木花之佐久夜毘売
ニニギノ命と木花佐久夜姫のロマンスは、どんな意味があるだろうか。私の考えでは、これは、北方系民族(すねはち高天原族)が南方系民族を統合したかあるいは相互に入り混じりあったことの象徴である。古代では,性交や、ある場合にはたんに性器を見せ合うだけで、言語の通じない異属同士が友愛の情を示した。と高群女子も断定している。
ところで、日本民族の起源については、歴史家をはじめ、いろいろな説があり、今もって結論が出ていない。私は、いままでも何度か触れてきたように、つぎのような立場が最も妥当ではないかと考えている。
すなはち、まず、アジア大陸から、北九州にたどり着き、そこから四国、瀬戸内海沿岸、和歌山あたりに勢力を張った民族がある。神話でいえば、これがアマテラスのもとに率いられる高天原族である。これに対し、同じくアジア大陸から、朝鮮半島を経由して出雲に定着した民族がある。神話でいえばオオクニヌシに率いられる出雲系がこれに当たる。この二つの民族は対立拮抗するが、けっきょく、高天原系が出雲系を征服する。神話でいう天孫降臨である。
これらの北方民族とは別に、南方のジャワ、スマトラ、インドネシアあたりから、はるばる南九州にたどり着き、そこで、ニニギとサクヤ姫の結婚は、ほっぽうけいが南方系を征服したか、あるいはまじりあって融合したことを表してる。(日本の神話 高橋鐵 カッパブックス)

かれ、後に木花佐久夜比売参出てまおさく、「妾は妊身みて、いま産む時になりぬ、この�天つ神の御子は、私に産むべからず、かれ請す」とまをしき。ここに詔りたまはく、「佐久夜姫一宿にや妊める。此れ我が子に非じ。必ず、国つ神の子ならむ」とのりたまひき。ここに答へ白さく、「吾が妊める子、若し国つ神の子ならば、産む時幸あらじ、若し天つ神の御子ならば、幸くあるむ」とまおして、即ち戸無き八尋殿を作りて、その殿の内に入り、土もちて塗り塞ぎて、産む時にあたりて、その殿につけて産みき。かれ、その火の盛りに焼ゆる時に産みし子の名は、火照命、次に産みし子の名は、火須勢理命。次に産みし子の名は、火遠理命、亦の名は天津日高子穂手見命。(古事記・次田真幸・講談社学術文庫)

『日本書紀』では、純潔を疑われた母性のレジスタンスを、なおも強調している。「母の誓ウケイ」が明らかになった姫は「ニニギを恨みて、与共言らざりき」、すねわち、顔も合わせず性交拒否を続けたのである。ニニギは憂いて、心を歌に託した。
  沖つ藻は 辺には寄れども さ寝床もあたはぬかもよ 浜つ千鳥よ        
天孫が、こんな歌で呼びかけたほど、サクヤ姫のセックス・ストライキは強かったわけである。現代女性も、範とすべきか。
 (日本の神話 高橋鐵 カッパブックス)