良い老夫婦関係を築くために

 このコーナーでは、一方が障害者になられたとしても、実に微笑ましい夫婦関係を保っておられる方々があります。
 その夫婦円満の秘訣を探りたいと思います。
 勿論若い時から仲がよろしかったのでしょうが。
 中には「病気になった妻と現状を見つめた瞬間に、共に歩んだ人生を振り返り、結婚当初の気持ちを思い出すことが出来ました。私達は決して仲の良い夫婦ではありませんでした」というご夫婦もありました。
 相手をいたわる気持ちになられたのだと思って聞いていました。

 又、『この世から、嫁姑の問題が無くなれば、福祉施設は必要なくなる』と言い切った方がありました。
 円満な家族関係を築くためにもこの問題は避けて通れない問題だと思います。
 富山県は持ち家率で全国1位だそうです。核家族化の進んだ今日、裏返してみれば、全国一、嫁姑の関係が悪い県。という事にならない様に・・・・・・・。

 妻が夫を、夫が妻を介護することが、核家族化の進んだ今日では決して珍しい事ではありません。
 私を含め、団塊の世代が高齢者の仲間入りをするのもそんなに先のことではありません。
 その時に備えて「良い夫婦関係」を築いておきたいものです。
 読者の皆様からの「微笑ましい老夫婦」のご紹介をお待ちしております。

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2004・5・1
仲の良かったご夫婦ほどこのようなことがおこります。
名古屋のletさんから 「介護問題」に関するインターネット会議 にレポートを送っていただきました。

共依存とその弊害

高齢化社会と核家族世代の台頭を迎えてライフサイクルも大変な変化をすることになりました。

1 高齢者の現役引退後の生活期間が20年以上と長くなったこと。
2 その期間を子供との同居が出来なくなったことがあります。特に都市部では、サラリーマン世帯が多く家業を手伝うことはありませんし、子供の独立後は夫婦だけの生活の再現になることが多いことです。また、夫の定年後の離婚が増加をしているのは注目をあつめる所です。これは独居世帯の増加を意味するだけでなく、うつ病、引きこもり、アルコール依存症など、精神疾患の引き金に成りかねないので、このあたりの介護力の増強が待たれるところです。

さて、今回は離婚を選んだ方々のことはさて置きご夫婦の介護における共依存の問題について説明することにします。

まず、病的でない共依存とは、「そばに私が付いてなければ、何も出来ないあなただから、悔やみはしません・・・・・」どこかで聞いたことのありそうな演歌の一節の中にもあります。私の人生=あなたの人生です。これが、日本人の心だなどと歌ってもヒットにはならないご時世です。

余談はさて置きこのような二人だけの世界が長く続くことは稀です。50代位までは、子供がその成長にあわせて様々な刺激や変化を家庭にもたらしてくれるので、夫婦でそんな演歌気分で恋しているわけにはいかないわけですし、たがいに夫婦間以外の世界を持ちながら生活することが社会的にも体力的にも可能です。子は鎹(カスガイ)であり、会社や地域社会等での役割や経験が夫婦関係に影響し、良くも悪くも成長をうながしてくれるわけです。ですから、他者からの影響があり、また夫婦にそれを受け入れることが可能な場合は、病的な「共依存」とはなりません。夫婦喧嘩は犬も食わないていどのことでおさまり、たいていの場合はたとえば虐待、家庭内暴力(最近は増えていますが)とまでは行かないのです。しかし、たとえば夫婦のどちらかが重篤な病になった時には、その看病への専念や心配を契機に「共依存」は病的な進行を始めます。

ここで、病的な共依存の定義をしたいのですが、どうも的確なものが見つからないので私なりに言わせていただきます、

1 自分の人生やその目的が、特定の個人の状態や意見に支配または大きな影響をうけていて、自分の人生やその目的をその特定の個人を除いては意味を見出せなくなっている。
2 特定個人を含む他者との関係に病的な障害(暴言、妄想、暴力、思い込み)が現れたり、心中やその特定個人の後追い心中の恐れがあること。」となります。同じような現象は、アルコール依存症の夫婦間、障害児とその母親にもみられると思います。

在宅介護中の夫婦間の共依存について報告するわけですが、各種の報告をみましても核家族の台頭のなか本当に多いのが現状です。この共依存の原因はまず、

1 現状を率直に受け入れられないこと。たとえばいつも威張っていて、威厳のあった夫が痴呆になってしまい、言うこともおかしいし、世話ばかり掛かる。「痴呆は大変だ。」とは聞いていたが、まさか自分の夫がなるとは思っていなかった。しかし、これは一時的なものだと心のどこかで思っている。ある朝目が醒めたら元の夫にもどっていないかと、思いながら一生懸命介護している。
2 だからこそ、そんな夫を人の目にさらしたくない。子供にも親戚にも「物忘れが多くなったと」しか話していない。なんとか自分でしたいと思って毎日頑張っている。仮に子供や親戚に窮状を訴えても、長時間介護を手伝ってくれるわけでもないし、入院を勧められるのがおちである。世間体もあり、精神科の通院や、ホームヘルパーを家に入れるなど考えられない。
3 しかし、そんな期間が長く続くと心身共に疲れ果ててきた。当初は心配をしてくれた子供や親戚もこのところ電話をかけて来る位だ。自分だけどうしてこんな苦労をしなくてはいけないのだろう?いやいや、明日の朝はもう少しまともかもしれない。私ががんばらなくては。こんなのとの繰り返しが始まったら、わたしは危ないと考えています。

この出口の無い堂堂巡りから抜け出せなければ大変なことになります。たとえば虐待になることも考えられます。

なんとかホームヘルパーを入れる気になっても、まだまだ出来る所は私でやるので「掃除だけ」とか、「トイレだけ」とかの要望となり、限定的なサービスに限られることが多いのです。しかし、問題はそんな簡単で小さなものではないのです。その問題への理解なくしてサービスを続ければクレームの続出になること請け合いです。

なぜか。それは心理的渦が速度を増しているからです。

1 仕事はヘルパーに頼んでも、心理的には何も任していない。たとえ外出してもすぐ帰ってきてしまう。任せていないので、実は何の気分転換にはならない。在らぬことを考えることさえある。
2 現状を受け入れられない。現状を自分のよいように解釈するので、適切な対処が出来ない。たとえば、これ以上体重を増やすことが内科的にも、運動機能的にも危険なのに食事を変えれない。危険防止をしない。
3 相手のことに、一生懸命であること=他の事には興味をしめさない、しない事と勘違いして罪悪感さえ覚える場合がある。これによりこの共依存の関係は他に閉じたモノになり一層病的になる。そして、わたしは一生懸命だ、人は解ってくれない、どうしたらいいのだ、と叫びながら心理的渦を作って行きます。こうなると、共依存も重篤です。

これに対し、外部はどのように接触し影響を受けるのでしょう。

1 一生懸命さは解るので、ほめるしかなく。ほおっておく。仮に手伝ったとしても実は問題の所在はそこにはないので、かゆい所に手が届いたと言う感触がない。
2 話を聞いているだけのうちはよいが、深入りすると頼られてしまうか、拒否されてしまう。一線を引くのが簡単な対処法です。これがうまく出来ないと拒否されて、否な関係を作ることになるか、下手をすると心理的渦に巻き込まれて、こちらも心理的ダメージを受けることになります

では、どのような対処の仕方があるでしょう。

1 とりあえず、一線を引くしかないでしょう。しかし、医療のように症状をなくす、又は緩和すると言った目的にともなった関係の区切りがないホームヘルパーには時間の制限が有効な手段です。
2 器の大きなセラピストなら、共感的支持と社会化への誘導で心理的自然治癒力に働きかけることが出来るのですが、ホームヘルパーの力量では心理的渦とのせめぎあいとなり危険な場合がありますので細心の注意が必要です。なにしろ、どんな場合も危機と接していることを忘れずに仲間等に常に相談することが大切です。特に、元気な高齢者の知恵や協力も有効です。
3 出来れば、様々な人間からのアプローチがあるとよいと考えています。保健所の精神衛生相談員とか臨床心理士とか専門家も必要ですが、かえって単なる通りすがり出会いでもよいので、なにしろ本人、ご家族共外出してもらうのはよいことです。



(返信)
let さん、ありがとうございます。
正にその通りだと思います。

しかし、そんな期間が長く続くと心身共に疲れ果ててきた。当初は心配をしてくれた子供や親戚もこのところ電話をかけて来る位だ。自分だけどうしてこんな苦労をしなくてはいけないのだろう?いやいや、明日の朝はもう少しまともかもしれない。私ががんばらなくては。こんなのとの繰り返しが始まったら、わたしは危ないと考えています。
この出口の無い堂堂巡りから抜け出せなければ大変なことになります。たとえば虐待になることも考えられます。


このような状況になる前に、地域で察知して、在宅介護支援センターを中心に地域で見守りながら、必要な援助を行っていくというのが、「待つ福祉から、発見できる福祉」への転換です。
遠くの親戚より近くの他人ですから、この状況をいち早く察知できるのは近隣の方々です。
在宅介護支援センターが町内にまで入り込んだネットワークを築く必要性を感じています。

しかし、なかなか現状を認められないケースが多いので、在宅介護支援センターは気長に、せかさないように、定期・不定期を組み合わせて訪問を重ねることが大切だと思います。
そういった活動の中から心を開かれるもので、このようなケースには数多く出会いましたが、サービスにつながったとしても、その内容は充分吟味しなければなりません。
大切な配偶者のことですから、ことのほか大切にしておられますから、対応にも気をつけなければなりませんね。
失敗したケースもありますよ。

あまりにも適切に表現しておられますので、是非、HPでご紹介したいのですが、
「良い老夫婦関係を築くために」で、私の返信をつけて紹介させていただいてもよろしいでしょうか?


2003・2・16
 少し前の記事ですが、心に響く内容でしたので探しました。
              (北日本新聞2003・2・1 女のいこい より)
「使えない1万円札」

小さく4つに畳まれた一万円札。
八十一歳になる実家の母が私のポケットに押し込むようにしてくれたお金である。

先日、母を買い物に誘った。
大事そうに抱えたバッグには、のしがかかったままの商品券が輪ゴムに留められて入っていた。
金額にして二万円ほどあっただろうか。
折々にいただいた香典返しや、見舞い返しをためておいたものだという。

思えば二人で出掛けるのは数年ぶりだった。
ようやく母に何か買ってあげられるかな、と思える年頃になった。
今年こそは親孝行のまねごとでもしてみようかと、気負ってデパートへ入った。
ことのほか惣菜売り場が好きな母は、商品券を惜しみなく食品に替えている。
何やら、とても生き生きとして楽しそうだ。

ふと思い出したように、がま口の中から切符のように折られたお札を取り出した。
私にセーターでも買えという。
いらないという私との問答の末、「あげられるうちが華なんだから」という母の言葉に思わず「ありがとう」と小さく言った。
鼻の奥がつーんと痛くなった。

何のことはない、帰るころ私の両手には、母が買ってくれた大小さまざまな食品が入った袋がぶら下がっていた。
セーターこそ買わなかったが、今でもポケットに入っている一万円札。
生涯使えそうにない大切なお札である。


「ありがとう」素晴らしい言葉ですね。


2002・12・15
「NHKのど自慢」微笑ましい老夫婦

 昨日、木更津の友人から、「予選を見てきたが、是非本番を見て欲しい。」と連絡を頂きました。
 85歳の老夫婦、曲の題名は知りませんがデュエット曲です。
 お父さん、出だしを間違えて、途中でも間違えて、お母さんがカバーしきれなくなって、ゲストの小林幸子さんが助け舟を出しました。
 それでも最後まで唄われました。
 鐘は一つ。NHKの粋な計らいでした。
 しかし、お母さんにだけ、特別賞が送られました。

 夫婦でカラオケ・・・。
 良いですね。本当に微笑ましい光景でした。
 私もそうでありたい。是非その様な老夫婦関係を築きたいと思いました。

 「この夫婦を見なさい」と連絡頂いたのだと思いました。

2002・4・16
癌にも負けない「素晴しい夫婦愛」のお便りを頂きました。

  私の両親は大変仲の良い夫婦でした。 
 私が幼い頃は両親そろって漁に出掛け、家に居る時は仲むつまじく、母が病気で倒れた時は父は一生懸命母の看病を行い毎日漁から帰ると真っ先に母のところへ行って「元気か?」と声をかけ、入院した時は病院が半日かかる距離の所なのに、漁が休みの時は病院の看護婦さん達に食べてもらうのだと美味しいサザエやアワビを背中に背負い、母が世話になっているからと病院に通う日々でした。

 そんな日が何年も続き母が退院した頃、父が癌であと数ヶ月もたないと宣告された時、姉は母にも父の病名を伝えました。 
 母は「お父さんには大事に世話してもらった。今度は私がお父さんに恩返しをする番だ。よく言ってくれた。お母さんはせいっぱい看病させてもらうよ。」と言いながら2年間生き永らえました。 最後、実際に寝こんだのは3ヶ月位でしたが母は献身的につかえました。母も病気と戦いながらだったのですが、不思議とこの2年間は母は元気でした。そして、「お父さんの看病する間だけ不思議と元気で恩が返せた。」と母は父が亡くなってからもいつも父への感謝を忘れませんでした。 
 父が亡くなるその日まで二人は同じベットで仲むつまじく寝ておりました。「お父さんと一緒に居られるだけで幸せなんだ。」と二人で笑いながら話してくれたものです。

 私もそんな仲の良い夫婦になれたらなと思うのですが、主人の気持ちは如何なものかと思いながらも、心の底ではとても主人を愛しているのに表現が共にへたなのです。 老後はきっと両親に負けない様、仲良くなってみようと夢みています。

(追伸)母はすでに亡くなっていますが、毎日、父との思いでを大切に生きておりました。


2002・3・2
「良い老夫婦関係を築くために」の秘訣が隠されているメールを頂きました。

 三寒四温と言うのか、数日暖かい日が続いたら、花木はすっかり春の気配です。
 昨日は主人と大変な思いで、土手に植えた柳の枝を切りました。数年前お正月の生け花として、金色に塗られていた柳の枝〜春先まで花瓶に挿しておいたら芽を出し、挿し木にしたら根付いて〜あとは驚く程の成長振り、余り伸びすぎたので剪定しました。もうすっかり芽がふくらんで、春を呼んでいるようです。しだれ柳のしだれっぷりがよく、川の水面まで垂れ下がっています。
 新緑になるといい風情です。この柳の繁栄振り、我が家にも欲しいものとの思いで、眺めています。

 植えておきたい木や、始末に困る木切れがたまったので、那須の畑に行ってきました。
 角栄さんの列島改造論の頃、セールスマンの口車にのせられ、欲張って買った土地です。30年近く経た今も当時と変わりない値のようです。この土地があるばかりに、草取りや様子見と、せっせと出かけ、那須高原は我が庭とうそぶいている私たちです。
 柿の種を埋めて芽を出したのを育て、接木をするのが主人の趣味です。そしてはるばる植えに行くのです。柿の木、栗の木、びわの木、とかなり植わっています。残念ながら収穫の望みはありません。
 ドライブを楽しむと思ってせっせと出かけています。


 「目的のあるドライブ」=人生を、夫婦で同じ目的をもって、一緒に同じ道を歩む。
 これこそが、夫婦円満の秘訣ではないかと思います。

 角栄さんも大変な遺産?を残して行きましたね。 
 将来は別荘でも立てて、のんびりと・・・・・。
 しかし、ご夫婦にとって、目に見えない素晴しいものを手にされるキッカケになったようですね。

2002・2・24
 今日縁あって、「富山・生と死を考える会」定例会で講演を聞く機会に恵まれました。
 『一つだけのいのち、一度きりの人生・・・・子ども・親・市民とともに いのち を学び続けて』
 講 師   金 森 俊 朗  先生  金沢南小立野小学校教諭  の講演です。

 人間、苦しい時や思い通りに事が運ばない時など、境遇を親のせいにしたりしますね。
 「母親と子どもは血の繋がりはありますか?」の問いかけから、きっぱりと「血の繋がりはありません」と言い切られました。

 「子の生まれようとする力、生きようとする力が、現在あなたが存在している力」だと・・・・。

 自分の力で生まれてきた一度しかない人生。
 自分の力で精一杯生きてゆく使命を私たちは持っていると感じました。
 親族との人間関係を大切にしながら・・・・。 


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