悲しむ人々が黒の衣に身を包み、道をつくる。
 その間を棺が重々しく歩いていった。
 誰も彼もが流れる涙や嗚咽をこらえ静まり返った中で、ひときは幼い声が無邪気にも響いた。
 なぜパパを埋めるの、と。
 何も知らない幼い少女はそう言った。
 彼女に分かるのは、あの細長い箱の中に大好きなパパがいるということ。
 大好きなパパはこれから土の中に埋められてしまうということ。
 そして、埋められてしまったらもう大好きなパパには会えないかもしれないということ。
 ただ、それだけだった。この幼い子供には分からないのだ。
 もう二度とパパの声を聞くことも、腕に抱かれることも、ましてや、そのぬくもりに触れることなんてできないということを。
 死を理解することが出来ない少女は、無邪気なまでにその言葉を繰り返した。その言葉のひとつひとつが、そこにいる大人たちの胸に刃となって突き刺さることを知らずに。ただ、大好きなパパに、名を呼ばれて、その腕に抱きしめられるのを求めていた。
 だが、子供というのは敏感だ。大人たちの何気ないそぶりからもいろんなことを受け止めているのだから。そして、少女の大きく開かれた双瞳から涙が零れ落ちた。周りの嫌なまでの空気から受け止めた感じを受けて。きっとパパには会えないんだ、と。
 母親が娘を腕に抱きとめた。その頬には流れ落ちた涙の後が幾筋も見つかる。両目の目じりに、また涙がたまっていた。しかし、母親に抱きかかえられても、少女は埋められていくパパの入った細長い箱へ身を捩じらせて視線を送った。
 パパを埋めないで、と叫ぶ子供の声は青空の中に吸い込まれていった。





045.殉 





 それは良く晴れた青空の日だった。
 どこまでも広がるような深い青色の晴天のなか、彼は小高い丘の上に立っていた。すがすがしいまでの吸い込まれそうな空の下では、黒い衣に身を包んだ彼の姿はひときは映えていたのかもしれない。一筋の風が頬をなぜ、丘に生きる緑を揺らせた。名もない淡い白色の花を咲かせた植物もまたなびいていた。
 目の前の彼はいつも感じる傍若無人なまでの雰囲気が消えて、支えていないと今にも壊れてしまいそうなまでに儚かった。ただ、静かに涙を流していた。親愛なる友のために。
 彼はこの青空を仰いで、雨だといった。
 ほんのりとうす雲がかかるが晴天とも言うべき空を見て、なぜそんな事を言うのかと怪訝に思ったものだ。だが、彼の横顔から頬を伝い落ちる涙を見て、口を噤んだ。彼の心の中で大雨が降り続いているのだろう。大嫌いな雨に、いつも支えてくれた片翼である友もなく、一人打たれているのだろう。ただ、彼の言葉に肯定することでしかできなかった。
 雨だと偽ることでしか泣き出すことが出来ず、素直に親友のために涙を流せない、ものがなしいまでの彼。私に出来る事は何かと思いをめぐらせたが、今、彼が求めているのはただ比類なき親友へ想いを馳せることだろう。そして、瞳を閉じて、彼の心が済むまで泣かせてあげるべきだろうと思った。


 そして、しばし時は流れる。
 大いなる大気の息吹により流れ行く雲と、土の香りを含んだ葉のささやきだけが残された。親友の墓前でただ涙を流し続ける彼を後方から見守りながら、ふと、忘却の時の彼方の言葉をすくいあげた。
 今は亡き彼の親愛なる友の言葉。
 中佐は仕事外でもよく司令部へやってきた。悪友なる彼に会うために。
 その中で、何度も彼と話すことがあった。気さくに笑いながら、まるで何十年来の付き合いにもなるような親しさをこめて。でも、それが嫌だと感じた事は不思議となかった。誰もの心を和ます不思議な力があの人にはあった。だけど、話す内容はいつも彼のことだった。あの人の言葉で言うならば、大統総をねらう傍若無人な彼のこと。大抵が悪口だったのかもしれない。だけど、その言葉には口ではそうは言うけれど、本当は誰よりも彼を大切に思っているのだなと何度も感じたものだった。彼は本当にいい親友を持ったものだ、と。
 それはある夕暮れの司令部のことでだった。
 木の葉が紅に染まり、風が肌寒くなった秋の夕暮れ。窓辺から射す茜光の中であの人は言った。
 アイツのこと頼むよ、と。
 珍しく真面目なまでの表情で短くあの人は言った。
 しばらくの間、意味がつかめず立ち続けていると、あの人はまた言葉を紡いだ。
 ロイのこと。アイツ、ああ見えても頼りないから。誰かが側にいてやらないとダメなんだ。中尉なら、きっと支えになってくれると思うから、と。


 そのときは、ただうなづいてに了解していたが、だとしたら私はどうすればいいのだろうか。彼は何か助けを求めているのだろうか。私は。
 目の前の人物は、今はあまりに頼り気なくて、壊れそうで、儚くて。
 一度だけ息をついてから、彼の元に近寄り言葉を紡いだ。
「大佐。悲しみを抑えろとも、忘れろとも言いません。ただ…」
 彼の前にまわりこみ、彼の両頬に手を添えた。
 意外なことに顔を背けることも、涙をぬぐうこともせずに、彼は視線を私に向けた。黒い瞳からとめどもなく涙がこぼれ、目じりから頬へアゴへと伝い流れ落ちていく。
「一人で泣かないで下さい」
 そしてやんわりと微笑みかけて、彼の頭を抱きかかえるように優しく引き寄せた。されるがままに体を傾けさせていた彼の足が、小さく振るえてその場に座り込む。
 そんな彼をひざをついたまま肩先と頭だけ抱き寄せた。彼の肩に手をのせて、もう一つの手で彼の頭をなぜた。指先を彼の黒髪の間にすべらせる。服が湿っていくのを感じながら、彼が泣き止むまで頭を撫ぜていた。


 それは良く晴れた青空の日だった。
 どこまでも広がるような深い青色の晴天のなか、二人は小高い丘の上に一つの影となるかのように寄り添っていた。すがすがしいまでの吸い込まれそうな空の下では、黒い衣に身を包んだ二人の姿はひときは映えていたのかもしれない。一筋の風が髪をかきなぜ、丘に生きる緑を揺らせた。名もない淡い白色の花を咲かせた植物もまたなびいていた。


 眠りし友の想いは小高き丘をかけめぐる風となり、比類なき親愛なる友をいつまでも包み続けるだろう。





あとがき。

すごいよ、がんばったよ、自分!
最短です。約一時間で仕上げましたv
昨日の夜中から構想練り上げていたので嬉しいです。
こんなにすんなり書けたのは初めてです。
ちなみに、後で100のお題ように合わせただけで、本当は別の名前があったんです。
ええと「比類なき友の想いは小高き丘を駆け巡る風となる」。
長いですね。
最後に締めに使いましたヨ。
書きたかったのは遠き日の大親友ヒューズさんと、内面の弱さを吐露した大佐、優しく包み込むような中尉。
まぁ、鋼さんの記念すべき1作目なので出来はきにしません。
書けたことに意味があるということで。(執筆 2003.12.03)