藤原清河


大船に真楫繁貫きこの吾子を韓国へ遣る斉へ神たち
      光明皇后    万葉集 19−4240
オオフネニ マカジシジヌキ コノアコヲ
         カラクニヘヤル イハヘカミタチ

(大船に左右の楫を一面に通して、この子を唐へ遣わす。祝福を与えよ、神々たちよ。)
甥の清河が遣唐使として中国へ渡るときの光明皇后の歌です
遣唐使を子と呼び、神々に祝福を与えよと命令しています

一族の期待を一身に背負って唐へ渡った清河



藤原清河は 不比等の子房前の第四子
光明皇后にとっては 甥
大伴古麻呂と吉備真備を副使に従えた
遣唐使藤原清河を 光明皇后はわが子と言っています
藤原一族の中でも際立った力が光明皇后にあったのでしょうか

光明皇后に子供扱いされた清河が
唐へ行って玄宗皇帝に謁し君子人なりと賞賛され
外交官として日本の面目を保ち
阿倍仲麻呂の帰国
鑑真和尚の来日に関係しましたが
帰路船がベトナムに流され
その後唐の地で亡くなります

光明皇后にわが子と呼ばれて唐へ旅立った清河の一生に感動します