本日の進展。
今日、オレたちは“ケッコン”をした。
まだ16歳だが…これも…まぁ…なんと言うか…先へ進む手段なのだからしょうがないことだったのだが…。
いや、別に…彼女と“ケッコン”するのが嫌と言うわけではないんだ…むしろ大歓迎であって…。
だけど…彼女――ダガーの機嫌はなぜだかあんまりよろしくないようで…ははは……はぁ…。
本当…進展ナシ…。
初めて外側の大陸の土地を踏んだ。霧の大陸、ク族の沼の奥地にあるフォッシル・ルーと言う古代の採掘場からのこの外側の大陸へと来た。こっちの大陸は霧の大陸と違って空は澄み渡っていた。フォッシル・ルーの坑道から出たときは目が眩むくらい眩しい日の光に思えたくらいだ。
そして近くに見える、ドワーフの住んでいるコンデヤ・パタという村で、オレたちの仲間そっくりなクロマ族に出会うが逃げられ…追い掛けて着いたのは“黒魔導士の村”。そこはダリの村で見た、霧で生み出された“自我が目覚めた”黒魔導士たちの村だった。彼らの話しだと途中で自我を取り戻し、ブラネたちからの手元から逃げてきたらしい。そして今、彼らからクジャの居場所を聞き、オレたちはまたコンデヤ・パタに戻ってきた。
黒魔導士たちの言う“霧が生み出されている場所”とは、どうやら彼らドワーフが言う“聖地”のことを指すようだった。しかし…その聖地に入るには“神前の儀”と言うのを受けなきゃいけないらしい…。その神前の儀ってのがヤッカイなんだよな…。
「う〜ん…ようはさ…結婚ってことだろ??」
「あんたが言ってるのが神前の儀かはわからないド。だけども、多分それであっていると思うド」
神主様の返答には呆れたが…二人の男女が儀式をしないと聖地へは行けないと言うことには間違いない。そう唸りながら考えていると、後ろには仏頂面をしたダガーがいた。とりあえず、恐る恐るではあるが声をかけてみる。
「あ、ダガー!丁度いいとこに。今の聞いてただろ?だからさ、オレと神前の儀をやらないか??先に進む為にもだな…」
「…いいわよ」
これこそ二つ返事。静かに言い放ったそれは、少々寒気もしたが何よりも驚きの方が勝った。
「へっ?!」
思わずオレは素っ頓狂な声を出して、構えてしまった。
「い、いや…ダガー?聞いてただろ??神前の儀ってのは男女がケッコンをして、それで…新婚旅行みたいなのを聖地でしてきて…ええと…その…あの…」
自分で言ってても何がなんだかわからなくなるくらい言葉を並べる。結婚(神前の儀)をしようと言うのは半分冗談で半分本気で…。いつものダガーなら顔を赤くして怒る、と言う予想に反した反応が出た。慌てふためくオレはほっとかれ、神主様とダガーがもう話しを進めている。
――ダガー…もしかしてオレと結婚したかったのか?…いやいや…そんなこと…いくらオレがかっこいいからって…
「今までで99組だったド…だけども最近、ドワーフで神前の儀をするものがいなくなったド。だからあんたらの神前の儀やるド!これから用意始めるド!!」
そう言って神主様は神社の方へ走って行くのが見えた。
――ははは…マジでオレとダガー、結婚…?オレに惚れたか?
あまりのことの速さに唖然して神主様を見送ると、ダガーはオレの脇腹を小突いた。唖然とした表情のまま、彼女に視線を向ける。
「…勘違いしないでよ」
冷ややかな目でそう言われた。
――それはないみたいだな…
「……ハイ」
オレは、半分泣きながらそう応えた。
着々と神前の儀の準備が始まった。準備、と言っても人払いなどのことで…すぐにでも神前の儀は始められるようになっているらしい。
「ダガー、結婚だぞ?ケッ・コ・ンっ!意味わかるだろ??」
儀式が行われるとこまで、準備(準備と言う準備はないんだがな…むしろ心の準備の方が…)をしたらすぐにでも来て欲しい、と言われオレたちはクイナとビビを連れ神社まで来た。そして前をスタスタと歩くダガーにオレは必死に歩いて追い掛けながら言った。
「私だって結婚のことくらい知ってるわ。だからどうしたのよ」
声からして呆れ果てた、またはその言葉は聞き飽きたと言うような声で答え、ダガーは立ち止まりゆっくりと振り返る。その顔が無表情で…ここんとこなんか機嫌が悪いな…。
「いや…だからどうした、とか言われると…ははは…」
オレは苦笑いをして後頭部を掻く。言いたい言葉が口から出なくて…言葉さえ見つからない。好きだから、オレはダガーとの結婚は全然構わない。だけど…ダガーはどうなんだろう?疑問が疑問を呼んで、結局は自問自答で解決する。
――とりあえず、先に進むことだけ考えろってことか…?
「ジタン、もうすぐ儀式が始まるわよ」
ダガーの言葉で我に返り、後ろからついてくるクイナとビビにここで待っているように言う。既に歩いて行ってしまったダガーの後を早歩きで追い掛けた。
オレたちは神前の儀を終え、挨拶回りをした。そして聖地へ行くのに武具を揃え、必要なアイテムも揃えた、アビリティもちゃんと装備し直して…。しかし、外側の大陸へ出るまで、出てからもずっときつい戦いばかりだった。今、聖地へ向けて出発して疲れて野宿をするよりしっかり休むのが先決だろうと言う結論に至り、今夜はコンデヤ・パタの宿屋に泊まることにした。
クイナは相変わらず食べ物を探してくるアル!と言って部屋には戻ってきてない。ビビは相当疲れていたらしく…隣のベッドでぐっすりと眠っていた。ダガーは、あの儀式を終えてアイテムを補充しに行ったときまでは一緒にいたのだが…宿には姿を見せていなかった。
オレは完全に寝入ってしまっているビビを起さないように、その少年の寝顔を見て微笑む。そしてビビの隣にある木で作られた少し小さめのベッドに腰掛けて、ふぅっと息をついた。どうやら日の入りで起床して日の沈みで就寝、と言うのがここのドワーフの生活スタイルのようだった。光にするものが“太陽の光”しかないのがその為だと思われる。火は活動的ではなく、さらに火は神聖なものだ、とさっき村のドワーフから聞いた…まずそれは間違いないだろう。オレは本業が本業だけに…寝つきはいいが…多少の物音で起きてしまうのせいもあって旅の最中…特に野宿のときはあまり寝た気がしない。辺りはやっと暗くなったという感じだが…霧の大陸の子供でも起きている時間だ。しかし、もうドワーフのほとんどが寝てしまったのであろう。物音がほんの数分前から途絶えている。
ここの建物には窓ガラスがはめられていない窓がたくさんあった。今、オレの目の前にもある。自分たちのいた大陸では、そんな窓は考えられないがそこから虫やふくろうの声が直に聞こえてきた。多分ここは一年中雨の降らない暖かい気候なんだろう、水は地下から吸い上げているようだったこともあり、生活がしていける。
「夜はやっぱり涼しいくらいの気温が一番だよな…これじゃ少し暑い…」
誰に言うわけでもないが…静かにそう言った。よく考えて見るとこの格好では少し寝苦しいかな…そう思うと、両手のグローブとベルト、短剣などの装飾を取り、ベッド一台に一台ずつ備え付けられている側の机にそっと置く。今度は襟を閉めている首元にあるリボンを解いてベストを横に脱ぎ捨てた。ブーツはサンダルように足を底までは入れてない状態。
オレはベッドに腰掛けていた体を倒して仰向けになる。ぼふっ、と小さな音を立てて布団が自分の体を覆うと、その勢いで無雑作に切り揃えられた金色の髪が白いシーツに広がった。日の下によく干した布団の匂いが鼻腔をくすぐる。
――なんかもっと、こう…嘘でもいいから恥ずかしそうにしてくれればいいのに…
また昼間の儀式のことを思い出す。両手で目を覆うと真っ暗になる、そしてちいさなため息をつく。
儀式の最中、結局は神主様の有り難い言葉も何も耳には入らなかった。ただずっと、ダガーがオレをどう想っているのか気になるばかりで…。時々、彼女にバレないように顔を覗いたりしたが…この結婚は先へ進む“手段”としか捉えられていないような表情だった。その表情が目に焼き付いていて、儀式が終わって何時間も経った今でも思い出すことができる。あの儀式の後は全然目も合わせてくれなかった。今もそうだ、結局今夜は宿で顔も合わせてはいない。
――最近、機嫌悪いよな…どうしたんだろ…オレが茶化し過ぎたか…??
指と指の隙間を開けて、部屋を見まわす。赤と青の月が鮮明に見えてくる時間だった。
――オレが結婚ってことに拘り過ぎたのかな…そうだよな…オレ、何考えてんだろ…
顔を覆っていた両手を、今度は指を組み合わせて手の甲を下にして額の上に置く。視界が広がり、月の光で辺りを見回せるほど暗くなっていた。
――結局は…“オトモダチ”で…“オトモダチ”以上にはなれないんだよな……?……って、オレ何言ってんだ?ダガーと友達以上になりたいのか…?
そして、両手を伸ばして広げる。手を伸ばす時に軽く前髪が触れて、頬や額にかかっていた髪も後ろへハラハラと舞う。伸び過ぎた前髪がうざったくてしょうがない…センター分けをしていてもそう思う。
――…どうしたんだよ…いつものオレらしくない…わけわかんねぇ…
今まで、人生のした中で一番大きいと思われるため息をついた。
虫とふくろうの鳴き声だけが、コンデヤ・パタの村に響き渡る。いつもいた故郷の土地の環境より、少し蒸し暑い夜…。
本日の進展。
ダガーがどう想ってるのかは…やっぱりわからない。
だけど…オレ、本当に好きになっちまったみたいだ…
ダガーのこと…。
もう、寝よ…明日の朝は早い…。