研究会議NO6       会議のご案内・議事録

2002・9・8(日)〜終了まで

 下記日程、要領で会議を開催いたしますのでお知らせ致します。
ご意見は、メールkaigoken@p1.tcnet.ne.jpでお願い致します。

・議題    「家族・親族間の、女性・男性の問題」
・開催日時  本日から約1ヶ月間。 
・ご意見は、随時、このページでご紹介してゆきます。
 尚、激論が予想されますので、ご意見の整理を議長の判断で、何種類かの項目に分けることと致します。又、主旨の明確でないものは、その他として整理させて頂きます。(メールアドレスは名前にリンクさせる事とします)

先日、「基礎からの介護保険」掲示板  http://village.infoweb.ne.jp/~kuniaki/suda/basekaigo.cgi  に次の投稿がありました。
 元の投稿と私の返信を参照いたします。

(ここから)

どうして在宅介護が原則なのですか?

同居嫁 さん 2002年08月29日(木) 13時31分

 介護保険サービスについてお聞きします。
例えば、要介護度3のお年寄りがいたとします。介護保険によって受ける事ができる介護サービス(要介護度3の限度額)だけで、その方は家族等の手を借りずに独り暮らしする事が可能なのでしょうか?それとも、介護サービス以外に家族の介護が必要なのでしょうか?

それから、どうして在宅介護が原則なのでしょうか?
家族介護が美風?ほとんどの家は介護義務も財産相続の権利もない嫁が姑舅の介護をしているのに、、。
その言葉虫ずが出るほど嫌いです。

在宅介護と施設介護の二本立て。好きな方を選択してください。という考え方ではなく、在宅介護が原則。になっているのはどうしてなのですか?
政府の思惑などがあるのでしょうか?

RE:どうして在宅介護が原則なのですか?

二上 浩さん 2002年08月29日(木) 18時29分

 現職の方からは答え難い内容ですので、元在宅介護支援センター・ソーシャルワーカーですがお答えします。
 もう30年以上前の事になります。「日本型福祉国家」政策が継続しています。
 その政策の基本は「介護は家族を中心に地域で支え、制度はそれを補う」というものです。
 家族がありながら、家族の手を借りれない事になると「介護問題」と思います。地域も手を出せませんね。(家族に介護力がない場合は別ですが)

 政策により在宅基本ですが、介護保険で権利を主張される方が増えてきた様子ですね。「措置から契約へ」特養入所が割安感からもてはやされている様子です。

>ほとんどの家は介護義務も財産相続の権利もない嫁が姑舅の介護をしているのに、、。

の部分が気になります。良い家族関係を築いて頂きたいものです。

www1.tcnet.ne.jp/kaigoken/
(ここまで)

議長 会議に先立ち、投稿された方にお願いがあります。

同居嫁 さん 2002年09月02日(月) 11時19分投稿の中の

二上さんのようなもはや消滅したイエ制度にこだわり、男尊女卑をふりかざす劣悪なソーシャルワーカーに・・・。
二上さんはよろしいのですが、優秀な・真面目なソーシャルワーカーさんに対する一般論としての発言と思われますので、その方々に申し訳ありません。最初に取り消して頂きたいと思います。

二上さんは専門家ではありませんよ  通りすがり さん 2002年09月07日(土) 12時13分

この投稿文を全てあなたにお返しいたします。

 私は、HPの中で、全てを明らかにしています。もう一度読み直して、正確な事実をお持ちになって会議に臨んで頂きたいと思います。

 以上2点をお願い致しまして、ただ今より会議を始めさせて頂きます。
 「介護問題」(介護にかかわる、家族・親族の問題)が家庭内に閉じこもらない為にも、忌憚の無いご意見を頂きたいと思います。
 大きな社会問題。皆様と共に、その解決の方向性を探りたいと思います。
                               2002・9・8

ご意見

(母の立場から)

2002・9・9
T.M さんからご意見を頂きました。

「介護義務も相続財産もない嫁がどうして舅姑の介護をしなければならないのか?」

 何と心の狭い考え方としか思われません。
 縁あって、家族となったからには親族じゃないですか。
 どうしても折り合いが悪く離婚せざるを得ない時は致し方ないですが・・・。
 嫁いだら実家の事は忘れて嫁ぎ先の人間になりなさいとまではいいませんが、私も自分の娘には「お母さんのことは心配しないでいい。そちらのお母さんやお父さんを大切にしてかわいがって頂きなさい。ご両親に優しくしてあげて。」と言っています。
 事実、親としては嫁ぎ先のご家族といたわり合って仲良く暮らしてくれることが一番の幸せです。
 もし、いじめられる事があれば、どうしてそうなるのか自分をも振り返って欲しい。果たして、いじめられる事ばかりでしょうか?
 何か少しでも助けられたことはないでしょうか?

 私は、財産がもらえるから介護するなんて思えない。
 親と子のつながりって私利私欲の問題でなく、縁あって親子となった情は捨てきれない。
 私の経験から障害者施設の子供達や特養のお年寄りにしても病院に長期入院している方々をしても、家に帰れば家族の冷たい視線のある者も感じていても「外泊できる喜びや退院できる喜び」は心待ちにしている人の方が多かったです。
 我が家ほどいいものはないようです。
 私も、財産はなく子供達には何も残してやれるものはないです。
 もし、私が倒れたら見返りなんてなにも与えてあげられない。
 今までにも、何度もこんどこそ寝たきりになるの?と娘は怒りながらも一生懸命介護してくれました。
 埼玉へ嫁に行った娘は、幼子をかかえながら、お姑さんも病弱で介護には前向きです。
 だから、「お母さんが倒れたらすぐ飛んでいけない。そばにいる妹や弟に頼むしかない」と言い「ごめんね」と言いますが、その気持ちだけで十分です。
 できるだけ誰にも世話をかけたくないのが本音ですが、心があればそれで満足です。

 家族の世話が受けられれば有り難いには違いないですが、それぞれの生活の中で無理のないことを願うものです。
 心があっても介護できない状況と、努力すれば介護できる状況にも関らず心がない場合では、介護を受ける側の精神的苦痛は変わりますよね。
 今は介護休暇を義務付けてる会社も多くなりました。
 妻だけでなく夫も協力して介護できる部分は参加して欲しいと思います。

 いつかわが身に降りかかる問題です。
 「私は将来嫁の世話にはならない」とは誰が断言できるでしょうか?
 私の人生の中には、人様に言えないほどの辛い経験も沢山あります。
 介護に関る中での肉親間での争いも、姑への誤解も、夫への溝も、あげくに○○・・・。しかし、その経過には、自分さえ我慢すれば良いという間違った思いこみでの美徳の間違い感。話し合いがあればもっと違った方法もあったでしょう。
 しかし、間違いに気付いたとき皆の和が復活し、今は、心から素直にお姑さんにも向き合える。周りにも素直に心をむけられるようになりました。
 具体的に書くには時間が足りないのでやめときます。

 遠くの親戚より近くの他人ともいいますが、住みなれた地域での仲間も有り難いですが、もし、近くに親戚があればもっと心強いです。
 私がつまづいたときには、「親戚づきあいなんてもういやだ」と思っていました。今は、付き合える親戚がある事や、付き合える友人たちがいることがとても幸せなことだと考えられるようになりました。
 家族を基本として、地域での助け合いは大切なものだと思います。

議長
 会議公開から1週間経過しました。

 この間に「同居嫁」様と思しき方から、「研究会議NO6」のご案内メールへの返信を頂いています。
 発信は実名ですが、内容が引用メールですので、ご本人に確認を取っています。

 さて、M・T様から
 『自分さえ我慢すれば良いという間違った思いこみでの美徳の間違い感。話し合いがあればもっと違った方法もあったでしょう。
 しかし、間違いに気付いたとき皆の和が復活し、今は、心から素直にお姑さんいも向き合える。周りにも素直に心をむけられるようになりました。

 過去を振り返ってのお話です。

 問題を内向させては、ストレスもたまるでしょうし、同じ事の繰り返しになります。
 家族は社会の一番小さな単位です。
 問題点はお互いに話合って頂きたいと思います。
 そして、言った事への責任は自分自身で取る。
 これを出来る事が良い家族関係と考えます。
 人間、話し合って解決しない事は無いと思います。
 我が家でも時々家族会議が始まります。

 ところで、今回の会議ですが、発言者にメールアドレスを貼り付けさせて頂く事に致しました。
 HPへのアクセス数から、かなりの方に興味を持って頂けたと判断していますが、ご意見を戴けないのが現状です。
 嫌がらせ等をご心配になっておられる方もあると思いますが、議長が責任を持って解決致しますので、皆様にはご安心の上、投稿をお願い致します。

 又、会議のご案内にまでレスが付くとは思ってもいませんでした。
 掲示板管理者の方にはご迷惑をお掛けいたしました。この場を借りて、心からお詫びいたします。

 以上、1週目のまとめとさせて頂きます。     2002・9・15

(姉の立場から)

2002・9・19
T.M さんからご意見を頂きました。

 人は、年を追うごとに叉、親の年代に近づくごとに親の苦労と恩がわかるものですね。
 「子を持って知る親の恩」と言いますが、私の娘も2人目の子供をお腹に宿し、少しずつ人の子の親に近づいて来たのかなと思いました。

 私は、実家の都合で両親の位牌は私が守っています。
 しかし、嫁いだ身なので私が生きている内だけでもと思っていて、子供達や主人には強要しません。

 先日、娘が妹に「おばあちゃんの命日だから仏壇をきれいに掃除しなさい。お小遣いを送ってあげるから」TELがありました。
 今までも命日は必ず声をかけてくれる子供達でしたが、末娘は、おばあちゃんが亡くなった後に生まれていますから縁がなく田舎のお墓参りにも付いて行くこともありません。
 しかし、今回初めて一生懸命に写真まできれいに拭いてくれました。

 姉がなぜ妹にさせたかと言うと、訳があります。
 実家の母は、私が40歳近くなって妊娠したとき、誰よりも喜んで、逆子になったときも、近くのお観音さまに願をかけて一生懸命元気にうまれる様祈ってくれました。
 長女は16歳でしたから、その事を知っています。
 孫の顔を見ることなく、予定日の3ヶ月前に亡くなったから、私や祖母がどれほど末娘の命を尊んでいたか知っているから、今自分が母となって私や祖母の気持ちがわかったのでしょう。

 家族から介護される身の辛さは、なって見ないとわからない。そして、自分にも介護されるときがくるでしょう。
 わからないからこそ、将来の自分が後悔しなくてすむ様に尽くしたい。仕事も続けたいです。
 仕事を大切にしながら、お世話もできる方法を探したい。

 家族という一つの輪から自治会のつながり、地域のつながり、社会へと助け合える道を大事にしたいです。
 その為には、私自身も自治会の行事にも協力できる部分はしたいです。
 住みなれた地域で暮らしたい。皆の願いではないでしょうか?

 二上さんが訴えたいことは決して間違っていないと思います。
 ひとそれぞれの考えを否定している訳ではないと思います。
 大事にして欲しいもの・・・。


議長
「大事にして欲しいもの・・・。」

 親の心を姉が受け止め、その心を妹に伝える。
 その事から親は、姉の心を知る。

 心は目には見えませんが、しっかりと行動に表れていますね。
 その心を大切にしなくてはいけないと思います。
                                         2002・9・20

議長
 会議公開から2週間経過しました。
 家族・親族間の問題の原点と思われる事について、書き綴ってみたいと思います。

(嫉妬心)

 次女が誕生して数ヵ月後の事です。
 偶然、長女(当時1歳9ヶ月)が次女に対していたずらをしているのを目にしました。
 それ以降私は、時間の許す限り長女に関わる事にしました。

 物心付くかつかないかに頭をもたげる嫉妬心。この心を蓄積させないようにしないと、問題として成長してしまいます。
 同じ屋根の下で生活するからこそ、その蓄積に気を付けなければなりません。 
 この心の動きは、一緒に生活していれば判ります。
 「とばっちり」が来ることもあります。
 蓄積する前に、一つひとつ解決して行く必要があると考えます。

 お互い、『相手の立場で考える』事で、ある程度解決するのかも知れませんが、常に受身になってしまうと、問題点が内向してしまいます。

 「内向しないように」、「蓄積しないように」、これは世帯主の務めと考えます。
 問題が発生しても、解決の方法を知っている家庭。
 私はこの関係を「良い家族関係」と考えます。
                            2002・9・22

議長
 会議公開から3週間経過しました。ご感想は何通か頂いていますが、ご意見は届いていません。
 先週に引き続き、家族・親族間の問題の原点と思われる事について、書き綴ってみたいと思います。

(価値観)

 家庭内にも、様々な価値観が混在しています。
 しかし、社会に出た時ほどの多様さは無いと考えます。
 価値観の中には、その人にとって、生きる事の全てかも知れないほど重要なものが含まれています。
 たとえ親子間であったとしても、価値観の押し付けは好ましくないと思います。

 家庭内で価値観の押し付けは、意識しないで起こります。
 ある日の会話です。
 長女「水泳は好きだったから楽しかったけど、ピアノが嫌で嫌で、何とか口実をつけて休む事を考えていた。」
 次女「あれ、そうなの。私は水泳が嫌で嫌で・・・」
 それを聞いていた妻が「その時、言えばよいのに・・・」
 何気ないこの会話。私たちは幼い子に自分達の価値観を押し付けていた様子です、無意識に・・・。

 成人した二人の娘は、自分の思うように青春を全うしています。
 お互いの個性にあった生き方をしているように見えます。が、心の中までは見えません。
 家族の一人ひとりが、どの様な価値観を持って、どの様な生き方を目指しているのか、家族全員が知っている家族。
 出来れば、その様な家族関係を目指したいと思います。

 家族の話になリましたので、
 義母は20年前、膵臓の手術をしてからは病院と仲良くしています。当然、糖尿病も出ています。
 先日検査入院で「糖尿病性腎症」と診断されました。カロリー・塩分・蛋白等を控える必要があります。
 食事量を制限されていますが、自己コントロールが出来ません。
 人間の本能「食べる」価値観ですが、強く量を守るように言い聞かせました。「コントロール出来ないと透析になるよ・・・」と。
 本人がどちらを選択するのか判りませんが、透析になっても「ま、いいか」とも思っております。
 しかし、医療費の無駄ですね。日頃の発言と矛盾していました。

 読者の皆様にも、家族間で価値観を認め合う、自由な家庭をお作り頂きたいと思います。
 「良い家族関係」のヒントが「価値観を認め合う」事にもあるように思います。
                            2002・9・28

議長 会議公開から約1ヶ月、多くの方にHPを訪れて頂きました。
 心よりお礼申し上げます。
 (嫉妬心)(価値観)以外にも、家族関係が良くも悪くもなる要素は多々あると考えます。
 日々の生活の積み重ねの中に、現在の家族関係があるものと考えます。
 「家族・親族間の女性・男性の問題」を解決して「良い家族関係」を作る事は、永遠の課題ではないでしょうか?
 そこで「研究会議NO6」を、HP『高岡発・介護問題研究会議』が続く限り、継続会議にしたいと思います。
 今後、読者の皆様のご意見をお伺いしながら、内容をより豊かにしてゆきたいと思います。
 投稿があり次第、再開出来るように、本日をもって、休憩に入りますので、よろしくお願い致します。

 休憩の前に「介護の社会化」と云う事を、HP開設の初心に戻り、考えてみたいと思います。
    在宅介護支援センターが介護保険実施後も在宅介護支援センターである為に

(介護の社会化)

 措置から契約へ、介護費用の負担方法が大きく変わりました。
 そして、介護保険と共に生まれたケアマネジャーが、ケアプランを作ることになりました。
 サービスの量も、民間参入もあって大幅に増やされています。利用者側の「受ける権利」も増大しています。
 果たして、これが「介護の社会化」の姿だったのでしょうか?

 私は、ケアマネジメント手法が、正常に機能することが「介護の社会化」であると考えています。
 1年前、HPを開設した切掛けは「ケアマネジャーの皆様が過大な事務負担で、本来の仕事が出来ないでおられる」旨の報道であり、開設当初、「ケアマネジャーは介護保険の給付管理係」という事をよく耳にしました。
 しかし、「これではいけない」と数多くの方々が頑張っておられます。

 先日「月間介護保険」の中に『在宅介護支援センターの役割として、自治体の委託事業であり、地域戦略を明らかにしない限り、生きた在宅介護支援などありえない。』旨記事が取り上げられている事をお知らせ頂きました。
 又、「社会福祉法によって、平成15年度から実行されることが予定されている『市町村地域福祉計画』が、福祉コミュニティーを住民参加によってつくっていく計画を立案することとされています。」とも教えて頂きました。

 ケアマネジメントは、本人をはじめとして、あらゆる社会資源を動員して援助する手法です。
 そして、家族は一番身近な社会資源です。
 「良い家族関係」を作る努力や、「地域コミュニティーを住民参加で作ってゆく事」「ケアマネジメント機関が、機能を発揮できる態勢を整える事」等など。
 これは、もう一つの国民の義務であると考えます。(行政の責任は、果たして何処までなのでしょうか?)
 この考え方から、先日意識して「福祉の社会化」という言葉を使いました。

 私は現在、介護保険財政の行く末を心配しています。
 「必要な方に、必要なサービスを」提供できる運用を期待しています。
 「介護問題」が発見できる地域が出来てゆく事を望んでおります。
 そして、先日教えて頂いた、現在専門家の中で論議されている「日本型福祉社会」の実現を、心から期待しています。

 以上お伝えして、1ヶ月目のコメントと致します。
 皆様、長い期間、どうも有り難うございました。
 それでは休憩に入ります。
                                2002・10・5

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