【国登録】登録美術品 第四号 裏文様
  
                 象嵌技術と煮色が生かされている茜色の材質にて 高岡象嵌として世界に誇れる名品である
黄銅製 竹林 観音 彫 花瓶

                                



                                第三回 内国勧業博覧会 出品 三等有功賞   中杉與三七 受賞作 

                      明治23年 上野公園開催   塩崎利平製 「製造、発注元」 

               【国認定】登録美術品 第四号 東京国立近代美術館 工芸館 寄託中
  

    本作品は、1890年(明治23年)開催の第3回内国勧業博覧会に出品され、褒状を受けた作品。作者中杉与三七自身も、
    シカゴ万国博覧会や内国勧業博覧会等に多数の制作品を出品、受賞している明治期の高岡を代表する彫金師。また、
    依嘱者の5代塩崎利平は、高岡銅器の海外への取引の先駆者であり、内国勧業博覧会、万国博覧会
   、その他各種展覧会にその扱う美術品を出品し、受賞することも多い実力者であった。
  登録番号  国認定 登録美術品第4号
美術品の名称 黄銅製竹林観音彫花瓶
(おうどうせいちくりんかんのんぼりかびん)
員数 1対
種類 工芸品
制作者
  氏名 中杉与三七(なかすぎよそしち)
  生年及び死亡年 嘉永6年(1853)〜昭和6年(1931)
  依嘱者 塩崎利平(しおざきりへい)
  生年及び死亡年 安政3年(1856)〜大正7年(1918)
  作品製作時期 明治23年(1890)
(1) 作品の概要
法量  高33.8  口径13.0  横21.0 (単位センチメートル)
 黄銅鋳製、赤茶色に色上げする。口と胴と脚部からなる方形の花瓶。口は長方形で、立上がり部に金の布目象嵌と銀の平象嵌で円文を巡らし、上下の縁は布目象嵌で金小縁を作り出す。頚は丸く括りをいれて各面に長径に3,短径に2つづつ半裁唐花文を金、銀、赤銅に消象嵌で表す。胴は肩から裾へとやわらかい曲線を描いてすぼまり、表裏2面に格狭間形の縁を廻して一段低く作り、1口は観音、蓮華、1口は僧、竹枝を金、赤銅、四分一などの色金を用いて高肉象嵌で表す。脚は基部金小縁を巡らし、四隔と表裏中央に雲花形の脚を付ける。
 底裏に「大日本帝国富山懸高岡市
      塩崎利平製 中杉与三七造」
の銘文が線刻される。
(2) 制作者について
 中杉与三七は嘉永6年(1853)、越中国礪波郡岩坪村(現高岡市岩坪)に、岩坪屋与産平の4男として生まれ、幼少のころ中杉家の養子になる。彫金の技を富山藩工の装剣金工であった平石親随の弟子である民野照親に学び、22才頃独立して、高岡定塚町四丁目(高岡市定塚町)で開業するが、明治9年の廃刀令により、装剣金工としての仕事は断たれることとなった。その後は装剣金工の技術を生かして、花瓶などへ高肉象嵌、平象嵌などによる色彩豊かな絵画的装飾を行い、高岡の地場産業である銅器の輸出事業の一翼を担った。また、内国勧業博覧会はじめ明治26年のシカゴコロンブス世界博覧会にも出品、受賞している。
 大正4年、京都で銅器制作を行っていた弟子の里村他作を頼って、京都に移住し、そこで彫金の仕事を続けたが、最晩年には高岡へ帰り、昭和6年没した。
(3) 作品について
 高岡銅器は、鋳造後、金、銀、赤銅、四分一など多くの色金による象嵌で花鳥、人物などを色彩豊かに表すのを特徴としている。ことに明治初期から海外への輸出を積極的に推進しており、明治6年にはウィーン万国博覧会に横山彌左衛門の大花瓶が出品されている。高岡銅器の発展は、第一に金森宗七、角羽勘左衛門、塩崎利平といった藩政時代から有力な銅器問屋がいて、幕末時から、横浜を中心に銅器を輸出するなど先進的であったこと、第二に、高岡出身で明治11年のパリ万国博覧会に通訳として渡仏していた林忠正が、当時の欧米人の美術的志向を紹介し、それに如何に対応するかなど、高岡の工人たちに指導したこと、第三に廃刀令のため、職を奪われた装剣金工たちが高岡へ移住して銅器に加飾するようになったことなどがあげられる。
 この花瓶は、高肉象嵌による人物と布目象嵌、平象嵌による植物文の組合わせであり、高岡銅器の作風的特徴をよく示している。銘文にあるように、発注者は塩崎利平(1856〜1918)であるが、塩崎家には明治23年に開催された第3回内国勧業博覧会出品の資料が残されており、このなかに「黄銅製竹林観音彫花瓶」と記し、「蓮華竹林金銀ヲ分ケテ菩薩善男左右對ヲ成ス 圖意彫工頗ル嘉ス可シ」とした褒状があるところから、本作品が、この褒状を受けたものと考えられる。また、同家には、本作品の蓮華竹林図と宝相華唐草文の展開図も残されており、第3回内国勧業博覧会の出品作として間違いないであろう。

 明治時代の金工の特徴を顕著に示しており、さらに高岡銅器を代表する作者の優作として、また勧業博覧会出品作として資料的な価値も高い。
次へ


ホームに戻る