方から電話がかかった。明日退院だと言われる。脳外の受診が明日であるから電話で確認しなければいけないと思っていたところなのでタイミングが良かった。
「脳外受診後一緒に帰りましょうか?」と言うと「妻が支払いも兼ねて午後来るから帰りは一緒に帰る。」ということ。DBS手術が日程に乗る受診でもあるし、本人の意思決定が未だである。この診察・相談にだけは立ち会う必要がある。何しろ頭に穴を開けるのであるから・・・。

本人の一番の心配は、これ以上言語障害が酷くならないかということである。現在も障害はあり、電話での言葉は半分くらいしか聞き取れない。それでも言葉をつなげて、こちらから確認するということを行っている。確かにこれで限界である。
言葉と体の動きを両天秤にかけて手術の選択になるのだが、他人事だからといって無責任なことは言えない。

筆談は字が思うように書けないから出来ないのだが、手話という方法もある。私の得意なジェスチャーもコミュニケーションの一つの手段だが、外人さんには良く使う手である。
「何とかなりますよ・・・」とは言うが、手術を受ける受けないは本人の決定である。担当ケアマネジャーとしてその場に居合わせる必要があると思っている。

認定結果も明日出ていると思うので、それを聞いてから病院へ直行することにしたいと思う。

居宅サービス計画作成依頼届出書  2007・4・17
ケアプランを作ってはじめて効力を発する書類だが、相談予約のつもりなのか、サービスを利用する前から、被保険者証に事業所名が書き込まれた被保険者証を目にすることがある。
「この地区は〇〇苑が担当です。」と尤もらしいことを言っているが、ケアマネジャーを選ぶのは利用者の自由である。選ぶ事が出来ない。変更出来ないと思っておられる方も多い。
この詐欺まがいのことをやっているセンターが何ヶ所かあることは掴んでいるが、今回また、その真相を目にすることになる。居宅変更の意向を家族から電話していただき、向こうが如何言うかである。

ケアプランはケアマネジャーの商品だが、通常契約は商品を見てから行なう。私は契約を一番最後に、そして届けは契約後提出している。先ずはケアプランをお見せしなければいけないであろう。
そこでケアプラン作成のために一通の書類をいただいている。相談の結果ケアプランが発生しなければ届けをする必要はない。また、相談だけで解決する問題もある。

「医療・保健・福祉等に関する相談窓口(ケアマネジャー)の選任申し込み書」がそれであるが、裏面にケアマネジメント実施要綱を載せている。これで全ての機関との調整も行えるし、別に契約を先に持ってくる必要はない。
相談の上、ケアプラン(案)をお示しして合意いただければ、重要事項等の説明を行い契約が成立する。そしてサービスが提供される訳であるから、ここではじめて計画作成届けを出すことになる。
しかし、ケアプラン(案)も無いのに届けが出ている。被保険者証を汚しているだけの話だと思う。本人・家族ともに被保険者証に事業所名が書かれていることをご存知では無かった。

少し前のことになるが、認定調査時に届出書に事業所名を入れて渡していた委託機関併設居宅のケアマネのことも書いたが、同じ手口を執っているものと思う。少しレベルが低すぎる。しかし行政の持つ個人情報が集まる(集まった)機関である。昨年度末までは忙しくて仕方が無かったそうである。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/2tiikihoukatusiennsennta-notorikumi.htm

保険者の考え方も示されたことであるから、何れは解決する問題かと思う。
常識外れのケアマネもかなりの数リストアップしているが、ここまで来れば行政(保険者)の恥でもある。一応ご指摘はしてあるので、善処されることだと思う。

読者の皆様も、「相談申込書→ケアプラン(案)→合意→重要事項等説明→契約→サービス計画作成届け提出」といった手順を参考にしていただければ幸いに思います。

一週間ご苦労様でした。  2007・4・17
先週火曜日に39度台の熱で入院された方が帰って来られます。
主治医も予想されたらしく、入院時に「治療のために身体拘束に同意していただきたい・・・」と切り出されました。妻を促がして同意書にサインをしてもらいましたが、何とか1週間看ていただけました。

介護に疲れ果てた妻に、せめて町内の老人クラブの旅行に行ってもらおうとショートステイを取ってありましたが、予定通り入所出来ることになりました。万事計画通りに進んでいます。

肺炎?肺がん?といった微妙な影が発見されていますが、通院で少し様子を見ていただけるということです。老夫婦にとっては通院も大変でしょうが、今度こそは通院を続けていただきたいと思います。病識がなく、昨年夏の入院時には1週間後に再入院になってしまいました。

それだけの熱を出しながら、入院してから食事は全量摂取だったと言われます。戦前生まれの方は身体の構造が違いますね。

1週間に3件の相談はキツイ。  2007・4・16
一昨年の夏のことでした。1ヶ月に10件の相談がありました。現在継続中が6件ですから、我が社の歴史に残る実績です。今、もしかしてそれに迫る勢いがあります。民生委員・医療関係者・患者会ルートでの相談です。行政ラインはありません。
1年半ぶりに相談が軌道に乗ったようです。

その間に法改正もあり、ケアマネジメントの「公正中立・独立性の確保」は担保される・・・はずでした。しかし地域包括支援センターが機能していません。今日の確認事項ですが「三職種で予防プランを分担」しておられるそうです。「本来の仕事は全国的に出来ないでおられるそうですが・・・」の問に対するお答えです。素直にお答えいただけました。

現状を変えるためには専門職の意識を変えなければいけません。
出来ないセンターは名乗りを上げて、法や制度を出来るように変えていかなければいけません。とは言っても、現状の全国組織では出来ません。先ず組織改革を行なう必要があります。現在存在する組織でも充分に対応できます。
数ある組織の持つ真の機能を専門職の皆様には見分けていただきたいと思います。独立・・・の宣伝ではありません。

県パーキンソン病友の会総会  2007・4・16
昨日無事総会が終了したが、健常者と違って、先ず参加することが大変である。要介護5と要介護3の方の参加があったが、要介護3の方を追跡すると、約3時間の総会に参加するために、家を出てから帰るまで8時間かかっている。その間乗用車から車椅子への乗り換え2回。やはり車椅子車両が必要である。

昨日ご一緒した中に、病名こそパーキンソン病と言われているが、関連疾患の方もおられる。小脳変性症や症候群の方も含めて、薬は概ね良く似ているが、症状が微妙に違っている。大・中・小脳の各疾患の皆様が一堂に揃われたわけである。

総会に先立って行われた音楽療法は、この1年間で3回目になるが、毎回趣向が凝らされている。人をひきつけ、会場を一つにする手法は流石であるが、会場も盛り上がった。
1時間余りの講座だが、懐かしい歌を中心に、快い運動にもなった。腹から声を出すことは健康そのものでもある。明るい雰囲気が会場を包んだ。
会結成5年目に入るが、この節目に全国友の会へ参加する決議もされ、6月の全国総会へ10数名で参加することになる。

友好団体からの参加もあり、また立ち寄っていただけた方もあり、そして2件の相談も舞い込み、余韻を残す総会でもあった。
1件は即決出来る内容だが、1件に関してはかなり困難な問題が潜んでいる。地域では解決出来なかった問題でもある。

女性活動家の夫・・・。2007・4・15
夫婦関係は外から見ただけでは判らないと思うが、夫の存在が気になっている。未来の活動家の夫とは日々のお付き合いを「一応」させていただいているので、今後もこの関係を続けさせていただきたいのだが、過去・現在の方に関しては情報が無い。聞いても良いのだが、聞かない方が良いようにも思う。
もしお目に止まっていましたら、お聞きしても良かったらご連絡いただきたいと思います。

過去の方には(ご覧になっていたらゴメンナサイ)活動の伴侶があった。現在の方に関しては取り巻を良く知らないので、ご存知の方はご連絡いただきたいと思います。ただ、HPで情報発信の協力をしておられる方があることは知っている。共通する点は、必ず第三者が関わっているということである。

男性活動家の妻は、往々にして内妻型なのかも(違っていたらゴメンナサイ)知れないが、果たして女性活動家の夫は内夫型なのであろうか???
社会活動ということで言えば妻にその場を譲るかもしれないが、社会的には如何なのであろうか???
夫婦は家庭内と社会では違う。
家庭内では妻に優しい夫が、必ずしも社会活動に関して(表現が悪いかも)優しいとは限らない。
違う言い方をすれば、仕事と家庭は違うということである。

『福祉は社会運動』と言いながら、色々な方とお付き合いさせていただいているが、肩のこる関係はない。そういう中で一つの共通点を見出した。夫以外の男性がいるということである。
「夫が優しくて社会運動にならなかった・・・」なのかも知れないが、「違う角度からアドバイスが欲しい・・・」ということだったのかもしれない。

何とか・・ようやく・・ではあるが、出来ている・・とも・・出来ていないとも言わないが、今度内緒でその夫とお酒を飲む機会が出来ないかとも思っている。
他の活動家の方々のご主人に関しても同じ気持ちなのだが・・・果たして・・・実現できるか・・・といったところだと思う。
彼女たちのパワーに屈しない男性にお逢いしたいだけの話である。

しかし、ひょっとして、社会のシステムが変わるかもしれない。
「男女共生社会」が謳い文句でなければ、当然現状でその目的は果たされているわけである。

人騒がせな相談者  2007・4・15
先日患者会から相談があった。主治医のところで患者会を知られたそうで、自殺願望もほのめかされたので同席して欲しい・・・ということであった。

お逢いしてみるとかなり病状も進んでいる状態だったので、病気が何かを知ることから始める提案をした。主治医の指示で総合病院へ何回も行っているし、検査の医療費もバカにならない・・・と。医療費にかける費用が勿体ないと言われる。小さな金額なのだが口にされるのでお金に困っておられるのかと思った。

話は一転して、マンションを売り払って有料老人ホームへ入る予定だと言われる。有料・・・???そんなのあったっけ・・・確かにある。見学もしてきておられる。入るつもりになっておられる。そこで有料老人ホーム入所→マンション売却→家財道具(高価なものもあり捨てるには忍びない)の置き場所の確保のコースで話が落ち着いていた。有料老人ホームへ入所出来るということであったので、同席した方が不動産会社を紹介して具体的に話を進めることになった。

この他にも、子がアメリカで外科医をしておられるということで、行政に相談したら子に電話をかけられたとか・・・勘当しているので本人には迷惑だったらしい。という話も伝わってきている。

昨日地域情報も入った。
地域では、民生委員・福祉活動員・ひとり暮らし推進員・地区社協も動いておられるらしく、状況は二転三転しているらしい。そして子が私の知る人物であることもわかった。「そういうことなら何時でもお話しますよ・・・」と昨日の電話は終わった。

最初の相談で話は逸らがされてしまったが、先ずは病気を確定して、予後を知り、その方向に向けて一緒に方向性を見つけて行く必要がある。
地域の皆様にはご苦労をかけたようだが、責任を持たなければいけない人物もわかったので、地域で手に負えなければ、家族・親族会議を開催することにしようと思う。
『介護問題』を解決する最終手段であり、唯一の方法は家族・親族会議である。

立場の勘違い  2007・4・14
立場を勘違いしている方の話を良く耳にするが、今も昔も変わらない。
特養生活指導員(当時はこう言っていた)の内示があったときに、寮母(当時はこう言っていた)室横にカウンターを設置する提案をした。
このカウンターをふれあいカウンター「ふれあいコーナー」と名付けたが、実はもう一つ意図があった。寮母室を正常に機能させるためである。
ここに立場の勘違いの話が出てくる。

今日は「ふれあいカウンター」の機能に関してご紹介するが、廊下の少し入り込んだ空間を利用して設置したもので、廊下側から見れば邪魔にはならない。重度認知症の方々が廊下を行き来し、疲れた時の止まり木の役割も果たしていた。簡単な事務もそこで執ったが、止まり木に止まられたら話し相手にもなる。話の内容から、何歳ぐらいの世界に生きておられるのかも判る。中には話も出てこない方もあるが、相当重度である。

ふれあいカウンターで寮母相手に会議を開いていた時のことである。
止まり木の常連さんが寮母を睨みつけて行ったそうである。「こわ〜〜〜い・・・」という話になったのであるが、止まり木利用者は私のガールフレンドでもあった。認知障害を持っても嫉妬心はあるようである。ライバルをにらみつけた・・・ということであろうか?

この方は元看護師で医師に連れられて戦前大連に渡っている。そこで出来た子が唯一の身内であり、近くには住んでいなかった。緊急事態があれば飛んで来ていただけるが、泊まるところは空き家になった本人の自宅である。
一度排便障害であの世とこの世をさまよい歩かれたことがある。対策を具体的に相談していたが、この内容が今思っても可笑しい。
葬儀の段取り・僧侶の段取りまでしていたのだが、よ〜〜〜く考えてみれば遺体は親族以外には渡さない。でも、復活された。

ふれあいカウンターでは寮母室の異変も感じ取れた。ここに「立場の勘違い」があった。職制はチームリーダーを決めているのに過ぎない。ネットワークの要の役割を決めているに過ぎない。
そういう意味から相談援助業務・専門職の立場を理解するとその姿が見えてくると思う。
あらゆるネットワークの要の役割を果たしていただきたいものである。

ALS患者会設立に向けて  2007・4・13
昨日、ALS相談会幹事であり、身内に患者を抱えるケアマネさんであり、設立準備会の世話人にも名を連ねる方と一緒に設立準備会の広報活動を行ってきた。
東はほぼ出揃っているが西の反応が今一なので、地域連携室を通じて医師に対して調整を行っていただこうという趣旨である。
突然の訪問でMSWの皆様には貴重な時間を割いていただき、中には医師と患者会代表との面会の調整まで行っていただけるという方もありました。
何件か開業医もコースに入れていましたが、お一人面会出来ました。

実はこのケアマネさんは、実質オーナーケアマネと言っても良い方で、かねてよりアクションはおこしていたのですが、どうも乗っていただけたようです。
目的は目的として車中の話は本業に関する情報交換でした。
行政の持つ個人情報の流れはこちらから見ればスムーズのようですが、地域包括支援センターでフイルターにかかっている実態があるようです。また、自社サービスで出来ない時間帯だけ依頼が来るというところも良く似ていました。

はっきりとものを言う男のような性格の方ですので、話しのテンポも合います。
言い方を工夫しなくても良い方との話は疲れませんし、内容も深みにはまってしまいます。参考にしていただくためにも、市との一連の話に関する文書等もお渡ししておきました。早速実践されるかもしれません。
あっという間の半日でした。

別れてから1件訪問が残っていましたが、着いた頃には真っ暗になっていました。
無事退院して来ておられ、取り敢えずの任務は終わっていました。
今日はサービス調整に出かけますが、概ね方向は決まっていますので、細部に関してはサービス担当者会議で決めていただくことにします。
ケアマネは何処に行っても調整役ですね。

Re: ALS患者会設立に向けて  2007・4・14
friezyar さん、体調があまり良くないようですね。お大事にしてください。

私の担当しているパーキンソン氏病の方の病状が悪化して、さすがに要支援ではどうにもならなくて状態変更しました。

ON−OFFの顕著な方でも審査会で支援になることが多いようです。
認定調査員テキストからの抜粋ですが
日内変動や季節変動、気候の変化などにより状況に変化がある場合や、できたりできなかったりする場合(パーキンソン病治療薬の長期内服におけるON−OFF現象等、薬効が安定しないことによる症状の変動を含む。)は原則としてより頻回な状況に基づいて判断します・・・
となっていますが、「ON時は自立でOFF時はねたきり」という方もありますので、認定に関わる方にはこの状態の変化を知っていただきたいですね。
パーキンソン病でON−OFFが顕著な方に、要支援2が出ていれば認定審査会の問題と言えるかと思います。

ボランティアの応援を探しているが、通院途中の責任を負いかねると不安を言われると強引にはお願いできない。

ボランテイアセンターなどに問い合わせて見られれば見つかるかもしれません。パーキンソン病友の会に応援していただいているボランテイアグループもあります。

今日はそのパーキンソン病友の会総会の会場準備・リハーサルですが、明日は一部の方の送迎とバス移送を担当します。総会では音楽療法も予定されていますが、ボランテイアさんを活用する先生です。
明日はどんな総会になるのか楽しみにしています。

県居宅協会組織委員会・裏話  2007・4・11
6月13日(水)の総会に向けて、組織体制や規約改正等の詳細に関して検討が始まった。その内容はまだお伝えできいないが会議終了後現状に対する意見交換を行った。

第三者的立場で見ておられる方は構造までを見抜いておられた。そこで「市政への提言」としての約半年の取り組みを紹介した。経営企画部・広報統計課長が窓口なのでそちらへ相談したら「〇〇が何か言いたいことがある・・・」と担当部・課へ差し戻しになった話や、情報公開システムが利用者にとって選べるシステムでないこと等など、話題は豊富である。

そこでお話した内容は、介護支援専門員がシステムを使って「選択の自由を保障」していかなければいけないことや、その為には先ず、介護支援専門員を選ぶ事が出来る行政のシステム・構造を作っていかなければいけないこと、介護支援専門員自身が「公正・中立の姿勢」を執ることが出来る体制を作らなければいけないこと等などをお話した。
ここで出てきた言葉が「お局さん」である。将軍よりも実権を握っておられた方だが、この表現には感服した。そして3つのルートをお話いただけた。
流石〜〜〜である。外部から見ると良く見えるようである。

そのルート(原理・原則・構造・???)を究明するつもりは無いが、その背景の中で「選択の自由を保障する」と構造転換を公言しているわけである。
身の危険を感じながら「天下り人事」の働きを評価している。
ブログは如何かは判らないが、掲示板は行政関係者も読んでおられる。正にこの構造に対する挑戦状である。

このような話を笑って聞いていただける方は貴重である。我が身をも守っていただける。私に何かあればその真相をも追究していただけるであろう。
そのような方が県内におられただけでも私の行動は成功であった。
カムバックを決意してからそろそろ4年になる。

今日は新規相談に1件出かけたが、午後も半分過ぎてから明日退院の方の相談が舞い込んだ。サービス先行・退院支援は私の得意なところでもあるが、MSWが手を付けない内容でもある。
退院援助は一つの重要な業務ではあるが、機動力は無いということである。
退院援助は退院が必要な方への援助であるが、退院が決まった方への対応は間に合わない。機動力こそが独立ケアマネの「特許」なのかもしれない。
ケアプラン後付で書類を調えることにした。

明日某市のケアマネさんと各地域連携室へ同行訪問することになる(予定)が、病院内へも入り込んで退院援助を行なえる背景も整いつつある。
MSWにはその分野の要であっていただきたい。

患者会  2007・4・11
昨日のMSWとの話の中で、患者会と専門職・専門機関の関係が上げられた。

某市では、ケアマネ団体の活動の一部として相談会が開催されてきたが、この相談会が患者会設立の原動力になった。今後は患者会を支援する立場になる。
3年余り前、県パーキンソン病友の会から誘いがあってお付き合いをしてきたが、確か2年前からだったと記憶しているが、会員として参加している。
その頃難病ネットワークとやまも誕生していて、昨年度から介護・福祉担当理事として参加している。
この間、MSWと難ネットをつないだり、自らも県MSW協会会員として誘われたり、遷延性意識障害の家族会ともお付き合いをしてきた。
この他にも難ネット関係の団体や住宅関係のネットワークもあるが、各団体上手い具合に絡み合っている。

MSWとの話は、キーマン(ウーマン)となっているNさんの体調に関しても及んだ。「このままではつぶれるよね・・・」という心配がある。
体調が良い時には後押ししてきたが、悪い時には静かにしてきた。この関係を今後も続けていこうと思うが、一人で背負い込まないで欲しいと思っている。未来の患者団体のリーダーに大きく育っていただくためにも、体調だけは整えていっていただきたい。いや、現在でもリーダーなのだが、数十年後もリーダーであって欲しい。

そういう意味では「ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会」は良い支援を行えるのかもしれない。当面の課題は、如何に行政機構を巻き込むか・・・ということになりそうである。

難病作業所ワークスペースライブの花見  2007・4・10
今日は難病作業所の花見に「難病ネットワークとやまも」合流した。
車3台に分乗して作業所を出発、松川縁を横目に、一路神通川河川敷へ向う。橋から橋までの500mぐらいはあるだろうか、桜の木が立ち並ぶ。ここも一つの桜の名所である。
その後、呉羽山を登るが、下から見ていても桜を確認できなかったので「可笑しい」とは思っていた。現地へ行ってみると、私の頭のようであった。
何故かは判らないが、桜がほとんど咲いていなかった。
http://www.toyamav.net/~nannet/index.html
これが昨年の桜です。
その後婦中で昼食会、富山へ戻って、松川縁・いたち川縁を隈なく、ゆっくりとドライブ、14時過ぎに作業所へ戻った。

行事の終焉を待ったかのように3本の電話がかかった。
実は作業所の製品(名刺)を2ヶ所届ける帰り道の仕事があったのだが、デイサービス利用者の異変を知らせる電話だけは、折り返し連絡いただくこととして岐路に着いた。用事の病院地域連携室で話をしているところへ電話がかかった。「羽根が付いているほど早いから・・・」と一路高岡へ、総合病院受診の手配はしてあったが、かかりつけ医直々説明をいただいた。

受診の結果、血液検査でも特に炎症反応は出ていないし、インフルエンザでもない・・・ですが、この時には、39度5分の熱が出ていた。老々世帯である事を理由に、入院に持ち込みました。身体拘束OK・認知障害はありますとはっきりとお伝えしてきたが、果たして何日入院していることが出来るのかは???本人は目が「トロン・・・」としていた。

今子から電話がかかり、食事は全量摂取・熱も下がっていたみたい・・・ということ。入院計画書は1週間だったようだが、何日持つか判らない。看護師さんには、事実を伝え、丁重にお願いしてきた。
戦中戦後を生き抜いてこられた方々の生命力には感心させられる事が非常に多い。

横列のネットワーク  2007・4・10
ネットワークは目に見えないものなのかもしれないが、時として形に現れることもある。
一昨日「ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会」に参加したとき、会場へ向う車の中で、耕耘機を運ぶ予定があるという話があった。帰りに耕耘機を見せてもらったが、ワゴンタイプの車で運ぶことが出来るかは微妙な大きさである。車に乗せる時にスロープも必要である。そこで思い出した。

「会議室」に車椅子用のスロープを準備している。天井が低かったため、土間に断熱材を入れ、直接クッションフロアーを張った。車椅子の方が来られた時に、住宅部にあるトイレを利用することもあるだろう・・・とスロープだけは準備していた。
昨日スロープを届け、運ぶ予定の車のシートを倒した状態の長さを計ってみた。助手席に昇降座席が付けられているため、これ以上は前に出ない。長さが40cmぐらい足りない。後のドアを紐などで縛れば運べないことは無いが、安全とも言い切れない。そこで借りることの出来る軽トラが無いか聞いてみた。心当たりがあるようである。

ネットワーキングの会では、「会同士の横の連携」と表現されていたが、「といつくどん」の前身は、障害児(者)の相談会(勉強会)である。ここで二つの団体は顔を合わせているし、その仲介役も行なっている。
「つくしの家といで」の横に、何十年も耕されたことが無いであろう畑がある。この畑を家庭菜園にしようという構想が持ち上がっていたのである。
その為の耕運機であり、農業技術の提供である。

畑は雑木も生え荒れ放題であるが、1ヵ月後には苗が植えられていることだろう。この畑をキッカケに、ボランテイアの輪も拡がるように思う。
小さなことでも良い、自分に出来ることをつなげていくことによりネットワークが出来てくる。大きな人のつながりに育っていけば良いと思う。
そのキッカケは些細なことである。

デイサービスの花見  2007・4・9
午後からデイサービスを数軒訪問したが、何処も花見に出かけられるところであった。時間差で上手にかみ合ったようである。何れも人数の関係から2班に分けての花見である。
最後のデイサービスでは車椅子を押しての花見に出かけられるところだったが、車椅子介護者が一人足りないようだった。ということで同行した。

桜は満開で少し散り始めているが、花数が例年より少し少ないような気もした。雪が降らなかったせいか、わからないが、盛り上がるような豪華さは無かった。木が古くなっている為かもしれない。
おやつに持参されたおはぎとオーナーお勧めのたこ焼きをご馳走になった。

桜馬場の八重桜も膨らみ始めている。古城公園の外堀の桜から咲き始め、公園内の古木が咲いて、散り始める頃には八重桜が咲き始める。
1ヶ月近くどこかで花見が出来るが、今週が一番見頃なのかもしれない。
デイサービスのバスは古城公園を避けている。車を止める所が無いということで、思い思いに工夫しておられた。

明日は難ネットの花見に富山へ出かけるが、呉羽山と松川縁がコースになるのだと思う。昼食会の会場も準備してある。2階席を予約したということで、車椅子介助も必要だが4階の昇降介助で実績を積んでいるから、介助方法をご指導しようと思う。
それにしてもデイサービス運転手として、不可能な送迎は無かったように記憶している。

ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会  2007・4・9
某製薬会社主催のネットワーキングの会が全国でそのネットワークを拡げている。
主旨は、疾病や障がいの違い、立場の違いを越えて、患者団体・障害者団体・その他ヘルスケアに関係する団体のリーダーたちがつながっていくことを目的としている。横列のネットワーク作りである。

7〜8年前から全国展開されてきた会であるが、3〜4年前から順次地区学習会を開催して、全国ワークショップにつなげていくという趣旨である。
学習会は、関西・東北・九州・関東・北海道で開催されてきており、北陸は今回はじめてであったが、開催場所が富山市でもあったことから、主催者側も含め3名を除けば全て県内の方々であった。

14〜5団体から20数名の参加があったが、7割は顔見知りであり、日々お付き合いさせていただいている方々である。ここ3〜4年で随分ネットワークも拡がったものである。Nさん・・・感謝・感謝。
この会では役員は作らないと言われる。世話人会を取り巻く各種委員会の組織図が描かれているが、会員みんなで会を盛り立てていこうという主旨である。

今後年4回の地域学習会と年1回のワークショップを繰り返されていくわけだが、患者団体等がかかえる共通した問題を解決して行くためにもネットワークは重要である。
面白い話として、行政担当者によってはその対応が違うので、「人」を狙っていかれるそうである。行政をも巻沿いにしたネットワークが出来ていけば良いと思う。
今回も難病相談支援センター等には声をかけられたということだが、その参加はなかった。予想通りである。
九州から難病相談支援センター職員には駆けつけていただいているのだが・・・地域の温度差が大きい。

利用者の評価  2007・4・7
サービス提供者は利用者から評価されていることを知らなければいけない。当然のことだが、過去から現在まで同じである。何故かは知らないが、私は利用者の生の声をよく聞くし、よく聞いた。
職員間にもその位置付けがあるから、時として注意することもあると思う。職員間の会話もあるし、指示なども見ておられる。勿論個々の職員の日頃の仕事振りも見ておられる。仕事ぶりの評価以上のことを言うと評価される。
今日の評価は、サービス提供責任者の態度が太い・・・。といったものであった。

サービスの形態によっては色々な専門職が関わる。ここに組織図が必要になるのだが、その組織図が問題なのかもしれない。
通所系・訪問系ではオーナーは別として、サービス提供責任者がトップの組織図が書かれていると思う。そのサービス提供責任者が利用者の目に見えていなければいけない。デイサービスなどでは特に、利用者との関わりも重要である。職員皆で同じ仕事をしている施設も目にする。ただ役割が違うだけである。

特養生活指導員時代に介護・看護・相談・栄養・事務の各責任者を横1列にした組織図を提案した。中には抵抗があった方もあり、介護・看護と事務・栄養の二局になったが、生活指導員は単独で存在出来た。しかし勘違いされた方が出てきた。概ね想像はつかれると思うが、責任者としての役割は果たしていただけなかった。管理者だと思っておられたようである。
読者の中で組織図を書く必要がある方は、是非横一列の組織図を書いていただきたい。

このような勘違いが、日々の業務の中から利用者に評価されている。
そしてその事実があることを知っていただきたい。
介護職は、身体がえらければ充分評価されている。このことを知っていただきたい。そして将来の素晴らしい評価に必ず繋がることも事実である。

余談ですが・・・相談援助職は、何で評価していただきましょうか???
がっちりと利用者の心を掴んでいただきたいと思います。

Re: 介護が嫌  2007・4・7
祖母の姉夫婦が子供ができず、祖母が姉夫婦の養子になったため・・・。

実の姉妹(夫婦)の養子になられたのですね。実際そうなっているのでしたら、出来たのでしょうね・・・。

養子縁組って解除できるのですか?

これは出来ないことになっていますし、ご本人も望んでおられないのではないでしょうか?
要介護者が何人おられるのかはわかりませんが、在宅サービス等利用して介護を続けることは出来ないでしょうか?

大変な状況だとは判りますが、もしお近くでしたら、お力になりたいと思います。

日本のケアマネジメント機関の行方を占う  2007・4・6
地域包括支援センターの行方が占われているが、当初予想していた通り、保健事業との統合の線が色濃く出てきている。そのような中、月間ケアマネジメントでは、『地域包括支援センターなんていらない!」(今立ち止まって考えよう)という特集が組まれた。全国的に地域包括支援センターは機能していないようである。

そもそも地域包括支援センターは行政の責任で作るセンターとされ、活発な地域活動を行なってきた在宅介護支援センターに委託出来る・・・はずだった。活発な地域活動を行なってきた在宅介護支援センターはほんの一握りだったであろうし、ほとんどの在宅介護支援センターは行政の持つ個人情報の囲い込み機関であり、その根拠法の老人介護支援センター機能は果たして来なかった。しかしこのセンターは素晴らしい機能を持つセンターであり、無くすることは出来ない。
そこで次の法改正の内容を「ケアマネジメントの独立性・中立性の確保」の角度から予測してみた。

@地域包括支援センターは在宅介護支援センター機能と保健事業としての予防給付に分割される。
Aサービスに併設された居宅は小規模多機能サービスのケアマネジメント報酬に例を見るようにサービスに包括される。
B独立型ケアマネジャーの集合体としてのケアマネジメント機関

この3種類に変わっていく予測を立てている。
@に関しては、市町村保健事業の中で考えていくことが出来るであろう
Aに関しては、サービス提供責任者との業務面でのダブりを指摘してきた
そこで問題は
Bのスタイルだが、個人加盟が促進されていくであろう介護支援専門員の職能団体がそのベースになっても良いのであろうが、一つの事業として、例えば「協業組合」方式で協働出来ないだろうかとも考えている。
過って独立・中立型介護支援専門員全国協議会がNPO法人化しようとして問題があったという話も聞いているが、これは会員が営利法人だからだろうと推測している。

突然話は変わるが、「難病ネットワークとやま」は同じ悩みを抱える難病団体同士がネットワークを作っていこうという趣旨である。この趣旨を応用出来ないであろうか?
民間居宅は情報を持たない。独自ルートで要介護者情報を集めている訳であるが、民間には民間の同じ悩みがある。そこでこの悩みを解決するために民間結集を考えたこともある。
「協業組合」は法人経営者が集まり居宅だけを協業化することも出来る。問題は解決出来るかもしれないが、職能団体には両方の法人が入り乱れている訳である。これを如何整理するかがまた問題なのかもしれない。

書きながら段々整理がついてきた。
職能団体組織の中に役員として入り込めば良い訳である。その為には「協業組合」として賛助加盟すれば良い訳である。「独立性・中立性の確保」をテーマにする職能団体であるからこれは容易であろう。その活動の中で、独立心のある方を募れば良いわけで、法人を作り指定を受けるのは簡単である。

予測はともかくとして、次回法改正では@ABに近い形が示されると予測している。あくまでも予測ではあるが、「独立性・中立性の確保」の方向へ行くことは確実である。
ケアマネジメントとは何かを考えた時、サービス事業所に併設していては本来の役割を果たすことは出来ないであろうし、在宅介護支援センターは「地域活動を内包したケアマネジメント機関」である。自ら困難事例等のケアマネジメントの実践をお願いしたいものである。

地域の拠点はやはり老人介護支援センター(老人福祉法第二十条7の2)だと思う。

Re: 日本のケアマ  2007・4・7
fp_pf さん、お久しぶりです。

どうして地域の拠点が老人福祉法の『老人・・・』なのですか?

在宅介護支援センターの根拠法で地域包括支援センターの根拠法でもあります。
地域のネットワークの形を明記した法文だと理解しています。

Re: 日本のケアマ  2007・4・7
『老人福祉』の範囲のセンターが
何故『地域の拠点』なのですか?
『高齢者介護の拠点』なのではありませんか?


そうお思いの専門職も多いと思いますが、「介護は家族を中心に、地域で支え、制度はそれを補う」という日本の福祉政策が基本になっています。
介護保険はその介護の部分を保険にした制度ですが、その他に地域ぐるみで支える制度が残っています。
在宅介護支援センターはこの「地域で支え・・・」の分野、そして必要ならば家族支援も行う必要があります。権利擁護等は家族内の問題解決の方法だと思いますし、民生委員のネットワークも地域では出来上がっていることになっています。
その他にも社会福祉協議会には老人クラブや婦人会等の団体、障害者団体をも網羅していますが、その高齢者部門を担当するのが在宅介護支援センターであり、現在は地域包括支援センターがその役割を担うこととされています。

だからこそ、社協はサービスをやっている間は本来の役割を果たすことが出来ないでしょうし、在宅介護支援センター・地域包括支援センターが「囲い込み機関」の役割を果たしている以上、本来求められている地域福祉が実現しないわけですね。
そこで「地域の拠点」と表現しました。

いずれ介護保険法も障害施策と統合されますし、障害者相談支援センター機能も持つ必要性が出てくると思います。現在は縦割り行政の対象者部分を均している状況なのでしょうか?
風通しの良い地域になれば良いですね。
その民生委員さんからも、現状に対する批判が舞い込んでいます。

ということで、一足お先に障害・難病等各種団体ともお付き合いさせていただいています。

Re: 日本のケアマ  2007・4・7
私の暮らしている自治体では
『介護』と『高齢者』と『難病』の相談機能を持った
行政関係機関がありましたけど
自治体が委託先をバラバラにしましたよ。


都道府県レベルでは別々にありますね。
そのネットワークが拡がっていれば、市町村や地域にもネットワークはあります。そのネットワークも資源として活用して行くことが出来れば良いですね。
例えば、難病系の相談拠点施設が都道府県にありますが、この施設は病院ネットワークを作ることを求められています。しかし機能していないのが現状です。(こちらでは)
患者団体とも協働したこのネットワークも含めて、私は横列のネットワークと呼んでいます。テーマ別ネットワークですね。

よく書いていらっしゃる『囲い込み』とはどういうことですか?

情報の「囲い込み」です。介護保険に限って言えば、行政ラインの縦列のネットワークで行政の持つ個人情報を囲い込んでいるということですね。
包括は地域の数ある社会資源を包括する必要がありますね。
横列・縦列のネットワークを地域で包括して、支援を行う必要がありますね。
そういう意味も含めて「包括」という言葉を理解しています。

現行の『包括』は、『囲い込み』というより
『抱え込み』させられているように感じているのですが…


言葉をお借りすれば、『抱え込み』しなければならないところを、「囲い込み」して、自社の利益を得ているといったところでしょうか?
原稿で引用した有名な方の言葉にそれが表れています。

Re: 日本のケアマ  2007・4・7
包括がどのような情報を囲い込んで何が問題なのですか?

在宅介護支援センターもそうでしたが、要介護者情報の併設居宅での囲い込みです。行政は「委託しているから当然」という考え方を持っていました。
この点に関して公正取引委員会は指摘しています。

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm
ご参照下さい。
調査報告書・研究会報告書をリンクさせています。

地域の何を包括が『抱え込む』必要があるのですか?

介護支援専門員原稿の中で引用している『研究会議NO7』の言葉ですが、これが日本の委託機関の実体かと思います。実態把握等で得た被保険者情報も行政情報ですね。

Re: 日本のケアマ  2007・4・7
いまひとつピンと来ませんので、
また暫く潜ってきますッ!(`∇´ゞ


fp_pf さんにお話しするときは、談合を例に取れば良かったですね。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834885&tid=a1v2p8nldbja1wa4k4xa49a4ka5a4a5sa5bfa1bca5ma5ca5h2q5d&sid=1834885&mid=1542

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834885&tid=a1v2p8nldbja1wa4k4xa49a4ka5a4a5sa5bfa1bca5ma5ca5h2q5d&sid=1834885&mid=1758

このような実態がありました。

Re: 日本のケアマ  2007・4・8
friezyar さん、お久しぶりです。

その保険者は町村単位なのですが、要介護認定調査は保健センターの保健師さんが行うのですが、その時にケアプランを依頼するケアマネさんを決めて同席させます。

保健センターはねたきりの方などの保健指導に当たってきましたし、特定高齢者に関しても関わることになっていますので、今後おおいにご活躍される機関だと思っています。しかし現状は、保健センターを使い切れていない現状があるようです。

認定調査の時点でサービスの必要性を問うて、同席したケアマネさんがケアプランを立てるというのです。
保険者から依頼があるということは、ケアプランの依頼ということだそうです。


介護支援専門員基本テキストの記述内容にクレームを付けたこと
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2repo-tono6.htm
がありますが、保健センター(保険者)調査に担当(予定)ケアマネが同席する分にはかまわないと思います。

最も、隣の府の郡部の話です。

地域包括支援センターの保健師の役割が注目されていますが、市町村規模に応じた人員配置をすれば出来ることですから、一つのモデルになるのかもしれませんね。

かなり困難なケースに関わっておられるようですが、決して無理をしないで下さい。周りがそこまで達していませんので、関わる中での気付きを期待して、現状に合わせておいていただきたいと思います。

次回法改正に向けて「独立性・中立性の確保」の観点からアクションを起こす相談もしていますので、少し具体化したらお誘いいたします。
現時点では決して無理をしないで下さい。

骨折か!!!  2007・4・6
昨日デイサービスから「骨折かもしれない・・・」と連絡をいただいた。子が5時頃仕事が終わってから病院へ連れて行かれるということ。昨日の未明に転倒されたらしく、様子を見ていたが腫れがひどくなっていくと言われる。
とにかくデイサービスへ直行した。

接骨院の先生に診てもらったら病院へ行ったほうが良いということだったということで応急処置はしてある。静かにしている分には良いが、動かすとかなり痛がられる。
そこへ子から電話が係ったので、行く予定の病院を聞いて、本人を乗せて直行することにした。途中で再度電話があり、午後休診だということなので、一番近い総合病院で落ち合うことにした。(救急当番医は確認していなかった)もう夜間窓口が開いている時間だったので、当番病院を教えてもらい直行した。

腫れはかなりあるが、レントゲンの結果はっきりとした骨折は無かった。骨密度が低くなっているので写りが悪い。担当医も腫れ具合から見ると骨折だと思われたらしいが、とにかくギブスで固定して様子を見ましょう・・・ということになる。大事に至らなくて幸いである。
車の乗り降りはかなり痛がられ、家へ帰ったが立位がきちんと取れないので、右へ左へふらつき歩行である。痛い手を痛くないように抱えるように家に入ったが、デイサービスの送迎が心配なところである。車椅子対応を依頼しようかと思う。

日中ほとんど一人になる方で、誰かの目が届くように連日通所していただく方向でプランを書いているが、1日だけ心配な日がある。利用者が入院されるということで今月から利用できると思っていたが週一日だけ『連絡待ち』になっている。状況を見て、その一日も埋める方法を考える必要がありそうである。

そういえば特養生活指導員の時、1ヶ月に5人の骨折入院者を出したことがある。さすがに「またか・・・」と。整形医は『にっこり・・・』と。

デイサービスで温泉1泊旅行  2007・4・5
平成元年9月開所の特養ホーム併設デイサービスセンター運転手が私と福祉との出逢いだが、仕事内容は運転手兼介助員(兼無資格の生活指導員)だった。
デイサービスの経験は1年半だが、その中で利用者から「みんなで温泉でも行って来れば良いね・・・」という声があがった。
当時はデイサービスも少なかったから重度の方も多く、4台の車椅子を固定出来るバスは大活躍した。

良い話は実現しようということで管理者や行政担当者とも相談して、実現に向けて計画を練った。障害者等が利用出来る温泉ということで、隣県の和倉温泉の六翠苑が候補に上がり下見にも行って来た。
計画が立って希望者を募ると、家族介護者・職員も含め50人余りの参加者になった。温泉旅館は貸切である。
移送手段は県社協のバスとデイサービスのバスの2台で対応出来た。

措置時代だから出来たことなのかもしれないが、旅行の週の最終日に参加者を集める週間利用計画を立てた。1日はデイサービス利用日で1日は休日というデイサービス開所日の扱いである。
現在でもやろうと思えば出来ると思う。2日間デイサービスを休みにすれば良いわけである。が、報酬は出ない。

能登島水族館へ立ち寄っているかショー等見た後旅館へ入ったが、入浴は職員と付き添いのお母さん方との協働であった。全身が硬直したほとんど寝たきりに近い方も入浴されている。
夜の宴会がまた良かった。若い頃かなり飲まれたという夫にビールを含ませる妻の姿からは微笑ましい家族関係が見て取れたし、亭主関白なご夫婦もあった。日頃デイサービスでは見ることの出来ない光景である。

デイサービス・特養ホーム・在宅介護支援センターと一通りの相談員は経験しているが、どのポストでも特筆出来ることを行ってきた。
福祉とはまた違う発想で、業務をこなしてきている。
インターネットを通じて紹介しているのは主に在宅介護支援センターソーシャルワーカーとしての実践であるが、機会あるごとに別のポジションでの取り組みも紹介する機会がありそうである。

現在温泉旅行を言い出した方とは別のデイサービスセンターでお逢いする。その方のデーターは今でも頭の片隅に残っているが、かなり重度化してはおられるが、昔を懐かしんでいただいている。

あなたの夢かなえます移送サービス(仮称)  2007・4・4
特養生活指導員(当時はこう言っていた)時代に、担当寮母(当時はこう言っていた)が入所者との日々のふれあいの中から掴んだ希望などを実現させる特別な一日を作っていた。
スーパー等への買い物や施設内で特別な食事を準備したこともあった。想い出の地への外出や自宅で仏壇を参りたいという方もあった。

今思ってもその時の光景が目に浮かぶシーンがある。自宅へ帰ってから、若い時(娘時代)に信仰しておられたお寺(?)へ向かった時のことである。
おおよその内容と、寺の地名だけは家族から聞いて出かけたのだが、ようやく探し当てた80歳を超える重度認知症の方の想い出の場所は代替わりしてしまっていた。

本人は寺に入るなり、食い入るように室内を見回し始められた。当時の記憶は残っているようである。本当に懐かしそうに室内を眺めておられた。
60歳台半ばの住職の妻は、嫁いでから話としては聞いておられたが、記憶はおぼろげであった。
文献によれば短期記憶から失われるようだが、どの時代に生きておられるのかで、認知度を図ることが出来るのかもしれない。それを立証するかのような出来事であった。
そのような外出を随分行なってきた。その在宅版をやろうというのである。

現在の車は、子が車検を受けてから3ヵ月後に乗り換えたので、下取り価格で買い取って乗っている。乗り換えは車椅子でも乗れる特殊車両と思っていたが、もう少し先になりそうである。
委託機関に公正・中立の姿勢で事業運営を行なっていただければそんなに先のことではないのであろうが、現状では特殊車両に乗り換える余裕はない。
サービスというからには、使った分のガソリンを満タンにしていただくだけで、100パーセントボランテイアを考えている。希望の把握は主にホームヘルパーさんということになるのであろうが、サービス担当者なら誰でもがその可能性を持っている。

5年後の法改正では居宅介護支援事業所の「独立性・中立性の確保」は前面に出されると思うので、民間型居宅介護支援事業所「協業組合」方式の目玉商品として稼動出来ないかと思っている。ちょうどその頃には介護支援専門員を引退しても良い年代になるので、その条件を作り上げ、専属ボランテイアで「あなたの夢かなえます」と県内を走り回るのも良いかと思っている。

夢は膨らんでいる。

(追伸)
現在パーキンソン病友の会の総会やイベントに、移動手段が確保出来れば参加できる方々に移送サービスを行っています。
先着4名限りになりますが、今月15日に開催される総会でも、バスの発着場所のふれあい福祉センターまでの送迎を予定しています。
今回はバス運行の担当も依頼されているので、少し早めに迎えに行くことにしています。

民生・児童委員  2007・4・4
地区社協を拠点に、目に見える活動をされている方々に支援をいただいている。昨日もその中のお一人から声をかけていただいた。

先日は「ボランチ型在宅介護支援センター出張所」に・・・と名刺をまとめて置いてきたが、昨日は「何かあったらお願いしようと思っているのですよ・・・」ということであった。
夕方別件で電話をしたら、先日パーキンソン病友の会経由の相談の件に関して触れられた。本人が出来ると思っておられたことが出来なかったようである。

相談の時点では本人なりの方向は決まっていたので、アドバイスを聞き入れる耳はもたれなかったが、今この方にとって重要なことは病気の特定である。病気を知って予後を予測する。その中に初めて生活設計が成り立つのであるが、主治医も病名を決めかねておられるようである。
そこで総合病院で色々検査をしておられるようであるが、脳には異常が無いそうである。所謂パーキンソン症状が出る難病である。そこで大学病院の受診を薦めたが、これ以上無駄(?)な医療費を使うことを嫌われた。

実はこの方々、行政ルートでの地域包括支援センターの対応に対して拒否反応を示しておられる。地区社協は事業を行わない社協組織であるから、住民の人的ネットワークが集中している。そのルートを辿っての相談ルートであった。少しづつルールが壊れてきているようだが、その原因に関して思い当たることがある。
地域包括支援センターが本来の役割・地域福祉を目指しておられないので、地域から批判を買っているということのようである。

地域福祉の拠点施設が地域福祉を実践出来ていない事に関しては、在宅介護支援センター時代から判っていたことであり、その代替機能を申し出たが、担当者(課)からは「出来ている」という答えが帰ってきた。その結果が地域に波及している。

地域包括支援センターが危ない  2007・4・3
ブログや掲示板で囁かれていることだが、本当に危ないかもしれない。
そもそも、在宅介護支援センターが機能しないから、同じ機能を持つセンターとして創設されたが、もう一つ意味があった。
膨れ上がる介護費用を縮小する意味において予防給付が創設されたが、いずれこの事業は市町村保健事業に統合されるものと思う。そのためにはより精度の高い認定システムが必要になるのだが、その開発も進められていると聞く。
地域包括支援センターから保健師を抜き、看護・介護系の主任介護支援専門員を配置すれば在宅介護支援センターそのものである。
これが5年後の法改正の姿なのかもしれないが、果たしてそれまで持つかどうかも危ない話である。

何故危ないかというと、その基本理念が確立されていないということである。在宅介護支援センターもそうであったが、誕生の根拠法は老人福祉法にある。第20条7の2老人介護支援センターは地域福祉の拠点施設である。
地域包括支援センター受諾法人管理者の多くは行政経験者である。天下りとも言うが、この方々に求められているのは当初の目的から言えば「品質管理」である。地域福祉が機能するように、その行政職員としての「手腕を発揮していただきたい」というのが本来の目的であり役割であった。
しかし現状は如何であろうか???目に余る方の情報もいただいているが、果たして地域福祉の拠点施設の役割を果たすことが出来るのであろうか???

『地域包括支援センターの公正・中立な機関に向けての取り組み』
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/2tiikihoukatusiennsennta-notorikumi.htm

を是非実現していただきたいものである。これこそが管理者として天下りされた方々に課せられた最後の仕事である。

ケアマネジャーにとって触れられたくない話  2007・4・3
「独立性・中立性の確保」とはケアマネジャーにとって一番触れられたくない話なのかもしれない。しかしこれは厚生労働省が言い出したことである。

介護保険法に競争政策上の考え方が入ってきたが、国民に新たな負担を求めたから仕方が無い。導入しようと言い出したのは厚生労働省であり、措置の流れを断ち切る指摘したのは公正取引委員会である。
これによって、施設建設費補助金の見返りにポストを確保してきた天下り管理者の特典が限られてきた。その補助金も削減される方向の話も聞く。
そこで行政ラインでの情報の囲い込みシステムが出来上がったわけで、これには行政職員も加担している。「委託しているから当然」という考え方がこれである。これは行政職員も触れられたくない話である。

在宅介護支援センターが「囲い込み機関」と化し機能しないことから、地域包括支援センターが創設されたが、理念を理解していないからその運営も難しくなっている。厚生労働省はマニュアルの中で「情報の漏洩」に関して明記しており、行政の責任で作るセンターであることも宣言している。
それでも尚機能しないのは、その人的な問題があるのだろう。職員として定められた資格要件にさえも適合していない職員も目にするが、資格者をそろえれば良いという話でもない。どのような仕事をする職種なのかの理解さえない方も見受けられる。

こちらでは新年度が始まって、地域包括支援センターは公正・公平な運用を迫られている。法改正でもそうであったが、公正・公平・独立性・中立性を図る物差しは、結果・実績の報告である。「囲い込み率90%」は確かに甘い数字ではあるが、「90%までなら良い」と解釈している方もあるようである。
この考え方の違い、読み違いが「理念」の違いなのかもしれない。

それにしても触れられたくない話に随分触れてきた。

ケアマネジャーも利用できる社会資源  2007・4・2
男性ヘルパーを多く抱える移送サービス事業所が「出来ない」と言ってから半年になるが、出来ないからと言って、通院しない訳にはいかない。1回の通院に男性ヘルパー2名とタクシー料金で1万円を超える報酬になった。
勤め人感覚で福祉は出来ないのだが、身近にプロはいた。プロには出来ないことはない。

当初、2ヶ月に1回の通院に変更してもらったが支障が出た。在宅酸素使用者でもあるので月1回は受診が必要である。往診医の話も持ち出したが、重篤な状態だということで通院は必要である。条件が揃っているからあとは実践するしかない・・・ということで、今日が受診日である。卓上日記をめくって今気が付いた。

個人経営の移送サービスの彼とは、過ってこれも重篤な方の透析通院を依頼していた。身体は大きいが優しい方である。負担も以前から見ると半分以下になった。本人・家族は恐縮しておられるが、これが正規料金である。
担当ケアマネとして準備出来なかった資源は自ら作るしかない。ということで過去4回の移送の内、3回は彼に関わっていただいた。(最初の1回は男性の力を貸していただいた。)

現在患者会等に関わっていただいている有料ボランテイアグループがあるが、果たして依頼して良いかを検討している。車椅子を男性2名で介助してアパートの4階から降りるだけのことだがリスクを伴う。身体はがっちりした方だが私よりももう少し高齢でもある。
月一回受診に立ち会うキッカケにもなるので、このまま継続しても良いと思っている。

ケアマネジャーが自らの責任で自ら利用できる社会資源になることも可能なのは、独立事業所ならではのことではないかとも思う。

つくしの家といで・開所式  2007・4・1
昨日までの荒れた天候とは打って変わって良い天気に恵まれた。
10時頃から、つくしの家(富山)の利用者もお祝いに駆けつけていただけた。
10数人の利用者とその家族、地域の皆様や関係者、そして大勢のボランテイアや施設職員・福祉関係者の顔もチラホラト見えた。
そのような中で大広間で「ハーモニカアンサンブル」の演奏が始まった。童謡や懐かしい心に響く歌など、最初は聞くだけであったが、途中からは手拍子や大合唱が始まった。30分あまりの演奏後、昼食会になる。

昼食もボランテイアメンバーによる手作りの料理だった。昨晩から仕込んで、朝早くから作られたのであろうが、見事な料理が並んだ。
バイキング方式で自由にどうぞ・・・なのであるが、誰かが最初に手を付けなければ、手をつけるのも勿体ないような料理である。そこで司会者から指名があった。「自己紹介してから・・・どうぞ」と。

今日は別に何をした訳ではないが、それなりに会場全体の雰囲気を見渡していたようである。人の中を渡り歩いて、雰囲気作りをしていたのかもしれない。
昼近くに若者の集団が到着した。午後からのイベント、ストリートダンスのメンバーである。舞台は屋内の予定だったが、「天気がいいから外でやろう・・・」ということになったので、音響設備を内外に届くように配置換えしなければいけない。設備の大移動が始まった。

ストリートダンスのリーダーは30歳を少し超えたぐらいの年代かと思ったが、三人の女性の中で一番若い方は・・・高校生だと他己紹介があった。
つくしの家を利用している利用者の平均年齢は20歳台であるから、元気ならストリートダンスを踊ったのかもしれない。障害者施設だからこそのボランティア出演だと思った。
次に女性4人のコンサートだが、ピアノ・シンセサイザー・ボーカル2名のグループでCDも発売しておられる県内で活動しておられるグループである。

オープニングイベントで感じたことは、演奏をしている皆様と会場が一つになっていることだった。音楽やダンスを聴衆が盛り立てている。身体全体でリズムを感じ手拍手を送るグループや大合唱が始まる雰囲気は大好きである。
参加者全員が充分に楽しんだ開所式であったと思う。
放送局から番組を作りに、美人のカメラマンに来ていただいていたが、開会から終了までゆっくりと取材していただけた。ニュースかと思っていたが、特集番組のようであった。

最後にボランテイア代表ということでインタビューをいただいたが、高齢者と障害児(者)では介護者が違うことをお伝えした。「介護が出来る若いうちは良いが、私たちが高齢者になって介護が出来なくなったら、この子はどうなるのだろう・・・」という共通の悩みがある。そのお母さん方の心を支えるサポーターチーム「といつくどん」も誕生した。
本人・家族・親族・地域・ボランテイア等可能な限りの社会資源を「つくしの家といで」へ集結して、介護者を孤独にしない取り組みがさらに大きくなってスタートした。
このサポーターチームはケアマネジメントそのものであると感じた。
盛大な会でした。

地域包括支援センターの評価  2007・4・1
市民→民生委員→地域包括支援センターといった行政ラインの縦割りの相談ルートがある。このルートが危ない。
地域包括支援センター職員は市民側からも評価をされているということを知らなければいけない。具体的に名前があがったのは二人目だが、その評価は厳しい。

所謂リーダー的役割の方々だが、リーダーの意味を勘違いされているのかもしれない。行政ラインにおける役割の勘違いなのかもしれない。
以前、「キツイケアマネ」に関して書いた記憶があるが、これはサービス事業者に対して「キツイ」ケアマネであったが、何れにも共通して言えることは、その役割の勘違いである。

ケアマネジメントは利用者を中心にした、利用できる社会資源を、より効果的に活用する手法である。利用者・社会資源に対して「キツイ」姿勢を執ればその効果も半減してしまう。
人と人とを結びつける仕事でもあるから、その関係は良くなければいけない。その要の役割がケアマネジャーである。

これは専門職としての専門性に関わる問題ではない。人としての常識の範疇である。この常識が危ない。
そして常識に基づかない理念があるのかとも思う。あまりにもお粗末な話である。

福祉は人に支えられる制度であって欲しいと感じる話であった。
組織や法人を隠れ蓑にした専門職ではなく、個を大切にした専門職集団であって欲しい。

このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです

内見会二日目。   2007・3・31
今日は見学者が途切れない一日であった。

目に付いたことは、施設や団体などを代表する方や当事者家族などが目に付いた。来訪者数は掴めなかったが、昨日よりも多いような気がした。
腰を落ち着けてお話をしていたからなのかも知れないが、テーブル論議に花が咲いていた。今国レベルで取り組んでおられるシステムのさわりだけは聞かせていただいたが、この話が公になれば、運営会社の社長も乗り気である。

某施設長とオーナー(夫人)もテーブルを囲んで雑談していたが、帰りがけに「ひょっとして00グループに所属しておられた方ではないですか??」と耳打ちされた。
過去のことは聞かないし現状でお付き合いしているので、良くは知らない。それで直接聞いてみることにした。
厚生センターを基点にした女性活動家を講師にした講座があったそうである。その講師と生徒の関係だったことが判った。ん・・・お互いに勉強家だったわけである。

今後のお付き合いが如何なって行くのかはわからないが、福祉を目指した者同士が手を取り合うことは簡単なことである。人と人とのつながりの関係からも考え方を学ぶことが出来る。それが一目逢って信頼関係が出来たということになるのかもしれない。
考え方に共通のものがあるからつながりができているのであるから、「友達の友達はまた友達・・・」の関係である。このような人の輪が拡がれば良いと思う。

そうそう、次世代を担うソーシャルワーカーにも来ていただいた。是非担っていただいたきたいものと思っている。

地域福祉の拠点施設に向けて第一歩  2007・3・31
介護保険法が施行されて1年目、「ケアマネジャーの皆さんが過大な事務負担で役割を果たせていない」旨報道されました。その報道をキッカケに、HP『高岡発・介護問題研究会議』で、在宅介護支援センターソーシャルワーカーとしての過去の実践を紹介する決意をしました。その時に紹介したのが、自分史の一部として書いた文章でした。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/zaitakukaigosiennsennta-.htm

それから1年半後に独立開業の機会を得るわけですが、先ずは資格取得から始まりました。

独立開業から2年目に介護保険法改正で地域包括支援センターが誕生しますが、数ヶ月状況を見させていただきました。しかし、このままでは地域包括支援センターも本来の役割を果たせないと感じました。そこで全国発信したのが「独立化の勧め」です。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/toyamakendokuritugatakaigosiensenmoninkixyougixyoukumiai.htm

専門紙や地方紙で報道された一連の流れの中で書いた【メディカルレビュー社「介護支援専門員」2007・1隔月刊投稿原稿】
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm
ですが、11月にはこの内容で「協業組合設立準備会」として、行政へ「選択の自由を保障する」取り組みに関して申し入れをしています。
先日、「地域包括支援センターの公正・中立な機関に向けての取り組み」
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/2tiikihoukatusiennsennta-notorikumi.htm
をその回答書としていただきましたが、是非、地域包括支援センターには、ここに求められている姿勢を貫いていただきたいものだと思います。

在宅介護支援センターソーシャルワーカーを退いてから、早や暦も一回りしようとしています。そして、今ようやく私が在宅介護支援センターソーシャルワーカーに就任した時の地域における役割に対する想いにたどり着かれたように思います。
私の未熟な実践ですが、その一部でもご活用いただき、その実践を乗り越える、素晴らしい「選択の自由が保障された」地域が作られることを祈って、その第1歩を踏み出されたことを確認させていただきたいと思います。

そして、民間型独立居宅介護支援事業所の立場から「独立性・中立性の確保」をサポートしたいと思います。

内見会初日。  2007・3・30
声をかけたケアマネさんや相談員さん、サービス提供責任者の皆様に沢山来ていただけました。
今日の来訪者は概ね50人といったところでしょうか?

中でも再確認したのは、大家さんがかって良く行ったスナックのオーナーでした(私の店ではありませんが・・・)。昨日も来られたのですが、見た顔だが・・・誰だったかな???と。
お酒を飲めば思い出す顔なのですが、日中、しかも福祉施設でお逢いしては思い出せません。
そこで、実は先日〇〇の後でグループで行ったのですが、誰が誘導したのか判りません・・・。と、順番に名前を言って見ましたら、△△さんですよ・・・。と。
実は彼は一滴もお酒を飲めないのですが、スナックへは行くようです(何をしに行くのだろう・・・)。
この友人は、小学校6年間、クラス替えもなく、担任も同じだったクラスメートです。卒業してからそろそろ50年になりますが、未だにお付き合いがあります。

人と人が逢うと、人のプライバシーまで探り当てるものですね。(プライバシーでもないか・・・)
ということで、楽しくもあり、変化に富んだ内見会の初日でした。
明日は難病団体が2団体と運営会社の社長と話の会いそうな福住環境コーディネーターも来ますので、話に花が咲くのでしょうね。
ネットワークのプライバシーも暴露されるかもしれませんね。

追伸
「といつくどん」の入会状況は順調です。

パーキンソン病の要介護認定。  2007・3・30
年度末で認定審査会業務が全体に遅れているのかと思い、それ以降の申請の方に遅れることを連絡した。しかしいずれの方からも被保険者証が届いたと連絡があり、合間を縫ってケアプランの更新・担当者会議を済ませた。
しかし、パーキンソン病の方だけは3週間後の審査会になる。

これは予測だが、調査票にエラーコードが出たのではないかと思う。
認定調査員がパーキンソン病を知らないと犯しやすい間違いなのだが、ON状態に焦点を当てて調査するのか、OFF状態に焦点を当てて調査するのかということである。そして特記事項には、その逆の状態も記録する必要がある。

薬が効いているときは歩けるが、薬が切れれば車椅子で介助しなければいけない・・・。といった具合にである。
これを混ぜこぜにチェックすれば、自力歩行出来る方が、排泄は尿器で介助が必要になる。エラーコード表は手元に無いが、多分これはエラーであろう。

それともう一つ考えられることは、コンピューター判定で要介護1が出て、認定審査会で要支援にランク付けしたケースである。これに関しては前回本人が不服申し立ての意思表示をしておられるので、認定審査会のやり直しをしようとしておられるのかもしれない。
認定審査会資料に「パーキンソン病等日動変化があるケースに関しては要介護」と明記してある。
どうも認定審査会は、認知症モデルのみに目が行っているようである。認定調査員研修会のアンケートではご指摘しておいた点だが、認定審査会の研修会も開いていただかなければいけないようである。

このケースは隣市の認定審査会でもあったことだが、医療でも完治出来ない症状を如何防止しようというのか???1日3回の服薬で1回の薬効時間が1時間半、1日合計4時間半動けても、残りの時間ね寝たきりに近い。(階段は得意だが・・・)

オーナーのラジオインタビュー。  2007・3・29
明日からの内見会に何とか間に合わせることが出来た。

夕方設備屋さんが飛び込んできてラジオ放送されていると言う。ラジオ・ラジオと探しているよりも車へ走った方が早かった。
先日来お伝えしている内容だが、遷延性意識障害の子の代弁として、公正・平等の社会を作って欲しいと思っているであろうから思い立たれたそうである。主役は障害者の子である。本人自ら社会への訴えを続けていかれるものと思う。

主役は家に一人ではおれないので、誰かサポートに入ってのラジオ出演なのだが、夫が仕事から帰ってきてから、「といつくどん」のリーダーと一緒に来所するということであった。テーブル配置等が得意な方も一緒に来られるということなので、後は任せておけば良いと思う。
一部工事も残っているが、内見会は予定通りスタート出来る。

土曜日の午後、少し急がしそうな予感をしている。私の関係で、1グループと一人の来所予定を確認している。運営法人の社長に是非紹介しておきたい一人なのだが、話がはじまれば長くなる。今回は紹介だけにしておいて、後日・・・ということにしておこうかと思う。が、その紹介がまた長くなる。

年度末から年度始めにかけての4日間の勢いを、来年度に持ち越したいと思っているが、身体は少し疲れている。が、心は生き生きしている。(と思う)
良い新年度の幕開けを予想している。

[といつくどん」にも誘われそうな感じ。  2007・3・29
「つくしの家といで」の介護保険指定申請に関して昨日お伝えに行った。社長はちょうど出かけるところだったので、「事業の内容の判る書類を持って、落ち着いたら相談に行ってきて下さい。」とだけ伝えておいた。

中に入るとお掃除部隊は2名で、「といつくどん」の首謀者もおられた。
戸出・つくしの家・どん(?)と「つくしの家戸出」を語呂良く並べたデイサービスサポート部隊の名称だが、主役が障害を負ってから、同じ悩みを抱えるお母さん方や賛同される支援者など等が作り上げてきた人のネットワークが母体になる。不定期・ホントに不定期なのだが何回かお邪魔したことのある「めざましサロン」のメンバーが中心になられるようである。
遡ること、母体になったのは市女性グループがベースになって、趣旨に賛同された方々のグループが継続しているわけだが、立場の違いから「・・・おかしいね・・・」という話が良く投げかけられる。

そこで『どん』の中身に関してこれから順次明らかになっていくのだが、可愛く「さん」なのかもしれないし、『どん』と花火が揚がる会なのかもしれないし、時々『丼』が出てくる会なのかもしれない。
その『どん』の「ドン」がお掃除部隊の一人であったが、帰りにお土産を貰った。〇〇ドーナツ10個入りを喜んだのは妻であり、明日久しぶりに揃う女系家族なのかもしれない。

『高岡発・介護問題研究会議』出張所  2007・3・28
昨日出張所開設(?)の申し出があった。

私の担当しているケースのほとんどが、私自身のネットワークや各種団体(横列のネットワーク)からご紹介いただいたものである。
昨日申請書に同意をいただきに行ったとき、地域包括支援センターの対応のまずさを指摘され、「出張所でも・・・」と名刺を請求された。取り合えず・・・ということで10枚ほどお渡ししてきたが、かなり困難な事例を抱えておられるようであった。家族・親族関係を聞いて、誰にお会いすれば良いかを伝え、お会いできるようになったら同席させていただくことにした。外堀から固める方法である。

相談には色々なテクニックがある。困難事例は得てして外堀から話を進めたほうが良いことが多い。世間一般に問題解決の一つの方法とされている「根回し」である。当事者とそれを取り巻く人間関係を掴んでおられるので、この方法をとることにした。
この他に家族会議という方法もあるが、ここに至るには根回しが必要なケースもある。

以前もケアマネ相談会で家族会議を提案したが、「会議を開けるくらいなら苦労しない・・・」と開き直られた方がある。教えて欲しいと思って聞かれるのならその方法もお教えするのだが、その場はそれで止めておいた。
専門教育を受けてこられた方は、得てしてその専門職種の手法に拘ろうとされるが、相談援助に入るまでの段階を如何に対応していくかは、社会一般に行われている、人対人の駆け引きが重要な意味を成すことが多い。先ず人間関係を作るということである。

会議をスムーズに進めるためには、あらゆる場面を想定して関係者に根回しをしておく必要がある。先日の臨時総会でも使ったが、議案を通すためにはそれなりの方法があるということである。
「介護問題」と言っても、二つとして同じケースはない。インテーク以前に予測できるのなら、スムーズに入っていくことが出来るようにしなければいけない。出会いの時点で信頼関係を作るための根回しも必要だということである。

午前中に他の地域包括支援センターの対応を聞いていただけに、少しがっかりしたが、地域住民は黙っていても見ているということである。見られていることを知って業務に励んで頂きたいものである。

古城公園の桜がチラホラと・・・。  2007・3・27
今日は暖かい一日であったが、古城公園の外堀の周りに植えられた桜がチラホラと咲き出した。一分咲きといったところだが、例年より早いような気がする。

古城公園は桜の名所でもあるが、公園内の古木はかなりの年数がたっているので、咲き始めるのが少し遅い。経験からの予測であるが、4月7日(土)〜8日(日)は公園内で酒盛りも真っ盛りになるようである。
昨年は町内の青年・壮年入り乱れての酒盛りであったが、9日の第2日曜日は少し寒かったことと、桜もつぼみであった。つぼみでも花見酒である。

高岡駅から公園に向って「桜馬場通り」が伸びているが、この通りは馬乗りの練習場だったそうである。ただ走ってもつまらないから(か如何かは知らないが)桜並木があったそうである。その並木を都市計画に合わせてかなりの数、公園に移転・移植されたそうである。かなり見ごたえのある桜であるから、4月上旬(10日前後)に高岡を訪れていただくのも良いと思う。
今は香具師(ヤシ)の数や出店も少なくなったが、私が青年の頃には、酔って堀への落とし合いが始まったり、新婚さんは先ず遣られていたようである。

一度、(花見を兼ねた)町内の総会の二次会で公園近くの店へ行く途中みぞれに見舞われたことがある。気候も年々変わるが、おおよその目安は、4月の第一か第二の日曜日ということになると思う。
花の命は短くて・・・蕾のこともあれば、満開のこともある。

人生も同じことかと思うが、与えられた人生を目一杯に生きたいものだと思う。
今は咲いていなくても蕾は必ず開く。咲いた花は必ず散る。
自身の人生に一番適した時期に花開かせたものである。

Re: 古城公園の桜がチラホラと・・・。  2007・3・28
friezyar さん、大変な事件に巻き込まれましたね。職能団体としてサポートできる体制を提案していこうかと思います。

古城公園といえば、いつかご案内して頂いた公園ですか?

夕方近くでしたので時間もありませんでしたが、ご紹介した場所は本丸が建設されていた場所です。天守閣まで出来ていたのかは知りませんが、かなりの規模のお城だったようです。

我が家のゆうりちゃんの方は、今乳癌で手術をすることもできず痩せてきていますが・・・

癌ですか、お大事にしてあげて下さい。

今回の能登半島の地震をはじめ過去の災害の多くを思うとき、今、被害にあうこともなく平和に暮らせている私は幸せです。

実はね・・・。地震にあっても平和なのですよ。
一件、日曜日にしか会えない方を訪問しましたが、チャイムが切れていて、ドアをノックしても電話をしても出てこられないので諦めて帰ったのですが、駐車場を出た途端、パンクのような揺れを感じました。
向かいの駐車場に車を止めてタイヤを点検したのですが異常無しでした。
走り出しても可笑しな揺れを感じるのでクリップボルトの緩みかと思いそのまま、4月1日開所式を予定している障害児(者)のデイサービスへ向いました。
着いてからクリップボルトの点検をしていると同じく応援メンバーが来て「地震ひどかったね・・・」と。
ラジオもかけていなかったので???でした。平和ですね。

friezyar さん、一日も早く立ち直ってくださいね。

組織は人  2007・3・27
地域包括支援センター誕生と同時に、サービス事業者連絡協議会ケアマネ部会の集まりも隔月ではあるが、10地域包括支援センターを5ブロックに分けた地区会合と全体研修会の構成に改変されてきた。そのブロック別会合の一部地区に異変が起こっていた。

何れもケアマネジメントリーダー事業の延長線にある行政主導の会合ではあるが、異変の起こっている地域には、当時の市在宅サービス調整会議を体験している者もいる。所属事業所はそれぞれバラバラになっているが、大きく組織を見たときにそのつながり・理念のつながりは今も生きているということなのであろうか?頼もしい話を聞いた。

地域包括支援センターには地域の拠点施設としての役割が求められている。それはケアマネジャーの拠点ではない。地域福祉の拠点施設である。
そうであればケアマネジメントリーダー事業の延長線上にあるのではなく、地域ケア会議を地域で行なう必要がある。内容は事例検討会をベースにした地域のサービス等事業所の勉強会である必要がある。ケアマネもその中に参加すれば良い。これがサービス調整会議、チームの勉強会であり、専門職の連携のきっかけにもなる。
このことが囁かれている地域があった。

私が市内のケアマネさんを訪問する時は何かお土産があるときである。日々サービスを通じてお付き合いのある民間併設居宅以外にも顔を出す居宅がある。希望を持って生き生きと仕事をしておられる方との話からは元気をいただくことも多い。
昨日定年の話が出たが、もう少し若いと思っていただいていたようである。団塊の世代であることをお伝えしてきたが・・・その方の年を聞いてみたことはない・・・が、これも判らない。良く似た年代が主流なのかもしれない。

今月も4週間  2007・3・26
今月も4週間のつもりで事務日程を進めてきた。残り3日間で提供票の配布と来年度に向けた広報や患者団体のイベント案内を平行して行なう。日頃お付き合いのある事業所以外へはあまり拡げない予定なので、郵便配達+αといったところ。認定が出ていれば担当者会議もはさみたい。

2月と違って日が無いのではなく、予定を空けただけだから時間は作れるが、配布だけはこの3日間で完了する予定である。
この3日間を有効に使うため、サービス提供一覧表も活用した。提供票を届けるついでに利用者の状況も確認して来ようという、欲張った配布計画である。
残り一週間、何かと気ぜわしい年度末でもある。出来れば電話がかからないことを期待しているが、予定とは関係なく電話がかかることが多いのも現実である。

今日1日だけは集中的に施設訪問を行ないたいと思っているが、果たしてどんな1日になるのであろうか?
第1段が、指定に同意しておられない事業所開所案内を、市へ行くついでに担当者に届けて来ようかと思っている。

地震お見舞いありがとうございます。  2007・3・25
全国各地から、地震お見舞いありがとうございました。

今余震・・・というか、再震がありました。震度1位でしょうか?20秒ほどの揺れです。

石川県ではかなりの被害も出ているようですが、私自身朝の地震は無感地震でした。(判らなかった)
1件訪問してから、大掃除に出かけようと9時半頃家を出ましたが、訪問先が、チャイムを鳴らしても、ドアをノックしても、携帯電話に電話しても応答が無いので諦めて帰ろうと・・・エアコンのファンも廻っていませんでした。

道路を右折する時に、パンクの時に感じるような変な横揺れがあったのですが、タイヤのせいだと空き地に車を止めタイヤを点検したのですが、異常がありませんでした。(その間も揺れていたはず・・・)走り出してもしばらくは変な揺れを感じましたが、その内に治まりました。
つくしの家といでに着いて、再度タイヤのクリップの緩みを点検しているところへ一人到着して地震があったことを聞きました。ラジオも聞いていませんでしたし、元来地震を地震として認知しない体質なのかもしれません。

10数年前同じく能登沖地震があったとき、早朝だったため夢の中でしたが、下から突き上げるような衝撃を感じていながら、地震だと思って飛び起きることもありませんでした。人間平和に出来ているのですね。

幸い朝訪問した方の関係者から昼頃電話をいただき、再訪問の末、明日医療機関へ行く手順や利用票の確認など等も済みましたので、今日1日予定通りに過ごすことが出来ました。
皆様ご心配ありがとうございました。

Re: 地震お見舞いありがとうございます。  2007・3・26
地震でシステムキッチンの上部収納庫の扉がロックされたそうです。
物が落ちてきては危険ということで、対策が講じられているのですね。
この目に見えない心使いが大切だと思います。介護福祉にも通じるものがあるように感じました。

やはり年かな〜〜〜  2007.3.25
昨晩はゆっくりと眠れたが、身体が痛い・・・やはり年かな。

今日は、日曜日にしか逢えない外人さんを訪問してから、10時には行く予定にしている。日頃動かしていない筋肉を酷使したのだから筋肉痛は予想していたが、もう1日何とか頑張らなければいけない。他人に弱みは見せられない。

このこともあって今月は早めに準備を始めた。残り3人は認定結果待ちの方であるが、パソコンの中にはプランも出来ている。被保険者情報を入力すれば出力できる。一人だけは境界の方で、介護プランで暫定スタートしている。支援が出たら出たで保険者が給付管理してくれるというから、時間をかけて予防プランに書き換えれば良い。内容は同じ、様式が違うだけである(と理解している)。

そうこう言いながら、パソコンに向っていると体調も少しづつ戻ってきている。
今日は春の暖かい雨が降っている。この時期だけトイレのタイルが結露する。冷え切った床面も徐々に暖かくなっていくのであろうか?

大掃除  2007・3・24
古民家を再生して障害児(者)の医療ケア付きデイサービスが4月1日(日)開所式が行なわれるが、その準備の第1段として大掃除が始まった。
改修は昨年末の第1期工事として、基礎部分の改築とバリアフリー化が行なわれた。3月に入るなり、内部の改修工事が始まったが、先週の実行委員会当日、果して内見会・開所式に間に合うのかと思った。

古民家の規模は、百坪余りに蔵付きである。かなり広い。
5年前までおばあちゃんが住んでいたと聞いているが、使っておられた部屋は廊下を挟んだ和室である。推測ではあるが、数十年、大掃除は無かったものと思う。
近所のおじいちゃん(と言ってもかなり高齢だが・・・)の記憶では、その家が新築された時にはもう建っていたそうである。推測ではあるが、百年は経っているのではないかと思う。

天井のすす払いから、柱・床まで順次拭き掃除を始めたが、何しろ数十年大掃除をしたことがないであろう古民家であるから、隅から隅まで・・・と言った方が適切かもしれない。
家の骨組みの中心である「臼作り」の部屋は、4間(7m余り)四方であるが、ケヤキの尺(約30p)丸太が上がっている。重量にすれば雄に1tを超えるが、当時は重機もない。滑車は使ったであろうが、人力でこれだけのものが建てられた。柱も含めて造作財は全て漆塗りである。

その臼の煤払いは「誇りが振ってくる・・・」という表現が過大ではない状態だった。おそらく家が建ってからはじめての大掃除だったのかもしれない。
明日は見える所だけ雑巾がけをすることにしているが、古民家の財産は、この臼作りの中心になる骨組みである。漆がけの柱を雑巾掛け出来るのはこのときしかない。通常は空拭きだそうである。
もう一つ、立派な欄間が入っていた。
井波彫刻かどうかは判らないが、かなりの年代物の欄間が入っていた。欄間は埃を払うように、丁寧に空拭きした。
明日も大掃除は続く。

古き良きものを再生して、ボランテイアが支え、職員には良いケアを行なっていただけるように背景作りも進んでいる。
「といつくどん」はゴロ合わせのサポーターチームではあるが、ひょっとして「どん」・「丼」が出てくるチームなのかもしれない。
何処までが冗談で何処までが本心なのかわからないところがまた良いところなのかもしれない。

職能団体としてのサポート体制  2007・3・24
昨日もう1件電話でアドバイスをおくっている。
利用者から的外れの要求をされたので断わったら監禁状態で問い詰められたそうである。行政や地域包括支援センターに相談してもその解決が得られないばかりか、ケアマネ自身の姿勢を問われたそうである。

利用者に寄り添うということは利用者側に付くことではない。ケアマネの立場は「中立性の確保」である。
行政ラインで囲い込みを行ったり、法人の立場でケアマネジメントを行ってきた方々には判らないことなのかもしれない。
「独立性の確保」があってはじめての「中立性の確保」である。

翌日担当を断わりに行ったら、今度は暴力があったということである。
ここまで来れば事件にするしかないが、その前に職能団体としてサポートが出来ないのであろうか?行政ラインが出来ないのであれば、それしかないのであろう。

「介護問題」を事業所の看板に揚げていると「介護問題」は寄って来ないものである。とは言え、殺伐とした家族関係の調整などもあるが、結果として笑って済ませることが出来る程度の「介護問題」である。
今回の電話のケースは、暴行による傷害も受けておられるので、事件として解決する必要がある。しかしその前に何か方法があるように思う。

相談援助業務は密室で行われることが多いが、異変を感じた時点で支援出来る体制が必要だと思う。その支援を行えるのは、職能団体としてのケアマネジャーではないであろうか?
そのような依頼があればどれだけでもサポートするが、その解決は介護保険法における解決ではない。社会常識の範疇に入る解決方法である。

介護保険サービスを受ける側にもマナーが必要である。対等の立場で契約をしてから行うサービスであるから、対等の立場が崩れれば契約解除である。
「そのようなことをしていると、サービスを受けることは出来ませんよ・・・」ということを言えるケアマネも必要である。
とにかく一人で解決しようとは思わないことである。

ケアマネ協の機能の一部として「〇〇問題対策室」を提案してみるのも方法かと思う。

さわやかな電話声  2007・3・23
「〇〇です、判りますか・・・。」
透き通ったような、爽やかな響きだった。

「思ったよりお若い声ですね・・・」
「そうですか・・・気持ちも若いんですよ・・・」と

思いがけない方から、思いがけない電話をいただいて、思いがけないほど感激した。
日本は広いようで狭いですね。

機会があれば一度はお逢いしたいと思っている方だが、なかなか機会がない。度々は出ないが、時としてその方面へ行くときには「行くよ・・・」と声をかけようと思う。実際来ていただけた方もあるが、インターネットはそういう素晴らしい面も持っている。

出先でも会員サイトへ進入することも出来る。パスワードさえ入力すればパソコンの違いまで察知出来ない。繋がっていて、パスワードが合っていれば本人と確認する。本人がどのパソコンからアクセスしているかは問題外である。人間が機械に教えた能力はその程度である。
尤も本人を確認出来れば良いのではあるが・・・。

それにしても爽やかな電話であった。

孫がはじめて・・・  2007・3・23
歓声と奇声があがっているので行ってみたら、孫がはじめて移動した・・・ということである。
横へ転がることは出来たので、テーブルに頭をぶつけないように・・・といっても、今のところはテーブルの下に入ってしまう。
うつ伏せになって、足をバタバタさせることは出来ていた。しかし前には進まなかった。

歓声・奇声のもとは、間違いなく何か異変を伝えていた。事務所・相談室と居間を隔てた襖の向こうから聞こえてくる。
襖を開けるのは危険と思い何時も遠回りしているが、その光景を見て数十年前、我が子がはじめて移動した姿を思い出した。
確実に移動している。後ろに向って移動している。転がって移動している。

せいぜい1m四方位の移動範囲だが、自分の力で移動している。自由自在とは言えないが、思う方向(?)に移動している。大きく手を振ると、にこやかに奇声を発した。先ほどから耳にした奇声はこれだったのである。
本人自身が一番嬉しかったのだろう。自分の思う(?)所へ移動出来たのだから・・・。

今日は婿さんが遅いということで風呂へ入っていく。車なら味噌汁の冷めない距離にいる。妻が休みの時には来るが、私一人の時には来ない。余計な仕事が増えるからである。
やはり生活能力は女性の方が上だと・・・つくづく思う奇声であった。
「赤子の魂百まで・・・」と言うが、嬉しい時には奇声を上げることが出来る自分でありたい。
4月1日にはBCCメールで奇声を上げる予定である。

県MSW協会定例地区勉強会  2007・3・23
お付き合いさせていただいてから一年になるが、地区定例会にも参加させていただいている。
市内の病院でも何回か開催されたが、ここ半年は隣市の病院へ通っている。
講師は会員の持ち回りか、会員のネットワークから呼んでいる。違う分野だけに非常に勉強になる。

昨日2件の紹介をさせていただいた。「つくしの家といで」開所案内と「パーキンソン病友の会」総会案内である。

「つくしの家といで」に関して、送迎エリアについて質問があったが、発起人の子は、片道4〜50分の施設へ通っていた実績がある。送迎に耐えることが出来れば、その施設の分家だから、西の地区ほとんどをクリア出来る。その意図もあって現地で開所することになった。
「実績があるから、多分大丈夫じゃないか・・・」と伝えておいた。心当たりがありそうな感じであった。
私が持ち出す話だから、介護保険かと思われた方が多かったようである。障害児(者)であるから、自立支援法・児童福祉法がメインであることを伝えた。ただ、2号保険者も対称になる可能性があるので相談に行ったら、計画定員いっぱいと規制にかけられたことはお伝えしておいた。指定権者は「市に聞いてください」と言っている。対象者が出た時点で一緒に行くお約束をしていることを付け加えた。

「パーキンソン病友の会」総会に関しては、患者に対するお知らせの意味もあったので、神経内科のある病院外来に、会の案内と申込書を置いていただけるようにお願いした。
昨年はリハビリ教室、今年は音楽療法なので、興味がある方は参加して欲しいと依頼した。

ところで勉強の内容だが、昨年制定されたリハビリの規準が4月から少し変わる。医師が必要と判断すれば、継続してリハビリを受けることが出来るが、予防給付と同じ内容で、そろばん勘定が発生する報酬体系でもある。

  2007・3・22
「精神作用のもとになるもの」とは広辞苑からの引用だが、相手を思う心があれば世は穏やかであろう。
「独立性・中立性」は専門職理念に係る問題だが、理念が整っていないから、政策として指摘を受けるわけである。

心づかいは、人生の中でも学ぶことは出来る。
体験の中から学んでいくわけであるが、逆境にあってはより心づかいを学ぶことが出来るであろう。そういう意味では、色々な体験をしてきた。人生色々である。
相談援助業務において、相手の立場で考えなければいけないことが多々ある。その時に役立つのがこの心づかいと人生経験である。

相手の立場で考えることが出来れば、心づかいは常識でもある。常識さえわきまえることが出来れば、相談援助業務もそんなに苦痛なことはない。
この常識が問題なのかもしれない。
かと言って、必要以上に自分を卑下する必要はない。正しいと思うことを正面から主張すれば良い。意見の葛藤も人生勉強の良い機会である。

4月1日に指定が下りる居宅介護支援事業所のケアマネさんによると、3回目の相談でOKが出たそうである。私自身法改正があった事を忘れていた(運営規程等)ので、先ず条項のナンバー付けが変わっていたこと、市町村が違っていたことなど等笑える指摘をしていただいたということである。
「〇〇の誰に教えてもらいましたか???」ということで名前を言ったら、知っていただいていたようである。心なしか言葉も優しく、丁寧にご指導いただけたと言われる。指摘されて、修正をしただけで随分勉強になったそうである。

もう一ヶ所、2名で共同事務所を開かれる方からも相談をいただいている。
法人設立までの手順と書類はお渡ししてあるが、県へも相談にいっておられるものと思う。申請書類関係はまだお渡ししてないが、同じ資料を準備しようと思っている。
時間があれば自分で調べていただくが、時間がないようなら、今回申請された方に問い合わせて、お伝えしようとも思う。(本当は勉強していただいた方が良いのではあるが・・・)

まばらではあるが、ぼちぼちと独立・民間居宅が増え始めている。まだまだ増えるものと思う。
来年度から地域包括支援センターの公正・中立的運用を行っていただけるようである。
「雇用」と「理念」の板ばさみになっている方々はもっともっとおられるものと思う。独立ケアマネとして表面化している方を氷山の一角だと思っている。是非独立化が進めば良いと思う。

そして、心に素直な生き方がしたい。

難病研究会  2007・3・22
あるシンポジウム会場で、三人の女性活動家が並んで座ったことがある。その後にいて迫力を感じたことを記憶している。その三人が揃う難病研究会にご招待をいただいた。

一人ひとりの想いを市民活動として形に現して来られた方々だが、その姿に現在・過去・未来を見ることが出来る。過去の活動を思い返しておられる方もあろうし、その活動を目標にしておられる方もあるのかもしれない。
研究会の詳細についてはお知らせいただいていないが、三人が揃うことに魅力を感じた。

1ヶ月先までの日曜日の予定が全て詰まってしまったが、本業に関連したネットワーク作りにも着手しなければいけない。
来期から、保健・医療・介護・福祉等において、「各々がその対等な関係を保ちながら作り上げる」地域ケアネットワーク・コミュニティー作りに関して動き出すことになるが、この筋書きはHP『高岡発・介護問題研究会議』で紹介している。
10数年前の在宅介護支援センターソーシャルワーカーが実践した地域活動を基にHPを公開したのが2001年10月であるから、もう5年半経過している。開業からそろそろ3年になるが、この間の実態も見ている。

先にご紹介した中の未来の方とはHPがご縁で今もお付き合いがあるが、その活動力・行動力には驚かされている。そして非常に前向きな姿勢を持っておられる。
私が福祉に誘われたのは平成元年だからもう18年も前のことになる。この18年間、頭の中には「福祉」しかなかったのであろうし、とにかく突っ走ってきた。還暦を迎えるが気持ちはまだ若い。その若さをいただいている。

今回その3人が集うテーマが「難病」である。
難病ネットワークとやまの設立の趣意は、「病気や・症状が違っても抱える悩みはみな同じ。その同じ悩みに向って、力を合わせていこう・・・」という内容である。
「つくしの家といで」の趣旨も同じである。そのお母さん方の共通する悩みは「介護出来る内は良いけど・・・年老いて介護が出来なくなったら、この子はどうなるのであろう・・・」ということである。その同じ悩みに向って、皆様団結しておられる。

患者会・患者家族の会など、当事者の集まりが沢山ある。その皆様が手を携えていくためにも、大きく手を結んでいく必要がある。そういう意味からも今回の研究会は有意義だと思う。
難病を「現在の医療では完治出来ない病気であり、残された障害も取り除くことが出来ない」と拡大解釈するならば、この3人は充分に手を取り合ってさらに大きく活動を展開させることが出来ると思う。
その可能性にエールを贈りたいし応援もしたいと思う。

兎に角女性の行動力は・・・スゴイ。

受ける側のマナー  2007・3・21
すみれ さん、このケースは投げ出しても良いんじゃないですか?
公的介護保険を受ける時にはルールがあります。そのルールが守れない方は受ける資格が無いと思う。

以前のケアプラン拒否希望の問題では、結局市も地域包括も県のケアマネ連絡会も誰も答えは出してくれなかったが・・・。

内容は判りませんが、行政や公的機関が答えを出せない問題は専門職団体として、仲間が解決しなければいけないのではないでしょうか?
当方では先日ケアマネ協の臨時総会で、順次ではありますが、個人加盟の職能団体への脱皮を満場一致で可決しました。
これだけは通さなければいけないと思いましたので、議長として少し細工をしましたが必要ありませんでした。

職能団体として困難事例に対するサポートを行っても良い訳ですね。
良いヒントを戴きました。

何時ものごとく・・・。  2007・3・20
昨日午後、久しぶりの来所であったが、彼とは最低半日の話になる。

ADLを行動時間で測定するシステムの進展状況に始まり、住宅改修における理由書の各地における取り扱い状況や企業・医療機関・行政・商工会議所などを巻き込んでの「住み替え」の話や特定施設・高専賃・高円賃等の現状と方向などに関して、最新の情報も含めて意見交換した。

介護保険はいずれ自立支援法と統合されることになるが、住宅問題・住み替えの問題も、現在は高齢者に限られているが、その枠を拡げる論議もなされているようである。これは制度として変わるということであり、介護を本格的に民間が担っていく準備が進められているということではなかろうか?

特養等、施設建設費の補助金も削減されていく方向にあるようだし、ホテルコストが導入されたことも事実である。介護と住居は、今後はっきりと分けて考えられるように思う。
そこで、入所等が必要になっても入所出来ない方々には、一部措置の考え方も必要になってくると思うので、自己負担分の優遇は継続していっていただきたいものだとも思う。そして住み分けの問題も出てくるのではなかろうか?

本格的に介護量の確保が必要になるのは、団塊の世代が後期高齢者に入る2025年頃からであろうから、ここ10年間、矢継ぎ早に新しい制度政策の考え方が出されてくるものと予測している。
その方向性に民間企業も興味を持って眺めているのが現状ということである。
「介護の社会化」は全て公的制度で賄われるものではないということである。

団塊の世代に定年は無いのかもしれない。

といつくどん  2007・3・19
昨日「つくしの家といで」を拠点とした新しいグループ名が発表された。その名は「といつくどん」つく(しの家)・とい(で)の頭文字を取って読みやすくしたものだと思った。「つく・とい」よりはゴロが良い。
そこで「どん」とは???ということになるのだが、「どん」には主・黒幕など等の意味もあるが、可愛く「さん」ということらしい。

いち早く参加に手を上げられたのが、全面的に協力していただいている歯科女医さんである。「どん」には「丼」の意もあるので、「どんぶりでも作ろうか・・・」という話も出ていた。会への参加申込書が出来上がった時点で検討したいと思う。

以前「めざましサロン」という会があった。障害児(者)を抱えるお母さん方の会で、「あなた・・・目を覚ましなさいよ・・・」という趣旨だと理解している。講師を呼んで意見交換などもしておられた。何回か参加させていただいたが、その会の延長線上にある会なら是非参加させていただきたい。
時として「丼」が出てくる会なのかもしれないが、それはそれで笑える会でもある。

昨日の出席者の共通の想いは「果たして4月1日(内見会は30・31日)開所に間に合うのだろうか???ということであった。大掃除の部隊も準備してあるということだが、今週末までに大工仕事が終わらなければ間に合わないのではないか・・・という心配である。ボイラーも入れ替えなければいけないし、まだまだかなりの作業工程が残っている。
月末慌てなくても良いように今週中にはスタンプラリーを終える予定ではあるが、認定が月末にずれ込むケースが2件ある。
少し慌しい年度末になる予想をしている。

そうそう、昨日は地方紙からも取材に来ていただけた。準備委員会の光景を写真にも撮っていかれたが、主が到着する前であった。記者も忙しい。
遷延性意識障害の主役が登場したのはそれから間もなくのことであった。

内部からの改革  2007・3・18
介護保険法が施行され1年目、新聞で「ケアマネジャーが本来の役割を果たせていない・・・」旨報道された。この報道がキッカケになり、中断していた自分史の発行の再開とインターネットで情報発信することを思い立った。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/zaitakukaigosiennsennta-.htm
自分史に書き加えた原稿だが、介護保険法施行二年位前、病床で書いた原稿である。

新聞報道から1年目、某氏が「本来のケアマネジメントが出来ない」と独立開業の準備をしていることを知った。その時に言った言葉が「内部から改革できませんか???」であった。

措置時代にも囲い込みの指示はあった。
新設される特養ホームに20床のショートステイが整備されはじめた頃、所属していた施設でも増床工事が行われ、ショートステイ20床になっていた。
「ミドルステイ(県単事業で理由によるが、最大3ヶ月の入所が可能)も受諾したし、老健の話はするな・・・」といった内容である。「機能が違う・・・」ということで管理者との衝突もあったが、内容は違うかもしれないが、管理者との対立は日常的なものだと思う。反論すればどうなるのであろうか?ここに「雇用と理念を天秤にかけ・・・」という言葉が誕生すると思う。とにかく管理者とは立場の違いもあり、論議もあった。

「内部からの改革」とは、立場の違いから来る日常的な問題解決を日々進めていくことであり、これに疲れたから退職ということになったのであろう。
法人系列の施設にも優秀なソーシャルワーカーがおられたが、この方も別天地でご活躍中である。
その日々の論議を重ねて来なかったことにより現状をむかえているものと思われる。

当時「独立性・中立性・公正・公平」という内容に関して随分議論したように記憶しているが、一言で言えば「法に正しく、分け隔てせずに、理念としての独立を保ち、あらゆる社会資源とも等距離を持つ」ということになるのであろうか。

「内部からの改革」が所属法人内部からでは難しいということであれば、外部からの改革も試みる必要がある。それが同じ悩みをかかえる者同士の結びつき、団結ということになる。表向きは法に基づいたケアマネジメントの推進である。
独立した者同士の集まりはあるが、現状を根底から変える力は無いであろう。仮に出来るとすれば、今回示された「優秀な事業所」に付けられた加算を得る位かもしれない。それが「協業組合」構想なのであるが、根底から変える方法も平行して試みてみようと思う。

基本は行政が作ったものなのかもしれないが、働きかけもあったことは事実である。今その団体が、職能団体に脱皮しようとしている。増してや理念的にも近い方々がある。この理念的に近い方々と一緒に、介護支援専門員本来の役割を取り戻すことも一つの方法である。

組織委員立候補の原稿です。
(ここから)
「これからの協議会のあり方について」
今回の法改正でも介護支援専門員の「独立性・中立性の確保」が求められました。ケアマネジメントは本来単体で存在するべき性質のものですが、「中立性の確保」はその専門職の「理念」の問題であると思います。
また、行政(保険者)の持つ個人情報が居宅介護支援事業所に対して「公正・公平」に提供されているとは言えない現状や、法人経営・管理者から「囲い込み」の指示がなされてきたという事実もあります。
このような背景の中、利用者の「選択権を保障する」ために、雇用と理念を天秤にかけなくても良いような環境を作っていくことと、行政機構としてのネットワーク(縦列のネットワーク)と、一人ひとりの介護支援専門員の持つネットワーク(横列のネットワーク)が網の目のように張り巡らされた、地域ケアマネジメントの体制を作っていく必要があると思います。
(ここまで)
「選択権を保障する」と書いているから、地方紙に掲載される前の原稿だが、掲載以降は「選択の自由を保障する」と書いている。

独立型介護支援専門員が独立した理由。  2007・3・17
県居宅介護支援事業者連絡協議会臨時総会で議長を務めたが、ご推薦いただいた時点で「組織委員会に所属して本日提案される議案に関して協議を重ねてきたこと」を明言して、その上で「私が議長を務めて良いのか」を総会出席者に量り、賛同していただけた上で議事進行を行った。
結果満場一致で議案を通していただき、来年度に向けた総会準備をしていくことになった。
議事の中では、単に事業者会員と個人会員の順序が逆になった提案がなされているが、深い意味が潜んでいることも付け加えておいた。

独立型介護支援専門員の多くは独立した理由の一つに、経営管理者からの「囲い込みの指示」を上げられる。セールスマンの役割を果たせとの指示があったわけである。中には、地域包括(委託機関)との関係を上げられる方もあるが、何れも公正さを欠く運用に反応された方々である。
介護支援専門員の「独立性・中立性の確保」とは、対象者本人も含めた、取り巻く社会資源に対しての姿勢として求められている言葉であるが、もっと言うならば介護支援専門員を取り巻く関係者全てに関してもこの姿勢を持つ必要がある。

そこで経営・管理者からの「囲い込みの指示」は専門職としての専門性を否定した言葉であるから「雇用と理念とを天秤にかけ・・・独立された」ということになると思う。
臨時総会の議題の事業所会員と個人会員の順序の逆転はこの理念における関係の逆転でもある。職能団体としてその理念を擁護していこうということである。
それでも問題が起きれば独立されれば良い話である。
今後その受け皿として「協業組合」も提案していくことが出来ると思った。何故なら、「協業組合」は事業の形態であり、職能団体ではない。充分にその役割分担は出来そうである。

個人会員を中心とした職能団体が今後かかえる問題として、行政ラインと民間の大きく分けて二つの関係が出てくるものと思われる。すなわち行政の持つ個人情報の取り扱いである。
今回担当課から如何なる答えがあるかは判らないが、流れからして「委託しているから当然・・・」という答えも予測しておく必要がある。委託機関が公正な情報の取り扱いが出来れば良いが、現状では難しいと思う。そこで「行政の責任で作られたセンター」であることを自覚していただきたいと思う。

その責任とは、公正取引委員会が公正な情報の取り扱いを求めている対象は行政自身である。厚生労働省も業務マニュアルの中で「情報の漏洩」に関して明記している。そしてここまでの資料を準備してお話しているが、なかなか判っていただけない。市政への提言ルートからの話だということをご理解いただきたい。
せっかく介護支援専門員の職能団体に向かって産声を上げたこの団体の内部に問題を持ち込んでいただきたくないとも思う。

何れ保険者単位の介護支援専門員協会支部もこの図式に習った運用を迫られることになるが、行政ライン主導の運用から個々の介護支援専門員の理念に基づいた運用がなされるようになっていただきたい。そのキッカケになると思われる臨時総会でもあった。

県居宅連絡協議会臨時総会  2007・3・16
本日14時から臨時総会が開催されるが、議題は協議会名称の変更と一部規約の改正である。
段階的に個人加盟の協会支部に移行する準備と介護支援専門員の「独立性・中立性の確保」を意図している。変更部分は、名称の「協議会」→「協会」と会員資格の「事業所会員」⇔「個人会員」の順位の逆転である。
変更部分だけを見ればこの二つしか目に付かないが、その持つ意味は大きい。

本日の議案に関しては、介護保険法の方向性に関しても一致していると理解しているので、是非通さなければいけないのだが、出席する介護支援専門員の意識が掴め切れていないことと、規約条文と委任状の取り扱いに関しても若干の問題点が潜んでいるように思うので事前に考え方を統一しておく必要がありそうである。
本来否決してはいけない内容なのであるが、否決される可能性も無きにしも非ずと考えている。

12時から最終組織委員会を開催されるということなのでそろそろ出かけるが、議決の取り扱いに関しては委員会内部で統一見解を持っておかなければいけないと思っている。
如何なる展開になるかは判らないが、県内の介護支援専門員の意識を量るのには充分な臨時総会だとも思う。満場一致で議案を通していただきたいものである。

介護保険は利用できる社会資源の一つ。  2006・3・16
法改正で介護支援専門員の更新研修が義務付けられたが、研修のメニューにソーシャルワーク理論が取り入れられたと聞いている。
ケアマネジメントもソーシャルワークの一部なのであるが、介護保険制度の中でサービス提供そのもがケアマネジメントと捕らえられている節もあり、当然のことなのかもしれない。

高齢者福祉にケアマネジメントという手法が紹介されたのは、在宅介護支援センター職員研修会でのことであったが、この時は現在の第3表をもとに、各社会資源の役割分担を表した記憶がある。本人・家族・親族・近隣・・・といった具合にである。
パソコン入力の煩雑さから、私自身そのような第3表は作っていないが、本来なら書き込む必要があるのだと思う。
そこでケアマネジメントとはということになるのだが、「夜空の星と星をつないで星座を見つけるように」と教授いただいた星座理論が判りやすいかと思う。問題点を如何につないで、形に表すのかということである。

ケアプランには詳細に書いていないが、ケアマネジャー自身も社会支援になり得る。独立ケアマネの特権なのかもしれないが、かなりの部分でケアにも関わることがある。これは必要な資源を見つけることが出来ない時や、資源が出来ないといった時などである。今も1件電話がかかったが、出来なければ別の資源で調整する必要がある。常時可能でなければケアマネジャーもその一員として加えておくことにする。

ケアマネジメント報酬はこのように数ある社会資源をマネジメントした結果の報酬ではあるが、介護保険サービスを利用しなければその報酬が支払われないことも事実である。手持ちのケースに何件か無報酬でマネジメントを行っているケースもあるが、何れ報酬に結びつくものと、相談にのったりもしている。
患者会とのお付き合いとは、ボランテイアが中心になることも事実であるが、これが無かったら今頃は我が社も無かったかもしれない。

ケアマネジメントとは生活に切れ目が無いようにケアをつなぐ手法であり、当然本人自身が一番大きな社会資源である。この本人の力を如何に引き出すかもマネジメントである。
介護度別に報酬に差がついたが、ケアマネジメントの必要性は必ずしも介護度とも一致しない。要支援でも困難事例はあるが、「介護問題」を量る物差しは無い。

大学病院受診の付き添い  2007・3・15
DBS再手術を検討している方の受診に付き添いするが、今日は妻も同行される。家族にとっても重大な問題である。
某大学病院で手術を受けておられるが、左脳電極が僅かに曲って目的の点まで達していない。ほんの僅かだが重要なことである。結果として右足が出にくいという現象が出ている。
右踵を押して前へ出してあげれば左足はついていく。階段は得意であるから手すりがあれば問題なく昇降出来る。その僅かにずれた電極をそのままにして、別の角度から電極を入れ直そうという手術である。
言語中枢の近くを通るから現在にも増して言葉が都合悪くなるかもしれない。そのことをご本人は一番心配しておられる。

脳外・神経内科医の連携は取れているとMSWを通じて確認してあったが、本人からも脳外医師に電話されたそうである。今日は両科の受診になるから少し時間がかかるかもしれない。地域連携室へも同行する予定であるが、手術を受けるかどうかは、ご本人の決定である。一昨日お会いした時、そのことを伝えた。
本人の迷いは言葉を失うかもしれないということから来ている。コミュニケーションの方法を如何するのかということに関しては、方法があることは伝えたが、果たして決断はどうなっているのであろうか?

不自由なくコミュニケーションがとれることを喜ばなくてはいけないと思う。

理念無き制度は崩壊する。(2)  2007・3・14
『介護保険法第1条(目的)にはその理念「国民の共同連帯の理念」にも触れているので、この理念が原点でもある。』

約1ヶ月前に書いた文章の一部だが、この理念が危ない。利用者に寄り添い過ぎてもいけないし、事業者の立場に立ってもいけない。中立の姿勢を貫き、可能な限り社会資源を使い切ることがケアマネジャーには求められている。某氏から機関紙原稿を送っていただいたが、この理念に関して書かれていた。

「国民の共同連帯の理念」は負担の公平性に関するものと理解しているが、法運用の段階でもこの公平性が求められる。公平な運用が出来なければこの理念・目的に反することになる。
度々指摘しているが、法運用の段階で公平性を欠いている。

介護保険法はサービス量を確保するために民間参入も促進させ、競争の原理が働く市場になる予定でスタートを切っている。サービスの質で事業者を選ぶことの出来るシステムである。しかし現状はその入り口で躓いている。
介護保険法の要はケアマネジャーであったはずである。ケアマネジャーには公正中立の姿勢が求められている。しかし現状はサービスセールスマン(ウーマンも)の役割を果たしているケアマネジャーも随分多いと感じている。

何が問題なのかといえば、その役職に対する理念の問題なのではないであろうか?本来「独立性・中立性の確保」が求められながら、併設事業所に勤めていれば、その独立性を確保することは私も含めた独立ケアマネよりも遥かに困難なのかもしれない。「給料を誰からもらっている???」という話である。

もう一つ大きな問題がある。これに関してもかなり書いているが、行政ラインの理念である。当然のこととして「国民の共同連帯の理念」を実践して行く立場ではあるが、ここには天下り人事という紐がついている。
措置時代から、施設建設費等の補助金の見返りに施設管理者として天下り人事が成されてきた。しかし、天下りの本来の役割は「品質管理」であったことは建設を例に、数多く書いてきた。

建設に関しては談合入札が問題になっているが、福祉・介護保険にとっては何が問題になるのであろうか?その問題とは「行政の持つ個人情報の囲い込み」である。
このことに関しては公正取引委員会も調査報告書・研究会報告書で指摘していることは専門紙原稿にも書いたが、この指摘を受けて厚生労働省は地域包括支援センター業務マニュアルに「情報の漏洩」に関して明記した。
介護保険法の理念と目的の原点が介護保険法第1条にあるわけだが、今一度その内容を確認していただきたいものである。

ある会議で「民間は努力が足りない・・・」と発言された方があるが、私が見る限りでは散々な運用がなされている。身内のことは見えないのかもしれない。「燈台下暗し」とはこのことである。
いずれにしても、行政が身を持ってその目的を果たしていただきたいものだと思う。「国民の共同連帯の理念」には民間事業者も入るのではないであろうか?そして理念的に言えば、「勝るとも劣らない」現状を見ている。

明後日、県居宅連絡協議会の臨時総会が開催されるが、総会に先立って最終的な組織委員会が開催される。組織委員会の提案は個人加盟の協会への段階的な移行なのだが、結果は最後まで判らないと思う。果たして、どの位の比率でケアマネジメントの「独立性・中立性の確保」をご理解いただいているか・・・これは厚生労働省が提示した理念に対する専門職の意識の議決なのかもしれない。
議決に関しても議長一任の委任状ではあるが、その取り扱いは慎重に行なう必要があると感じている。

Re: 理念無き制度は崩壊する。(2)  2007・3・15
friezyar さん、大変な問題を抱えられたようですね。もしよろしかったら相談の経緯を教えていただけないでしょうか?

その多くは介護者の責めを強いるのではなく、・・・要介護者高齢者と家族への支援・・・

私は時として大風呂敷を拡げることがあります。大風呂敷には究極のケアが盛り込まれているのですが、状態が変わってもケアプランの趣旨自体は大変わりしません。段階的にその方向に向って進んでいるように思います。
これを権利擁護の視点から取り組んでも問題は解決しません。ケアマネジメントの結果権利擁護が必要になるケースもあるということで、最初から法律家に丸投げしていては問題も解決しません。
ご指摘のケースは正に「介護問題」ですね。

ケアマネは決して一人で悩んではいけないことをかみ締めながら、あらゆる社会資源の連携を探そうと思います。

この関係から横列のネットワークがつながっていきますが、もしよろしかったら、この先はメールで相談しましょうか?

Re: 理念無き制度は崩壊する。(2)  2007・3・16
friezyar さん、この痛みの原因は何だったのでしょうか?
看護職員が知らない受診も気になります。もしかして事故???

サービスの質確認を図るにはオンブズ活動がもっとされるべきかなと痛切に感じるこの頃です。

介護支援専門員の「独立性・中立性の確保」はオンブズ機能も果たします。
今日、県居宅連絡協議会の臨時総会が行われますが、会に先立って最終確認の組織委員会が行われます。職能団体として羽ばたいて頂きたいと思っていますが、果たして結果は・・・。

自立支援法と介護保険法  2007・3・13
障害施策と介護保険法では介護保険の利用が優先される。

2号被保険者で通所サービスが必要で、介護保険サービスを利用出来ない(無い)場合は自立支援法で利用することになるが、介護保険施設として申請しても指定を受けることが出来なかった場合、果たして自立支援法での利用が可能なのであろうか???
禅問答のような問いかけだが、何方かお答えいただけないだろうか???
縦割り行政とは、正にこのことを言うのではないかと思う。

Re: つくしの家といで  2007・3・13
10日(土)に「開所のお知らせ」をいただいて、県パーキンソン病友の会会報で紹介することと、私が現在お付き合いしている事業所等、是非お渡ししたい方には案内が終わった。もう何人か残っているのだが、近くに行った時にしたいと思う。

今回市へは届けなかった。
2号被保険者で対象になる方が出てくるかもしれないということで、介護保険施設の申請もしておこうと相談に行かれたら、「予定の定数が来ているから・・・」とお断りになられたそうである。何処の施設も受け入れることが出来ない、医療ニーズの高い方々の受け入れ施設だとご説明してもお解かりいただけなかったそうである。
対象者が出た時点で担当課へはご一緒する約束をしてあるが、デイサービスの内容がお解かりいただけなかったようである。

案内のパンフレットを見るなり「素晴らしい〜〜〜こんなのが出来るんですね・・・」と感動していただけた方も多数あり、待ち焦がれていただいていた形態のデイサービスである。
「高齢者と障害児(者)とは介護者が違うんですね。重度障害を持つ子の親は、何れ高齢化して介護が出来なくなる。その時この子は如何なるのだろう・・・というのが共通した悩みであり、お母さん方の団結は強いですよ・・・その団結が形になりました。」と説明してきた。

世間は案外狭いもので、開所スタッフの〇〇さんと従兄です・・・とか、〇〇さんとは△△△でご一緒したのですよ・・・とか、□□さんとは子が同級生でね・・・など等、世間は広いようで狭いものである。
何れの施設でも「絶対競合はしませんから・・・」ということで、内見会・開所式へ足をお運びいただくお願いをしてきた。盛大に幕開けしたいものである。

今月は日曜日は全て予定がいっぱいで、月末の2日間もつぶれる。
今週末から利用票の準備を始めなければ、どうも間に合わないような日程になってきている。今月の巡回訪問は少し手抜きになる。たまには良いだろうと・・・自己問答を繰り返している。

難病研修会に関する意見交換  2007・3・13
障害児(者)のための医療ケア付きデイサービス「つくしの家といで」の内見会・開所式の案内を届けたついでに何人かの方と意見交換をする機会があった。

1・保健センター主催でありながら、難病相談支援センター職員の参加がなかったこと。
2・患者会の活用に関して触れられていなかったこと。
3・疾患別の手帳はあるが、統一したものがないこと。
4・担当部署により対応が区々なこと。
など等、難病に関しても統一した対応が成されていない実態があった。

富山のALS相談会から高岡開催を望まれていることや、もう一つの相談会「難病相談会」を始める検討をされていることなど、二つの相談会を両市で交互開催出来るようになれば、ケアマネジャーの交流の輪も拡がりを見せる。
ケアマネジャーの作るネットワークは横列のネットワークであると理解している。
現在行なわれている行政主導のケアマネジメントリーダー事業の延長線上にある、地域包括支援センターを軸に行っているケアマネ相談会は地域ケア会議(名称は何でも良いが)へ方向転換する必要性を感じている。ここまでは縦列のネットワークで良いと思う。
その上で、ケアマネジャーが中心になって、市民や団体等とテーマ別の結びつきを作って行けば、随分と地域に根が張った活動が出来るのではないかと思う。

ケアマネジャーを選ぶ目安は、その専門性に着目すれば良い。本来なら私が難病等に首を突っ込むのではなく、医療系ケアマネの方が知識も豊富(のはず)である。私は本来ネットワークの中で仕事をしてきたので、ネットワークが崩れた状態、家族関係等が拗れた状態などの修復が適しているのであろうか?『介護問題』とはそういう問題でもある。

という話をして帰ったが、良く考えてみれば皆様の基礎資格は保健師だった。もう一人ターゲットがあるが、この方も保健師である。資格を選んでいるわけではないが、無意識にもそうなってしまう。

歯が取れた・・・。  2007・3・13
若い頃はかなり歯が強くて、栓抜きは必要なかった。
学生時代に高校の同窓会で栓抜き代わりをしていたら歯を少し欠かしてしまった。その歯を治療したのが7〜8年前で、歯を削ってかぶせるという簡単な治療がしてあった。
昨日食事中に固いものが舌に触ったが、外れた被せてあった歯(?)であった。

歯科医へ行っても付け直すだけだろうと思い、何でもくっける接着剤があったので付けてみた。今のところしっかりと付いているが、余分な接着剤が隙間から少し出ているような気がする。そのうちに口に馴染むものと思う。
接着剤にも色々あるが、近くの工場で作っている、液状の瞬間接着剤では付かなかったであろう。

幸い今のところ、治療してある歯はこの1本だけなので、80・20運動には充分参加できると思っている。80歳で20本の歯を持っていることが一つの目標だそうである。で、歯って何本あったかな???と手探りで数えてみたが、24本で良かったのでしょうか?

難病研修会  2007・3・12
今日、午後から県厚生センター主催の研修会が開催されるが、講師の話はここ1年余りの間に3回お聞きすることになる。

昨年1月、厚生労働省研究費補助金難治性疾患克服研究事業「特定疾患の地域支援体制の構築に関する研究班」研究報告会でお会いして
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/nanbixyonextutowa-kutoyama.htm
6月頃に富山で同じく県厚生センター主催の研修会に来ておられる。
その時はアンケートに、大学病院を拠点病院とした病院・医療ネットワーク構築に関して書いたが、現状は一向にその作業は進んでいないようでもある。

今回は高岡での開催であるから、高岡圏域が中心になるのであろうが、少し遅れて同じ講師が来られることが多い。
多くの問題をかかえている難病対策なので、同じ話を何度聞いても良いのだが、今回も医療ネットワーク、地域での連携という話になることは予測される。ソーシャルワークとネットワークでも書いたが、いくら話を聞いてもネットワークは誕生しない。実践のみがネットワークを構築する手段なのだが、この実践も難しいようである。

例えばテーマがあったとして、テーマを先ず働きかける必要がある。そしてその反応を見れば良いわけで、反応のあったところからネットを張っていけば良いことになる。先ずは「働きかけて・待つ」そして反応のあったところからネットワークを拡げる。これが「待つ福祉から発見出来る福祉」へのプロセスである。ただ待っていては何もおこらない。

話は反れたが、昨年まで厚生センターは圏域でケアマネジメント研修を行ってこられた。今年度からは無くなったので、年度末になって研修会を開かれたようにも感じている。何故テーマが「難病」なのかはわからないが、最近随分難病がクローズアップされてきている。良いことだと思う。
現代医学でも完治出来ない病気を知ることは必要だと思う。そのことを知って、良いケアマネジメントに結び付けていただきたいものだと思う。

今確認の電話が入った。DBS再手術を迷っておられる方の受診に今週同行するが、その確認の電話である。気持ちが固まったのかもしれない。

Re: 難病研修会  2007・3・13
10月14日(日)患者会設立総会までの間に高岡開催が可能かもしれない発言もありました。今日、つくしの家といで開所のお知らせを届ける予定にしていましたので、ALS相談会にも誘ってみようかと思います。

難病・障害の違いがあっても「介護」ということでは共通した悩みも出てきます。患者会はその心を支える意味においても重要な役割を持っていますので、是非ご一緒したいものだと思います。

ソーシャルワーカーとネットワーク  2007・3・11
ソーシャルワーカーの作るネットワークは目に見えない。
在宅介護支援センターソーシャルワーカーとして、目に見えないネットワークを形に表した。それが民生委員担当区域別の台帳整理様式である。
ファイルには地図が添付してあるが、マーカーで数種類色分けしたチェックが入っている。福祉活動員等自治会の役員やボランテイア等社会活動に参加されている方にも知る限りでチェックが入っている。何れこの方々が利用者・対象者に変わる日もあるが、その経緯もチェックで判る。チェックしたものにしか判らない区分でもある。
対象者の台帳は色分けしたクリアケースに整理していた。在宅・入院・入所といったところだと記憶している。

担当区域は広範にわたっていたが、区域内のサービス事業所とも連携を取っていた。当時はねたきり・認知症・ショート利用券申請者等、比較的重度な方を把握していたが、台帳は数にして500名分位あったと記憶している。
これだけの方の現状を把握することは一人では出来ない。それだからこそ、サービス事業所や民生委員さん・保健センター等との等連携〔ほう(報告)・れん(連絡)・そう(相談)〕が必要だった訳である。

このネットワークはソーシャルワーカーが頭の中で作っている面もあるので、実体は身体をかけたソーシャルワーカーにしか判らない。目に見えるのは台帳だけである。
この継続が地域の連携を作り上げていくものであり、関係者と会議を重ねてもなかなかネットワークにまで発展しない。この訪問活動こそがソーシャルワークの原点ではないかと思う。地域に出て行くということである。

もう一点重要なことは不足する社会資源を作っていくという役割である。
1件残念な思いをしたことがあるが、重度認知症の方の落ち着き先が近くでは見つからなかったことである。結局隣県の精神科病院にお願いすることになったが、入院までの調整がまた大変であった。
後日可能な病院も出来たが、地域に定着させることは出来なかった。その価値がお解かりにならなかったのか、利用者側にも問題があったのかもしれない。これだけは経験した者にしか判らない価値でもある。

簡単にネットワークとか連携という言葉を使うが、連携は実践の上に誕生するものであり、人と人のつながりの形態でもある。
その形とは、邪心のない、公平・中立を愛する心に芽生えるものなのかもしれない。打算でしか動かない方が多い現代では難しいことではあるが、時間外に開くネットワーク会議を開催してみればわかることでもある。

各種団体の真の意味はここにあるのかもしれない。時間を割いて、好んで参加している若い方々にエールを贈っている。

機関紙発行に間に合った。  2007・3・11
難病ネットワークとやま・富山県パーキンソン病友の会・つくしの家といで・ALS相談会が私の中では一体的に動いている。MSWの協力もあり良い感じのネットワークが出来上がっている。
来年度、ALSに加え、難病相談会も予定されているということで、歯車もかみ合ってきている。しかし活動の中心が富山に移っていることに残念な想いをしている。

「つくしの家といで」の開所のお知らせを受け取ったので連絡を取ると、今日原稿の最終校正を行い、明日印刷・発送の予定だと言われる。午後から開所案内のパンフレットを持って校正を手伝うことにした。電話で紹介文は出来上がった。
何時も分業しているが、相手の仕事にケチは付けない。修正可能なところだけ修正する。これが大人の仕事なのかもしれないが、企業ではこうはいかない。お互いの立場を理解しているし、お互いにボランテイアでもある。
出来が悪ければ笑って済ませれば良い。だから長続きしているのかもしれない。

開所式にはかなり忙しい方にも来ていただけるようである。私のネットワークが一同に会すことになるのかもしれない。時間調整を取ってみるのも面白いかもしれない。残り3週間、今年度の年度末はかなり忙しい充実した年度末になるのかもしれない。そして来年度へ雪崩れ込みである。
(我社の年度末は先月無事会計のつじつまは合わせた。)

自動排泄機  2007・3・10
ALS相談会で、将来的に是非対象商品としていただきたい用具のカタログを目にした。
自動採尿機は介護保険が適用される特定福祉用具対象商品になっているが、自動排泄機が存在すること自体知らなかった。介護負担の軽減ということで言えば非常に効果的な用具である。

今、高齢者世帯で家に連れ戻すことを検討しておられる家族・親族がある。一番の問題は排泄だが、高齢の妻にはおむつ交換は出来ない。少なくても日に4〜5回のおむつ交換は必要だが、これをホームヘルパーだけで賄うことは出来ない。

効果的な機械だけに値段も張るが、尿・便ともにセンサーで感知して自動吸引する。漏れ防止のオムツは1日に1回は取り替えなければいけないが、本人の排泄状態に合わせて自動吸引・洗浄まで行なうという優れものである。
とは言え、カタログで見ただけなので、実際の効果は判らない。
この機械が完成品だとして、福祉用具購入の品目に加わればかなりの需要があるものと思う。老々介護で一番の問題点を解決してくれる。実際利用されそうなご家族もあったので、仮に利用されたとしてその効果をお聞きしたいものである。

その他にもALS患者の皆様は色々な器機を使っておられる。意思伝達装置や文字盤・手の動きを補助するロボット状の器機や入浴用のリフトなど、福祉用具も色々と使い勝手の良いものが開発されている。
家族の介護負担を考えて人工呼吸器を付けない方も多数あると聞いているが、器機を有効に使って在宅介護が出来れば、本人にとっても家族にとっても最良の方法だと思う。非常に仲の良いご夫婦を数多く見せていただいている。

ALS定例相談会  2007・3・10
富山市のケアマネ協主催ALS定例相談会に参加させていただくようになってから1年半位になるが、難病ネットワークとやまに相談のあった方とご一緒させていただいたことが参加のキッカケであった。
患者会設立の動きも出てきており、定例会への参加者も順次増えてきている。先月行われたシンポジウムでは正式に患者会設立準備会が発足したと聞いているが、法要と重なったため、参加出来なかった。

行政機構である「難病相談支援センター」にも患者会との連携や医療ネットワークの確立などが求められているが、一向にその作業は進んでいない。
昨年、全国難病センター研究会の会場で相談支援センター職員とMSWをお引き合わせしたが、その後の進展も聞いていない。そこで議会質問に取り上げていただくことになった。

ケアマネ協にも動きがある。個人加盟の協会に順次移行する方向性である。
経営・管理者におんぶしているケアマネではその「独立性・中立性の確保」は難しいということにお気づきになられた方は数多くある。
県内第1号の独立ケアマネが誕生される際、「内部からの改革は出来ないのですか???」と言った記憶がある。その翌年ケアマネとして復活する決意をした訳だが、私の場合は最初から独立開業が目的であった。

HPを公開したのが2001年10月であるから、もう6年半も情報発信を続けている。その焦点もただ1点に絞られていた。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2nixyu-sutokusixyuu.htm
その時点で発信したニュースだが、その中で、
『ひとつの提案です。
 各サービス機関のケアマネジャーは、その分野における非常に高い専門性をお持ちです。
 利用の中心となる、サービス機関のケアマネジャーにケアプラン作成をお任せしたらいかがでしょうか。
 在宅介護支援センターは、ケースを「利用者に最適のサービス機関へ申し送る事」と、困難ケースや「介護問題」に関するケースを担当して頂きたいと思います。
 又、地域の社会資源の情報発信源としての機能を整備して行かれる事を期待します。
 以上。公正・公平・中立の立場を貫かれる事によって、「公正取引委員会調査結果報告」に指摘されたような「囲い込みの問題」は解決出来ると思います。
 そして、「関係機関との連携」も取りやすくなるのではないでしょうか?』
と書いているが、今回の法改正では集中減算が採用されてしまった。これは在宅介護支援センターが「囲い込み機関」と化した結果に他ならない。
この被害を被っているのは民間事業所であるが、サービスを求めてやってこられた利用者を囲い込んだ結果を「囲い込みだ」と監査で指摘されたそうである。
この事業所は現在居宅を休止されているが、制度が本来の機能を発揮出来ないと、利用者本位のプランを書いてもとんだとばっちりがあるものである。

このような経緯もあり、地域密着型サービスにケアマネジメント報酬も包括された点から考えれば、自社サービスを含むケアプラン報酬はサービスに包括されることは当然予測される内容である。
そこで「独立化の勧め」
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/toyamakendokuritugatakaigosiensenmoninkixyougixyoukumiai.htm
を発信した訳である。
今月は状況眺めをしているが、新年度にはその方向性を決める予定で進んでいる。

ということでそろそろ、定例相談会へ向います。

Re: ALS定例相談会  2007・3・10
10月14日(日)患者会設立総会が行われますが、それまでの間に高岡開催も検討していこう・・・という話しも出ました。また難病相談会も検討しておられるようですし、横列のネットワークはどんどん拡がりそうな気配を感じています。
参加者も西と東が半分ずつぐらいになっています。
果たして高岡を拠点に相談会を開催出来るのか・・・今後の課題だと思います。

ちょうど1年前の記事から・・・。   2007・3・9
(ここから)
『全容が見えたら・・・。』
少し力が抜けています。

在宅介護支援センターソーシャルワーカーの役割に関しては随分書き綴ってきました。
その中でも一番重要なことは、行政職員には人事異動がありますから、地域の福祉水準を保っていく要としてソーシャルワーカーはその重要な役割を果たして行かなければなりません。

そのソーシャルワーカーが目に付かなかった結果が今日の現状であり、修復不能と言って良い位の荒廃を見ています。現状ではとてもあの膨大なマニュアルを読み下す力は無いものと思います。あまりにもやってこられたこととの違いが大きすぎるということです。

何回も法や制度は出来上がっていると申し上げてきましたが、出来ていない部分を明記したマニュアルを果たして業務マニュアルとして使いこなすことが出来るのでしょうか???常識のある社会人なら難なく理解できる内容ですが、この時点からつまずいていては全くの話にはならないと思います。

(中間略)
現状を見たくないような気もしますが、この現状を厳粛に受け止めていただき、再度ゼロからの出発のつもりで、社会福祉士さんには頑張っていただきたいものだとと思います。
(ここまで)

行政の責任で作るとされた地域包括支援センターが、地域に密着した活動を行ってきた在宅介護支援センターに委託することが出来るに変わり、在宅介護支援センターという名の居宅介護支援事業所が受諾することになったことに非常に残念な想いをしていたようです。そして蓋を開いてみたら、地域の連携ということで言えばかえって後退する運用になってしまいました。

同じ頃の返信からですが
『4月から要支援になるそうな方が数名いらっしゃるのですが、いつからディへ行けるのか心配です。

地区担当の包括(予定)と事前打ち合わせして、予防プランを暫定スタートさせてください。

ちなみに、自事業所は、予防ケアマネは受けないようです。

それじゃ出来ませんね。
どこか引き受けていただける居宅はありませんか??? 』

この様な心配もありました。
先日のケースでは、介護プランを書いてサービス担当者会議には地域包括支援センターからも来ていただきました。「要支援が出たら、予防プランに書き換えるね・・・」と暫定スタートです。会議記録も翌日届けましたが、本来ならそう難しいことではないのですが、予防を受けない事業所では「認定が下りるまで待ってね・・・」ということになっているのかもしれませんね。

いずれにしても本来の「地域の拠点施設」の意味の取り違いなのでしょうか?せっせと併設居宅で囲い込んでおられるのが現状のようです。
1年前に書いた内容でも違和感がないという現状を、如何変えていかれるのかが楽しみです。天下り管理者に本来の役割を果たしていただきたいものだと思います。

同時開催の二つの会(選択肢)  2007・3・7
本来なら公開事例検討会に出席して地域ケア会議への転換等の意見を述べる予定もあったのだが、先週急に気になる勉強会の内容を聞いてしまった。
送迎希望者もあり、予定を確かめずにお約束したが、これが怪我の功名であった。事例検討会への欠席は昨日市へ行った時に担当者にお伝えした。

神経難病の雑多な方が参加している「県パーキンソン病友の会」支部研修であるが、多分正確に病気を理解されていないであろうことは予測していた。
パーキンソン症状はあってもまったく別の病気の方もある。この方々が一同に会して薬の勉強会をされることに一抹の不安を抱いていた。
今日の参加者は雪の影響もあり前回の半分であったが、パーキンソン病5人(内DBS二人・家族1名)多系統萎縮症1名(家族1名)+1であったが、多系統萎縮症の方にもほぼ同じ薬が投薬されている。
先ずこの理由を解説しておいたが、難病だけに「違うのだな・・・」ということだけはご理解いただけたようである。

そして薬害等について意見交換が行なわれた。
先に事務局とも意見交換しておいたが、病状によっては必ず飲まなければいけない薬と効果自体が不透明な薬がある。そこで、例えば幻覚等の症状が出た場合、主治医と相談の上、薬の調整(中止も含めて)をしていただく必要があることを伝えた。
パーキンソン病関連疾患や症候群は、症状が同じでも違う病気のことが多々ある。しかし薬が開発されていないことも事実である。このことを是非知っていただきたかった。

「県難病ネットワークとやま」には色々な難病団体が参加しているが、こちらでは大別された難病団体の横のつながりを持っていければ良いと思っている。県パーキンソン病友の会も会員だが、こちらでは会の中で、パーキンソン症状の方の個々の病気に細分化したネットワークが作れれば良いと思う。病気ごとの縦のつながりが出来ていけば良いと思っている。
患者団体では病気ごとの縦列のネットワークを、難病ネットワークでは各団体の共通する悩みを横断的に解決して行くことが出来れば良いと思う。
その何れもに提案出来る立場にいるが、私の中では「難病」というテーマの中で、横列・縦列のネットワーク構想が動き出している。

県難病相談支援センターの機能に関して近日中に議会質問がなされるが、患者団体とも一緒にネットワークを作り上げて行く姿勢を見せていただきたいものである。
昨年春に、難病に関する医療ネットワーク作りを進めていただく意味もあって、某MSWを紹介したことがあるが、未だに実現していないようである。
15日に某MSWにお逢いするので、このことも含めて、現状をお聞きしようと思う。
〇〇支援センターに必要なのはソーシャルワーク機能であることは、対象が何であれプロセスは同じである。如何につなぐか・・・接着剤機能がソーシャルワークなのかもしれない。

名残雪  2007・3・7
昨晩から降った雪が20cm位積もっている。今日1日雪の予報であるから今冬1番の大雪になりそうである。年末に一度、2月に一度降ったきりだから、もう終わりかと思ったがそうはいかなかった。

昨日重要なメールをいただいていたが、昨晩開かなかったので百数十通のメールの中から、何とか探し当てることが出来た。
『今年の国策は、地域再生です。昨日、経済産業局に行き・・・』ということでメールは始まっていますが、主題は医療保険・介護保険財政を如何に立て直していくかという内容です。介護保険の保険者だけが介護保険財政を支えているわけではありませんので、現在進行中の二つの改革はセットになって動きます。

メールは『とても恐ろしい事に、福祉用具をはじめある程度の規制緩和のような情報が出ていますが、実際のスタイルはこれまでと変わらないようでして、よくよく見ると医療と介護をパックにしようとしています。』と結ばれています。
地域包括支援センターが保険事業との連携を示唆しているように、医療・保健・福祉(介護)は一体となって動いていきますので、現在行なわれている医療法の改正からも目が放せません。5年後の介護保険法改正時には、団塊の世代も65歳を迎えますので、改革の初年度となることは目に見えています。
行政の責任で作られた地域包括支援センターが本来の役割を果たすことができるようになっていただきたいものですね。
キーワードは「地域に密着した活動をしてきた在宅介護支援センターに委託できる」ということかと思います。

夫との面会に同行  2007・3・6
1年余り前に、緊急性があって少し(かなり)遠い特養ホームに入所していただいた方がある。
家族親族に色々と問題もあり、月1回を目標にした面会が実現していない。妻のケアプランにも書いていることであるが、面会が実現しない時には、たまには応援するよ・・・ということで、今日面会の支援を行う。

この特養は、私が現職時代に設立されたものであり、平成4〜5年の創設であっただろうか?ショートステイ20床が義務付けられ始めた頃の施設で、当時はこの20床のベッドを持て余していたようであった。途中増床も行い、現在は100床の特養に変わっている。
タイミングも良かったのだが、入所の打診をしたとき、1週間後に入所判定委員会が開催されるということで急遽申し込みをしたが、上位にランクされ3ヵ月後には入所できた。その後2〜3回顔を出しているが、平日に行くのは今日が始めてである。

何人かの職員とは別のところでもお逢いしているのだが、ひょっとして今日お逢いできるかも・・・という方がある。10数年前、JRの中で一晩ご一緒した方である。
平成七年の梅雨時だったと記憶しているが、舞浜で全国在宅介護支援センター協議会職員研修会が開催されている。その帰りのJRが、富山県に入ってから河川の増水で前に進めなくなった。夜が明けてからのアナウンスで、「東京へ引き返して、東海道経由で帰っていただこうかとも検討しています・・・」ということであったが、午後には前を向いて動き出した。

一緒にいたのが、町の在宅介護支援センター保健師さんと看護師さんだった。そういえば急病人が出て「医療関係者はおられませんか・・・」というアナウンスにいち早く動かれたのは保健師さんだった。幸い医師も乗っておられたということで、対応は医師がされたということであった。その方が今も現職で頑張っておられる。
施設内に事務所を構えているが、町の在宅介護支援センターである。行政の責任で設置されていたわけである。

話は戻るが、本人の認知症状がかなり進んで寝たきりに近い状態になっているとお聞きする。
特養生活指導員の時「徘徊が激しい時は家で看れませんが、寝たきりになった今、家族介護は出来ますよ・・・」と家に帰られた方もあるが、このケースもその経過を辿るかもしれないと予測している。妻の精神面に問題がなければ、そろそろその時期が来ているのかもしれないが、状態を確認した上で相談したいものだと思う。

地域包括支援センターの現状  2007・3・5
本来なら日本の地域包括支援センターのトップランナーでなければいけないセンターが機能を発揮できないでいるそうである。答えは簡単なのであるが、そのセンターは果たして、在宅介護支援センターとして本来の機能を果たしてきたのであろうか?老人介護支援センター機能の段階でつまずいていたのかもしれない。

認定調査に担当ケアマネが関わってはいけない実例もお話いただけた。介護度の操作が行われ、かえって辻褄が合わなくなってしまったそうである。
認定調査を受けないで更新が行われたり、介護保険の原点の問題を最近良く耳にする。
ケアマネジャーの更新制度がスタートしているが、研修だけで良いのだろうか?と思えてきた。先ずは原点から学んで頂かなくてはいけないのではないかと思う。仮に判っておやりになっているとしたら、これは犯罪である。
ある方の言葉を借りれば「不適切なことを行えば逮捕する位のことが必要だ・・・」ということである。同業者として情けない。
1月末に産経新聞で特集が組まれていたそうだが、全国の関係者から寄せられた実例を紹介して「これで良いの???」との投げかけがあったようである。

そういえば以前可笑しな調査があった。介護度が欲しかったのであろうが、ベッドから起きようとはされない。妻が身体をさすったりしながら、本人は辛そうにしておられる。ベッド脇で私の質問に答える子の手には用紙があった。それを見ながら答えているのであるが、瞬間それが何かわかった。担当ケアマネにしか開示されない認定調査表であった。
調査票を提出する際に担当者に耳打ちしておいた。

介護保険の原点である認定であるが、調査員でもある介護支援専門員が勘違いしている向きもある。認定は行政事務であるから、それを偽ったらどうなるのであろうか?介護支援専門員の理念以前の問題である。
私は担当者の認定調査を一切断わっている。人間であるからには心が動くこともある。無意識に動いたとしてもそれはいけないことだと思う。仮に第三者が調査をして、介護度が1ランク上下しても大した問題ではない。そのような方はそれなりに限度額内に納まっているものである。

難病系の状態不安定な方を要支援にランクされた。これは認定審査会の問題なのであるが、かえって介護報酬を多く払わなければならなくなってしまった。
状態が不安定だから通所サービスは週1回利用としていた。要支援だと月額報酬になるがそれでも週1回で良いと言われる。このような方が2名おられるが、可笑しな報酬体系である。私の周りだけを見れば、かえって費用負担は増えている。が、ケアマネの取り分だけは減っている。

とにかく介護保険の入り口でもある認定調査だけは公正に行っていただきたいものと思うし、要の介護支援専門員を選ぶことの出来る体制作りを急いでいただきたい。
「利用者の立場で・・・」とは、利用者に間違った便宜を図ることではない。私は一切そのような便宜は図らないし、そのような方に選んでもらっても困る。法に準じた運用が出来る介護支援専門員が増えてくれれば良いとも思う。

つくしの家といで2007・3・4
今日開所準備会が開催され、障害者(児)生活介護・デイサービス・デイケア事業開所がいよいよスケジュールに乗った。医療ニーズの高い、何処の施設にも受け入れていただけないような方を担当する施設である。
早速問い合わせがあったが、緑膿菌が出ていて何処も受け入れていただける施設がない2号保険者に関する相談である。しかし、市は介護保険施設として規制をかけている。何処も受け入れ先が無いにも関わらず、デイサービスの総量規制をかけている訳である。市の姿勢なのか、担当者の無知なのか、行き場の無い方をも受け入れようとしているこの姿勢が判らないのであろうか?机上で書いたプランを頑なに守ろうという姿勢には「ご立派」というより言葉は無い。県の指定は下りるようであるから、私しかそのプランを書くものがいないのかもしれない。

第1期工事として昨年10月から11月にかけて古民家の修理が終わっている。工事中何回か覘いたが、基礎部分がかなり傷んでいた。床は土台ごと修理をした部分もあり、バリアフリーに張り替えてある。
看護・介護スタッフは富山の施設と一体になって経営されるので心配は無い。医療ニーズの高い方々を介護してきた実績がある。
第2期工事は3月1日から始まっているが、施設への転換工事が今から行なわれるわけである。県からは数々の福祉機器が届いていた。モデル使用の機器である。
このような機器が提供されるということは全面的に協力していただいていることになるが、市の協力が得られない。ここでも「可笑しいね・・・」という言葉が出た。価値観の問題なのかもしれないが、その価値が判らないのかもしれない。
デイサービス・患者家族会・患者団体等が交流できるスペースも確保されている。近い将来、自立支援法も介護保険に統合されるであろうから、これからの先端を行く施設である。富山型とはまた違う角度からの、社会への提案である。

18日に最終準備会を開催するが、そこにはマスコミの登場もある。
まだ工事中の部分もあるかもしれないが、大方完成しているのではないかと思う。そして次週に大掃除。次の週には内見会と続く。

障害を持つ子の親の団結は強い。「めざましサロン」と名付けたお母さん方を中心にした集まりがある。このお母さん方の一番の悩みは、「私が年をとって介護が出来なくなったら、この子はどうなるのであろうか???」ということである。わが身よりも子を想う気持ちを大切にしたい。蔵をスタッフルームに使うが、デイサービスと家族会が一体となって動くことが出来るように、この機能を持たせる事にしている。
ピアカウンセリングの家族版であるが、先ず家族が元気にならなければいけない。別の患者会でもあったことだが、最初は泣き崩れていた妻に笑顔が見えるようになった。この母親版である。

このグループにも出来る限りの笑顔を広めていただきたいものである。
そして難病団体機関紙にも内見会・開所式の案内を載せていただく内諾を得た。

市民団体の声  2007・3・4
昨日福祉行政のあり方について意見交換を行う機会があった。
その中で某大学教授の話として、「市民の声を市政に直接伝える必要がある」という内容があった。方法として幾つか挙げられていたが、効果的な方法は「市政への提案・提言」ルートに乗せた方法である。

教授が指摘されていたその一番効果な方法とは、今回私が執ったルートであった。市町村によっては窓口が違うかもしれないが、広報統計課長を窓口に文書で提言行い、所轄の経営企画部長と担当部長が協議の結果、市長に文書で報告するというルートである。提言(案)者へも文書で返答がいただける。
このルートを使うことを勧められた教授は今回転勤されるようだが、この方法は今後活用させていただく必要がありそうに思う。

実は広報統計課長に打診していただいた段階で、私が何か言いたいことがあるということで、先ず担当部・課と話をしていただけないかということになり、テーブルを囲んだわけである。ルートから外れた結果、少し残念なことになりそうな雰囲気も伝わってきているが、私の提言(案)は公文書をつなげただけのものである。縦割り行政を横へつないだ・・・所謂ソーシャルワーク機能であった。

この3年余り色々な団体とお付き合いさせていただいてきたが、その数も増える傾向にある。難病ネットワークとやまでは各団体の抱える共通した問題の解決に向けてまとめ役をしようとしているが、障害者団体でもこの動きが出てくれば良いと思うし、その垣根を取り払っても良いとも思う。
大きく「介護」というテーマに向って団結していく時が来るものと思う。その時に向かって知恵を出し合いたいものだとも思う。

4月1日医療ニーズが高い障害者・児のデイサービスが開所するが、当然のこととして2号保険者も対称になってくる。何時かは判らないが、「介護」ということで障害の枠も取り払われることになると思う。
その時のためにも、障害そのものを身で感じることの出来るワーカーでありたい。

日程が・・・。  2007・3・3
3月は年度末なのかもしれないが、かなり日程が詰まってきている。
それに加え、通院支援や面会支援・相談会・臨時総会・研修会などなど。現在のところ3件ほど重なったので選択させていただいた。かなり難しい選択もあったが、前回飲み会を断ったので今回は参加させていただくことにした。断った相手は飲み会を理由にしてもご理解いただける団体である。

来週は用事の合間に仕事をしなければいけないが、給付管理は後3事業所から実績が届けば完了する。
ケース数の割には多くの事業所を使っているので、実績がなかなか上がってこないところもある。
数ヶ月前、最後まで待ったが来ないので催促したら、担当者は送ったものだと勘違いしていた。ア・・・ぶ・・・な・・・い・・・。

予定の中に一件私の意地がかかっている予定がある。
男性ヘルパー二人でアパートの4階から車椅子に乗った利用者を階下まで昇降するケースである。男性ヘルパーを多く抱える事業所に依頼してあったが、出来ないと言ってきた。たしかに当初より若干体重は増えたが、出来ないことはない。
そこで移送サービス事業者とボランテイア(私)とで昇降介助をはじめた。
「月1回もひどいでしょうから、2ヶ月に1回の受診では???」と訪問看護師さんからも総合病院地域連携室を通じて主治医に意向は伝わっていた。一回だけ隔月で通院したが「病状が病状ですから、月一回通院してください」ということになった。実は理由があった。在宅酸素使用者だから月1回は受診しなけらばいけないことになっている。往診医に関して打診したときも「病状が病状ですから・・・」とかなり儲かる患者のようである。離したがらない。

ということで、受診支援の中には私自身の意地にかかるケースもある。やる気があれば必ず出来ると確信を持っている。
その内に適切な資源を探しますよ。移送サービスの運転手さんや家族・本人にも心配していただいています。

こちらでは4階建ての公営アパートが主流です。エレベーターは勿論付いていません。
高齢者専用住宅が必要だと思う。住み替えの考え方は重要だと思う・・・が、出来ないからといって、転居を勧める事業所とはもうお付き合いしないつもりである。

大変だろうな〜〜〜  2007・3・3
以前利用者本人から認定調査を受けないで介護度が決まっていた事実を聞いたことがある。その時は???であったが、これは氷山の一角であった。日常的に行なわれているということである。ここまで来れば言うことは無いが、果たしてこれで良いのであろうか???

介護保険法施行に伴い介護支援専門員を急造したことは事実だが、要介護認定は介護保険の入り口でもあり最も公正に行なわれなければいけない。余りにも軽率な事が行われているわけだが、そういえば最近認定調査のクロス調査の依頼は随分と少なくなっている。これは専門職理念以前の問題であり、その良識を疑う。行政事務自体が崩れ去っているとしか言いようがない。

以前、建設談合と天下り人事に関して書いたが、戦後間もなくの天下り人事の目的は「品質管理・品質の向上」にあったそうである。是非その観点から介護保険の現状を改革していただきたいものである。
現在は如何なっているのかは判らないが、県職員労働組合が施設長資格通信講座の受講を勧め、第二の就職先を斡旋していたと聞いたことがある。福祉畑の業務に現職時代に一切関わったことも無く、施設長として天下っておられる方もあった。

今期待出来るとしたら、行政自身がその行政ラインの構造を再点検することではないであろうか?しかし天下り管理者は現職よりも長老である。「〇〇が来て俺に何を言おうというのか・・・」という言葉も耳にした。この意識が現状を作り上げてしまったのかもしれない。寂しいことである。

とは言え、このままで良い訳は無い。
大変だろうな〜〜〜この現状を本来の姿に戻すのは・・・。

2年前に私の3ヶ月前に独立開業した事業所に県の監査があった。その時に「もう独立ケアマネは監査しなくて良いですね・・・」と言っていかれたそうである。でも、来ていただけないかと待っている。
色々と話が弾むのだろうな〜〜〜と期待している。

予算委員会第5分科会での質問  2007・3・2
村井宗明議員メールマガジンより

(ここから)
介護保険制度の公平・中立について国会質問

今日のテーマは、「介護保険制度の公平・中立」です。介護現場などの声を聞いて、細かい不公平な部分を柳沢厚生労働大臣に指摘しました。

1、特養をつくる場合は、介護保険事業計画に基づいて各市町村ごとに数が決まります。そのうち、市町村内に複数の事業者が設立を希望した場合、どこが設立できるのか。市町村内での事業者選定の明確な基準の有無について。

2、在宅介護支援センターになっている介護施設の利用者の抱え込みについての実態調査を厚生労働省は行っているのか?

3、小規模多機能型介護施設の介護報酬と、デイサービス+ショートスティの併設型の介護保険報酬を比較して、介護報酬が妥当かどうか?

4、グループホームでの高齢者虐待の実態調査の有無と「監査」のあり方について。
抜き打ちでないと監査の効果がでないのではないか?

5、ショートステイの介護報酬で、個室よりも多床型のほうが報酬が高いのはおかしいのではないか?

などについて発言をしたところ、厚生労働大臣と老健局長さんからは、今後の検討材料にしていただく旨の発言をいただきました。

1の複数の事業者が特別養護老人ホームの認可を求めた場合が問題になっています。
普通の公共事業の場合は、入札制度があって金額の安いところが仕事を受注できます。
しかし、介護の場合は入札制度がなく、多くの事業者が取り組みたいという希望をだしているのに、一部の事業者だけが参入できます。公正中立な設置について、合議制を徹底していく旨の答弁がありました。

2の「在宅介護支援センターの利用者の抱え込み」問題は、大臣も存在を承知しておられました。ケアマネの特定事業者への集中に伴う介護報酬の減算制度をもっと活用していくとの答弁でした。
それ以外の介護報酬についても、今後の検討材料となります。

(ここまで)

今日、議員の事務所の近くの方にお会いしますので、「介護支援専門員」の別刷り冊子を届けていただこうと思います。
議員とは1年半ぐらい前に懇談したことがありますが、血気あふれる青年という印象を受けました。福祉に興味を持っておられることは知っていましたが、介護保険の現状をここまで見ておられたとは知りませんでした。
「選択の自由を保障」するためにも、公正取引委員会との関係も知っておいていただきたいと思います。

Re: 予算委員会第5分科会での質問  2007・3・2
〇0〇〇さん、これは選択の自由が保障されて始めて言えることだと思います。厚生労働省にはかなり現状が届いているようですが、その原点の問題が内部(行政ライン)の問題だとしたら、果たしてどのような解決方法があるのでしょうか?

今朝の議員のメールマガジンを一部ブログに掲載しました(無断ですから叱られるかも・・・)が、議会側からも指摘していただく必要がありそうですね。早速「介護支援専門員」の別刷り冊子を届けていただきました。

介護保険法の運用と公正取引委員会の関係を直接結びつけた文章はそう多くないでしょうから、この角度からの広報としては自己満足しています。
最近市へ行っても、その分野を担当する部署と幹部が目に入らないことも多いですから、密室の会議でも開いておられるのかもしれません。
でも気付いていただけることを望んでいます。
何かが変わる予感を感じています。

委託機関は何処も目まいがするほど忙しいそうです。
そして、認定調査をしていないケアマネが沢山いるとか・・・担当ケアマネが認定調査をしてはいけませんね。
また調査依託をしている行政も行政です。
この件に関しては2年半前に指摘して適性になったはず(担当ケアマネが認定調査をしない)でしたが、また元に戻っていることも確認しました。
横槍が入ったものと予測します。

Re: 愚痴いいま〜す。  2007・3・2
この先もたぶん、ずっと介護、ず〜と、介護が終わったら何が残るんだろう。家族だから、介護が嫌とはいえない。でも介護は時に息苦しい。

現状を少し整理してみられたら良いと思います。
先に増築の話をしておられましたが、これは良いことだと思っていました。
介護を中心に考えるから大変なので、住居の問題として考えてみられたら如何でしょうか?情況に応じた住み替えです。

過去に「徘徊が激しい時は家で看ることは出来なかったけど、ねたきりになれば看ることは出来ますよ・・・」という話がありました。実際その通りだと思います。現状で本人の意思をどの程度確認できるかはわかりませんが、本人が安心して生活出来る住居として、施設も含めて検討してみられれば良いと思います。
特養は終の棲家としての役割を持ってはいますが、必ずしも終の棲家でなくても良いと思います。お近くの施設に一人依頼していますが、この方も時期を見て家に帰られれば良いと思っています。来週妻の面会に同行しますが、介護だけなら在宅サービスでも可能です。この時期を見計らっています。

この住み替えの考え方が浸透すれば、施設はこんなに必要ありません。施設経営者も心しなければいけないことだと思います。
社会的入院がキッカケで出来た介護保険ですが、根本的には何ら変わっていないですね。意思表示できる間にその選択肢をお見せしたいとも思います。

子供さんは何時までも子供でありませんからもうしばらくだと思いますが、三人の介護の「場」を先ず考えてあげてください。
「介護は、家族を中心に地域で支え、制度はそれを補う」ということなのでしょうが、制度を使わなければケアマネジメント報酬が無いことも問題だと思います。(使っても無報酬なこともあります。厚生労働省へ質問しましたが・・・)

先ず、要介護者を集めることから考えていただければ良いかと思います。親族を集めた共同住宅へ按分したサービスを投入すれば生活可能だと思いますが・・・如何でしょうか?スタッフは充分にいます。

選択の自由を保障する  2007・3・1
北日本新聞に「選択の自由を保障する」と書いていただく前までは「選択権の保障」という言葉を使っていた。
記事の中からこの言葉を見つけたときは「何て柔らかい言葉なのだろう・・・」と思った。「福祉は社会運動」と日頃から言っているが、社会運動という言葉を感じさせない、非常に柔らかい表現だと思う。しかし内容は同じである。

この時新聞社関係の方に丁重にお礼を述べた記憶があるが、近日中にお会いするので、再度お礼を述べる必要がありそうである。
先日開催された県・県医師会主催の主治医研修会でも、県担当者から「選択の自由を保障・・・」という言葉が出ているし、私のブログの題名が「選択の自由を保障する」である。
そしてブログ内の執筆者からも抵抗なく「選択の自由を保障・・・」と書いていただいている。

日本各地で、利用者の選択の自由が保障される、そんな介護保険界であって欲しい。度々書いていることではあるが、利用者の選択の自由を保障するためには先ず介護保険の入り口でもある「介護支援専門員(ケアマネジャー)を選ぶことの出来る体制」を作っていかなければいけない。
行政の持つ個人情報・被保険者情報が集まる委託機関所属の各位にも充分注意していただきたいものである。
行政情報は確実に個人情報保護法の適用も受けるので、公正取引委員会の指摘だけでなく、各方面からその方向性を見守られているという意識を持っていただき、公平・公正な情報の取り扱いをお願いしたいものだと思っている。そして厚生労働省自身が地域包括支援センター業務マニュアルに情報の漏洩に関して明記している。

情報を直接取り扱わない都道府県まではこのことが徹底しているが、残る市町村・保険者の段階でも「選択の自由を保障」していただきたいものである。
地域包括支援センターは市町村の責任で作られている。

このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです

県立植物園が休み・・・。   2007・2・28
ということで、明日の予定が変更になった。
月初めだから、最低銀行だけは行って駆けつけようと思っていたが、明日はのんびりした予定を組める。
申請が2件あり用事が終わってから申請しようと思っていたが、少しキツイ1日の予定でもあった。
1日ずらすとリハビリジムと重なるが、1時間ぐらいリハビリを行い、途中で抜ける予定のようである。

果たして県植物園で車椅子が使えるかという実験もあるので、是非同行したいと思っている。訪問予定があったが、翌土曜日に変更していただいた。条件は全て揃い、かえって余裕のあるスケジュールになった。
車には車椅子は積んである。

2月は日数も短いので気忙しい月末でもあったが、何とか決算も出来た。
午後から数件訪問したが、退院を心待ちしておられる方もある。
前回も個室だったが、今回も個室であった。子は母をかなり大切にしておられる。家に帰って元気になれば出来る範囲で商売を続けたいと言われる。子に聞いてみると、仕入れがあるから、やればやるほど赤字だそうである。それでも本人の生きがいに・・・と商売を続けられるそうである。通所サービスにも随分気は行っている。

日々雑多の業務を混ぜこぜに行なっているが、独立ケアマネは自由であるから色々なところへ顔を出す。
先日内心笑ったのだが、孫が来ていて泣き止まないので「散歩に連れて行って・・・」ということになった。ベビーカーを押して公園を散歩していたら、近くの民生委員さんにお逢いした。「まだ・・・」なのか「やっと・・・」なのか、笑みを交わしてすれ違った。

人生色々、二つとして同じ人生は無いですね。
その人生を楽しんでいます。

(追伸)
ところで何故県立植物園なのかお話していなかったが、パーキンソン病友の会の、次のバスハイクコースの下見です。

Re: 県立植物園が休み・・・。  2007・3・1
usagi112770 さん、返信ありがとうございます。

「人生色々、二つとして同じ人生は無いですね。
その人生を楽しんでいます。」

そうですね。平々凡々と暮らしていたと思います。間違えても「選択の自由を保障する」なんて全国発信していなかったでしょうし、パソコンにも触っていなかったと思います。
先頭になって「囲い込み」を行なっていたかもしれませんよ・・・。(それは無いかも・・・)

それじゃ明日楽しみにしています。休憩所の下見も行くんでしょ?昼食などご一緒に如何でしょうか?
今「ねずみ」を1匹買ってきました。タバコのせいでもないと思いますが、1年持たないんですよ。

Re: ラ〜ンチ  2007・3・2
ジムを10時に出発の予定です。その前に気がかりな方の調整をしてから行きますね。
今度のねずみは黒にしました。ELECOMと書いてあります。
金魚かっておられるのですか・・・。

まだ動きが遅い私ではありますが、そろそろ春のような感じです。

そろそろ冬眠から覚めましたか・・・。
こちらは冬眠なしでした。

独立性・中立性の確保  2007・2・28
もう2年余り前のことになるが、法改正に向けて一つの柱が示された。ケアマネジメントの「独立性・中立性の確保」である。
改正法の中では「囲い込み率」による減算や「特定事業所加算」など、加算・減算にその主旨を見て取れるが、職能団体としてもその方向へ動いていることは否めない。

法改正のプロセスとほぼ平行して日本介護支援専門員協会が誕生しているが、各都道府県においても個人加盟の協会に向けての動きもあり、富山県においてもその方向性が検討されている。
介護支援専門員が独立することと「独立性・中立性の確保」とは必ずしも同義語ではないが、独立化が進むことは当然予測される。
果たして独立して経営が成り立つのかということになると、「現状では難しい」と言わざるを得ないが、「独立し易い背景」を作ることは出来る。

この独立し易い背景作りに色々な角度から取り組んでいるのだが、現状は険しい道のりである。しかし目の前に明かりが見えたようにも思う。
福祉は社会運動でもある(そう理解しているが・・・)ので、一応はその手順を踏んでいるつもりである。広報に始まり、問題の原点にも踏み込んでいる。プロセスの中で葛藤はあるが、真理を求めて前を向いて進んでいる。

その真理に関して昨日組織委員会終了後意見交換をした。想いは同じであった。
「これで独立化が進みませんかね?」「今独立出来る背景作りに取り組んでいるのですが、行政の持つ個人情報が公平に提供される背景が出来上がれば良いのですが・・・」
もしかして「協業組合」構想を後押ししていただいているようにも聞こえた。一時「独立化の勧め」に関してお話しなければいけないと思っていた方だけに、内容をご存知なのかは知らないが、ケアマネジメントの方向性に関しては合意出来る意見交換であった。

方向性としては臨時総会で協議会の名称変更と規約改正を先ず行い、来年度行われる総会においてその事業計画を審議するということである。
組織変換が行われる訳であるから、各総会が混乱することも予想しておかなければいけないと思う。しかし混乱の要素が無いようにも思う。何故なら、法改正のプロセスから今日まで、法改正も含めてその方向に動いているからである。

本来理念のすり合わせは容易ではない。しかし考え方が同じならその理念のすり合わせに労力は要しない。筋書きだけで充分である
私が開業して最初の総会で理念のすり合わせが行われた。前年の総会では少し混乱したと聞いているが、それ以降の総会で混乱は無かった。その提案をした方とは今別の理念のすり合わせをしている。ケアマネジメントの原点と地域ケアマネジメント・コミュニティーソーシャルワーク理念のすり合わせである。
行き着く先は同じなのだろうが、個からスタートするのか、地域からスタートするのかということ話になるのであろうか?独立開業した趣旨の違いからも生ずる現象なのかもしれない。

兎に角確実に走り出している。
「独立化の勧め」を公言出来る日もそう遠くはないと感じている。

公開事例検討会  2007・2・27
昨年まで密室で行なわれていた指導チームにおけるケース検討会が今年から公開される。参加申し込みをしておいたのだが、当日予定が入ってしまった。時間も全く重なっている。

パーキンソン病関連疾患の勉強会なのだが、当初「難病情報センター」
http://www.nanbyou.or.jp/top.html
からの情報を入れておこうかと思っていたのだが、どうもその場に居て欲しいようである。関連疾患と診断された方も何人かあるので、症状の違いなどもお話した方が良いようにも思う。それで予定変更することにした。

パーキンソン症状があっても、ON−OFFがはっきりしない方の中には関連疾患の方もあり、症候群と病名が付けられている方もあります。パーキンソン病以外の方にその薬効は効くとも効かないとも言えない情況なのですが、多くはほぼ同じ薬が出ています。
小脳変性症関連疾患でも同じ薬が出ていることがありますが、今回の勉強会は、患者自身が病気を知ることと、薬害を防ぐ意味もあります。パーキンソン病薬には、幻覚等精神症状が現れる薬もありますので、その対応に関しても意見交換することになります。

先日も幻覚が出始めたために、主治医と相談していただき薬を中止した例がありますが、効くか効かないか判らない薬が処方されていることも事実ですが、全く効果が無いとも言い切れません。筋肉を和らげたりする薬も含まれています。主治医と相談するというのが正解なのだと思いますが、患者本人がそのことを知る必要があります。

公開事例検討会に対して望むことは、事例検討会をケアマネの勉強会にしてはいけないということです。各種専門職が各々の立場で検討してはじめて検討会も意味をなすものと思いますので、先ずはそのことをお話しようと思っていましたが、今後機会もあると思いますので、次回に先送りすることにしました。
過って「市在宅サービス調整会議」で各職種が集いケース検討会を開催していました。これを地域で開催してこそ本当の意味での「地域ケア会議」になるのだと思います。今回の公開事例検討会も市レベルでの「地域ケア会議」に発展させていっていただきたいものだと思います。
ケアマネジャーの勉強会は職能団体として行なえば良い話で、現在ケアマネジメントリーダー事業の延長線で行われている地域包括支援センターが中心になった「ケアマネ相談会」を地域で行なう「公開事例検討会」に発展させていけば良いとも思っています。

県居宅介護支援事業者連絡協議会も来月の臨時総会で改組されますので、市町村レベルでも組織の組み換えが必要になってくると思います。サービス事業者連絡協議会の部会で動いているのはケアマネ部会だけだと思いますが、各サービス事業者とケアマネが一緒にテーブルを囲むことが出来るように、組織面からも提言を行なっていきたいと思います。

ボランテイア  2007・2・26
昨日、P友の会会長と車でご一緒したが、ボランテイアの費用負担に関して話題になった。
ここでも色々な法にからむ問題もあるが、実費程度の費用負担は当然だと考えておられる。そこでイベント参加のボランティアの費用負担を如何するかという問題だが、原則参加費等は負担していただくことにされたそうである。

以前、ボランテイア参加の方の会費を半額にしたらという話も出ていたが、他所は如何しておられるのであろうか?本来ボランテイアは自分自身のためにも意義があることも事実であるし、参加されるその気持ちが大切なのであろう。しかし、経費としての実費程度は負担しなければいけないと思う。

そういった関係を辿っていくと、私自身の立場も問題になるのであろうが、規約等には賛助会員の項目がある。会員として参加しているのであるから発言権もある(控え目ではあるが・・・)。また、仕事に結びついていることも事実である。
こうした相互の関係もあるので、自分自身ではボランティアとは思っていない。会の趣旨に好感を持ってお付き合いさせていただいている。

ここで鶏が先か卵が先かという話になるが、難病・障害系の皆様は医療との繋がりも大切である。この医療とのネットワークも形を成しつつあるが、最近はインターネットでもつなぎ役を果たさせていただいている。
ネット上のつながりが目に見えるようになり、人と組織や組織間のつながりも出てきている。個から組織のつながりへ、今後もその輪を拡げるお手伝いが出来れば良いと思う。

ボランテイアと人のつながりもそのようなものだと思う。自己実現のためのホランテイアも大切であろうし、その方々は地域でもご活躍しておられる。
先日は校下の方も来ておられたが、車に誘うと「私は歩きで・・・」と完全武装で参加されていた。車社会で歩くことが少なくなった今、健康のために歩いておられると聞く。健康作り・自己実現のためにボランテイアに励んでいただきたいものである。そして受ける側も嬉しいものである。

日帰り旅行では、ボランテイアの方から素晴らしいお話があったということ。病は気から、気に負けてはいけないという内容のお話をされたと聞く。
気だけはしっかりと持ちたいものである。

定年  2007・2・25
団塊の世代がそろそろ順次定年を迎えるが、まだ早い。早いと言ってもあと1年であるが、その1年で定年延長が実現するかもしれない。

組織ということでは色々な組織形態を見てきているが、もう30数年前になるが団体交渉の席上、某管理者から定年延長反対の言があった。「目の前に自分の目標が見えているのに何を言い出すか・・・」という内容である。個の意見である。
実際定年延長が実行されたが、その管理者は定年まで5年を残して退職された。(順次だったのかもしれないが・・・)

私が介護・福祉の現場へ戻る決意をした年が丁度その定年の年であった。独立開業であるから定年は無い。しかし同年代の方は1年を残して定年を迎えられる。団塊の世代が順次高齢者の仲間入りをする最初の年である。
人の先に行動を興すことは良いことなのかもしれないが、急ぎすぎるのも好ましいことだとは思わない。自分に与えられた仕事を完遂していただきたいとも思う。

自らの定年の言葉は定めているが、定年前に言う必要があるかもしれない情勢になっているようにも思う。昨日元同僚を訪ねたときにも話していたことだが、8年のブランクは大き過ぎた。そのブランクは急速に埋まりつつあるのだが、埋まってから定着するまでまた同じ位の年月が必要だとも思う。それが私自身の定めた定年である。
気の遠くなる話なのかもしれない。

昨日のパーティーには何人かの同級生も来ていた。本当はしばらくぶりなのだが、会う時には会うもので、先日量販店で車に荷物を積んでいるおばちゃんに会った。その時のことも話題になったが、ひょっとして気を悪くしているかもしれないが、おばちゃんのやりそうなことである。
皆それぞれに人生最後の仕事に、希望に燃えて取り組んでいる。定年があるのは約半数だが、1年後の再会が楽しみでもある。

お元気サイン  2007・2・24
某スーパーケアマネさんに「お元気サイン」に関して教えていただいたことがある。HPにその交信記録を掲載しているので、興味のある方はご参照いただきたい。
何がスーパーかと言うと、ケアマネジメントは勿論のこと、利用者に寄り添った相談業務や支援、時としては介護・看護をまかなう時もある。また社会悪と正面を向き合われたこともある。この姿勢を私は「スーパー」と感じた。

そのスーパーケアマネさんに教えていただいた中で特に印象深かったのが「お元気サイン」である。
一人暮らしなど、日々の見守りが必要な方もあるが、そのような方々に「お元気サイン」を送っていただく方法である。例えば、ベランダに盆栽の小鉢を出し入れしていただくのも方法である。洗濯物や決まった目印を干し物竿にかけていただくのも方法である。

現在担当している方に両極端な方がある。アパートの玄関ドアを開放している方と、固く閉ざしている方である。前者は接近困難ケースであり、後者は危機管理の面から心配な面もあるが、オープンな方である。

接近困難な方にお会いする必要がある場合には生活時間を利用している。2年余りお付き合いしていると玄関が開いている時間帯がつかめる。その時間帯に訪問することにしている。子から「危険だから・・・」と言われたことを頑なに守っておられるわけで、本人に他意はない。日々的な見守りは子の定期的な通い介護があるから大丈夫なのであるが、それにしても頑なである。

オープンな方に関しては前を通りかかって「今日は元気だな・・・」「今日はデイサービスへ元気に行かれたかな???」とか勝手に判断している。しかし、かえって危険なのかもしれない。6畳の部屋に焚かれた石油ストーブが気にかかっている。温風ヒーターを勧めたこともあるのだが・・・。

少し前には、隣に住む親族に「お元気サイン」を送っていただく方法として、障子戸の開閉をお願いしたことがある。夜寝るときには閉めて、朝起きたら開けていただく方法である。

ケアマネジャーの皆様も色々とその人に合った方法を実施されていると思いますので、良い方法があれば是非教えていただきたいと思います。

Re: お元気サイン  2007・2・26
tyarinnkokeamane さん、お久しぶりです。

隣組はみんな仲良しで、お醤油がない・お味噌が切れたといってはすぐ隣へ走って、又、私がつわりでしんどい時はいつもおかずのおすそ分け・・・

この関係が今でも残っています。我が家は助けられている方が多いのかもしれませんね。
子供が小学生の頃まで青年部として町内を活気付けてきたメンバーが中心になり一昨年青壮年部として再スタートを切っていますが、そろそろ老人クラブの話も出てきますので、若い皆様に申し送りをしなければいけませんね。気持ちだけが成年・・・という方が沢山居られる町内です。

今年は自治会のみなさんに役に立つ介護情報などをミニ便りにして定期回覧をまわしたいなと思っています。

大きな町内ですから、町のケアマネジャーを目指されるのも良いかも知れませんね。
私はもうしばらく広域圏での動きになりますが、地域でのネットワーク作りは気になっています。何れは地域に戻りたいですね。

やはり、元気確認は自治会ならこそかもしれません。
例のお花のお元気確認も、団地の自治会の集会所で始めたミニサロンから有志でそういう助け合いが生まれたのです。


地域で、地域のお年寄りの元気確認は大切なことですね。それにヒントを得た障子戸の開閉は効果的でした。
独立ケアマネも増えそうな傾向にありますので、何れ効果的な地区担当の体制が出来れば、巡回も頻回に出来ると思いますし、自治会とのつながりも出てくると思います。ケアマネジメントにもソーシャルワークを活用したいものですね。

まだまだ夜明けが遅いこともあり、最近はゆっくり寝ることが多いです。老人の生活時間に近付いてきています。

Re: ミニニュース  2007・2・26
以前は、勉強会に使う資料なんかはへたなりにも頑張って作成はしたのですが、文章作りは難しいです。

いえいえ、tyarinnkokeamane さんの文章からは心を感じることが出来ますよ。
頑張って下さい。

厚生労働省からのお答え  2007・2・23
1000字メールにお答えをいただけた。
開業前3回、1000字メールを分割して送っているが、いずれも提言・提案であった。今回は質問ということでお答えをいただけた。その質問と回答をコピーします。

【質問】
富山県では介護保険住宅改修に係る理由書を書くことが出来るのは介護支援専門員に限られています。
退院に向けて住宅改修を行う場合など、要介護・要支援認定申請も同時に行うケースがかなりありますが、住宅改修後要支援と認定され、改修当月サービス利用がなかった場合や住宅改修だけで屋内生活が自立され、他のサービスが必要無くなった場合など、理由書作成費用も出ないと言われたのですが、それでよろしいのでしょうか?
公的制度でサービス(住宅改修)を利用出来る方に手続きを行なっても無報酬ということはあるのでしょうか?

【回答】
 ご質問の件について、ご回答いたします。
 住宅改修が必要な理由書の作成については、介護保険法施行規則において、「介護支援専門員その他居宅要介護被保険者からの住宅改修についての相談に関する専門的知識及び経験を有する者」と定めております。
 介護支援専門員が作成する場合は、居宅介護支援の一環として作成していただいております。
 その他、居宅介護支援等の提供をうけていない要介護者等に対しては、理由書の作成及び作成した場合の経費の助成について、市町村が行う地域支援事業の対象とできることになっております。
 ご不明点・詳細については、市町村にお問い合わせください。

厚生労働省老健局振興課


以上です。

これから担当者にメールのコピーを届け、善処方依頼してきますが、このことによって介護支援専門員が理由書を書かなくなっても困りますね。その傾向が出てきているようですので「理由書」難民を作らないための問題提起です。
知人に問い合わせたら、別の動きも出てきているようですね。好ましくない方向です。

Re: 厚生労働省からのお答え  2007・3・9
一昨日の公開事例検討会の後、要援護高齢者支援事業に関する説明会が開催されていたが、その中で「住宅改修支援事業請求書の取り扱い」について整理されました。

要介護者に関しては「居宅介護支援事業所」と従来どおりですが、要支援者に関しては、「地域包括支援センター」と「地域包括支援センターと再委託の契約を受けた居宅介護支援事業所」が理由書の作成費を請求出来ることになりました。(何れもサービスの提供を受けていない利用者)

早速月曜日にでも、地域包括支援センターとの委託契約書のコピーを添付して請求しようと思います。
住宅改修も集中するもので、12月から2月まで4件集中しました。4件目は理由があったようですが、整理していただく良いキッカケになりました。

P友の会日帰り旅行。  2007・2・22
友の会の皆様が健康パークへ日帰り旅行をされるが、月末でもあるので参加の時間は割けなかった。バスの発着場所までの送迎だけを引き受けたが、今回はボランテイアの参加もある。
先日来のヨーガ教室・リハビリジムへの送迎協力グループや新聞広告からも三名の女性のボランテイア参加があるそうである。ボランテイア数人の顔は見えているが、ヒョットして・・・と心当たりがある方もある。広告で集まられる方には限りがある。日頃から活動的な方であろう。

昨年の一泊旅行では青年グループのボランテイア参加を得た。一般事業所にお勤めの方々が主流だったが、中には介護・福祉の専門職の方も含まれていた。彼らは介護を通じて貴重な体験をされたが、そのつながりは今も続いている。しかし今回は平日でもあるので多くは期待出来ない。その代わりと言っては何だが、新聞広告を出されたということである。

福祉社会が拡がりを見せ、市民の皆様も介護の担い手になる活動を始めておられる。市民参加の介護・福祉が拡がる中、広がりを見せていない分野がある。「介護の社会化」の意味を今一度考えてみたいものである。
地域作りが進まない原因が行政ラインにあることを先日指摘した。

選択の自由を保障する。  2007・2・21
昨晩、「介護保険ー主治医研修会」主催:富山県・富山県医師会 共催:高岡市・高岡市医師会<日本医師会生涯教育講座です>
に参加したが、利用者の「選択の自由」は保障されている。

講義の後司会者から利用者から寄せられた質問が提示されたが、内容は「地域包括支援センター職員から、そのセンターのサービスしか使うことが出来ないと言われたが・・・」といった内容である。実際にこの様に言っている職員を知っている。私が知っているのは氷山の一角であり、委託機関受諾法人併設居宅のケアマネも含めてそう言っている。
市は、「委託しているから当然・・・」と、行政の持つ要介護者情報をも委託機関に提供している。この情報の流れが大きな錯覚を招いてしまったのか・・・。

県担当者からは「選択の自由を保障する」内容の答えが示された。市担当者からもそれなりの答えがあった。ただし予防給付に関してである。

行政の持つ要介護者情報の取り扱いに関しての質問ではなかったのでお答えは無かったが、当然のこととして「選択の自由を保障する」ということであろう。
この原点の問題が、運用面では「委託しているから当然・・・」と摩り替わってしまうのは何故だろうか?行政自身が、委託事業と自由化された事業の区別が出来ないでいることの証ではなかろうか?はたまた「特定の事業者」を優遇している背景には天下り管理者が絡んでいることを数限りなく指摘してきているが、市の天下り管理者自身が「我の論理」を述べておられた事も耳に入っている。
委託機関併設居宅には情報がスムーズに入って非常に忙しいそうである。この実態もお教えいただいているし、何かが狂っている。

公の場では「選択の自由を保障」していると言われるが、実態は現状である。
社会福祉法人は色々と規制を抱えて事業を行ってこられたが、この度その規制が外される検討がなされている。中でも別格の社会福祉協議会にはこれを機会に本来の役割に戻っていただきたいものだと思う。
1年半余り前にサンシップのエレベーターの中で聞いた言葉だが「社協が事業をやっている内はダメだね・・・。」は某氏から著名な方への言葉であった。偶然乗り合わせた私もそう思っているが、この考え方をすり合わせる必要がありそうである。
そしてその原点の問題が「選択の自由を保障する」ことである。

選択の自由を保障する。(2)  2007・2・21
『講義の後司会者から利用者から寄せられた質問が提示されたが、内容は「地域包括支援センター職員から、そのセンターのサービスしか使うことが出来ないと言われたが・・・」といった内容である。』

利用票の確認の時期だが、1件急ぎの用で施設に寄った。事務長が本命ではなかったのだが、担当者が休みだということで、向こうも話があったようでオープンな場所での話しになった。最もこの種の話はオープンな方が良い。

実は引用した内容は某医師から昨日の午前中に問い合わせのあった内容である。そこで私の原稿『介護支援専門員』掲載分冊をFAX送信しておいたということである。質問内容も的を得ていたし、行政もこれには公の場では反論できないであろう。しかし現場に戻れば裏で可笑しなことが行なわれている。可笑しなことは委託機関で行なわれているのかもしれないが、厚生労働省が発した業務マニュアルには、行政の責任で作るセンターであることは明記してある。

民間で力をあわせる構想も練っているということをお話しすると賛同していただけた。「一緒にやりましょうよ・・・」ということで、私以上に前向きかもしれない。組合の持つ力もお話したが、政治はそもそも革新的なものである。旧態依然とした体質に是非メスを入れたいと思う・・・というか、もうメスが入り始めている。

午前の訪問で二名の賛同者を得られたので、それをバネに近々開催するであろう拡大準備会の構想も実現に向けて動き出さなければいけないと思う。
乗りかかった舟であるから、小さな花火かもしれないが準備を始めたいと思う。

車椅子  2007・2・20
DBS手術の方が家族旅行に出かけられる。
ホテルに行けば車椅子があるが、道中立ち寄る名所旧跡などでOFF状態だと車椅子が必要だと言われる。

昨年の電極調整の入院から薬効時間が短くなっている。退院後、最初にブレーキ付き車椅子に変更したが、ON状態ではかえって邪魔になると、折りたたみ式歩行器を使用しておられる。
車椅子は車に積んでおけば必要時使うことが出来るからあった方が良いには違いない。果たしてレンタル出来るか・・・という面倒くさいことよりも他の方法を思い付いた。

P友の会会員に外出用に中古品を紹介したことがある。使用頻度はそう多くないからほとんど遊んでいる車椅子である。ただ、軽四のバンに積むためには腕が折れる必要がある。紹介したのは私だがそこまでの記憶はなかった。
そこで機種の確認も兼ねて訪問した。
ご希望通りの機種だったので貸して貰えないか聞いてみると、二つ返事で了解だった。前日に届けて活用していただくことにした。

要介護1では車椅子を介護保険レンタルは出来ない。現在はお二人とも要介護1ではないが、ON−OFFのはっきりしている要介護1の方には車椅子も必要である。ON状態では歩行器として使い、OFF状態では車椅子として使う。
パーキンソン病の要支援2は無いから認定に関わる皆様は注意していただきたいと思う。不服申し立てをしようとしたら変更申請を勧められた。窓口はわかっていたが、審査委員が解っていなかった。

会員同士の中の調整もネットワークなのかもしれない。
生活等に必要なものを手に入れる商法もネットワークで形成されている。何故介護・福祉にネットワークが芽生えないかと考えると、そこに邪心が存在するとしか思えない。公僕は公僕であって欲しい。

ケアマネドットコムで核心を・・・。  2007・2・19
ケアマネドットコム
http://www.care-mane.com/
で、「選択の自由を保障する」ブログを公開していますが、「民の底力を期待します・・・。」に応えてか、白熱した論議を繰り広げています。

どうも介護保険は民間型へ移行する兆候も見え始めていますので、最新の業界ニュースには注意が必要です。
介護保険行政だけではなく、国のレベルでは各省庁が工夫をしておられますので、現状の問題点を経営企画部に持っていったルートも、満更的外れではなかったようです。

今後民間事業所との連携と商工部門との連携、公正取引委員会とのつながりも視野に入れて進んでいきますので、「これは・・・」と思われた方は是非お声をかけて下さい。協働の方向で意見交換をさせていただきたいと思います。

2月の月末  2007・2・19
残すところ10日間あるのだから時間的な余裕はあるのだが、まだケアプランが確定していないケースが幾つかある。
認定待ちや来月からのサービス提供事業所が確定していないケースなど等、今月は機械的に利用票を作ることが出来ないケースが揃ってしまった。

当事者にはモット慌てていただいているのだが、何しろ相手のあることであるから答えは簡単には出ない。一つひとつの問題が解決すれば即応出来るように、余裕を持って行動開始することにした。
そのような中、イベントの支援や夜間の会合などが集中してしまった。
独立ケアマネが日中余裕をもてるのは、この夜間帯も利用できるからであるが、その夜間帯も詰まっている。
スタンプラリーという言葉を嫌う方もあるが、今月はスタンプラリーに集中する必要もありそうである。

サービス提供一欄表が手元にあるが、この時期になると特に役に立つ。巡回コースの参考にしているのだが、近くに行けば利用施設に立ち寄ることもある。この巡回型は特養ホームの生活指導員時代の応用だが、当時は1日に一度は入所者の顔を見ることを心がけていた。
他愛無い会話がその人を知るキッカケにもなるので、日々のさりげない会話も必要なのだと思う。時には会話を求めて延々と喋られるので、居眠りしていることもある。不謹慎極まりない。

理念無き制度は崩壊する。  2007・2・18
『その理念に基づいた計画が計画通りに動かないと、計画そのものが理念の求める方向に動かない。原点は目的にも通じるので原点と理念とは同次元のものであると言えるかと思う。』

介護保険法第1条(目的)にはその理念「国民の共同連帯の理念」にも触れているので、この理念が原点でもある。
この理念を実践する専門職として、ソーシャルワーカーも含めた相談援助業務の職種が要になっていかなければいけないと考える。ソーシャルワーカーは地域作りであり、介護支援専門員には適正なケアマネジメントの実践が求められる。10指の社会資源を使いこなしたケアマネジメントである。尤も負の社会資源もあるから、負の社会資源を排除することもケアマネジメントである。「利用出来る社会資源を可能な限り・・・」ということであろうか?

今その相談援助職の理念が問われている。
判らない方には永久に判らないのであろうが、現場で理念の戦いが始まっている。対象が人であったり、機関の関係であったり、現状であったりするが、独立した機関の関係において歪が起きるということはネットワークの乱れである。

会議の場でもこの現象が起きていると聞く。個人としては発言者に異論があっても反論としては現れないということである。「可笑しなことを言って・・・」と思っていても、敢て否定しない、そのような大人(?)の会議もある。このような場では議長なり提案者の会議に取り組み姿勢にも関わるが、概ねオブラートにくるんだような提案しかなされないのが定例である。このような会議を随分と見てきたし、その場にも居た。

「介護支援専門員」原稿には
『ただ現状のように、行政の持つ個人情報を併設の居宅介護支援事業所・サービス事業所で「囲い込み」していたのでは連携も生まれません。』
と書いたが、われながら現状をここまで短くまとめたものである。
連携は「平等の関係を築いて」初めて生まれるものであることを、昨日お二人が口にされた。独立のための独立ではなさそうである。

久しぶりの1000字メール(厚生労働省)  2007・2・16
市担当者から県へ問い合わせた結果をお聞きしましたが、どうしても納得できないため、久しぶりに厚生労働省へ1000字メールを送りました。
質問は今回が初めてで、過去分は提案(言)でした。

【要支援者の住宅改修支援事業の手数料に関して】

富山県では介護保険住宅改修に係る理由書を書くことが出来るのは介護支援専門員に限られています。
退院に向けて住宅改修を行う場合など、要介護・要支援認定申請も同時に行うケースがかなりありますが、住宅改修後要支援と認定され、改修当月サービス利用がなかった場合や住宅改修だけで屋内生活が自立され、他のサービスが必要無くなった場合など、理由書作成費用も出ないと言われたのですが、それでよろしいのでしょうか?
公的制度でサービス(住宅改修)を利用出来る方に手続きを行なっても無報酬ということはあるのでしょうか?
(ここまで)

この取り扱いはどうも全国的のようですので、今後介護支援専門員が理由書を書かなくなることも考えられます。
事業者や利用者からいただいて良いのかも聞いてみましたが、答えは出ませんでした。市担当者のほうで3月中にまとめて、来年度からの対応を明確にされる準備があるそうです。

民間結集の原動力に・・・。  2007・2・16
今日の会談ではまた違う角度からの情報もいただいた。
今夜のケアマネ相談会では、県居宅介護支援事業者連絡協議会の個人加盟の方向と職能団体移行の方向性が示されるが、こちらの反応も興味深い。
明日は独立を目指す美女二人の来所がある。
「独立化の勧め」への流れも出てきたようにも思う。

私が「協業組合」構想を抱いたのが一昨年の秋「週刊ダイヤモンド」の取材を受けた頃である。この約一年半は構想を積んだり崩したり、昨年秋に独立協の加盟資格を賛助会員にしたのも、民間結集の構想を抱いていたからである。都市部で独立ケアマネの「協業組合」を考えていただいている方もあるが、地方ではなかなか難しいことである。
その可能性も出てはきているが、短時間に現状の改革を行なうのには、同じ悩みを抱える民間が力を合わせた方が良いと思うようになった。行政情報の囲い込みの問題はサービス機関にもその影響を及ぼしている。自社サービスで出来ない部分だけを下請け感覚で民間に流しているが、この現状が果たして競争の原理が働いた状態なのであろうか?

一応市の文書でのお答えは待つが、内容によっては再度市政への提言ルートに乗せる予定である。最初から担当部・課との話は考えていなかったが、少し回り道をしただけのこと、長い人生の一齣でしかない。無駄だったとは思っていない。
平行して「協業組合」構想を進めることにする。独立型でも良いし民間型でも良いし・・・。
とにかく忙しい年度末になりそうである。

しかし、如何考えても「介護支援専門員」の原稿
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm
の内容は、行政が言わなければいけない内容である。
代弁して恨まれたのでは適わないが、走り出したら究極の解決を求めると思う。これだけは前もってお伝えしておく。

理念と原点  2007・2・15
介護保険法の原点は、新たな負担を国民に求めたことに始まる。そして目的は介護保険法に明記してある。そしてその目的を果たすために如何するかということが法文に書いてある。原点から目的に向うベクトルがここにあるわけである。
第1条(目的)にはその理念「国民の共同連帯の理念」にも触れているので、この理念が原点でもある。

当然のことではあるが、介護・福祉に関する理念は市町村保健福祉計画や介護保険計画にもまとめられている。理念無き計画などあろうはずがなかろうから、計画そのものが理念の基に成り立つということである。
その理念に基づいた計画が計画通りに動かないと、計画そのものが理念の求める方向に動かない。原点は目的にも通じるので原点と理念とは同次元のものであると言えるかと思う。

しかし、もう一つの理念があるように感じている。それは関係者の理念と言った方が判りやすいのだろうか?法の理念に基づかない理念である。この理念を公正取引委員会が指摘したのであろうし、厚生労働省も関係文書に明記している。即ち、関係者の進むべき理念である。
本来なら法の理念に基づいて関係者は目的に向わなければいけないのだが、関係者の理念で進むから、法の理念が判らなくなってしまっているように思う。この理念のすり合わせが求められる。

外部から見てはこの実態はわからない。もうそろそろ4年になるが、その現状を自分の目で確かめる決意をした。
そのキッカケが、何度も紹介しているが
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.march/02031301.pdf
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.november/021120.pdf
公正取引委員会の調査報告書であり研究会報告書である。
今回担当部・課以外に相談を持ちかけた意味は、運用の問題を当事者と話をしていても、関係者の理念が問題なのであるから、何時までたっても問題は解決しないと思ったからである。結果として担当部・課に差し戻しになっているが、問題提起になれば良いと思う。

次の段階として、法の目的に明記された理念を求める先は、納税者でもある市民や同じ悩みを抱える民間になるのであろうか?勿論方向性としてその目的は持っている。
法の目的を果たすためには現状のベクトルを修正しなければいけないが、その修正役を同じ悩みを抱える民間の関係者が担えないだろうかという段階である。

しかしどう考えても可笑しな話である。理念と原点をすり合わせるのは行政自身なのではないであろうか?行政の自浄力を期待している。

Re: 囲い込みの手口  2007・1・13
『個人情報を囲い込んでいる委託機関・併設事業所から依頼のあるケースは、自社サービスでは提供できない部分に関してである。
例えば訪問介護であれば、定時から定時のサービス提供しかしていない自社サービスの外れた時間、夜間早朝だけが依頼されてくるということである。』

先週MSWから長時間利用する場合の介護保険ヘルパーと私費扱いのヘルパー(家政婦)の関係に関して問い合わせがあった。介護保険を併用しても「出来る」とお答えしておいた。
9日に受診に付き添った際にその部分のQ&Aと専門誌分冊を言付けておいたが、今日電話がかかった。「これを読む限りでは出来ますね・・・」と。
ケースの概容をお話されるが、「それは可笑しい、専門紙で指摘している事はその事ですよ・・・」と・・・。

内容はこういうことである。
要介護5の方で訪問看護は定期的に入っている。日中は通いで子が付いているが、それ以外の時間はヘルパーの見守り介護が必要である。また夜間も付き添いが必要な状態である。
プランは、日中のヘルパーを自社ヘルパーを使っている。21時から7時まで泊り込みで見守り介護を依頼しているが、泊り込み私費ヘルパー(家政婦?)に介護保険は使えないと言われている。これに対して家族が不満を持っているが、点数は充分に残っているということである。

これは夜間又は早朝帯にヘルパーと家政婦が交代すれば良い話で、自社ヘルパーが夜間も早朝も対応できないので「利用出来ない」と言ったのかもしれない。しかしこれは可笑しい。利用者の立場で考えれば出てこない考え方である。当然、家政婦対応が出来るヘルパーステーションに対応をお願いするのが常識的な方法ではないであろうか?それでなければ夜間か早朝も自社ヘルパーで対応して、家政婦と交代すれば良い話である。

正に(その6)で書いた事が日常的に行われているわけである。
ケアマネは委託機関受諾法人所属のケアマネである。
私が「先ずケアマネジャーを選ぶことの出来る背景作り」をしなければいけないと言うのはこの点にある。サービス事業所にも「委託機関の行政の持つ個人情報の囲い込み」の弊害は及んでいる。このことを行政は知るべきである。

前にも書いたが「介護支援専門員」原稿の内容は、本来ならば行政が言わなければいけない内容である。公正取引委員会の指摘と厚生労働省が発表した「行政の責任で作る」とされた地域包括支援センター業務マニュアルの重要な部分をつなげただけの話である。この原点が理解されない限り、日本の福祉は絵に描いた餅になるであろうし、ネットワークも生まれない。

教育機関から戴いたメールには
「・・・さまざな参加者が互いに平等性を保ちながら、最適なケアを提供する医療・介護のネットワークについての理論を発見することにあります。」
と書かれていた。このネットワークを完遂させていただきたいものである。

ブログ返信より  2007・2・13
むーちゃん、はじめまして

更新にも、公表にも、研修にも少ない報酬から吸い上げていかれる・・

ケアマネの更新・研修は質の向上を狙ったもので、情報公開制度は公正取引委員会の指摘でスタートしたものと理解しています。今年度からの更新研修にはソーシャルワークも取り入れられているようですね。
ケアマネ協会は職能団体を目指していると思っていますが、私の県でも来年度から個人加盟のケアマネ協会県支部を目指す方向で動いています。先日も組織委員会で「これで理念が高まれば良いですね・・・」と言ってきましたが、法改正で一つの柱とされた「独立性・中立性の確保」が実現すれば良いですね。

しかし、行政自身が情報公開制度の意味を理解していません。厚生労働省もはっきり言えば良いものを、これはすり替えだと思います。
ほとんどの委託機関には天下り管理者がおられますが、この機関に優先的に利用者情報を流している行政は、公正取引委員会の言う「市町村によっては,特定の事業者に優先的に委託等を行っていることが,利用者獲得をめぐる競争に影響を与えている状況がみられる。」このことではないでしょうか?この特定の事業者が、補助金の見返りに天下りを受けている法人です。行政でグルグルですね。

いっちん さんも民間が力を出せるように色々考えておられますが、「協業組合」の構想は、中小企業保護政策から公正取引委員会への道筋を作ろうという意図もあります。これを田舎の狭い地域で独立ケアマネだけで実現することは困難ですので、現在同じ悩みを抱える民間事業者にも枠を拡げようかと検討中です。
これが民間結集という言い方になりました。

利用者の「選択の自由を保障する」ためには先ずケアマネジャーを選ぶことの出来る背景を作っていかなければいけません。それは利用者情報の公平な取り扱いです。
「介護支援専門員」に書いたことは行政が言わなければいけないことですね。

全国広いようで狭いものです。是非一緒に声を上げませんか?
今後ともよろしくお願いいたします。

ケアマネジメントが目に見えた。  2007・2・12
「こんなパーキンソン病見たこと無いよ・・・」と予てから受診のタイミングを図っていた方を伴って12月大学病院を受診した。DBS手術の可能性を駆け引きに主治医からの紹介状も貰ってあった。
結果、大脳皮質基底核変性症の疑い、と超難病の病名を付けていただいた。予後は進行が早いと予測されるので、一歩先を行くプランを書いた。通院リハビリを段階的にデイケアリハビリに変更して行く方向性である。
週3回の午後からの入浴サービスは今のまま継続する事にして、残る3日間をデイケアに移行して行く方向性だが、経過の中で当面週2回で良いということになった。まだ完全に日は固定されていないが、デイケアとデイサービスで、ほぼ毎日入浴してきた効果なのであろうか?硬く握り締められていた左手が若干開くようになっていた。滑車運動により手も肩まで上がる。目に見える効果であった。

幻覚が出てきているということで、主治医に伝えていただいたら薬が一種類減ったと言われる。効果があるかないか判らない薬だが、それしかないということで、異常があれば主治医に相談の上、中止していただくことも方法である。「そういう見方もありますね・・・」と言っておられた先生も診断に歩み寄っていただけたようでもある。幻覚も消えた。

話の中で22日に予定されている健康パーク日帰り旅行に行ってみんなに逢いたいという話になった。今日はヨーガ教室の日だから、早速みんなに逢いに行きましょうか?と外出中の妻に黙って、鍵もかけないで「ヨーガ・リハビリジム」へ向った。
硬く握り締めた左手には何時もタオルハンカチが握られていた。爪で皮膚を傷つけるからである。そのタオルハンカチを握っていることが出来なくなったということである。こじ入れるように握らせていたハンカチが落ちるということである。

新年会にお連れしてから1ヶ月余りしか経っていないが、それだけの効果が出てきた。受診から2ヶ月間。少し行き過ぎたプランかもしれないと思いながら大風呂敷を拡げていた。デイケアでは転ぶ原因も解明された。足が出ないことから階段で踵が引っかかるのである。顔面から何回地面に激突されたであろうか?気を付けるポイントも判り、子が玄関の手すりを自作する準備に入っておられるそうである。
一歩一歩確実に前へ進んでいただきたいものである。

効果が目に見えれば嬉しいものである。現状を少しでも長く維持していただきたいと思っている。

原点の問題  2007・2・12
「選択の自由を保障する」は国民に新たな負担を求めた介護保険法の原点の課題である。
措置から契約へ形こそ変わったが、介護保険は福祉である。そしてこの原点の課題が解決出来なければ問題である。

http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.march/02031301.pdf

公正取引委員会は法施行後逸早く調査を行い、考え方をまとめている。

「イ 市町村の行政運営が利用者獲得をめぐる事業者間の競争に与える影響」(表)として
・要介護認定に係る訪問調査を社会福祉法人等が受諾することにより利用者を獲得
・在宅介護支援センター業務を社会福祉法人等が受諾することにより利用者を獲得
・市町村から、要介護者に係る情報が事業者に公平に提供されないこと

が指摘されている。この表は週刊ダイヤモンド(2006・3・11)でも紹介されている。

認定調査に関して、今回の法改正で新規認定調査は保険者に義務付けられた。一昨年1月から保険者調査に切り替えられたから、全国のトップランナーになられたわけである。
次に在宅介護支援センター受諾が利用者獲得に結びつくということであるが、この問題が地域包括支援センターに受け継がれている。この点が一番問題なのだと思う。
そして、市町村から公平に情報が提供されていないということになるのだが、在宅介護支援センター(地域包括支援センター)が委託業務の中で得た個人情報も行政情報である。

こう見てくると、行政情報を囲い込んできたのは委託機関だということになってしまう。そこで行政の責任で作るとされた地域包括支援センター業務マニュアル

http://www.wam.go.jp/wamappl/bb05Kaig.nsf/0/79ea61ddf2ef4633492570dc0029d9a8/$FILE/manual1,2_all.pdf

(P22)に個人情報保護が明記された。

メディカルレビュー社「介護支援専門員」2007・1月号

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm

に投稿した原稿では、この原点に関して書いたが、地域包括支援センターが機能するためには公平な個人情報の取り扱いが必要になってくるものと思われる。

法や制度は出来上がっているが、その運用に大きな問題がある。原点の問題である。
リンクも入れたので、是非ご参照いただきたい。

そして、公平な情報提供の観点から「情報公開制度」もスタートしているが、この情報を適正に取り扱うのは行政であり、介護支援専門員である。ここに原点の問題・理念の問題が潜んでいることを追記しておく。
先ずは「ケアマネジャーを選ぶことの出来る」体制を作っていただきたいものである。

Re: 原点の問題  2007・2・12
私の市では新規は市の職員が調査で、更新は月の始めには担当ケアマネ以外の事業所に公正さをもつために調査が回ってきます。
私の調査は、ほとんど他事業所の更新調査ばかりです。
新規は一切ありません。
私の担当の利用者さんの更新は一部〔1ヶ月に1名程度〕を除いて私が調査となります。


この部分がチョッと意味不明です。
原則的に担当ケアマネが認定調査をしない方が良いと思います。

先日、1月の産経新聞に29日、30日、31日と大きな見出しで(1ページ全部)要介護認定調査に対する調査の実態が掲載されていました。

そうですか、産経さんはそちらからいかれましたか。第2弾もあるのではないでしょうか?社会部記者ですね。

今日ケアマネジメントが目に見えましたので、別投稿にしますね。

囲い込みの手口  2007・2・11
(その1)
・開業から3ヶ月、認定調査の依頼も無いので、公正取引委員会調査報告書
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.march/02031301.pdf
を手に、課長に直談判した。「公正取引委員会はこう言っておられますよ・・・」と。
結果事務所所在地の新規窓口申請の調査を回していただけるようになった。
公正取引委員会が言うとおり、認定調査はケアプラン作成依頼に結びついた。
しかし年が明けてから、全国に先駆け新規認定調査を保険者が行われるようになり、利用者との結びつきは途絶えた。何故途絶えたかがこれからの検証になる。

(その2)
・年が明けてすぐの相談であったから、新規認定調査のほとんどを在宅介護支援センターが実施していて、囲い込みが行なわれていたことを立証するケースが飛び込んでいる。
サービス利用希望施設からの依頼であるが、訪問すると事業所名の入った居宅サービス計画作成依頼書と認定調査を実施したケアマネに相談が来るようにメモ書きした紙が残されていた。
しかし在宅介護支援センター職員ではない。在宅介護支援センターという名の居宅介護支援事業所職員である。

(その3)
・新規認定調査を保険者が行うようになってから半年余り、某ケアマネから「新規何処行った・・・」という話があった。民間居宅にはケースが回らないシステムになったようである。この状態が2年も続いている。課長も替わっている。この切り替わり時期に何かがおこっている。
年度替りの1ヶ月間に10数件の認定調査を行っているが、何かがあったと推測する。それ以来このようなことは無い。

(その4)
それから数ヶ月、居宅変更も含め1ヶ月に10件のケースを扱っている。これがなければ現在事業所は無いであろうが、そのからくりが判ったのは年が明けてから知人の紹介で相談訪問に行った時のことである。
市から提供された居宅介護支援事業所の名簿の他に在宅介護支援センターの名簿もある。そして在宅介護支援センターの名簿には「地区担当です」とご丁寧に丸印があった。「誰がこの丸印をしましたか???」と聞いてみると行政窓口であった。そこで法改正に関してアンケートが来たので聞いてみた。
「地域包括支援センター運営協議会で協議します・・・」というお答えだったが、随分気の長い行政に対する指摘を行なってきている。お答えを貰うのが1年後になりそうである。

(その5)
・地域の地域包括支援センターを核としたケアマネ相談会で、誰が担当してもダメなケースがあることの報告があった。ご指名ではなかったので黙って聞いていたが、そのケースが何処に振られたか先日判った。行政を通じて民間ケアマネに依頼があったということである。民間のほうが解決能力があると見られたのか・・・行政ラインで持っていたくないケースなのか・・・その部分に関しては不明であるが、滅多に無いケースの民間流失があった訳である。

(その6)
これで終わりにするが、民間サービス事業所もケース不足に悩んでいる。
個人情報を囲い込んでいる委託機関・併設事業所から依頼のあるケースは、自社サービスでは提供できない部分に関してである。
例えば訪問介護であれば、定時から定時のサービス提供しかしていない自社サービスの外れた時間、夜間早朝だけが依頼されてくるということである。
囲い込みもここまで来ればご立派で、その人間性さえも疑いたくなる。

これが囲い込みの弊害というか、全国でおこっている現象である。

Re:独立ケアマネが自立する方法  2007・2・10
平均1200単位というと重度者60パーセントを超えていますね。通常はここまではいかないと思います。おまけに行政ラインで利用者情報を囲い込んでいますから、民間居宅はケースを持ちません。そこで
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm
この指摘になりました。
改善しそうにもありませんので、民間結集の「協業組合」
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/toyamakendokuritugatakaigosiensenmoninkixyougixyoukumiai.htm
で公正取引委員会へ行く必要性が出てくるかもしれません。

中小企業組合中央会も公正取引委員会相談窓口もほとんど都道府県商工会議所に置かれています。
来週ある方と懇談を予定していますが、おおむねの方向性は決まるのではないかと思います。

担当課と話をする予定は最初から無かったのですが、流れに乗る事にしました。どちらが良かったかは判りませんが、問題提起になればと思っています。

一足早いバレンタイン  2007・2・10
今月も某市居宅介護支援事業者連絡協議会のALS定例相談会に参加出来たが、来週行なわれるシンポジウムには残念ながら協力が出来ない。最初は数人の患者家族の出席で行なわれていたが、ここに来て患者・家族の数が随分多くなった。

昨年度の後半から数回出席してしばらく中断していたが、ある夫婦の参加がキッカケになり毎月参加するようになった。
10月に開催した「難病ネットワークとやま」主催のシンポジウムではALS患者に対する告知の問題を取り上げたが、シンポジウム後の懇談会までの休息の間講師を独り占めしていた女性があった。その方も夫婦で参加されるようになった。

この二組の夫婦とも、最初は悲壮感に満ちた涙の連続であったが、最近は涙を見ることはない。今日は笑顔もこぼれていたので「随分元気になられましたね・・・」と声をかけた。私は言葉だけでの慰めは言わない。病気を正しく知っていただくために難病情報センターの資料をお渡しすることもある。
その上で残された余命を悟り、力の限り有意義な人生を送っていただければ良いと思っている。

病床の妻を抱える夫から、「訴えが多くて、妻のペースで生活をしている・・・」という話や「今や力尽きたのか、認知が入ったのか・・・私のペースで生活をしている。」という悟りきった方もある。
弱い立場の訴えを聞くという意味では共通したものがあるが、本人も介護者も弱い立場になりうる可能性がある病気でもある。

会が終わってからシンポジウムの打ち合わせに入ったが、保健関係者と患者会設立準備会代表を前にネットワークの話を聞くことが出来た。
「行政のネットワーク・医療看護のネットワーク・患者会のネットワーク・ケアマネのネットワーク・サービス事業者のネットワークなど等が地域で絡み合っていけば良いですね・・・」と。縦列・横列のネットワークが絡み合った姿である。

それでは・・・と会場を後にしたが、小走りに近づいて声がかかった。ネットワークを語ってくれた女性であった。
そして戴いたのが、一足早いバレンタインのチョコレートであった。
そして「先に原稿を渡していたけど、冊子じゃなく分冊子を送ってきた・・・」とお渡しし、大笑いをしてきた。

Re: 一足早いバレンタイン  2007・2・10
『病床の妻を抱える夫から、「訴えが多くて、妻のペースで生活をしている・・・」という話や「今や力尽きたのか、認知が入ったのか・・・私のペースで生活をしている。」という悟りきった方もある。
弱い立場の訴えを聞くという意味では共通したものがあるが、本人も介護者も弱い立場になりうる可能性がある病気でもある。』

もしかして意味不明かもしれないと思ったので追記いたします。
男性は一家の大黒柱として働いてきたという意識がありますが、妻には家庭を支えてきたという意識があります。
妻が病気になられたときは、「家事をやってみて大変だろう・・・これからは世話になるよ・・・」と欲求の多い方もあれば、「お父さん、もう良いよ・・・」と認知症状を示される方もあります。ご本人は「神の技かな???」と言っておられました。
逆に夫が・・・という場合には、ご本人に家族の生活を最後まで支えてやれなかった残念さが残っています。そこに遺伝の可能性の話まで出てきたらご本人は耐えられないと思います。その優しい気持ちに妻が感動しているというのが引用文章の概略です。

このような気持ちに結論を出すのは専門職ではありません。「何処も同じなのだな〜〜〜」と当事者に感じていただく必要があります。その「感じる場」が患者会・ピアカウンセリングかな???と思います。
如何なる環境に置かれようとも「人の心」を大切に、闘病生活を続けていただきたいと思います。

専門職は無力です。しかし、介護者に力を与えることが出来ればこんなに素晴らしいことはありません。微力ではありますが、その力を得ていただくために、色々お話をさせていただきたいと思います。
福祉は一切の力を持ちません。如何に心を支えることが出来るか・・・それが福祉なのかもしれませんね。

何故こんな事に・・・。  2007・2・8
私のネットワークはかなり張り巡らされている。過去のネットワークを探ることはしないが、業務上お逢いすることもある。その皆様が口を揃えて言われることは、「〇〇可笑しいね・・・」と。
この現状を認識していただきたい。

介護保険は民間参入も認めているから、サービスの量を確保する必要がある。現在のところ事業指定は県であるが、市に聞いて欲しいと言われるそうである。計画により総量規制が行なわれているが、これは可笑しい。相談に行くと「〇〇苑がつぶれても困るでしょう???」という言葉が返って来たそうである。
設立当初職員採用の角度から定員を少なく指定を受けた施設が、定員までの規模拡大を申し入れると、これにも待ったがかかったと言われる。

サービス量は足りない。私の担当でも空き待ちをしている方が2名ある。
行政はサービス量を確保しなければいけないと思うのであるが、サービス量が足りないという現状がある。何処が一杯になれば新規を認められるのか楽しみに見ている。

「選択の自由を保障する」は私が言い出した言葉であるが、その主旨は公正取引委員会が指摘をしている。
措置時代は、サービス提供者も含めた会議も持たれていた。現在はケアマネの集まりしかない。その隙間を埋めるように、サービス提供者にも情報を伝えている。本来ならば行政レベルでサービスの質を良くしていかなければいけないのだが、その主旨が見当たらない。年一回研修会はある。

地域福祉の向上を望むのであれば、地域で「地域ケア会議」を開催する必要がある。行政レベルで「地域ケア会議」を行なっておられるようだが、開業から約3年たつが内容も聞いたことが無い。
当時の「在宅サービス担当者会議」(正式名称は忘れたが)の関係者とお逢いすると、今でもその話が出る。「連携が取れていたね・・・。」と

民生委員を町内の窓口として地域との連携を図り、在宅サービス担当者会議で専門職との連携を図り、必要なケースでは行政担当者の了解も得てサービス提供をしてきた訳だが、何処で如何歯車が狂ってしまったのだろうか???

この辺りが、忘れられた頃に復帰した私の目的なのかもしれない。

Re: 何故こんな事に・・・。  2007・2・10
○○氏の原稿も読みましたが、利用者さんのことを考えているというより委託料のことばかりで、昔からそのことばかりが優先で○○○センターの実態を省みる心がみえなかったのが残念です。

私が予想したとおりの内容でした。
立場の違いで同じ文章を読んでも違う解釈になることがありますが、介護保険に限って言えば保険者・事業者・納税者(利用者)の関係の均衡を保って行く必要がありますね。この関係の調整を図っているのが介護保険法なのですが、新たな負担を求めたことから事業は自由競争の世界に入っていきました。これは医療保険にも言えることです。

公的事業ではありますが、その運用は行政の手を離れたわけです。ホテルコストに見るように今後補助金等に関しても見直しがされていきますが、公的法人と民間会社が同じ土俵に立っているわけです。そこで公正取引委員会が登場したわけですね。
情報公開制度や地域包括支援センター業務マニュアルはその一例ですが、今後自由競争が出来る背景作りの施策が法改正の度に出てくるものと思います。

施設建設費補助金の見返りに天下り人事がなされてきた現状が未だにありますが、この現状もいずれ変わっていくものと思われます。この行政ラインの癒着を無くして、サービスの質で選ぶことが出来るように変えていくためには、民間が声を上げていく必要があると考えています。
本来なら、私の言っていることは行政に言っていただきたいことなのです。
私が原稿で引用した文章は〇〇氏の分を除けば、全て公的文書からの引用なのですがね・・・。

来週ある方と懇談しますが、お答えによっては大きく二つの方向に分かれると思っています。自分自身で決めている定年ですが、延長があるかも・・・。といったところです。

Re: 何故こんな事に・・・。  2007・2・11
結局、週に2回のケアプランしか認めないということで・・・。

この方は要支援1なのでしょうか?要支援2なら3段階の報酬がありますね。
報酬としては納得出来るのですが、意味不明が通所系サービスです。介護度で月額報酬が決められているんですね。
要支援2の方が、週一回利用を希望されると要介護3に匹敵する報酬になってしまうのですね。???です。

〇〇氏のお膝もとの地域包括は、地域包括=同一法人のサービス提供事業所があるゆえかもしれない。

法改正をしても意識が変わらなければ同じですね。保健事業へ移行させるワンステップだと思っています。保健センターの活用は提言したことがあります。また要介護認定ソフトの組み替えも進められているようですね。

○○氏は「福祉をする気はない」「営利事業だ」と市へ言った人ですから・・・。

窓際で事務を執っておられた方の力ですね。

Re: 何故こんな事に・・・。  2007・2・11
それも医療ニーズの高い方で要介護1と要支援2の微妙な境界線上のケースです。
今までは週3回平均利用していて、今はまだ体調面で不安定な状況で日々によって突然動けないほどしんどくなります。


この情況で何故週3回の利用が出来ないのでしょうか?
それと病状が不安定なのに支援の判定は可笑しいですね。主治医意見書にチェックが無かったのでしょうか?

介護予防は自立を促すからサービスを削っていく・・・最初から少ないサービスに切り替えるというのは可笑しいです。

予防出来ない要支援2の方のケースでは、訪問看護に覚えていただくために月2回、妻も難病ですので何時交換できなくなるかも知れないから、その時には毎回交換・・・というプランを書いています。仮にそうなっても限度額内で納まりますので、今のところは黙っています。
予防給付の取り違いも2件ありますが、いずれも難病、全治しない病気が原因です。認知が無かったら支援で出る傾向がありますが、これは認定審査会の問題です。パーキンソン病のON−OFFが顕著な方に関しては不服申し立てをしようとしたら、変更申請にして欲しいと言われました。

Re: 何故こんな事に・・・。  2007・2・13
住宅改修に関して制度を整えようと

http://t-madeclub.com/

こんなことをやっている方があります。
公的には介護実習センターが窓口になり、在宅介護支援センター(現在は地域包括支援センターなのだと思いますが)を相談窓口として勧めています。
ここでも事業者の実態を儲け主義ではなく品質の良い工事を提供出来るように進めていただきたいものですね。

紹介したネットワークでは、インターネット上での入札や共同仕入れにも取り組んでいますので、価格的にも問題は無いと思っています。

Re: 何故こんな事に・・・。  2007・2・14
…って、面倒がってそこまでなさらないのですよね。利用者さんも。
『18万円分が無料になって得だからする!』という感覚の方も多いです。


だからこそ、良心的なオープンな事業者が必要なのですね。
紹介したページを参考にしてください。

DBS手術  2007・2・9
関西の大学病院で手術を受け、地元に帰って、大学病院で継続治療を受けておられる方がある。
今日電極の調整に脳神経外科受診に同行したが、検査の結果一応正常に作動していると言われる。しかし極端に薬効時間が短くなってきている。

手術から5年余り経っていて、電池の寿命は計算出来ないが電圧も正常だと言われる。唯一つだけ、左脳の電極がずれていることが判っている。この電極を如何するかである。
脳外医からは、「主治医と相談するが、別の穴を開けて新たな手術を・・・するか・・・」という言葉が出た。本人の答えは「了解」である。
家まで送る間、この内容を再確認・再々確認した。手術には合意である。

今日は頭が廻らなかったが事務所に帰る途中、ヨガ・リハビリジムの日であることを思い出した。寄ってみると一人の男性を紹介された。ボランテイアの方である。
本人からも聞いていたのではあるが、紹介されるまでは結びつかなかった。ヨガ・リハビリジムへの送迎を担当していただけるボランティアである。
ボランティアの話は先日から聞いていたが、地区社協に聞いてみられることを勧めていたがその成果のようであった。先ずは行動ということである。
右足が出ないので、右足踵を足で蹴ってあげたら左足が出ることを伝えてきた。(介護上の指示ではない。そうしていることを伝えた。)

組織の力は強いもので、その日のうちに解決したようである。
数ある組織の重要な資源を使いきる対応が必要だと思う。
是非、行政にその役割を担っていただきたいものだと思う。
「委託してあるから・・・」ということではなく、自らその役割を果たしていただきたいものである。

蛇足だが、MSWを通じて、院内の医療連携の体勢を確認してある。全て関係者の連携は執れているというお答えをご連絡をいただいていた。そのことには本人も了解されている。
ケアマネジャーとは聞きにくいことも聞いて、本人の不安をなくす役割も秘められているように思った。

Re: DBS手術(追伸)  2007・2・9
青春のアイドル高部知子さんの番組で、ご本人が非常に良いことを言っておられました。
「この人生が無かったら・・・今ありがとう・・・と言えなかっただろうね・・・」と。
その方の人生は、そのまま言葉に表れるのですね。

DBS手術その2  2007・2・13
昨日のヨーガ教室でお会いしたが、途中から薬が効いてきたそうで、効いている内にということで、迎えの車に乗って一足先に帰られた。
基底核変性症の方の変化に話題が集中したが、もう一人手術を受けておられる方がある。主治医を聞いてみると同じだったが、電極の調整に手術を行った大学病院まで通っておられるということ、通院にはチョット遠い距離である。
先日電極の調整に立ち会ったが、業者が来て測定し、測定結果を医師に伝え指示を仰ぐという内容だが、必ずしも執刀医でなければいけないという内容でもなさそうに思った。問題は神経内科医との連携である。

DBSの調子が悪いときには行く必要があると思うが、その時には薬の調整も併せて行っていただいた方が良いようである。薬はこちらで貰っているからと断わっておられる。
決して調子は良くなく、転倒し易い方なのであるが、階段だけは大丈夫・・・ということで、一人2階でもがいておられたので少し手助けをした。

妻によれば、手術から1年経過しているが一向に改善は見られない。ということだが、ON−OFFもそれほど顕著ではない。何時も不安定な状況で、バランス感覚が非常に悪いようである。業者も全国ネットで動いているから神経内科医・脳神経外科医をセットで受診した方が良いようにも思うが、そこは患者側の「選択の自由」なのであろう。

何れまた何かのアドバイスをする機会もあると思う。

多系統萎縮症  2007・2・8
昨日のパーキンソン病友の会砺波支部例会に2名の多系統萎縮症の方が参加しておられた。10万人に数人という難病であるが、診断された主治医も同じである。
一人は住宅改修のとき理由書を書いているので、難病情報センターの情報はお伝えしてある。そこでもう一人にも情報をお伝えする約束をした。

難病ネットワークとやまでは、状態に応じた対応と残された余命を精一杯に生きていただくためにも、病気を正しく知っていただこうと、告知の問題もテーマにしている。某市の居宅介護支援事業者連絡協議会が開催しているALS相談会から発展して、患者会設立の動きも出てきている。患者同士が支え合う、その力を支援している。

県友の会の行事に参加しておられれば名簿はあるのだが、名簿に見当たらなかったので電話で問い合わせをしたら、メールで住所を送っていただけた。折り返し電話もいただき、薬に関して意見調整をする。
昨日は立ち話しだったので、情報提供がてら訪問した。
ケアプランの内容もお話いただき、非常に良い対応がなされている。ここにお任せしておけば大丈夫、問題が出てくれば連絡をいただく事にした。

ただ、現在主治医が変わっていることもあり、両方掛かっておられるようなので、どちらかに絞られたほうが良いとはアドバイスをしてきた。患者の「選択の自由」である。
投薬内容はパーキンソン病とほぼ同じだが、効くとは保障出来ない薬でもあるので、幻覚等副作用が出るようなら主治医と相談して薬を飲まない方法もあること伝える。
この例は先日、大脳皮質基底核変性症の方にも言えるのだが、幻覚が出てきているようなので、主治医に伝えていただく事にしてある。

明日は大学病院受診に付き添うが、神経内科医とのつながりがここに来て急に増えてきている。

思い違い・・・。  2007・2・7
今日課長から電話がかかった。月曜日に話した内容は思い違いだった・・・と。
そこで今月開催する「地域包括支援センター運営協議会」で意見を述べていただけないか???という打診である。運営協議会のメンバーは知らないが、然るべき方々がお集まりになることだと思う。その場で「選択の自由を保障する」主張を行なう権利を得た。

話を元のルートに戻す(市政への提言)話を進めていたが、このルートからのアクションなのか、民間結集へのアクションなのかは判らないが、とにかく正規のテーブルに付けるということである。
答えは「了解」である。

同時進行になるが、先ずは根固めということで、同じ悩みを抱える民間法人の経営者に会う話を進めている。これはこのまま進めて行く事にしたが、法人格は同じでも対応が違うところが気にかかる。是非実態をお聞きしたいものである。
そのような方々と連携を保ちながら、行政とは「公正な行政情報の取り扱い」を会議テーブルに載せることが出来た。天下り管理者に地域福祉の要の役割を担っていただきたいことまでは伝える。

行政主導と言われながらも、今回は主導権をいただいたと思っている。
沢山の資料を準備するのも経費と手間がかかるので、運営協議会資料は「介護支援専門員」の分冊コピーで良いと思っている。

http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm

聞き違い・・・  2007・2・8
どうも聞き違いだったようである。
でも何故電話をいただいたのか判らない。
意思決定の方法までは、問うていない。

偶然・・・。  2007・2・6
冊子を届けるとお伝えしていた最後の施設を訪問した時、一緒に施設に入った初老の男性から声をかけられた。「〇〇です・・・」そういえばそういう顔だが、もう1年半以上もお逢いしていないので、顔を見ただけでは判らなかった。向こうが判ったのだから特徴があるのだと思う。悪いが男性の顔はすぐに忘れる。魅力的な女性なら永遠に忘れないのかもしれない・・・余計なことだが・・・。

実はこの男性に取材の依頼をしている。某紙から問い合わせがあったので、適切な方として紹介している。その時に電話で話をしているのだが、顔は見えない。
冗談はさておいて、近隣市町村ともつながりを持っているが「〇〇は可笑しいね・・・。」という話になった。
その前に、笑点ではないけど・・・とお題を貰って書いた別刷「介護支援専門員」を渡していたが、市との折衝の内容もお話した。やはり可笑しい。

広いようで狭い交流関係を持っているが、お逢いする方は皆様そう言われる。「〇〇は可笑しいね・・・」と。
何が可笑しいかと言えば、ソーシャルワーカーがいないことである。いない訳ではないが、使い切れていない現状がある。可笑しいことには賛同した。

実は県の代表ともつながりがあるので「〇〇さん、ご活躍でしょうか???」と聞いてみた。そちらは大丈夫のようである。
可笑しな方と可笑しな会談を施設の玄関で大声でしても良い施設は、オープンなのかもしれない。今日の新聞に何か報道されているようだが、最近新聞を斜め読みしかしなくなった私には見つけることが出来なかった。

その代わりに見つけたのが某氏の訃報である。
随分お世話になり、教えていただいた方の訃報である。もう80歳を超えておられた。私に専門資格を与えていただけた方である。

反訳書  2007・2・5
録音テープから聞き取り、そのまま文章にしたものを「反訳書」と言う。裁判でも正式な証拠として取り上げていただける。ただし、録音状態が鮮明でなければ争点になる。

今日、部次長と課長に原稿の冊子を届け懇談を持ったが、その内容は録音しなかった。後で考えれば録音しておいても良い内容であった。
次長は涙目になられたのでそれ以上は追求しなかったが、課長は「何を回答すれば良いのか・・・」と言う姿勢をとられた。公正取引委員会が指摘しているなら・厚生労働省がマニュアル書いているなら何故指示が来ないのか・・・という姿勢であった。
その内容は法改正で、情報公開制度に現れていることを伝えてきた。
そして、高齢者はインターネットを使えませんから、ケアマネジャーがサービスを選択出来るように支援しなければいけませんが、先ず、介護保険の入り口の「ケアマネジャーを選ぶことの出来る行政施索を考えて下さい。」と要望してきました。

同席した「協業組合設立準備会」メンバーと意見交換の結果、一度は行政ルート(市政への提言)に戻そうということで、仲介者にその旨伝えました。明日、次長と話をして、仲介者の判断で元のルートに戻すかどうか相談していただくことになりました。
元々担当課と話をしても仕方ないことと判断していましたが、「先ずは担当課と話をしていただきたい」ということだったので、約3ヶ月前プレゼンテーションを行ないましたが、この経過も、今後重要になってくると思います。とにかく、相棒も苛立つ位のんびりと事を運んでいます。録音しなかった理由はここに有るのかも知れませんね。

民間ケアマネで仲間にしたい方には根回しをしてありますし、法人代表にもアタックする準備が出来ています。
行政の自浄力を期待しながら、次の次の段階まで戦略を練っています。
投稿文の中で公の文書以外に引用してある文がありますが、実は大変な方が発せられた言葉であり、専門誌を読まれて一番驚いておられるものと思います。少し悪戯をしました。これが日本の介護・福祉の現状なのでしょうか?

Re: 反訳書  2007・2・6
friezyar さん、お久しぶりです(こちらでは)。

私は○○氏のいるT市でケアマネとして彼に無言の戦いを挑むつもりでいましたが、ばかばかしくなりました。

別冊を送ってから・・・これもと思い、昨日コピーを郵送しました。
悪戯の内容は信頼の置ける方には伝えています。

筋書きのないドラマ  2007・2・4
青年活動家のブログから標題の言葉を見つけた。

【ドラマの主人公は
   ”あなた”
 悲劇のヒロインばかり
  イメージしてたら
   そうなる
   大金持ちに
なりたかったらなれる
   まずは
 『なりたい自分』を
 イメージしてみよう】


そして
【私たちはなりたい自分になれる無限の可能性がある】
と締めくくられています。
私は現在この「無限の可能性」に挑戦しているのかもしれない。
無限の可能性を秘めたわが子の青春に賛歌を贈ることが出来なかった残念さは残りますが、長〜〜〜いスパンで考えれば、これも人生賛歌なのかもしれない。

そして、ブログは
【生きてる存在 生きていてくれる存在が 大切なんです】
と総括がなされています。

この様な考え方を持つ皆様に囲まれて仕事が出来る事に喜びを感じています。
安心して老いることが出来るのかもしれませんが、私の仕事はもう少し残っています。完全な形にしてからお渡ししますが、それは介護保険の現状の浄化であり、「選択の自由」が保障された介護保険行政の姿勢です。
天下り人事の問題もありますが、介護保険を建設の二の舞にしてはいけませんね。

冊子が届いた・・・。  2007・2・4
メディカルレビュー社「介護支援専門員」1月号が届いたのは1月13日、発行と同時に送っていただいた。
寄稿者には冊子30冊が届けられることになっていたので、市へ「選択の自由を保障する」プレゼンテーションの結果を聞きに行くときには冊子を持参しようと思い、届くのを待っていた。30冊であるから小包が届くものとばかり思っていた。が・・・しかし・・・。

昨日昼ごろ郵便物が届いた。出版社からの封書もあったので「何だろう???」と開いてみて・・・。寄稿原稿分の冊子30冊である。
これなら大方コピーを届けているし、市へ行くのも3週間も待たなくても良かったわけである。まぁ、冊子が届いたら届けると言ってコピーをお渡しした方とは大笑いの材料にしても良いかとも思う。

世間知らずと言うか、出版社から原稿依頼があったのは初めてのことであるので、後程のお笑いの材料にしても良い内容である。
早速相方に連絡を取り、明5日、11時に市役所ホールでお会いすることにした。答えを如何出していただけるのかは大きな問題ではない。次の行動に関しても考えてある。

先ず話のルートとして「市政への提言」ということで、人を介して窓口の経営企画課長に話が通っている。介護・福祉の問題なので福祉保健部へ私が何か言いたいことがあると言っているので、先ずは担当部・課で話を聞いて欲しいと。次長の調整で、高齢介護課長も加えてのプレゼンテーションになったわけだが、そろそろ3ヶ月になるが、その間何も言って来られない。
経過の中で「介護支援専門員」がそのキッカケになることは予測していたが、原稿は渡してあるから内容はご存知である。

「糠に釘」とはこのことなのか?方向性としては2つを考えている。
元々この原稿は、私が何かを言っているのではなく、公正取引委員会や厚生労働省が言っている言葉を繋げただけの話である。
ただ、一点引用させていただいた某氏の言葉は日本の介護保険の現状を表している言葉であり、重要な方の言葉でもある。少し悪戯をしたというのはこの内容である。

ということで、思い違い・勘違いで約3週間行動が停滞したが、「急いては事を仕損じる」という言葉もあるから、流れに乗った動きをしていきたいと思っている。

節分  2007・2・3
誰が言い出したことかは判らないが、数年前から我が家では「節分の日に北西の方向を向いて、家族全員で太巻寿司を食べる」ことが始まっている。「幸せを呼ぶ」そうである。

毎年のことだが忘れているので長女も次女も揃った意味が判らなかった。
午後、巻寿司の製作が始まった。
夕食時に気が付いたのであるが、次女は家に帰って旦那とやっているのかも知れない。寿司は持って帰った。

各地に色々な風習があるだろうが、こちらでも色々なところで豆まきが行なわれている。国宝の寺の風景がTV放映されていたが、枡形の容器に入れられた豆が撒かれていた。過っては撒かれた豆を参拝者が拾ったのであろうが時代は変わったものである。そう言えば特養時代には、袋入りの豆が撒かれていた。

その節分に一通の文書を下書きした。
月曜日に市の担当部・課を訪ねるが、専門誌の冊子が届いた。
00部届けると言われるから、冊子が届くものと思っていた。
・・・がしかし、届いたのは別刷り冊子30部であった。

ケアマネジャーの立場  2007・2・3
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/zaitakukaigosiennsennta-.htm

介護保険法が施行される前に、私がHPを公開する前に、記録誌を発行したことがある。この記録誌がHPのベースになっているのだが、在宅介護支援センターが何時までも在宅介護支援センターであって欲しいという想いを込めて書いている。

行政ピラミッド(△)の底辺の組織ではあるが、市民のかかえる問題を底辺で支える(▽)役割がソーシャルワーカーであると書いている。老人福祉法第20条7の2 老人介護支援センター機能を持つセンターであるから、自らその位置付けをしていたということである。

在宅介護支援センターはケアマネジメント機関でもある(あった)。ケアマネジメントには「独立性・中立性」が求められるが、同じ相談業務を行うケアマネジャーに対しても「独立性・中立性」の姿勢が求められる。
「独立性」とは所属機関に対する「独立性」であり『給料を何処からもらっている・・・』という話になればその時点で「独立性」を確保しなければいけない。独立しなくても「独立性」を確保することは出来る。『給料を・・・』と言う管理者に「独立性」の意味をご理解いただければ良い話である。

次に「中立性」に関しては、対象者(本人)を取り巻く社会資源に対する「中立性」と理解している。
本人・家族親族・近隣・友人・・・など等、フォーマル・インフォーマルな社会資源に対しての中立性である。
本人・家族・サービスであれば(△)その核になれば良いし、社会資源の数だけ画数は増えるが、その何れに対しても「中立性」を保っていけば良いことになる。(図解出来ないのが残念だが・・・)

居宅介護支援事業所をサービスに併設させた理由の一つにサービス量の確保があったそうであるが、例え併設のサービスに対しても「中立性」を保つ必要がある。それがケアマネジャーのおかれた立場である。
「中立性」を確保できないケアマネジメントはケアマネジメントとは言わない。サービス計画書を作るだけで充分であると思う。
昨年の法改正で「独立性・中立性の確保」も一つの柱になっていたが、減算項目にその内容は入っているが、次回まで先送りされたようにも感じている。

私が日々お付き合いしているサービス機関の職員には「独立性」「中立性」とは何かを身をもって感じていただいているものと思う。例えば、重度と軽度の認知症老夫婦があるが、時として軽度の妻の立場でプランを書くこともある。

突然ですが・・・  2007・2・2
今年の全国高校スキー大会は富山県で開催される予定でしたが、一時開催が危ぶまれていました。県内の高校生やボランテイアがジャンプ台に雪を運び込んだりしてコースを作っていましたが、昨日来の雪で何とか開催することが出来るようです。

地元選手は昨日、コースを確かめるように最後の調整をしましたが、今のところ大丈夫のようです。
しかし、この雪も今日の日中までということで長続きはしません。

今日は開会式だけで明日から競技が始まりますが、無事成功してもらいたいものだと思います。
クロスカントリーコースは、世界遺産でもある合掌村の近くのスキー場ですので、観光も兼ねて楽しんでいっていただきたいと思います。

山奥の集落はあちこちに残っていますが、雪深い山地での生活はさぞかし大変だったのでしょうね。全くの自給自足だったものと思います。
ぶり街道と呼ばれる現在の国道41号線は塩ぶりを飛騨地方に運んだ道だと言われますが、その途中にもスキー場があり、シーズンが終わった3月末のサービス期間に行ってきたことがあります。朝方新雪が積もって良かったのですが、10時頃になると雪質がかなり悪くなりました。

大会期間中の雪質が心配なところです。本来なら1年を通じて一番寒い時期なのですが・・・。

このページについて、ご意見、ご感想などEメールをいただければ幸いです

ヨガ・リハビリジムにフル参加  2007・1・31
パーキンソン病友の会高岡支部では月・水・金曜日の午前ヨガ教室・リハビリジムを定例的に開催しておられる。
今日午前中時間が空いたので不調を訴えておられるTさんに電話すると、行く予定だと言われる。「車で???」「Nさんが迎えに来てくれる・・・」「それじゃ先に行っているね」ということでジムへ向った。
途中参加は時々あるが、最初から最後までの参加は始めてである。

パーキンソン病の皆様は階段は得意である。この点が不思議なところでもあるが、平地で足が出なくても階段の昇り降りは何故かスムーズであり、安定している。しかし手すりだけは必要である。
Tさんも無事到着、Nさんの指導でリハビリ体操が始まった。しばらくしてから階段の断熱マットを押し上げてMさんの登場である。一番危険な方であるが、妻の介助は無い。2階へ上がるなり、どてっ・・・と転倒である。
今日は8名の男性が集まったが、約1時間半、かなりキツイ運動をしておられる。
Tさんは途中で薬が切れて、自分では体操が出来なくなったが、補助がついて主に柔軟体操が始まった。そして帰りの時間に合わせるように少し早いが服薬をされる。

ジムが終了して、階段を下りてからがまた大変である。先頭が囲炉裏まで届かなかったので、途中のストーブの周りで円座になった。ほんの数メートルなのだが、一番体調の悪い方に行動を合わせる。これが患者会の良い所なのかもしれない。そこで始まったのが病状の論議である。
ON−OFFがはっきりしているDBS手術を受けている方以外でパーキンソン病と言い切れる方は少ない。症候群の方が多いようにも思う。

先日主治医に別の目的で大学病院に紹介状を書いていただいたケースがある。診察の結果「大脳皮質基底核変性症」の病名をいただいたが、主治医は「そのような見方もありますね・・・」と。症候群に類する超難病でもある。その他に多系統萎縮症という難病の方もある。
紹介したり、されたりで、約2割は患者団体の関係であるが、まだまだ増えそうな感じでもある。

そうこうしている所へ事務局から電話がかかり、「ALS研修会は?健康ランドは?・・・」「法事と月末の平日はだめ・・・10日の相談会だけは行くよ・・・」と。予定がなかなか合わない。出来る限り協力したいとも思っているので、直前になって予定変更もあると思う。

Tさんを帰りに送って行く事になったが、団欒の途中で薬が効き始めた。薬が効けばただの人である。もう歩行器は必要ないので歩行器片手に車へ向われる。家に帰っても、歩行器を持って玄関の鍵を開けておられる。リハビリ体操で薬の回りが良かったのであろうか?2月8日・9日の神経内科・脳神経外科の受診で調整が上手くいけば良いのだが・・・脳神経外科へは同行する事にしてある。

そういう訳で、何かと忙しい年の滑り出しであった。

郵便局が何故・・・  2007・1・30
嫁いだ次女を訪ねて郵便局だと名乗って調査に来た。
たまたま孫を連れて遊びに来ていたから「エ???」と言いながらも対応していた。内容が良くわからないということで確認に来ている間に車が無くなったと言う。何処から個人情報が流れたのか、ここへ郵便局が来る自体が不自然である。

居なくなったということなので郵便局に電話して確認しようかと言っていた矢先、再度の訪問があった。日中は閑散とした住宅地であるが、夕方は交通量(?)も多い。車を置きに行っていたそうである。
問題点は、何故旧姓の次女を訪ねてきたかということである。
話はこうである。

次女の友人が年末年始にかけて住所が変わった。郵便物の転送届けを出していたが、年賀状が届かなかった。そこで苦情の申し入れをして、来るはずの郵便物リストを提出して、郵便局が調査をしている・・・という内容である。
一時アルバイトが郵便物を不法投棄したこともあった。その種の犯罪を内部調査しているということらしい。

この訪問が職業柄気になった。
スタンプラリーは現状を風刺する言葉だが、サービスを依頼している事業所のカウンターに利用票が置いてあった。
「これ何???」と聞くと「持って来るんですよ・・・ハンコ貰っといて・・・」と。自社サービスでも当然行なっているであろう、通所時の持参書類にスタンプの依頼もあるわけである。スタンプラリーさえ出来ないケアマネ。「御用も聞けないケアマネ・・・」という言葉もあったが、法改正後の現状は如何なものだろうか???

郵便局も民営化を目の前に真剣である。保険者・市町村行政が民営化の話題に乗らないように頑張っていただきたいものである。「行政ライン」と言った方が良いのかも知れない。

民間介護保険構想をお持ちの方も複数知っているが、現状のまま推移すれば出て来ない話でもないのかもしれない。
民間が英知を振り絞っていることは事実である。

明朝関連投稿をします。

ベクトルで見るケアマネジメント  2007・1・28
ベクトルにヒントを得て、ケアマネジメントの方向性をベクトル図に表してみた。
〔↑〕縦列はケアマネジメントの方向性であり、法改正時に示された【独立性・中立性の確保】である。これは変わることが無いであろう。
〔→〕横列は今回示された加算・減算の中に読み取ることが出来る。
@初回加算の創設
A特定事業所加算の創設
B特定事業所集中減算の創設
C運営基準減算の見直し
である。
某社会福祉協議会が事業所を三分割してAの適用を受けようとして批判を買った例もあるが、主旨は独立性・中立性の高い事業所に加算しようというものである。

厚生労働省の審議会委員等を務められる方から、先に独立・中立型介護支援専門員全国協議会・全国会議にご提言いただいた内容の一部であるが、
【よりよい介護保険制度への提言】
・問題事項
居宅介護支援は中立公平である必要があるが、現状はそうではない。事業所の意向が大きく働き利用者の選択の幅を狭めている
・提言
法人が少しずつ負担し合って事業者組合を設立したり、在宅介護支援センターをより法人から独立させてはどうだろうか。また、行政はそれを支援してはどうか。


という内容がある。
ここで言われている「事業者組合」を居宅介護支援事業所に特定して協業できる「協業組合」構想として「独立化の勧め」を全国発信した。
現時点ではオーナーケアマネに照準を合わせているが、2ヶ月余り前に市担当部・課とのプレゼンテーションのお答え次第では、同じ悩みを抱える民間居宅にも枠を拡げる準備はある。「介護支援専門員」投稿原稿の内容でのプレゼンテーションだったので、掲載誌が届いたら持参してお答えを聞こうと思っている・・・が、まだ届かない。

これが私の〔→〕横列のベクトルであるが、これに法改正で加担していただけるかもしれない。予想しておかなければいけないのは減算項目の増加であリ、方向性としては【独立性・中立性の確保】である。

Re: ベクトルで見るケアマネジメント  2007・1・29
ベクトルは固定したものではない。効果的な部分に働きかければそのベクトルは大きく変わっていく。その働きかけを如何にして行くのかということが問題なのだと思う。
問題点を指摘してベクトルが正常に動き出せば良いし、動き出さなければ働きかける必要もある。
即ち、「ベクトルは直線では無い・・・」ということである。時系的にベクトルを描いていくことが正しいベクトルだと思う。
そういう中に、資料の改竄があっては困るので、資料だけは正確に出していただきたいと思う。

このベクトル・・・作ってみますか???
予測ですが、法改正で45度・・・現在は下降線をたどっているのかもしれませんね。

Re: ベクトルで見るケアマネジメント  2007・1・30
どうして居宅介護支援事業所(又は支援センター)は
市町村から事務処理を受託して
ケアプランの自己作成支援をしていないのですか?


本来なら自己作成が可能な方には支援をするべきなのでしょうが、自己作成を一番嫌がるのは行政自身なのですよね。
まだ自己作成の相談はありませんが、「会議室」のガラス看板には貼り付けています。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kannbann.htm

子供の世界  2007・1・27
今日次女が帰って来るという連絡網で長女も帰って来た。
音に反応するということで、隣室には標題のオルゴールのメロディーが流れている。何十年も前ではない、ほんの十数年前までは好んでディズーにランドへ出かけた家族が揃った。

一番最後のディズーにランド・オールナイトに出かけたのは13年前で、帰りのバスのコースに浅草観音初詣が組み込まれていた。そこで富くじを買ったが「凶」の判定をいただいた。その結果が5年余り前に、過去の実践を基に作ったHP『高岡発・介護問題研究会議』ということになる。
昨日の飲み会で「・・・さんからは、HP開設のお祝いメールをいただきましたね・・・」というお話をしたら、今日早速「個別援助計画」を送っていただいた。日付には触れないが、計画を立ててサービス提供を行っていただいている。

今、全国に向って問題点の原点を発信しているが、キッカケがあったならではのこと、温室育ちではこのような発信も出来ないのかもしれない。

オルゴールがなり続いている。「子供の世界」を愛する子供に育てていって欲しい。
初めてディズーにランドへ行った時に、一番喜んだのは私なのかもしれない。
「子供の世界」を大切にしたいものである。

地域ネットワーク  2007・1・27
昨日の飲み会の席順はクジだったが、受付けを済ませ席についたと同時にご丁寧な挨拶をいただいた。「介護支援専門員読みました。何時も言われていることと同じことが書いてありました・・・」HPの読者でもあるようだった。
そして、次から次へと面白いメンバーが集まった。尤も如何なる組み合わせになったにしろ、その場の雰囲気で話は弾むのだが、そのメンバーでは十数年間タイムスリップした内容になってしまった。

措置時代ではあるが、特養→療養型病床・療養型病床→老健・老健→特養という移動を行ったことがあるが、措置担当者からは「前例にしないで下さいね・・・」と・・・。この相談が縁で地域に出てからも随分お世話になったことがある方や保健センターの地区担当だった方、HPを公開した案内を出した時にメールで返信していただけた方、元同僚等など・・・。
そこで話題になったのが地域で如何なるネットワークを作っていくかということであった。

当時、在宅サービス担当者会議が定例的に開催されていたが、現在は地域ケア会議という形で残っているのであろうか?開催されたと聞いたことはない。地域で地域ケア会議を開いてはじめて多職種の協働が生まれるものと思われる。
サービス担当者会議に検討ケースを提出したことがあるが、生保の関係もあったので生保担当者にも来ていただけていた。
会議後に設定してあった家族会議で会議内容を伝えているところへ電話がかかり、その日の内に対応が決まったこともあった。
この在宅サービス担当者会議を地域で行なってこそ地域の専門職のネットワークが構築されていくものと思われる。

そして県居宅の理事会は来週開催されるということで、個人加盟の職能団体に移り変わって行く事になるが、市の組織組み換えに関しても協力していくことをお約束する。
来年度は組織や会議の組み換えがかなり必要になってくるものと予測しているので、こちらの方でも本来の姿に向って提言の機会が多くなるように思う。

事業所に配布・・・。2007・1・26
メディカルレビュー社「介護支援専門員」2007・1月号掲載文
居宅介護支援事業所の立場から 
             地域包括支援センターに期待すること
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm
のコピーを日頃お付き合いのある事業所へ提供票と一緒に配布しました。

掲載誌がまだ届かないので、予定している方々にはまだ届けることが出来ませんが、何人かお逢いした方には「届いたら持って行くから・・・」とコピーを渡しておきました。

今日は市居宅介護支援専門員連絡協議会・介護支援専門員部会の新年会ですが、多分密かな話題になるのでしょうね。「今日行かれますか???」と何人かのメンバーも確認出来ました。
投稿文の内容に少し悪戯をしましたが、悪戯の内容は後日お知らせすることとして、これも密かなブームになりそうです。一番びっくりしておられるのはご本人なのかもしれません。

さてさて、お酒を飲んでどんな話が飛び出すやら・・・。手順に従って押さえるところは押さえてありますので、後は流れに乗るだけ、その選択肢も当然予測してあります。
先ずは高岡から、介護保険法運用の適正化に向けてスタートを切っています。

少し過激なお勧め・・・。  2007・1・23
友人からメールを頂いたが、少し過激なことが書いてあった・・・。

メールには、推測だが団塊の世代であろう某ジャーナリストのブログのアドレスが貼り付けてあったが、介護保険の実情はあまりご存知ないようでもある。この方に情報として、介護保険の現状の問題点を投稿しろ・・・ということらしい。ウ・・・ンである。しかしマスコミに載せるには最適な方法かもしれない。経済誌にもかなりの投稿をされているので効果的かもしれない。日本の介護を変える適任者なのかもしれない。

私も週刊ダイヤモンドでは2回記事を書いていただいている。2回目が先日紹介した公正取引委員会の調査報告書
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.march/02031301.pdf
である。
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.november/021120.pdf
同年の「研究会報告書」も合わせ、メディカルレビュー社「介護支援専門員」1月号の投稿原稿を書いた訳だが、この中で私は私論を述べていない。公的な文書をつなげたそのコメントを書いただけである。

面白そうな企画でもあるので、メールアドレスも公開されていたので、メールでお知らせしようかと思う。
文章を書いた方が良いのか、アドレスを貼り付けた方が良いのか・・・。
思いつかない発想なので、一晩寝てから如何するか考えてみることにする。

Re: 少し過激なお..  2007・1・24
fp_pf さん、お久しぶりです。

ジャーナリストのブログをきっかけとしたマスコミ活用も方法と思いますが、
現代日本人にジャーナリストと芸能人の区別がつくのでしょうか…


ご指摘の通りかもしれませんね。

fp_pf さんの目に止まっているかどうか判りませんのでアドレスを貼り付けますが
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2kaigosiennsennmonninntoukougennou.htm

専門紙原稿ではありますが、市民のほうが良く判る内容だということです。多くの関係者は判ろうとしないのかもしれません。
すなわち、介護・福祉以前の問題・人間の常識の問題だということだと思います。
この構造の問題に目をつけている教育機関もありますが、「さまざな参加者が互いに平等性を保ちながら、最適なケアを提供する医療・介護のネットワークについての理論を発見・・・」ということでネットワークの観点から見ておられます。
ネットワークの重要性が謳われているのはこういう理由からなのですね。

公正取引委員会から指摘されても常識を取り戻せない介護の現場は何なんでしょうね。

Re: 少し過激なお..  2007・1・25
fp_pf さん
福祉:総合相談(高齢者よろず相談)は地域包括支援センター(社会福祉士・社会福祉主事)
保健:予防事業は保健センター(保健師・看護師)
介護:介護事業は居宅介護支援事業所(主任ケアマネ・ケアマネ) 


この形が将来の姿かと思います。
現在地域包括支援センター保健師が予防プランを担当していますが、保健事業へ移行される可能性が非常に高いと思います。
地域包括支援センター構想が出たときに課長と「市にも持ち駒はありますよ・・・」「保健センターか・・・」という会話がありました。
そして、小規模多機能型におけるケアマネジメント報酬はサービスに包括されてしまいましたね。

これが3つの相談機関・ケアマネジメント機関の姿を現しているのではないでしょうか?「独立性・中立性の確保」のため、独立化を進める必要性を感じています。

二つのネットワーク  2007・1・23
ネットワークは人と人とのつながりでもある。
一つのネットワークが終焉を迎えたが、私はその内容は知らない。
HPを公開したのが2001年秋だからもう5年余り経過した。インターネットを通じての人脈も拡がりつつあるが、仕事に結びつくネットワークもある。インターネットを通じての人脈である。

今月はスタンプラリーも順調に進んでいるが、月の後半に時間を作りたいので少し急いでいる。週末までに提供票も配り終えたいものである。
そういう中で昨日ある方の訃報を知らされた。相手は以外にも妻である。もう忘れたかと思っていたのだが、しっかりと覚えていたようである。以外と言えば以外であった。

HPでは過去の実践を中心に、現状に合わせた内容をお伝えしてきたのであるが、その内容が教育機関にも伝わっていた。今後進むべきネットワークの方向性なのであるが、その内容を10数年前に取り組んでいたのである。それはソーシャルワーカーとしての取り組みではあるが、ケアマネジメントもソーシャルワークの一部であるから、基本理念は通じるものがある。これだけ多くのケアマネジャーが誕生しているのであるから、理念さえ持ち合わせれば明日にでも実現する内容である。ケアプラン文章がどうかということではない。どのように支援を行っていくのかという方向性が見えれば良い。その方向性を1つにまとめる原稿がケアプラン文書である。

ネットワークを如何に作っていくかということもソーシャルワークの一部であるから、ケアマネジャーが理念さえ身につければその内容は色々に変化していくものと思われる。その一つの方向性を作ろうというのであるから先ずは理念作りから始まるのかもしれない。しかし反面常識で考えれば判る内容でもある。立場をしっかりと捉えれば良いことである。

方向さえ間違わなければ何らかのネットワークは出来ていたであろう。今日からその作業が始まるのかもしれない。

P病友の会クラブでも・・・。  2007・1・20
DBS電極手術を受けておられる方だが、昨年末の調整のための入院をしてから極端に薬効効果が落ちてしまった。
友の会支部で行なっているヨガ教室・リハビリジムには通えなくなってしまった。そこで主治医が診察日を持ちリハビリ通院していた法人のデイケアに通っていただく事にした。今日は主治医から意見をいただくために診察に同行した。

現在、薬を半分にして回数を倍にして飲んでおられるが、その事に意見を求めてもらった。「良いですよ・・・」ということではあったが、受診時全く体が動いていなかった。
パーキンソン病の薬には大きく分けて2種類ある。長時間効くものと短時間しか効かないものの組み合わせで調整を図っておられる。家に帰って半分の内容を吟味してみた。手術時の処方箋が出てきたので照らし合わせると、2分割で飲んではいけない薬があった。半分にした薬を一つに戻して、あとは試していただく事にした。

2月上旬に神経内科と脳外科の受診が続いている。順序が逆だと思うが、それに合わせて今度は脳外科の医師にお逢いする事にしている。ここでMSWの役割が出てくるので、当日地域連携室にも顔を出す事にしてある。メール等を活用すれば、在宅に居ながら状態を細かく情報交換出来ることになる。生活状況をも両医師に伝えていただきたい。
通常はやらない業務かもしれないが、専門職のネットワークとはこのような事も出来る。その記録は本人が取っておられる。

クラブの話だが、動かない時の送迎方法を伝えに行ったら友の会会員にお逢いした。「会員みんなここに集めて・・・」という話もあった。
「本当に良くやるね・・・」とはその方が初めて明かされた感想である。ケアマネ交替は出来ない方でもある。
「選択の自由を保障する」に関しては、ノーコメントの方でもある。

Re: ケアマネを目指そうと  2007・1・19
tabu113 さん、はじめまして

利用者にとって利益のあるケアマネが増えますように願っています。

「選択の自由を保障する」ケアマネさんが増えれば良いですね。
教育機関にもこの理念を伝えることが出来そうな背景が芽生えました。

昨日のケアマネ相談会はマップ作り  2007・1・19
行政主導ですが、昨年までのケアマネ相談会が2地域包括支援センターを核とした勉強会に改組されています。そこで担当地域のマップ作りが始まりました。主に高齢者が利用出来る社会資源を地図に色分けするのですが、その趣旨が充分に発揮されていません。「何のために・・・」ということですね。

縦列のネットワーク・横列のネットワークに関しては「介護支援専門員」にも書きましたが、ケアマネのネットワークは横列のネットワークです。そういう意味で言えばサービス機関は縦列ですね。
もう少し砕いた表現をすると、縦列のネットワークは目に見えますが、横列のネットワークは目には見えません。機関ネットワークと人的ネットワークと表現したほうが判りやすいのでしょうか?

この二つのネットワークを機能させるのが地域の拠点施設、地域包括支援センターですね。ケアマネを相手に縦列のネットワークの話をするよりも横列のネットワークを拡げていったほうが良いようにも思います。
地域で地域包括支援センターが開く会合は、ケアマネ相談会ではなく、地域のネットワーク会議、地域ケア会議だと思うのですが・・・。

夜はMSW協会支部勉強会で、療養型病床の実態を教えていただきました。こちらも大きな問題をかかえています。

教育機関に興味を持っていただけました。  2007・1・19
今朝、某教育機関社会福祉学科教員の方から一通のメールをいただきました。別の教育機関と「さまざな参加者が互いに平等性を保ちながら、最適なケアを提供する医療・介護のネットワークについて」研究を始めておられるということです。

研究対象は都道府県や市町村の実践ですが、「われわれの求めているものに大変近い理念に基づいて活動を・・・」ということで、ネットワークに関する理念の交換をさせていただけることになりそうです。

私の返信は、行政の持つ個人情報の公正な取り扱いとそれが出来ていない現状を「協業組合」という組織にのせて、消費者(市民)に「選択の自由を保障する」観点から、商工会議所・中小企業組合連合会・公正取引委員会の協力を得て本来の姿、地域ネットワークが張巡らされた、医療・福祉のシステム作りのお役に立てないかと考えていることなどをお知らせいたしました。

「千の風になって」  2007・1・18
http://www.excite.co.jp/News/entertainment/20070116080505/Sanspo_EN_120070116008.html

『大みそかのNHK「紅白歌合戦」に出場したテノール歌手、秋川雅史(39)の「千の風になって」が22日付のオリコンシングルチャートで1位となることが15日、分かった。紅白で歌った後に売り上げ急上昇。クラシック系アーティストの首位獲得は史上初の快挙だ。』

実はこの歌、昨年11月に難病団体から誘われて男性コーラスの音楽会で聞いたのですが、密かに口ずさむまでになっていました。良いものは多くの方に好まれるのですね。

限られた世界ではなく、良い悪いの判断をするのは市民だと思います。
そろそろ爆弾が届かないかと、午前中は待機です。

今真剣に・・「介護支援専門員」・・感想  2007・1・17
『民主主義と資本主義、その中に真心の福祉や介護は存在出来るのであろうか?でも措置の時代は終わり、選択の時代にはなった。どの時代にも真心の福祉はあったはず。福祉を育てる真心、真心を育てる福祉。どこの世界でも通用しそうな概念のような気がします。損得でいえば真心を通せば損が多いかもしれない。でも虚実の中で生きるより私なら辛くても真心の中で生きていきたいと思います。』

BCCメールで原稿をご案内しましたら、市民の方を中心に数多くの返信をいただきました。その内の1通をご紹介いたしましたが、介護保険の現状を心配しておられる市民の方は多いものです。

昨日テレビで70歳台の3人の著名なご婦人が対談しておられましたが、司会は団塊の世代の亥年生まれの男性でした。そこで出てきた話が「女性と話できる男性でなくてはダメですよ・・・」というものです。ここで言う話は仕事の話ではありません。

介護・福祉は女性中心の世界ですが・・・男性の皆様、大丈夫でしょうか?
過っては年上の女性が中心でしたが、最近は若い方も大丈夫のようです。

待つ福祉から発見する福祉へ  2007・1・15
標題は私が文章を手書きしていた頃から使っている言葉なので、かなり歴史は古い。言葉の不一致だが時として「発見できる福祉」と書いていることもある。「こうすれば出来るよ・・・」という意味もあったのかもしれない。
検索で一つだけ混ざってくるのは、「待つ福祉」から「発見する福祉(アウトリーチ)」と「 」で区切った平成15年3月に発表された東京都高齢者保健福祉計画第4章第2節であるが、私の在宅介護支援センターソーシャルワーカーの実践の全てがこの言葉に収められているのかもしれない。

HP『高岡発・介護問題研究会議』の原点である手作り冊子からその全文ご紹介いたします。文章を手書きしていた頃の文章です。

『在宅介護支援センターが介護保険実施後も在宅介護支援センターである為に』
在宅介護支援センターは言うまでもなく、行政からの委託事業です。
ケア・マネジメントを実施する機関でありながら、介護支援専門員(ケア・マネジヤー)がケアプランを作成する様になると、その特徴が今一つボヤけてしまっているのではないでしょうか。
又、単なる行政の調査機関や便利屋になってはいないでしょうか。私は次に述べる重要な役割を持っていると考えています。

支援センターには地域を福祉目的を持って組織化するという重要な役割があります。
私が台帳を町内(民生委員)単位に区分したのもその為です。
地域の福祉事情を一番良く御存知なのは民生委員さんだと思います。
又、町内会長や老人クラブの会長さん、福祉活動員さんでも良いのです。
地域と支援センターのパイプ役になっていただける方々とのプライバシー以外の部分で情報交換が必要になってきます。

地域には色々な方々が生活しておられます。福祉ニーズがありながら、ひっそりと生活しておられる一人暮らしや老人世帯の情報は、待っていても飛び込んではきません。
待つ福祉から、発見する福祉へ、それが在宅介護支援センターの重要な役割の一つだと考えます。

次に、各種サービス機関との連携を密にしながら、その持てる機能を最大限に引きだす必要があります。
サービス機関に所属しておられる支援専門員の方は、自分の施設の分野については熱知しておられますが、果して他の分野の機能を充分に引き出す事が出来ているでしょうか。
自分の施設関連のサービスで間に合わせてはいませんか?
利用者に最も適したサービスを受けていただく為にも、地域におけるあらゆる社会資源をネットワーク化して、その情報源になる事も、支援センターとしての重要な役割であると考えます。
そして、その社会資源の質・量共に限りなく増やしていく努力も重ねていかなければならないとも考えます。

具体的には、民生委員からの老姉妹世帯の情報から、リウマチの妹に支援の手を差し伸べた事があります。
同じく、老夫婦の夫が特養ホーム入所になった事が引き金になり、うつ病になった妻への支援もありました。
又、病気の老親を子が病院から連れ出し、医療を受けさせない事件もありました。
又、老夫婦で同様なケースもあり、妻の足には大きなアンカの火傷を作ってしまいました。
又、夫が妻の重度アルツハイマー病を認めようとしなかった事もありました。
これらはみんな地域の方々の情報でした。
いずれも、ただサービス調整で解決する問題ではありません。
その原因をいかに取り除くかという、ソーシャルワーカーの目と、医療・保健の角度からの適切な判断が必要でした。

又、元気な重度痴呆症の方を入所対応出来る施設が県内には無くて、隣県の施設にお願いしたという残念な想いをした事もあります。 
これは、在宅介護支援センターが先頭に立って利用出来る社会資源を増やしていく上で、必ずぶつかる問題であり、解決に向けて努力していかなければならない問題ではないかと考えております。

地域の抱える介護ニーズを底辺で支える逆ピラミッド型の図式を常に頭に措いて仕事にあたっておりました。それでもなお、誰も知らない、表面化しないケースがある事を信じて、ニーズの発見に努めておりました。

待つ福祉から発見する福祉へ(2)  2007・1・16
・HP設立の趣意より
(ここから)
『在宅介護支援センター運営時の考え方と具体的方法』
当時高岡市には、三ヵ所在宅介護支援センターがありました。
中学校区が十一の市で、その三分の一が担当区域でした(当時厚生省では一中学校区に一ヵ所の在宅介護支援センター・全国で一万ヵ所を目標としていた)福祉対象者の情報を一番お持ちなのが地域の民生委員(自治会役員)さんだと考え、まず担当区域別の地図を作るために約九十名の民生委員さんを訪問、同時にその趣旨をお話し致しました。
一方、福祉対象者の台帳を町内(民生委員担当区域)別に整理して、利用しておられるサービス機関(医療・老健・福祉・混合)を色別にファイルしました。

以上が私のソーシャルワーカーとしての道具です。

定期的に民生委員さんとは情報交換を行い、新規の情報も頂きました。
その中に非常に困難な事例も含まれており、介護保険がスタートした現在では敬遠されるであろうと思われる内容のものばかりでした〔介護支援専門員はケアマネジメント目的で配置されており、ソーシャルワークが本業ではない〕。
又、サービス提供機関との情報交換も不定期ではありましたが実施し、利用が中断している方の追跡調査も行いました。

在宅介護支援センターは、地域と医療・保健・福祉等のネットワークを形成〔連携〕するという目的で設立されました。
又、対象者を発見、相談、そしてケアマネジメント機関でもあり、縦割りの行政に横への拡がりを持たせる役割も持っております。
その為にも関係者のネットワークの中心に成っていく必要があると考えます。

支援センター相談協力員人選に関して、担当地域の民生総務(市民生総務会長)に相談し、高齢福祉課から総務会に議案として提出していただくように働きかけて、市の統一見解が出来ました。
「待つ福祉から発見する福祉へ」地域の情報が支援センターと結びついたスタートの一瞬でした。

介護保険が始まると同時に、認定業務が増え、本来の仕事が出来ないで居られるソーシャルワーカーの皆さんも多いと思いますが、訴えの無い方、弱い立場の方、困難なケースほど大切にして頂きたい。
そして、一人で苦しまず、この会議をご利用頂きたいと考えております。
又、地域の民生委員さんや福祉関係・行政関係の方々には、困難な問題を見過ごす事無く、ぜひご利用頂く事を祈っております。
(ここまで)

先日の「知事タウンミーティング」で発言者の民生委員さんから、個人情報保護法が制定されてから、行政からも情報が全く入らなくなったという発言がありました。これは個人情報保護法の趣意の取り違え、何が重要なのかを充分考えてみる必要がありそうです。
民生委員さんは「発見する福祉」に取り組んでおられました。

知事のタウンミーティング 2007・1・14
昨日行なわれたタウンミーティングの司会を務められた福祉カレッジの学長の言葉は誠に的確にまとめられている。(時間が限られていたため、ここまでの話はなかったが・・・)

7・この様に行政はサービスの直接的提供面からの撤退が図られるとしても、行政は地域住民の福祉ニードに対応するために必要な施設・サービスが利用者の身近な地域に整備され、利用者面でのアクセスを高めるための各種の誘導策を講ずる必要がある。また行政は一方では多様なサービス提供主体の公平な競争条件を確保し、加えてサービスの質の向上のための方策を講ずるとともに、他方では判断能力に制約があり、情報の非対称性に陥りやすい利用者に対して、情報の提供、サービス選択の支援、利用者保護のための誘導と規制を含む社会的システムづくり等が重要な役割になる。

と書かれていた。
是非このことを実現していただきたいものである。

メディカルレビュー社「介護支援専門員」1月号原稿公開  207・1・14
今日、掲載紙を送っていただきました。全文公開いたします。

原稿に加え根拠法も掲載していただけましたので、原稿を読んでいただけるだけではなく、掲載誌をご購入いただければより正確に趣意をご理解いただけるものと思います。

(原稿・ここから)

居宅介護支援事業所の立場から
 地域包括支援センターに期待すること

        居宅介護支援事業所『高岡発・介護問題研究会議』管理者 二上 浩

はじめに

日本初のケアマネジメント機関として誕生した在宅介護支援センターは「老人福祉法第二十条七の二 老人介護支援センター」を根拠法としていました。
今回の法改正で誕生した地域包括支援センターは行政の責任で作るセンターとされ介護保険法に位置付けられましたが、その根拠法も老人介護支援センターです。
在宅介護支援センターは素晴らしい機能を持ったセンターでした。その機能を地域包括支援センターに引き継いでいただき、本来の役割を果たしていただくためにも、その機能・役割を振り返り、ご提言を申し上げたいと思います。

在宅介護支援センターから地域包括支援センターへ

1、老人介護支援センター

老人福祉法第二十条の七の二  老人介護支援センターは連携の対象も明記した法文です。
当時私は町内の窓口として民生委員を選び、その連携を保っていました。
介護保険法施行に伴い居宅介護支援が誕生しますが、本来単体で存在する性質のものをサービス機関に併設させた理由として、「サービスの量を確保するために、サービス事業所に併設させた」(2005・7・18 タウンミーティング・富山市・樋口恵子氏講演より)と聞いています。
在宅介護支援センターのケアマネジメント機能は地域に点在する居宅介護支援事業所や「老人居宅生活支援を行う者・・・」によって支えられるはずでしたが、現実はそうではありませんでした。

私のHPから『研究会議NO7』に投稿のあった内容を転記いたします。

二枚看板の支援事業所のケアプランを法人の利益を考えろと言ってきた。
実態把握でさえ本来の目的を忘れ「○○地区はサービスがのびないので頑張って増やす様に・・・。健康教室などは基幹型の仕事だ。そんなことはいい。実態把握が先だ。」
何を言うのだろうか?情けないと思いました。


ケースに結びつかない「金にならないことはやるな・・・」という管理者からの指示があったわけです。

実態把握は委託業務ですから、把握した個人情報は行政情報と言えると思います。その行政の持つ個人情報を在宅介護支援センター併設の居宅介護支援事業所で「囲い込み」、そして併設サービス事業所でサービスの「囲い込み」が行われていたという実態を明らかにした言葉だということが出来ると思います。

2、在宅介護支援センターという名の居宅介護支援事業所

在宅介護支援センターには二枚看板が必要でした。しかし現実は一枚看板で在宅介護支援センターとして居宅介護支援事業が行われてきた実態がありました。
そこで地域包括支援センター業務マニュアルには「個人情報の管理の徹底を図ることが必要不可欠です。」と明記されました。
委託機関の持つ個人情報は行政の持つ個人情報でもあるわけですが、その取り扱いが不明確になっていた実態がありました。

3、地域包括支援センターに求められたこと

地域包括支援センターに配属される事になった保健師・社会福祉士・主任介護支援専門員の3職種はそれぞれの役割を持っています。
その中でも社会福祉士には「老人介護支援センター」機能を中心的に果たす役割が求められています。
行政ラインのネットワーク「縦列のネットワーク」を作っていただきたいものだと思います。

利用者の選択の自由を保障するために

1、公正取引委員会の指摘

公正取引委員会は平成14年3月13日、調査報告書(報道発表資料)の中で
「市町村によっては,特定の事業者に優先的に委託等を行っていることが,利用者獲得をめぐる競争に影響を与えている状況がみられる。」
と指摘しています。

また、同年11月20日の研究会報告書では

「制度改革を図るだけで競争が活発に行われるようになるとは限らず,実際に競争が行われるようにする上で,独占禁止法の役割が重要になってくる。・・・従来の規制と同様の効果のある制限を行っていないか,新規参入者を排除していないか,自由化された事業等についてカルテルを行っていないか等を監視し,このような行為が行われている場合には,独占禁止法により厳正に対処していく必要がある。特に,聖域とされていた分野においては,このような取組みの必要性は大きいと考える。」
と方針が明らかにされています。

そして、「聖域」とされていた分野においても取り組みの必要性が明記されています。

2、情報公開制度

公正取引委員会の指摘を基に法改正で「介護サービス情報公開事業」がスタートしたものと理解しています。しかし現状は、行政の持つ個人情報の取り扱いは、やはり委託機関に集中するシステムになっています。
行政担当者の認識も「委託しているから当然・・・」という考え方です。
このような背景の中、最近数ヶ所の民間居宅介護支援事業所がその事業を休止いたしました。

3、「独立化の勧め」(協業組合の提案)

厚生労働省は法改正のプロセスの中で、「独立性・中立性の確保」を一つの柱にしてきました。
地域包括支援センターがスタートしても、一向に行政情報の「囲い込み」の現状が改善される気配が無いこともあり、「富山県独立型介護支援専門員ネットワーク」では、独立型居宅介護支援事業所を「協業組合」化する可能性について検討を行ってきました。
しかし地方からの取り組みでは時間がかかると判断して、インターネットを通じて全国に発信しましたところ、専門紙や地方紙にも取り上げていただきました。(「独立化の勧め」で検索していただければ、設立に係る資料・記事等を公開しています。)

4、ケアマネジメントとネットワーク

一人ひとりのケアマネジャーは、ケアマネジメントを通じて色々なネットワークを持っていると思います。私もご多分に漏れず、患者団体や職能団体等とのネットワークを大切にしています。
私はこのネットワークを「横列のネットワーク」と呼んでいます。

先日も難病団体から誘いがあり「NPO法人企画力アップ講座」に参加して、「選択の自由を保障するために」という内容で模擬プレゼンテーションを行って来ました。県側のコメンテーターから「制度の問題なのか、運用の問題なのか」とご質問いただきましたが、「運用の問題です」とお答えしました。そして、「社会福祉法人等(委託機関)には行政からの天下り管理者もおられますので、この方々に専門職の基本理念『中立性の確保』が担保できるような、制度の運用を推進していただきたいと思っています。」と付け加えておきました。

ケアマネジメントにおいてあらゆる社会資源を有効に利用していくためにも、日々ネットワークの拡大を心がけていきたいものだと思います。

まとめ

地域包括支援センターに期待すること

地域包括支援センターは地域福祉の拠点・総合相談窓口として行政の責任で誕生しましたが、地域における連携の拠点施設でもあります。
担当地域には居宅介護支援事業所をはじめ、各種サービス事業所や各種機関も点在しています。これらの機関や事業所を有効に使って、地域福祉の拠点施設としての役割を果たしていただきたいものだと思います。
ただ現状のように、行政の持つ個人情報を併設の居宅介護支援事業所・サービスビス事業所で「囲い込み」していたのでは連携も生まれません。
在宅介護支援センターに居宅介護支援事業所との二枚看板が必要だったように、地域包括支援センターにもサービスに併設された居宅介護支援事業所との二枚看板の運用が求められます。今回、予防と介護を分けた法改正で明らかにされた点ですが、「在宅介護支援センターという名の居宅介護支援事業所」の考え方は元々ありませんでした。
地域包括支援センター業務マニュアルにも「情報の漏洩」に関して明記されていますので、行政の持つ個人情報が民間事業者にも公平に提供される連携体制と、「縦列のネットワーク」と「横列のネットワーク」が網の目のように張り巡らされた地域ケアマネジメントの体制作り、そして、コミュニティーソーシャルワークの拠点施設を目指していただきたいものだと思います。

(原稿・ここまで)

今後ともよろしくお願いいたします。

難病ネットワークとやま  2007・1・13
今日は難病関係の会合で一日が終わりそうである。

午前中、ALS相談会の定例会だが、先月は住宅改修の相談と重なったため出席できなかった。新しい患者さんも夫婦で来ておられたということで、ご本人とは未だに会うことが出来ていない。患者会が正式に発足して、機関紙も届いていた。患者ご本人がやる気になっておられるのでスムーズに進んでいる。会発足後の初相談会になるのであろうから活発なご意見もお聞き出来るものと思う。

「厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業」 「特定疾患の地域支援体制の構築に関する研究班 研究報告会」開催中にHPの自動吸引機の記事
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/nanbixyonextutowa-kutoyama.htm
に問い合わせが来ている。
簡単な返事と研究報告会出席者に直接報告させるという返信を書いたが、昨年治験段階であった吸引機の取り扱いが如何なっているのかも心配なところである。電話では順調に進んでいるということであった。

午後は「難病ネットワークとやま」として、知事のタウンミーティングに参加する。
これも研究報告会の資料からであるが、難病相談支援センターが
『富山が患者会支援をしていない。患者会との連携を持っていないとなっています。』
ということである。
この点を指摘しに行こう・・・ということである。
私は機関紙原稿の中で、大学病院を核とした地域医療連携の要になっていただきたいと書いているが、これを実現する為には先ず患者会との連携を図る必要がある。この為にも昨年のセンター研究会で相談支援センター職員と大学病院MSWとをつないでいるのだが、何のアクションも無いということである。

全国を見渡すとNPO法人の患者会が難病相談支援センターを指定管理者制度で運用しているところもある。センター発足に随分力を注いできているが、センターが出来たら、その流れは断ち切れになってしまっている。そこでタウンミーティングで指摘しようということである。

メディカルレビュー社「介護支援専門員」1月号がまだ届いていないので行動予定は立てていないが、来週以降別の行動も始まる。新年早々行政を刺激する良い条件があちらこちらで整いつつある。

情報公開制度調査日  2007・1・12
2月調査の予定だったが、1ヶ月早めても良いかという問い合わせがあり、今日調査に来られる。公表機関の電話の対応が非常に悪かったので注意したが、調査機関からの電話は非常に丁寧であった。
電話の対応だけで調査の意味の理解度が伺えるが、制度が始まったきっかけは公正取引委員会の指摘である。利用者の「選択の自由を保障するために」情報公開が制度化されたわけであるが、インターネットの公開では対称者が検索することはほぼ不可能に近いと思われる。

それでは誰のために準備された制度かというと、ケアマネジャーの「独立性・中立性の確保」のために創設された制度と言っても良いだろう。
そこでケアマネジャーを選ぶ際の「選択権の自由の保障」はどうなるのかということになるのだが、これが「独立化の勧め」の第2弾「ケアマネジャーを選ぶことが出来る背景作り」である。

「介護支援専門員」1月号はまだ届いていないが、1部託けようかと数には読んである。タイミング良く届くかもしれない。
調査員に原稿はお渡しする予定でいるが、意味を理解して調査に当たっていただきたいものである。

しかしケアマネの多くは調査に立ち会わないわけであるから、なかなか理解出来ないのではないかと思う。が、何故行われるようになったのかだけはご理解いただきたいものである。
そしてその大元のケアマネジャーを選ぶ段階に関しては、最も情報量の多い行政ラインの管理的立場の方々が先ず理解を示す必要がある。
このことが出来なければ日本のケアマネジメントはダメであろうし、次回法改正では大きな改革があるものと予想する。そして一つの予想として、3つのケアマネジメント機関のスタイルがあるわけである。

リハビリ  2007・1・11
医療法改正によってリハビリ期間にルールが出来た。リハビリの乱用がもたらした結果だが実害を被っている方もある。
心臓病からきた脳梗塞だったが、リハビリ期間は脳梗塞に適用される。血栓が脳に飛んで梗塞をおこしたものらしい。
最初の3ヶ月は主に心臓病の治療に費やされている。ベッド上のリハビリは行われていたものと思われるが、リハビリ室に出たのは4ヶ月目、平行棒で立ち上がりの訓練をしただけだと言われる。

入院先の病院では退院後のリハビリは出来ないと言われ、通院リハビリが可能な病院へつないでいただけた。高齢者等が利用するデイケア等は好まないと聞いていた。
退院後そろそろ1ヵ月半になるが、あと2週でリハビリ期間が切れる。
先に1月末に帰国する予定だと聞いていたが、昨日受診に立ち会うと2月末の帰国になると言われる。そこで出てきたのが、残り1ヶ月のリハビリ通院である。

接骨士等の訪問治療があるとお伝えするが、知人にもそういう方があるらしく、リハビリ室へ出ることがリハビリだと思っておられるらしい。
私費になっても良いから何処か探してほしいということなので、高齢者の中に出るのは嫌だということと病院の行うデイケアなら納得していただけるかと思い、私費も含めて聞いたみた。
私費は他の医療費の関係もあり出来ないそうである。家族送迎なら・・・ということで短時間デイケアの利用に対応していただけることになった。
内容を伝えて、選ぶのは本人であるから・・・とアパートを訪問するがなかなか会えない。時間が無いから早く決断しないと利用が間に合わなくなってしまう。夜妻にお会い出来たが充分に通じないので、日曜日にお会いすることにした。多分通訳(堪能な方)に来ていただけるものと思う。

月曜日がリハビリ通院であるから、リハドクターに書類を依頼して、次週にいただければ何とか間に合うのかもしれない。何とか間を切らさずにリハビリを受けていただきたいものである。
帰国すればスタッフは揃っているようにお聞きしている。
異国の地での心細さを補うこともケアマネジャーの仕事なのかもしれない。

Re: 差し出がましいですがDVの参考になれば  2007・1・9
momo843003 さん、詳しくありがとうございます。

警察の生活安全課へDVの相談に行きました。

暴力を受けた時点ですぐに警察へ行かれれば良いかと思います。痕跡が残っていれば受け付けていただけます。
ケアマネジャーが何故このような問題に関わるかといえば、担当している高齢者の居場所を確保するためです。
手順はお教え頂いたとおりですね。

せっかく家を出られたんですから、絶対に戻らない方法を考えてください。

結果出て行かれたようですから、アパートに戻る方法を考えておられるようです。将来的には身を隠した方が良いようにも思うのですが、そこは当事者の選択ですね。法的手続きの手順は伝えてあります。

県パーキンソン病友の会支部新年会  2007・1・8
ヨガ教室・リハビリジムが終了してから新年会が予定されていた。
自力参加が危ぶまれる方には「行けそうになかったら電話を下さいね・・・」ということにしてあった。昨日急に「研修会に参加出来な〜い???」ということになり、体調を確認したところ迎えに行く必要があった。ということで朝から迎えに行った。

もう一人来ることが出来ない方もあるので電話してみると、祭日でもありリハビリは休みなので退屈していたところだと言われる。午後から通所サービスが予定されているが、送れば良い話である。この方にも参加していただくことにして、2階に上がることが出来ないだろうとの予測の基に、時間を見計らって迎えに行く。

帰ってくると豚汁の仕込みも終わり、網では鮎が焼かれている。最盛期が終わってからの稚鮎であるが、これば内緒である。網焼きにはモンゴウイカや焼き鳥も加わる。かたやおにぎりを握っていただいているお母さん方もある。

そうこうして準備が整った頃ジムも終わり皆様が降りて来られたが、約二名介助見守りが必要な方もあるが、何とか無事に降りることが出来た。一人はoff状態である。危なっかしい状態を皆でカバーしながら楽しい食事会は始まったが、約2時間、楽しい一時を過ごした。
終了近くになってON状態に戻られたところで「先に帰ろうか???」ということで一足先に送る。

もう一人デイサービスへ送って行くと、階段昇降機が下りて準備が出来ていた。そろそろ終点というところで、玄関の戸が開いた。申し合わせたようなタイミングである。
楽しい思い出を胸に、明日からも闘病生活が始まるが、病気と仲良くなっていただきたいものである。

Re: 相談です  2007・1・8
kanekoai2170 さん、はじめまして、ご相談ありがとうございます。

非常に複雑な問題が絡み合っていて、答えは幾通りもあると思いますが、友人が、夫のDVから離婚を考えておられる点に関しての方法を考えてみたいと思います。

DVから身を守るということで実家に逃げ込まれたわけですが、このことを先ずお父様にご理解いただく必要があると思います。これに関してはkanekoai2170 さんも協力出来るのではないでしょうか?

次に、夫が実家まで追いかけてくる可能性がありますが、接見禁止仮処分等法的な措置を講じられれば如何でしょうか?その上で離婚調停にかけられれば、結果はともかくとして法的な手段を踏む事になると思います。

そこで費用面ですが、(財)法律扶助協会が費用を立て替えてくれる制度があります。職業別電話帳で「弁護士」から検索していただければ、多分広告も載っていると思います。費用面から、法的手続き等、先ず電話で問い合わせをしていただければ良いかと思います。
都道府県地方裁判所の所在地に隣接した都道府県弁護士会に同協会があると思いますので、一度調べていただけないでしょうか?

これと平行して子供さんの問題も考えなければいけないので、通学や知的障害の子の対応に関しては、実家に帰るまで通学・利用しておられた中学校や施設に相談してみられたら如何でしょうか?
お答えになったかどうか判りませんが、私の考える手順はこのような内容です。

Re: 友人との話  2007・1・7
usagi112770 さん、おはようございます。

これは介護家族としての提唱です。
@在宅介護をすると施設の二倍、三倍、四倍の利用料がかかる。これは在宅では相当の年金をもっていないと困難です。なので、
在宅に帰そうという国の方針なら・・・・。


実は民間介護保険の構想も浮かんできているのですが、その前にしなくてはいけないことがあるので、そちらを優先しています。ただ、私がそこまで関われるかといえば、時間的な余裕もないので若い方にお任せする事になると思います。

A、@がかなわない場合、施設の人的余裕を持てるように支援し、施設の充実をさせて欲しいです。

地域密着型サービスの原点は、特養等施設建設費に補助金が出ている法人が地域で出張所(?)を作る構想でしたが、いつの間にか単独で存在する事になってしまいました。例えば、富山型デイサービスにショートスペースを2床位くっつけて、小規模多機能施設と言っていること自体、本来の趣旨と違ってきています。地域における施設ネットワークも絵に書いた餅になりつつあります。原点を理解していないからこの様になってしまうのですね。

これが、かなえば、きっと在宅での最後を迎える方々は増えるでしょう。
現状では施設に介護を預けてしまっては、施設の門がある意味の三途の川。


本人の残された力・家族の介護力を如何に有効に使っていくかもケアマネジメントなのですが、在宅でみようという気持ちさえあれば方法は残されていると思います。
とにかく大雪だと言っていますから、気をつけて行ってきて下さい。

Re: 友人との話  2007・1・9
friezyar さん、難しい問題ですね。
usagi112770 さんは今日まで東京ですから、ピンチヒッターです。

ご自身の生活の糧がないことが一番問題だと思いますが、ご主人は如何されたのでしょうか?

また、DBS手術を受けておられるということですが、果たして要支援1の認定で良いのでしょうか?パーキンソン病はON−OFF現象がありますから、OFF状態も加味する必要があります。薬効時間はどれ位なのでしょうか?
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834885&tid=a1v2p8nldbja1wa4k4xa49a4ka5a4a5sa5bfa1bca5ma5ca5h2q5d&sid=1834885&mid=2336
薬が効いていれば普通の人ですが、効くまでの間は寝たきりです。その実態を日常的に見せていただいています。

情況から見て再度入院で電極調整・薬の調整が必要のように感じますが、私が担当している方も調整が上手くいっていません。入院と外来では医師が違うのですよね。その辺りの本人が納得出来ないものがあるようです。
来月の両科受診まで、MSWを通じて調整出来ないかと考えています。

生命保険を解約すれば生活保護もできます。としか・・・

これしかないような気もしますね。
あまり参考にならなくてごめんなさい。

「協業組合」について  2007・1・6
「独立化の勧め」として「協業組合」を提唱したが、非常に困難なことだと思っておられる方が多いように感じている。
約2年半位前から独立ケアマネの会「富山県独立型介護支援専門員ネットワーク」を組織していたが、協業組合化の話を持ち出すと「サービス事業を始める予定があるから・・・」と去っていかれた方もある。そこで会の名称を継承したわけである。

週明けには投稿誌「介護支援専門員」が届くが、これを持参して市の考え方をお聞きする予定である。企画書は「富山県独立型介護支援専門員ネットワーク協業組合設立準備会」の名前で出してあるが、ただでさえ長い名前を少しでも短くしたいと思っている。

存在する任意団体を公的制度に乗せた組合に再編するだけの話だが、何か大変なことが行われようとしているのか勘違いされたのであろうか?組合化することのメリットとして、将来的には出来るところから特定事業所を作っていくという、ただそれだけのことである。

先日県居宅介護支援事業者連絡協議会組織委員会に参加して個人加盟の方向性が示されたが、これはケアマネジャーの「独立性の確保」即ち意識改革の意味も含まれると思う。勿論別の目的を言われる方も知っているが、私はケアマネジャーの意識付けには最良の方法だと思っている。先ずは金を出して職能団体に加盟することから始まるのではなかろうか?

そういった背景の中、今取り組まなければならないのが、独立開業しても経営が成り立つ背景作りである。経営が成り立てば独立される方も出てくるであろう。その背景作りとは、介護保険の入り口、ケアマネジャーを選ぶ段階で「利用者の選択の自由が保障」される必要がある。
そのためには、行政ラインで行政の持つ個人情報が委託機関に囲い込まれている現状を無くしていかなければいけない。このことを公正取引委員会や厚生労働省が地域包括支援センター業務マニュアルの中で指摘しても解決しない現状があるということは、如何解釈して良いのかわからない。

投稿原稿の中で私が指摘したことは、国の機関が言っていることを並べただけの話である。その原稿を機関誌を受け取った時点で公開しようと思う。
そして市の答え如何では、民間結集ということも視野に入れている。「協業組合」は「居宅部門」だけを「協業化」することも出来る。

研究報告会  2007・1・5
厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業
特定疾患の地域支援体制の構築に関する研究班
主任研究者 木村 格

上記研究報告会が1月8日〜9日にかけて東京で行われるが、昨年の研究報告会に参加してレポート(機関紙原稿)を残している。
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/nanbixyonextutowa-kutoyama.htm

今年の参加メンバーは、ALS患者の母を持つ専門職とパーキンソン病の父を持つ専門職、それとこれからの日本を背負っていかれるかもしれない若い神経内科医、そして事務局からはパーキンソン病の父をかかえる、数十年はご活躍いただかなくてはいけない活動家の母である。
この方々とは重層的なネットワークのつながりがあるが、事務局は別として一番最近お会いしたのは若い神経内科医である。かねてより「パーキンソン病とは少し違うよ・・・」と言っていた方に「大脳皮質基底核変性症」と診断をいただき、本人は勿論のこと、診断に立ち会った妻や私にも納得をさせていただけた医師でもある。

今秋、全国難病センター研究会が富山で開催されるが、こちらのネットワークも拡がりを見せており、そのキッカケが私のネットワークの拡がりでもある。
某団体で講師を務めたが、次回が私がお会いしたい方なので聴講したところネットワークが拡がった。難ネットからの誘いで参加した相談会からもネットワークが拡がった。結果として、県居宅介護支援者連絡協議会組織委員立候補につながるのだが、順調にネットワークは拡がっている。

昨年同研究報告会に参加して、医療ネットワーク・大学病院を核とした医療ネットワークの必要性に関して働きかけもした。未だにその動きは聞いていないが、今年のセンター研究会でその動きが再起動することを期待している。

研究報告会  2007・1・8
先日
厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業
特定疾患の地域支援体制の構築に関する研究班 研究報告会
のご紹介をしていましたが、昨日退院される方を訪問しているところへ電話がかかりました。
「今日行けない???欠員が出来て勿体無いから・・・」と何時もの軽やかな声が伝わってきます。

行く予定をしていなかったので、明日「もしも・・・」ということで外せない予定を入れていました。
一応「本人の状態を確認して、昼頃電話するね・・・」と電話を切りましたが、訪問してみると本人の状態は「悪い・・・」の一言に尽きます。
来月神経内科受診と翌日脳神経外科受診で電極調整をされるということですが、順序が逆ではないかと思いました。
この状態では、明日私が同行しないと、最後(?)になるかもしれないP病友の会の新年会には参加出来ません。
本人の目の前で研究報告会には行くことが出来ない旨電話して、明日一緒に行かれる神経内科医にも医療の連携はそれで大丈夫なのか確認していただくこととしました。

別ルートからの問い合わせ結果の電話が入り、DBS術後も年数が経つと両科連携の治療が必要になるということで、電極調整後薬の調整を行うのが一般的に行われている方法だということです。
この際に地域連携室も巻き添えにして院内調整を図っていただくこととし、脳神経外科受診に立ち会うことにしようかと思います。その時点で本人とMSWをつなぐことにしようかと思います。
医療の連携が摂れていない中、外部からどのように刺激出来たかに関しては後日ご報告することといたします。

せっかくのお誘いを断る事になりましたが、少し残念な気もしています。おばさんというには若すぎるおばさんと安心して言えるおばさんと、最先端の医療を目指しておられる若い医師がメンバーですから・・・。また機会があるでしょう。

2日続けて・・・  2007・1・3
昨日に続いて次女が孫を連れてきた。目的は初売りである。
人ごみの中へ乳児を連れて行くことは出来ないということで、夫をパチンコへ追いやって、帰省中の長女に子守をさせて、妻と一緒に・・・。ということであるが、私の役割が出てこない。

今静かになったが、二人で抱き合って寝ている。
子供は正直なもので、汚れた時と腹が減った時、眠い時にしか泣かない。それにしてもこの3ヶ月で随分楽になったものである。昨日も帰ってから入浴等予定を済ませ12時から朝7時までぐっすりであったそうである。

家に子供がいると何かと明るい。もうしばらくすると危険が伴うので大変なのであろうが、泣き声を聞いているだけで心が和むものである。責任が無いから・・・と言えば怒られるが、我が子の時よりは余裕があることは事実である。

今事務所からパソコンを打っているが、隣は相談室(座敷)であるが、そこに二枚の証書がかけられている。社会福祉主事任用資格と介護支援専門員登録証である。二つの証書には10年の歳月の流れがある。その10年の中の空間を埋めるために現在独立居宅を運営しているが、果たしてこの空間を埋めることが出来るかは今後の働き次第なのかもしれない。精々原点に戻すことしか出来ないようにも思っている。
それ位大きな空間だったのかもしれない。原点に戻すことが先ずおおごとである。

穏やかな年明け  2007・1・2
年末の28日に少し雪が降ったが、快い元旦を迎えた。快晴のため気温がかなり下がっており、年末に降った雪も凍っていた。道路の濡れたところは凍っていたのであろうか、凍結防止剤が撒かれていた。
今朝は少し曇っており、気温もそんなに下がっていない。
穏やかな年明けと言って良いのであろう。
しかし、介護保険の現状は決して穏やかな年明けではない。私の身の回りでも、昨年後半の総決算が集中する事になる。

先ず10日発行の隔月誌「介護支援専門員」には、今まで誰も書かなかった「介護保険法と公正取引委員会」
http://www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/newpage2repo-tono12.htm
の記事が全国各地で関係者の目に止まることになる。
ここ高岡でも11月に行なった担当部・課とのプレゼンテーションの答えをお聞きすることになる。
また、県居宅介護支援事業者連絡協議会が個人加盟の協会の方向へ組織転換する事になる。この行動は、より介護支援専門員の「独立性・中立性の確保」に結びつくことにもなると思う。
独立し易い背景作りと平行して、組織形態としても職能団体を目指されるということであるから、より独立化が進むものと思われる。「独立化の勧め」を県協議会にも持ち込もう思っていた矢先のことであったので話は早い。

全国レベルでは、東京・大阪・富山の勇士が中心になって、もしかして中部圏を拠点に全国的な動きが始まるように思っている。これは医療・福祉行政以外の角度からの刺激になるのだが、若い彼らの発想は奇抜である。
私の立場からは「地域福祉コミュニティー」を目標にすることには変わりはないが、天下り管理者にその本来の目的をお伝え出来れば良いと思う。

Re: 穏やかな年明け  2007・1・4
friezyar さん、あけましておめでとうございます。

kaigokenさん、月刊雑誌が楽しみです。
他にも名士の方々が地域包括についてどう書いてあるのかも気になるところです。


彼が何を書いているのか、楽しみなところですね。

ある地域包括の主任ケアマネさんが「こんな地域包括がいつまで続くのかな?介護予防プランに追われて、他の目的とする仕事なんて全くできない。

元々本来の役割を果たして来られなかったのでしょうから、そうなのかもしれませんね。各専門職各々の役割がありますから、そんなに大変なのかな???とも思います。そんな中平然と業務をこなしておられる保健師も目にしますので、ただ形だけを整えても実を結ばないということではないでしょうか?
予防プラン1件書き換えた(半年更新)のがあるのですが、明日本人の了解をいただいて届けます。「担当者会議必要ですか???」と。

すべての地域包括がそうではないことはよく分かっています。
今のままだと、介護予防は本来の目的からはずれてしまうように感じます。
介護予防を必要とする人と、要介護での援助で現状を維持することの必要を感ずるからです。


法改正の流れから見ると、将来的に予防給付は保健事業に含まれていくように思います。「市にも持ち駒がありますね・・・」はまんざら的を得てない提言ではなかったようですね。法改正の流れを見ているとその方向性を予感することが出来ます。医療改革と両輪で調整が始まっています。

状態変更で申請で、状態は同じなのに介護予防から要介護に戻るケースの多さが不思議です。
その度に認定調査のやりなおし費用や保険証は何度作成しなおすことか、微々たる経費であっても数が蓄積すれば無駄な費用となる。


この繰り返しで、医療・保健・福祉(介護)の役割が目に見えてくると思います。医療も自由化されていきますし、株式会社の病院もそのうち出来るのではないでしょうか?公正取引委員会がそう言っています。

サービス事業所者がもっと倫理観をもって仕事に望んで欲しいと願うばかりである。

民間のほうが真面目に取り組んでいるという実態を目にしているのですが、競争の原理が働くとどうなるのでしょうか?サービスの質で利用者が選ぶことの出来る現状であって欲しいですね。そのような現状を一緒に作って行きましょう。

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