< 【国登録】登録美術品第三号
                         http://www.bunka.go.jp/            文化庁  登録美術品制度のご案内    
  
                                                                        感動は  わかちあったほうがいい

                                       お問い合わせは 文化庁 文化財部美術学芸課 美術館.歴史博物館室 

                                           TEL  03−5253−4111 内線 3152 .3156
  
                                            
                                                     
                                                 山川孝次 1827〜1882年( 金銀象嵌環付花瓶 

                                                   高さ56.4 cm直径19.8      明治10年頃製作 

                                             明治初期の図案集
=温知図録に作品掲載

                                               佐賀県美術館ー納富介次郎展

                                            2000.1. 29〜3.5のホームページに掲載

                         山川孝次 三代 系図 


                           初代 文政11年(1828)〜明治15年(1882) 
                                     

                 山川孝次は山屋八十吉といい,天保年間江戸の柳川春茂に弟子入りし,文政年中に金沢に帰って彫金に従事した。

                はじめ茂孝ともいった。横谷宗aの彫法を金沢にもたらしたが,その技術は「能く堂奥に達し,鏨痕優麗瀟洒」(装剣奇賞)で,

                      加賀宗aとも称された。文久2年(1862)細工人に登用され2人扶持を給された
                              なんでも 鑑定団  2004年12月7日 東京テレビ 番組 にて 初代 山川孝次 作 懐中用 極小 金製観音像の

               鑑定において 参考作品として アメリカ、スミソニアン博物館所蔵の下記と同型の金銀象嵌環付花瓶 が
   
               紹介されました。 山川孝次の 多数の作品群中から 代表作との紹介 日本に残るただ1点として 末永く大事に 保存 伝承できればと.....


                         金銀象嵌環付花瓶 作品 の受賞歴

             明治 10年 第1回内国勧業博覧会  圓中孫平。 圓中商会 「 孫平 富山県福光、石崎家より 加賀、 圓中家へ養子」

                                      圓中商会              龍紋賞牌受賞   問屋関係に与えられた最高賞

                                      山川孝次              鳳紋賞牌       職工本人に与えられた最高賞

             明治 11年5.1〜11.10 巴里万国博覧会  圓中孫平。 圓中商会  金牌 受賞     圓中孫平 出品写真

                     当時 評価の高い作品は特に海外博覧会に外貨獲得の為 多く輸出されました

                    明治初期の図案集=温知図録に作品掲載 東京国立博物館所蔵25−3)

                     《
下図あり 大橋三右衛門義政、 水野源六、角羽勘左衛門》何故に3箇所の工房に下図 存在するのか?

                           2006.8.7  石川テレビ ハイビジョン スペシャル 時をつなぐ 第2回

                      『金沢銅器と貿易商 〜世界を駆けた円中孫平〜』 22006006 放送:8月7日(月)/再放送:8月26日(土)
                            アメリカ、 スミソニアン博物館所蔵の金銀象嵌環付花瓶 銘文 円中孫平製  職工 義冶    

                            
                        温知図録 掲載作品 藤林。。作                          温知図録 掲載作品 水野源六作
                     

                                        

               平成20年度文化庁芸術拠点形成事業 瀬戸大橋開通20周年記念   香川。岡山合同企画文化交流展 出展

                備讃における 工芸の歩み展 2008.10.4.....11.9 香川県立ミュージアム   2008.11.14....12.14  岡山県立博物館

               

                                              金銀象嵌環付花瓶 東京国立近代美術館、工芸館寄託へ リンク
  


同形、模様の作品が
、アメリカ、スミソニアン博物館にあり.明治政府

よりアメリカ18代大統領グラント将軍の夫人に来日のさい

贈られた.
この作品の下図は角羽勘左衛門、や
温知図録(東京国立博物

館所蔵25−3)大橋三右衛門義政 水野源六 などの家に伝わる

 この花瓶の形状は1893年(明治26)のシカゴコロンブス万国博覧会

に高岡銅器会社(大橋社長)にて再度出展されている

その写真などが現存する


2004年7月6日〜2005年3月6日まで開催されました

 『世紀の祭典 万国博覧会の美術』展 東京国立博物館。大阪市立美術館

。名古屋市博物館。にて展示されました

この作品は 第1回内国勧業博覧会に同型作品が展示されましたが

、このたび新たにこの作品自体が 明治11年の巴里万博に

出品されたことが 図録掲載の写真によって判明。

また円中孫平出品にて越中高岡銅器として金牌受賞作品

このころ円中孫平は加賀、越中共に手広く輸出雑貨商として、

活躍いたし この年3月 起立工商会社

巴里万博に際し巴里支店を開設、林忠正 同社社員として渡仏。

この作品の制作依頼者円中孫平は横浜に輸出雑貨商、 円中商会設立す

   明治11年 巴里博覧会において  金牌受賞

   明治10年 第1回内国勧業博覧会において  龍紋賞牌 受賞


    アメリカ 南北戦争時 北軍司令官

    アメリカ大統領2期 グラント将軍 来日 日程
   
   1879年 明治12年 6月 21日  長崎に到着

                 7   3    横浜 

                 7   4    天皇陛下に引見

                 7   7    共に覽兵式に臨む

                 8  10    浜離宮にて陛下と会見

                 8  30    参内して天皇陛下に別れを
                           告げられる
            
     金澤銅器会社から 献上され 

、   明治天皇よりアメリカのグラント前大統領夫人に

    贈られたものである。現在ワシントンのスミソニアン

     「 National Museum of American History」

    美術館に所蔵す
              



                                  2008.2月より近代工芸の名品  花と人形展が登録美術品第1〜5号まで

                                一堂に東京近代美術館 工芸館としては初に展示されました。 
  

                            東京国立近代美術館 工芸館  近代工芸の名品   花と人形展  2008.2.26〜5.11 

                              アメリカ、スミソニア博物館 所蔵品 山川孝次の代表作 「なんでも 鑑定団」


                   本作品と同じ銅製花瓶一対が加賀象嵌の名工である山川孝次の作として
          、明治前期における金沢出身の代表的な輸出商人である圓中孫平により、第1回内国勧業博覧会、巴里博覧会に出品されている。

           また、類似の作品が現在、ワシントンのスミソニアン美術館にあるが、これは明治天皇よりアメリカのグラント前大統領夫人に
           贈られたものである。、このたび新たにこの作品類似品が 明治11年の巴里万博に出品されたことが 図録掲載の写真によって
           判明いたしました。また円中孫平出品にて越中高岡銅器として金牌受賞作品である。

            円中孫平は南砺市の出身にて石崎家より養子に入り、国内の展覧会出展、海外の展覧会、 輸出など多くを手がけた
             明治の初期には高岡は加賀藩の越中として金沢の影響も大きく内国博、万国博の出展は円中商会に依頼する。

           、本作品の文様は、中国の青銅器の文様の影響を多分に受けており、西洋におけるシノワズリーに
           対応したものと考えられ、その図案は、日本政府が工芸品の博覧会出品及び輸出のために特別に制作した
           図案をまとめた「温知図録」の中の図案通り制作されており、本作品が、当時の明治政府の工芸振興方針に
           かなっていたことをも物語っている。また、我が国の幕末における中国趣味をアレンジした工芸品の中で、
           本作品は質の高い作品であり 山川孝次 棟梁のもと工房にて制作された代表作である

 登録番号 国認定  登録美術品第3号
美術品の名称 金銀象嵌環付花瓶(きんぎんぞうがんかんつきかびん)
員数 1口
種類 工芸品
制作者
  氏名 銅器会社
(初代 山川孝次(やまかわこうじ)制作監督 )
  生年及び死亡年 文政11年(1828)〜明治15年(1882)
  依嘱者 圓中孫平(まるなかまごへい)
  生年及び死亡年 天保元年(1830)〜明治43年(1910)
  作品製作時期 明治10年(1877)頃
(1) 作品の概要
法量  高56.4  直径19.8 (単位センチメートル)
 青銅鋳製、胴、両脇の耳(把手)、五脚からなる花瓶。肩から下に向かってすぼまる胴の両脇に獣頭の耳を付け、五本の脚が底から饕餮文の形状に曲がりくねって胴に向かって連なる。耳から連結した三つの環から金消しを施したと思われる飾りが垂れる。円形の口部の周りに金高肉布目象嵌と銀の平象嵌の如意文を巡らす。肩の周囲には金線象嵌による雷文菱および素銅平象嵌と金線象嵌による捩り四つ花文を交互に配する菱繋ぎ文の帯を巡らし、その上下を銀平象嵌と金線象嵌による雲文繁ぎの二条の帯で挟む。耳の下方がつく周辺に銀高肉線象嵌および金高肉布目象嵌による蕨手繁ぎ文を銅高肉線象嵌で挟んだ帯を巡らす。中央から下部にかけて、菱青海波文を鋤出彫と毛彫で表し、銀平象嵌で縁どり、一部金の平象嵌と高肉布目象嵌でアクセントをつける。脚の側面の雷文と縁面の渦巻文を銀線象嵌で表す。耳および脚の獣面の両脚を金布目象嵌の火焔文で飾る。耳から垂れる環と木の葉形の飾りは後補と見られるが、その他の保存状態は良好である。
(2) 制作者について
 加賀象嵌の名工初代山川孝次は文政11年(1828)金沢に生まれた。自由な作風がもてはやされていた江戸町彫の名工横谷宗aの系統を継いで金沢で開業していた柳川春茂に11歳から10年間修行して頭角を顕し、師の一字を受けて茂孝とも称した。文久2年(1862)に13代藩主前田斉泰の代に白銀師として登用され、藩主御用の刀装具を命じられ、「加賀宗a」と呼ばれるほどの名工として知られた。
 明治政府は万国博覧会への初の公式参加であった明治6年のウィーン万国博覧会に出品する作品を金沢の金工家に対して注文するが、これを制作するために金工家集団が結成され、山川孝次は山尾次六、水野源六、平岡忠蔵、鈴木嘉平とともにその棟取を努めた。これを母体として明治10年に金沢の金工を世界に知らしめることになる銅器会社(社長 長谷川準也、後に金沢銅器会社と改名)が創立された。山川孝次はこの会社の棟取としても活躍し、宮内省御用、内外博覧会作品の制作も監督しただけでなく、彼本人の名前で明治9年フィラデルフィア万国博覧会では「銅器」の出品で受賞し、明治10年第一回内国勧業博覧会では「金沢銅器工」として鳳紋賞牌を受賞している。
(3) 作品について
 この作品は、明治政府が明治8年から18年まで殖産興業を目的に、内外の博覧会に出品するための工芸品の図案を描き、全国の工芸家に貸し出すという図案賃与制度の中で描かれた図案をもとに制作されたものである。開国して間もない時期に、日本を諸外国にアピールする手段としても工芸品を万国博覧会に出品し、その輸出を奨励する政策の中で、政府が直接工芸家に図案の指導を行い、当時の工芸品のデザインに大きな影響を与えた。その時の図案が「温知図録」という図案集(東京国立博物館保管)にまとめられているが、この作品はほぼ政府の図案の通りに制作された現存するものとして貴重である。この作品のデザインの特徴は、中国の古代青銅器からとった雷文や饕餮文の装飾であり、政府による図案指導でも示された幕末から明治初期に見られた中国趣味を反映しているのと同時に西洋におけるシノワズリーにも対応したものと考えられる。
 「温知図録」に収録されているこの作品の図案は圓中孫平という金沢出身の工芸品輸出商から依頼を受けて博覧会事務局が明治10年の第一回内国勧業博覧会に出品する工芸品として描いたものであるが、その第一回内国勧業博覧会にこの作品と全く同じ銅製花瓶一対が石川県の銅器会社棟取の山川孝次作として圓中孫平により出品された。この博覧会で山川孝次は鳳紋賞牌を受賞している。そして、圓中孫平の依嘱によるそっくりのものが、明治天皇より明治12年に来日したアメリカのグラント将軍(Ulysses S. Grant 当時の前大統領)の夫人に贈られ、現在ワシントンのスミソニアン協会(Smithsonian Institution)所属の National Museum of American History に所蔵されている。本作品は無銘であるが、品質、大きさ、形状、文様が同じであることから、同じ圓中孫平依嘱で、制作も第一回内国勧業博覧会の作品と同じ銅器会社の棟取山川孝次のものでいっしょに明治9年頃に制作されたものであると考えられる。

 幕末から明治初期にかけて日本の工芸品に見られた清朝趣味を政府の指導に従って表現したものであるが、こうした例は国内にはほとんど残されておらず、日本の工芸史上に欠かせない作品群の代表として重要な作品である。
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