ここはリンドブルムにある宿屋の一室。
 一人用の個室ということでそれほど広くはないが、白を中心とした清潔感のある部屋にしたてられていた。もう太陽も空の真上までに昇りきろうとしているのに、この部屋のお客はまだ夢の世界に旅行中のようだ。
 眠り姫が軽く寝返りをうったとき、真っ白なシーツの上に珍しい紫色の髪がこぼれた。そして、言葉とはとれないような目覚めのとき特有の低い声でうめくと、彼女はそっと体を起こした。額に小さな角がある、まだ幼い少女だ。
 大きな欠伸をひとつすると、眠たそうに目元をこすり、側の時計を手に取った。


おかいもの


 ビビは宿屋のフロントの奥にあるランチルームで遅めの昼食をたべていた。たっぷりとメイプルシロップがかけられたホットケーキと、甘い果実。ほとんどオヤツにも近いメニューであるが、それも食べ終わり、生クリームをのせたココアを飲んでいたときだった。
 上の階からドタドタと走りまわる音がしたかと思うとエーコがおりてきたのだ。
 リボンはかたがっているし、髪もねぐせがついている。あきらかに急いで降りてきたのは確かだ。息を弾ませながらエーコは一言。
「どうして誰もいないの!」
「…ボク、いるけど」
 自己主張するビビを無視してエーコはひとりで話を進める。
「ジタンは?」
「ダガーおねえちゃんと一緒におしばい見に行ったよ」
「どうしてそんなことさせるの!それデートでしょ」
 そんなことボクにいわれても、そういいかけたビビだが逆らったら後が怖い。
「ボクもおしばい見たいって言ったけど、ジタンおにいちゃんがこういうときは気を利かせるのが友情なんだよ、って」
「もうっ。せっかくジタンと遊びに行こうと思ったのに!」
 機嫌の悪いときというのは近づかないほうがいい。そこでビビもフライヤからの用件をはやくすませてこの場をはなれようと考えたようだ。
「あのね、フライヤおねえちゃんが…」
「何これ?」
 渡されたのは白い紙とギルの入った袋。
「今日の買い物当番エーコでしょ?」
 旅をすれば当然物入りになる。そこで、8人の中で買い物は当番制にされているのだ。
「昨日、エーコがすぐに眠っちゃったから伝えられなくて、ボクは予定がないからエーコが起きるまで待ってたんだ」
 ちらっと、エーコはメモに目を通したがそこに並ぶのは…。
「重すぎるよ。ポーション10個に万能薬10個、それに旅行中の食料に飲料水…全部エーコ一人で?」
 しかし、いくらジタンとダガーの行方が気になったとしてもここで仕事をサボるわけにはいかなかった。みんなエーコやビビのことを信頼して仕事を任せてくれるのだから。なので、エーコはムッとして頬を膨らませながらもジタン捜索は諦めたようだ。
「ジタンとダガーは無理だとしても…フライヤは?」
「いつものフラットレイさんとの思い出の場所まわりだって」
「自分のことを忘れた薄情な男のことなんてよくかまってられるね。エーコなら召喚獣でギッタンギッタンにするのにっ!」
 本当にしそうなところがこわい。ビビは少しあとじさりしながらも、その場にとどまった。
「スタイナーは、サラマンダーは?」
「朝早くに武器屋さんに出かけて行ったよ」
「頼りにならないけど…クイナは?」
「美味しそうなにおいがするアルー、って…」
「追いかけてったのね」
「……。じゃぁ、ビビしかいないのっ!頼りなさそう…」
「ボクは午後からパレード見に…」
「こーんなに可愛くか弱いエーコちゃんに大荷物持たせるつもり?」
 結局、ビビはエーコの勢いにおされて荷物持ちをするハメになってしまったようだ。

 二人がやってきたのはいつも利用する道具屋さん。
 商業区の奥にある店で、棚や机の上には所狭しと薬や雑貨がならべられている。お店の雰囲気は、いつきてもあたたかくやさしい感じがして旅の最中ふと来ただけでも穏やかな気分になれる。
「いらっしゃい、今日は二人でお買い物なの?」
 冒険に必要となる薬類は頻度が多い。何度も買いにくればお店の人とも顔なじみとなるだろう。
「こんにちはアリスさん。ポーション10個入りと万能薬10個入り1箱ずつ用意してもらえる?」
 そう頼むと、足早店内の小物が飾られた棚へ向かうエーコ。
「ねぇ、ビビ!このぬいぐるみ可愛くない?」
 主に女の子向けのコーナーらしく、ぬいぐるみやハーブ、観葉植物など可愛いものがそろっているようだ。
 そして、エーコが持ち出したのはフェルトで作られたモーグリのぬいぐるみ。手足が動くようになっていて、エーコは手を動かしたり、頭の丸いのを引っ張ったりして遊んでいる。
 そんなふうに遊ぶ姿は、本当に年齢相応の小さな女の子で、妹ができたように不思議な気分だ。
「うん。あ、サボテンダーのぬいぐるみもあるよ」
「チョコボにコヨコヨにムンバも!」
「…エーコちゃんには重くないかしら?」
 二箱にわたる薬を見ながら、アリスは尋ねた。
「大丈夫、ビビが持つもん」
 ビビは深いため息をついた。
「そういえば、二人はパレード見に行かないの?」
「ぱれーど?」
 エーコは小物の棚から目を離し振り返った。
「そうよ。今日の3時に、劇場区の広場で鼓笛隊の演奏とかするようだけど」
「パレードかぁ。エーコ見たことないんだ。見てみたいな」
「ボク、パレード見に行こうと思っていたんだけど…エーコも一緒に行く?」
「うん!」
 エーコは嬉しそうに笑顔でビビに振り向いた。普段からこれだけ大人しかったらいいのになぁ、とビビは痛切に思ったのだ。

 次に向かったのは商業区の商店通り。
 ここはいつもにぎやかだが、今日はパレードが開かれるということでいつも以上に多くの人がつめかけていた。なんとか、大人たちの間をすり抜けて二人は進んでいった。
「いらっしゃい、おいしいギサール野菜のピクルスだよ!」
 体格のいいおばさんが声を張り上げて客寄せをするが一向に誰も寄り付かない。ビビはふとそのピクルスを見ると、うっ、という効果音がつきそうな感じに顔をゆがめた。
「どうしたの?」
「えぇと、あのピクルスがちょっと…」
「あった。あれも買い物リストにかかれてたよ」
「…アレ食べる人いるの?」
 もちろんメンバーの中で食べそうなのは鎧をまとっている王宮騎士、ただひとりだろう。
 すごい匂いのピクルスを買うと、次にだいたいの食材がそろっている店に足を運んだ。
 メモにかかれていた食材を一通り買い揃えると、あとはお菓子の棚へ。
 円形のテーブルが三段重ねられたように立てられた棚にはいろんなお菓子が並べられていた。クッキー、チョコレート、シュークリーム、クレープ、スコーン…。どれもこのお店で作られたものだ。ここで好きなものを選んで奥で食べることができるようだ。
 たいてい女性や子供は甘い食べ物が大好きだ。その二つをあわせもつエーコがお菓子嫌いなはずはなかった。
「ここで何か食べていこうよ。エーコ、朝ご飯まだだし」
 エーコはイチゴジャムにマーマーレードと生クリームをたっぷり塗ったスコーンとチョコチップ、バターなどのクッキーとピーチジュースを手に取り、幸せそうに奥の庭のテラスへと向かっていった。ビビもキャラメルブリュレを持つと後についていった。
 お皿が綺麗に片付いた頃、外で大きな花火が打ち上げられた。
「パレード開催の合図だ!早く行かないと…」
 エーコはビビの手をとると軽やかに走り出した。甘い香りを運ぶ春風に頬をなぜられながら、二人は劇場区へと向かう。

 二人が会場についたときには多くの人が集まっていた。いつパレードが始まるのか、みんな期待に満ちた笑顔で円形に広場をかこんでいた。そのとき、広場中に広がるようなトランペットの音が響きわたった。サックスにクラリネット、ホルン。その他にもいろいろな音と音が合わせあい、結びつき、重なり合い、心地よい綺麗な曲になり広場の人々を魅了した。
「…ジタン」
 パレードを挟んで向かい側の人通りに見えたのは、月の光を留めたような鮮やかな金色の髪の持ち主。そして、そのとなりに目を細めて嬉しそうにしているお姫様。
「あ、本当だ。ジタんのおにい…」
 ビビは手を大きく振るが、エーコがビビの口に手を当て路地へと引っ張っていった。
 ジタンたちから十分に離れると、エーコは手を放した。ビビは大げさに息をつくと、帽子を直しながらエーコに尋ねた。
「なんで口ふさぐの?」
「……」
 尋ねても返事はなく、ビビはエーコの顔を覗き込んだ。しかし、まるでビビのことが目に入らないかのように、彼女は人ごみの中を凝視していた。その先にはジタンとダガーの姿があった。彼女は、キュッと唇を結ぶとその場に座りこんだ。そして、ゆっくりと口を開いた。
「…やっぱりエーコとジタンじゃ、似合わないよね」
 いつもならうるさすぎるぐらい元気なエーコも、そのときばかりはどことなく、自信なさげで、どこか憂いをおびている感じがした。
「エーコ、ジタンのこと大好きで、ジタンもエーコのこと大好きって言ってくれたけど…。それは、仲間としての意味だけで、エーコの大好きとは違って…」
 そういって、エーコは視線を落とした。
「10年たって綺麗なお姉さんになったら、きっとジタンも振り向いてくれる。ジタンとエーコが今離れているのは年齢のせい、そう思っていたけど…。全然違った」
「ダガーはジタンのこと大っ嫌いとか言うけど、それは言葉だけで本当は…。本当は心のどこかで二人ともつながっていたんだね。エーコも早く大人になりたい。ううん、もうエーコは一人で何でもできるから大人なんだ。そう思ってたエーコだめだね。」
 エーコはひざを抱えてうつむいた。さらりと、紫水晶のような髪がこぼれる。
「あのね、エーコ…」
「お兄ちゃんにとってはお姉ちゃんが一番だった。でもね、それはエーコがだめとかじゃないよ。無理して大人ぶらなくても、今のエーコのことを見つめていてくれる人とか、一番大切な人がきっと現われるよ」

 広場を魅了するいくつにも重なり合った音楽。
 それは、その場に集まった多くの人々の心に響きあった。
 そして、街を舞い歩く風は音を届け歩く。
 ほんのすこしだけ、近くなった二人。
 淡い想いを抱きつつ、春風は吹きぬける。
 


友達特権により約10ヶ月(!)お待たせした小説ですが、やっぱり逃げが入りました。…ゴメンナサイ。。。
リクエストは「ビビとエーコでお買い物+ちょっと切な系」。
しかも私の性分上途中で飽きが…。後半辺りから疲れがやってきて意味不明になってきました。
いつの日か”逃げ”のはいらないキリリクがかけるようになる日がくるのでしょうか?。(2003.6.3)

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