女神の泉

 

リンドブルムはもう殆ど復興し、商業区や劇場区、工場区は賑わいを持ち始めていた。ブルメシアの再建は、生き残ったクレイラの民、ブルメシアの民を中心に友盟国であるリンドブルムのシド大公の指示の元、力を借り少しづつであるが形を取り戻してきていた。アレクサンドリアも同様。復興作業もあと残すところ僅かとなったばかり。新女王が即位し、民からの不安の言葉もあったが…その不安が掻き消されるように順調に復興作業は進まれていったのだった。先代の女王を上回る民との信頼関係が作業に影響を与えたのかもしれない。

そんな中、アレクサンドリア女王の生誕祭が行われ…思ってもみなかった人物に出会う。女王は仲間たちとの再会に感激したが…一番感激したのはジタンが自分も元に帰って来てくれたことだった。浮かない気持ちで劇を見ていたのに、何度も泣くのはやめよう、と決めていたのに…ジタンが帰って来た時だけは真珠のような涙が頬を伝った。

その後、女王は自分の生誕を祝うパーティで引っ張りだこ…。霧の大陸全土から親しい貴族が招待されている為どうしても席を外せなかった。挨拶回りをして、御礼の言葉を言い…パーティが終わった頃にはヘトヘトになってベッドに倒れこんでいた。ジタンとは劇の時軽く言葉を交わしただけで…まだ話したいことがたくさんあるのに…。そしてそのままうとうとしていたら眠気に負けてしまった。

 

結局、次の日もジタンに会える様子はなかった。残った復興作業に追われていて、他のことに目を向けている暇さえなかったのだ。何時間かして…仕事に目途が立ってくると、山のように積まれた書類の横にペンを置いて伸びをする。ふぅっ、と息をつくと急に小さな風が頬を掠める。

部屋の窓は閉め切っているのに…おかしいわね?

そう思い、立ち上がる。窓は開け放たれており、テラスへと身を出して回りを見てみる。ふと、足元を見ると封筒を見つけた。裏を見ると見覚えのある印で封をされていた、右下には「ダガーへ」と書かれている。

差出人の名前はないが、こんなことするのは一人しか見当たらない。口元に笑みを零して封を開け、中の便箋を出す。慣れない手付きで書いたのだろう、あまり綺麗とは言えない字で言葉が綴られていた。粗雑に書かれていても、なんだか暖かさが伝ってきた。

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よぉ、ダガー元気か?
なんか忙しいみただし…話す機会もなかったからこんなんでゴメンな。
昨日は疲れて寝入ってたしな…あ、いや…別にダガーの部屋を覗いたわけじゃないぞ。
盗賊の感ってやつだ!
とにかく…今夜、迎えに行くから暖かい格好でもしても部屋で待っててくれ。
ちょっと連れて行きたい場所があるんだ。
一生のお願い!!

Zidane=Tribal

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「やっぱり変わってない…」

柔らかな光が差込むテラスで、微笑みながらそう呟いた。窓を全て覆う大きな総レースのカーテンは、静かに衣擦れの音をさせならが風になびく。

 

 

書類を全て目に通し終わった頃には、日はもう傾いていた。ふと、窓を見ると昼間の手紙を思い出す。ベッドの上に昼間のうちに用意して置いたカーデガンを身に纏って、そっと椅子に腰掛ける。まだ来ないかな…、ぽつりとそう呟いた。数時間前に侍女がつけていった蝋燭の火がガーネットの今の吐息で静かに左右に揺れ動いた。

突然カタン、と窓ガラスが揺れる音を聞いて我に返る。連日の寝不足で少し惚けていたのだった。

「…ジタン?」

そう恐る恐る問うと、懐かしい姿が現れた。以前と変わらない笑顔がガーネットには涙が零れそうな嬉しかった。

「ダガー、ごめん待った?」

それを知ってか知らずか、苦笑いしながらガーネットに手を差し出す。それは男性の貴族が女性に対してするエスコートの作法と一緒だった。どこで覚えたのかは聞きはしなかったが、さして気にとめることもなかった。

「ううん、大丈夫よ」

笑顔でそう答える。

「ちょっとお姫様には危険だから、オレがエスコートするよ」

満面の笑みでそう言って、足と背中を支えられそのまま抱き上げられた。小さく悲鳴を上げる暇もなくテラスへと出て外へと出る。

軽い足取りで、目も眩むような高さから飛び降りて地面に音もなく着地する。そのまま、兵士や人の目を盗んで出かけることなんてジタンには容易だった。

 

 

「いや…なんかいろいろあってゆっくり話ししてないよなぁ…ってね」

にこにこしながら、座っているガーネットを後ろから抱き締めてジタンはそう言った。先ほどまでの沈黙を破ったのは今の彼の台詞。

ここはアレクサンドリアから少し離れた泉。下流に近い森の中にモンスターも現れなかった場所がある。神聖な気で包まれたこの泉はアレクサンドリアの民には「女神の泉」と呼ばれていた。それには由縁があり不作や、水が枯れてしまったときに毎日ここで祈りをささげていたある人間が女神を見たと言って帰ってきてから作物が豊作になったり、不治の病が泉の水で治ってしまったりと…。

もともとここは泉…と言うより湖で目の前には教会があったらしい。誰もいない教会で建物はところどろこ壊れていて、なぜ出来たのかもわからなかった。白い翼を持った女神ヴァルゴ像とステンドグラスに彩られた天使の絵を見に、そこに暇さえあれば通っていたある男性がいた。その名をジェミニと言う。

そのジェミニを一目見て好いてしまったのが…この教会にあった像の本人、女神ヴァルゴだったと言う。慈悲と慈愛の女神であるが故に人間の男性を好いたという禁忌を犯してしまった。その事実が天界で知り渡るのにはさして時間はかからなかった、そして女神は追放処分とさた。二度とその天使の純白の翼を広げて天界へと来れないように、翼をもぎ取られぼろぼろの片翼でその湖へと足を運び、力尽きたときにはその片翼も消えてなくなってしまっていた。完全に人間の姿にされてしまい、姿を隠すように教会に身を隠した、と言う話だ。以後彼女は人間として生きて、ここに来る不幸な者たちに幸福をもたらしているとか…。

そんな言い伝えや由縁からいつの間にか湖から泉になってしまったここを「女神の泉」と呼ぶようになった。

そんなロマンチックな場所に連れてきたのは他でもないジタンだった。木々の隙間からはテラの赤い月とガイアの青い月。そしてたくさんの星が見えた。泉からは水が沸きでる音が木霊して聞こえる。

「それよりガーネット、見ないうちに大人っぽくなったよな」

大きな手の平を、子供をあやすようにガーネットの頭に置いて撫でる。いつもなら、子供扱いしないで、と言って怒るのだが…。それよりも、さっきまで「ダガー」と呼んでいたジタンが、急に「ガーネット」と呼び出したことの方が変に意識してしまって顔が火照ってしまっている。

「…たくさん…待ったから…」

ぽつり、と静かに言って、ガーネットは赤い頬を隠すように抱え込んだ両膝に自分の顔を埋める。

「ごめん…たくさん待たせてごめん…」

ガーネットに言い聞かせるように、自分にも言い聞かせるように優しくそう言った。そしてジタンは細く華奢な彼女の体を抱き寄せる。

「…ずっと会えなかったから…ジタンに会ったらたくさん話しをしようと思ってたの。だけど…言葉が出ないの、どうしてかな…。一日が過ぎるのが長くて、また会えなかったって苦しくなるの…会ったら何を聞こうかって考えると辛くて、でも毎日毎日何を聞くのか考えて…。今、目の前にジタンがいるのに何を聞こうかって考えたんだけど…何も思い浮かばない…」

伏せたまま話し出す彼女に、最初は驚いたが泣くのを堪えてるような声色だけはしっかりとわかった。強く抱き締めて、もう一度謝る。

「…それでいいんだよ。オレだってそうさ…ずっとずっとガーネットに会える時を待ってた。何を話したらいいか?とかだって考えたさ。でもな、オレにとってやっぱり言葉なんていらないんだよ。言葉だけじゃ表し切れないんだ。ガーネットがいてくれればいい、いつか変える場所として…オレはガーネットの元に帰ってきたんだし!結果オーライさ♪」

でも…ガーネットがそこまでオレにベタ惚れだったとは…んーオレって罪な男だな♪と冗談めいた口調でそう耳元で囁く。そうするとガーネットは小さな瞳を見開いてジタンを見るとパッとまた伏せてしまう。バカっ、と一言いって細い両腕を伸ばし押し飛ばす。

ジタンはゴロン、と地面に仰向けになってしまい苦笑いしながら今度は置き上がる。恥ずかしそう頬を染めに上目遣いで見上げるガーネットはとても愛らしくにしか見えない。形の良い唇が「ありがとう」と動いているのを見て、満面の笑みで、どういたしまして、と返事をする。

それから二人には沈黙が続いた。今度、その沈黙を破ったのはガーネットの方。

「…ジタン」

「ん?」

ガーネットはまだ赤みを帯びた顔を上げる。

「声、低くなったね」

ジタンは最初は疑問符ばかり頭に浮かべていた。だが…「そうか?」と、返事をする。とコクンと首を縦に動かす。以前より声が低くなった…。話してやっと気付いたこと。いつの間にかジタンが変わってしまったようで少し寂しかった。

「ジタン…」

「ん〜?」

笑顔でジタンはガーネットを見る。

「雰囲気変わったね」

苦笑いすると、中身はそのまんまだけどな、と言う。ちゃんと生誕祭から彼をちゃんと見たのは今日が始めてかもしれない。相変わらずの笑みは変わらないものの、少しだけ大人っぽくなった気がする。少年のような元気さと、今まで見たことのないどこか落ちついた雰囲気、見つめられていると胸が張り裂けてしまいそうな程高鳴る。

「ジタン」

「なんだい?」

目線を合わせて、にっこりと笑みを浮かべるジタン。

「身長…伸びたね」

「惚れ直したかい?」

自分のガーネットへの返答に笑いながら冗談でそう言う。ガーネットも昔の天然さはあまり変わってないようで、その質問に正直に肯定して答えた。

今は背伸びしても目線は届かないくらいに身長が伸びてしまっていたジタン。顔を見上げると少し、困った顔で急にどうしたんだ?と言う顔で見られた。

「変わってなかったから…よかったなって」

ガーネットもジタンのような笑顔でそう答えた。ジタンは、と言うと疑問符を頭の上に並べるばかりだった…。

安心したのか、いくつか話してをしているうちに眠気に負けてガーネットはとうとう寝入ってしまった。ジタンはこれは好都合!と言わんばかりに、だらしなく鼻の下をやや伸ばしながらガーネットの体を抱き寄せる。

「一番変わったのは…お尻も胸も前より柔らかくなったことだよな…」

と、しみじみと感想を洩らしていたとか、いないとか…。

 

そうそう…女神の泉のヴァルゴは絶世の美人だったとか。全てを優しく包み込む黒い瞳に神秘的な黒くて艶のある地面までつきそうな程の長い髪。そしてジェミニの方は売れない画家をしており、金色の髪をし深い碧色をした瞳を持っていたとか。

あの話しの結末は…ヴァルゴの像があったその教会で、人間になってしまったヴァルゴとジェミニは出会うのだった。二人は運命かのように愛し合った。もともと神で追放とされた身だったヴァルゴは、彼と結ばれることを否定したがジェミニは「神も人間も…地位も、身分もなにもない!…ただ愛する人の、君と言う人の傍にいたいだけだ」とそう言って結局は二人は結ばれた。

以後彼女たちは二人でここに来る恋人たちを祝福し、永遠の絆で結んだとか…。「女神の泉」と呼ばれる以前は「永遠の絆をもたらす女神ヴァルゴとジェミニの泉」と呼ばれていたそうな。

このヴァルゴとジェミニの話しは遥か昔…第九次リンドブルム戦役よりももっと昔から言い伝えられていた話しである。本当か嘘かもどうか、真実を知る者はもういない。が、今でも信じられており、たまにこの泉に1組の男女が泉に現れるとも言われていた。それはヴァルゴとジェミニの容姿とまったく同じだという噂…。

それはヴァルゴとジェミニ本人なのか、それとも彼らに似た運命を辿った男女だったのかは…みなさんのご想像におまかせします。





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