医生の履修すべき経書

太素 令文に見えない。中国古代医学の古典、黄帝内経を唐の楊上善が改編した黄帝内経太素三十巻のこと。日本国見在書目録に「内経大素三十<楊上(善)撰とある。全三十巻のうち、二十三巻分が京都仁和寺に伝来する。
甲乙 医疾令3義解に十二巻、日本国見在書目録に「黄帝甲乙経十二(巻)<玄晏先生撰>」とある。西晋の皇甫謐(号玄晏先生)の撰した鍼灸の書。
脈経 義解に二巻とある。西晋の王叔和の撰。漢代以来の諸派の脈診の方法を体系化した書。隋書経籍志に「脈経十巻<王叔和撰とあり、新唐書芸文誌には「脈経十巻又二巻」とある。
本草 義解に「新修本草二十巻」とある。はずめ、梁の陶弘京の神農本草経集註七巻が用いられていたが、延暦六年五月、唐の蘇敬等撰の新修本草に代えられた。日本国見書目録に「新修本草二十巻<孔玄均(志約か)撰>」とある。新修本草は、本文二十巻のほか、草図二十五巻、図経七巻、目録各一巻の合計五十五巻からなる。中国では亡失したが、日本では、本文二十巻の内、古鈔本の伝写本が十巻分伝存する。


針生の履修すべき経書
素問 医疾令3義解に三巻、日本国見在書目録に「黄帝素問十六(巻)、新唐書全元起注>」とある。全元起注の黄帝素問は、新隋書芸文志には八巻とある。黄帝と六人の名医との問答の書。
針経 義解に黄帝針経三巻、日本国見在書目録に同九巻とある。隋書経籍志は、九巻、新唐書芸文志は十巻とある。
明堂 義解に三巻、日本国見在書目録に「黄帝内経明堂<楊上善撰>」とある。新唐書芸文志に「黄帝明堂経三巻」・「楊上善注黄帝内経明堂類成十三巻」とある。この全十三巻のうち、第一巻のみ仁和寺に伝来する。明堂は針または灸点を施すべき腧穴を示した偶人(土人形)のこと。
脈決 義解に二巻、日本国見在書目録に「黄帝脈決十二(巻)<王叔和新撰>」とある。考証は隋書経籍志の「脈経決二巻<徐氏新撰>」と新唐書芸文志の「徐氏脈経訣三巻」をあげる。
続紀・天平宝字元年十一月二十三日・新日本古典文学大系