For her



 空に帳がかった、静かな夜。
 木の葉のこすれる音と、遠くでなくふくろうの鳴き声だけが響いていた。
 私ははそっと体を起こして、窓辺まで近寄っていった。どこか、寝苦しさと気にかかることがあってなかなか寝つけなかったのだ。外はすべてが寝静まっているかのように、とても静かな夜だった。
 草木はそよ風に流され大海原のようにゆるやかになびき、空には双子の赤と青の月が地を静かに照らしだしていた。
 その風景と溶け込むように、瞳を閉じて自然のオーケストラに耳を傾けていた。
 人の声が一人一人違うように、木々も一人一人違う音色を持っていた。そして、風に舞い上げられるたびに違う色の響きを残してく。小さなコンクールをしばらく堪能した後、足音をできるだけ立てないようにドアへと歩み寄った。
 このままここにいても寝つけないろう。そう思ったのだ。側にかけてあった上着を軽くはおって、そっと外に散歩に出かけることにした。
 すやすやと小さな寝息を立てているエーコを起こさないようにそっと…。
 後ろ手に扉を閉め、石造りの回路を歩く。廊下を歩く自分の足音だけが、カツンカツンと響いている。ドワーフの人々は、空が暗くなるのと同時に眠りにつく人が多いらしく、誰にも会わず外に出てこれた。
 しかし、入り口には大きな火の番をしているドワーフがいた。夜になって、食料を探しにくるモンスターも少なくないので、いつも誰かが入り口で火をたいているのだという。モンスターは火を怖がるため、これで中まで入りこまないのだという。
「ラリホ!おや、旅の人さんは散歩か?」
 ドワーフ独特の言語。少し抵抗もあったがここの人々にしてみればこれが当たり前なのだ。
「………ラリホ。えぇ、少し外の空気をすってこようかと思いまして…。」
「遠いところに行かないなら武器は要らないド。火を怖がってモンスターは近づかない。そういえば、さっき旅の人の仲間が外に出ていったド」
 こんな時間に外に。誰なのだろう。部屋にいたエーコとフライヤ以外であることは確かだが。
「それはどんな人ですか? 小さな男の子、それとも…」
「確か金色の髪のしっぽド」

 少し進んだ土手のところで彼の姿を見つけた。
 ドワーフが言っていた金色の髪のしっぽこと、ジタン・トライバル。その人。
 思わず見入ってしまいそうなほどの空と海の両方の光を宿した瞳の持ち主。しかし、今はその深蒼色の瞳は、どこか遠いところを見つめていて、何か深く考え込んでいて…寂しそうだった。
 話しかけてはいけない、そんな雰囲気があった。
 彼は心を開放したようにいつも明るい。だけど、そのとき見た彼はそんな普段の彼とは対極にいるようだった。自分の内面に入り込まれる事を嫌っているようだ。
 どうしようもなくただその場に立ち尽くしていると、不意に彼に声をかけられた。。
「眠れないのか」
 舞台栄えするような凛と響く低い声。それが彼が発した言葉だけ気づくのには少々時間がかかった。あまりにも普段とかけ離れていたのだから。
「えぇ。…ねぇ、隣に座ってもいいかしら?」
 どうぞ、そう言うと彼は芝居がかった動作で、隣を進めてきた。そっと隣に座って、何をするでもなくただ空に目をやっていた。
 私たちが一時期取り払ったはずの霧が復活して、空に瞬いているはずの幾万もの星は仰ぎ見ることができなかった。薄いベールを羽織ったような霧を見つめながら、私たちはしばらく黙り続けた。
「…心配はいらないさ」
 夜風に乗ってその小さなささやきが聞こえてきた。闇にとけて消え入りそうな小さな声。それは私に向けてというより、むしろ彼自身への確認のように聞こえる。
「……ジタンは1人じゃないから。ビビもフライヤも私も、みんなジタンのことが大切なの。だから、もう1人でかかえこもうとしないで」
 一言一言、区切るように口にした言葉。それは一番素直な気持ちだった。


 どこか吟遊詩人のような語り方で、彼は口を開き始めた。
「黒魔道士の村で話した、故郷を探している男の話を覚えている?」
 それは、ジタンが話してくれた過去の話だった。
 彼はいつも明るくて悩みなんてないように思えていた。だから、はじめはいい加減な人、そんな風にも感じていた。でも、彼は本当の心の奥底を決して人には見せていなかった。
 そんな彼の心の奥底をはじめて感じられた話しだったから、はじめて彼の内面に触れられた気がしたから、今でも鮮明に覚えている。
「あの話には続きがあるんだ。結局探しもとめた記憶の望郷を見つけることを断念した男は、血のつながりはないが大切な仲間であり家族が待つ故郷った。その男が故郷に帰ってから3年後、1人の少女と出会う。それは、どこかの古い恋物語にありそうな文句からはじまった。”わたくしを誘拐してくださらないかしら”」
 私は思わずジタンの方に振り向いた。彼はそのまま話を続けていく。
「はじめは、誘拐する子がこんなに綺麗な子でよかった。まぁ、そんな程度だったさ。けど、そのこは大きなものを抱えていた。母親を止めるために、健気に懸命に頑張っている姿を見ていると、彼女のことを手伝いたい。少しでも重荷を軽くしてあげたい、ずっと彼女の側にいて守ってあげたい。そんな風に思ってきたんだ。だけど、そいつは一度だけ彼女のことを諦めかけたときもあった。」
 そう言って彼は空を仰いだ。女王の即位式のときの話だろう。会いに来てくれた仲間達。その中で彼は目を合わせず、言葉も交わさず、ただ立ち去っていった。私自身、追いかける事も声をかけることもしなかった。声をかければ振り向いてくれる、走り寄れば触れる事すらできる距離にいながら。
「彼女はお姫様で、自分は所詮盗賊。彼女が女王として即位したら、彼女のことを守る騎士はたくさんいるから自分は必要ない。拗ねてたんだな。普段は気にしたこともない自分の身分を急に押し付けられて。ガキだった。でも、その男はお姫様が気がかりでならなかった。そして、そいつとお姫様はまた一緒に冒険をはじめることになったんだ。どんどん、そいつの中でお姫様の存在は大きくなっていった。大切なものがいて、2人は想いも通じている。あとは、世界を狂わせている奴を倒せば全部うまくいく。だけど、そこで思いがけず記憶の故郷を知ってしまった」
「…ジタン」
「故郷を、ずっと探していた自分の生まれた地を、やっと見つけた時と、その故郷を捨てる時は同時にやってきた。そして、信じたくない自分の存在理由もきかされて、正直ショックだったと思う。もしかすると、自分が彼女を殺していたかもいれないと考えると、自分が怖かった。何もかも投げ出して、1人で立ち向かって死んでしまおうとすら思った。そんなとき、助けてくれたのがそのお姫様だった。その子の言葉は、悲しみを勇気に、絶望を希望に変えてくれた」
「そいつだって少しは悩むこととかもあると思う。あの故郷のことなんか、忘れればいい、分かっているのに…簡単には割り切れないよな。それでも、そいつは新しい目的ができたんだ。昔は、心のどこかで青い光りの故郷を探していたんだと思う。でも、もうそれはいらない。その男の目的は彼女のために生きていきたい。彼女ともに」
「彼女こそが、彼のいつか帰る場所だから。」
 これで故郷を探している男の話は終わりだな、そういってジタンは立ちあがった。
「大丈夫。もう、1人でどこかへ行こうなんてしない。悩んだり、感傷に浸るなんてオレらしくない。だからもう悩まない」
 早く寝ないと明日がきついぞ、そう言って差し出された手に、手を重ねて立ちあがった。


あとがき

このMIDIを聞いたとき、突如として書いてみたいと思った小説。
イメージ的にはもの哀しくって、切ないものが書きたいなぁと思っていたので
こんな舞台設定になりました。
でも、この小説も終盤息切れ。
最後辺りは途切れ途切れので書いていったので、話が変になってしまいました。
(2002.10.5 執筆 2003.8.16 加筆)


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