江戸 狩野派 300年の総帥 、 狩野探幽

                                                    池田家所蔵  伝来品 三幅対 孔子図

                                                                                                                               備前池田家系図 (城主期間 寛永9年から明治4年)

                                                播磨 姫路城主 輝政  52万石    備前 岡山城主 5代 光政  31万5200石    

家  紋
画像 揚羽蝶(備前蝶) 画像 竜胆(池田竜胆)
   

                               狩野探幽 孔子図のみ 江戸東京博物館にて展示 「平成10年7月」 1998年

                                      1602〜1674 「慶長7〜延宝2  名は守信 幼名 采女(うねめ

                                        1635年  寛永12 剃髪して探幽と号する

                                        1638年  寛永15 法眼 

                                     
1662年 画家としては最高位 法印 に叙す


                                狩野探幽 三幅対右左水墨画

孔子の絵と時代が異なるが、後日に水墨画 左右共に表装したかとも思われる。

孔子の図は、絶頂期に描かれており、八方睨みにて、見つめられており心が不思議と安らいできます。




                  

        

                                

          

狩野探幽 法眼筆  池田家伝来品        大正8年売立当時の代価¥11800円

 徳川八代将軍吉宗に御高覧お褒めの言葉賜る旨、箱書き。池田家売立もくろく 落札紙10余枚あり。

開運 なんでも鑑定団 初出場

                                            1995年  石川県七尾市 

                                 

                   


                           開運 なんでも鑑定団 石井久吾 鑑定 高く評価していただきましたが、現実にはいかに

                            池田家伝来品 箱書き 池田家売立もくろく 落札紙10余枚 などの要因あるが故と思われる

                       江戸時代 武士階層に深く儒教の教え広がり、このような孔子図など大名家には特に狩野探幽作品 所持が

                         名家のステイタスであるった 故 偽物が氾濫した、実際に本科は5%ほどしか見受けられない。

              では何故このような作品が此処に存在するのか!大正八年に売りたて、江戸時代から続く 岐阜の山周り役の大地主が購入したのである。

              当時の1万1800円[現在の1億2千万円」は天文学的な価格である、敗戦後 この孔子思想の教えや狩野派絵画は衰退したが、

               明治期の著名な日本画家は狩野派の影響を深く受け「狩野芳崖など」ようやく狩野派の見直もあり、

               また精神崩壊を続ける今日に至っては、儒教に学ぶこと多きと思われる。現中国では孔子系子孫は200万人に達するという。

                           日本人の精神的崩壊を受け、孔子の教えが見直されつつあります。

                           いずれ これらの絵画が、再び 世の脚光を浴びる日も遠くはないであろう。 


                              

           

次へ

ホームに戻る