東京国立博物館 大阪市立美術館 名古屋市博物館にて開催中の

                
 「世紀の祭典 万国博覧会の美術」 にて展示中

                                   2004年7月6日 〜2005年3月6日まで

                   圓中孫平  圓中孫平の依嘱によって魁春堂 水野源六8代 光春によって製作され、圓中組が欧米に輸出 

                                 金沢美術工芸大学 HPへ  リンク 

                                2006.2.3金〜2.17金
 金沢美術工芸大学工芸研究所企画展
 
                          MeTaL WorK   加賀金工の伝統と革新   金沢21世紀美術館にて展示


                       水野家資料       江戸期 刀装具
                                              刀装具雛形箪笥
                                                    江戸期 刀装具図案
                                                             ■ 明治期 金工・図案

                 水野源 八代 制作。   圓中 孫平 発注元
              
         古代文唐草象嵌 菱形大香炉


                   幅 51.4  高さ 60.0 奥行き 28.0 cm

              宮川香山 初代 重要文化財 東京国立博物館 所蔵

                                    

                  

         裏 銘 「大日本帝国  石川県  金沢区  圓中製  魁春堂  水野光春造 」
            
           圓中 孫平     (1830〜1910 天保1 〜 明治43)    石川県金澤市 立正寺紹介、圓中孫平の墓所
           水野 源六 八代 (1838〜1895 天保9  〜 明治28)

            
            大日本帝国憲法 発布は明治22年にして 明治14年 第2回内国勧業博覧会にて 大日本帝国の明記は如何に との疑問が発生

            調査により オーストリア 応用芸術博物館 所蔵の 「石菖鉢、蛇牡丹彫」の裏銘 は 「明治5年壬申十月 大日本帝国 加賀 石川郡
      
                   金澤住人 鈴木光弘 弟子 米沢弘正 (.花押.)とあり 明治6年のウイーン万国博覧会に出展 すでに 明治5年に

                   大日本帝国の呼称を使用していたことを 確認す

                     
           七代源六光和――旧姓高尾源吾、初名光忠を養嗣子。歴代御用の三所物(みところもの)(*10)ほか、天保十二年(1841)四月、
     三池伝太光世(平安時代末期、筑後国の刀工)の刀身で野太刀の仕事を賜る。金作の定紋を彫り上げ、魚々子地(*11)、
     七宝流し螺鈿入りという豪華なものであった。嘉永元年(1848)八月、十二代斉泰の二男喬松丸(後の十一代鳥取藩主池田慶栄[よしたか])の入婿に伴い、
     奥納戸において御差料大小の仕事を急ぎ勤めた。また同年、御細工所に召し出され、具足金物を三ツ葵の御紋に、
     また甲州流真の鞭の金具を、銀無垢に牡丹唐草を彫り、見込には三ツ葵の御紋を彫り上げた。このほかにも武器の御用を多数勤めている。
     安政三年(1856)正月、軍御用増加に伴いご用聞き職人も増員したことで、白銀御用棟取役を仰せつかる。同役名は当家由緒書で初見。
     安政二年(1855)白銀職棟取。慶応二年(1866)七月、六十六歳没。

    八代源六光春――旧姓谷源三を養嗣子。文久三年(1863)、十二代藩主斉泰が初めて上洛するにあたり、
    水野家ではこれまで代々こうした時の御差料や太刀などの御用を勤めてきていることから、現地で急用が発生した際の予備として先に上洛し待機していた。
    予測通り太刀の修繕の仕事があり、これを急ぎ仕上げたので、「厚き志之旨結構」の書立(書き付け)を以て金子を拝領。
    元治元年(1864)、藩主斉泰が金作りの太刀などの新調に際し、御用を承り金子拝領。家督相続の慶応二年(1866)、
    十三代慶寧(よしやす)の代替わりに際し、御差料、銀(しろがね)作りの野太刀用金具の御用、官服の金具修復まで仰せつかり、金子拝領。
    このほか歴代が勤めてきた御用の数々を承る。 当家由緒書は、明治三年(1870)五月で終わっている。明治五年(1872)、
    大蔵省から三千円の加賀象眼花瓶を受注。翌年ウィーンで開催された万国博覧会(1873.05.01-1873.10.31)では、光春は加賀象眼を出品して優勝牌を受けた模様。
    その後も宮内省から常にご用命を受ける。明治十年(1877)、金沢に銅器会社が創設されると、光春は頭取の一人として参画する。
    初代から定住してきた高岡町邸宅売却。明治二十八年(1895)五十八歳没。


       

鑑定団メンバー
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          2005.4.19 放送のお宝
               なんでも鑑定団
           出張鑑定 in 愛地球博 (名古屋)
ENTRY No.1
黒柿の硯箱
國松るみ子さん
 本人評価額 50万円             300万円
ENTRY No.2
太陽の搭のミニチュア
坪居恭平さん・中西亮太さん

 本人評価額 5万円

            10万円
ENTRY No.3

七宝焼の香炉
廣瀬淳さん

 本人評価額
     1億5000万円
           1億8000万円
ENTRY No.4
大阪万博の公式ポスター
白井達郎さん
 本人評価額 6万円               16万円
ENTRY No.5

象嵌菱形大香炉
荒俣勝行さん

 本人評価額 500万円            1500万円


                                 水野源 八代 制作 。  圓中孫平 製造元
              
                          古代文唐草象嵌 菱形大香炉
   幅 51.4  高さ 60.0 奥行き 28.0 cm

                                       富山市佐藤美術館 寄託中

                   明治初期 (十年〜十四年)の図案集=温知図録に作品掲載 (東京国立博物館所蔵) 作品下図 図案集 



                                                                                      
        
                         
 
        2008.1.4 富山市佐藤美術館 寄託展示中 古代文唐草象嵌 菱形大香炉                                                                                                                2008.1.29 富山新聞 記事 上記展示風景 

                                                                富山市佐藤記念美術館 「新春を寿ぐ」

             
                                                                            


                          
 

                               第2回内国博覧会      明治14年上野公園 水野源六 8代 光春造 

                                 
                                菱形大香炉 
象嵌古代文様唐草 妙技三等賞受賞作 
 
                                         当時の販売価格¥650−

             この作品は 圓中孫平の依嘱によって魁春堂 水野源六8代 光春によって製作され、圓中組が欧米に輸出

               ロンドン郊外の城で飾られていたものである。

             またこの作品は明治14年 第二回内国勧業博覧会に輸出商 圓中孫平が出品した温知図録集(菱形香炉)

              と同じ形の体形にて 模様と麒麟の鈕の姿勢を変化させ、一連の作品として制作された。

              この二回内国博には二点の菱形香炉が 水野源六によって出品されており 商務局製品画図掛が

                 明治12年に描いた図案「温知図録」に収録、制作された作品 高さ2尺「約60センチ」胴径一尺3寸5分「40センチ」

                 と指定されて、本作品の寸法と一致する。ゆえにこの作品も明治政府の工業振興政策のなかで商務局製品画図掛が

                 作成した図案の通りに制作された器形を有する。 その形状は中国の古銅器に倣ったもので、文様は加賀象嵌の特徴である

                 平象嵌を駆使した鳥獣唐草文にて実用性よりも装飾性に重点が置かれた明治初期の博覧会の様式を示す作品である

                 時代の経過に伴い 銀白のはずの銀線象嵌は酸化銀となり黒く変化し漆を塗ったごとくに診える。

                 さらに脚部の固定に鉄ネジと黄銅平長方形手製ナットを使用 この時代の制作背景を徐実に表すものである。

                近年 水野源六 九代制作の全く同形の菱形香炉を市場にて発見す 高さ6センチ 幅4センチほどの

                 極小作品であり この作品がいかに 後世へのヒット作品であったかが,汲みとめられる。

              
  BS 日テレ 月曜 20時 番組  壇れい名匠の里紀行   放送予定 第64回 高岡銅器篇 20012.11月5日

                    高岡市博物館にて 9.2日収録 下記2点  水野源六、香炉  。金森栄一、花瓶 

                                          手わざ恋々和美巡り


                              高岡市立博物館展示風景 2011年11月〜


                  
高岡明治期作品展示ポスター



                                          圓中孫平 出品写真   大橋三右衛門 作品と絵図 

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