「私と福祉」           上越講演                   2008・7・15(火)

                            指定居宅介護支援事業所『高岡発・介護問題研究会議』
                                    管理者兼介護支援専門員  二 上   浩
                資料1 メディカルレビュー社「介護支援専門員」原稿
                   2 公正取引委員会平成14年3月13日、調査報告書(最初の4ページ)
                   3 公正取引委員会同年11月20日の研究会報告書(7〜10ページ)
                   4 地域包括支援センター業務マニュアル第2節 2・5個人情報保護22P
                   5 個人情報保護法に関して週間ダイヤモンド電話取材(末尾に掲載)
平成7年夏・舞浜・全国在宅介護支援センター協議会研修会
研修会の2日目、介護保険法に関して厚生労働省担当官から湯気の上がるような報告がありました。前日行われた会議の報告でしたが、ケアマネジメント機関に関して現在綱引きが行われているという内容でした。
在宅介護支援センターは日本初のケアマネジメント機関として誕生していますが、「歴史も浅く全てお任せする訳にはいかない」ということでした。
結果は皆様もご存知のように保健・医療・福祉関係専門資格を基礎資格として、5年間の実務経験を持つ方が介護支援専門員実務研修受講試験を受験出来る制度としてスタートを切っています。
福祉への誘い
私と高齢者福祉の結びつきは、平成元年2月頃、亡き父の友人から、老人ホームを建てているけど来ないか・・・と誘いがあったことにはじまります。平成元年9月開所の特別養護老人ホームですが、運転経験を生かしてデイサービス運転手としてのスカウトでした。かなりの高給で転職しています。
7月末で退職して、8月に1ヶ月間の職員教育の期間が設けられました。高岡市内では二ヶ所目のデイサービスセンターでしたので、先輩のデイサービスセンターへ行って研修や利用者の申し送りなども受けました。
開所に向けて利用面接などにも出かけましたが、あくまでも「副」の立場(のハズ)でした。
デイサービス介助運転士
9月からブッツケ本番でデイサービスが開所されました。特養ホームの職員も慣れていなかったこともあり、デイサービス担当の看護師と二人が常勤で、もう一人は日替わりで寮母が来ます。今では考えられないことなのですが、入浴設備は特浴1台で、入浴介助を行ないながら、実質生活指導員の仕事も待っていました。とは言え何とか手探りで業務をこなすことが出来ていました。
そういった中、利用者から皆で一泊温泉旅行にでも行けたら良いね・・・という話が出ましたので、上司や担当課とも相談して、他の利用者に迷惑がかからないのなら良いよ〜〜〜ということで、措置時代ではありましたが、和倉温泉にある身障者対応の温泉旅館・六粋苑を貸切にして「一泊温泉旅行」が実現しました。県社協の大型バスとデイサービスのバスで、総勢40名余りの旅行だったと記憶しています。
社会福祉主事任用資格通信講座
オープンから半年余り経った平成2年3月のことです。事務長がデイサービス事務所に来て、「誰にやらせてもダメなので、今年は間に合わないが、来年通信講座を受けてくれないか・・・」と言って来ました。40歳も超えていたので、「今更勉強でもないから・・・」と固辞したのですが、半ば業務命令的に平成3年4月より通信講座を受講することになり、勤務場所も事務所へ移動になりました。
友人の選挙応援 
通信講座が始まるのと平行して、小学校以来の旧友が市会議員に立候補するということで、事前に事務長の耳には入れておきましたが、選挙応援をしました。選挙の後すぐの平成3年5月に理事長から解雇の話が出ました。ホームに関係している代議士と宗派違いだと言われますが、公的な場ではこの話は出ません。この時には、某労働組合の斡旋で秋頃には解雇が撤回されています。
特養生活指導員 
通信講座が終わった私に平成4年4月から生活指導員の仕事が待っていました。
前任者は平成3年度から開設されていた在宅介護支援センターへ配置換えになっています。平成6年9月まで2年半生活指導員を勤めましたが、時々ですが、ビールやお酒を飲む機会があるホームに変身させています。また「ふれあいの日」として、日々の介護の中から担当寮母がつかんだ利用者の希望をかなえる一日として、個人的な外出の機会を作ってきました。
思いで深いケースとしては、80歳代の女性ですが、実家へ行ってから嫁の話を頼りに、娘時代に通われたというお寺へ向いました。寺を探し当てた時には、重度認知症のご本人は御堂の中を食い入るように、ため息をつきながら、眺めておられました。昔の記憶が甦っているようにも見えました。60歳台の住職でしたが幼い頃に話だけは聞いておられました。60年以上も前の話です。
このような自由な時間の過ごし方を、年に1回程度ではありましたが、皆様に経験してもらっています。外出できない方には、ベランダで出前の昼食会という企画もありました。
在宅介護支援センターソーシャルワーカー 
そして平成6年10月、在宅介護支援センターソーシャルワーカーとして地域に出ることになります。
先ず最初に台帳整理様式(地図付)を作りましたが、この段階で担当区域内の90名の民生委員さんを訪問して担当区域の線引きを行っています。
台帳の様式は、当時保健師さんが使っておられた訪問調査様式をアレンジして、基本情報(固定的な情報)とADL等、変動する情報に分け、訪問の度に変動部分を追加していく方法をとっていました。現在もその考え方には変わりがなく、アセスメント票を利用者台帳と訪問相談記録に分けています。一応認定調査項目を網羅した台帳様式を作っています。
当時の在宅介護支援センターは、ねたきり・認知症の方々の実態把握やショートステイ利用券が発行されていましたので、その実態調査や、日々地域のサービス事業者との連携など等を行ってきました。
また、保健センター保健師さんで、ねたきりの方の状況報告にセンターを訪れていただける方もありました。
現在この保健師さんとは別の形で関わりを持っていますが、在宅医療の中心的な働きをしておられます。

ケースへの関わりの中で「介護問題」(介護に関わる家族・親族の問題)を数多く見てきています。
嫁姑の問題では「認知症の姑の全てを介護することが私の復讐・・・」と言われた方もありました。
姉妹間の問題では、派手な生活をしてきた妹へ徹底した介護で見下す姉の姿がありました。公的制度として、「何もしてやらなくても良い・・・」という言い方をしておられました。
介護放棄(無知)の同居のは、妻の足に大きなアンカの火傷を作っていました。市在宅サービス調整会議のあと、家族・親族会議を予定していましたが、会議の場で話したところ、老人保健施設併設在宅介護支援センターから支援の申し出があり、家族・親族会議の場へ老健担当者から電話がかかりました。老健ではもう受け入れの話まで調整が進んでいました。担当者が直接話を聞けば解決する問題もあります。費用については二人の子が何とかするということで、同系列の病院で火傷の治療が終わってから、老人保健施設へ入所になっています。
・妻の重度認知症理解できない夫のケースでは、妻の兄の関わりや老人保健施設の相談員・医師の関わりで、県外の精神科へ長期入院することが出来ました。当時富山県には精神科病院で長期入院できる施設はありませんでした。
・・・などなど、殺伐とした現状を見てきています。
そして・ALSの夫を抱える妻のケースでは、吸痰の問題がありました。当時はホームヘルパーが吸痰をすることが出来なかったので、妻に用事があっても変わって介護が出来ないという問題もありました。結果ショートステイで対応することになりましたが、ヘルパーさんは地団駄踏んで悔しがられました。その方も今年の春に定年退職をされています。
重度の方でも家族介護は可能です。しかし軽度の方でも在宅介護が困難なケースもあります。ここに「介護に関わる家族・親族の問題」が大きく影響してきます。気長に時間をかけた関わりが必要かと思います。

また、地元校下で民生委員・福祉活動員と情報交換・ネットワーク研修会開催なども行ってきました。行政の持つ情報に+アルファーも出てきていましたので、担当課との名簿のすり合わせや地域への情報提供も行っています。
平成7年夏・舞浜・全国在宅介護支援センター協議会研修会 
初日のケアマネジメント研修で使った様式は現在の第3表です。サービスや家族等の役割を埋めていく手法でした。
当時の方からプランが浮かばないと現在でも第3表から埋める手順をとっているとお聞きしたことがあります。
友人の選挙応援 
そういう経緯の中で平成7年4月に統一地方選挙が行われています。再度選挙応援をしたことから、平成7年12月末で休職という処分が出されました。これを受け、平成8年1月に仮処分裁判ではありましたが提訴しています。4月に申し立てが却下されましたので、名古屋高裁金沢支部へ即時抗告をしています。
そして2年余り経過した平成10年6月にその決定が出ましたが、決定理由は、その間に「生活のために仕事をした」ことでした。本訴しなかった理由は、一緒に仕事をしてきた職員にまで、嘘の証言をさせたくありませんでした。
(友人の勧めもあり、平成10年の第1回試験に向けて、介護支援専門員の受験勉強を始めていましたが、この時点で断念しています。最初頃受験された方はご存知だと思いますが、A4版でしたか、厚みの薄いテキストが使用されました)
そして、しばらくして相手方の弁護士事務所は閉鎖になりました。優秀な弁護士さんで年も60歳台でしたが、良心の呵責があったのかもしれません。
【これで一応私の福祉人生は終わったはずでしたが・・・。】
妻がワープロを
それから1年数ヶ月経った平成11年年末、何を思ったのか妻がワープロを買って来ました。多分パソコンへの切り替わり時期で安かったのでしょう。年賀状が目的だったのでしょうが、ファイル1冊にあふれんばかりの裁判記録がありましたので、冊子を作ることを思い立ちました。平成12年1月に入院の機会に恵まれ(???)ましたので、入院中に冊子の「まとめ」を書いています。
退院後、仕事の合間を縫って半年余りかかって入力出来ました。現役時代にはさわりもしなかったワープロですが・・・出来るものですね。生活指導員の頃事務員さんからは「やる気が無いからだ・・・」とお叱りをいただいていました。
入力が終わって、B5サイズを二つ折りにした約500ページの冊子を50部作る予定で印刷を始めましたが、三分の一位印刷したところで友人のプリンターが「故障」してしまい、しばらく中断していました。平成12年秋頃のことです。
介護保険法施行 
平成12年4月、民間サービス事業者にも解放された制度として介護保険法がスタートしています。
新聞報道等で現状知る
法の施行から1年後、新聞報道で「ケアマネジャーが多大な事務負担で本来の役割が果たせていない」現状を知りました。同時に思ったことですが「在宅介護支援センターも本来の役割を果たしていないだろう・・・」と。そこで思い立ったのが、インターネットによる情報発信でした。
平成13年春にパソコンとプリンターを求め印刷を開始して8月に「虚構」を発行しました。製本していたのはお盆前後の暑い頃でしたが、出来た冊子を休日に当時の関係者宅を訪問して手渡ししています。
そして10月にHPを公開することになります。(HPの題は『高岡発・介護問題研究会議』ですが、後に法人名・居宅介護支援事業所の名前にも使いました。インターネットから飛び出した居宅介護支援事業所です)
HPの基礎なっているページは「虚構」裁判記録ですが、ワープロ原稿をスキャナーで読み取り、修正を加えてページを作っています。今考えれば、フロッピーからの読み込みも出来たのでしょうが、その程度のパソコン知識でしかありません。
そして過去の実践記録を公表して介護保険界へ入り込んでいます。
また、同月ヤフー掲示板で「介護問題」に関するインターネット会議をスタートしておりますし、福祉系メーリングリストや掲示板への投稿など、情報発信と情報の収集に努めてきました。
「介護研ニュース」等も発行して、地元在宅介護支援センター等へ公報も続けてきています。

後日、HPが目立つようにと、HTML編集の方法を教えていただいています。検索サイトで有利だそうですが、ページが軽くて飛びやすいのでしょうか???現在もその方法でHPを更新しています。
スタンプラリー 
インターネット情報から「スタンプラリー」という面白い言葉を耳にしました。千葉県の某在宅支援センター所長の言葉ですが、ケアマネジャーに課せられた月1回の訪問を「スタンプラリー」と表現されていました。「ハンコだけではイケナイヨ・・・」という意味もこもっていました。
この言葉をインターネットを通じて広めてきていますが、かなり多くの方がこの言葉を使われるようになっています。

スタンプラリーに関しては、開業してからお粗末な実態を目にしています。サービス事業所のカウンターに利用票が置かれていました。「これは???」と聞くと「ハンコ貰っといて・・・と持って来るんですよ・・・」とサービス依頼をした事業所にハンコまでも依頼するケアマネさんがいました。在宅介護支援センターという名の居宅介護支援事業所のケアマネさんです。自社サービスでは当然通所時の荷物の中に「ハンコ用」の利用票が入っているのでしょうね。
本来ケアマネジャーは事務所にそう多くの仕事は無いはずなのですが、何時サービス事業所を訪問しても、居宅にはケアマネジャーがタムロしています。それが「在宅介護支援センターという名の居宅介護支援事業所」の実態でした。地域包括支援センターに変わった今も、何ら状況は変わっていません。
【独立・中立型介護支援専門員全国協議会との出会い】
インターネット活動の中で、独立ケアマネの皆様ともネットを通じたお付き合いが始まっています。
(ポルトガル語???でしたか、ブランチ=横だし・ボランチ=サッカーの遊撃手という意味があるそうですが、メールで会議も開いていましたし、ケースにも関わる予定でしたので→HPにボランチ型在宅介護支援センターとテーマを掲げています。)
平成15年1月に浜松で開催された結成大会には2日目の公開会議から参加しています。会員の皆様が独立された理由で最も多かったのが、囲い込みの指示・自社サービスの囲い込みの指示があったことです。在宅介護支援センターで仕事をされていた方も多かったのですが、経営・管理者・・・天下り管理者からの指示があった・・・という方もありました。また、天下り管理者を窓際に追いやって、ワンマン経営を行っていた経営者もありました。有名な方です。
市担当課との意見交換
15年3月、インターネットがご縁で、高岡市高齢介護課の皆様と意見交換をする機会に恵まれました。意見交換ではソーシャルワーカー時代の取り組みも紹介しています。
『在宅介護支援センターは地域の連携に関して、「扇のかなめ」の役割です。底辺でガッチリと「ネットワーク」を支えて頂きたいものです。』ということをお伝えしています。
受験→独立開業 
それから数ヵ月後に、独立居宅を開業する決意をしています。
平成15年7月から受験準備に入って、10月26日の受験に備えました。(10月12・13日に独立・中立型介護支援専門員第2回大会・神奈川大会が開催されていますが、この場で受験を公表しています。)そして12月に実務研修のご案内をいただいたので、担当係長に独立居宅を設立するとお伝えに行ったら、「看板を揚げただけではお客さんは集まってこないよ・・・」と、構造的な欠陥を匂わせるような話がありました。また、出身施設が市のお荷物施設になっていることもお話いただきました。
平成16年3月1日に法人を設立。法務省で登記を済ませてから、その足で居宅介護支援事業所設立の申請をしました。県へ提出する最後の書類が実務研修修了書のコピーでした。そして4月1日指定居宅介護支援事業所『高岡発介護問題研究会議』が誕生しています。
課長に申し入れ   資料NO2 
開業から2ヶ月余り、ケースは勿論のこと、認定調査も回ってこない日々が続きました。
そこで公正取引委員会調査報告書平成14年3月13日(報道発表資料の最初から4ページ)を持って課長に申し入れをしています。福祉にはじめて関わった頃の係長で面識はありました。
「公正取引委員会の言っている通りですね・・・」と実態をご指摘すると「それじゃ・・・窓口申請の分だけでも認定調査を回します・・・」ということで、平成17年1月から、全国に先駆けて、初回認定調査が保険者調査になるまでの間に新規・更新も含めて、数十件の認定調査を依頼されています。
やはり公正取引委員会の言うとおりでした。初回認定調査はケースの獲得に結びついています。
初回ケアプランの提出
開業してから市担当者に説明会を求めています。その中で、ケアプランの提出について聞いていますが「提出する必要は無い・・・」ということでした。「どのようなプランでサービスが提供されているのか判るのですか???」ということで、居宅サービス計画作成依頼書を提出する際にケアプランも一緒に届けていました。最初は面白いことをする人だ・・・程度だったのでしょうが、一言二言ついでに言うので、煙たい方もあったようです。
1年経過して興味を持っていただいていた方も転勤になりましたので、ケアプランの提出は止めました。

それから2年半経過した今年の1月から、新規申請分に関しては、アセスメント票・第1〜3表そして担当者会議記録を居宅サービス計画作成依頼書提出の際に、添付することが義務化されました。開業当時指摘したことの必要性が4年近く経ってからお解かりになられたようです。

現在「ケアプランチェック事業」としてスタートを切っています。後日評価表をいただけます。
二枚名簿 
平成17年1月、年が明けて全国に先駆けて初回認定調査を保険者の調査員が行うようになりました。1ヶ月余り経ってからその実態を知ることになります。友人からの紹介で相談に行きましたら、居宅介護支援事業所の名簿と在宅介護支援センターの名簿がありました。そして「ここが地区担当の在宅介護支援センターですよ・・・」とご丁寧に丸印まで付けてありました。誰が付けたか聞いてみましたが、調査員が付けていったということでした。二枚目の居宅の名簿にも同じ名前、在宅介護支援センターという名の居宅介護支援事業所の名前があります。
保険者調査の実態も判りましたので、丁度市からアンケートがありましたのでアンケートに書き込みましたが、集計として市側の回答が公表されましたので、それ以上の追求はしませんでした。
天下り人事 
開業2年目に入り、そろそろ私自身のネットワークが機能して来ていた事もありますが、1ヶ月に8件の相談があった月がありました。順調に担当ケース数を伸ばしてきています。
そういった中で、県庁のOBの方を担当することになりました。何時の日か天下り人事の話になりました。
戦後、天下り人事が始まった本来の目的には品質管理という目的がありました。建設界において工事の出来上がりの品質を向上させるために天下り人事はスタートしているということでした。
福祉(介護)界に置き換えてみますと、特養等施設建設の補助金の見返りに天下り管理者が派遣されている実態があることは否めません。そして同じ社会福祉法人でも天下りを断った施設(法人)には、在宅介護支援センター(今は地域包括支援センターですが)・委託事業が委託されていない現状があります。
逆に言うと、委託事業を受諾しているほとんどの法人に天下り管理者が派遣されています。高岡では100パーセントです。
この天下り管理者に本来の仕事(サービスの質の向上)をしていただかない限り、日本の介護事情は良くならないでしょう。介護保険がスタートして介護にも競争の原理が働くことになりました。利用者が介護を選ぶことが出来るようになりましたが、実態は「絵に書いた餅」になっているのではないでしょうか?
会議室の開設  
開業から1年経った頃、空き家になるスペースを有効利用して欲しいという申し出がありました。改装を行い、会議室スペースを作り、17年9月・ニューオータニ高岡の横にオープンしています。「会議室」に掲げた大きな看板を「一昔前の少女漫画の目」と表現した方もありました。必要以上に大きな看板を掲げています。その大きな看板が、私に変わって高岡市の現状を見守っています。私にとっても大きなバックアップです。
四年前に誕生した富山県独立型介護支援専門員ネットワークも現在空白状態になっていますが、その事務所を「会議室」で預かっています。
そして今、呉西(富山県西部)を網羅出来る相談体制が整いつつあります。私自身、射水・氷見(北部)へも出て行っていますし、市の南部から砺波方面にかけては、ネットワーク会員にお任せしていこうと思っています。
今ちょうど切り替え時期で、民間・独立・オーナーケアマネをキーワードに、「会議室」を拠点にネットワークの輪を拡げている段階です。
認定調査における談合
認定に私情を入れてはいけませんので、私は担当者の更新申請に係る認定調査は行っていません。私も人間ですから、マークが横滑りしても困ります。介護保険課の係長に、担当ケアマネが認定調査をすることはマズイのではないかと申し入れを行ったことがあります。一時クロス調査を行っておられたこともありますが、こちらでも横槍が入ったようです。たまにはクロス調査も回ってきていますが、ほとんど元に戻ってしまったようです。
クロス調査を依頼する際に、担当先の事業所を知らせる必要は無いのですが、中には問い合わせをしてくるケアマネもいました。調査内容に関しても問い合わせをしてきましたので、家族が同席しておられたのなら、見たとおり、聞いたとおり調査票を作るように言いました。調査結果に関して裏で談合を行ってはいけませんね。
また、認定調査を受けた記憶が無いのに更新認定が出ているケースも耳にしています。
週間ダイヤモンド
「会議室」をオープンして間もなく週間ダイヤモンド記者の取材を「会議室」で受けています。取材は天下り構造に関してでしたが、ご連絡いただいていた発行日の冊子には記事は掲載されていませんでした。後に知ることですが、訴訟問題が起こり記事の差し替えがありました。17年11月に 給与比較 として記事が載りましたが、ホームヘルパー・ケアマネジャーの給与が紹介されています。そして、地域福祉コミュニティーを臭わせる記事にすり替わっていました。
また、電話取材でしたが、18年3月には平成15年5月30日制定された個人情報保護法(※資料NO5)に関して記事にしていただけました。在宅介護支援センターなど、ケースの獲得に委託機関併設居宅が有利だという公正取引委員会報道発表資料・調査報告書の図表(資料NO2)も載せていただき、名前入りの記事が掲載されています。

この頃だったでしょうか???知人から冗談半分に「その内に殺されるよ・・・」という話もありました。(しかし・・・まだまだ情報発信はこれからでした)
私とネットワーク
・患者会とのつながり
・・・開業と平行して、難病ネットワークとやま・富山県パーキンソン病友の会とお付き合いをしてきました。そういった中、障害児(者)とのつながりも出てきて、同じ悩みを抱える方々が地域でネットワークを作っていく必要性を強く感じました。現在は地域で患者団体等の横のつながりを作るための支援を行っています。

19年4月に医療ケア付きデイサービス「つくしの家といで」が、東建ちの旧家を改修して、デイサービスとショートステイでオープンしました。遷延性意識障がい者の子を抱えるご家族が発起人なのですが、開設に向けてお手伝いもしてきました。開所式のニュース番組取材でインタビューを受けましたので共通した悩みをお話しました。障がい児(者)を抱える親の悩みは共通しています。「私達が年老いて、介護が出来なくなったら、子の子はどうなるのだろう・・・」という悩みです。後日、知的・精神障がい者(児)を抱えるグループからの誘いもありましたが、この共通した問題を地域で解決して行く必要があると思っています。

つくしの家といでは今年の6月に介護保険施設としてデイサービスがスタートしています。
担当している2号被保険者の方で多系統萎縮症の方が第1号の利用者になりましたが、私の知らないところで進んでいた話です。本人と妻で見学の上、決めて来られました。ちょうど体調をこわされていて、主治医から訪問看護と訪問リハビリの指示が出ましたので、指定前でしたがサービス担当者会議にも声をかけました。厚生センターからも来ていただけ、12名規模の担当者会議を開催しています。

また、日本ALS協会富山県支部が昨年10月設立され、今年に入って高岡でも相談会が開催されるようになりました。地域で専門職の協力体制を作っていくために、関係機関等に働きかけを行っています。厚生センターには非常に熱心に関わっていただいています。
脊髄小脳変性症や頚椎後従靭帯骨化症の患者会設立に関しても、患者会のネットワークをご紹介してエールを贈っています。県難病相談支援センターにもバックアップをいただいており、徐々に輪を拡げていっておられます。

・福祉環境作りとやま
・・3年余り前から、富山大学と産学連携で検討してこられた、行動時間からADLを計るシステムを開発されているグループがあります。現在モニタリングシステムとして肉付けされていますが、実用化には至っていません。今後ケアマネジャーの道具として利用出来るようになれば良いと思っています。
経過の中で、福祉住環境コーディネーターや建築家で勉強会を開かれましたが、平成17年8月に私が、9月に富山県MSW協会事務局長が講師を務めました。これがご縁で平成18年度から富山県MSW協会にも加盟して今日に至っています。

・知人友人とのつながり・・
長〜い人生の中で色々な方とのお付き合いがあります。同級生の人脈などからも声をかけていただいていますが、中には妻が民生委員を務める方もあり、地域の相談窓口・居宅の出張所化している町内もあります。知人友人の知人友人を紹介していただいたこともあります。

サービス事業所とのつながり・・
利用者の数だけ、サービス事業所とお付き合いがありますが、居宅の無いサービス事業所やケアマネがいても相談のある事業所もありました。職員から直接紹介されたこともあり、業務上のつながりと個人的なつながりが交錯してきています。担当課に直接指名でサービス計画作成依頼書が届いたこともありましたが、裏にはサービス事業所職員の関わりがありました。
法改正後の話ですが、民間のサービス併設居宅で、サービスを求めて利用者が集まって来られ、そのケアプランを書いていたら、県の指導監査で「囲い込み」だと指摘されたそうです。結果自ら居宅介護支援事業所を閉鎖されましたが、サービスを求めて相談に来ておられるのですから、「いわゆる囲い込み」とは少し意味が違うようにも思います。

このような私自身のネットワークから担当することになったケースも多数ありますが、ケアマネジャーも可能な限り地域でネットワークを張り巡らせて行く必要があると思います。私はこれらのネットワークを横列のネットワークと呼んでいます。行政ラインの縦列に対しての横列です。
もっと言うならば、地域包括支援センターは縦列のネットワークを作っていく役割を持っていますが、併設居宅も含めた居宅介護支援事業所に所属するケアマネジャーは横に拡がるネットワークを作り上げていく必要性を感じています。この二つのネットワークが絡み合った姿こそ、「地域包括支援センターを扇の要とした、地域の連携・地域福祉コミュニティー」の姿だと思います。
法改正
18年4月介護保険法の改正が行われました。経過の中で厚生労働省はケアマネジャーに対して「独立性・中立性の確保」を一つの柱にしてきました。具体的には「囲いこみ率90%減算」ですが、法改正後かえってガードが固くなったように思います。この1年間はケース獲得に苦戦???しています。
「90パーセントまで囲い込んでも良いよ・・・」という解釈をされた方も有るのでしょうか?囲い込み率に関しては独立・中立型介護支援専門員全国協議会から厚生労働省宛に申し入れをしていた中にも掲げてありました。数字は確か50パーセント程度だったと記憶しています。
今後この数字も下げられていくのではないかと予測しています。
ちなみに、私の囲い込み率は、訪問介護は4社で最高42パーセント。通所介護は13社で最高13パーセント。福祉用具レンタルは4社で最高36パーセントです。
サービスの紹介には地域的なものも加味して、目で見て肌で感じることの出来るサービス通所介護に関しては2〜3箇所見学にお連れして、利用者本人に決めていただいています。

そして、地域包括支援センターは行政の責任で作るセンターとされました。
独立性・中立性の確保
法改正で求められた「独立性・中立性の確保」はケアマネジャーの位置付けであり基本理念でもあります。
ケアマネジャーの立場を考えれば、基本理念を明記して貰わなくても、その位置付けも判りそうなものですが、利用者の意向に沿わない非常識なケアマネも見ています。ケアマネの立場を今一度考えていく必要があるのではないかと思います。

独立性に関しては、所属法人からの独立性であり、法改正でケアマネジャーに背番号が付きました。サービス事業所の一ケアマネではなく、一人ひとりのケアマネジャーが何処の事業所に所属しているかということだと思います。
給付管理表にケアマネジャーの番号が入るようになっていますので、介護報酬は事業所宛に支払われますが、個々のケースの給付管理は個々のケアマネが責任を負うことになります。
法改正後、介護保険法の運用上は、ケアマネジャーの独立性は確保されていることになっています。

中立性に関しましては、本人を取り巻く関係や社会資源等に対しての中立性です。家族や地域との関わり、あるいは介護保険サービスも含んだ各種制度との関わり、その関係においての中立の立場・中立性です。そしてケアマネジメントは本人の立場で行われることになります。

ケアマネジャーが自分の立場を間違えたらマネジメントにはなりません。
複雑な家族関係の中でマネジメントを行うときは特に気を付けなければいけませんが、本人の代弁者を確定しておかないと、複雑な家族関係の中に巻き込まれてしまう恐れがあります。この位置付けが最初に行っておかなければいけない作業です。ケアマネジャー自身の立場を明確にしておく必要があります。

※先日の話ですが、5月22日に開催されたブロックのケアマネ勉強会で、4月からケアマネを始めたケアマネさんが35件担当していると言われました。市担当者とグループワークで同じテーブルだったので顔を見合わせたのですが、ケアマネジャーがケースを担当するためには手順があります。先ほどもお話しましたが、ケアマネジャーには背番号が付いています。アセスメントは???ケアプラン原案は???担当者会議???
私自身、1ヶ月に8件の相談があった時は、何件かサービススタートが翌月にずれ込んでいます。
成年後見制度
在宅介護支援センターソーシャルワーカー時代の中でも紹介しましたが、随分色々な家族関係を見てきています。家族関係の修復が可能なら修復を試みることもありますが、修復不可能であれば本人にとって一番良い方法を執ることになります。しかし、その方法がその家族関係にとって最善の方法ばかりではありません。ケアマネジャーは介護支援の専門家であって法の専門家ではありません。
「介護問題」のケースで法の専門家が協働するケースもあるでしょう。その段階においても本人の立場であることを忘れてはいけないと思います。

現在調停進行中の遠距離住み込み介護の方の支援を行っています。成年後見に関して相談を持ちかけられましたので、第3者であり、法の専門家に後見人を依頼されることをお勧めしました。この意識を持っていただくまで半年余り時間が必要でしたが、最初にお会いした時に後見制度を紹介しています。子が付いていながらも利用する必要のあるケースもありますが、特に家族関係が複雑なケースでは利用を検討された方が良いように思います。ケアマネジャー一人で問題を抱え込まないためにも、法のプロを味方に付けておいた方が良いとも思います。
ケアマネジメントとソーシャルワーク 
私はケアマネジメントもソーシャルワークも同じ性質のものだと思っています。対象を利用者個人に置くのか、地域に置くのかによって違ってきますが、有効な社会資源をネットワークでつなげていく角度から見れば、その手法には共通するものが見えてきます。ケースを通じてネットワークを横へ拡げていくことこそが、ケアマネジャーに求められるケアマネジメントの方向性だと思いますし、地域包括支援センターでは、行政ラインの縦列のネットワークに加え、地域におけるあらゆるネットワークの要の役割を果していっていただきたいものだと思います。地域包括支援センターの社会福祉士の役割に大きな期待を持っています。

先日来、隣市から地域ケア会議に呼んでいただいています。まだ勉強会の段階ではありますが、民生委員等地域の役員やケアマネも含めてサービス機関等からの参加もあります。地域を大きくネットワークでつないでいっていただきたいものだと思います。
情報公表制度  (資料NO2 P4)
法改正で情報公表制度がスタートしていますが、介護保険法スタート時点の本来の目的は、利用者の「選択の自由を保障する」制度だと理解しています。しかし高齢者がインターネット検索を出来るわけもありませんので、ケアマネジャーが活用していかなければいけない制度だとも思います。そして、そのケアマネジャーを利用者が自由に選ぶことが出来る制度運用に変えていく必要があるとも思います。しかし現状は果たしてどうなっているのでしょうか???活用不可能な制度だと思います。
しかし、厚生労働省が現状を指摘した制度だとしたらどうなるのでしょうか?私が数限りなくインターネット等を通じてご指摘してきている、行政委託機関併設居宅による行政情報・被保険者情報を囲い込んできた現状。その現状を公正取引委員会から指摘され、「公正な取引」が出来るシステムとして開発しているものだとすれば、役を果たさないシステムであっても、今後2弾3弾があるものと思います。

利用者の選択の自由を保障する気持ちは、専門職としての理念の問題でもあります。

最近活用されていない情報公表制度に関して見直しの必要性が厚生労働省から出されています。
『同制度については、事業者から徴収した費用で運用されているが、手間と費用がかかる割に公表された情報がまったく活用されておらず、調査や公表を行う外郭団体の温存策ではないかなど現場の不満や批判が強くあった。21日の参議院本会議で改正介護保険法と介護従事者処遇改善法が可決されたが、この国会審議の中でも、同制度について「手数料を含めた見直しが必要」「事業の収支状況を明らかにせよ」などと与野党問わず批判があったため、厚生労働省は抜本的な見直しを検討し、来年度から施行する方針を示していた。』
(シルバー新報記事より抜粋)
協業組合構想
平成15年11月12・13日開催された独立・中立型介護支援専門員全国協議会第2回全国大会(横浜大会)に、国の審議会にも名を連ねる方からメッセージが届いていました。
メッセージの一部ですが、
(問題事項)
居宅介護支援は中立公平である必要があるが、現状はそうではない。事業所の意向が大きく働き利用者の選択の幅を狭めている
(提 言 )
法人が少しずつ負担し合って事業者組合を設立したり、在宅介護支援センターをより法人から独立させてはどうだろうか。また、行政はそれを支援してはどうか。


この提言をヒントに、民間が協働していく方法を模索していました。そこで出た結論が、居宅部門だけ協業化出来る協業組合でした。

18年7月「独立化の勧め」ということで協業組合構想をインターネット発信しましたところ、専門紙3社からの電話取材と地方紙1社からの取材がありました。また11月に行われた独立・中立型全国協議会セミナーにおいても、構想をお話しましたが、その時にも記事にしていただけました。
週刊「シルバー新報」2006・7・28(独立・中立型全国協議会セミナー分 11・17)
北海道医療新聞社「介護新聞」2006・ 8・10・シルバー産業新聞2006・8・10・北日本新聞 2006・9・17
記事が掲載されています。
特定事業所加算が第一の目的ではなかったのですが、一つの目標として掲げました。その目標がクローズアップされました。中には「民の底力を期待します」とエールを贈っていただいた記者もありました。何らかの形で、民間がまとまっていく・事業化を進めていくことが求められているようです。

そして同じ時期にメディカルレビュー社から原稿依頼がありましたので、本日資料(NO1)とさせていただいた原稿を投稿しています。
また、介護支援専門員の専門サイト・ケアマネドットコムからもブログ開設の誘いがあり「選択の自由を保障する」というテーマでそろそろ2年になりますが、ブログ投稿を重ねています。

そのような経緯の中で、某市社会福祉協議会が居宅介護支援事業所を3分割(包括・軽度・重度)して特定事業所加算を取得しようとして顰蹙を買っています。
サービス指定の規制 
高岡市ではデイサービス等介護保険サービス開設に総量規制をかけてきました。・保健・福祉計画・介護保険計画に基づくものですが、サービス量が不足している現状があります。
私は、介護保険法は民間にも開放されましたので、競争の原理が働く市場を作り上げる使命を持って誕生していると思います。サービスの質で利用者に選んでもらえる情況を作って行く必要があると思っていますが、市担当者にそういう話をしましたら「〇〇苑がつぶれても困るでしょう・・・」という声が返ってきました。具体的に施設名を上げて・・・です。後ほどお話しますが、予防プランを再委託しない地域包括支援センター受諾法人です。社会福祉法人ですが、行政の関係から天下り(派遣)人事が成されています。
サービス量が豊富にあり、情報公表制度が活用されるように望んでいますが、そのためにも先ず、市町村・保険者が意識を変えて行く必要がありそうです。
市政への提言(提案)
友人の市議を通じて市政に対して提言(提案)を行う方法を教えていただきました。「公報統計課長が窓口になって話を聞いて、市三役が協議した結果、市長から文書で解答がある」という内容です。富山県独立型介護支援専門員ネットワーク協業組合設立準備会の名で申し入れをしましたら「二上が何か言いたがっている」ということで、福祉保健部次長へ話が回り、次長・担当課長と準備会メンバー2名でテーブルを囲むことになりました。

平成18年11月、独中協の全国セミナーから夜行バスで帰った日の午後でした。本日資料としてお配りした専門誌原稿の内容や公正取引委員会の指摘にも触れています。市の持つ被保険者情報の公正な取り扱いに関する申し入れでした。
課長退職
2月に入って「介護支援専門員1月号」の掲載記事の分冊子を送ってもらいましたので担当課長に届けたのですが、「何を回答しろというのか・・・」という姿勢でした。1月に行われたケアマネの懇親会では、「定年までもう1年ある・・・」と言っておられました。後日定年を1年残して、一通の文書を私宛に書いて退職(天下り)されることになりましたので、それ以降、市にはものを言わないことにしました。急に決まったことなのかもしれませんが、快い対応ではありませんでした。(公式ルートに乗った提言でした。)
富山県介護支援専門員協会誕生
組織委員の公募が平成18年8月ありましたので応募しました。法改正で「独立性・中立性の確保」を求められていましたので、ケアマネジャーの意識を変えるためにも、個人加盟の協会への転換を望んでいました。

年末から2月末ぐらいまで協議を重ね、平成19年3月に臨時総会を開催しています。議長に指名されましたので、組織委員として協議してきた立場を明確にして、「それでも良かったら・・・」ということでお引き受けしました。結果、満場一致で個人加盟の協会として、日本協会とも連携を強化していく方向性でスタートを切っています。事業所会員も認めていますが、ケアマネジャーの数だけの会費を納めることに規約上はなっています。
最近の情勢
隣市の地域包括支援センターから平成19年末に誘いがかかりました。過って県在宅介護支援センター協議会でご一緒したソーシャルワーカーですが、当時ひとり暮らし老人の実態把握を軒並み行うように行政から指示されて不満を述べていた方です。干支(カレンダー)も一回りしているので、大きく育っておられました。
せっかくの誘いですので、お受けすることを前提に「隣市まで行くのだから、骨のあるケースが良いな〜〜〜」と言いましたら、本当に骨のあるケースを回していただけました。認知症の夫と癌ターミナルの妻のケースでは、12名で妻の退院前カンファレンス(兼サービス担当者会議)を開催しました。往診・訪問看護の体制も整いましたが、結果退院することは出来ませんでした。隣市でここまでのマネジメントが出来ましたので、充分に満足しています。
そのあともう一件、今度は主任ケアマネから依頼がありました。家族・親族に大きな問題があるケースですが、充分に協働していただけました。生活環境を整えれば体調も良くなります。利用者本人が過ごしやすい環境が出来つつありますが、家族の問題はゼロにはなっていません。今後2転・3転するケースだと思っています。
高岡市の情勢
市内の地域包括支援センター経由のケース依頼はありません。しかし併設居宅からの変更はサービス事業所からの紹介などで在宅介護支援センター時代も含めて何件か行っています。手に負えないケースを囲い込んでいるのも、委託機関併設居宅です。

予防プランの再委託をしない方針のセンターがあります。事前に方針がわかりましたので、支援が出たら自己作成支援をすることを担当者会議で報告しています。
先程もお話しましたが、今年の1月からの新規申請分に関しては、ケアプランチェック事業が始まっています。居宅サービス計画作成依頼届けと一緒に、アセスメント表・1・2・3表とサービス担当者会議記録を提出することになりました。
提出した会議記録には再委託を受けられないから、要支援が出たら自己作成支援を行うことを明記しています。暫定スタートを切っていましたが、認定結果は要支援2でしたので、自己作成プランとして家族から市へ届けていただくことにしました。(要支援に関して、暫定の月は保険者が給付管理を行います。認定が出たら地域包括へ回り、地域包括から再委託を受けるシステムになっています。)
現在担当課のほうでケアマネからの代理提出を認める方向で検討が行われていますが、まだ答えは出ていません。
そして、再委託しない方針を私に告げた主任介護支援専門員は昨年度末で退職をされています。少しは判っていただけたのかもしれません。

独立・民間系居宅(オーナーケアマネ)が県西部に4箇所あります。私自身限度件数に近付いてきていますので、オーナーケアマネでケース交流をする事を持ちかけています。最近富山型デイサービスにも居宅が出来ましたので今後歩調を合わせて行きますが、協業組合の準備段階としてある程度の地区担当を決めて、協働していきたいと話し合っています。困難事例は担当することにしています。
資料に関して 
居宅介護支援事業所の立場から地域包括支援センターに期待することの題名はメディカルレビュー社からの指定でした。他に原稿を書かれる方々もお知らせしていただいていました。
『研究会議NO7』に投稿のあった内容を紹介していますが、この方は国レベルで重要な役割を持っておられる方です。正に人間裏表がある見本のような方ですが、この言葉を聞いたご本人にも確認の上掲載しています。同じ号で原稿を書かれた方に向けた一寸したいたずらでした。ご本人が一番驚いておられると思います。

平成19年6月頃でしたか。コムスン問題の放映番組でジャーナリストの櫻井よしこ氏がコムスン問題を「氷山の一角」と表現しておられました。氷山の全体像として、今日お配りしました原稿のインターネット版のアドレスをブログのメールアドレスから送っています。
それから1ヶ月以内にNHK富山放送局番組制作ディレクターから連絡をいただいています。取材も2回受けていますが、もしかして、ドキュメント番組が作られているところなのかもしれません。
無い社会資源は地域で作って行くことが出来るように 
・私自身が社会資源になっているケースがあります。車椅子からベッド・ベッドからポータブルトイレへの移乗とその逆も何とか出来る一人暮らしの男性です。時々失敗してベッドから落ちると、身動き一つ出来ません。ヘッド上でも、ベッド柵につかまって何とか寝返りが出来る方なのですが、緊急通報装置は利用しておられます。過っては在宅介護支援センターへ連絡が入って救助も出来たようですが、現在は安全センターからの連絡網による通報で終わっています。子機電話も併用して、ベッドから落ちた時などは連絡をいただいています。高岡にいないときは事前にヘルパー事業所に連絡を入れておいて(今日は連絡をして来ました)ヘルパー二人介助で救助していただくことにしてありますが、今のところ私で間に合っています。
・もう一件、アパート4階からの階段昇降を介護タクシーの会社に併設されているヘルパー事業所・男性ヘルパー2名で車椅子による昇降介助を依頼していました。一時体重が増えられたこともあって出来ない・・・ということになりました。誰かが行わなければいけない介助ですので、男性移送サービス事業者と私で1年半余り介助してきました。骨髄腫・血液の癌の方ですが、自宅でターミナルの予定でした。通院出来なくなったことから、在宅療養支援診療所医師に往診を依頼していましたが、10日目に医師から病院と救急車を手配いただき、集中治療室へ入院されました。そして1週間後に帰らぬ人となられました。
ケアマネジャー自身が利用出来る社会資源にもなりうることもあります。
・そして地域包括支援センターがサービスネットワークの核になっていけるように、地域の利用出来る社会資源を整えていくことも重要な問題かと思います。
ケアマネの道具
認定期間一覧表やケアプラン更新一覧表を作っておられる方は多いと思いますが、独自に作った「ケアマネの道具」をご紹介したいと思います。
「サービス提供一覧表」なのですが、モニタリングを生活の場とサービスの利用状況の双方向から確認するための道具です。縦軸に利用者名・横軸に日付を配置して、サービスの利用予定を書き込んでいます。例えば今日の日付7月15日(火)を縦に追っていけば、利用者がどのサービスを利用しているのか、家なのか、あるいは通院日なのか・・・など等を一覧出来る表です。双方向から本人の生活を見ていく為の、訪問の為の道具です。
行動範囲が広いので概ね方向を定めて出かけますが、タイミングが良いのか、行く先々で電話がかかったりもします。時として施設に入るところへ電話がかかったり・・・スーパーマンより早い・・・ということもありました。

この表を一時サービス提供内容の集計にも使っていましたが、最近ソフト(インターネットでつなぐタイプ)で集計も出来るようになりました。私の囲い込み率は、訪問介護は4社で最高42パーセント。通所介護は13社で最高13パーセント。福祉用具レンタルは4社で36パーセントです。
目で見て、肌で感じることの出来るサービス、デイサービスに関しては隣接中学校区の範囲で2〜3箇所見学をしていただいて決めて貰っています。38人の利用者に対して、30事業所の37サービスを利用していますが、予防プランでお付き合いしている地域包括支援センターもありますので、利用者の数に匹敵する事業者・サービス提供責任者等とお付き合いさせていただいています。
介護問題(介護に関わる家族・親族の問題)
介護問題をテーマにしていますが、テーマに反して良い家族関係の方々を担当させていただいています。

現在心配な家族・親族が3〜4件ありますが、経緯の中で調整を行ってきています。問題の原点を解決することは容易ではありませんが、現状の中で「問題」が頭をもたげないように調整することは可能です。

子の妻(夫)・姻族には相続権はありませんが、家族関係を見るときに、この関係がどのように解決されているかを見る必要があります。世代をのり越えて孫に相続されている家庭もありますし、成年後見の申し立てをしておられる家庭もあります。

一件、夫が若死にして生前贈与が行われているケースで、舅をおいて実家に帰りたいと言い出した嫁がいました。親族会議でのことですが、親族は事実関係を知っていますので、腹の中には大きな不満があったものと思われます。嫁の実家では認知症の母親が一人暮らしをしています。話は判らないではありませんが、置いて行くということに関しては、「チョッと待った・・・」ということになります。初回でしたので介護保険サービス利用に関しての家族の責任だけは果たしていただくことにしました。やんわりと・・・です。
今後どのような経緯を辿るかは判りませんが、いずれ法的な解決を図る必要のあるケースのように思っています。
直接口に出す必要はありませんが、関係法令がどうなっているかは知っておく必要があります。
先日ベッドから落ちられて動けなくなったと電話をいただいたので、すぐに駆けつけ、骨折の心配もあったので救急車を呼んでもらいました。救急車ですから一緒に乗って行く必要があります。結果、骨折はしていなかったのですが、両膝の打撲で動くことが出来ないので2週間ほど入院させてもらうことにされました。

特別室しか空いていなかったということで、1日1万2千円の部屋でした。その後も落ち着くまで心配だということで、リハビリも出来るショートステイの手配も行い、1ヶ月間施設生活が出来るように調整を行いました。全て嫁の采配でした。この1日間の関わりで信頼関係も生まれたようです。かってのような投げやりの態度は無くなりました。
ケアマネジメントには先ず関係者との信頼関係を作り上げることが重要かと思います。

先程ケアマネジメントもソーシャルワークも同じ性質のものだと言いました。保健・医療・そして介護保険サービスも含んだ福祉とのつながりは勿論のこと、法的な問題が出てきたときに法関係者にも「聞く」ことの出来る自分自身のネットワーク・個(人)を対象としたネットワークを是非持っていただきたいと思います。

餅は餅屋・・・必ず良いアイデアが浮かぶものと思います。そして、ケースをテーマに協働することも重要なことです。数多くのケースを手掛ける内に、そのネットワークも膨らんでいきます。その関係を大切にしていただきたいものだと思います。

これも先程紹介しましたが、私自身のネットワークの中に、MSW協会を通じた医療ネットワークがあります。このネットワークから患者会支援やメールで病院間調整・医師の関係の調整も行っています。患者会のつながりで、厚生センターにも動いていただけます。住宅問題が出てくれば、福祉住宅環境コーディネーター協会や友人にも建築家はいます。電気屋・ガス屋・自動車屋なども揃っていますので、生活環境を整えるのには充分です。(ご本人にかかりつけ〇〇屋さんがいない時の話ですが・・・)
サービス事業者に関しては、利用者の数ほどの事業所とのお付き合いがあります。本人に最適のサービス事業者にサービスを依頼出来る体制が整っています。独立ケアマネならではの実践です。

独立・中立型介護支援専門員全国協議会のところでも触れましたが、ケアマネジャーが独立した理由の一番大きな問題は、経営・管理者からのサービスの囲い込みの指示の問題でした。自社サービスを利用しろ・・・という指示です。
今日お集まりいただいている方々の中には、不満を抱えながら仕事をしておられる方々も多いと思います。
その不満を解消するためにも、是非独立開業をしていただきたいと思います。
ケアマネジャーは「独立性・中立性を確保」していく使命を持っています。理念だけでは解決しない背景もあります。その背景を取り除くためにも、〇〇居宅介護支援事業□□協議会の皆様は日夜努力されていることと思いますが、今日お話した、公正取引委員会の指摘や天下り構造・行政ラインでの癒着の無い、素晴らしい地域の連携体制を作り上げていっていただきたいと思います。
そして安心して独立開業が出来る、地域包括支援センターを扇の要とした、地域の連携・地域福祉コミュニティーを是非作っていっていただきたいものだと思います。
ただ、このことをご指摘して担当課長が辞めなければいけない背景があることは事実です。

人生の中で自分自身の権利に関して主張もしてきました。このことにより利用者の立場でものを考えることが出来ているようでもあります。
一口で「地域の連携」と言っても実現は難しいと思います。利害を超越して、地域の福祉を同じ目線で見て行くことが出来れば良いと思いますが、「言うは易し、行なうは難し」ということだと思います。

「独立性・中立性の確保」のところもお話しましたが、利用者の立場でものを考えるということはケアマネジャーの位置付けであり、基本理念でもあります。この基本理念に向かっていただける方が一人でも多くなることを願っています。
開業4ヶ月目に、公的制度からの融資を受けましたが、返済は1年据え置きで3ヶ月後に返済が完了いたします。
「石の上にも3年」という諺がありますが、法改正で足踏みして1年遅れました。
せめて2年位で、ある程度採算が取れる背景を作り出す必要性を感じています。そのためにも風通しの良い地域を作って行く必要があると思います。

最後に「福祉は社会運動」という言葉を紹介させていただいて、話を終わらせていただきます。皆様お一人お一人に社会運動を目指していただきたいと思います。

※追加資料(資料NO5)
個人情報保護法に関して(週間ダイヤモンド電話取材)  2006・2・25(平成18年)

個人情報保護法に関して質問をいただきましたので次のようにお答えいたしました。
『個人情報に関しては、運営規定に明記して、重要事項説明書でも触れています。また、ケアプラン同意書には、ケアプラン担当各機関にケアプラン関係書類を送付する必要性を明記して、書類は直接担当者に手渡しています。

これで大丈夫だと思っていますが、今回指摘されたのは個人情報の取扱量が多い事業所、介護・福祉関係では在宅介護支援センターなどがそれに当たるものと理解しています。

http://www.wam.go.jp/wamappl/bb05Kaig.nsf/0/79ea61ddf2ef4633492570dc0029d9a8/$FILE/manual1,2_all.pdf

添付しました資料は、今回の法改正で誕生する事になっている地域包括支援センター業務マニュアルですが、本ページ数22〜23ページをご参照いただきたいのですが、その中の文章をご紹介いたします。
「地域包括支援センターの有する高齢者に関する情報が、当該併設する他の事業所の職員からはアクセスしたり閲覧することができないような措置を講じておくことが必要です。」
行政の委託機関「在宅介護支援センター」の持つ、行政の個人情報を併設の居宅介護支援事業所で囲い込んできた現実を厚生労働省が指摘した点だと思います。

http://www.jftc.go.jp/pressrelease/02.march/02031301.pdf

公正取引委員会が平成14年3月13日報道発表としてこのサービスの囲い込みに関して指摘していますが、現実的には余り効果はなかったようです。
1〜4ページをご参照いただくだけで充分だと思います。

今度こそは行政の責任で個人情報を保護していただき、公正な取引が出来る介護業界であっていただきたいと思います。

追伸には具体的な実態を書いていますので省略いたしますが、在宅介護支援センターからスライドした形の地域包括支援センターではありますが、その中身を楽しみにしています。
しかし現状を見る限りでは大きな期待はしていません。』
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トピック 35    居宅介護支援事業所の立場から地域包括支援センターに期待すること
メディカルレビュー社「介護支援専門員」2007・1月号投稿原稿

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